見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──オレは、ダイユウサクに爪がちゃんと生えるまで、練習の禁止を伝えた。

 おかげで《アクルックス》は休業状態となった。
 もちろん、筋力を落とさないように、無理はもちろん違和感を感じない範囲で体を動かすように指導はしてある。
 もちろん、ダイユウサクは反発した。
 爪がないだけなんだからそこを保護した状態でなら走れる、と。
 しかし、オレはそれを断固として却下した。

「焦らず治るのを待て。春を捨てて秋に十分走ればいい」

 正直なところ、体を休ませるきっかけになったと思っている。
 去年の今頃はその前の年に行った連戦の疲れとダメージを癒すために休養させていた。
 しかし、去年の秋もオープン昇格のために連戦をしていたし、金杯から大阪杯までの間、レースを空けて休ませていたとはいえ、そこで癒しきれるか不安だった。

(たしかにきっかけは大阪杯でのアクシデントだったが、そこまでの疲労の蓄積もあったんだろうな)

 爪が元通りになるまで半年近くかかる。
 今後の予定を迷っていた春のレースを思い切ってスパッと諦め、秋に照準を合わせることができたのはかえって良かったのかもしれない。

 ──なんてことを考えてトレーナー室にいたオレの下に、理事長からの呼び出しがきたのはそんな時だった。



第59R 大謀策! ダイユウサクさんは不器用

 

「……単刀直入に言います。乾井トレーナー」

 

 理事長室で、その主たる小さな人影の前に立ったオレ。

 理事長の秘書である駿川たづなさんが、代わりにオレに告げた。

 

「《アクルックス》のメンバーを増やしてください」

「いや、それは……」

 

 たづなさんの頼みなので是非とも受けたいところではあったが……なかなかに難しい相談だった。

 そもそも、この件は前にも同じようなやりとりをしていなかったか?

 そう、ミラクルバードがウチにくるきっかけになった……

 

「確認ッ! けっして難しいことではないと思うが?」

 

 黙っていられなかった理事長──秋川やよいが身を乗り出すように尋ねてきた。

 それに対してオレは……困り果て、頭を掻きながら答える。

 

「ウチもミラクルバードを加えているし、もうソロにこだわるつもりもありませんからメンバー募集はしていますが」

「む? そうだったのか……」

「ただ……未だに希望者がいないんですよね……」

 

 決まり悪くオレが言うと、理事長は「むぅ~」と呻いて腕を組み、考え込む。

 

「疑問ッ……あのダイユウサクを、重賞制覇に導いたトレーナーが、こんなに不人気とは……なぜだッ!?」

 

 そんな彼女に対し──秘書のたづなは小さくため息をつき、抗議するようにオレをジッと見る。

 あぁ、たづなさんは知っているのか、例の件を。

 しかし、それをどう説明したものか……オレは頭を悩ませる。

 いや、またメンバー増やせと面倒ごとに巻き込まれるくらいなら、黙っていた方が得策か……という思惑すらも、たづなさんはお見通しらしく、彼女はスッと前に進み出て──

 

「勧誘活動が不十分なのではないでしょうか?」

「そ、そんなことは、ないと思うんですが……他のチームと同じように、勧誘ビラを貼ったりしてますし」

「それは──」

 

 どこからともなく取り出した一枚の紙をオレに示す。

 

「──コレのことでしょうか?」

「う……」

 

 突きつけられ、オレはギクッと後ずさる。

 そのやりとりに、頭の上に「?」が見えんばかりに首を傾げた理事長は、たづなさんの前に回り込むと、その書類を覗き……

 

「こ、これは……」

 

 半ば唖然、もう半ばは呆れたような様子で固まっていた。

 もはや絶句といってもいい。

 動きを止めた主に変わり、秘書が口を開く。

 

「あのぅ、乾井トレーナー? コレではさすがに、新規メンバーは集まらないかと思いますが……」

「ええ、オレもそう思います……」

「同意……ッ これに惹き付けられるウマ娘はいないだろう……」

 

