見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 先頭がゴール板の前を駆け抜け──後続もあっという間に通り抜けていく。
 その姿を見届け──

「はあ…………」

 ──コスモは大きくため息をついた。
 その理由はいろいろ。
 まずは──なにはともあれ、ユウが怪我することなく、無事に完走してくれてホッとしたこと。

(サンキョウセッツがあんなこと言うから……)

 レース中の負傷とかで中断してゴールできないなんて、そうそうあるようなことじゃないけど、でも全く無いわけじゃない。ましてそれが事前に分かるわけでもないからね。
 とにかく、ユウが無事にゴールしてくれて、よかった。
 それと──

「「………………」」

 ほとんど同じタイミングで大きく息を吐いたシヨノロマンと目が合った。
 彼女もコスモのため息とほとんど同時なのに気がついて──

「惜しかった、ですね。もしも前が塞がれなかったら……」

 ぎこちない苦笑を浮かべていた。
 それにコスモも苦笑気味に返す。

「そうだね。例えば、もしもロングニュートリノがもう少しもって、ヤエノムテキの前を塞いだままだったら……」
「それはそれで……メジロアルダンさんが勝っていたのでは?」
「う~ん、ユウが素直に、思い通りのタイミングで末脚を使えていたら、結果は分からなかったかも」

 そうシヨノロマンに答えながら思い浮かべたのは──コスモとユウが競った去年の高松宮杯。
 あのとき、タイミング的には逸していたけどコスモは“領域(ゾーン)”に入って、沸き上がるような力を感じてた。
 それを使っての末脚だったのに──ユウはその上を行ったんだ。

(アレはヤバかったもんね。競った分、オグリと走ったときよりも、よほど怖かったよ)

 その前の年にオグリキャップと走った時は、まさに今回のユウみたいに前をふさがれて抜けたときにはトップの彼女とはどうしようもない差がついてた。
 だから、競ったって感じはしなかった。
 でも逆に、だからこそ圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた感じになったけどね。
 ユウの時はゴール前まで競ったから、その脚を間近で見せつけられた。

(だからこそ、あの時の末脚を今回、ユウが発揮していたら──)

 ユウが秋の天皇賞を制した、なんて未来もあったかもしれない。
 たらればが禁句な勝負の世界だけど、思わず頭に浮かべたその考えに苦笑する。

(そう……惜しかったんだ)

 まったく勝ちの見えなかった競走(レース)じゃなくて、今回のレースは展開次第では勝てたんじゃないか、と思わせるものだった。
 だから、“残念だった”“惜しかった”という意味でのため息もあった。
 それに──

「惜しかった……確かにそうですわね。もう少しでオグリキャップに勝てたのに」

 サンキョウセッツが、コスモとシヨノロマンの会話を勘違いして、そう言った。
 あれ? 彼女にはレース自体の勝ちが見えてなかったのかな?
 う~ん、やっぱりセッツって……
 思わず、こっそりシヨノロマンと顔を見合わせちゃった。
 でも……確かにその気持ちも分かるよ。
 なにしろ()()オグリキャップだもんね。
 コスモ達の世代の中で、「一番速いのは?」という質問をされれば、間違いなく候補に名前が挙がる一人だもん。
 その圧倒的な走りと強さは印象的だし、それを上回る順位に入るのは十分にスゴいことだよ。
 そのオグリに──半バ身にまで迫ったんだから。

(コスモは全然届かずに負けたからね。アレを経験したからこそ……)

 見ていてる側にも、オグリに惜しくも届かなかったのは残念だった、という気持ちもあった。
 今日の前を塞がれたという状況は、まさにコスモがオグリと戦ったときを思い出すような展開だったから。

 ──主にそれら三つの意味で、思わず大きなため息をついちゃったんだけど。

(……でもね)

 落ち着いていくると“安堵”や“惜敗”、“残念”という気持ちよりも……

(羨ましいよね、やっぱり。こういう場で、こういうレースに出られていることが、さ)

 なんで自分はあの場にいないんだろう、という悔しさも出てくる。
 それは多分、オープンクラスのシヨノロマンも同じだと思う。ううん、コスモよりも出走間隔が空いていない分、余計そうだと思う。
 それに……サンキョウセッツも。
 セッツはユウのことを下に見ているからね。そんなユウに負けたくないだろうし……って、

「あ……」
「──? どうかなさいましたの? コスモドリーム……人の顔を見て、急に声を出して……」
「いや、ユウの今の順位って──」
「7位でしたわよ?」
「だよね。オークスの時に8位だったセッツよりも上の……」
「────ッ!!」

