見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──8月も終わりが近づいていた。

 そして、ここ小倉レース場では、競走界における夏の終わりを告げるレースが開催されていた。
 そもそも、夏というのはウマ娘達にとっては基本的に休養の時期である。
 暑い中で全力疾走することは体に大きな負担をかける。
 それで消耗すれば、大きな事故の素にもなりかねないし、第一、誰もこの時期に走りたがらない。
 おかげで夏のトゥインクルシリースは大きな重賞はほぼ無く、この時期を象徴するのは、ジュニア期の新人達が初出走するメイクデビュー戦が始まること。
 トゥインクルシリーズにとって、夏はそんなフレッシュな時期なのである。

 そして──そんな新人達の季節が終わるとやってくるのは、クラシックやシニア世代が激しく(しのぎ)を削る、秋のシーズン。
 その開始の予鈴ともいえるレースが、この小倉記念だった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 アタシの名前はナイスネイチャ
 現在、クラシック世代のウマ娘で、デビューしたのは今年。
 ちょ~っとだけ遅くなっちゃったのと、その後に色々ありまして……皐月賞やらダービーには間に合わなかったけど、それでも最近は絶好調。

「今日のレースも勝って、現在3連勝中……いい感じよね」

 今日のレースは小倉記念でした。
 勝ったレースでこうして観客席に手を振るのもずいぶんとなれた感じになってきたでしょ?
 クラスもオープンになったし、これからジャンジャン活躍していこうじゃありませんか。

「さてさて、ここまで登ってきたからには、次は京都新聞杯で良い成績をのこしたいところ、ですけどねぇ」

 京都新聞杯は、そこからクラシック三冠の最後の一つで、三つの中で唯一秋に行われるレース、菊花賞へと続く道。
 これに間に合いそうなところまで来られたのは、本当に僥倖だと思うし、一勝に一度しか挑めないレースだもの、このネイチャさんだって張り切りたくもなりますわ。
 春の二冠には間に合わなかったわけですし……

「とはいえ、たとえ間に合っていたとしても“アレ”に勝てたとは思えないわけでして……」

 今年の皐月賞とダービーの二冠をとった無敗のウマ娘、トウカイテイオー。
 う~ん、どんなに頭の中でシュミレーションしても、勝つイメージが浮かばないわ~。
 ホント、マジで別格。
 もちろんそのままでいるつもりなんてないけど、今のアタシじゃかなわないのは、事実として受け止め、さらに鍛錬して上を目指すわ。
 でも、その別格さんが菊花賞が出るのは、正直難しいって言われてて──

「だからこそ、狙い目でもあるんですけど、ね」

 そのトウカイテイオーは、ダービーの後に骨折してしまったのですよ。
 そんなわけで菊花賞にはとても間に合わず、残りの一つの争いは急に混沌としたわけで……アタシだってそれを掴めるチャンスが巡ってきた。

「ま、テイオーには悪いけどね」

 相当、悔しかっただろうな。テイオー。
 彼女のあの性格から、絶対に表に出さないだろうけど……彼女の憧れであるシンボリルドルフ会長と同じ道を順調に歩んでいたのに、それが走って競った結果じゃなく怪我で邪魔されたんだから。
 ……なんて、他の誰かの心配を上から目線でしていられるほど、アタシも優等生じゃないし。

「狙わせてもらいますよ。アタシだって“主役”になりたいんだから……」

 そう考えながら、最後に大きく手を振って──さらに沸き上がった歓声に、アタシは心地よさを感じていた。
 少なくとも今日の主役は、アタシだったんだから。



第65R 大反省… そして、魂の導きのままに……

 

 ──ようやく残暑の終わりが見えつつある9月の半ば。

 

 まだ冷房を止められない気温の中、オレは自分のトレーナー室にいた。

 相部屋の巽見は不在で、部屋にはオレ一人。

 そんな中、自分のデスクで週末に行われたレースの映像を改めて見ていた。

 レースの名前は朝日チャレンジカップ

 中京レース場で行われたGⅢレースだ。

 そして出走したメンバーの中には、ウチ唯一の現役競走ウマ娘の姿がいた。

 

「位置取りは悪くなかったよな」

 

 序盤で前の方に待機し、4番手で走っている。

 そのまま4番手で終盤まで進み──そこから末脚が伸びることなく、集団に飲まれてしまう。

 無論、そこから抜け出すこともできず、そのままゴール。

 

