見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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『よくやってくれましたね、マックイーン』

 先日、メジロ家の本家で御婆様にかけられた言葉を思い出し、わたくしは──昂揚よりも、どこかアンニュイな気分になり、目の前に置かれたティーカップに手を伸ばしました。

(確かに4月の末に開催された春の天皇賞で、わたくしが“盾”を手にできたのは本当によかったと思っていますが……)

 それを誉めてくださったのは、御婆様でした。
 優勝したことも、それを誉められたことも、とても名誉のあることでうれしく思うのです。
 が……素直に喜べない理由もありました。
 口を付け、豊かな香りが鼻に抜け──わたくしは「ほっ」と軽く息を吐き出します。
 それで気分は少しだけ落ち着きました。

「どうしたの、マックイーン。元気なさそうだよ」
「ライアン……」

 わたくしと同い歳で、同じメジロ家の令嬢であるメジロライアンが、わたくしの姿を見かけたようで、笑みを浮かべてやってきました。
 笑顔ながらも、わたくしのことを心配してくださっているのがよくわかり──わたくしも笑顔で返します。

「そんなことはありませんわ。元気一杯ですよ?」
「無理しないでよ。見れば分かるんだから」

 今度は笑みを苦笑気味に変えるライアン。彼女に見透かされ──わたくしの笑みも苦笑へと変わってしまいます。

「天皇賞を勝ったっていうのに、どうしたの?」
「ええ……」

 のぞき込むようにわたくしを見てくるライアンが、本気で心配してくださっているのはわかります。
 しかし、今のわたくしの心のモヤモヤの全てを彼女に言ってしまうのは、さすがにためらう事情がありました。
 なぜなら──

「勝った方にそんな顔されたら、あたしだってどんな反応すればいいか。困っちゃうよ」

 苦笑気味に明るく笑うライアン。
 彼女もまた、春の天皇賞に出走して、わたくしと競ったのです。
 わたくしは昨年末、御婆様の指示で、この天皇賞に集中するために、と有記念には出走しませんでした。
 「ライアンに有記念をとらせる」というのも理由の一つ。

(しかし結果は──“ラストラン”だったオグリキャップさんの勝利)

 ただ、わたくしはそれに関してどうこういうつもりはありません。
 ライアンには申し訳ないけど、あの感動的な結末にはわたくしも心が躍ってしまいましたから。
 それに、ライアンが天皇賞に出走するのも、理解しております。
 有記念こそ逃しましたが、彼女は天皇賞に出走するだけの実績を重ねていたのですから、わたくしが文句を言う筋合いもありませんわ。
 問題は、昨年末にわたくしがどうしても有記念に出走したいと申し上げたときの、御婆様の言葉なのです。

『貴方は、メジロ家の者を3人も同じレースに出ろと言うのですか? まるで『数を撃てば当たる』と言わんばかりの恥も外聞も捨てたようなその所業が、どれほど浅ましく、醜いものか……想像さえできないというのですか?』

 そう仰っていたはずなのに──

(天皇賞には、メジロ家から三人出走いたしました)

 わたくしと、ライアンと……そして、メジロパーマーさん。
 確かに、その言葉は有記念でのことで、天皇賞のことではありませんでしたが……
 やはり、わたくしも、あの有記念を走りたかったのです。

「ふ~ん。じゃあ、パーマーが出たこと?」
「なっ!? なぜそれを……」

 わたくしが考えていたことを的確に指摘され、狼狽してしまいました。
 そんなわたくしの様子をさも楽しそうに笑ってから、ライアンは説明しました。

「だって、天皇賞の出走メンバー見たときに、パーマーの名前を見て驚いていたじゃん。それで気になって、家の人に聞いたんだ。そうしたら、有記念の時に『メジロ家から三人も出せない』って言われてたって──」
「あら、それでは私の責任でもありますね……」