 ショックを受けたサンキョウセッツの顔に、コスモは思わず笑っちゃった。



第49R 大後悔… すり抜けた“万が一の可能性(奇跡)

 

 初めてのGⅠは7位だった。

 

 そして6位はあのウマ娘──国民的アイドルウマ娘と言われ、アタシ達の世代では最強との呼び声も高いオグリキャップ。

 そんな彼女に半バ身差にまで迫ったことが嬉しく──同時に悔しかった。

 

「あともう少しで勝てたのに……」

 

 ターフの上で立ち止まって呼吸を整えていたら、そんな言葉がアタシの口から思わず出ていた。

 もう少し頑張っていれば──彼女の前でゴールできたかもしれない。

 世代最強の一角である彼女に手が届きかけたという事実は、届かなかった結果を突きつけられるとなお悔しい。

 

「…………」

 

 無言でチラッと、オグリキャップへと視線を向けると、彼女もまた呼吸を整えている最中だった。

 その表情は──苦しそう。

 彼女もまた死力を尽くした、というその様子がアタシの溜飲を少しだけ下げる。

 でも……

 

(やっぱり、体調良くなかったのかしら?)

 

 競走(レース)の前に、トレーナーが言っていた話が頭をよぎる。

 オグリキャップでさえ6位だったというレース自体のレベルが高かった、という考え方もできる。

 一方で、6位だったという事実は、オグリキャップの調子が悪かったという証拠にも思える。

 走り終わって、呼吸を整えている彼女の姿を見ても、それだけで測り知ることはできないけど……

 

(あんなに苦しそうなのは、やっぱり調子が悪かったのかも)

 

 アタシはまだ、膝に手をついて立ち、下を俯いているままのオグリキャップを見ながら、そう思った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「7位、か……」

 

 隣にいた乾井トレーナーがつぶやくのが、車椅子に座って位置が低くなっているボクの耳にもしっかりと聞こえた。

 

(くやしいよね、トレーナーも)

 

 途中までは理想的なレース展開だった。

 ダイユウ先輩が“盾”を掴むという、信じられない奇跡が起こるには、これしかないって思えるくらい。

 誤算だったのは──

 

「やっぱりヤエノムテキの状態が最高だったな。オマケに、アイツだけ()()()()に集中できていた。他の連中は、意識の半分くらいはオグリへの警戒にとられていたのに」

 

 トレーナーのその言葉に集約されてる。

 最後の直線で外へいったオグリキャップにみんなの意識が集中して──最内で先頭を走っていたロングニュートリノが外へ寄ったのは、ほとんど無意識だと思う。

 

(コーナーだったし、疲れて遠心力に抵抗しきれなかったんだろうね)

 

 彼女が動いたことで生まれた内ラチとのわずかな隙間を、ヤエノムテキが抜けられたのは、彼女が一瞬の隙を見逃さなかった何よりの証拠だけど。

 

「あのレース展開で、最内で隙を狙い続けられるなんて、スゴい冷静さ……」

 

 ボクの言葉に、トレーナーは頷く。

 

「そうだな。内が動かずに前が開いたら、その後ろにいたダイユウサクにもチャンスがあったかもしれない……だがそれは、ヤエノムテキに注意を払っていればって大前提があったら、って話だ」

 

 ダイユウ先輩はヤエノムテキの前に位置していたんだから、先輩の意識が外ではなく内に向いていたら──前の二人が動揺した隙をついたのは、先輩だったかもしれなかった。

 

「ま、もう過ぎてしまったことだし、ここで“もしも”の過去を語っても仕方ないけどな……」

 

 苦笑を浮かべ、ボクの方を向いた乾井トレーナー。

 やっぱり、悔しそうだった。

 序盤から理想通りの展開になって、終盤も警戒していたことがその通りになって……ここまでレースを読めていたのに勝てなかったんだから、当然だよね。

 そこへ、レースを終えて、呼吸を整えたダイユウ先輩がやってくるのが見えた。

 トレーナーは振り返り、彼女の方を見て──

 

「惜しかったな。ダイユウサク」

 

 って、声をかけた。

 それにダイユウサクは苦笑気味の笑みを浮かべて──

 

「ええ。あと、もうちょっとだったんだけど……」

 

 そう答える。

 ……んん?

 

(あと、もうちょっと?)

