見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 その日も私は──学園内にひっそりとたたずむ、三女神像に向かって祈りを捧げていました。
 なにかを祈願するわけでも、誓うわけでもない。
 手を組んでひざまずき、ただ心を無にして向かい合う。
 目の前の女神像──ではなく、己の心に。

「…………………………」

 それは私が毎日欠かさず行っている習慣でした。
 学園に来る前も行っていたことで、祈りを捧げる相手は女神像に限るわけでもありません。最初は故郷を流れる川に祈っていましたから。
 
(会長から……あの《リギル》からお誘いを受けるのは大変にありがたいことですが……)

 最初は無心だった頭の内に、今、自分を悩ませている問題が頭に浮かび上がってきます。
 それは来年、高等部にあがってから迎える、競走ウマ娘としてのデビューのことです。
 光栄なことに、私は周囲から期待されていて──中央トレセン学園で1、2を争うトップクラスのチーム、《リギル》からお誘いを受けています。
 私が走るのは、孤児院にいた私を養子に迎えてくださり、様々な恩を与えてくださった養父にその恩を少しでも返すため。
 ウマ娘である私ができる最大の恩返しは──幸いなことに生まれながらの才に恵まれた“競走(レース)”という舞台で最高の結果を残し、それを養父(ちち)に見せてあげることでしょう。

(その夢の達成のためにも、トップチームに所属するのは近道なのは間違いありません)

 求道者として、あえて苦難の道を選ぶ──という理由で《リギル》からのお誘いに応じるのを迷っているわけではありません。
 来年から歩むことになるトウィンクルシリーズ。
 それがあえて困難を背負うような、ハンデを抱え込むようなマネをして勝ち抜けるほど甘いものではないことは、その観戦を趣味にする養父(ちち)と共に見てきて理解しています。
 できれば、私もより万全なサポートを受けられるチームに所属したい。
 しかし──

(昨年末あたりからこの春の間に、私を取り巻く環境は、劇的に変化してしまいました……)

 その変わった環境が《リギル》所属の先輩方が多数在籍する生徒会へ所属することを躊躇わせ、チームのお誘いを受けるのを迷う理由の一つになっているのです。

(私は、どうしたらいいのでしょうか……)

 この学園にきた当初の夢を最優先し、有力チームへと所属するべきか。
 それとも、変わった環境への対応を優先し、別のチームを探すべきか。
 ──それは、私の胸の内に問いかけたはずの質問でした。
 しかし──

『あなたの迷いは、ほどなく晴れることでしょう……』

「──ッ!?」

 不意に頭に響いた言葉に私は驚き、そして閉じていた目を開いていました。
 周囲に視線を走らせますが……もちろん人影はありません。今の言葉も耳から入ってきたのではなく、体の内から聞こえてきたようでしたし。

「今のは……」

 ひざまづいていた私は立ち上がり、困惑気味に再び周囲を見渡します。
 そこにあったのは、三女神の像のみ。
 その女神の像の一つが、不思議と笑みを浮かべているように錯覚したそのとき──

「……人の声?」

 私の耳に、男女の言い合うような声が聞こえてきました。

「こんなところで、喧嘩でしょうか……」

 もしそうならば、仲裁しなければならないかもしれません。
 私はその声のする方へ、引き寄せられるように歩いていき──



第60R 大批判! ~無謀なる挑戦者~

「ウチも晩成型やと思ったけど、タユウには到底かなわんわ」

 

 学園の敷地内を、アタシは一つ年上のタマモクロスと共に歩いていた。

 食堂では一緒だったアルダンだったけど、彼女はまだ食事をとる前だったのと、脚の状態を考慮したタマモクロスが「無理して悪化させたらあかんやろ」と止め、結果的にアタシと二人で歩くことになった。

 アタシの場合、筋力を落とさないためにも歩くことは推奨されてるし。

 

「──おかげでウチとは全然、かち合わなかったけどな」

「タマモ先輩の全盛期のころ、アタシは一勝するのに四苦八苦してたくらいだから……」

 

