──そして、あっという間に日にちは経過し……
年末の、今年最後のGⅠレースの当日となっていた。
中山レース場はアイドルウマ娘の最後の舞台ということで、周辺を含めて大混乱だった。
無論、つめかけた観客達の目当ては第12レース、有馬記念である。
出走メンバーには、秋の天皇賞を制したヤエノムテキをはじめメジロアルダン、ミスターシクレノンといったダイユウサクの同世代の有力ウマ娘が名を連ねる。
さらには歳下のクラシック世代からも出走していた。
無論、オグリキャップが人気を集めるのはオレも理解している。
だからオグリの人気は「終わった」だの言われていていても4番人気だ。
今日、最も注目を集めているのは、下の世代──クラシック三冠をとることはできなかったが、
次に集めているのが、メジロ家の二人。
メジロアルダンと──ホワイトストーンと同じく、クラシックレースで皐月賞3位、
名家出身のイメージとは裏腹な、短い髪の活発そうなウマ娘……メジロライアンだった。
「メジロ家と言えば……」
もう一人、オレの頭に引っかかるウマ娘がいた。
ライアンと同い歳で、クラシック三冠の一つ菊花賞を制したメジロ家のウマ娘だが──
(菊花賞をとったんだから、ホワイトストーンやライアンよりも出てくる可能性が高いと思ったんだが……)
ライアンとは対照的に、長い葦毛の髪が特徴的で、その立ち居振る舞いに優雅さや気品を感じる、お嬢様然とした──あのウマ娘の名前は、無い。
「菊花賞をとった──彼女は出ていないのか」
「そうみたいね。投票は十分に集まってたみたいだけど……なんか、メジロ家の中で話し合ったみたいよ。今回はライアンにとらせるって」
「なによそれ。まるで『メジロ家で取るのが当たり前~』って言ってるみたいで面白くないわね」
アルダンがこの場──オレ達《アクルックス》はオレの机のあるトレーナー室でテレに中継を見ていた──にいないからか、遠慮なく辛辣に言うダイユウサク。
同級生も出走する中で、まるで下の世代がとるのが既定路線のように見られたのが嫌だったのだろう。
そしてそんな名家の思惑とはまったく関係なく、観衆の視線は彼女に釘付けだった。
4枠8番に収まった“怪物”──オグリキャップ。
その彼女がテレビに映ったとき、ちょうど部屋の戸が開き、もう一人入ってきた。
そしてオレ達がいるのに少しだけ驚き、そして笑みを浮かべる。
「やっぱり戻ってきたのね」
同じ部屋のトレーナー、巽見涼子だった。
「やむを得ず、だよ……二人とも、気になってトレーニングに身が入ってなかったからな」
彼女に答えながら、オレは苦笑しながらダイユウサクとミラクルバードを見る。
そんな声さえ聞こえてないくらいに、テレビに集中している様子だった。
ちなみに巽見が担当していて、ダイユウサクの栗東寮のルームメイトでもあるコスモドリームは、現地に観戦しに行ったらしい。
未だに復帰の目処立たず、次のレースの予定も無いので、「同世代を応援しにいきたい!」というコスモドリームの想いを尊重したらしい。
「そんなこと言って、先輩こそ見たかったんじゃないの? 二人をダシにしてるけど」
巽見のからかうような視線は、完全に無視した。
無論、オレだってウマ娘関係者で有馬記念には興味がある。
それに──
「……初代国民的アイドルウマ娘のファンとして、一応、二代目のラストランにも興味はあるからな」
オレがポツリというと──巽見は爆笑した。
やがてそれから立ち直り、涙を拭い──泣くほど爆笑したのかよ──つつ言った。
「ああ、そうだったそうだった。先輩ってば初代アイドルウマ娘の──彼女の大ファンだったんだっけ。部屋にもポスターが……」
ガタッ
「ちょっと、どういうこと!?」
巽見の声に反応し、振り返ったのはダイユウサクだった。
聞き捨てなら無いとばかりにオレに詰め寄る。
「それって、アタシ以外のウマ娘のポスターが、部屋に貼ってあるってこと!?」
「は? えっと……お前、ポスターなんて作ってもらったっけ?」
そりゃあ、オグリキャップとかスーパークリークくらいになれば、URAもそういうグッズを販売してくれるだろうが、ダイユウサクのはあったか……?
