見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──『可愛さ余って憎さ百倍』という言葉がある。

 とある地方レース場で目覚ましい活躍をして中央(トゥインクルシリーズ)にスカウトされたウマ娘がいた。
 恵まれた──とはいえない環境で育った彼女が、中央という大舞台へ招待されたのはまさに()()()()()ストーリーだった。
 クラシックレースという舞踏会には出られなかった、そのシンデレラは……代わりに他の舞踏会(レース)で活躍し、そこでライバル達(王子様)とも出会った。
 そんな彼女は、その姿を見るものを熱狂させ、一大ブームを巻き起こす。
 見た者全てが彼女を支持し、圧倒的な人気で愛された。
 そんな彼女は幸せに暮らしましたとさ──

 ──という結末(ハッピーエンド)は、たった一度の負けで、崩壊し始めていた。

 天皇賞(秋)で6位。
 誰もが思っていた──いや、勝手に描かれていた、勝利するという筋書き(シナリオ)通りに進められなかった彼女。
 身勝手なプレッシャーで身も心もボロボロの状態で、海外からやってくる強者と戦わされる彼女。

 思うように結果を残せない彼女に──寄せられていた好意は悪意に、声援は罵声となって、降りかかったのである。

 彼女はあの日(10月25日)あの場所(天皇賞(秋))に、ガラスの靴を置き忘れたのかもしれない。
 そしてそのガラスの靴は──未だに彼女の元へは、届いていなかった。



第50R 大取材! 追いかけ続けた“偶像”

 

 11月も終わりが見えたころ──オレは京都レース場にいた。

 

 そこでは──

 

『ダイユウサク、一気に加速して先頭に立った! 差されたニチドウサンダーはついていけない! 完全に抜け出した! 他の追随を許さない! ダイユウサク先頭で──そのままゴール!!』

 

 オレが担当しているウマ娘のレースが行われ、彼女は1着でゴール板を駆け抜けた。

 トパーズステークス

 グレードの設定された重賞でこそ無いが、条件が設定されていないオープン特別のレースだった。

 

「よし……」

「あれ? トレーナー、もっと喜ばないの?」

 

 隣から声をかけてきたのは、車椅子に乗ったウマ娘、ミラクルバードだった。

 

「嬉しいさ。昇格後2戦目で勝利だぞ」

 

 準オープンは昇格から初勝利まで1年もかかった。

 対して今回は昇格したのが9月だから約2ヶ月。きわめて順調だ。

 

「オープンになってから一勝もできずに引退するのもいるんだしな」

「それは……ちょっと耳が痛い」

 

 苦笑を浮かべるミラクルバード。

 

「お前の場合は色々違うだろ。GⅠも勝ってるんだし、引退したのもレースに勝てなかったからじゃない」

「まぁね、今になってもこの足は……全然動いてくれないけど」

 

 恨みがましく自分の足に視線を落とす彼女。

 皐月賞での大事故。接触による派手な転倒で首を負傷し、一時期は命まで危うかった。

 その事故から早1年半。それでも彼女の足は動かず、何かに掴まって立つのがやっとという状況らしい。

 ウチのチームに出入りし始めたころに、そんな状態だったからそれから全く良くなっていないようだ。

 

「……リハビリはしてるんだよ?」

「ああ、わかってるさ」

 

 オレが心配そうな目で見ているのに気がついたようだ。

 どこか申し訳なさそうに言うミラクルバードに、オレは逆に訊いた。

 

「チームで色々サポートしてもらってるけど、邪魔にはなってないか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと病院にも欠かさずに通えてるし。ボクの方こそ、迷惑かけていない? 他の人だったら、リハビリのせいでチームの活動に参加できない、ってことはないんだから」

「そういうのは、気にするな」

 

 オレはちょうど腰の辺りにあるミラクルバードの頭に手をおいて、その頭を撫でた。

 

「前も言ったが、お前はうちのチーム(アクルックス)に欠かせない存在だからな。他の誰かが代われるような存在じゃないんだ」

「トレーナー……ありがと」

 