 同じレースを走るどころの話じゃなかったわね。

 かたや現役最強の名を賭けて重賞戦線を走っていたウマ娘と、最弱クラスの成績を残していたアタシなんだから。

 アタシの言葉に、タマモクロスは豪快に笑った。

 

「せやなぁ。けど……今のアンタなら、ウチも(はし)ってみたいと思うで」

「え?」

 

 当時、現役最強だった彼女に言われれば、アタシの心も躍った。

 けど……

 

「今の全盛期を過ぎたウチとなら、ええ勝負ができるかもな」

 

 なんて言って意地悪そうに笑みを浮かべる。

 それにはさすがにアタシも憮然とすると、それが表情でわかったみたいで──

 

「そんな顔すんな。冗談や、冗談……」

 

 と、再度笑い飛ばしたけど……再び意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ま、今なら爪の有無のハンデがあるから、さすがに負けへんわ」

「…………」

 

 冗談めかしたタマモクロスの言葉だったけど、今のアタシにはちょっと堪えた。

 笑い飛ばせるようなことじゃなくて……自然と俯き、アタシの視線は自分の足を見ていた。

 

「気に障ったか? それはスマン……」

「いえ、気にしないで」

 

 アタシに気を遣おうとした彼女を素早く制する。

 無理矢理に笑みを浮かべて、顔を上げた。

 

「もちろんタマモ先輩よりも速くは走れないけど……それでも、爪がないだけ。それなのにトレーナーは、アタシに走るなって……」

 

 トレーナーは爪が完全に生えるまで、走ることを禁じた。

 それがアタシにはどうしても納得できなかった。

 爪が生えて走れるようになれば、すぐにでもレースに復帰したい。それがアタシの素直な気持ちだし、加えて言えば──

 

(アタシだって、いつまで走れるか分からない……)

 

 ここがピークかもしれないって思いは常にある。

 爪が万全になってから調整をスタートしたら、復帰はそれだけ遅れることになる。

 

「それが今の、アンタの悩みか。タユウ……」

 

 隣を歩くタマモクロスが「ふむ……」と腕を組んで考え込む。

 

「爪が生えてなくても、包帯巻いて保護すれば、軽くジョギングするくらいできるし……」

「それをやったらアカンから、トレーナーは止めてるんやろ」

「え……?」

 

 驚いて、思わず彼女を振り向いていた。

 タマモクロスは笑みを消し、真剣な表情でアタシを見ている。

 

「ええか? 足の指に包帯なんて異物を巻いて走ったら、まず間違いなく感覚が狂う。たとえ靴越しでも芝をとらえる感覚、大地を蹴る感覚、そういった微妙なものが包帯で一部が遮られてしまうからな」

「それは……」

「オマケに、片方だけ余計なものを巻いているせいで、体の、そして走ってるときのバランスが崩れる。それだけやない。フォームも崩れるやろ。それがアンタの走りを蝕んで……気づかんうちに壊れて、結果的には逆効果どころじゃなくなる」

「でも……ジョギング程度ですよ? そんな大きな影響は……」

「包帯巻いて感覚を鈍化させるってのは、感覚の狂いにも鈍化するってことや。走りに狂いが生じたら……ってタユウ、まさか……そんなん気にしてない、とか言わんやろな?」

「え? えっと……」

 

 正直な話をしてしまえば──今まで、そんなに意識していなかった……かも。

 だって、デビュー当時はそんな余裕なんて無かったし、今でもレース展開に応じて走ったりするので手一杯で、自分の感覚を強く意識して走ったことなんて無かったわよ。

 

「……トレーナーから走る許可が出たら、その辺りを意識して走ったらええ。全力で走るギリギリの局面……末脚を生かすようなところで、きっと差が出るで」

「わかった、わ」

 

 タマモクロスの助言に、半信半疑ながらもアタシは頷く。

 彼女ほどの実力者が言うんだから間違いないでしょうけど──

 

「ま、先輩からのアドバイスや。ありがたく訊いとき……って、んん?」

 

 自信満々に胸を張って言っていたタマモクロスだったけど、ふとなにかに気がついて眉をひそめた。

 

「どうかしました?」

「いや、なんか……こんなところで、なんや話し声がしたからな。喧嘩ってわけやないけど」

 