オレが考え込んでいると──その胸ぐらをガッと掴まれた。
「そういう問題じゃないの!! なんで、アンタの部屋に、他のウマ娘のポスターが貼ってあるのよ!!」
「他の?」
オレが問い返すと、固まるダイユウサク。
「………………そ、そうよ。自分のチームの《アクルックス》メンバー以外のッ!!」
「そりゃあ、お前……あの
と、オレが正直に答えたら、胸ぐらを掴んでいる力がさらに強くなった。
ハッキリ言って、服で首が絞められて少し苦しい……
「この、浮気も──」
「オレの原点だからな。あのウマ娘は」
「──え?」
急に戸惑ったようになったダイユウサク。
おかげで力が抜けて苦しくなくなったので、オレは彼女に語った。
「オレがトレーナーを志したのもいつか彼女のようなウマ娘と共に歩んでみたい、って気持ちからだ。その初心を忘れないように、あえて目に留まるようにしているんだよ」
「そう……なの?」
「ああ。でもさすがにそれを……トレーナー室や、チーム部屋に貼るわけには、いかないだろ?」
オレが苦笑すると、ダイユウサクは胸倉から手を離した。
で、オレの隣ではからかうことに成功した巽見が痛快そうにニヤニヤしているわけだが……本当に、この年上の後輩、どうしてくれよう。
──なんて想っていたんだが、真の厄介者は他にいた。
「──え? 問題はそこでもなくて、なんで巽見さんがトレーナーの部屋のことを知っているか、じゃないの?」
「「あ──」」
奇しくもオレとダイユウサクの声が重なる。
次の瞬間──逃げだそうとしたオレの胸倉を、ダイユウサクは再び捕まえていた。
「どういうことよ!?」
「ちょ、待て! 話せば分かる……」
「問答無用よ!! 涼子さんがアンタの部屋に行ったってことでしょ!? なんで……アタシだって行ったこと無いのに……」
「ほらほら、もう、レース始まっちゃうわよ」
「──ッ!! 涼子さん、どういうことですッ!?」
「まぁまぁ、レースが終わったらちゃんと説明するから……ね? 先輩」
オイ、巽見。
ダイユウサクをなだめたクセに、意味深なウィンクをするんじゃない。火に油を注ぐようなもんだろ。
お前は、炎上させたいのか、鎮火したいのか……
「…………後でちゃんと説明させるから。覚えてなさいよ」
ジト目でオレを一睨みしてから、ダイユウサクはテレビへと視線を戻した。
まったく……大した真相じゃないんだけどな。
こっそり嘆息しつつ、オレもまたテレビへと視線を向ける。
出走時刻は、刻一刻と迫っていた。
──その日、奇跡は起こった。
超満員になるほど中山レース場に詰めかけた観客達の、何人が真剣にその結果を予想していただろうか。
もちろん、観客の多くが彼女のファンであったことは間違いない。
彼女の人気ももちろん高かった。
しかしそれは──ラストランだったから。
彼女の最後に走る姿を目に焼き付けようと集まった観客であり、テレビの前で見守っていた人々だった。
彼女に投票した人もまた、「勝って欲しい」という願いはあっても、直近のレース結果を見れば、絶対に勝てると信じていた者は、そう多くはいなかったはずだ。
またある者は「無事にゴールしてくれれば、それでいい」と思う者もいたことだろう。
そうして、レース場での直接、テレビでの中継問わずに、この国の多くの人が見守る中で開催され──レースは佳境に入る。
最後の直線……そこにあるゴール板の直前で先頭を駆けていたのは──“葦毛の怪物”だった。
『──第4コーナーカーブ、オサイチジョージ。そしてオグリキャップ、オグリキャップが先頭に上がってきた。
中をついてメジロアルダン、ホワイトストーンは内、先頭は4人と…アルダンが少し下がるか。
メジロライアンも上がってきました。ライアンが来た。200を切って──オグリキャップ。
オグリキャップ! さあ、頑張るぞオグリキャップ!!
オサイチジョージ、ホワイトストーン、そしてメジロライアン──オグリだ! オグリだ! オグリキャップ!!
──オグリキャップ優勝! ゴールイン!!