 不意にライアンとは違う声が、横からかけられたました。
 驚いてそちらを見ると──

「アルダンさん!?」

 わたくし同様に声の方を見たライアンが驚いて声をあげていました。
 彼女の言うとおり、いつの間にかやってきたのはメジロアルダン──わたくしやライアンよりも二つ年上の、メジロ家の令嬢でした。
 そして、ライアンとともに昨年末の有記念に出走したウマ娘でもあります。
 そんな彼女の登場に驚きながら──思わず彼女の足の様子をうかがってしまいました。
 今年の最初のレースの直後に負傷が判明して、現在は療養中でしたから。

「おめでとうございます、マックイーンさん。天皇賞、お見事でした」
「ありがとうございます……」

 わたくしがお礼を言うと、彼女は微笑みを浮かべた。

「狙うはタマモクロスさんと同じ春秋連覇……といったところでしょうか?」
「はい。当然、狙いますわ」

 力を込めてうなずくと──アルダンさんの笑みが悪戯っぽいものへと変化いたします。

「なるほど……でも、そうは問屋がおろしませんよ」
「え……?」
「秋になったら私も復帰して……昨年のリベンジ、狙いますから。そのときは挑戦状を送らせてもらいますね」

 一瞬、驚いたわたくしですが、その意味に気がついて再び力を込めてうなずきましたわ。

「──ッ! は、はい!! その際には全力で挑ませていただきますわ」
「フフ……年上に経緯を払って、少しくらい手加減してくださってもいいんですよ」

 そう言ってクスクスと笑うメジロアルダンの姿に──気丈なその姿に、わたくしは感謝と謝罪の言葉を心の中で述べていました。




第64R 大総括! それぞれの春レース

 

 ──時は少しばかり過ぎ、5月も終わりごろ。

 

 

 ここは、今年のダービーが行われた東京レース場。

 今、まさにゴールして栄冠を勝ち取ったばかりのウマ娘は、観衆が溢れんばかりに集まった観客席へと向いて仁王立ちになると、大きく片手を突き上げた。

 

 その手の先には──人差し指と中指の二本の指が立っている。

 

 勝利を示すVサインか?

 いや、そうではない。

 皐月賞を制した彼女が、それに続いてダービーというクラシックの二冠目を獲得してやったという意味だ。

 そして残る菊花賞を狙うという、何よりも強い意思表示だった。

 

 ──過去に、同じことをしたウマ娘がいた。

 

 無敗で三冠制覇したシンボリルドルフが、皐月賞、ダービー、菊花賞と勝っていく中で、突き上げた指を一つ、二つ、三つと増やしていったのだ。

 彼女は、同じ事をやってやろうというのだ。

 爛漫に、不敵な笑みを浮かべるウマ娘。

 その名は──

 

 

 トウカイテイオー

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 テレビでダービーの中継を見ていたオレの横で、やはり同じように見ていたミラクルバードが、大きく息を吐いた。

 

「噂通りというか、期待通りというか……やっぱりスゴいね、彼女」

 

 歓声に応えて二本指を掲げたトウカイテイオーの姿を見て、もはや苦笑しかできないといった様子だった。

 

「何をおっしゃるのやら。お前だってクラシックレースの制覇を期待されていただろ。ミラクルバードくん」

 

 秋のメイクデビュー戦を桁違いの脚で勝ち、次の特別戦も好位置からあっさり抜け出し、明けた正月のステークスも勝利。その次も勝って四連勝。

 足の軽い炎症のせいでスプリングステークスを回避して、そして皐月賞へ。

 このミラクルバードというウマ娘も、無敗のままクラシックレースへ挑んだ内の1人だったのだ。

 しかし、彼女の場合は──

 

「あはは……ボクは皐月賞でコケちゃったからね」

 

 文字通り、コケた。

 それもとんでもなく思いっきり。他のウマ娘を巻き込み、自身は命の危険があったほど。

 どうにか一命は取り留めたものの、その後遺症で未だに車椅子生活を余儀なくされている。

 

「これで二冠か……ホントに強いよね。GⅠ狙うってことは、ダイユウ先輩ってこんなのと戦って勝たないといけないんだよね?」

「まぁ、これクラスのウマ娘と戦うことになるかもしれないが……おそらくテイオーと競うことにはならないだろう」

 

 なぜならテイオーはクラシックレースを走ることになるからだ。

 目標は間違いなく菊花賞。

 