 オレの言葉にミラクルバードは嬉しそうに表情を崩し──撫でる手に身を任せて気持ちよさそうに目を細めた。

 

「……アンタ達、なにやってるの?」

 

 冷ややかな声に我に返れば──いつの間にか、ダイユウサクがいた。

 

「ひぃッ!」

 

 驚き思わず声をあげるミラクルバード。

 それも無理はない。

 ゴール後のウイニングランを終え、オレ達がいる観客席の前に来ていたらしい彼女だが、そこに喜びの感情は見られない

 無表情で睥睨するその目は、光を失っているようにさえ見えたのだから。

 焦るミラクルバードはワタワタしながら言った。

 

「え、えっと……ダイユウ先輩の勝利の喜びを、トレーナーと二人で分かち合っていたんだよ」

「そのレースに勝った当事者を、()け者にして?」

 

 相変わらずその目でジッと彼女を見つめながら、ダイユウサクはミラクルバードの言い訳を叩き潰す。

 その剣幕にミラクルバードは「くぅ…」と小さく呻きながらドン引きし、仰け反るように圧されてしまう。

 

「今日の祝勝会や、今後の予定を話していたんだ」

「とても、そういう雰囲気には見えなかったけど?」

 

 見かねて間に入ったオレにその視線が向けられる。

 いや、無感情でうつろな目を向けられるのは、結構怖いものがあるな。次にどんな行動してくるのかわからんし。

 このままウソで誤魔化そうとして刺激するのはよくないと判断し、正直に話す。

 

「その途中でコイツの足の話になってな、調子を聞いていたんだが……まだ動かないって話から、焦らずガンバレって言っただけだ」

「……ふ~ん、そうだったの」

 

 オレが説明すると、ダイユウサクの圧は消え去り、少しだけ気まずそうな空気を出しながら視線を逸らし、オレ達の後ろの観客席を見上げる。

 

「よくやったな、ダイユウサク。1位、おめでとう」

「……ありがと」

 

 オレの賞賛に、こちらを見ずに答えたダイユウサクだったが、視線の先で何かに気がついたようだった。

 

「でもなんか、観客が捌けるの、早くない?」

「ま、こっちのレース前に消沈して帰った客も多かったんだろ」

 

 京都レース場(ここ)ではなく、東京レース場のメインレースが行われたのは少し前のこと。

 その結果はスマホを見ればすぐに分かる。そういう時代だからな。

 そしてそれは──今のウマ娘熱狂(フィーバー)に水を差すような結果だった。

 

「これからウイニングライブなのに……」

「心配するな。お前が勝ったのにガッカリしたわけじゃないから」

 

 口を尖らせて寂しそうにつぶやくダイユウサクに──オレは柵越しに手を伸ばし、彼女の頭の上に手を置く。

 そうして、気落ちした彼女の頭を撫で──

 

「その証拠に、今日も1番人気だったろ?」

「……今日も、って……この前は違ってたし…………」

 

 されるがままに、頭を撫でられながら俯いているダイユウサクがポツリと漏らした。

 照れ隠しなのは分かっていたが、さすがにオレは苦笑するしかない。

 

「さすがにGⅠの、それも天皇賞の一番人気はなぁ……」

 

 そこまでの人気は、ダイユウサクにはない。

 GⅠの一番人気を得るようなウマ娘は、それこそオープンの中でもトップクラスなんだから。

 

「ふん、人気なんて意味ないわよ。高くても低くたって、競争(レース)そのものには影響はないもの」

 

 撫でられながらも不満げに言うダイユウサク。

 そんな彼女にオレは「不満は分かるけど……」と前置きして──

 

「事実として、今日のレースはお前が一番になるって信じてくれた人が一番多かった。で、お前がその通りに一番になった」

「だからなによ?」

「ってことは、今、帰っているのは純粋にこのレースに興味がなかった連中ってことだろ? お前の勝利に不満があるわけじゃあないさ」

「う……」

 

 安心させようと、撫でていた手で頭を軽くポンポンと叩く。

 甘んじていて受けていたダイユウサクだったが──ふと我に返って、オレの手を払い、キッと見る。

 そんなダイユウサクにオレは──

 