「う~ん……」

 

 一言で言えば、いいところがないレースだった。

 もちろん、大崩れして下位になったわけでもないので、そこまでひどいレースだったわけではない。

 

(そういう意味では、次につながるレースではあるんだけどな……)

 

 しかし、GⅠを狙うと決めた今期の最初のレースとしては、少し物足りない結果であるのも間違いない。

 なにより距離は彼女の得意にしている2000メートルだったんだから。

 

「さてさて、どこが悪かったのやら……」

 

 もう一度、レースを最初から見ようとしたとき──部屋の戸が「コンコン」とノックされた。

 それに気が付き、動画を止め、「はい!」と返事をしたが……いつまで経っても向こうから声はかからず、戸も開かない。

 首を傾げながら「開いてます、どうぞ!」と声をかけたが、それでも開かなかった。

 

「まったく……いったい何だ?」

 

 気のせいだったと無視してもよかったが、ノックの音は気のせいとはできないくらいにハッキリ聞こえていた。

 無視ができず、オレは席を立って出入口に向かい──戸を開くと、そこにはうつむいているウマ娘が立っていた。

 

「ん? ダイユウサク……どうした?」

 

 鹿毛の長い髪を後ろに流したおでこの見えるいつもの髪型。

 だが、その表情はいつもの勝ち気な様子はなく、申し訳なさそうに沈んでいる。

 その雰囲気に戸惑いながら、オレは彼女に声をかける。

 

「遠慮することないだろ。入れよ」

 

 返事はなかった。

 それになかなか部屋へ入ろうとしないので、オレは半ば強引に部屋の中へと入れた。

 それでもダイユウサクは俯いたままで──

 

「黙り込んだままじゃあ、何しにきたのか分からないぞ?」

 

 オレがため息混じりにそう言うとダイユウサクはやっと動き──頭を下げた。

 

「ごめんなさい、トレーナー。あんな結果で……」

「レース場でも何度も謝られたが、別に謝るようなことじゃないだろ? だいたい……オレがレース結果でお前のことを怒ったことがあったか?」

 

 オレの問いに、ダイユウサクは首を横に振る。

 

「だろ? だからそんなに気にしなくても……」

「気にするわよ。GⅠ取る、なんて言っておきながら、GⅢで7位だったんだから」

 

 朝日チャレンジカップで、ダイユウサクは7着

 レース直後からその結果を気にしていた様子だったが、まだ立ち直っていないらしい。

 その様子を見て、オレはため息を付いた。

 

「あのなぁ……お前、そんな器用なウマ娘じゃないだろ?」

「なッ……」

 

 オレがあえて遠慮なく言うと、彼女は耳をピンと立てて驚いていた。

 それからできるだけキツくならないように注意しながら、続ける。

 

「お前のトゥインクルシリーズの原点……一番最初はどんなレースだった?」

「そんなの……最底辺よ」

 

 ぐっと堪えながら、彼女は視線を逸らして言う。

 

「そうだ。最初っから連戦連勝できたわけじゃあない。それでもここまで上がってこられたのは、お前の力だ。まずはそれを誇れ」

「わかってる。でも……」

「で、お前の場合はその下の時にいた性質が染み着いちまったのか、連戦で調子を上げていくタイプなんだ」

「……え?」

 

 なるほど、自分では気づいていなかったか。

 

「休養明けで勝ったことがなかったのに、気づかなかったか?」

 

 デビュー2戦し、その後にトレーナーがオレに替わった時期、数ヶ月開けて最初のレースは5位で。初勝利したのは5戦目。

 オープンクラスを目指していたころに、春の間に休ませて復帰させた時も、やはり復帰後に即勝利とはいかなかったからな。

 

「あれは……CBC賞、格上挑戦の重賞だったわ」

「そうだな。でも正直、そのころからそうじゃないかと疑っていた。だからあえて格上挑戦させて、『負けても構わない』ってつもりで出したんだ」

 

 ダイユウサクはオレの『負けて構わない』という言葉に不満そうな顔をする。

 だからオレは、あえてしたり顔をして言ってやった。

 

「なぁ、ダイユウサク。こんな言葉を知っているか?」

「……なによ?」

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。とある人が言った、有名な言葉だが、確かにその通りだと思う」

