見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第63R 大歓迎? YOUは何しに我らがチーム(アクルックス)へ?

 中央トレセン学園のチーム部屋が集まる一角。

 そこにある我らが《アクルックス》のチーム部屋に、オレとダイユウサクとミラクルバードの他に、チームに加入したいという黒髪のウマ娘と研修生志望の男子がいた。

 オレ達は、加入希望の二人の話を聞くことにする。

 

「さて、単刀直入に訊くが……どうしてウチなんだ? 正直、ウチは弱小だ。今年になってやっと重賞初制覇ってところだ。正直、他にも有力なチームはたくさんあるだろ?」

 

 とりあえず、ミラクルバードから彼女──オラシオンと名乗ったウマ娘についてある程度のことは聞いた。

 現在中等部の最上級生で、来年からは高等部に上がる予定。

 それに併せてデビューする予定なので、現在はどのチームにも所属していない、と。

 ただしデビュー前の今でさえ、すでに注目されているほどに才能のあるウマ娘らしい。

 で、強豪チームからのお誘いもあるのだそうだが──

 

「聞けば、《リギル》からも誘われているそうじゃないか」

 

 よりにもよってそこか、とオレは言いたかった。

 だが、そんなオレの思いに気がつくはずもなく、オラシオンは神妙な顔で頷いた。

 

「はい。ありがたいことにお誘いを受けています。ルドルフ会長から生徒会にも誘われていまして……」

「オーちゃんは頭がいいから、そっちの方でも期待されているんだよ」

 

 ミラクルバードが我が事のように、車椅子の上で胸を張る。

 彼女にしてたら、知り合いだからチームにはいるのは大歓迎なんだろうが、オレは彼女を入れるのにはためらいがあった。

 

「ウチとその《リギル》とでは、環境が天と地と言っていい。それくらいに違うんだぞ?」

「え? でも施設には差が無いと聞いていますけど……」

 

 戸惑ったのはオラシオンと一緒にきた渡海(とかい)というスタッフ育成科の学生だった。

 彼の言うとおり、施設という点ではそれほど差が出ない。学園の施設はウマ娘たちに解放されているから、それを使ってトレーニングをすることはなんの問題もないし、公平だ。

 かといって、金に任せて高価なトレーニング機材を持ち込むことも、原則は禁止されている。それだとトレーナーの経済力がそのまま環境の差になってしまう。

 金のあるトレーナーが有利になって有力なウマ娘を独占する……なんて事になりかねない。

 だが、有力チームと弱小チームでの環境の差は、実際に存在するのだ。

 それは──

 

「施設の差じゃない。メンバーの差だ」

「「「メンバー?」」」

 

 ピンときていない渡海君とオラシオンと……ダイユウサク、お前はなんでそこで首を傾げているんだ。

 一方、理解しているミラクルバードはといえば、苦笑を浮かべてそれを見ている。

 三人に対して、オレは説明をした。

 

「確かに生徒会で多忙なメンバーも多いが、運が良ければあの“スーパーカー”(マルゼンスキー)と併せができるかもしれない。“皇帝”(ルドルフ)から直々に理論を教えてもらえる可能性だってある。《リギル》に入れば、そういう環境になるんだ」

「あ……」

 

 ダイユウサクが、言われて気がつき思わず声を出していた。

 所属する一流のウマ娘たち。しかも一人だけではない。彼女たちがただ走る姿を身近に見るだけでも、盗めるものは多いはずだ。

 それに加えて、彼女たちにあこがれた強者がまた集うことになるという効果もある。そこでの切磋琢磨に巻き込まれていくだろう。

 だから、チームに入るだけでも狭き門を通らなければならない。それが《リギル》というチームだ。

 

「そんなチームから誘いを受けているというのは大きなチャンスだぞ。ウチに入るというのはそれを逃すことになる」

 

 オレが説明すると横から視線を感じた。見ればダイユウサクがジト目を向けている。

 気持ちはわかるぞ。オレだって言ってて悲しくなってくる。

 しかしもちろん自分のチームを卑下するつもりはない。

 だが、ウチに入ってきた後にそれを後悔されても、後の祭りだ。

 お互いに不幸にならないために、それだけは説明しなければいけない。

 