「安心しろ。今日はいいレースだったぞ」

「なら、最高のステージにしないと、ね」

 

 笑顔で言った言葉に、彼女は勝ち気な笑みで応えた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──12月に入った。

 

 オープンクラス昇格後、2戦目で勝ったダイユウサクは、次のレースに向けて早くも調整を始めている。

 そんな彼女がトレセン学園内のコースを走る姿を見ていたオレは──とある男に話しかけられた。

 

「やあ、乾井トレーナー。調子はどないです?」

 

 関西弁の男。

 手には大きな望遠レンズのついたカメラ。

 眼鏡をかけた長めの髪のその人に──オレは小さくため息をついた。

 

「……アイツに見つかると、厄介なことになりますよ、藤井さん」

「そんときは、またアンタがかばってくれるんやろ?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて返してくる記者──藤井泉助に、オレはため息混じりに返した

 

「ええ、まぁ……さすがにアイツに事件を起こさせるわけにはいかないんで」

「いや~、あの時は、殺されるかと思ったわ。本気で」

「アイツも気にしていることだから、アレに関してはあまりイジらないでくださいよ」

 

 オレが言うと、藤井記者は「身を持って理解したわ……」と答えた。

 しかし、意地の悪い笑みを浮かべ──

 

「あの娘がアンタを信頼してるってことが、な」

「ん? どういうことです?」

「決まってるやろ。アンタがあの場にいたから、止めてくれると信じているからこそ、あそこまで暴力的になれたんや。そうでもなければあそこまで……」

 

 そのときのことを思い出したのか、藤井記者は苦笑気味に身を震わせる

 

「そうやって、アンタの気をひこうとしてるんや。健気なもんやで」

 

 自分が巻き込まれているのに「健気」で済ませるあたり、この記者も只者じゃないな、と思う。

 

「人見知りして大人しいって聞いてたけど……ダイユウサクが遠慮なくぶつかってるのは、アンタくらいや。乾井トレーナー」

「……そりゃどうも」

 

 そう言われると、なんともこそばゆい。

 オレは困惑しながらそう答えて誤魔化し──練習用のコースを走るダイユウサクを見る。

 アイツがいるのはちょうど反対側で距離もある。戻ってくるのにも時間がかかるだろ。

 

「で、最初の質問ですが、調子っていうのはオレの? それとも彼女の?」

「そんなん、決まっとるやないか。ダイユウサクや」

 

 答えた藤井記者は、「アンタの調子聞いて、記事になるかい」と笑う。

 そうして彼はオレをまじまじと見る。

 

「……というかアンタ、よくウマ娘にあれだけやられて、平気やな?」

「慣れてるんで……」

 

 ダイユウサクを止めたときのことを思い出したのか、呆れ気味の藤井記者にオレは苦笑を浮かべて返す。

 そんなオレの返しに藤井記者は「慣れとかそういう問題じゃないやろ……」とつぶやいていた。

 あのときの記事──ダイユウサクを怒らせた『またも号泣』の記事──を思い出して、かねてから思っていた疑問をぶつけた。

 

「あの記事ですけど、URA(うち)の上の方から頼まれた、とか?」

「……なんでそう思ったん?」

「オグリの負け……しかも掲示板を外すような敗北は、世間が黙ってないはず。少しでも目を逸らそうとした……違いますか?」

 

 オレはチラッと目を藤井記者に向けた。

 今の熱狂的なブームを巻き起こし、中心にいるのは間違いなくオグリキャップだ。

 その彼女が──もっとも注目を集めている中、完敗した。

 その熱が一気に冷めてしまいかねないような事態に、URAも危機感を感じて少しでも他の話題を入れて衝撃を薄めたかったんだろう。

 

「その通りや。でも、あんなん焼け石に水や。しかもこの前のジャパンカップで……」

 

 オグリキャップの次走はジャパンカップ。

 奇しくもダイユウサクが走った日に東京で行われたそのレースでは、彼女の着順は11位。今まで見たことがないような結果である。

 行われた東京から遠く離れた京都のレース場で観客が帰ったのも、その惨敗にガッカリし、興ざめした客が大勢いたせいらしい。

 