 

 ボクは先輩の言葉に違和感を感じた。

 レース展開的には惜しいところはあった。それは、前を塞がれたのを素早く抜けられなかったこと。

 それを「()()()()()()早く抜けられたら」という意味なら正しいかもしれないけど、でも──

 

(なんかニュアンスが違うような……)

 

 ボクは眉をひそめていた。

 トレーナーはそれに気がついているのかいないのか、さらに言葉を続ける。

 

「ああ、勝敗の差はわずかだったと思うぞ」

「そう? なら、もっと頑張れば……」

「ああ、もちろんGⅠ制覇だって夢じゃなかったさ」

 

「──え?」

 

 驚きの声を口から出したのはダイユウ先輩だった。

 彼女は唖然として、トレーナーを見つめている。

 その姿に、乾井トレーナーもまた戸惑い──「ん?」と首を傾げた。

 

「……えっと、GⅠ制覇?」

「ああ、今日のレースも惜しかったからな」

「惜しい? どこがよ! 7位だったのに……」

 

 ちょっと怒った様子で詰め寄るダイユウ先輩。

 

「気休めならやめて! そんなの……」

「え? いや、だってお前、自分で『もうちょっとだった』って言っただろ。オレが『惜しかったな』って言ったら……」

 

 その様子に、トレーナーは戸惑ってる。

 一方で、ダイユウ先輩は気がついてない。自分とトレーナーの認識が完全にズレていることに。

 だから怒って──

 

「ええ、惜しかったわよ。オグリまであと半バ身だったんだから──」

 

「「──え?」」

 

 ボクと、トレーナーの言葉が重なった。

 そうか、そういうことだったんだ。

 だから会話がかみ合っているようでかみ合っていなかったんだね。

 トレーナーは、このメンバーの中でダイユウ先輩の実力が劣るのを認めながらも、それでも勝てる道を模索していた。

 でも、ダイユウ先輩は──

 

「……そうか。いや、そうだったな。ああ、もう少しでオグリよりも前の順位だったのに、な」

 

 トレーナーが、笑顔でそう言う.

 それにダイユウ先輩は、態度を変えたトレーナーに困惑しつつ、

 

「そうよ。優勝なんてハナから無理だけど、それでもオグリには勝ちたかったのに……」

 

 なんて返している。

 その姿に──ボクは、少なからず腹が立った。

 だって、トレーナーの笑顔が、無理してるのが明らかなんだもの。

 肝心なところで──先輩とトレーナーの考えが完全にすれ違っていたんだから。

 

 トレーナーは。レースに勝つことだけを考え──

 ダイユウ先輩は、オグリキャップに勝つことだけを考え──

 

 そんな状況でレースに臨んでいたんだから。

 それに気がついたときには、レースはとっくに終わってた。残酷なことに。

 

 

 だからボクは──ダイユウサクを、許せなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ダイユウサク!!」

 

 まるで引き潮のように、溢れかえっていた人並みが一気にレース場から去っていく最中、レースを終えて戻ろうとしたアタシに、声がかかった。

 振り返れば──車椅子のウマ娘がポツンといる。

 

「コン助? トレーナーは?」

 

 二人と別れたのは直前のこと。

 レースを終えて、お互いに観客席の最前列とターフで言葉を交わしたんだけど──そろそろ人もはけてきたので、いったん観客席から出る、と言ったのでそこで分かれたんだけど。

 そのとき、確かにトレーナーはコン助──ミラクルバードの車椅子を押していたはずなんだけど。

 

「ひょっとして、はぐれたの? まったく、あのトレーナーときたら……」

「違うよ。ダイユウサクに用事があったから、ウソをついて先に行ってもらったんだ」

 

 そう言ったミラクルバードの目は──明らかに怒っていた。

 えっと……アタシ、コン助のこと怒らせるようなことしたっけ?

 戸惑いながら彼女を見ると──彼女は車椅子を動かすと、乗り上がらんばかりにグイッと最前列までやってきた。

 アタシもあわてて近づく。

 すると──

 

「ダイユウサク、キミは、いったいなにと戦っていたの?」

「え?」

 

 涙さえ浮かべて責める彼女の目に、アタシは戸惑った。

 それに構わず、彼女は続ける。

 

「今回の天皇賞、記念出走じゃなかったんだよ? 少なくともトレーナーは真剣にレースに勝とうとしていた」

「真剣に、勝つ? この天皇賞を?」

 

 少なからず、驚いた。

 確かに、記念出走だなんては思ってない。

 でも、アタシへの昇格祝いだって言って出走したこのレース。腕試し……言ってしまえば「GⅠを経験してこい」っていうトレーナーからのメッセージだと思ってた。

 だからミラクルバードのその言葉に、衝撃を感じていた。

 