「それに《リギル》の東条トレーナーはオレの先輩だ。彼女が声をかけているキミを入れるのは横取りのような形にもなってしまう。《リギル》ではなく《アクルックス(うち)》を選ぶのなら、オレの都合で申し訳ないが、あの人にちゃんと説明できるようにその理由をキチンと聞かせてほしい」

 

 真剣な顔で言うと、オラシオンは「わかりました」と居住まいを正し、座り直す。

 どうやらオレの立場まで理解してもらえたようだ。

 さすが、生徒会に入れようと目を付けられるだけはあって、頭の回転もよく、礼儀正しい。

 

(誰かさんに煎じて飲ませるために、爪の垢でももらっておこうか……)

 

「──なに?」

 

 オレが考えていると、ジト目を向けてくるダイユウサク。

 こういうときばかり、妙に鋭いんだよな。

 そんなオレ達を見て笑顔を浮かべるオラシオン。そして彼女は──

 

「理由は──()()です」

「「それ?」」

 

 オレとダイユウサクの声が重なった。

 お互いに、「それってどれ?」というのが如実に出た顔をしていたと思う。

 

「はい。私は、幼い頃から私をよく知っている彼に支えて欲しいと思っています。そしてトゥインクルシリーズを勝ち抜きたい」

 

 う~ん……ここまで真っ直ぐに言われてしまうとなぁ。

 だが、オレもトレーナーの端くれとして、シリーズの厳しさを知っている。

 ダイユウサクと共に今まで歩んできて、その厳しさを知識ではなく体感として知った。

 本当のその厳しさを知らなかったころのオレは、それを甘く見て大舞台に出し、そして一人のウマ娘を挫折させた。

 だからこそ、あえて言わなくてはならない。

 

「なるほど。それで、か。確かにウチなら研修生はいないし、ダイユウサクの他にウマ娘もいない。彼が面倒を見るようになる可能性は、まず間違いなく確定だ。しかし……」

 

 学園に所属するウマ娘たちのことを思う生徒会長シンボリルドルフの代わりに、あの言葉を──

 

「……中央(トゥインクルシリーズ)無礼(なめ)るなよ」

 

 オレはオラシオンに、そして渡海というトレーナー候補にも厳しい目を向けた。

 

「幼なじみと仲良く二人三脚で勝ち抜いていけるとでも思っているのか? 多少の知識はあっても、何の経験もなく指導も受けていないような若輩者とで勝てるほど甘い世界じゃあない」

 

 これにはさすがにオレも言わざるを得なかった。

 オレだってトレーナーとしてここまで来るのに……いいや、ダイユウサク、ひいてはパーシングの担当になる前に、サブトレーナーやトレーナー候補生として様々な経験をしたつもりだ。

 そこで恩師や東条先輩の姿を見て、理論を学び、技術を盗み、試行錯誤も行い、そしてやっとトレーナーとして担当を持てるようになれたのだ。

 それはオレだけじゃない。サブトレーナーでも担当を持っている巽見や、それ以外のトレーナー達も同じこと。

 天才と高い評価を受けている奈瀬トレーナーや、東条先輩とか六平トレーナーといった一流どころでさえ、トレーナー候補だったころの最初の一歩はやはり未熟だったのだ。

 才能あふれるウマ娘と、未熟なトレーナー候補生が力を合わせてレースを制していく──なんてのは、創作物語の中だけの絵空事でしかない。

 

「確かに、一流の素質を持ったウマ娘ってのはいる。本格的なトレーニングを受ける前から天才的に速く走れちまうヤツとかな」

 

 しかし、得てしてそういうウマ娘は早熟で、早々に結果を出せなくなる者も多い。

 その理由は──

 

「そういうウマ娘がトレーナーなんて誰でも同じと思ったり、才能だけで走れているウマ娘を見て自分の実力とその結果だとトレーナーが勘違いして……最終的には伸び悩むことになる。ちゃんとしたトレーナーの指導をしっかりと受けてきたヤツらに勝てなくなるんだ」

 

 お前らも、いずれそうなるぞ。

 オレはそう思いながらオラシオンと渡海を見た。

 自分の希望を蹴られて悲しんでいるか、それとも反発して怒っているか……そう予想していたが──思惑は外れた。

 彼女は、勝ち気に微笑んでいた。やる気あふれる目で、それの視線に真っ向から見返してきている。

 

「はい、理解しています。ですから、《アクルックス》で私は乾井トレーナーの指導を受け、渡海くんもまたトレーナー候補として指導を受け……お互いに切磋琢磨していきたいのです」

 

 なるほど。そこまで甘い考えではいなかったようだ。

 しかし、今の彼女の話だとオラシオン自身だけでなく、そこの渡海君の面倒も、オレが見ることになるんだろう?