「なら、こっちに来てる場合じゃないでしょ?」

 

 オレが苦笑すると、藤井記者はため息混じりに苦笑を浮かべる。

 

「あれ以来、オグリ陣営は取材拒否や。ま、あんなことされたら当然やけどな……」

 

 例の密着取材で調子をすっかり狂わされ、六平トレーナーは激怒しているし、あまり他人を気にしないオグリキャップ自身でさえマスコミだけは露骨に苦手になってしまったようだった。

 

「なぁ、乾井トレーナー。オレはな……オグリキャップをみんなに知ってほしかっただけなんや。こんなにスゴいヤツがおるで、と。カサマツからものすごいヤツが中央に来おったで、ってな……」

 

 藤井記者は、オグリキャップが中央トレセン学園に転校してきて、中央(トゥインクルシリーズ)でデビューしてから彼女を追い続けていた、と記憶している。

 登録を逃した彼女をクラシックシリーズへ出走させるために、熱心な活動もしていた。

 そして、それが呼び水になって、現在のウマ娘ブーム──言ってしまえばオグリ熱狂(フィーバー)──が起こった。

 

「なのに、あんなことになってしもうて……あんなん、許されるわけないやろ。確かに同じマスコミという(くく)りには入るけど、あんなのと一緒にされたくないわ」

 

 彼は、その問題を起こした取材陣に対する嫌悪感を露わに言い放った。

 

「あれで体調崩したおかげで、天皇賞とジャパンカップにも負けてしもうて……そしたら、今度は世間は『オグリはもう終わった』なんて失礼なこと言うヤツまで出てきとる。それだけやない。負ける姿なんて見とうないから引退せえ、って手紙も来とるらしい」

「そこまで……」

 

 オレもさすがに絶句した。

 だが、実際にはもっと過激な──半ば脅迫めいた手紙(もの)まで、陣営宛に届いているらしい。

 いくら何でも酷すぎだろう。

 オレ達からしたら、勝手に人気者に仕立て上げ、それを自分たちで潰して、しかもそれを叩いているようにしか見えない。

 あまりに理不尽だった。

 藤井記者も悔しげに顔を歪ませる。

 

「こんなことにしたかったんやない。ただ……(つよ)うて、(はよ)うて、さらに輝いて……みんなが夢を抱ける、そんなアイドルウマ娘がここにいるってことを、知らせたかっただけなんや」

「かつての“彼女”のようなウマ娘……ですか?」

 

 オレの言葉に──藤井記者はうなずいた。

 

「そうや。オレやアンタのような世代で、“彼女”に憧れ、熱を上げ、夢を抱かなかったヤツなんておらんやろ?」

「わかります」

 

 なるほど。オレとこの人がこの場にいる、そのきっかけは同じだったらしい。

 

「今までにもっと“強く”て“速い”ウマ娘はいた。でも──トゥインクルシリーズを知らないような人にまで愛されたのは“彼女”だけだった」

「そうや。けど、オグリはそうなれると思ったんや。それが……」

 

 確かにオグリはトゥインクルシリーズに興味を持っていなかった層にまで人気を得た。

 しかしその結果、ルールを知らないマスコミを呼び寄せてしまい、さらには心ないファンから批判を集めることになり──結果的に、オグリキャップを追いつめてしまったのだ。

 自分がこの熱狂(フィーバー)の旗振り役を務めたという自負があるからこそ、彼は今、苦悩しているんだろう。

 

「なぁ、間違ってたんやろか? だとしたら、どこで間違えたんやろな?」

「……オレはあなたが間違えたとは思ってません」

「なんで、そう思う?」

 

 彼は気休めなら許さん、と言わんばかりに厳しい目をオレに向けてきた。

 

「オレも“彼女”に憧れたクチですから。次の“彼女”を追い求める気持ちは分かります」

 

 そう言ってオレは力強くうなずく。

 同じ“もの”に憧れて……この人とは違う道を選んだが、それでも思いは一緒だ。

 

