──ここは、とある名家の屋敷。
ウマ娘の名門として、優秀な競走ウマ娘を多く排出する、メジロ家の邸宅だった。
その一族の実質的な長たる者がいる。
今日、呼び出されたメジロ家のウマ娘は、彼女のことを──御婆様、と呼んでいた。
そのころのわたくしは非常に充実した日々を過ごしていました。
菊花賞を制したわたくしは、次の目標を年末の大レースに定め──そこに出走すると大々的に発表された“あの”ウマ娘──わたくしが敬愛してやまない方と同じレースを走り、競えるというのは夢のようでしたから。
(ついに、一緒に走れますね……どうにかギリギリ、間に合いました)
たしかにあの人が調子が悪いというのは聞き及んでいましたし、直近の数レースを見てもそれは明らか。
巷では、衰えによってそのレースがラストランになると専らの噂になっていましたが……それでもあの人の輝きは色褪せるようなものではありませんし、共に走れる喜びも曇りはしませんでした。
──そう、思っていたのですが……
「御婆様、参りました……」
御婆様のいらっしゃるメジロ家の本家の邸宅。
そこへ召し出されたわたくしは、目の前にいる御婆様に
「よく来ましたね。マックイーン。貴方もトレーニングに忙しいのは分かっていますが……」
そのわたくしに対して、御婆様はねぎらいの言葉をかけてくださいました。
もちろん御婆様が一族を束ねる者として多忙なことは、わたくしも存じ上げていますわ。
しかしわたくしとて……来るべき大レースに備えて、トレーニングを重ねている身。ここまでくる時間を作り出すのも、なかなかに大変だったのです。
ねぎらいの言葉はそれを知り、
「今日は、あなたがこれ以上、余計な消耗をしないように呼び出しました」
「……いったい、どういうことでしょうか?」
御婆様の言葉に、わたくしは混乱しました。
余計な消耗? 何をもってそのような──
「今度の有馬記念、貴方は出走を辞退なさい」
「なッ…………」
思わず絶句してしまいました。
まさに青天の霹靂。
その有馬記念に向けてわたくしは調整していたというのに。
「ど、どうしてでしょうか?」
「有馬記念にはライアンが出ます。貴方は……来年の春の天皇賞をとることに、全力を尽くしなさい」
「お待ちください、御婆様。春の天皇賞は、まだまだ先のことではありませんか。有馬記念に出てからでも十分に……」
「ライアンに有馬をとらせる、と言っているのです」
そう言った御婆様の言葉には、覆しようのない絶対の響きがありました。
「そんな……」
今度の有馬記念は、わたくしにとってはいつもとは違うレースです。
なぜなら、彼女のラストランで──
「貴方はクラシックレースの一角、菊花賞を見事に制しました。それは私も心より嬉しく思っています。しかし、ライアンは……皐月賞、
(それは……勝てなかったライアンが悪いのでは無いですか!)
どうしても有馬に出たいわたくしの口から、その言葉が出掛かりましたが──それを飲み込みました。
ライアンの悔しさは、端で見ていたのですから十分に分かっています。菊花賞も共に争ったからこそ、彼女の実力も分かっていますし、だからこそ口惜しさもわかるのです。
「けれど、メジロ家からはもう一人……」
「アルダンが出走するのは変えられません。残る一人を貴方ではなく、ライアンを出す、と言っているのです」
なんとか反論を試みましたが、あっさりと却下されました。
「アルダンは足が弱い……怪我がいつ再発するかわかりません。それに秋の“盾”を逃した彼女が春に挑戦できるか定かではありません。ですからそちらを貴方に期待しているのです。貴方がレースに出て怪我をしない、という保証はありません。他の者に期待しようにも……」
御婆様は小さく嘆息されました。
思い浮かべたのはきっと……パーマーのことでしょう。彼女はわたくしやライアンと同世代ですが、御婆様からの信頼が薄いようで──
ともあれ、わたくしもそれで引き下がるわけにはいきません。
わたくしには是非とも出走したい理由があるのですから。
「し、しかし先ほど申し上げました通り、有馬記念に出走してからでも、春の天皇賞には十分に間に合います。足に不安があるわけでもありません。わたくしも出走を……」
「くどいですね、マックイーン。言ったはずです。有馬記念に出走するのはアルダンとライアンだ、と」
「その二人を押し退けて、とは申していません。それに加えてわたくしも、とお願いしているのです」
「貴方は、メジロ家の者を3人も同じレースに出せと言うのですか? まるで『数を撃てば当たる』と言わんばかりの恥も外聞も捨てたようなその所業が、どれほど浅ましく、醜いものか……想像さえできないというのですか?」
「う……」
確かに御婆様の言うとおりですわ。