 ダイユウサクを抱えて、さらにウマ娘1人を担当しつつ、研修生1人を受け持つのか……ちょっとオレの負担が大きくないか?

 困惑気味になったオレに、オラシオンはさらに詰め寄る。

 

「そして、《アクルックス(ここ)》で学ばせていただければ……乾井さんとダイユウサクさん、お二人のような()()()パートナー関係も、間近で見て学べる。そう思ったんです!」

「なッ──」

 

 声をあげ、そして絶句したのはダイユウサクだった。

 そんな様子を、オレはジッと見て──う~ん、と考え込みながら口を開いた。

 

「オレとダイユウサクの関係、ねぇ。そんなに素敵なものか?」

「はい。ダイユウサクさんはトレーナーさんのことをすごく信頼していらっしゃるようですし」

「そうか? ちょくちょく殴りかかられているように思うんだが……」

「なッ! ちょッ…ぐ、む……」

 

 オレに言われたせいか、ダイユウサクはいつもなら掴みかかってくるところだったが、グッとこらえた。

 ほ~ら、やっぱりこんな関係だぞ?

 もちろんいがみ合っている訳でも、喧嘩しているわけでもないが、傍から見て“素敵な関係”とは到底思えないんだが。

 なにかに耐えながら、ダイユウサクはどうにか口を開く。

 

「オラシオン……とか言ったわね?」

「はい。なんでしょうか、ダイユウサクさん」

「アタシが、この人のこと、すごく信頼しているって言ったけど、それは間違ってるからね!」

 

 そう言ってビシッと指をさす。

 ほら見ろ。ダイユウサクもやっぱり否定するだろ。

 ……ま、信頼しているっていうことを否定されるのは、ちょっと寂しいけどな。

 

「そりゃあ、ちょっとは信頼………………えっと、もう少し? そう、普通くらいには信頼していなくもないけど。特別に、“すごく”って程じゃないわ。うん」

 

 チラッとオレの表情をうかがったダイユウサクは、そんな軌道修正をしてきた。

 なんだろう。気を遣われたようで、微妙に惨めなんだが。

 そんな様子を、オラシオンは、達観したような微笑みを浮かべながら見ている。

 

「実は……この前、お二人とタマモクロスさんが、見知らぬウマ娘の方と言い争っているのを見かけてしまいまして……」

「「──え?」」

 

 オレとダイユウサクはさすがに焦った。

 まさか、あの場を第三者が見ていただなんて……全く気がつかなかった。

 オレ達の緊張に気がついたのか、オラシオンは「他の人はいませんでしたよ」と言ってきた。

 

「あのときの……ダイユウサクさんが乾井トレーナーの為に怒る姿に私は感動しました。」

「はい? あのとき?」

 

 指摘されてダイユウサクは慌てたように否定した。

 

「違うわよ、アレは……あのパーシングってウマ娘(オンナ)が気にくわなかったからよ。自分だけ悲劇の女ぶってる、あの態度が!」

 

 そして思い出してきたのか、必要以上にヒートアップしていく。

 

「それに、トレーナーに悪い噂立てて自分は逃げたくせに、アタシが金杯とってトレーナーが成果だしたからって、それで妬んで……ホンット、気にくわないわ!!」

「それだけじゃなかったじゃないですか。」

 

 怒るダイユウサクに対して、オラシオンはニコニコと温厚な笑みを浮かべて返す。

 

「ダイユウサクさんは、しっかりと乾井さんのために怒っていました。過去の自分を卑下してまで、今の自分を育ててくれた乾井さんの功績を示していました。そして──GⅠを制する、と自分を追い込み、それを達成させてくれると、乾井さんのことを信じていらっしゃいました」

 

 なにやら感極まった様子のオラシオン。

 その横で、ミラクルバードは「あぁ、だからGⅠ制覇なんて漠然とした目標立てたんだ」と納得していた。

 そしてオラシオンは感極まった様子で言った。

 

「それは……愛といっていいでしょう」

「よくないわよ!!」

 