 どことなく不穏な感じもする、と彼女は耳を動かし……声のしている方向を探している様子だった。

 やがて、それを特定し──自然と足音を立てないように注意しながらそちらへと歩いていく。

 アタシもそれについていき……

 

「「え?」」

 

 その光景に、アタシは驚いた。

 ほとんど人が通らないようなそこにいたのは──トレーナーだった。

 そして話し声がしていたように、もちろん一人じゃなかった。

 彼の傍らには、見知らぬウマ娘がいた。

 

「なんでアイツがおんねん!?」

 

 そして──タマモクロスはむしろ、彼女の姿を見て、驚いている様子だった。

 だから思わず尋ねていた。

 

「あのウマ娘(ひと)のこと、知ってるの?」

「知ってるもなにも……って、タユウはまだ入学する前のことやったな。アレは」

「“アレ”?」

「ああ。あの件はウチも聞いて、胸クソ悪く感じた話や。それに……」

 

 タマモクロスはジッと二人を見つめる。

 

「タユウのトレーナー、悪評のせいで担当につけなくて困ってたって話は知ってるやろ?」

 

 彼女の言葉にアタシは無言で頷く。

 

「その元凶こそパーシング……アイツのことや」

「ッ!?」

 

 大きな声が出そうになるのをどうにかこらえ、アタシは改めて彼女を見る。

 トレーナーの前にいるのは、妖艶ささえ感じられるような、色気のあるウマ娘だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──かつて、トレセン学園に、とあるウマ娘が在籍していた。

 

 特別に優れた才があるわけでもない彼女は、それでも若い新人のトレーナーと巡り会い、担当トレーナーを得た。

 その新人トレーナーも、初めての自分の担当となるそのウマ娘のために全力を尽くした。

 

 ウマ娘の適性を見つつ、どのようなタイプにするのか考え──

 トレーニング内容に頭を悩ませ──

 彼女の走るレコードに一喜一憂し──

 やる気を維持させるために、精一杯気を遣って──

 

 ……だが、

 

 最後の一つだけは…………間違いだった。

 

 

 そのウマ娘は、端的に言えば──ワガママだった。

 美しい見た目と、抜群のプロポーションを誇った彼女は、周囲にチヤホヤされることに慣れており、その癖は競走ウマ娘の道を進んでも、治ることはなかったのである。

 結果──

 

「今日は練習、パスね」

「……え? なんで?」

「う~ん……気乗りしないから? とにかくそういう気分じゃないから。じゃね」

 

 去っていくウマ娘を、呆然と見送るトレーナー。

 新人である彼は──最初の接し方を間違えたのだ。

 二人三脚でトウィンクルシリーズの頂点を目指そうと考えていた彼は、ウマ娘との良好な関係の構築を目指した。

 

(この容姿なら──必ず人気が出る。走って結果さえ出せば、間違いなく話題になる……)

 

 だからこそ、トレーニングをさせようと、彼女ををやる気にさせることに精一杯努めたのだ。

 結果──気分を損ねないよう誉めちぎり、(おだ)て、とにかくヨイショした。

 そんな姿勢に疑問を抱かないわけでもなかった。

 先輩からも──

 

「貴方、ちょっとやりすぎじゃない? 制御できなくなるわよ?」

 

 ──などと忠告を受けたが、

 

「大丈夫ですよ。彼女はやればできるウマ娘ですから」

 

 後になって思えば、まったく根拠のない自信で、それを退けてしまった。

 ただ……彼女の才は、彼が抱く幻想“国民的ウマ娘の再来”を担えるほどには……到底足りなかった。

 メイクデビュー戦が始まる夏が迫っても、記録は思うように延びていかない。

 それも当然だろう。言うことを聞かなくなり、練習も半分もやればいい方と言ったありさまだったのだから。

 それに彼は──焦った。

 どうにかしようと悩むが……共に悩んでくれる者はいなかった。

 ウマ娘をチヤホヤしすぎたせいで、彼女は増上漫(そうじょうまん)となり、自分の力を過信したのだ。

 

(なんとかなるでしょ?)

