見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 合同記者会見が終わって──アタシは、控え室に下がって早々に着替えた。
 そして記者会見に同席したあの人を待つ。

(男のくせに、なんで着替えるのに時間かかってるのよ……)

 正装していたから「一張羅を万が一にも汚したくない」と、着替えに戻ったトレーナー。
 そんな彼を廊下で待っていたんだけど──そこへ今話題の“葦毛の怪物”が通りがかった。
 思わず息を飲み──でも、よく考えれば彼女は友人だもの。緊張する必要、無いのよね。
 そう考えるのと同時に、オグリキャップのことを可哀想に思っていた。

(アタシなんかとっくに着替え終わってるけど……こんな時間まで捕まって質問責めに遭ってたのかしら? 国民的アイドルウマ娘も大変だわ)

 注目度が皆無なのは寂しいけど……何事もほどほどが良いってことよね。
 でも──ここで彼女に会えたのは僥倖よ。
 なにしろ多忙を極めている彼女とは、アタシが天皇賞に出るのが決まってから、話す機会がなかった。
 ここでやっと、直接面と向かって話せるチャンスが訪れたんだから。

「オグリ、こんな時間まで大変ね」

 アタシが話しかけると──彼女は首を傾げた。

「ん? ……あぁ、ダイユウサクか」

 なんだろ。彼女がアタシを見る目にものすごく違和感があった。
 まるで知らない誰かを見るような目。
 確かに、忙しい彼女とはあまり話す機会がなかったけど……

「今度の競走(レース)はよろしくね。やっとアタシもGⅠに出走できて──」
「ああ、そうだったのか」

 そう言って彼女は善意百パーセントの笑みを浮かべ──


「……応援しているぞ」


 ──そう言った。
 アタシは思わず、彼女の顔を呆然と見つめてしまう。

「……え?」

 なに、その言葉?
 その反応は──まるで他人事だった。
 やっと友人と一緒に走れる、同じ舞台に立てると思っていたアタシの心は……完全に裏切られ、呆然としていた。

「では……」

 そう言って軽く片手を挙げると、何事もなかったかのように振り返って去っていくオグリキャップの後ろ姿。
 それを見たアタシは、彼女に歯牙にもかけられていないという虚脱感を感じながら、それを見送ることしかできなかった。



第46R 大会議。 三人寄らば──会議は踊る

 記者会見の翌日──オレ達、チーム《アクルックス》はミーティングを行っていた。

 チームの部屋に集まったオレ、ダイユウサク、それに正式メンバーになったミラクルバードの3人。

 

「記者会見、良かったんじゃない?」

 

 そう言ったのはミラクルバードだった。

 車椅子に腰掛けた彼女は、笑顔で親指を立てて、オレとダイユウサクにサムズアップする。

 一方、ダイユウサクは冷め切ったジト目で彼女を見つめる。

 

「どこがよ。後で見たけど、ひどいものじゃないの……」

 

 ため息を一つつくと、恥ずかしがるように顔を手で覆った。

 そんなに悲観するレベルじゃなかったと思うけどな、オレは。

 ミラクルバードも同じ意見らしく、笑顔を崩さないままダイユウサクに話しかけていた。

 

「そんなことないよ。最初の乙名史記者への対応はいきなりで驚いたみたいだったのに、よく立て直せたって思うよ。次の藤井記者へは……ちょっとアレだったけどね」

 

 あの記者の“煽り”に乗りかけてしまったのは、明らかにダイユウサクのミスだ。

 

「でも、さすが乾井トレーナーだよね。きっちりフォローしてくれたし、おかげでダイユウサクとトレーナーの二人三脚感がいい感じで出てたよ」

「そうか?」

 

 藤井記者に対するダイユウサクの反応が不穏だったのでとっさに入ったが、他から見て成功だったのなら、それはよかった。

 とはいえ──

 

「ダイユウサクのことだから、オレが入らなくてもあの記者に噛みつくってことはなかっただろうけどな……」

 

 オレがダイユウサクを見ながらそう言うと、あっちはジト目で抗議していた。

 こいつの性格はだいたい分かってる。もしあの時にオレが入らなくても怒鳴ったり強気で言い返したりするようなことはできなかっただろう。

 ムッとしながら──「別に……」とか言うのが精一杯。人見知りで、知らない人に感情を爆発させるなんてことはできない性格だからな。

 ──で、オレが指摘すると……

 

「そ、そんなことないわよ。あの記者にビシッと言ってやろうと思っていたのに……」

 

 と、強がるわけだ。

 あまりに予想通りな反応に、苦笑してしまうわけだが……まぁ、この件はもういいだろう。

 今、ここで話すべきは──

 

