見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ……うん。やっぱり、そうよね…………

 アタシは自分の足を見つめ──前走での敗因を、ハッキリと理解していた。
 でも、これは──

(これは……トレーナーには、言えないわよね)

 厳しい顔で、アタシはその原因を見つめた。
 一朝一夕で治るようなものじゃない。
 でも、骨が折れたり、体の一部が炎症を起こしているわけでもない。
 時間が経てば治っていくものだし、それまでアタシがガマンすればいいだけの話。

(絶対にバレないようにしないと……)

「ユウ! なにしてんの!?」
「うひゃああぁぁぁぁぁ!!」

 寮の自室のベッドの上で確認していたアタシは、ルームメイトの唐突な闖入に、思わず声を上げていた。
 その反応で、逆に声をかけた側の方が驚いて、飛び退いていた。

「こ、コスモ!? きゅ、急に声かけないでよ!!」
「ユウこそ……急に変な声上げないでよ。ビックリするじゃないか!」

 アタシの文句に対し、ルームメイトのコスモドリームが憤然とした様子で反論する。
 同じ栗毛の髪を、アタシと違って短くし、ボーイッシュな髪型にしている彼女は訝しがるように、アタシを見つめてきた。

「どうしたの? どこか調子でも悪いの?」
「そ、そんなことないわよ。この前の日経大阪杯だって、きっちり2位をとってきたもの」
「うん。まぁ、そうだよね……」

 アタシの反論に、コスモドリームはちょっと落ち込んだ様子で応えた。
 彼女の復帰スケジュールはなかなか上手くいっておらず、遅れに遅れていた。それを気にしているんでしょうね。

「まぁまぁ、焦らないの。いつだって順風満帆ってワケにはいかないでしょ?」
「それはそうだけど……さすがに、そろそろ、ね」

 同級生たちが一戦を退き始め、コスモにも焦りの色が見え始めていた。


 そうやって誤魔化しながら──アタシは自分の足にそっと包帯を巻いたのであった。



第58R 大乱闘! スマッシュウマ娘

 

 ──さて。

 

 想定外のアクシデントのあった産経大阪杯だったが、ダイユウサクの成績は2位。

 決して悪くはない結果だったが──連勝中が途切れてしまったのは残念だと思っていた。

 そしてレース後の初練習の日、柔軟運動をしているダイユウサクへとオレは近づいていったのだが……

 

「トレーナー、次はどのレースに挑戦するの?」

「次のレースか……」

 

 なんとも難しい質問だった。

 オープンとGⅢで三連勝し、その次のGⅡレースは2位に食い込んだ。

 この勢いのままにGⅠ再挑戦、といきたい気持ちももちろんある。

 だが──先のGⅡ2位が気にならないと言ったら嘘になる。

 

(う~ん……勝てる流れだと思ったんだけどな)

 

 あのレースの結果にオレは首を傾げていたのだ。

 今のダイユウサクなら──さらに伸びて、二つ年下の有力ウマ娘・ホワイトストーンであろうとも追いつき、追い越せたようにオレには見えた。

 しかしあの時、ダイユウサクは急に“伸び”を失ったのだ。

 

(確かに直前、故障したメルシーアトラを避けるのに無理をしたのは間違いないが……)

 

 あれは上手く避けた、とオレも思うが──それを考慮した上で、オレはダイユウサクならホワイトストーンに追いつけたと思っている。

 あと考えられるのは……追い抜きざまに見たメルシーアトラの姿にショックを受け、それでスパートのタイミングを逸した、とか。

 

(一緒に走ってたヤツがそうなる姿を見るのは、やはりショックだろうが……)

 

 実際、レース中の負傷というのはそう珍しいことでもない、トウィンクルシリーズの競走でも年に数件程度で起こる話だ。

 それくらいの頻度で起こることなのだから、本音を言えば、そこまでショックを受けないで欲しいところなのだが……

 

「トレーナー?」

 

 物思いにふけり黙ってしまったせいで、ダイユウサクは怪訝そうにこちらを見ていた。

 彼女に声をかけられて我に返ったオレは──

 

「悪い。ちょっといろいろと考え中だ。目標となるGⅠを決めて、それに向かってオープンや重賞、できればGⅡクラスを勝っておきたいところだな」

「ふ~ん……なんか、具体的なんだか、そうでないんだかよく分からないわね……」

 