 三者三様に、呆れの目を“それ”へと向ける。

 オレどころか理事長も賛同し、深くうなずいていた。

 しかしやはり、コレがオレのせいと思われるのは癪だった。

 

「いや、誤解しないでくださいよ? オレだって、こんなことになるなんて、夢にも思わなかったのです」

 

 深くため息を付いて、当時のことを思い出しながら説明した。

 

「オレだって他のチームの勧誘ポスターは目にしてますよ。学園内の廊下や学食の壁に貼ってあるし、それを見てウチのチームのも作ろうと思ったんですから」

 

 手作り感が溢れながらも親しみを感じるチーム《ミモザ》のそれ。

 チーム名の一等星がある星座の白鳥が描かれたチーム《デネブ》のも見事だった。

 他にも様々なチームが思い思いのポスターを作り、掲示している。

 

「しかし、オレには絵心というものがなく、悩んでいたところ……まぁ、ウチのチームメンバーから『アタシが作るわよ』という声があがりまして……」

 

 威勢良く語り始めたオレだったが、早くも言葉に勢いがなくなってきたのは自覚している。

 なにしろ、これが大失敗の始まりだったんだから。

 

「で、任せた結果が“アレ”なわけでして……」

 

 たづなさんが掲げた“ソレ”へチラッと視線をやる。自然とたづなさんと理事長の口からため息が出た。

 麗美なイラスト──なんて贅沢なことは言わない。

 なにしろ描けないオレにそんな高望みする権利なんてないからな。

 それでも《ミモザ》みたいな、親しみを感じられるくらいの“ほっこりする”絵であれば……と思っていた。

 願わくば、なにかよく分からない不気味なものが描かれていて、それをオレが指摘したらムキになる……なんて事態にはなりませんように!

 そんなオレの心配は杞憂だった。

 

 ──なぜなら絵というものが皆無だったんだからな!

 

 え? これ……ポスターだよな?

 一目見て、オレはそう思ったさ。

 イラストが無いのなら、せめて目を惹くようにポップな字体をカラフルに用いて、周囲の目を惹く……なんて期待さえも許されないとは思わなかった。

 

 徹頭徹尾、明朝体で書かれた文章は、ただ白紙に黒く文字が書かれたのみである。

 

 そんな無味乾燥なモノは……ビラでもポスターでもなく、もはやただの“書類”だった。

 “それ”には、およそ愛想というものが欠如していた。

 上方の中央には大きめに“チームメンバー募集のお知らせ”と題名が書かれていたのはまだ良い方だろう。

 まるで箇条書きのように書かれた内容に目をやれば、簡潔に事務的な言葉が並んでいる。

 その中には──目的という項目があった。

 

(なんだよ、目的って? 競走ウマ娘の“チーム”だぞ? そんなのわざわざ書かなくたって分かるだろ、普通!!)

 

 せめて「一緒に走りましょう」とか「一緒に栄光を目指しましょう」とか、そういう呼びかけがなければ、勧誘用としての役目を果たさないくらいわかるだろ。いや、わかれよ!!

 

(アイツの“無愛想”がこんなところで発揮されるとは、夢にも思わなかったぞ)

 

 もはや“勧誘ポスター”ではなく“通達の書類”であるそれに、オレは盛大にため息を付くしかなかった。

 つられたように──たづなさんもため息を付く。

 

「なるほど。そういう事情でしたか……」

 

 沈痛そうにこめかみを抑えながら、彼女はつぶやく。

 

「まったく、ダイユウサクさんは本当に不器用ですね……」

「そうですよね。イラストを描くどころか、ポスターの一つも満足に作れないなんて……」

「いえ、そういう意味ではありません! はぁ……彼女が不器用なら乾井トレーナーは本当に鈍感ですね」

 

 さらにもう一度、たづなさんは大きくため息をつき、その横で理事長が「うんうん」と頷いている。

 え? どういうこと?

