見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

56 / 198
 
 東西の金杯は、年明け早々に行われる競走界の新春の風物詩。
 その二つのレースと並んで、新春の風物詩と言われるものがある。


 ──それが日経新春杯

 
 このレースが開催されるのは、金杯とは異なり1月の半ば以降。
 それは有記念から一ヶ月近く空いた時期で、出走したウマ娘たちや出走せずとも正月休みをゆっくり休んだ彼女たちが始動し始める時期でもあった。
 そしてその舞台になるのは──西の金杯が開催された京都レース場であった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 そんな冷たい一月の京都の風に、自分の茶色い──鹿毛の髪がなびく。
 その風を心地よくさえ感じ、私は目を細めた。

「……帰ってきた」

 思わず言葉が口をついて出る。
 前走から2か月半が経っていた。それは去年の11月の頭のことだから。
 去年は私にとってクラシックの年。その年明けにデビューし、次のレースで初勝利。

「思えばほぼ1年前、か」

 そこから3連勝した私はウマ娘達の憧れであるクラシックレース、東京優駿(日本ダービー)へと進むことができた。
 そんな私に付けられたあだ名は“栗東寮の秘密兵器”。
 
 でも──秘密兵器は通用しなかった。

 着順は11位。道中も中段より後ろを走り、そのままいいところなく終わった。

(アイネスフウジン……)

 ダービーを制したウマ娘の名前が頭に浮かぶ。
 やっぱり“栗東寮の秘密兵器”って呼ばれたから、美浦寮所属の彼女に敗れた悔しさは当然あった。
 それで失意に沈んだけど……秘密兵器と呼んでくれた人たちの期待に応えなくちゃいけない。
 その後、京都新聞杯を経て、私はクラシックレースのラスト、菊花賞へと挑んだ。

「そこでは4位だったけど。でも……」

 今度は同じ栗東寮のホープの実力を見せつけられた。
 長い葦毛をなびかせた彼女の影さえ踏めず──4位の私でさえも、そんな有様だった。

(本当の秘密兵器なら……あれくらい強くならないと)

 目標ができた私は、クラシックを終えて──翌年に備えて休養に入った。
 もちろん、有記念を見て「早く走りたい。戻りたい」と思って──この日を迎えていた。



第56R 大災難… 不屈なる魂

 

 髪をなびかせ、走るウマ娘達。

 その中に、長い水色がかった明るい髪のウマ娘がいた。

 名門・メジロ家に所属し、先月の有記念をも走り、同級世代のラストランをもっとも間近で見たメンバーの一人……メジロアルダン。

 

(あれから約一ヶ月……)

 

 目の前で“感動的なラストラン”をオグリキャップさんにやられてしまい、気持ちは複雑でした。

 負けたのだから口惜しいという気持ちはもちろんありました。

 しかし、大勢の方が心動かされたあのレースにケチをつけるのは無粋というものでしょう。

 ただ一つ、心残りがあるとすれば──

 

(私は完全に……蚊帳の外、でした)

 

 着順は10着。掲示板にさえとうてい届かないような順位。

 同じメジロ家の──メジロライアンは最後までオグリキャップと競ったというのに。

 

(メジロ家といえば、御婆様はだいぶ“おかんむり”のようでしたね……)

 

 あのレースの記録は、決していいものではありませんでした。

 ライアンにしても私にしても、いつも通りの自分のペースでの競走に持ち込めていたら、決して負けなかったはずなのですから。

 それゆえ、レース後には早々に屋敷に呼び出され──その時のことを思い出し、思わず心の中で苦笑してしまいました。

 

(それも、無理はありませんね。わざわざ好調のマックイーンを下げ、ライアンに取らせる態勢まで整えた有記念だったのに……それを“終わった”ウマ娘に取られてしまったのですから)

 

 しかし、「ライアンに取らせる」ということは私も期待されていなかった、という意味でもあり、もちろん面白くはありません。

 だからこそ、他の方ではなく、私と同い年のオグリキャップさんが取ってくださったのは、心のどこかで痛快に感じている部分もあります。

 なぜなら──

 

(オグリさんをはじめ……だいぶ寂しくなってきてしまいました。私たちの世代も)

 