 

 これを聞いたときは「そんなもんか」と思ったが、トレーナーをやってきたから、実感として思うようになった。

 

「どういうこと?」

「ウマ娘の競争でもそうだが、“よくわからないけど勝った”というのは(まれ)だが実際にあることだ。普段のそのウマ娘からは考えられないような力を発揮して勝っちまうときもある。はたまた他が牽制しあっている内に勝ってしまった、なんてこともある」

「それは、原因がわかってるじゃない」

「ああ、そうだ。でも勝った側からみたら、『なんで追いかけてこないんだろうか?』と思うだろ。でも、負けた側から見たら……」

「牽制しあって、追い上げるタイミングを逸した」

「その通り。負けた理由は分かっている。勝った理由よりも負けた理由の方がわかりやすいしな。お前の場合、金杯はどうして勝てた?」

「え? えっと……アタシが一番速かったから?」

「そりゃあそうだが、それは勝因とは言えないだろ」

 

 思わず笑いながら言うと、ダイユウサクは憮然とした表情になる。

 

「もちろんオレは、金杯の勝ちを『不思議の勝ち』とは思っていない。二連勝中で調子がよかったり、調整がうまくいったというお前自身の要因もある。グレードレースの上位常連みたいな連中が出走しなかったという周囲の要因もあった」

 

 いわば勝つべくして勝ったと思っている。

 だが、そうやっても──負けることがあるのがウマ娘の競走なのだ。

 

「じゃあ、次の大阪杯の敗因は?」

「それは爪のせいで、末脚が発揮できなくて……」

「その通り。あのときのお前の調子なら、オレは当時のホワイトストーンにも勝てたと思っている」

 

 ホワイトストーンはダイユウサクが2位だった大阪杯の勝者。

 一つ下の世代の中でも実力者であるウマ娘の一人で、去年の有記念に出走していたほどだ。

 

「と言うように、負けた原因は分かりやすい。さっきオレが言った『そのウマ娘の普段の力量から考えられないような力を発揮して勝った』というのも、負けた側からしたら、『大したことのないウマ娘だと油断していたから負けた』ってことだからな」

「あ、そっか……」

 

 俗に言う『大穴』が勝ったレースは、往々にして『本命』に油断があったことが多い。

 童話で言えば『ウサギとカメ』がまさにそれだ。

 

「負けて落ち込むのが悪いとは言わない。落ち込むってことは(かえり)みているってことだからな。だが、前を見ない省みは反省じゃあないからな」

「う……」

 

 図星をつかれて口ごもるダイユウサク。

 その肩に、オレは手をポンと乗せた。

 

「安心しろ。そのためにオレが、トレーナーがいるんだ。敗因を探してその対策をすることは、勝因を探してそれを伸ばすことよりもずっとやりやすい。負けて得ることの方が多いってよく言うだろ?」

「うん……」

「今回のレースも、オレが敗因をしっかり見極めて、それをトレーニングでカバーさせる。負けたレースでも次に繋いでいくから、安心しろ」

 

 今回のレースの敗因は、今、分かっているのはダイユウサク自身の休養明けはなかなか勝てないという、気質というか体質というか、そういったものだ。

 さらに言えば、今回は前走から半年近くも開いたし、その上、前々走は正月の金杯にまで遡ってしまう。

 おまけに、爪が治るまで変なクセが付かないように走るのを禁じたから、休養中もほとんど走っていなかった。

 以前のとき以上に競走(レース)勘や勝負勘が衰えていた可能性が高い。

 集団に飲まれたのも、足──というよりも爪──への不安が潜在的にあって末脚を100%発揮できなかったのかもしれない。

 

「ありがと、トレーナー……」

 

 ん? 珍しく殊勝な様子だな。

 半年の休養明けの不安とか、GⅠ制覇と意気込んでいた鼻っ柱を折られたとか、同級生達がどんどん一戦を退いていったりとか、そういうので不安になってたんだろ。

 

「気にすんな。で、次の出走なんだが……」

 

 本当なら、チーム部屋でミラクルバードもいるところで話そうと思ったんだが、ここにいるんだから丁度いい。目標にもなるだろうし……と思ってオレが言おうとしたら──

 

「待って」

 

 ダイユウサクが止めた。

 不安そうで、気弱になっているようにも見えたその表情が、変わっていた。

 