 

 周囲の記録も見ずに、彼女は言う。

 そうは思わないからこそ、トレーナーの彼は焦る。だが面と向かってそれを言えば……彼女は機嫌を損ねる。

 それが──怖かった。

 強く出られなくなってしまった彼に対し、ウマ娘はと言えばつけあがる一方である。

 そのうち、彼の示した一日のトレーニングメニューが終わっていないのに、「もういいでしょう?」と切り上げるようになってしまった。

 

(こんな記録じゃ、メイクデビューなんて無理だ)

 

 そう判断して、デビューは遅れていく。

 そうこうしているうちに夏は終わり秋になり、そしてだんだんと気温は下がっていく。

 

 …………無論、そんな練習態度のウマ娘が、伸びるはずもない。

 

 彼女がデビューする前にジュニア期のGⅠは終わり……年が変わった。

 クラシックの世代となった彼女だったが、状況は変わらなかった。

 当然である。

 仮に、彼女がものすごい才能を秘めていたとしても……気まぐれで、練習熱心とはとても言えないようでは、その才が開くはずもない。

 

(いっそのこと、一度、現実を思い知らせて目を覚まさせるか……)

 

 荒療治になるが仕方がない。

 彼はそう決意して──彼女にデビューを持ちかける。

 それに彼女は了承した。無論、彼の隠された意図には気がつくことなく。

 そうして彼が示したデビュー戦に──彼女は拒絶した。

 

「──え? どういうこと? なんで……」

「そんなレースじゃ、イヤって言ってるの」

「そんなレースもなにも、メイクデビュー戦なんだけど?」

「それじゃあやる気が出ないわ。せっかくのデビューなのに、十把一絡げのウマ娘達(ヤツら)と走るなんてゴメンだわ」

 

 唖然とするトレーナー。

 では、どのレースならいいのか?

 そう尋ねたトレーナーに彼女は、予定表に書かれている一つのレースを示した。

 

 それを見て──トレーナーは絶句した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──それが、弥生賞や」

「……はい?」

 

 タマモクロスの言ったレース名に、アタシは呆気にとられた。

 沈痛そうな面もちのタマモクロスは、もう一度──

 

「弥生賞で、アイツはデビューしたんや」

 

 ──と、繰り返した。

 え? だって弥生賞って……

 

「皐月賞のトライアル、よね? たしか重賞で……」

「グレード的にはGⅡや」

 

 そのころに担当トレーナーさえ付いておらず、デビューの目処さえなかったアタシにとって、クラシックレースはまったく無縁のものだった。

 もちろん一生に一回しか出られない年齢制限付きのレースだから、以後も出られないし、その制限や制度自体があまりよく覚えてないところがあるけど……

 

「えっと、それを勝てれば皐月賞に出走できるようになる、の?」

「せやな。もちろん──()()()()、な」

 

 呆れた様子だったタマモクロスの表情。

 それが目が鋭くなり、本気で怒ったそれへ変化した。

 でも、それも無理もないと思うわ。話を聞いて、アタシだって思うところがあるもの。

 

「勝った経験どころか、一度もレースに出てないようなウマ娘が勝てるほど、重賞は甘ない。それはタユウも分かっとるやろ?」

「ええ……」

 

 アタシは頷く。

 でも同時に思う。実際に走ってみないとそれを理解できないんじゃないかしら、とも。

 アタシの初めての重賞はコスモと競ったGⅡ高松宮杯。

 もちろん何度か勝ちを納めてからの格上挑戦だったけど……それでも周囲のレベルの高さには打ちのめされたわ。

 確かにそうだったけど、走る前にそのレベルの高さを真に理解していたかと言えば……やっぱり走った後の実感として、分かっていなかったと思える。

 

(あのときは、重賞挑戦っていうよりも、コスモに挑戦するのが主な出走動機だったし)

 

「で、あのウマ娘はそれも理解せずに──挑戦しよった」

 

 そう言いながら、まるで思い出すようにタマモクロスは目を閉じた。

 

「話題には、なったで。なにしろそれまで未出走のウマ娘が重賞に挑戦しとるからな。前代未聞や。よっぽど自信のある……とんでもない“秘密兵器”が出てきたと、皆が思うたわ」