「それはわかるけど。でも、それをとった後だったら、分からないんじゃない?」

「菊花賞の後? そんなの有くらいだぞ」

 

 思わず苦笑するオレ。

 現時点のトウカイテイオーの実績や人気なら、十分に投票が集まって出走する確率は高い。

 しかしダイユウサクはと言えば……まず無理だ。

 確かに金杯は制し、大阪杯も2位だったがその後の春レースを棒に振っている。記録にも記憶にも残していない。

 ファンからの投票を得るには、秋によほど頑張らないといけないだろう。

 そして──オレは今日のレースの最後に気になったことが一つあった。

 

「……ミラクルバード。今年の皐月賞の動画、あるよな?」

「え? テイオーが勝ったヤツ?」

 

 彼女の確認にオレが頷くと、オレのトレーナー室にあるパソコンを操作して流してくれた。

 その走りと、今日の走り、それを見比べてオレは、思った。

 

(やっぱり今日のテイオーの走り、皐月賞と比べてほんの僅かだが……違い、いや違和感を感じる。ひょっとしたら……)

 

 もしもオレの考えが、本当にそうなのだとしたら──新たな三冠ウマ娘の誕生に黄信号が灯ることになる。

 最悪の事態だったとしたら──有記念さえ危ういかもしれない。

 

 そんなオレの危惧したとおり……この年、無敗の三冠ウマ娘は誕生しなかった。

 

 

 ──トウカイテイオーが骨折のために長期休養を発表したのは、ダービーを終えてまもなくのことだった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 6月2週目。その土曜日のこと──

 

 私の名前は──トウショウバルカン!!

 今日の調子も絶好調!

 本日のレース、エプソムカップを先頭をブッちぎって走る私には誰も追いつけない!!

 ゴールに向かってスパートをかける際、脳裏をよぎったのは二つ前のレース、栄光を掴んだサンシャインステークスのこと。

 そのイメージで──駆け抜ける!!

 

「フォロー・ザ・サアアァァァァン!!」

 

 グンと加速する手応え……いや足応え。

 後続を突き放したと確信した私は、ゴールに向かって一直線。

 その栄光を掴んだと確信し──

 

「キャッチ・ザ・サアァ──」

 

 ──そのとき、シュンと風を切る音が聞こえた。

 

「……え?」

 

 唖然とする私の横を──一人のウマ娘が駆け抜けていった。

 なに、今の……

 思わず気が抜けて速度が衰え、さらに一人に抜かれてしまう。

 

「あ……」

 

 結果──私は3着に。

 ゴールした私は呆然と、1着でゴールしたそのウマ娘を見つめる。

 呼吸を整え、顔を上げた彼女。

 その切れ長の目が、こちらを見て──

 

「──っ!!」

 

 スッとこちらへ向けられた視線を受けて、私の背筋には冷たいものが走った。

 そのまま体を抜けていくその感覚は、走り終わって火照った私の体を一気に冷まし、思わず震えが来るほどだった。

 私の体は悪い汗で、冷えきってしまう。

 

「い、今のは……」

 

 即座に視線を逸らし、まるで体を温めるように自分の肩を抱きすくめ、思わず呟きが漏れていた。

 射抜くような敵意だった。

 しかも、命の危機さえ感じてしまうほどの──

 

「あの……」

「ひィッ!!」

 

 突然声をかけられ、私は大げさにビクッと体を仰け反らせる。

 同時に尻尾がピンと立った。

 恐る恐る振り向くと──いつの間にか1位のウマ娘がすぐ側までやって来て、声をかけたのだと分かった。

 ガクガクと体が震えそうになる私に、彼女は──

 

「大丈夫ですか? だいぶ顔色が悪いようですが……」

「え?」

 

 切れ長で鋭さを感じさせる目は冷たくさえ感じてしまうが、それとは裏腹にかけられた声は静かなものの、確かな優しさを感じさせるものだった。

 感情豊かとは言い難いけど、どうやら私のことを心配してくれているみたいだ。

 

「あ……だ、大丈夫です」

「それならいいのですが……体調不良なのかと心配したので」

 