「もしもトレーナーの言うことを真に受けて、ヤエノムテキを警戒していたら……結果は変わっていたかもしれないのに」

 

「あ……」

 

 ミラクルバードのその言葉で、アタシは──目が覚めた。

 少し前の、レースを走ったときの光景がまざまざと思い出される。

 序盤から中盤の展開は問題はなかった。

 でも──

 

(最後の直線……オグリを気にするあまり、前を塞がれて焦ってた)

 

 そのせいで視野が狭くなってた。

 そのくせ、外にいるオグリキャップの位置に気を取られていた。

 

(もしもあの時、前に集中していれば。気迫で二人にプレッシャーを与えていたら……)

 

 アタシに気圧されていたら、最内が開くことはなく、ヤエノムテキのスパートは遅れたはず。

 それがアタシにとってベストのタイミングで行われていたら──

 

(外を回って脚を使っていたアルダンにも……勝てたかもしれない)

 

 無論、ヤエノムテキやメジロアルダン、それにアタシの直前の着順になったオグリキャップ以外に、あと3人もいたんだから、その通りになったら必ず勝てた、ってわけじゃないと思う。

 でも──

 

(トレーナーの言うとおりにしていたら……勝てた、かもしれなかった?)

 

 その事実が、胸に突き刺さった。

 あのとき──合同記者会見の後日にあった《アクルックス》のミーティングで、確かにトレーナーは言っていた。

 

『……ヤエノムテキ。オレはオグリキャップよりも、彼女の方こそ警戒するべきだと思っている』

 

 あの時の彼の言葉が脳裏をよぎった。

 そうだ。確かに……トレーナーはこのレースに勝つことを真剣に考えていたのよ。

 それに対してアタシは──

 

(オグリに『応援している』なんて言われて、カッとなって……見返してやることしか頭になくなってた)

 

 トレーナーが出してくれていたヒントを無視して、アタシは勝手に自滅したんだわ。

 なんて……もったいない。

 なんて……惜しいことをしたんだろう。

 

「あ……」

 

 それで思い出した。

 レースの結果に『惜しい』って言ってくれたトレーナーに、アタシはなんて言った?

 勝手にオグリに勝てなかったのを言われたんだと勘違いして、順位のことを言われて──

 

「……気がついたみたいね。今回の競走(レース)は……トレーナーの見ていたモノと、キミが見ていたモノが、完全に違っていたんだ」

「ええ……うん、今ならよく、わかる……」

「今更わかっても、もう競走(レース)は終わってる。手遅れだけどね……」

 

 ミラクルバードの言葉が胸に突き刺さる。

 そうよ。アタシはいったい、なにをしていたのよ……

 

「感情で走るっていうのは、大事だと思うよ。負けたくない相手に闘志を燃やせば、強い力がわき上がるのは、ボクだって経験してる」

 

 メイクデビューから連勝して、その世代で有力視されていたウマ娘だったミラクルバード。

 彼女は、アタシなんかよりももっとずっと“強い”ウマ娘だった。

 

「でも──目的を見誤ったらダメだ。ウマ娘がトゥインクルシリーズで目指すのは、競走(レース)の勝利であり、『頂点』なんだから」

 

 だからこそ、今回のことがもったいなく思えて、結果が悔しくて、アタシの愚行がもどかしかったんだと思う。

 

(今までは、一戦一戦勝つこと、そうやってランクを上げることが目的だったけど、オープンクラスになったら……)

 

 階段の最後の段を登って、アタシはようやくステージに登った。それが前走のこと。

 オープンという大舞台(トップステージ)で走る心構えが──できていなかったんだ。

 

(悔しい……)

 

 急に、目から涙が落ちる。

 本当なら“あの”盾に手が届いたのかもしれない、と思ったらその感情が急にこみ上げてきた。

 

(ううん、トレーナーはもっと悔しかったはず)

 

 そうだ。そのために一生懸命、策を練って──それがハマりかけていたはずなのに、肝心のアタシが不甲斐なかったから、壊しちゃって掴めなかったんだから。

 ゴメンなさい、トレーナー。本当に……

 

「──おい、ミラクルバード。お前、トイレに行ったんじゃ……」

 

 アタシが心の中で謝罪していた相手が、車椅子の後ろに姿を現す。

 遅いミラクルバードを心配して戻ってきた彼の姿を見て──

 

「トレーナー!!」

 

「え? ……オイ!?」

 