 ひょっとして、たづなさんってオレのこと……

 

「なんでそうなるんですか!? 本当に、もう……」

 

 ぐったりした様子のたづなさん。

 う~ん、かなりお疲れのようだ。理事長ももう少し彼女への負担を軽減してあげればいいのに。

 

「と・に・か・く! 乾井トレーナー、私は貴方を高く評価しているッ! あのダイユウサクに重賞をとらせたのだから」

 

 デビュー2戦がタイムオーバーのウマ娘。しかもそのどちらもが“ありえないくらい”のタイムオーバーだ。

 クラシックの時期にそんな結果を残し、シニアになってやっと初勝利。

 普通に考えたら成績的には退学しているウマ娘──それがダイユウサクだった。

 

「そんな。あれはアイツの努力の(たまもの)ですよ。オレの力なんて微々たるモノで……」

「それでもッ、その才を見抜き引き出すことこそトレーナーの役目ッ! それを高く評価するのは当たり前のこと」

 

 理事長がバッと扇を広げる。そこには「賞賛ッ」の文字が書かれていた。

 

「だからこそ……それを他のウマ娘にも向け、自分の才能を発揮して他のウマ娘も育てて欲しいと思うのだ!」

「高く評価していただくのはありがたいのですが、やっぱり希望者が集まらないことには……まだ悪評も残っていますからね、オレには」

 

 オレは思わず苦笑する。

 すると理事長とたづなさんは悲しげな表情を浮かべた。

 だが理事長は、「ええい!」と(かぶり)を振り、ビシッと閉じた扇でオレを指してきた。

 

「過ぎたことでウジウジするな!! 確かに当時、父母会やらURA上層部を突っぱねるくらいに庇いきれなかった私にも責はある! しかし! だからこそ! さらに結果を示し、見返して欲しいのだ!」

 

 感情露わに言葉をぶつけてくる理事長。

 

「たった一人のウマ娘が長期休養に入ったからと、チーム一つを丸々遊ばせているのはもったいない、と私は言っている!!」

「私もそう思いますよ、乾井トレーナー。せめてもう一人か二人、《アクルックス》の競走できるメンバーを増やしてもらえませんか?」

 

 理事長とたづなさんの言葉に、オレは──「努力します」と答えるのが精一杯だった。

 なぜなら──オレは未だに他のウマ娘たちからの評価は低く、先輩からの悪評を聞いた今のウマ娘達からさえも避けられるのは続いていたのだから。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「はぁ……」

 

 アタシは食堂で、テーブルの上に並べられた料理とにらめっこしながら、思わずため息をついた。

 箸を手にしているけど、全然動かない。

 こんなことは本当に久しぶり。

 だから、思わず当時を思い出して……思わず自虐的に苦笑した。

 

『ダイユウちゃん、また残してる……』

 

 そんな悲しげな言葉が、幻聴のように浮かぶ。

 長い髪をした、母性溢れるウマ娘──レースのときはそれを全く感じさせない強者だった。

 

(……一緒に走ったことはなかったけどね)

 

 そんな彼女──スーパークリークもまた一戦を退いた同世代の一人。以前はこの場所でよく見かけたけど、今は……

 

「貴方がそんな風に、食事を前にしてアンニュイな様子を見ると、昔を思い出しますね」

「アルダン……」

 

 クスクスと笑みを浮かべながら、食事を乗せたトレーを手にした彼女がアタシのいるテーブルへとやってきた。

 その歩みは──やはり脚を庇うような仕草があり、わずかにぎこちない。

 

「相席、よろしいですか?」

「確認なんて、必要ないでしょ?」

 

 アタシが言うと、彼女は嬉しそうに空いている席へと座った。

 

「また食事が口に合わなくなったしまったのですか?」

「違うわよ。普段と同じ調子で食べたら、その……ね」

「ああ、体重が増えてしまいますもんね」

「ちょ、なんでアタシがぼかしたことを言っちゃうの!?」

 