 私の答えに微笑を浮かべると、彼女は「それでは……」と言うとスッと浅く頭を下げて振り向き、そのまま立ち去ろうとする。

 

「あ、あの……」

 

 私が声をかけると、彼女はピタリと足を止めた。

 顔を少しだけこちらに向けて、例の切れ長の目が私を射抜くように向けられる。

 

「……なにか?」

 

 さっきとは違って無感情な目だった。

 それでも私は慌てて、呼び止めた用件を済ませる。

 

「い、いえ……1着、おめでとうございます」

「…………ありがとうございます」

 

 私のお祝いの言葉に、無表情だった彼女はわずかに口を微笑ませて応え──そして、颯爽と去っていく。

 途中、トレーナーなのか関係者なのか、若い黒服を着た男の人が近づいて声をかけてる。

 

「お嬢、レース直後で気が立っていたのはわかりますが、他人を睨むようなマネはお控えに……」

「……わかっています。感情的になり過ぎたと反省もしています。ですが“お嬢”はやめなさいと以前から……」

 

 遠くてよく聞こえないけど、言葉を交わしながら歩いていって──角を曲がってその姿が消えた。

 去っていくその姿を見送っていた私は、見えなくなって盛大に息をついた。

 

「なんて、威圧感……」

 

 彼女に見られたせいで、引いたはずのものとはまったく別種の汗で体は濡れ、そして冷えていた。

 このレースを制した、まるで刃物のようなその雰囲気を纏っていたウマ娘……

 

 彼女の名前は──プレクラスニー

 

 レース直後の眼はまるで、私たちとは別世界に生きる人のよう。

 もしも私が普段から鍛えていなければ──

 

「へくしッ!」

 

 変な汗を呆然としていた私は──その後、体を冷やして夏風邪をひく羽目になった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そして、エプソムカップの翌日の日曜日──

 

 

 例年なら阪神レース場で行われるはずの春のグランプリ、宝塚記念。

 阪神が改装中のため、今年は京都で開催のそのレース──今はその真っ最中だ。

 そして今回、あたし──メジロライアンは前の方で競走(レース)をしていた。

 なぜなら──

 

「く……」

 

 後ろをちらっと見れば、圧倒的な存在感を放つ、ウマ娘がすぐ後ろを走ってる。

 メジロマックイーン。

 あたしと同じメジロ家のウマ娘で、あたしと違って、もっと見るからにお嬢様って感じの()

 

(それにしても……最後方はバンブーさんか)

 

 バンブーメモリー。

 あたしやマックイーンよりも二つ年上の先輩。

 普段は学園で、竹刀を持って敷地内を歩き回っていて、風紀委員長の仕事もこなしている尊敬すべき先輩だ。

 

(あたし達よりも二つ年上ってことは……)

 

 あるウマ娘が、脳裏をよぎった。

 昨年末の有記念であたしが破れた相手のこと。

 そのウマ娘は“怪物”──オグリキャップ。

 

(バンブーメモリーさんは、彼女と同世代。その実力は折り紙付きだけど……)

 

 オグリキャップが引退したように、この世代のウマ娘達(先輩方)は限界を迎えつつある。

 今日も最後尾を走っているのがバンブーメモリーさんだと知ってしまったので、それをより強く感じていた。

 

(可哀想だけど……世代交代の波ってヤツだよね)

 

 800を過ぎて、あたしは仕掛けた。

 ペースをグッと上げて、前にいるホワイトストーン、そして先頭にいたウマ娘よりも前に出る。

 

(マックイーンと末脚勝負するよりも……)

 

 いつもは、マックイーンがあたしよりも前にいて、あたしは後ろから仕掛けてた。

 でも……それがいつも届かなかった。

 菊花賞も、それに春の天皇賞も。

 ならば、逆に──あたしが前にいれば、勝負は変わってくるはず。

 普段よりも前に位置して、そして先に仕掛ける。

 

春の天皇賞(あのとき)のあたしのレース展開にミスはなかった、と思う……)

 

 中段からやや後方って感じの位置から差したけど、マックイーンには届かなかった。

 だからあたしはマックイーンに勝つために、差しではなく先行に作戦を変えたんだ。

 こんな前の方でレースをするなんて、久しぶり。だけど──

 

「このまま……勝つんだ!!」

 

 あたしは必死で手足を振る。

 勝ちたい。

 あたしの近くにいた、同じ家に属する親しい友人。

 

(でも、それだからこそ、負けたくない。負けっぱなしでいたくない!)