「オレはあなたとは異なり、第二の“彼女”をこの手で育てたいと、そして共に歩みたいと思った。だからこの場にいるんですよ」

 

 遠くを走るダイユウサクに視線を移し、そして苦笑する。

 

「オレの方の道は、半ばどころかまだまだ……ですけどね。でも気持ちが分かるからこそ、あなたがやったことが純粋だったこともわかる。オグリを、彼女の存在をもっと知らしめたい。“彼女”の再来ともいうべき存在のことを、世に知ってほしいという願いはマスコミとして、また“彼女”のファンとして、自然なことをしたと思う」

「せやけど、そのせいで……」

「そんな純粋な思いだから、世に受け入れられてブームになったんじゃないですか。それを、『ブーム(それ)に乗りたい』『他を出し抜きたい』と企てた(よこしま)な連中に利用されてしまっただけだ」

「乾井トレーナー、アンタ……」

 

 オレは藤井記者へと振り向く。

 

「世間がどう騒いでいるなんて関係なく、ただ純粋にスゴいウマ娘の“強くて速い”姿を世間に伝える。それができるのは……オグリを最初から追いかけてきた、あなただけじゃないか?」

「…………」

 

 藤井記者は唖然としていた様子だったが、やがてため息をつき──そして笑みを浮かべる。

 

「せやな。オグリのことを伝えんの……他のニワカなヤツらに獲られてたまるか!!」

 

 拳をグッと握りしめ、空に向かって突き上げる。

 そうして心機一転した彼は、オレに振り返り──

 

「ってことは、ダイユウサクも出るんやな。有記念に」

「──いや、出ませんが?」

 

 オレの即答に、藤井記者はきれいにズッコけた。

 

「なんでや!! 今の流れなら、出るところやろ!! 一緒に天皇賞走ったヤエノムテキもメジロアルダンも、オサイチジョージまで出るんやで!?」

「なに言ってんですか。有記念ですよ? ダイユウサクに出走できるほど票が集まるわけが無い」

 

「あ……」

 

 そう、有記念の出走メンバーを決めるのはファン投票。

 この一年、GⅠをはじめとした重賞戦線を戦い、そこでファンの心を掴んだウマ娘達が年末の中山に集い、その年のナンバー1を決める。それが有記念だ。

 

「オープンに昇格したばかりで、重賞未勝利のウマ娘ですから。うちのダイユウサクは」

「ま、確かに……委員の推薦も、さすがに無いわな」

 

 苦笑する藤井記者。

 そして彼は──

 

「でも、ま……地方出身の田舎モンが中央で強者(つわもの)をバッタバッタと倒すのも痛快やったけど、デビュー2戦ともタイムオーバーしたようなダメウマ娘が、どん底から這い上がるサクセスストーリーも面白(おもろ)いやろな」

 

 ──そう言って、人懐っこい笑みを浮かべた。

 そして一言、付け加える。

 

 

「それがもし、有を勝ったら、なおさら痛快や」

 

 

「それは、エールってことですか?」

「さぁな。でもな、乾井トレーナー。大衆ってのはやっぱり偶像(アイドル)とかスターを求めとる。オグリに見切りつけたヤツらは、きっと次のを探してると思うで──」

「“最初のアイドルウマ娘”の後に“皇帝”が現れたように?」

「せや。ま、あの二人の間は、ちょっと空きすぎた感じはあるけどな」

 

 “皇帝”の後に現れた“怪物”。

 その後に続くのは──

 

「ウチのダイユウサクじゃあ無いのは、間違いないけど……」

 

 オレが茶化すと、藤井記者は「当たり前や」と爆笑した。

 

「ミラクルバードは、可能性あったかもしれへんけどな。子供のころの怪我を隠すって理由のミステリアスな覆面や、あの明るい性格……」

「わかります。だから、彼女が走れなくなったのは本当にもったいない」

「せやな」

 

 それを示すように、その世代は目立つようなウマ娘が現れていない。

 だからこそ世間の目は次の世代へと向いている。

 

「だけどな、乾井トレーナー。その“次のヒロイン”の候補がもう頭角を現して……有に出るで」

「メジロ家の新星たち、ですか?」

 