 アタシがくってかかると、彼女は悪戯っぽい笑みを、受け流す。

 そして、眉根を寄せ──悲しげな表情へと変えてからポツリと言った。

 

「休養のこと、聞き及んでいます」

「そう……せっかくこの前、アナタに誉めてもらったのに……同じ穴のムジナになっちゃったわ」

 

 アタシがサバサバとした調子で返すと、アルダンの表情が少しだけ和らいだ。

 

「と言っても、アナタとは深刻さが全然違うけどね。こんなの……ケガでも何でもないわよ。爪なんて放っておけば生えてくるんだし」

 

 だからレースのような全力疾走はできなくとも、走ることだってできるわよ。

 それなのにトレーナーときたら……走る練習は全面禁止。

 筋力維持のための最低限のトレーニングとウォーキングしか許可してくれなかったわ。

 

「……アイツ、大袈裟なのよ」

 

 彼に対する不満を思い出し、アタシは口を尖らせて思わずつぶいていた。

 するとアルダンは耳をぴくっと動かし、それを聞き咎めてきた。

 

「それだけダイユウサクさんを大事にしていらっしゃる、ということではありませんか」

「なッ……」

 

 思わず顔をアルダンの方へと向ける。

 彼女はからかうように笑みを浮かべていて、それが罠だとはわかっていたけど……言わずにはいられない。

 

「そ、そんなことないわよ! アイツってば、ただ自分がサボりたいだけなんだから! アタシしか担当がいないのをいいことに、今なんて暇を持て余して……どうせ今ごろ、バイクに乗ってどっかに出かけてるわよ!!」

 

 アタシが憮然としながら「人の気も知らないで……」とつぶやくと、アルダンはなぜか瞳を輝かせた。

 ……今のアタシの言葉のどこに、彼女の気を引くような要素があったって言うのよ?

 アタシがジト目を向けると、彼女は大袈裟にニコニコしながら言った。

 

「それならバイクの後ろに乗せてもらって、貴方も一緒に行けばいいじゃありませんか。とても素敵な体験だと思いますけど?」

「じょ、冗談じゃないわ! アイツの後ろなんて真っ(ぴら)ゴメンよ!! あんなのの後ろに乗ったら、どうやって体を支えたらいいか……」

「しっかりしがみつけばいいじゃありませんか。トレーナーさんの体に」

「ハァ!? 絶対にイヤよ!!」

 

 ムキになるアタシをからかうように、アルダンはクスクスと笑みを浮かべている。

 

「気分転換になるのではありませんか?」

「むしろ逆よ! あの速度感とか、風の感覚とか、自分の足で走れたらいくらでも味わえるのに……」

 

 アタシは思わず、恨めしげに自分の足──それも爪のない指へと視線を落とす。

 釣られるように、アルダンも負傷している自分の脚を見つめ……

 

「「はぁ……」」

 

 あの感覚が恋しい。そう思ったアタシ達は二人同時にため息をついていた。

 それに気がついてお互いに顔を見合わせ──

 

「なんや、辛気くさい顔してんなぁ。二人とも」

 

 間近での元気な声に、二人とも思わず驚く。

 ほとんど同時にそちらを見て──小柄な体をした、長い葦毛の髪のウマ娘がそこに立っているのに初めて気がついた。

 

 

「「タマモクロス先輩!?」」

 

 

「久しぶりやな。二人とも……」

 

 驚いたアタシ達に、彼女はビッとVサインを向けた彼女は──アタシやアルダンよりも一つ上の世代の先輩、タマモクロスだった。

 

「タユウは……金杯おめでとさん。しかしアレを勝って三連勝になったのに、もったいないわ。あないな後輩、今のタユウなら万全やったら一捻りやったろ?」

 

 自身の重賞6連覇の中の一つに、西の金杯が入っている彼女は、さも残念そうに言う。

 確かにアタシもあれで三連勝になったけど、前の二つは重賞じゃなくてオープン特別だから比べられるようなものじゃないわ。それに……次の重賞で負けたし。

 