「で、今大事なのはマスコミ対応の結果なんかよりも“レースをどう走るか”だ」

「そうなんだよね……」

 

 う~ん、と悩むミラクルバード。

 ダイユウサクも腕を組んで神妙に考え込んでいる。

 

「やっぱり、オグリ先輩の対策しないと……」

「そうよね」

 

 ミラクルバードの言葉に、ダイユウサクはうなずいているが……オレの意見は少しばかり違う。

 

「なぁ、ダイユウサク。お前、オグリをどう思った?」

「オグリ? そりゃあ強いウマ娘なのは分かってるわよ。まとってる空気も別格だし……」

 

 

()()()()()()()()()()?」

 

 

 オレの問いに──ダイユウサクは呆気にとられ、そして怪訝そうに覗き込んできた。

 

「どういう、こと?」

「合同記者会見の様子を見ての感想が聞きたいんだ。アイツ、休養入る前と比べて──調子悪くなってなかったか?」

「そ、そんなわけないじゃない。だって、休養明けよ? 調子が悪いのならここで復帰しないでしょ?」

「そうとも言えないだろ」

「え? どういうこと?」

 

 オレの返しに、ダイユウサクは驚いた様子だった。

 

「さっきお前も言ったとおり、オグリキャップは注目の的だ」

「そっか。注目を集め過ぎちゃってるから、調子が悪くても簡単に退くこともできないよね」

 

 察したミラクルバードの言葉にオレは頷く。

 それでダイユウサクの顔が青ざめる。

 

「そんな!? 出走を強制させられるって言うの!?」

「そこまではされないはずだ。もちろん大きな怪我とか、お前の時みたいに熱でもあれば別だろ」

 

 ダイユウサクは2戦目で、熱があるのに当時のチームに出走を強行させられた経験がある。それを思い出したのだろう。

 オグリキャップ陣営だって、明らかに体調が悪いのに強行出場はさせたくないはずだし、ダイユウサクの一件でURAもその辺りは厳しくなっているはずだ。

 

(だが……今回ばかりは、な)

 

 ダイユウサクの手前、彼女には“出走の強制は無い”とは言ったが、正直に言えば無いとは言い切れない。

 世間の盛り上がりは異常なほどで、マスコミもかなり取り上げている。

 普段は見向きもしないようなテレビのワイドショー番組でさえも、このオグリ熱狂(フィーバー)に乗っかって特集するくらいだ。

 

(そういえば……少し前に、オグリキャップへ密着取材が入るって連絡があったな)

 

 それはオレ達トレーナー宛の注意だった。

 取材のためのクルーが学園内に居続けるので、普段ならマスコミがいない時間にも見かけることになるから不審者と間違えないように、という内容だった。

 

(我が物顔で居続けるマスコミ記者なんて、邪魔者って意味では不審者と変わらないけどな)

 

 そう思い、人知れず嘆息する。

 とはいえ──少しでも速く、そして強いウマ娘へと導くのがオレ達トレーナーの仕事だとはいえ、このURAだってある意味では客商売だ。

 マスコミの協力無しでは成り立たないのも事実で、邪険にするあまりレース場が閑古鳥をあげるような事態になっては元も子もない。

 そのマスコミ受けを考えると、URAという組織がオグリキャップの出走を強要してくるのは十分にあり得ることだった。

 

「あり得ないって言ったって、でも……」

 

 ダイユウサクもバカではない。そういう事情を少しは察しているようで、危惧している様子だった。

 

「大丈夫だ。オグリには六平さんが付いている。あの人がいれば、そんな事態は許さないさ」

 

 オレや巽見のようなひよっこトレーナーなら押し切られてしまうだろう。

 有力チーム《リギル》の東条先輩や、巽見の上司で《アルデバラン》の正トレーナーの相生(あいおい)さんでさえ、この空前のブームの前では我を通せるかは分からない。

 しかし、優れた実績をもつ大ベテランともなれば発言力が違う。

 奈瀬(父親の方)さんや、六平トレーナーほどのクラスになれば、ある程度の事情があれば出走回避も可能だろう。

 それでも──ダイユウサクは不安な表情のままだった。

 やっぱりあの件は、コイツにとってはかなりの心的外傷(トラウマ)になっているんだな。

 

「六平トレーナーはもちろん、笠松からついてきたスタッフ育成科のウマ娘もついているんだろ? それに生徒会長も自分が笠松から連れてきた以上は気に掛けるはずだ。なにかあれば理事長に言うだろうし、その理事長だってしっかり見てくれる。ここまで注目が高ければなおさらだ。あんなことはもう起きない。安心しろ。な?」