 ストライカさんやチヨノオーさん、クリークさん……噂によればヤエノムテキさんまでも、一線から退くという話が聞こえてきています。

 私たちもそのような年代になった、ということではありますが、その一方で──

 

(この歳になって、やっと重賞初制覇、なんて方もいましたし)

 

 それを思い出し、レース中ながら思わず「ふふっ」と笑みがこぼれてしまいました。

 二週間ほど前に、今の私が立っているこの場所で行われた金杯。

 その賜杯を持って行ったのは──私の同級生でした。

 

「まさか、あなたに勇気づけられる日が来るとは思いませんでした」

 

 同級生の活躍に励まされるのは常ではありますが、一線から退くという報が相次いでいるからこそ、その吉報は私の心にも強く響きました。

 なにより、かつて彼女は私と同じように体が弱かった。

 今や彼女は、競走ウマ娘として完全に体が完成して、私なんか比べものにならないほど丈夫な体質になりましたけど。

 一昨年は15戦、昨年も約半年で7戦も走っています。

 私はそんな彼女を()()()()と思いました。

 今も私を前へと誘うこの足が、彼女のような連戦にも耐えられるほどに丈夫なものだったら……と思わざるを得ません。

 

(世代最弱と言われていた彼女が活躍しているのであれば……私も弱気になっている場合ではありませんね)

 

 正直、有記念での結果には、私も気落ちしていました。

 そんな中、今年最初の重賞で彼女が勝った──しかも重賞初制覇という姿には、私だけでなく現役の同級生の多くが勇気づけられたでしょう。

 

(前回の負傷から復帰して……私はまだ一勝もしていません。今度こそ──取らせていただきます)

 

 思い浮かべるのは昨年の秋の天皇賞。

 あと一歩というところでヤエノムテキさんに追いつけず、惜しくも盾を逃したのでした。

 レースの格としては劣るかもしれませんが、有記念に出走していたウマ娘達も出てくるこのレースを制すること。

 春の盾への足がかりにしていこうと、私はこのレースを制するためにスパートしようと足に力を込め──

 

「────ッ!!」

 

 ──思わず顔をしかめていました。

 私を襲ったのは、足の痛み。

 そのせいで私は強く踏み込むことができず……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『メジロアルダンは──伸びない!!』

 

 テレビの向こうで、日経新春杯は最終局面を迎えていた。

 中段から上がってきたアルダンさんだったけど──先頭(ハナ)をきって逃げていたウマ娘に、届かない。

 そしてその前には──彼女を抜いたウマ娘がさらに二人。

 つまり、アルダンさんは現在4位なわけで……

 

「ライアン……なにか、様子がおかしくありませんか?」

 

 一緒に見ていたマックイーンが訝しがって眉を顰める。 

 

「おかしいって……誰か斜行でもした?」

「いえ、そういうわけではなく、走る様子が、その……」

 

 言い辛そうにするマックイーン。

 彼女も確信しているわけではないものの、アルダンさんの走る様子がどうにもおかしいと思っているみたいだ。

 マックイーンにそう見えたってことは、あの人の“ガラスの脚”を考えると……

 

「まさか、また!?」

「わかりません。でもわたくしには、あの方がまだ加速できるところでしなかったように見えたものですから」

 

 あたしの問いに、マックイーンは不安そうに考え込むと、チラッとテレビに視線を向ける。

 その視線の先で──レースに決着は付いていた。

 

 アルダンさんは…………4着。

 この日経新春杯(レース)を制したのは、あたしやマックイーンと同い歳のウマ娘、メルシーアトラだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……アルダン?」

 

 西の金杯を制したアタシ──ダイユウサクの陣営の次の目標は……少し期間が空いていた。

 それというのもトレーナーが……

 

『年末年始はあってなかったようなもんだからな。秋も初めの頃は連戦だったし、少しゆっくり休め』

 

 と、言って2月と3月の半ばまでレースの出走を飛ばしたこと。

 おかげでそれに合わせての調整になって……1月はほぼ完全に休みになっていたってわけ。

 …………アイツったら「これを機会に、学業の挽回もするように」なんて言ってたけど。……よけいなお世話よ。

 で、そんなアタシが食堂──ここにやってくるメンバーもずいぶんと減ってしまったけど──で食事をとろうとしたら出くわしたのが、明るい水色の髪のウマ娘、メジロアルダンだった。