 アタシは一目散に駆け寄り──観客席と走路を隔てる境を軽く飛び越え、そのままの勢いで近寄って……彼に思いっきり飛びついた。

 

「ぐふッ……」

 

 そのまま彼の体を抱きしめて──アタシは感情を爆発させて、泣いて謝った。

 

「ゴメンなさい、トレーナー! アタシが不甲斐ないばっかりに……アタシが心得違いをしていたから──」

 

 アタシが一生懸命謝っても、彼は何もいってくれなかった。

 それはそうよね。それくらい、彼が怒っているってことよ。

 だって、作戦はまるで聞かずに台無しにして──レース後にはトンチンカンな勘違いで怒ったんだもの。

 怒られて……いいえ、呆れられて当然よ。

 でも──アナタに見捨てられたら、アタシは……

 

「本当にごめんなさい。それに、今回のことで思ったの。アタシのこと、一生懸命に考えてくれるアナタが、アタシには絶対に必要だって……」

 

 胸に顔を埋めながら、感極まったアタシはさらに腕に力を込める。

 

「トレーナーがトレーナーじゃなかったら、アタシは……だからお願い。今後も──」

 

 

「あの、先輩? 盛り上がってるところ悪いんだけど……トレーナー白目むいてるよ?」

 

 

「──え?」

 

 慌てて顔を上げると──ミラクルバードが言ったとおり、気絶して脱力したトレーナーが、しなびれた野菜のように、くたっと()()った。

 

「ああっ!?」

「……うん。先輩が飛びついた時点で、意識無かったんじゃないかな」

 

 アタシは慌てて彼を介抱し──直後にミラクルバードが呼びに行った救護の人が駆けつけてくれて、トレーナーは意識を取り戻したわ。

 その後、改めて彼に謝ることになったけど。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──で、後日。

 

 

「ベルノ!! あの記者、今日は来てないの!?」

 

 オグリキャップがトレーニングしている場所へ、怒りを露わにアタシが行くと──苦笑したベルノライトが迎えてくれた。

 六平トレーナーとオグリキャップ本人の姿は見えなかったけど、今のアタシにとっては、そんなことはどうでもいい。

 

「う、うん……今日は見てないし、来てないんじゃないかな。もっとも、六平さんに見つかったら叩き出されるから隠れてるのかもしれないけど……」

「そう、わかったわ。見かけたら真っ先に連絡ちょうだい。六平トレーナーにも、『もっとひどい目に遭わせるから、安心して任せてください』って伝えて」

「わ、わかった……」

 

 戸惑いながら苦笑するベルノライト。

 彼女がそう反応するのも無理はないわ。アタシは今、きっと──般若の相を浮かべているから。

 

「まったく、どこに隠れやがったの!! 藤井泉助ッ!! 出てきなさいッ!!」

 

 怒りを爆発させてその記者を探すアタシの手には、スポーツ新聞が。

 それには小さい記事ながら写真と共に──

 

『またも号泣、ダイユウサク』

『不甲斐なさをトレーナーに泣いて謝罪』

 

 ──という記事が載っていた。

 その新聞を、感情にまかせてクシャッと潰す。これを書いた記者を同じ目に遭わせるというデモンストレーションよ。

 アタシは怒りに満ちた目で周囲を見渡しながら、学園の敷地を捜して回る。

 

 

 ……ぜっっったいに、許さないわ。あの眼鏡記者ッ!!

 

 




◆解説◆

【すり抜けた“万が一の可能性(奇跡)”】
・元ネタなしタイトル。
・今回のifストーリーはもちろんフィクションで、そんな可能性があったかさえも疑問なレベルです。
・実際のレース映像で展開を見て考えたものです。
・主人公補正が入っての展開だと思って許してください。

大きく息を吐いたシヨノロマン
・勝ったのは、ヤエノムテキでした。
・なお、彼女が勝利をささげたかった相手──シヨノロマンは全く気付かず、ダイユウサクを見ていた模様。
・これは──史実でシヨノロマンを意識していたヤエノムテキでしたが、一方のシヨノロマンはまったく意識していなかったということでした。
・……という話をもとに、本作のシヨノロマンもヤエノムテキをまったく意識していませんし、彼女の気持ちに気付いてません。

アルダンにも
・史実で2位だったメジロアルダン。
・その驚異的な末脚は、あと少しでヤエノムテキに届きませんでした。
・──という史実を念のため、書いておきます。
・ですので、史実でもしヤエノムテキが前を塞がれていたとしたら……アルダンが勝っていたことでしょう。


※次回の更新は9月29日の予定です。  

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