 

 マックイーンが迫るのは──大外から。おそらく仕掛けが遅くなって、前をふさがれて大外を回るしかなかったんだと思う。

 今のマックイーンはそれくらいにマークされてる。

 それでも猛然と追い上げてくる、漆黒のドレスを身まとった葦毛のウマ娘。

 

「勝つんだ! 今日こそは! 絶対に!!」

 

 マックイーンに勝つ。

 勝って、菊花賞と天皇賞(春)のリベンジだ!

 それにマックイーンの明るい髪の色が──有記念でどうしてもその背を抜けなかったウマ娘を思い出させる。

 追いかけてくる、マックイーン。

 迫るゴール板。

 そして──

 

『──メジロライアン、ゴールイン!!』

 

 あたしが1着で駆け抜けると、実況が勝利者として名前を呼ぶ。

 そう、あたしは……ついにマックイーンに勝ったんだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「やりますわね、ライアン」

 

 宝塚記念のゴールを駆け抜け、結果は2着。

 わたくし──メジロマックイーンの、最後の追い上げは届きませんでした。

 レース中、彼女がわたくしよりも前に位置したのは正直、驚きましたが──

 

「追いつける、そう思ったのですけど……」

 

 普段と違う作戦をとれば感覚は狂うはず。

 まして彼女が前方で待機するなんて──

 

(メイクデビュー戦から数戦、未勝利のころ以来なのでは?)

 

 前にいて勝てなかったからこそ、中段以降に待機する作戦に切り替え、そして結果を出していった。

 そんな実績のある戦い方をこの大一番で捨てて、結果が出せずに捨てたはずの戦い方を選ぶなんて──なんて大胆な。

 

「さすが、わたくしの親友。いえ……ライバルですわ」

 

 ニカッと気持ちのいい笑みを浮かべて大歓声に応えている彼女。

 同じメジロ家の者という親近感はありますし、同期として一緒に歩んできたのですから戦友という感覚さえありますわ。

 でもやはり……負けるのは、悔しい。

 

「勝ち逃げは許しませんわよ、ライアン。秋のレースで、また競走(はし)りましょう……」

 

 次はどんな走りでわたくしと戦ってくださるのか。

 そしてそれにどう打ち勝つか、楽しみで仕方がありませんわ。

 それがまた、今日のような大舞台になるのは間違いなありません。

 秋の天皇賞か、ジャパンカップか……はたまたライアンが春秋グランプリをかけたレースになるのか。

 それを思い描きつつ、わたくしは勝者へと歩み寄り──

 

「おめでとうございます、ライアン」

 

 と、彼女の初めてのGⅠ制覇を称えました。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 こうして、宝塚記念はメジロライアンが制して終わり──ウマ娘競走(レース)の春のシーズンは幕を閉じた。

 

 ──栄冠を手にした者。

 

 ──また惜しくも逃した者。

 

 ──怪我に泣き、再起を誓う者。

 

 ──未だ芽が出ずとも雌伏の時を過ごし、機会を待つ者。

 

 様々な思惑が様々に蠢き、そして夏の暑さの中で渦を巻き、潮流となっていく。

 そんな中で、ウマ娘達は──秋に向けてその眼差しを向ける。

 

 時は確実に近づいていく。

 あの日本中を驚愕させることになる年末へと──

 