 彼女も同じことを考えたのか、周囲のテーブルが寂しいのを見て苦笑し──アタシの目は、足をかばうように歩く彼女の姿を見ていた。

 

「怪我、再発したの?」

「ええ……また、負傷してしまいました」

 

 決まり悪そうに苦笑するアルダンは、アタシのいるテーブルについた。

 

「幸い、骨折というわけではありませんが」

 

 再発という言葉を気にしてか、アルダンはそう説明した。

 今まで、彼女の足を襲った負傷は2度。

 ダービー出走後に襲われたのは骨折。その復帰に丸一年かかり──アタシも走った高松宮杯を制してる。

 その後の秋の天皇賞後に襲われたのは──足の炎症。

 

「ってことは、今度も炎症?」

「ええ……」

 

 アタシの問いに彼女は答え、そっと手を伸ばして自分の足に触れた。

 確かに、骨折は場所によっては競走ウマ娘として致命傷になるし、骨が着くのに時間ががかる上、着き方が悪いとその後の復帰にも時間がかかることになる。

 それに比べれば炎症はリスクが少ないように感じるけど……アタシは、彼女から炎症箇所を聞いて、思わず驚いた。

 

「そ、それって……」

「ええ。お医者様によっては……“競走ウマ娘の不治の病(ガン)”などと呼ばれる方もいますね」

 

 絶句するアタシに対し、アルダンは驚くほどに穏やかな表情を浮かべている。

 

「でも、最近では治療法の研究も進んでいますから。昔ほど“不治の病”というわけでは無いそうですよ」

「でも、だからって……」

 

 楽観視できるような病状ではない。

 どうしても表情が暗くなってしまうアタシに対し、アルダンは──

 

「……メジロ家の他の方からも、それとなく引退を勧められてもいるんですよ?」

「う……」

 

 アタシとしては引退勧告をしたり、しているつもりはなかったので、言葉に詰まった。

 なんといってもアルダンは数少なくなってしまった現役の同級生なんだから、彼女までいなくなってしまのは……やっぱり寂しい。

 

「でも、私はまだ引退するつもりはありません」

「え? 大丈夫……なの?」

 

 アタシの問いに、彼女はハッキリと頷いた。

 

「また治療とリハビリと考えると、辛くないと言えば……確かに嘘になると思います。でも、私はそれでも、続けたい」

「アルダン……」

 

 アタシが見ている中、アルダンは再度、負傷した足へと手を伸ばす。

 

「私は他の人よりも、怪我のせいで出走数が多くありません。今の私の願いは……勝ちたいというよりも、走りたいんです。勝ち負けに関係なく、真剣な勝負で自分の力を振り絞った“良いレース”を、一戦でも多く……」

 

 自身の“ガラスの脚”を見つめる彼女。

 

「たとえ傷ついても、倒れようとも──私は自分を燃やし尽くすまで走り続けたい。今だからこそ気づけた私の夢を、掴みたいんです」

 

 自分たちの世代の限界が見えてきたからこそ、彼女もそういう心境になってきたんだろう。

 そしてそんな時期に襲われた、今回の負傷は──完全に彼女にとってマイナスじゃなかったのかもしれない。

 

「でも、もちろん、勝利を諦めているわけではありませんよ」

 

 そう言って、彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 そして──アタシを妙に晴れやかな目で見つめた。

 

「遅ればせながら、金杯優勝おめでとうございます。重賞初制覇、ですもんね」

「あ、ありがと……」

「そして貴方のその勝利があったからこそ……私は、現役にこだわろうと思いました」

「へ……?」

 

 彼女の意外な言葉に、アタシは目を丸くした。

 アタシが、アルダンに影響を与えたってこと?