 

 念を押し──オレはポンとダイユウサクの頭の上に手を乗せて、軽く撫でた。

 すぐに嫌がるかと思ったが、意外なことにされるがままに撫でられ──それからしっかりと頷いた。

 

「──話を戻すが、そんなわけでオグリキャップの体調には不安がある、とオレは思っているんだが……ミラクルバード、なにか知らないか?」

「う~ん……でもさ、オグリ先輩って、最近、別の場所でトレーニングしていたんじゃないの? キャンプ張ったりして……」

 

 そう言って、ミラクルバードはオグリキャップのクラスメートであるダイユウサクを見た。

 だが、見られたダイユウサクは戸惑った様子で答える。

 

「え? そんなことないわよ。オグリは普通にいたけど……」

「そうなの? でも……食堂の人達は“最近、オグリちゃんが来ないからご飯が余っちゃって仕方ないのよね”って嘆いていたけど」

 

 ミラクルバードは飲食業を営む実家の影響で栄養学も履修していて、食堂の人たちにも顔が利くらしい。

 しかしだからこそ、食べ物を無駄にしないためにミラクルバードも食べるのに協力したらしく「走れないから、太らないようにするのも大変なんだよね」と苦笑気味に愚痴った。

 

「そういえば最近、食堂の盛りが少し多めだってみんな話していたような……」

 

 ダイユウサクも思い出すように話す。

 うん? 一体どういうことだ。

 なにか気になるな……少し状況を整理してみるか。

 

「……ダイユウサク。オグリキャップは普通に学園に通っていたんだよな?」

「ええ、そうよ」

「で、ミラクルバードの話によれば食堂の人たちはオグリを見かけていない、と」

「うん。間違いなくそう言ってた」

「おまけに食事が余っている……」

 

 と、いうことは、つまり──

 

「二人の話を統合すると、オグリキャップは学園にはきていたが食堂に顔を出さなかった、食事をしなかった──ってことじゃないのか? 単純に考えたら」

「うん……そう、なるかな?」

「そういうことかしら、ね……って、ちょっと待って。それって、そんなのあり得ないわよ!?」

 

 曖昧ながらも納得したミラクルバードに対し、納得しかけたものの何かに気がついて否定したのはダイユウサクだ。

 

「先輩、どういうこと?」

「いい? ()()オグリキャップが、食堂に来ないなんてあり得ないでしょ。寮の食堂なんかじゃ、とても満足できる量を用意できないもの」

「あ……そっか」

 

 ミラクルバードも気がつく。

 オグリキャップはトレセン学園にいるなら誰でも知っているほどの健啖家だ。

 噂では、そのあまりの旺盛な食欲の前に転校前の笠松トレセン学園の食堂がかたむき、おかわり自由の撤回を検討するほどの事態に追い込まれ、食堂の責任者がストレスで人相が変わるほど思い詰めていたらしい。

 

「その“あり得ないこと”が、実際に起こっているんだろ」

「う~ん……減量でもしてる、とか?」

 

 ミラクルバードが苦笑しながら言うが、自虐的なそれを見る限り、自分でもそれは違うと思っている様子だった。

 

「おそらく違うと思うが……絶対にあり得ない線でもない、か。もしも可能ならミラクルバードはこの件を少し調べてくれないか? 競走科では出てこない噂でも、スタッフ育成科なら聞こえてくるかもしれないからな」

「うん、わかったよ。食堂のおばちゃん達にも聞いてみる。噂好きだし、みんなが知らないことを知ってるかもしれないからね」

 

 メンバーが少ないチームの不利な点の一つは、こういった情報収集能力で劣ること。

 学園内での噂話レベルの情報を集めるには、やはり人数の多いチームは有利だ。

 

(おまけにダイユウサクは、人付き合いが上手い方じゃないからな……)

 

 その点、ミラクルバードは情報が集まりやすいのに情報漏洩の警戒度が低いスタッフ育成科にいるし、持ち前の明るさや実家の客商売を手伝っていた関係からコミュニケーション能力も高い。彼女がチームに入ってくれたことの、想定外の利点だった

 

「頼む……で、オグリキャップの調子が悪いという前提で、あとは他の誰をマークするか、という話になるわけだが……そんなに多人数に目を付けられないから、二人に絞る」

 

 オレは部屋のホワイトボードに、写真を二枚張り付けた。

 

「一人はメジロアルダン。怪我に泣かされて出走機会が少ないが、その少ない機会をものにできる高い実力がある」

 