◆解説◆
【それぞれの春レース】
・元ネタは無いんですが、「大○○」が浮かばなくて「もう()()ジェストでいいんじゃないかな」とか思い始めてしまう。

春の天皇賞
・メジロマックイーンが初めて制した、1991年の春の天皇賞がモデル。
・天皇賞については過去の解説参照──……あれ?
・解説してませんね。てっきりダイユウサクが秋の天皇賞に出た際に解説しているのかと思ったんですけど。
・天皇賞のルーツと言われているのが、1905年(明治38年)に横浜競馬場で開催されたエンペラーズカップ。
・明治時代の後期、日英の関係強化に奔走したイギリス公使のクロード・マクドナルドが公使から全権大使へ昇任した際、個人的に繋がりがあった明治天皇から「菊花御紋付銀製花盛器」を贈られました。
・当時、横浜競馬場の会頭も兼任していたマクドナルドはそれを記念して、明治天皇から贈られた盃を賞品として『エンペラーズカップ』が、5月6日に創設されました。
・その後、毎年この競走に際して明治天皇から賞品が下賜されるようになり、日本語で『帝室御賞典』等と訳されました。
・ところがこの、天皇陛下(明治天皇)から賞品を下賜されたレースが各地の競馬場で大流行。横浜・東京に続いて阪神(旧鳴尾)も年2回、馬産地の福島・札幌・函館・小倉でも開催。
・レース名も『帝室御賞典』を使用するものだから年10回も、同じ名前のレースが距離を変え、場所を変えて開催されるという、現代の感覚だと“天皇賞のバーゲンセール”状態。
・各地の競馬倶楽部が1936年に日本競馬会に統合されて一本化され、その際に『帝室御賞典』も春の阪神と、秋の東京の年2回施行に改められました。
・その初の競走は1938年の秋開催の帝室御賞典で、これをJRAが天皇賞の第1回としています。
・なおレースの内容は、1911年から始まった「優勝内国産馬連合競走」が採用され、3200メートルの距離や条件等が引き継がれています。
・その後……太平洋戦争によって馬券が廃止されたため、「能力検定競走」として帝室御賞典も続いていました(1944年に春開催が阪神から京都に変更)が、1944年の秋から戦況悪化のために中止。
・終戦後、1946年から開始された競馬。1947年春から帝室御賞典の開催を決定。皇室に賞品の下賜をお願いしたのですが…GHQが皇室への処分がまだ決まっていなかったために却下。
・「は? なにそれ? 聞いてないよ? だってもう、スケジュール空けちゃってるし、どうすんのこれ?」
・と、戸惑ったかどうかはわかりませんが、日本競馬会は急遽、競走名を「平和賞」に変更して開催。
・「やれやれ春も苦労したけど、いよいよ秋の第2回平和賞を開催──」「大変です! 賞品下賜のオッケーが出ました!」「……………はい?」
・「お前ふざけんなよ! 開催は明日だぞ! 今さら変えられるかっての!!」
・と、怒鳴ったかどうかはわかりませんが、ともあれ第2回平和賞は急遽(実際に前日だったそうな)、名称を「第1回天皇賞」に改めて開催。
・その後、1937年の秋開催の帝室御賞典から数えることになり、同レースは「第16回天皇賞」ということになりました。
・なお、春の開催が戦中に京都へ変更になっていましたが、それから阪神へ戻ることなく、基本的には京都開催になっています。(京都が使えないときは阪神で開催されることもありますが)
・その後、グレード制導入の際(1984年)に秋の天皇賞が2000メートルへと変更。
・1971年に参加できなくなった外国産馬が2000年にできる(ただし2頭まで)ようになったりしつつ、現在に至ります。
・なお下賜される“盾”ですけど、イギリスで1665年に開催されたタウンプレートという競争で、レースの創設者である国王チャールズ2世が優勝楯を提供した、というのがモデル。
・この盾……実は1941年からなんです。そう、最初の帝室御賞典の賞品が、明治天皇から下賜された華やかな銀杯だったのが続いていて杯だったんです。
・で、1941年と言えば戦争中。当時のABCD包囲網の経済制裁を受けて物資が不足することに。
・「金属をたくさん使うなんてとんでもない」と下賜されるものが賞杯から、優勝盾へと変更に変更されました。
・なお、この優勝盾、馬主が受け取る際には白手袋を着用するのが慣例。
・う~ん……いつかの有馬記念みたいに、もしも全然想定してない誰かさんが勝って馬主の娘さんが普段着で来ちゃってた、みたいな場合には大変なことになるんでしょうね。