 

 でしょうね。

 しかもクラシック三冠に至る、その入口とも言うべき重賞だもの。とんでもない新人がやってきた、って思うのは当然よ。

 アタシは思わずゴクリとツバを飲み込む。

 

「その結果は……」

 

 目を開いたタマモクロスは、指を二本立ててアタシに示す。

 

「え? Vサイン? もしかして勝ったの?」

「ちゃうわ! そんな結果やったら大騒ぎになっとるわ。そんな話、アンタも聞いたことないやろ?」

「それはそうだけど……じゃあ、2位?」

「それでも十分に大事(おおごと)や。その結果なら皐月賞に出られるで」

「じゃあ……どういうこと?」

 

 指二本の意味を図りかねて、アタシは思わず首を傾げながらその指を見つめる。

 タマモクロスは大きくため息を付き……

 

「22秒や」

「にじゅう……にびょう?」

「ああ。トップがゴールしてから、アイツがゴール板の前を通り過ぎるのにかかった時間や」

 

 トップから22秒差?

 え? それってつまり……

 

「タイム、オーバー……」

 

 アタシが言うと、タマモクロスは沈痛そうに頷いた。

 なるほど、ね。

 ……一応、アタシに気を遣ってくれたの、ね。

 でも、そんなことを聞いても、どう反応していいか困るわよ。

 アタシにはそんな結果を貶すことも笑うことも、もちろん責めることだってできないんだから。

 22秒のタイムオーバーを13秒タイムオーバーしたウマ娘が笑ったら、それこそ故事成語の五十歩百歩の逸話と同じじゃない。

 

「タユウ、勘違いしとるようやから、一応言っとくけど……アンタの場合と、アイツの場合には大きな差があるからな?」

「え……?」

 

 どういうこと?

 さっきアタシが自分で思ったとおり、22秒だろうが13秒だろうが、大して差なんてないでしょ?

 ギリギリのタイムオーバーだったから、っていうのならまた違うと思うけど……

 アタシが眉をひそめていると、タマモクロスは説明してくれた。

 

「タイムオーバーなんて、メイクデビュー戦や未勝利戦では、まぁあることや。どんなに実力差があっても出発点は一緒やからな。とんでもない新人がとんでもない速さで走れば、起きてまうことやし。せやから、デビュー戦のタイムオーバーはお咎め無しや」

 

 タマモクロスの説明の通り、通常なら1ヶ月の出走停止が課せられるタイムオーバーも、デビュー戦に限っては免除される。

 まぁ、アタシもその恩恵を受けたウチの一人だけど…………

 

(……う~ん、なんかこの話、アタシの古傷をずっとエグられ続けているような気がするんですけど)

 

 アタシは複雑な気分になりながら、タマモクロスの説明を聞き続ける。

 

「問題は、それが重賞でやらかしたということや」

「あ……」

 

 そうだったわね。

 そういえばそのレースは重賞の弥生賞だったんだわ。

 

「重賞はトウィンクルシリーズでもトップクラスのレース。実力が伴わないヤツはお断りのデカい舞台や。そんな中で、負傷したわけでもないのに22秒ものタイムオーバーをすれば……」

「……批判の的になるわね。それは」

 

 ましてそれがデビュー戦。

 重賞がデビュー戦なんて正気を疑うけど、逆に言えばそれをやってくるということは、()()()()()()()()()()こそであり、恥ずかしい結果を残さないという暗黙の了解を期待する。

 だが、それを裏切った。

 その結果は──重賞レースそのものを愚弄するようなものだ、と言っても過言ではない。

 

「当然、URAのお偉いさんはカンカンや。『ホレ見たことか』とか、『こんなウマ娘出して品位を傷つけた!』とか、『あまりにもバカにしとる』って怒り狂ってな」

 

 さもありなん。

 正直……アタシだって怒りを感じるわよ。

 タイムオーバーでデビューしてからトレーナーに出会って、それから色々あったけど、苦労しながら勝ちを重ねて……高松宮杯に出るまでだって大変だったのよ。

 それを実力も伴わないのに、まるで騙すように近道して重賞に出たんだから。

 

「当然、非難轟々(ごうごう)や。当のウマ娘はもちろん、出走させたトレーナーも含めてな。ま、いわゆる炎上っちゅうヤツや……」

「ウマ娘だけじゃレースに出られないものね。自分の教え子の実力も見極められずに出走登録を行ったトレーナーも非難されて当然よ」

 

 先の理由で憤っていた私がそう言うと、タマモクロスは──複雑な表情を浮かべながら、小さくため息を付いた。

 あれ? アタシ……なにか変なこと、言った?