 だって、彼女にアタシは一度も……一昨年の高松宮杯。去年の秋の天皇賞。二度一緒に走って、彼女から歯牙にもかけられずに負けているんだから。

 ありえないわよ、そんなの……

 

「だいぶ前ですけど……私が言ったこと、覚えていますか?」

「アルダンが、アタシに?」

「はい。ダイユウサクさんは、晩成型ではないか、と。そして決して焦ることはない、と」

「ええ。ハッキリと覚えてるわ」

 

 アタシが笑みを浮かべると、彼女は「まぁ……」と嬉しそうに胸の前で手を合わせた。

 

「私の予想、当たりましたでしょう?」

「そうね。おかげで……みんないなくなって寂しくなってきたけど」

 

 それにアルダンは「ふふ……」と寂しげに笑みを浮かべる。

 

「ですから。私も責任を持ってできうる限り、貴方に付き合いますよ。全盛期の貴方と競い合うために」

 

 そう言ってアタシを見た彼女の目は──“全盛期はまだでしょう?”と訊いているように見えた。

 

 

 ──結果的にアルダンが復帰したのは……のことであった。

 




◆解説◆

【不屈なる魂】
・またまた元ネタ無し。
・でも、このタイミングでの負傷に引退せずに現役を続けたアルダンは、まさに不屈の魂の持ち主といえるでしょう。

日経新春杯
・毎年1月の中旬に京都で開催されるGⅡレース。
・1954年に「日本経済新春杯」の名称で創設され、1979年に名称を「日経新春杯」に変更。
・芝コースでの開催なのですが、1984年の第31回の一度だけダートで開催されました。
・距離は基本的に2400。先述のダートの時は2600で開催。1987年から1993年は2200で開催されています。
・そのため、今回のモデルになった1991年のレースは芝2200での開催。
・なお、今年(2021年)は京都競馬場の整備工事に伴い、中山芝2200で開催。おまけに新型コロナ対策で無観客でした。
・また94年も阪神の2500で開催しています。

栗東寮の秘密兵器
・元ネタは“関西の秘密兵器”という競走馬の異名。
・金杯の時も触れましたが、ウマ娘化にあたって、関東馬・関西馬という概念が壊れてしまう関係で、今回も関西馬=栗東寮所属ということから“栗東寮の秘密兵器”という変化をしました。
・そういえば──このシーンも、うっかり主観視線になってるウマ娘の名前、書き忘れたんですよね……

メルシーアトラ
・元ネタは、マックイーンと同世代で1987年4月4日生まれの同名の競走馬。
・1991年の日経新春杯を制しており、90年のダービーや菊花賞にも出走しています。
・デビュー戦こそ2着だったものの、その後の初勝利から3連勝という活躍から期待されるようになり、当時東高西低だった競馬界の勢力図もあって“()西()()()()()()”と呼ばれるようになりました。
・が、ダービーと菊花賞に出たものの勝利は得られず、秘密兵器としてはいささか不本意な結果に。
・そして、日経新春杯を制した次のレースで、ダイユウサクと競うことに……

競走ウマ娘の不治の病(ガン)
・「競走馬のガン」の異名を持つのは屈腱炎のこと。
・上腕骨と肘節骨をつなぐ腱である屈腱の腱繊維が一部断裂して、患部に発熱や腫脹を起こすもの。
・“ガン”と言っても直接的に命を奪うような病ではなく、「走れなくなる」という意味では競走馬して致命的なもの。
・屈腱は、人でいうとアキレス腱のようなもの……らしいので、その負傷ということにしようかとも思いましたが、前肢に起こる場合が多うとのことで、やっぱり微妙に違うなぁ、と思い、アルダンの負傷箇所は「脚のどこかの炎症」と誤魔化しました。
・ただ、「○○のガン」という異名だけは、共通させました。
・そんなわけで、アルダンの1回目の負傷は骨折で、2度目と3度目の負傷は屈腱炎でした。
・かつては不治の病として猛威を振るい、これが原因となって引退した競走馬は数多く──ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、フジキセキ、マヤノトップガン、アグネスタキオン、ダイワスカーレット、ナリタタイシン等、その中にはウマ娘の元になった競走馬の名前も多い。
・なお、現在では「幹細胞移植」という治療法の研究と技術開発が進み、成果を上げつつあるそうで、時間ががるものの必ずしも“不治の病”ではなくなっているそうです。


・この後、競走馬であるメジロアルダンは1991年の11月10日の富士ステークスで復帰するものの……11月24日のジャパンカップでの14着(15頭中)を最後に引退することになります。


※次回の更新は10月20日の予定です。  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。