「トレーナー、前に言ったわよね? 目標はマイルチャンピオンシップだって」

「ああ。やっぱりGⅠ制覇を第一に考えればそうなる」

「それって……天皇賞には()()が出てくるから、でしょう?」

 

 以前、秋戦線をどう戦っていくか話し合ったとき、名前が出た彼女。

 オグリキャップが一戦を退き、それに代わるように輝き始めた葦毛のウマ娘──メジロマックイーン。

 話し合い以後の春のシーズンでもその実力を見せつけて春の天皇賞を制しているし、宝塚記念は2位だったが、あれは1位のライアンの仕上がりがよかった上に作戦勝ちしただけで、マックイーンが悪かった訳じゃない。

 

「……マックイーンと戦わせて」

「なッ……お前、それは……秋の天皇賞を狙うってことか?」

 

 うなずくダイユウサク。

 確かに、日程的には天皇賞は10月終盤で、マイルチャンピオンシップは11月半ば。

 両方への出走はスケジュール的には可能ではある。

 

(距離も2000と1600、それほど極端に変わる訳じゃない。だが……)

 

 3200の長丁場である春の天皇賞ならともかく、秋は2000と中距離でも短め。

 しかしオレはそれでも躊躇った。

 正直な話、今回の朝日チャレンジカップはダイユウサクが得意にしている距離だからというのもあったが、秋の天皇賞を見越してでもあった。

 しかし、ダイユウサクには絶対に言えないことだが──さっき挙げた敗因を考慮しても、今回のGⅢでさえ掲示板を逃しているようでは難しい。

 

(それもあのマックイーンを抑えてなんて、尚更だぞ)

 

 先ほど名前の挙がったホワイトストーンも、春のGⅠでマックイーンには完敗している。春の天皇賞と宝塚記念の両方で。

 

(それほどまでにマックイーンは強い)

 

 だから今回の結果から秋の天皇賞路線はオレの頭から外しつつあった。だから次のレースは1800のマイル戦、GⅡの毎日王冠と思っていたのだ。

 しかし──

 

「お願い、トレーナー」

 

 そう言ってオレを見つめる目の力強さに驚いていた。

 ついさっきまで、前走の敗北を気にしてしょげていたウマ娘とは思えないほど、劇的に変わっている。

 考えられる要因は──メジロマックイーンへの対抗心。

 

(そういえば聞いたことがある……ウマ娘の中には、同じレースに出たり特に接点もないのに、特定の相手にだけ、まるで“前世の因縁”と言わんばかりに無意識に対抗心を燃やすのがいるらしいが……)

 

 メジロアルダンとは同級生で確かに仲もいいらしいが、基本的に人見知りで親しい人以外への興味が低いダイユウサクが、マックイーンと積極的に絡むとは思えない。

 そうすると──ダイユウサクにとってのメジロマックイーンが、それなのだろうか。

 

(改めてグレードレースの壁の厚さを感じているダイユウサクにとって、その気持ちはモチベーションを上げるには丁度いい)

 

 逆にもしも却下すれば──調子が下向きになる可能性もある。

 そして思い出す。毎日王冠と同じ週に開催される、そのレースを。

 

「京都大賞典……」

「え……?」

「マックイーンの休養明けの初戦は、そこらしい」

 

 オレが言うと、ダイユウサクはきょとんとした表情でこちらを見ていた。

 

「京都レース場で距離は2400。今まで2000しか走ったことがないお前にとって未知の領域の距離だな」

 

 短距離はさんざん走ったが、2000を越えるレースには、今まで出走したことがなかった。

 

「対して、マックイーンは3200というGⅠ最長である春の天皇賞を今年制している。ついでに言えば、去年のクラシックレースで3000メートルの菊花賞を勝っているからな。現時点で、現役最強のステイヤーと言っても過言じゃない」

「トレーナー……?」

 

 きょとんとした顔が、怪訝そうな顔になる。

 

「……ダイユウサク。今のお前に天皇賞とマイルチャンピオンシップという二兎を追えるほどの余裕はない。オレはどちらかに専念すべきだと考えている」

 

 前にいろいろな距離に対応できる適応力も武器だとは言ったが、国内最高峰のレース二つを同時に狙う器用さも強さもはない。

 

「だから前哨戦の京都大賞典でマックイーンと戦ってこい。その結果を見て、どちらを狙うか決める。それでいいな?」

 