 

「……そのウマ娘こそ、そこにいるパーシングやで」

「え? それって、まさか…………」

 

 アタシはイヤな予感がして青ざめる。

 どうか、それだけは……アタシの嫌な予感がはずれて欲しいと願ったけど──現実は非情だった。

 

「ああ。お察しの通りや。その担当をしていたのが、新人やった乾井トレーナーや」

「そんな……」

 

 アタシは、絶句しながら再び視線を戻す。

 長い髪をした抜群のプロポーションをした、まるでモデルのようなウマ娘と、アタシの担当のトレーナーが向かい合って話をしている。

 

(あのトレーナーが? どうして……)

 

 アタシの面倒を見ている彼は、そんなズルいことをするようにはとても見えなかった。

 正直、いろいろ言いたいことはあるし、アタシも怒ったりもする。

 向こうが怒らせてくるのも多々あるけど……でも、それでもアタシは信用していた。

 

「……それで終わりやないで」

 

 タマモクロスは、さらに深くため息をついて話を続けようとする。

 それに対してアタシは(かぶり)を振って、視線を逸らした。

 耳を伏せ、目を閉じてうつむき──

 

「イヤよ! これ以上知りたくない!! それ以上聞いたら、アタシは……あの人のこと信用できなくなる! そうしたらアタシは……」

「タユウ……」

 

 戸惑うタマモクロス。アタシは彼女に、言葉をぶつけるように言い放った。

 

「アタシは、走れなくなる! あの人がそんなに(ずる)い人だったら、あの人の指導で走った、あの人の言うことを聞いて走った自分を信じられないもの。そんな汚いものに導かれて走っていたのなら──」

「落ち着きや、タユウ!」

 

 タマモクロスがアタシの肩をバンと叩く。

 

「あの人がそんな人か? 自分のトレーナー、信じられへんのか? 出会ったばかりのアンタの体を心配して、わざわざここから福島まで行ったような人が、自らそないなことするような人なわけないやろ」

「あ……」

 

 その日のことをアタシは思い出して、落ち着きを取り戻す。

 恐る恐るタマモクロスを見ると、彼女は笑みを浮かべた。

 

「心配せんでもええ。これより先の話は、あの人も被害者や」

 

 そう言ったタマモクロスの表情はアタシを落ち着かせるために穏やかだったけど──いざ口を開こうとするときには、彼女の目には強く力がこもっていた。

 

 ──彼女は当時を思い出し、怒っていたのだ。

 




◆解説◆
【~無謀なる挑戦者~】
・今回のタイトルは、プレイステーションで発売された『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』のゲーム、『~新たなる挑戦者~』から。
・レースであるサイバーフォーミュラのゲームだから、レースゲーム……と思いきや、選択肢を選んでいくスタイルのゲーム。
・オリジナル?(見た目はνアスラーダと同じ)のサイバーマシン、ネメシスも好きでした。もちろんアスラーダとの対比のために女性声を選びましたが。
・グラフィックとか、ゲームとしての出来は……ちょっと、でしたけど、シナリオは好きでしたね。

三女神像
・トレセン学園の中にある、ウマ娘と同じく馬の耳と尻尾を持った3柱の女神の像。
・メジャーな施設なはずなのに──ゲームの能力継承のときは、「気が付いたらやってきていた」というような、まるで外れの方に人知れず建っているようなイメージがあります。
・ところでこの三女神……なにを示しているんでしょうか。
・書いている人の解釈で、本作ではこの女神達の元になっているのはサラブレッドの三大始祖──ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアンではないかと思ってます。
・三女神の元ネタについて、公式で明確な言及ってありましたっけ?