 オレの話に、ダイユウサクはどこか不満そうだった。

 彼女の言いたいことは分かる。今後の流れを話したものの、具体的なレースは何一つ挙げていないのだから。

 

「具体的、なぁ。春のGⅠだと……安田記念とか、天皇賞とか。しかし、う~ん……」

 

 他には宝塚記念もあるが、あれは有記念と同じように人気投票で出走が決まるから、目標にするにしてももう少し走ってそれで具体的に出られそうになってからだな。

 一方……距離を見れば安田記念は1600。天皇賞は3200。

 今までダイユウサクは様々な距離を走っている。だが、オレは2000メートルが一番適正があるように思っていた。

 そう考えると安田記念は少し短くも感じる。

 マイルのGⅠというのは、そもそも数が少ない(安田か、秋のマイルチャンピオンシップくらい)上に、もっと少ない短距離を得意とするウマ娘からの視線も熱く、一筋縄ではいかないだろう。

 かといって天皇賞は……秋の方は出走経験があるが、あれは2000メートルでダイユウサクの適正距離だった。

 一方、春の3200メートルは長すぎる。2000メートルまでしか走ったことがないダイユウサクにとっては完全に未知の領域だ。

 

ステイヤー、か……)

 

 ダイユウサクの可能性を広げる意味で、試してみたいという気持ちがある一方、その危険な賭を躊躇う気持ちもあった。

 ここで新たなことを始めることで、昨年から続く良い流れが途切れてしまうような気もする。

 

(もしも春の天皇賞への出走を目指すのなら、一度は距離の長いレースで適正を見る必要があるが……しかし、な)

 

 だが天皇杯は4月の末。

 時間もないし、目的が果たせそうなちょうどいいレースもない。

 仮に出走するのなら、長距離レースをぶっつけ本番になるのは避けられなかった。

 

「長距離の適性も見たいから、とりあえずアップがてら軽く走ってこい」

「……ん。わかったわ」

 

 オレの指示に──ダイユウサクはうなずき、そして駆けていった。

 その後ろ姿を見て、オレは再度、妙な違和感を感じた。

 

(アイツ、今……少しイヤそうな顔をしたか?)

 

 ほんの少しだけ、顔をしかめたような気がした。

 それは……今まで二人三脚でトゥインクルシリーズを走り続けてきた、オレだからこそわかるような、本当にわずかな表情の動きだった。

 だが、間違いなく──アイツは今、顔をしかめた。それだけは確信できた。

 

「練習をイヤがるなんて、な……」

 

 ダイユウサクは、オレやミラクルバード、コスモドリームといった近しい相手への遠慮ない態度はともかく、基本的に素直なウマ娘だ。

 オレの指示に意見は言うし、疑問もぶつけてくるが、基本的にはそうは逆らわない。ことトレーニングに関してはそれが顕著だった。

 だからこそ、今まさに浮かべたダイユウサクの表情が気になって仕方がなかった。

 

「──あら、先輩。今日は一人なの? 《アクルックス》の面々は?」

 

 ダイユウサクを見送ってまもなく、オレは声をかけられる。

 振り向けば、コスモドリームを伴った巽見 涼子だった。

 

「ミラクルバードは足の定期検査。ダイユウサクは……」

 

 オレはすでに遠方を走っているダイユウサクを指示する。

 なにげなくそれをしたオレだったが──

 

(んッ!?)

 

 ダイユウサクを指さしたまま、オレは固まった。

 あれ? アイツ……

 

「なるほど。前走は惜しかったけど、次走に向けてさっそく始動ってところね」

 

 そう巽見が返してくるが、オレはそれを半分も頭に入ってこなかった。

 それどころじゃあない。

 今すぐ、アイツのところにいって──走るのを止めないと。

 しかし、今、アイツが走っているのはコースのちょうど反対側。大声を出しても指示が届くか疑問だし、大騒ぎになってしまう。

 

「……どうしたの?」

「ユウが、なんかしでかした?」

 

 巽見とコスモドリームに、訝しがるように覗き込まれたが、オレは「いや、なんでもない」と答えた。

 誤魔化しきれていないのは、百も承知だった。

 だが、困惑しながらも巽見とコスモドリームは顔を見合わせ──「じゃあね」と去っていった。

 彼女たちが去っていってくれたことにホッとしつつ……オレは、ダイユウサクが戻ってくるのをじっと待つことしかできなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「おい、ダイユウサク!!」