 オレがそう告げると、ダイユウサクの表情がパッと笑顔になった。

 そして喜びを噛みしめ──バッと一瞬でオレに近寄った。

 

「──ッ!?」

「ありがとう、トレーナー!!」

 

 その勢いのまま、ダイユウサクはオレに飛びつくように胸に飛び込み、そのまま背に回した手で力一杯抱きしめてきた。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 一瞬で、オレの肺から空気が絞り出され、声が出せなくなる。

 いかん、このままでは……

 あわてて、ダイユウサクの背中を軽く叩いてタップするが、残念ながらこれは格闘技ではない。気が付いた様子もなく、さらに力が込められる。

 

「本当にありがとう。なんだかんだ言って最後にはアタシの意向を汲んでくれて……だからアタシは好──」

 

「「ただいまー!」」

 

 そこへ、帰ってきた巽見とコスモドリームが戸を開けて入ってくる。

 そして彼女たちが見た光景は──

 

「わぉ、ダイユウサクってば大胆~。熱烈な抱擁だなんて……」

「いや、涼子さん。乾井トレーナーは泡吹いてるからベアハッグなんじゃない?」

 

 正直、惨事の一歩手前のような光景だった。

 二人の登場に固まっていたダイユウサクだったが、指摘されてあわててオレを放り捨てる。

 おかげでオレは息を吹き返し──介抱されて、なんとか意識を取り戻した。

 

 ……結果、二人はオレの命の恩人になった、らしい。

 

 




◆解説◆
【そして、魂の導きのままに……】
・元ネタ無しです。
・ここの魂とはウマソウルのこと。

小倉記念
・この小倉記念はもちろん1991年開催の第27回小倉記念がモデル。
・現在の小倉記念は8月の半ばよりも上旬に開催されることが多く、むしろ“夏真っ盛り”といった様子ですけど。
・グレードはGⅢ。開催場所はもちろん小倉競馬場。小倉競馬場は福岡県北九州市にある競馬場。
・距離は2000メートル。1998年で京都開催だけ1800で開催されたんですが……京都って普通に2000で開催できるのに、なぜ? 実際、1982年の京都での代替開催では2000で開催してるのに。
・1965年から開催されているレースで、小倉競馬場で開催される重賞では最古参。
・なお、『農林水産省賞典 小倉記念』と番組などで紹介されるので、それが正式名称……かな?
・第1回は8月29日に開催されたものの、翌年は7月31日、3回目は9月10日と安定せず、5回目の1969年にいたってはなんと12月の開催。
・その後は8月末から9月の頭くらいで開催されるようになったのですが、1994年の第30回からは、7月末から8月の半ばの開催になっています。
・1991年の開催日は8月25日。当日の天候は晴れで、馬場も良。
・出走した中で、公式のウマ娘になっているのはナイスネイチャとイクノディクタス。
・その結果は……

ナイスネイチャ
・……第27回小倉記念を制したのは、ナイスネイチャでした。
・というわけで、実装ウマ娘であるナイスネイチャ。
・モデル馬はトウカイテイオーと同い年の1988年4月16日生まれの鹿毛の牡馬。
・そのため1991年はクラシックの年。前年の12月5日にデビューし、明けた1月の若駒ステークスなんかにも出走してトウカイテイオーとやりあったり(1着トウカイテイオー、()()ナイスネイチャ)していたけど、2月以降は骨膜炎で休養に入って春シーズンを棒に振ることに。
・そのため、皐月賞やダービーには出ていません。
・7月のなでしこ賞で復帰して2着。その後は小倉記念を含めて4連勝し、クラシックレースの菊花賞へ挑戦することに。
・というわけで、次の京都新聞杯はイブキマイカグラに勝ちます。
・ちなみにアニメ版だとイブキマイカグラに相当するのはブレスオウンダンス。イブキ(伊吹)ブレス(呼吸)マイ(my)オウン(own)カグラ(神楽)ダンス(舞踊)……ということなんでしょう。
・第2期のレースをよく見てると、ちょくちょくこのブレスオウンダンスの姿も見かけます。
・本作のナイスネイチャの性格というかイメージはアニメ版というよりはゲーム版のネイチャを意識しています。なのでトウカイテイオーとの繋がりがちょっと希薄かも。