………オグリキャップです。
ファンの夢をここで実現したオグリキャップ。最後の最後を飾りました。堂々の優勝であります』
この国の大勢の人が見守る中で──
──奇跡は、起こった。
ガラスの靴は、シンデレラの下へと戻ったのだ。
「…………ぁ」
あまりの事態に、わたくしは息をすることさえ忘れていてしまったようです。
そのとき、その場所にわたくしはいました。
有馬記念に出走した、同じメジロ家のウマ娘達を応援するために。
しかし、その意外な結末──2着がライアンだったことを忘れるほどの衝撃でした──に、わたくしは思わず感激してしまいました。
「こんな……こんな結末が待っていただなんて……」
あまりに劇的な展開でした。
このレースがラストランとなるウマ娘が──口さがない方達が『終わった』と断じ、事実、前走・前々走の結果が芳しくなかったあの方──「勝って欲しい」と多くの方が願い……その願いを見事に叶えて見せたのですから。
周囲もまた、その感動的なラストに熱狂は
『オ~グ~リッ! オ~グ~リッ! オ~グ~リッ! …………』
沸き上がったオグリコール。
その興奮に飲み込まれたわたくしも──
「オ~グ~リッ! オ~グ~リッ!」
二人とも、ごめんなさい。わたくしはあなた方を応援しに来たというのに……つい、ひそかにハマっている趣味のように、声を出してしまっていました。
でも、わたくしからも言わせてください。
お二人がうらやましくて仕方がありませんわ。
だって……こんなに感動的なレースに当事者として出走し、今まさにターフに立っているではありませんか。
(なぜ、わたくしは出走を辞退してしまったのでしょう……心底、悔しいですわ)
どうして自分があの場に立っていないのか。本当に口惜しい。
御婆様の意向に逆らってでも、出るべきだったという思いがあふれて止まりません。
(こんな後悔を二度としないためにも……わたくしも、来年こそは…………)
どのようなドラマがあるのか分かりませんが、来年こそわたくしもあの場で当事者──もちろん主役になりたい。
わたくしは、強く強くそう思いながら──ターフに立つウマ娘たちを見ることしかできませんでした。
(そのためにも──春の天皇賞、必ずとりますわ。それに、秋の天皇賞も……)
そのレースの結果に……オレは言葉が出なかった。
あまりにも予想外で──
あまりにも劇的で──
あまりにも感動的だった。
「……んだよ、それ。物語だって、そんな上手くいかねぇだろ」
声が震える。
悪態でもついてないと、目から涙が出かねないくらいに、感動しちまった。
中山レース場というその場ではなく、テレビの前で見ていたっていうのに……ここまで心震えるだなんて。
(間違いない。藤井記者、あんたの目に狂いはなかったよ。“皇帝”に続く……いや、“あの”国民的アイドルウマ娘と肩を並べる存在に──彼女はなったぞ)
目から熱いものが溢れるのを感じながら、オレは“彼女の次”を追い求める同志にエールを送る。
あのボサボサ髪に眼鏡の記者が「当たり前や。これがオグリキャップや」と自慢げに言う声が聞こえた気がした。
そして──
「……ねぇ、トレーナー」
オレの近くには、オレと共にトゥインクルシリーズへ挑戦しているウマ娘がいる。
その彼女が、テレビから決して目を離さずに話しかけてきた。
「羨ましい……なんてアタシが思うのは、おこがましいかしら?」
そう言いながら、目元をそっと手で拭う。
「オグリと……彼女とアタシはまるで違う。アタシの方が断然恵まれた環境だったのに、実力がまるで無かった。もちろん実績だって比べるのも恥ずかしいくらいだし……」
自分がその場に立てるほどの実力がないことを不甲斐なく思っているのか、ダイユウサクの表情が悔しげに歪む。
しかしそれも一瞬のこと、晴れやかにも思える表情になり、相変わらずテレビを──画面の向こうに映る、このレースの覇者を見続けていた。
「でもね。こんなに……人の気持ちを震えさせる。感動させられるレースができるのが、本当に羨ましいわ。そして、そんな姿に憧れるのよ! どうしようもなく……」
今まで見たことの無いような表情──“他人に憧れる”という感情を露わに、ダイユウサクはテレビ画面を見つめる。
「ねぇ、トレーナー……アタシも、なりたい。オグリキャップには到底及ばないのは分かってるわ。でも、それでもアタシは、少しでも彼女に近づきたい!!」
そう言ってオレに振り返った彼女に対し、オレは──
「ああ、おこがましいわけないだろ。お前は──秋の天皇賞で、アイツの一つ下の順位、しかも半バ身しか差がなかったんだぞ?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべてやる。
「お前はもう、そこまで来たんだ」
その言葉で、ダイユウサクは「あ……」と気がつき、その顔はパッと晴れ──
「それに、夢を持つのに特別な資格なんているのか? さしずめグランプリ取る夢なら、一級夢見師免許とか……」
「そんなわけないでしょ!」
「その通りだ。夢を見るのは自由だ。そしてその夢を実現するため、その助けをするためにトレーナー……このオレがいるんだからな」
笑顔でそれに応じると、ダイユウサクは「うん」と大きくうなずいた。
「次の
「ええ。重賞を制覇して、もっともっと大きな舞台で──走りたい。そしてゆくゆくは……アタシの夢は…………」
再びテレビの方を見るダイユウサク。
その視線の先は──GⅠを制覇した彼女がいた。
──このレースの結末に憧れを抱いた二人のウマ娘。
かたや“史上最強”の階段を上り始めたばかりのウマ娘。
かたや“連続タイムオーバー”デビューというドン底からやっと這い上がってきたウマ娘。
彼女達が憧れた“最高の舞台”でぶつかるまで──あと364日。
◆解説◆
【この瞬間よ、永遠に……】
・元ネタなし……のように見えて、意識したのはシリーズ2作目のOVAである『新世紀GPXサイバーフォーミュラ11』の最終回タイトル「この瞬間よ永遠に…」から。
・なんか空気が完全に最終回なんですけど。
・「勝ったッ! 第一章完!」
・……いや、ダイユウサク何もしてないからな? 重賞制覇すらまだだからな?