トウカイテイオー
・前回の会話でチラッと触れたのは、トウカイテイオーでした。
・それでお分かりのように、もうアニメ2期の時代に完全に入ってるんですよね。
・ですので、このころのレースがダイユウサクが重賞常連になったこともあって、公式ウマ娘がバンバン出てくることに。
・なお、指2本を頭上に掲げたのは、記念撮影で安田騎手がシンボリルドルフの主戦騎手の岡部幸雄に倣ってやったもののオマージュで、アニメの2期1話でもやってました。
・なお、本作ではシンデレラグレイ方式なために年代はモデル馬の生年月日準拠になっているため、アニメでは同学年のトウカイテイオーとメジロマックイーンですが、本作ではマックイーンの方が一つ上になっているという違いがあります。

骨折のために長期休養
・乾井トレーナーの持つ、数少ない特殊な技能の一つで、負傷に対する異常な勘の良さがあります。
・コスモドリームの時にも“違和感”として気が付いていたように今回のトウカイテイオーの負傷も、本人が違和感を感じたのはレース後、他のスピカのトレーナーやシンボリルドルフがライブで気が付いていますが、その前のレースを見てその可能性を見つけています。
・なお、ほぼ勘のようなものなのでコスモドリームの時は半信半疑でしたが、この時期になると多少自信はついていたみたいです。
・ちなみに……ダイユウサクの爪の剥がれは、レース直後は骨折を心配したために見逃し、その後はダイユウサクが隠していたので気が付くのが遅れました。
・ダイユウサクなら隠さないで話してくれる、と信じて油断していたのもあります。

トウショウバルカン
・久しぶりの出オチ役的なオリジナルウマ娘。
・モデル馬は同名の1986年生まれの競走馬。青鹿毛の牡馬。
・年齢的にはマックイーンやライアンよりも一つ上で、オグリキャップ世代の下。この前の解説で言った公式ウマ娘が一人もいない(2021年11月現在)で“間違いない”世代。
・91年の春は絶好調で、1月の条件戦の16着はともかく、その後のエプソムカップまでの5戦は4勝、2位1回。
・それでエプソムカップに挑んだのですが……
・ちなみにそのエプソムカップは1984年から開催されているGⅢレース。開催地は東京競馬場。距離は1800。
・エプソムとは、プリンターやコピー機の老舗エプソン──とは関係がなく、サリー州エプソムダウンズにあるエプソム競馬場のこと。
・1983年にダービー50回を記念して、東京競馬場とエプソム競馬場が姉妹競馬場として提携。
・東京競馬場からは桜が、エプソム競馬場からは柏が記念樹として交換されました。そしてカップの交換も行われて、このレースが翌年から開催されました。
・なお、エプソム競馬場では「The JRA Condition Stakes」が行われています。
・そんな91年のエプソムカップを最後に、トウショウバルカンは引退してしまいました。
・ちなみに彼女が叫んだ「フォロー・ザ・サン」は固有スキル。「フォロー・ザ・サン」「キャッチ・ザ・サン」で二段階加速するスキル……なのですが、二段階目は不発だった模様。なおその名前の由来は……
・いや、だってさ……“バルカン”なんて名前が付いているうえに、“サン”シャインステークスを制してるとか、もうネタにするしかないでしょ。
・というわけで『太陽戦隊サンバルカン』と、その主題歌の歌詞が元ネタです。
・2着を押しのけて、3着をわざわざウマ娘に採用したのはそのせい。

プレクラスニー
・またもや本作オリジナルのウマ娘。元ネタは同名の競走馬。
・葦毛の牡馬で、1987年生まれのマックイーンやライアンと同じ世代。
・生涯戦績は15戦7勝。主な勝鞍は──91年の天皇賞(秋)
・90年にデビューしたあと、前走の4月晩春ステークスに勝ってオープンに。それから今回のエプソムカップを含めて4連勝。
・その後のレースで4位になり──そのレースを最後に脚部不安により引退しました。
・マックイーンの話をやる際には、避けてて通れない相手ですね。
・……アニメでは避けたけど。(ぁ
・というか、あの2レースを避けるのはこの馬を回避するためかと思うレベルじゃないですか?


※次回の更新は11月13日の予定です。  

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