朝日チャレンジカップ
・ダイユウサクの27走目は朝日チャレンジカップ。
・モデルになったのは当然、1991年開催の第42回。天気は曇り、馬場は稍重でした。
・1950年から開催されているレースで、グレードはGⅢ。
・最初の2回は2400でしたがその後は2000メートルで開催され、2012年から2016年の5回だけ1800メートルで開催されています。
・開催時期も創設されたときは11月16日の開催でしたが、10月だったり12月だったりと安定せず、1970年くらいから9月半ば、1994年くらいからは9月の上旬で安定していたのですが、2012年から突然12月上旬開催になり、現在に至ってます。
・なお、設立当初は単に『チャレンジカップ』という名前だったのですが、1953年に朝日新聞社から賞寄贈を受けて『朝日チャレンジカップ』に改称。
・その後……『朝日杯フューチュリティステークス』の開催が中山から阪神開催に変更されたのに合わせ、名前は『チャレンジカップ』に戻されました。
・「なんでや! 阪神関係ないやろ!」
・いいえ、あります。だって、本来の開催地は阪神競馬場ですから。
・「え? しれっと中京レース場開催って、本文中に書いてあるやないか!」
・確かに書いていますが、これも間違いではありません。1991年の開催は、春の大阪杯と同じように改装中のため中京で開催されたのです。
・この改装、結構影響してますねぇ……

ダイユウサクは7着
・1991年9月15日に開催された第42回朝日杯チャレンジカップで、ダイユウサクは7着でした。
・1着はヌエボトウショウ。↑の小倉記念でナイスネイチャに負けた2着だったりします。
・2着には公式ウマ娘であるイクノディクタスが入っていたり、3着が金杯で勝ったホワイトアローだったり、ネタには困らないようなレースだったんですけど……
・これをレース描写なく飛ばしてしまったのは、書いてる人が「ホワイトアロー」と「ホワイトストーン」を勘違いしたせいだったりします。
・ホワイトストーンって今まで何度となく出てきてるんですけど、描写が少ない謎のウマ娘──って感じになっていたので、そのまま謎のままにしておこうと思い、描写のないレースにしたのですが……よく見たらホワイトアローだった、と。
・おかげで金杯で意味深に出てきたホワイトアローが、そのリベンジ描写もなく終わってしまい、ただの出オチキャラになってしまいました。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
・まるでガルパンのダージリンのように語りだした乾井トレーナー。
・この言葉、プロ野球の故・野村克也監督の格言……とマスコミも勘違いしたくらいですが──
・江戸時代の、肥前国平戸藩の第9代藩主である松浦 静山(本名;松浦 清)が残した格言。
・大名ながら剣術の達人で、剣術書『剣談』のなかにある言葉でした。
・でも、乾井トレーナーはきっとノムさんの格言だと思ってます。

毎日王冠
・東京で開催されるGⅡレース。
・その名の通り、毎日新聞が正賞を寄贈しており、1950年に創設されました。
・創設された際には11月12日に開催され、その後はチャレンジカップみたいに9月やら10月に開催されていたのですが、第7回の1956年あたりから9月中旬での開催で安定。
・ただし開催地が東京だったり中山だったり、1973年には福島で開催、と開催地さえ固定されないというちょっと変わったレースでした。
・しかし1981年にジャパンカップが創設されると、秋の天皇賞の開催が繰り上がり、その前哨戦として10月の上旬に東京で安定して開催されるようになりました。
・距離も当初は2500で創設され、2600で開催されたりしていたのですが、1959年からは2300に。挙句には1961年にはダートで開催。
・翌年からは2000の芝でしばらく開催されていたのですが、1984年に秋の天皇賞が2000に短くなった際に、1800メートルに変更。以後、固定されています。
・距離的には天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップの中間で、秋のGⅠを占う重要なレース。
・本文中にあるように、だいたい京都大賞典と同日開催になることが多いが、そちらは2400メートルとステイヤー向け。
・なお、扱わないのでネタバレしますが、1991年の毎日王冠を制したのはプレクラスニー。
・2位がダイタクヘリオスで、3位は金杯でいきなり落馬してカラ馬になり、それでもダイユウサクに勝てなかったメジロマーシャス。
・なお、バンブーメモリーも出走していますが、順位は6着でした。


※次回の更新は11月16日の予定です。  

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