 噛みつくような勢いで、顔を真っ赤にしながら反論するダイユウサク。

 ……必死だなオイ。

 それにミラクルバードは苦笑する。

 

「あ~、オーちゃんは信心深いから、結構なんでも愛に繋げちゃうからね」

 

 まぁ、宗教とか、それをより所にしている人にはありがちだよな。兜に“愛”なんて文字を付ける武将もいたくらいだし。

 案の定、オラシオンは不思議そうな顔で、怒った様子のダイユウサクを見ている。

 

「なぜでしょうか? 達成できなければセクシー女優になるという自己犠牲の精神。それはもはや“愛”以外の何物でも──」

「ちょっと待ったああぁぁぁ!!」

 

 慌ててオラシオンの口を塞ぐダイユウサク。

 だが、ミラクルバードは「セクシー女優?」と首を傾げている。

 一方、渡海君は「えッ?」と絶句していたが、やがてダイユウサクのことを見て──その視線に気がついたダイユウサクに睨まれ、慌てて目をそらしている。

 そんなダイユウサクは、不思議そうな顔をしたミラクルバードに尋ねられた。

 

「どういうこと?」

「え、っとそれは……」

 

 気まずげに口ごもるが、それでミラクルバードが止まるわけがない。

 

「ダイユウ先輩、女優になるの?」

「ええ、まぁ……今年中にGⅠとれなかったら、年末で引退して、そっち方面に進む約束をしたというか……もちろん、GⅠとって阻止するわよ!?」

「そっか。うん、ダイユウ先輩は競走の方が合ってると思うよ!」

 

 笑顔で言うミラクルバード。

 しかしダイユウサクは、そう断言されると思うところがあるのだろうか。「……どういう意味よ、それ」というダイユウサクの呟きが聞こえた気もした。

 だが、次の発言でミラクルバードが爆弾を落とす。

 

「うん! もしもそっちに進んじゃったとしても、ボクはダイユウ先輩がでている作品見るから!」

 

「「「「──はい?」」」」

 

 ミラクルバード以外の全員の言葉が一致し、そして唖然とした視線が彼女に集中する。

 一方、ミラクルバードは周囲の反応に戸惑っていた。

 

「え? 女優、転向するんだよね?」

「……ミラクルバード、一応聞くけど……セクシー女優って何か知ってるか?」

「えっと、セクシーな女優さんだよね? 目指すのも……まだ間に合う…んじゃないかな?」

「コン助ぇッ……!」

 

 体を見られながら言われたダイユウサクが密かに怒っている。

 なるほど。全く理解していなかったってわけか。

 さて……これは問題だぞ。

 

「ねぇ、トレーナー。セクシー女優ってボクが考えていたのと違うの? いったい何なの?」

「え゛?」

 

 多少予想はしていたが、よりにもよってオレに振ってくるか、それを。

 思わず固まるオレ。

 ここは──

 

「……ダイユウサク、説明してやれ」

「は? そんなの──冗談じゃないわ。説明させるだなんてセクハラよ!! アンタがしなさい!」

「大元の原因はお前だろうが! こんな約束をしたんだから!」

「そのさらに大元は、アンタがあんな女の色香に迷って、トラブル起こしていたからでしょう? ちゃんと責任とりなさいよね!」

「色香に迷ってません~! ちゃんとアイツの素質を見て、走ると思ったからトレーナーになったんです~!」

「ええ、ええ、だから弥生賞でデビューさせて大惨敗。その結果、逃げられたあげく、あることないこと言いふらされたんでしたっけねぇ!?」

「く……」

「あ~ら、図星を指されてグウの音も出なくなっちゃった?」

「お前なぁ、人の古傷をよくも……そもそもオレがミラクルバードに説明する方がよっぽどセクハラだろうが!」

 

 ギャーギャーと言い争い始めるオレとダイユウサクを見て、最初は驚いていたオラシオンだったが、やがてクスクスと笑い始める。

 

「やっぱり、お互いが信頼しあっている素敵な関係だと思いますよ」

「そ、そうかな……」

 

 笑顔のオラシオンに対し、渡海は困惑気味の苦笑を浮かべている。

 そんな彼にオラシオンは──

 

「ええ、喧嘩するほど仲がいい、と言うではありませんか」

 

「「仲良くない!!」」

 