 

 コースを一周したところでトレーナーに声をかけられ、アタシは内心、ギクッとした。

 今まで普通に生活する分には、なんともなかった。

 こうして軽く走ってみて──違和感は感じたけど痛みはなかったから、「このままいける」と密かに思っていたんだけど……

 声に振り返れば、案の定、トレーナーは厳しい目になってる。

 ともあれ、これはどうにか誤魔化さないと。

 

「お前、ジャージ脱いで足を見せろ」

「……なに、突然? セクハラ?」

 

 ……やっぱり鋭いわ。

 彼が言いながら指示した足は、アタシにとっては件の足。左右さえもきっちり見透かしてくるなんて。

 さすが、って言いたいけど、アタシだってバレるわけにはいかないわよ。

 とりあえず返してみたけど……彼はますます真剣な目でアタシを見るだけだった。

 

「オレが、そういう目的で、そんなことをすると思ってるのか?」

「う……」

 

 真面目な顔でそう言われたら、茶化して誤魔化すわけにはいかないじゃない。

 アタシは、仕方なく……ジャージの下を脱いで短パン姿になって、彼に足を見せた。

 スッとアタシに近寄った彼。

 まじまじと足を見られるのは……正直、恥ずかしい。

 そんな彼は──不意に、脚に触れた。

 

「──ッ!! な、なにをッ」

「ここ……ではないみたいだな」

 

 急に脚に触れられ、顔を赤くしながら激高するアタシに対し、トレーナーはあくまで冷静だった。

 痛みで強ばるのを見極めようと、彼は反応を見ながら脚に触れていく。

 

「な……な……な…………」

 

 もちろん、そんな無遠慮に乙女の脚に触れることに、アタシは最初は驚き、次に戸惑いと羞恥……最終的には怒りへと感情が変化していく。

 

「なにしてんの、よッ!!」

 

 最終的に怒りを込めて蹴飛ばし──彼は派手に転がった。

 

「まったく、ホントに、なに考えてんのよ! このスケベ!!」

「スケベじゃねえ!! お前……オレに黙ってることあるだろ?」

「ッ……そんなこと、ないわよ!!」

「今、動揺しただろッ!!」

 

 言いながら──彼はまるでレスリングのタックルのように、低い姿勢でアタシの脚へとしがみつくように仕掛けてきた。

 でも残念。ヒトとウマ娘では身体能力に差がありすぎるのよ。

 人間がウマ娘に勝てるわけがないわ!

 ──そう、思っていたのだけど……

 

「ッ!?」

 

 サッと引いたアタシのつま先と、足を掴もうとした彼の手がぶつかったのは、完全に偶然だった。

 でもそこは──アタシがどうしても、彼に隠したかった場所。

 普段は違和感程度でも、強くぶつかれば当然に痛みは走り──そのショックでアタシはバランスを崩して、思わず尻餅を付いていた。

 

「痛ッ! ちょっと!! 痛いじゃないの!!」

「それは──尻餅を付いたからか? つま先にオレの手がぶつかったからか?」

「く……もちろん、尻餅を付いたからに決まってるでしょ!!」

「嘘を付くな。お前、いい加減に観念して……」

 

 尻餅を付いて素早く動けないアタシに対し、彼は一気に距離を詰めた。

 そしてさっき彼の手とぶつかった方の足をサッと掴まれる。

 

「ちょ、イヤ! なにを……」

「おとなしく見せろ。この足がどうなってるかを!」

「ヤダ! ちょっと、ホントに……イヤアアアァァァァ!! 犯されるウウウゥゥゥッ!!」

 

 奥の手の悲鳴。

 さすがにそれには彼も焦るはず──

 

「ハア!? ふざけんな!! 誰が好き好んでお前に手を出すかよ!! 理想とはかけ離れてるんだから、味噌汁でツラ洗って出直してこい!!」

「なッ……」

 

 ──ところが、焦るどころか逆ギレで返されたわ。

 これにはアタシもカチンとくる。

 

「そ、そっちこそふざけんじゃないわよ!! そういうこと言う? 普通、言う? アタシのこと、なんだと思って──」

「お前のことを本気で心配しているから、こうやって強硬手段に出てるんだろ! いい加減、素直になって──」

「だ・か・ら!! イヤだって──」

 