【ミスターシクレノン】
・元ネタの競走馬は、オグリキャップ世代と呼ばれる1985年生まれ。
・生涯獲得賞金3億4500万円。生涯成績32戦5勝(2着7回、3着1回)。
・とはいえ初出走と次走で連勝して、それ以降は3勝──衣笠特別(900万下の条件戦)、GⅡ鳴尾記念、GⅢダイヤモンドステークス)の3勝はちょっと寂しい。
・しかし2着に目を向ければ、GⅢで1回、GⅡで5回、GⅠで1回となかなかの成績。
・しかもそのGⅠの2着は、89年のイナリワンが制した春の天皇賞。
・なお……ダイユサクと同様に92年まで走り続けたミスターシクレノンですが、ダイユウサクと違い、92年2月のラストランをきっちり勝利で飾っています。それがダイヤモンドステークスでした。
・ダイユウサクの92年は……ちょっと、ね。
・ちなみに、なんで名前が出たかと言えば──オグリ世代はオグリとヤエノムテキ、アルダンともう一人……と思っていたら残り2人しかおらず、選ばれなかったラケットボールは
・裏話をしますと、ウマ“娘”なのに「ミスター」はないだろ、と本作オリジナルの一人ですし、「ミズシクレノン」に名前を変えようかと思ったんですが──よく考えたらすでにウマ娘の
【真相】
・この件の真相は……トレーナーの親睦のための忘年会が行われ、この二人の他に乾井の先輩である《リギル》の東条ハナ、巽海と同じ《アルデバラン》の正トレーナーである
・年長者で妻帯者の相生さんは帰ったのですが……東条さんや、巽海が仕事一辺倒なのを心配した彼は、“浮いた話のきっかけにでもなれ”と、酔いつぶれた二人を完全に乾井に押し付けて帰りました。
・なお、相生トレーナーもその時にそれなりに酔っていたので、酔いに任せた勢いでやってしまったのですが。
・しかし、そんな彼の最大の失敗は、酔っ払い二人を一度に押し付けたところ。案の定、アパートでも3人の飲み会になってしまい……酔いつぶれて終了。
・あまり飲んでなかった乾井一人が苦労する羽目に。
・そんなわけで、誰かさんが心配するような状況ではありませんでした。
【大勢の人が見守る】
・このレースの主役はオグリキャップ。レースの詳細はシンデレラグレイで描かれるべきだと思いましたので、元ネタレースの90年有馬記念の実況をそのまま文章に起こしました。
・その実況は、ラジオたんぱの白川アナ版。
・フジテレビ版の大川和彦アナ版(大川慶次郎氏の「リャイアン!」のヤツ)はゴール後に涙声になるほどに感情がこもっているのはいいのですが、「オグリ」を連呼しすぎて状況が分かりづらかったので、こちらにしました。
・シンデレラグレイでのレースが描かれるのが楽しみですが……それはつまり最終回でしょうからね、終わって欲しくないという気持ちも強いんで、悩ましい。
【ひそかにハマっている趣味】
・もちろん、みなさんご存じなように、プロ野球観戦のことです。
・ゲーム版ウマ娘のマックイーンは、ライアンに誘われて見たプロ野球にすっかりハマり、ライアン以上に夢中になっている様子。
・夢の中であげた応援の歓声で、目を覚ますほど。