 信頼関係があるからこそ、なんでも遠慮なく言えるんですから、と笑みを浮かべるオラシオンへ、オレとダイユウサクの苦情が重なった。

 

 

 結果的に──二人をオレは《アクルックス》に迎え入れた。

 入りたいという気持ちを無碍にするわけにもいかないし、なんでもオラシオンの家の方がゴタゴタし始めていて、生徒会に所属する余裕まで無くなってしまったらしい。

 それでトゥインクル・シリーズに集中したいので、それができるチームに所属したいという理由もあるとのことだった。

 

 渡海君はトレーナー研修生として受け入れることになり、その手続きをとる。

 もっともオラシオンのデビューは来年度……つまりは一年以上先のことになるが。

 

 横やりを入れた形になっってしまった東条先輩にもお詫びと挨拶に行ったが……「(トンビ)に油揚げをさらわれたわ」と皮肉は言われたけど、まぁ、仕方ないだろう。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 オレとダイユウサクの言い争いが一段落つき──

 

「ところでダイユウ先輩……」

「なによ、コン助」

「さっきもだったけど、今日はトレーナーに掴みかかろうとしたのを何度か堪えてるけど、なんかあったの?」

「え!? それは……」

 

 不思議そうな顔をしたミラクルバードに尋ねられて、ダイユウサクは露骨に狼狽していた。

 困り果てた様子で視線をそらしてるし、一体どうしたんだ?

 

「爪、痛むのか?」

「……ッ! 違うわよ!」

 

 オレの確認に、ダイユウサクは強く否定し──オレを睨むように見た。

 だが、それも一瞬のこと。

 スッと目をそらし──

 

「……だって、タマモ先輩に聞いたから。あのパーシング(オンナ)の言うことを鵜呑みにしたウマ娘達にボコボコにされたって。だから……」

「それで、急にオレに殴りかかってこなくなったのか」

 

 それを聞いて、オレは思わず笑った。

 

「な……人がせっかく気を使ったのに、笑うことないでしょ!!」

「いや、ありがとうな。でも気にしないで大丈夫だぞ」

「なんでよ……だって、それを助けられたから、たづなさんのこと……

「あの件で、知ったんだが……ウマ娘が本気で怒っているときや嫌がって反射的に暴力をふるう場合、真っ先に足が出るんだよ」

 

「え……?」

 

 初耳な上に、まったく意識していなかったのか、驚いた様子のダイユウサク。

 科学的な裏付けがあるわけじゃあないが、この持論は間違っていないと思う。

 まぁ、本能的な行動みたいだから無意識なんだろうけど。

 

「お前、だいたいの場合はオレに掴みかかってくる……手が先に出てるだろ? だから本気で攻撃してきているわけじゃないってわかっていたんだよ。蹴りが出た場合には、本気で嫌がってると思ったから、それ以上は踏み込まないように気を付けたし」

「うぅ……」

 

 見透かされていたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしながら俯き加減で睨め上げる。

 そして──

 

「そ、そんなことなかったわよ!! アタシはいつも本気で怒って──」

 

 そう言いながらオレに掴みかかり──それに気が付いて、慌てて蹴りを放ってくる。

 いや、その変化はズルいだろ!!

 放たれた彼女の前蹴りをまともに喰らい──オレはいい勢いで、壁にぶつかった。

 あぶねぇ。プレハブ小屋のようなチーム部屋の壁にキレイな人型の穴が開くところだった。

 

 

「……やっぱり、“愛”ですね」

 

 

「「どこが、よ!」だ!」

 

 ニコニコ顔で言うオラシオンに向けた、ダイユウサクとオレの抗議の声が重なった。




◆解説◆
【YOUは何しに我らがチーム(アクルックス)へ?】
・ご存じ、テレ東のテレビ番組『YOUは何しに日本へ?』から。
・ジャパンカップが話の軸になる際に使いたかったんですが、そもそもダイユウサクはジャパンカップ出てないし。
・今後も、海外馬を調べたりとか大変そうなので、舞台にしなさそうということでここで使ってしまいました。