 

「……あの、二人とも? いったい、ここでなにをしているんですか?」

 

 

 取っ組み合いに発展したアタシたちの横には、いつの間にか緑のスーツをまとった、ひきつった笑みを浮かべた女性──駿川たづなさんが立っていた。

 見れば、その横にはどうしたものか、と困った様子の風紀委員・バンブーメモリーの姿もある。

 そりゃあ、まぁ……あんな悲鳴を上げれば、当然人は集まるわよね。

 

「こ、これはその……」

 

 我に返ったトレーナーは、たづなさんの姿にあわてて掴んでいたアタシの足を離す。

 なんだか癪に障るけど、ここはこの人を利用しない手はないわね。

 

「たづなさん、聞いてください! 乾井トレーナーが突然、アタシに襲いかかってきて──」

「ちょっと待て、お前!! なに事実無根なことをたづなさんに吹き込もうとしてんだよ!」

「なによ! 掴みかかってきたのは事実でしょ!」

「“掴みかかってきた”が“襲いかかってきた”に変換されてるじゃねえか!」

「似たようなもんでしょうが! それにその前だって、イヤらしくアタシの脚にベタベタと触れて……」

「怪我していないかを確認しただけだ! そもそも何度も言っているようにオレの理想はお前なんかじゃなくてたづなさんだぞ? あの人に少しでも近づいてからそういう被害妄想してもらえませんかね!?」

「なんですって~」

 

「二人とも、いい加減にしてください!!」

 

 再度、たづなさんにピシャリと言われ、アタシとトレーナーは思わず目を閉じて、黙った。

 それからたづなさんは、少しあきれた様子でトレーナーの方を見る。

 

「なにがあったかわかりませんが……そもそも、そんなところで私の名前を出さないでください、乾井トレーナー」

「……申し訳ありません」

 

 困惑気味のたづなさんに言われて頭を下げるトレーナー。

 しめしめ……本人にこうやって叱られれば、少しは反省するでしょ。いい薬よ、ホントに。

 さて、あとは──

 アタシは、こっそりとさっきトレーナーに掴まれた足の具合を確認して、異常がないのを確認する。

 

「それで、いったいどうしたっていうんですか、乾井トレーナー? あなたが妙なことをする人ではないと信じていますが……」

「それは、アイツが怪我しているんじゃないかと──」

 

 よし! 今よ!!

 アタシは、振り返ると一目散に駆けだした。

 

「──な!? ダイユウサク、お前!?」

 

 抗議の声をあげるトレーナー。

 文句なんて聞いてられないわ。とりあえず今は逃げないと──

 

「待て! それ以上走るんじゃない!!」

 

 すでに離れた場所から聞こえた、悲壮な彼の声に少しだけ後ろ髪が引かれたけど……でも、それでも立ち止まるわけにはいかない。

 人間はウマ娘には勝てない。彼がどんなにがんばっても、アタシに追いつくことなんて絶対に無理──

 

「コラ~!! 待ちなさ~い!!」

 

 と、アタシが思ったとき、内容とは裏腹な、少しのんびりとしたような注意の声が聞こえ──

 

 ヒュン!!

 

「え……?」

 

 アタシの真横を一陣の風……いえ、暴風が通り抜けていった。

 気が付けば、アタシの前には緑の人影が行く手を遮るように、両手を広げて通せんぼしていた。

 え? いったい、なにが起きたの?

 というか……この人──たづなさんって、いったい何者なのよ!?

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 オレは激しく後悔していた。

 ダイユウサクのことを心配するあまりに追いつめすぎて──アイツを()()()逃げさせちまった。

 

「──それ以上走るんじゃない!!」

 

 逃げるアイツの後ろ姿を見て、思わず叫んだ。

 アイツは“走れるから”と軽く考えているかもしれないが、すでに悪影響が出始めているんだ。

 このまま走っていたら──オレの気持ちを代弁するように、目の前にいた人が動いた。

 彼女は何気なく振り返り──少しだけ身を沈め──スッと地を蹴り、一瞬で加速していた。

 

「え……?」

 

 唖然とするオレを文字通り置き去りにして、緑の疾風となった彼女は──ダイユウサクをあっという間に追い抜き、回り込んでいた。

 さすがにそれにはダイユウサクも唖然としたようで、あっさりと彼女に捕まり──

 