「二人とも、元気そうでなによりやけど……体の方がついて来られんようやな」

 

 タマモクロスはアタシとアルダンの脚を見て、苦笑する。 

 

「あの……今日はまた、どうして?」

「ああ。たまたま学園にヤボ用があって、ちょっとばかり寄っただけやで。それで学食に寄ったら知った顔があったから、つい声をかけたってワケや」

 

 アルダンの問いに豪快に笑いながら答え、「知っとるヤツも、だんだん減ってきとるからな」と言ったその言葉は、どこか寂しげでもあった。

 

「こんなところでウジウジしとったら復帰が遅れるで。二人とも、歩いて大丈夫なんか?」

「アタシは、違和感が起きない範囲で歩けって言われているけど……」

「私も、無理をしなければ大丈夫かと……」

「ちょっと外でも歩きながら話でもしようや。ウチの散歩にちょっとだけ付き合ってや」

 

 そんなOGの言葉に──アタシとアルダンは急かされるように、食事をするのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「新メンバー、ねぇ……」

 

 オレは学園の敷地内を一人でトボトボ歩きながら、思わず言葉を漏らしていた。

 理事長とその秘書たづなさんに「努力する」と約束した以上は、結果を残さなければいけない。

 少なくとも現状の勧誘のまま、というわけにはいかないだろう。

 

「オレだって、やる気がないわけじゃないんだ……」

 

 夢があり、トレーナーを志した。

 トレーナー候補として中央トレセン学園に入ることができ、ライセンスも取れた。

 サブトレになって“先生”の下で学び、面倒見のいい東条先輩のおかげもあって、自分の技術や目を鍛えることができた。

 すべてが順調だった。

 自分が第二の“国民的アイドルウマ娘”を育て、その傍らにトレーナーとして立つ──そう信じていた時期もあった。

 

 だが……

 

「現実は、甘くねえよな……」

 

 オレは自然と俯き──歯を食いしばり、まるで呻くように言葉を絞り出していた。

 初めて受け持ったウマ娘で──大失敗をした。

 それこそ取り返しのつかないくらいの、だ。

 地方に飛ばされて当然……こうして今でも中央に残れているのは、数々の幸運が重なったからでしかない。

 一番の幸運は──そんな最底辺のオレの下に、最高の素質を持ったウマ娘が転がり込んできてくれたことだ。

 

 彼女は、この学園に入学してきた当初の姿は貧相で、ウマ娘用の食事さえ満足に食べられず、残してしまうような、虚弱体質のチンチクリンだったらしい。

 他のウマ娘達がクラシックレースでしのぎを削る中、登録を逃した“怪物”が年上の“稲妻”と盾を争って激闘を繰り広げたその日にデビューした彼女は、13秒のタイムオーバーという絶望的な結果を残す。

 リベンジを目指す第2走も──結果は7秒のタイムオーバー。

 しかしそれは発熱をおしての出走で、それを知ったオレは……彼女に興味を持った。

 

 それから今まで戦ってきた。

 二人で最底辺から這い上がり、どうにかここまできたが──

 

「アイツが走れないからって、他のウマ娘の面倒を見ろっていうのか……」

 

 それにオレは抵抗を感じていた。

 少なくともアイツが第一線で戦い続ける間は、他のウマ娘の面倒を見る気がしなかった。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 オレは悩んだ。

 頭をガリガリと掻き、どうにか顔を上げる。

 そして……

 

「……え?」

 

 信じられないものを、見た。

 愕然とする。

 足が震えそうになり、力が抜けそうになり、崩れ落ちそうになるのを、どうにか踏みとどまる。

 目の前にいたのは、一人のウマ娘だった。

 

「ふ~ん……やっぱりまだいたのね」

 

 彼女が浮かべた笑みは──当時とほとんど変わっていなかった。

 しかし見た目はともかく、その雰囲気は学園に所属しているウマ娘達よりも世間を知った、大人びた様子があった。

 

「お前……どうして、こんなところに」

「OGだって言ったら、通してくれたけど?」

 