 今年のクラシック戦線で話題と注目を集めたメジロ家出身のウマ娘が二人いた。

 一人はいかにも令嬢といった、長い髪に落ち着いた雰囲気の──

 もう一人は、逆にその名家のイメージとは真逆な──ボーイッシュなベリーショートの髪と、しなやかさとは大局的な力強さを感じさせる体をもった──

 そんな対照的な二人のウマ娘が、有記念に出てくるという。

 

「そうや。今度の有記念、やっぱり目が離せんわ」

 

 オグリの次の風が吹き始めようとしている──その胎動を、オレだけでなくこの業界に身を置く者なら感じているだろう。

 “怪物”を追い続けた彼の背中に、少しだけ寂しさを感じた気がした。

 




◆解説◆

【追いかけ続けた“偶像”】
・今回も3連続で元ネタなしタイトル。
・藤井記者が記者になった動機は、“初代国民的アイドルウマ娘”がオリジナル設定であるように、もちろん本作オリジナルです。
・ただ、そのブームを知っていたからこそ、オグリキャップにその影を見て、追い求めた──というのは、あり得る話かと思います。
・問題は……本作オリジナル設定のウマ娘ハイセイコーはいったい何歳くらいなのか、活躍していたのはどれくらい前だったのか、というところです。
・辻褄合わせようとすると、何歳くらいが妥当なんだろう……

トパーズステークス
・今回の元レースは、1990年11月25日に開催されたトパーズステークス。
・京都競馬場の芝2000メートルで、当日の天候は晴れ。馬場状態は良でした。
・14頭立てで行われたレースは、ニチドウダンサーが逃げ、ダイユウサクは4番手につける。
・道中、少しづつ順位を上げて──最後にニチドウサンダーを抜き、見事1着でゴール。
・最後に抜かれたニチドウサンダーが2着でしたがその差は4馬身と、ダイユウサクの圧倒的勝利、という結果でした。
・オープン昇格後2戦目のこの圧勝こそダイユウサクの“真なる本格化”と思われます。
・なお、トパーズステークスは1983年に芝1400メートルで始まったレースで、翌年から2000メートルで開催されていました。
・ダイユウサクが制した1990年から7年後の1997年からダートで1800メートルのレースへと変更されました。
・その後、2010年に名前が『みやこステークス』へと変わり、昇格してGⅢの重賞レースになりました。
・ですので、ゲーム版『ウマ娘 プリティダービー』では“トパーズステークス”というレースは出てきませんが、現在の“みやこステークス”はしっかり出てきます。

東京レース場のメインレース
・トパーズステークスがあった日の東京でのメインレースは……ジャパンカップ。
・史実では1990年11月25日のことで、ジャパンカップのスタートは東京競馬場の第11レースで午後3時25分。トパーズステークスは京都の第10レースでしたが午後3時45分でした。
・そのジャパンカップで何があったのか──当時の超人気馬オグリキャップが出走したのですが、なんと11着という惨敗。
・オグリにとっては生涯で最も遅い着順という結果。
・そんな結果に──大ブームになっていたオグリキャップにはさらなる批判を叩きつけられ……次走の有馬記念がラストランということになりました。

身を震わせる
・前話のラストで藤井記者を探していたダイユウサクは、無事発見したようで……
・その際、藤井記者に詰め寄った際、近くにいた乾井トレーナーが止めました。
・おかげでダイユウサクは遠慮なくエキサイトして……藤井記者にかなり激しく詰め寄った模様。
・さらには、止めに入った乾井トレーナーに鉾先が向かうことに。
・その光景を思い出して、身震いしました。
・エイシンフラッシュ曰く「ウマ娘に人間が勝てるわけがない」。
・それでも立ち向かわなければならない時が──ある!

出ません
・いやぁ、なに言ってるんですか。
・ダイユウサクくらいの成績のウマが、有馬記念に出られるわけないじゃないですか~。
・出そうなんて画策したら──委員に「この程度のウマを出すわけにはいかない」って批判されますよ。
・なお、翌年──


※次回の更新は10月2日の予定です。  

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