「ダメですよ、ダイユウサクさん。勝手にここから去ろうとするだなんて……」

 

 そう言って、「めっ!」と叱るたづなさんにオレの元へと連れてこられていた。

 決まり悪そうに、オレの前に立ったダイユウサクだったが、無言であり、そして決して目をあわさないように、あからさまにそっぽを向いていた。

 そんな姿に、オレは思わずため息をつく。

 

「ありがとうございます、たづなさん。でも……どうして?」

 

 今の状況で……オレとダイユウサクは彼女の前で喧嘩しかしていない。

 彼女からしてみればどっちが悪いのか、なんて判断できる状況じゃなかったはず。

 それなのに彼女は、オレの味方をするように逃げるダイユウサクを止めてくれた。

 

「これでも人を見る目には自信がありますからね。先ほどの乾井トレーナーの必死な声は、純粋にダイユウサクさんを心配するものでしたので、それを信じただけです。それに……」

 

 そう言って、たづなさんはその絶やさぬ笑顔を、妙に圧のあるものへと変化させて、オレをジッと見てきた。

 

「ダイユウサクさんに乱暴しようとしたって疑惑は、晴れたわけではありませんからね」

「ハイ……」

 

 オレはガックリと肩を落とし──ダイユウサクに言った。

 

「靴、脱いで見せてみろ」

「…………」

 

 そっぽを向いたまま動こうとしないダイユウサク。

 見かねたたづなさんから「ダイユウサクさん……」と促され──彼女はしぶしぶと言った様子で靴を脱いだ。

 そして、靴下を脱ぎ──足の指に不器用に巻かれた包帯が見えた。

 

「それも、取れるよな?」

 

 確認するようにオレが訊くと、彼女は行動で答える。

 徐々に外されていく包帯。

 そうして露わになった指先には──あるべきはずの爪がなかった。

 

、か。剥がれたのか?」

「……割れてグラグラになったから、剥がしたわ」

 

 その状態を見ていないからなんとも言えないが、正しい判断だったのだと思う。

 ダイユウサクだって、走る上でよほどの事情がなければ爪を剥がすことなんてしないだろう。

 

「この前の、レースの時か? 前のヤツを避けるときに……」

 

 オレの問いに、少し躊躇したダイユウサクだったが、ゆっくりと頷いた。

 なるほど。負傷したメルシーアトラを避けるときに、無理のある不自然な動きをした代償に、このようなことになってしまったのだろう。

 それをオレに隠していたのは──骨が折れたわけでも筋肉や筋が炎症を起こしているわけでもないので、爪が生えるまで我慢すれば元通り、とでも思っていたんだろうな。

 

(珍しく積極的にこれからの計画を訊いてきたのも、爪が生えるまで我慢できるか確かめたかった、ってところか)

 

 確かに、骨折や肉離れと違い、ギプスや包帯等で固定する必要はないだろう。

 だが──だからといって、走っていいわけがない。

 オレは、彼女の爪のない足の指を見てため息をつき──

 

「半年、休養な。少なくとも、ちゃんと生えるまでは走るの禁止」

「──なッ!?」

 

 慌てて顔を上げ、オレを見るダイユウサク。

 その目は「こんなの、休む必要もないでしょ!?」と雄弁に語っていたが──オレの気持ちは1ミリも動かなかった。

 

 

 ……こうしてダイユウサクは、春のシーズンを休養することが決まった。

 




◆解説◆
【スマッシュウマ娘】
・今回は、その前の「大乱闘!」を含めて、「大乱闘 スマッシュブラザーズ」から。
・久しぶりの乱闘回なので……そして、おそらくこれがこの章では最後の乱闘回になりそうなので採用しました。
・ダイユウサクが休養に入ってレースシーンが無くなると、描けるシーンが無くなってオリジナルエピソードを入れることになるのですが……
・そうすると、大抵はトレーナーと乱闘し始めるんですよね。この二人、喧嘩するほど仲がいい、のでしょうか?