オラシオン
・改めて解説します。モデルは実在の競走馬ではなく、宮本輝の小説『優駿』に登場したストーリーのメインになる競走馬であり、非実在系です。小説はこの馬の誕生から始まります。
・原作では主役馬だけあって非常に理想的な戦績を重ねたため、本作のウマ娘では優等生キャラという設定になりました。
・なお「オラシオン」は、スペイン語で「祈り」を意味する単語から。今では馬の名前よりも、楽曲名として有名なようですね。劇場版ポケモンのとか、某アニメのEDテーマとか。
・今までの登場シーン、ことごとくで「祈って」いたのはそのためです。これがヒントでした。
・原作のオラシオンは毛色が真っ黒で綺麗な星形の白斑があるという特徴で、それで毛色から幼名を「クロ」と名付けられていました。本作のウマ娘オラシオンも「美しい黒髪」「前髪に星形の白斑」があるという説明をしてきましたが、これもヒントでした。
・ただ……『優駿』のオラシオンを御存じの方の中には、「え? オラシオンって黒かったっけ?」「茶色じゃなかった? 」と思われる方も多いと思います。
・というのも原作の小説は、フジテレビ開局30周年企画として『優駿 ORACIÓN(オラシオン)』という題名で映画化されています。
・ただ、単行本2冊分の長さの小説を約2時間にまとめるなんて土台無理な話で……案の定、かなりの改変がありました。
・そのうちの一つで、映画だとオラシオンは()()になっています。
・フジテレビが記念に制作したのと日本中央競馬会が協力しただけあってかなり宣伝をしたので映画のイメージが強い人も多く、逆に小説だと画像がありません。そのためオラシオンが黒いというイメージはあまりないと思います。
・実はこれ、日本中央競馬会が協力しているおかげで、実際の1987年のダービーの実際の映像を映画のクライマックスに使うことに決めたので、優勝馬をオラシオンのモデルにする必要があったから、という理由があるのです。
・……はずだったんですけどねぇ。
・実際には──毎週競馬中継をやっていて競馬の怖さも知っているはずのフジテレビが、何をトチ狂ったのか一番人気のマティリアルが勝つと信じ込んでいて、マティリアル()()撮影してませんでした。
・ところが……マティリアルは圧倒的一番人気でしたが、陣営は調子が悪いのを把握していて調教師は単枠指定の解除を嘆願し、騎乗した岡部騎手は「乗りたくなかった」というような有り様。
・ここまで言えば、もうお分かりですね。勝ったのは別の馬──メリーナイスでした。
・結果、その映像は使えないわけですが優勝馬がモデルになると決まっていたので、1着だった栗毛のメリーナイスがモデルに。
・ですので、黒髪(青鹿毛)をアピールしていたのは、映画しか知らない人にはオラシオンと気付かれないためのミスリード……という意味でもありました。
・ちなみに──実際のダービーの映像が使えなくなったばかりに、レースのシーンを撮影することになったわけですが……
・引退馬を引っ張り出してきたりして撮影したものの、そこはそれ言葉の通じない生き物相手なので撮影がうまくいかずに何度も撮り直し、挙句の果てに骨折する馬まで出るような惨事に。
・ちゃんとダービーで他の馬も撮っていたら……本当に、フジテレビは……
・なお、オラシオン(栗毛)の仔馬時代を演じたサラブレッドは「マヤノオラシオン」という名前で競走馬デビューしました。当然、栗毛です。
・映画の興行収入は約30億円。同じくらいの興行収入は客層が近い感じだと『おくりびと』とか、一方アニメだと『ドラゴンボール 神と神』なんかがそうですね。
・とはいえ1988年当時の話ですし、ヒットしたと言えるでしょう。
・その影響で上記のマヤノオラシオン以外にも架空馬なので普通にオラシオンという名の競走馬もいて、その他にオラシオンミーア、マイネルオラシオン、アグネスオラシオン、テイエムオラシオン、グランオラシオン等、「冠名か!?」と思うほど使われる馬名になりました。ちなみに挙げたのは全部、馬主さんが違っています。
・……大成したのがいないのは悲しいけど。
・名前といえば、SDガンダム『武者七人衆編』に登場する武者精太頑駄無(ムシャゼータガンダム)の愛馬、緒羅四恩(オラシオン)もこれが元ネタですね。懐かしい。