有馬記念や宝塚記念のような人気投票で出走メンバーが選ばれるレースに、一つの家のウマ娘の名が集うというのは、その家の優秀さを世が認めたことであり、非常に名誉なこと。
しかし、そのままに出走し、同じ家の者が集まるレースになってしまっては、身内で競っている茶番に見えてしまいます。
そこまでならなくとも──たとえば出走するメンバーのうち4人も5人も同じ家の者が出走して、それでも別の者が勝ってしまったら……
(家の恥以外の何ものでもありませんわ)
無論、メジロ家の者が同じレースに出ていても、手心を加えて譲る気もありませんし、相手も同じでしょう。実際、菊花賞ではライアン相手にわたくしも決して負けられないと思いましたし……
しかし世の人はそうは思わないことでしょうね。
徒党を組み、協力し、それでも負けたと思いこみ──『○人がかりで負けた』といわれてしまいます。
御婆様はそれを危惧されているのです。
「……失礼、いたしました。出過ぎたことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ。貴方のレースへの熱意は分かりました。それを……春の天皇賞へ向けなさい」
「はい……」
わたくしには、そう答える以外の選択肢はありませんでした。
「よろしかったのですか?」
マックイーンが去り、控えていた執事が問うてきました。
「なんのことですか?」
「有馬記念のことです。マックイーンお嬢様は、ずいぶんと入れ込んでおられた様子ですが……」
「
執事の問いに自分の感じた懸念を答えました。
「あの子は、“彼女”への思い入れが強すぎます。『葦毛は走らない』……長年常識のように言われてきたその言葉をタマモクロスと共に覆したその姿は、
同じ葦毛だからこそ、その道を開いた二人に憧れている様子は見ていて分かりました。
しかし、ただレースで彼女と競うのが悪いと言っているのではないのです。
「もしも、全盛期の“彼女”とぶつかるのならそれは良い経験となったでしょう。しかし“墜ちた偶像”と競わせるのは本人にとっても酷なこと。そして、心優しいあの
かつて憧れた存在の泅落ぶりに、憐れみを感じてしまえば勝負の鬼に徹せられず、そうでなくとも動揺し──隙を見せることになったことでしょう。
そんな状態で勝てるほど有馬記念は甘いものではありません。
それに対して──
「ライアンにとっては、マックイーンほどに憧れる対象ではありませんからね。衰えた姿に動揺することもなく、躊躇い無く勝ちにいけるはずです」
そしてアルダンは……何度も“彼女”と競ったことがあるのだから、ラストランで決着をつけることにこそこだわるはず。
そこに油断や余計な感情が入る余地は、無いでしょうね。
もっとも……
「……今のライアンならアルダンにも負けないでしょう。それくらいに充実しているからこそ、マックイーンではなく彼女に有馬を任せるのです」
引退セレモニーは御自由に。
しかし、その前のレースを譲る気は、我がメジロ家にはございません。
◆解説◆
【メジロさんの家庭の事情】
・元ネタは、少年サンデー系の古い漫画のタイトル『八神くんの家庭の事情』から。
・個人的にはほとんど知らない漫画でして……同じ作者の『鬼切丸』は全巻集めたほどにファンだったのですけどね。
・テレビドラマ化されていたようで、しかも主役は『TOKIO』の国分太一。94年のことですから、95年開始の『鉄腕DASH』で農業系アイドルになる前のころ。
・なお、実写化の例に漏れず──独自設定をぶち込んで失敗、原作ファンの怒りを買うというテンプレの失敗……だけで終わらず、作者の怒りまで買って「原作」表記が「原案」表記に変わったほど。
・昔から同じ失敗繰り返してるのに、なんで実写化にこだわるんだろうか。
・──ハッ!? まさかウマ娘も……
【ライアンに有馬をとらせる】
・90年の有馬記念にはメジロマックイーンの出走も考慮されていました。
・が、メジロライアンに有馬記念をとらせるために出走を断念させた、と言われています。
・もしもマックイーンがこのときの有馬記念に出走していたら──どうなっていたんでしょう。
【パーマー】
・メジロパーマーのこと。ゲーム版では、2021年9月現在ではサポートカードは実装されているものの、育成としては未実装。
・元馬はメジロマックイーン、メジロライアンと同い年。
・その優秀な二頭と比較されてしまうのはかわいそうなところ。
・デビュー後まずまずの成績だったのですが骨折してからはすっかり調子がおかしくなって、精彩を欠くようになってしまいました。
・その後(1991年)は
・……そんな数奇な運命をたどりましたが、マックイーンが取れなかった有馬記念をとっているのはなんとも皮肉。92年の有馬記念をとったのはこの馬。
・本作、現時点では骨折から復帰して精彩を欠いていた時期。そのため御婆様を含め、メジロ家での評価は低くなっています。