どのレース
・メタ的なことを言ってしまうと、ぶっちゃけ史実ではここから秋まで休養に入るので、そんなことを訊かれると、書いている人が困るわけで。
・なんで、「異常が発生せずに休養しなかった」という“if”で考えてみます。
・対象はGⅡ以上を優先した重賞にして、まずは4月で……
・第3週にGⅡの京王杯スプリングカップがありますが1400の短距離戦。私見ですがダイユウサクは短距離を多く走っていますが結果を多く残しているとは言い難く、適性はそれほど高くないと思っていますので、どうかなと言ったところ。
・空けすぎるのを嫌ってオープン特別を走るのなら本作としてはコスモドリームの優勝から歴史が始まっているオーストラリアトロフィーを走るのは面白いかな、と。
・史実の3着に「ミヤジ()()()()」というチーム《アルデバラン》所属でコスモの後輩っぽいのいますし。(笑)
・春の天皇賞は距離が長すぎますね。大阪杯で負けたホワイトストーンが5着ですので、出走していればその周辺になるのが関の山、かな。
・しかも優勝したのはマックイーン。ここではまだ対決したくありません。
・5月は……第2週の安田記念は一番出走可能性が高いかも。ダイイチルビーが優勝し、2位にはダイタクヘリオスという後で出てくるウマ娘に加え、3位がバンブーメモリーと今まで絡みのあったウマ娘、とエピソードができそうな予感。
・6月の宝塚記念は──人気投票がネックになりそう。金杯勝ってるし、大阪杯も2位。あともう一つくらい重賞で結果を残せば出走はできそうですね。
・この年は大阪杯と同じ理由で京都開催。ダイユウサクとは相性よさそうですが……問題は、ここでもライアン&マックイーンと競うことになるので、厳しい戦いになるのは間違いありません。
・距離2200は当時のダイユウサクにとっては未知の距離も不安材料。(後でそれより長い距離の二人とも出ているレースで勝ちますが)
・あとは……CBC賞のリベンジ、も考えられますけど、やっぱり1200は短い。
・──といった感じですかね。

ステイヤー
・長距離走者のこと。
・転じて競馬では長距離を得意とする馬をさし、主に2400メートル以上を得意とする馬に使う。
・ダイユウサクがそうか、と言われると……間違いなく疑問符が付きます。
・確かに2500メートルの大レースをレコードで制することになりますが、この時点では最長距離は2000メートルどまり。生涯で結果を残したのはその2500メートルでの1戦のみ。
・もしもダイユウサクがウマ娘で実装したとしても──「長距離A」になるかは……おそらく製作サイドでも争いになりそうなところ。

いったい何者
・前も解説したかもしれませんが、本作はたづなさん=ウマ娘説を採用しております。
・実際、ゲーム版では逃げるウマ娘を相手に追いついたりしていますし、それ以外のエピソードも比較的隠す気がないんじゃないかレベルであからさまですし。


・ダイユウサクの大阪杯の敗因は裂蹄の影響。
・裂蹄とは、文字通り(ひづめ)の異常で、蹄壁が割れて亀裂が入ったもののこと。
・縦と横の裂蹄があり、縦裂蹄の原因は冬場の乾燥と言われており、蹄油を塗って予防するなど対策がされている。
・なお……史実でのダイユウサクの裂蹄は金杯を走った正月のころには発症していたそうです。
・歩く姿に異変を感じていたものの医師に見せても原因が判明せず、そのまま金杯も勝ってしまいました。
・そのせいで悪化させてしまい、次走の大阪杯も影響が残ってしまい、ホワイトストーンに敗北。そのまま休養となりました。
・本作では……まず裂蹄の扱いに迷いました。どういったケガにするか、ということで。
・足の異常なものの、炎症とも違うし、骨の異常にしたら治療に時間がかかる。
・迷った挙句──蹄ということで、本文のとおり“足の爪”の異常にしました。
・で、調べてみたら、人の爪が剥がれてから再び生えそろうまで半年くらいかかるのがわかったのです。
・そのため、負傷時期と大阪杯の時期を前後させてメルシーアトラの故障と絡め、「避けるときに無理をして、爪が割れた」ということにしました。
・そのため「メルシーアトラを避けるのに無理をして負傷した」というのは本作の完全なオリジナル展開ですので、誤解無きようにお願いします。
・……え? どんな足の着き方をしたら足の爪が割れるのか、って? ……さあ? まったくわかりません。
・というわけで、少々強引なのは目をつぶっていただけると助かります。


※次回の更新は10月26日の予定です。  

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