 実際、ダイユウサクが出走した去年の高松宮杯では、実力の差を見せつけられている。

 

「そしてもう一人。アルダンよりも調子がいいように見えたのは……」

 

 オレが示した写真には、鋭い目をした短めに整えられた髪のウマ娘が写っていた。

 和服のようなイメージの、その勝負服はこの前の合同記者会見でも目立っていたし、それ以上に纏う空気、このレースへの集中力、そして気迫が──オレに警戒心を抱かせていた。

 彼女は、今回のレースに合わせて間違いなく最高クラスに仕上げてきている。

 

「……ヤエノムテキ。オレはオグリキャップよりも、彼女の方こそ警戒するべきだと思っている」

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 アタシにとって初めてのGⅠ、秋の天皇賞が迫り、行われたチームのミーティング。

 トレーナーは、オグリキャップの調子が悪そうだ、なんて言っていたけど……

 

(でも、やっぱり警戒するべきは彼女よ)

 

 アタシは心の中で思っていた。

 彼女が転入してきたその日に聞いた、笠松での成績──12戦10勝。2着が2回。

 デビューなんて夢のまた夢だった当時のアタシにとってはまるで雲の上のことで、その信じられないような成績を持った彼女と縁あって友人になれた。

 その彼女の怪物ぶりを改めて実感したのは──たった一度の敗戦で完膚無きまでに実力差を見せつけられて絶望した、従姉妹のコスモの姿を見てだった。

 あの()のことは幼いころから知ってるし、学園に入ってその実力だって知ってた。

 ううん。八大競走の一つ、オークスを優勝できるほどの実力があるほどとは、さすがに分からなかったかも。

 そんな彼女の自信を、たった一戦で叩き潰したオグリキャップの強さは正直怖かったくらい。

 それからもタマモクロスとかイナリワン、スーパークリーク達と重賞戦線で戦い続ける彼女を見て、一方でアタシも曲がりなりにもデビューして自分でトゥインクルシリーズを走るようになって、彼女の強さや自分との差をまざまざと感じさせられた。

 そんな彼女と──今回、初めて戦うことになる。

 

(意識しないわけにはいかないじゃない)

 

 アタシはようやく彼女のいるところにまで登ってきたんだから。

 今も、トレーナーはアルダンとかヤエノムテキを注意するべきだって言ってるけど──アタシの目にはあのウマ娘しか映ってない。

 あっちはアタシのことなんて、全然眼中にないみたいだけど──逆に、だからこそ思うわ。

 

(オグリキャップに……勝ちたい)

 

 あの食堂で初めて出会ってから、日常生活では身近に感じていたけど、競走(レース)では雲の上の存在に感じていた彼女。

 その彼女に初めて抱いた感情だった。

 思い出すのは記者会見の後に会った時の彼女の態度。

 

(せいぜい頑張りなよってこと? 確かに明らかに格下なアタシだけど……目にもの見せてやろうじゃないの!)

 

 アタシの目は、完全にオグリキャップへと向いていた。




◆解説◆

【三人寄らば──会議は踊る】
・久しぶりの元ネタなしなタイトル。
・噛みあっているようで──噛みあってなかった会議。それがどのような結果を生むのか……

《アルデバラン》の正トレーナーの相生(あいおい)さん
・今まで名前が出ていなかった、チーム《アルデバラン》の正トレーナー。
・名前が出ていなかったいうか、決めていませんでした。
・その名前の元ネタは──アルデバランと同じく黄金聖闘士の名前、獅子星座(レオ)のアイオリア、射手聖座(サジタリウス)のアイオロスから。
・両方に共通する“アイオ”から取り、日本人っぽい──となって「相生(あいおい)」となりました。
・ちなみに──名前の元ネタのキャラ同様、顔はかなりのイケメンですが……どうにも昭和顔。眉毛も太く濃い顔なので、今の感覚のウマ娘達には「イケメンだけど濃い顔」という評価。
・優しくも厳しい人で──最初のころコスモドリームの関係でダイユウサクのことを知っていたのに、それでもチームに誘わなかったのは彼の判断。
・実は巽見は誘う気満々だったが──彼は当時のダイユウサクの悩みに気付いていて、「チームに入れるのが良い手だとは思わない」と判断していたのでチームに誘わず、コスモドリームも悶々としていた。
・なにかよくわからない“力”に目覚めていて、ウマ娘並みかそれ以上の身体能力を誇るらしい……
・「己の肉体だけを武器として戦い、その拳は空を引き裂きその蹴りは大地を割る」……上に、彼は“光速の動き”を身に着けていた……とかいないとか。


※次回の更新は9月20日の予定です。  

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