ミラクルバード
・ミラクルバードもまた、実は小説『優駿』に登場した競走馬がモデルでした。
・オラシオンの主戦騎手を務めた奈良五郎が、その前に騎手を担当していた競走馬。
・非常に賢い馬で、それまでパッとしなかった奈良騎手は、ミラクルバードに乗ることで学び、勝ち星を稼げる騎手へと育ちました。本作でスタッフ育成コースに入ったのは、そのイメージからです。
・仔馬のころに他の馬に顔を蹴られ、生死をさまようほどの怪我を負う。命は助かったものの顔がゆがんでしまい、見た目が悪くて良い血統なのに売れ残ることに。
・そこへ「馬主になりたい」と願っていた神戸の名店焼き鳥屋の店主である和田が安めの値段で買い、馬主になれた──というエピソードから「子供のころに顔に傷を負った」「実家は神戸の焼き鳥屋の名店」という設定になっています。
・また、小説では黄色い覆面(メンコ)をしており、それが「エルコンドルパサーのような覆面をしている(黄色)」「勝負服は黄色がメインの色合い」の元ネタとなっています。
・ウマ娘の勝負服の色は、普通なら騎手の着る勝負服の色合いを採用することが多いようですけど、オラシオンも含めて勝負服の描写が無いので。
・さて……映画で『優駿』を知っている方、「ミラクルバードなんて馬、出てきたっけ?」とお思いでしょう。
・ミラクルバードは小説でしか出てきません。尺の都合だったのか、カットされました。
・おかげで皐月賞の最中に、あがってきた他の馬と大激突して即死し、奈良騎手を追い落として乗っていた騎手も死んでしまった、という「ミラクルバード事件」も映画では描かれていません。
・そのあまりに可哀想な最期と映画に出られなかったという不遇から、本作でウマ娘化しました。
・それに加え、「出しても映画派の人からは元ネタがバレない」ので、早くから登場できたのも理由です。

そういう環境
・一流チームとして《リギル》登場させたんですけど……アニメでのメンバーは
  シンボリルドルフ
  エアグルーヴ
  ナリタブライアン
  ヒシアマゾン
  マルゼンスキー
  フジキセキ
  タイキシャトル
  テイエムオペラオー
  グラスワンダー
  エルコンドルパサー
の10人で、この時代(1991年相当)だと、まだいない競走馬ばかり。いるのはルドルフとマルゼンスキーくらいしか。
・まぁ、二人以外にも優秀なウマ娘が所属していたんだ、くらいに考えててください。
・え? 栗東寮長のフジキセキが出てた? 気のせい気のせい。

幼い頃から私をよく知っている彼
・もちろん、この場に来ているスタッフ育成コース所属の渡海くんのことですが……彼の名前は『優駿』で、オラシオンの生産者「トカイファーム」と、その跡取り息子の渡海 博正から。
・性格等のモデルは違いますけど。
・……彼の性格は、幼馴染系ヒロインを持つ基本的に温厚な無個性ギャルゲー主人公というイメージですね。
・“ヒト”の“男性”なのにトレセン学園の学生!? と反発されそうですが、スタッフ育成のための学科があることを考えると、むしろそこをウマ娘専用にしておく方が不自然に思えたので。
・またシンデレラグレイの北原トレーナーが試験勉強に苦戦したりしているので、本作の独自解釈で──「トレーナーや装蹄師とかURA職員の勉強とかできるけど、かなりの狭き門で入学は難関。学園にいる2000人弱の学生の中に1割にも満たない人数しかいないから、まず見かけない」という独自設定になってます。

信心深い
・本作のウマ娘・オラシオンはその名前である「祈り」から信心深い性格付けがなされて、三女神の敬虔な信徒になっています。
・三女神=サラブレッド三大始祖という設定にしている本作では、その血統にあたるゴドルフィンを信奉しています。

兜に“愛”なんて文字を付ける武将
・上杉家の武将、直江兼続のこと。
・ちなみに「愛」は“LOVE”の意味じゃなくて、“愛染明王”かららしいです。
・書いている人は大の最上義光のファンで最上シンパなので、慶長出羽合戦に於いて最上家を攻めたのはもちろん、関東・奥州への惣無事令の後に庄内地方を奪ったのに何のお咎めもなく支配した上杉家が好きではなく、重鎮の直江兼続も好きではありません。
・なんで勝った最上家が後々に改易になって大名じゃなくなるのに、負けたはずの上杉家が幕末まで生き残るんだよ~!!


※次回の更新は11月10日の予定です。  

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