 そう言って「クスクス」と浮かべる笑みはどこか妖艶ささえ感じられ、凹凸のハッキリしたボディラインは蠱惑的でさえある──

 

「もちろん目的は、お世話になったアナタに会うことよ」

 

 悪戯っぽく笑うその表情は──オレの心を落ち着かせるどころか、余計に逆撫でした。

 オレは──アレに負けたんだから。

 

「お世話だと? そんな大層なこと、オレはお前にはできなかったはずだけどな──」

 

 思わず、オレは彼女を──敵を見るように、睨んでいた。

 そう彼女は、少なくともオレにとって味方ではなかった。

 

「──なぁ、パーシング

「あら? 随分と他人行儀ね、乾井トレーナー。以前みたいに“パーシィ”って呼んでくれないのかしら?」

 

 そう言って、そのウマ娘は──妖しく微笑み、オレを見つめていた。

 




◆解説◆
【ダイユウサクさんは不器用】
・今回の元ネタは、ヤングアニマルに連載され、アニメ化もした『上野さんは不器用』から。
・結構な頻度で「そうはならんやろ」という失敗をするあの漫画はお気に入りです。
・ただ、最近はヤングアニマルの購入をやめてしまったので、読んでいないんですよね。
・これを読めなくなったのは、購入をやめて残念に思ってるうちの一つかな。単行本買うかどうかは……検討中。

理事長からの呼び出し
・思うに、ダイユウサクが休養に入ると、理事長から呼び出されるのがテンプレ化しているような……

思い思いのポスター
・アニメ版だと、学園の食堂や廊下にいろんなチームの勧誘ポスターが目に入り、《スピカ》、《リギル》、《カノープス》以外のチームの存在が確認できます。
・文中に挙げた《ミモザ》や《デネブ》以外にも、《アルタイル》や《カペラ》、《ベガ》等があり、感覚的には高校の部活動や大学のサークルに近いのかもしれません。
・なお本文中に出た二つのチームのイラストの印象は、アニメ版準拠です。

スーパークリーク
・ダイユウサクと同じオグリキャップ世代で、『平成三強』の一角であるスーパークリーク。
・生涯成績16戦8勝。天才・武豊騎手が特別視したと言われるこの馬もまた、90年に引退しています。
・89年あたりから筋肉痛に悩まされ、90年の天皇賞(春)を制して秋春連覇を達成したものの、宝塚記念はその筋肉痛で回避し、凱旋門賞挑戦も白紙になりました。
・秋に復帰して京都大賞典を連覇したスーパークリークですが、直後に繋靭帯炎が判明。天皇賞(秋)を回避したものの、回復できずにその年末に引退が発表されました。
・引退時期は90年末と、オグリキャップとほぼ同じ時期だったんですね。ホント、もう走ってる同期がガンガン減っていく……

あないな後輩
・ホワイトストーンのこと。大阪杯での着差は1と1/4バ身差。
・史実での結果について厩務員だった平田調教師は「(裂蹄の影響がなく)3連勝している時の状態のダイユウサクだったら勝っていたと思う」とホワイトストーンに子ども扱いされて負けたことについて述べています。
・しかし、ホワイトストーンはジュニア期から重賞戦線を戦っている猛者ですからね。タマモ先輩、“一捻り”は言い過ぎです。

パーシング
・オリジナルウマ娘。
・今まで本作でのオリジナルウマ娘は──
  ①未実装の史実馬
  ②非実在系(漫画・小説に登場した競走馬)
  ③事情により名前からオリジナル
といった3パターンで、③に関してはメヒコギガンテ、リュウジョウストライプの二人のみでした。
・今回登場したパーシングも③に該当します。そうなった理由は他の二人と同じ。
・というわけでモデル馬とは名前が完全に異なっていますので。
・そのモデル馬の年代も、ダイユウサクが活躍した時代とはかけ離れた年代ですので。
・詳細は──次回以降で。


※次回の更新は10月29日の予定です。  

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