弥生賞
・元レースの現在の正式名称は、『弥生賞ディープインパクト記念』。
・1964年に4歳馬限定の重賞競走「弥生賞」として創設されました。
・開催日は概ね3月の頭。開催地は概ね中山で、他に東京で開催されています。
・1969年と1970年を除いて芝で開催され、1600メートルで始まったのが、1800、2000メートルと伸びて、現在も2000メートルで開催されました。
・1970年に『報知杯弥生賞』と改称。
・1982年から 「皐月賞指定オープン重賞」となり、5位までに入った競走馬には皐月賞の優先出走権が付与されるように。
・1984年のグレード制移行で、GⅢに指定され、その後の1987年にGⅡに昇格。
・1991年からは5位までだった皐月賞への優先出走権は3位までに縮小。
・1995年から「皐月賞トライアル」の副称がつくように。
・2020年に名称を、現在の「報知杯弥生賞ディープインパクト記念」に変更しました。

GⅡ
・ここは、ちょっと迷ったところなんです。実は。
・上で解説したように、弥生賞がGⅡになったのは1987年から。
・ダイユウサクの同世代であるサクラチヨノオーがこのレースを制したのは1988年のこと。
・ただし、作中で今回の件をダイユウサクは知らないし、タマモクロスも聞いた話でそれよりも前のことになりますか……時間軸的におかしいことになりそうなんですよね。
・ただ、今回の件──“弥生賞でデビュー”という問題が史実で起きたときのグレードはGⅡですので、GⅡということでゴリ押ししました。

非難轟々(ごうごう)
・え~、この事件……知っている方はご存じかと思いますが、時間軸的にはこんなところではなく、2018年に起きた事件がモデルになっています。
・2018年の弥生賞に、未出走の競走馬が出走し……ダントツの殿負け。
・22秒9のタイムオーバーをするということがありました。
・その出走馬の名前をとって『ヘヴィータンク事件』と呼ばれています。
・なんでこんなことをしたのか……一説によれば重賞競走でJRAから出る「出走奨励金」が目当てではないか、と言われています。
・6着から10着までに支給され、10着のヘヴィータンクには1着賞金の2%にあたる108万円が支給されることに。
・また「特別出走手当」については重賞競走であるため「1着馬とのタイム差」による減額措置の対象とならなかったため、満額の43万1000円が支給されました。
・占めて151万1000円をヘヴィータンクは獲得し──レースの三日後、3月7日に引退。競走馬登録を抹消されました。
・そしてその後、この事件がきっかけとなり──未出走馬・未勝利馬が重賞に出走した場合でも、タイムオーバーによる出走制限ならびに賞金(出走奨励金・特別出走手当)の減額措置が適用されるようになり、現在では同条件の場合には「出走奨励金」と「特別出走手当」は不交付となるようにルールが変わりました。
・まぁ、そもそも……未出走やら未勝利で重賞挑戦する方がおかしいわけで……後続が出ないようにするための措置でしょうね。
・────ちなみに「轟々」と「囂々」で迷ったんですが、私が一番好きな戦隊から「轟々」にしました。『轟轟戦隊ボウケンジャー』は最高だと思います。

パーシング
・改めて説明します。()()()()()()()()のパーシングです。
・名前の元ネタは同名の地方馬パーシング……ではなく、第二次世界大戦末期にアメリカ軍が開発した戦車、M26パーシング。
・ドイツの優秀な戦車に対抗すべく開発された重戦車(ヘヴィータンク)で、M4シャーマンの後継の主力戦車として活躍しました。(戦後の1946年には中戦車に分類変更されてしまいましたが)
・アメリカの重戦車から名前をとったので、日本人離れした美貌とプロポーションの持ち主、となっています。きっと、体の一部にはヘヴィーな増槽(タンク)もあることでしょう。(ぁ
・だからこそ、乾井トレーナーは次代を担うアイドルウマ娘になれる、と思ったのですが……
・メンタルの方は元になった重戦車ほど強くも重くもなかったようで。


※次回の更新は11月1日の予定です。  

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