見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第66R 大果敢! いざ勝負!敵はマックイーン!!

 今まで一番多く走ったレース場は……といえば、アタシにとってはここかもしれない。

 そう思いながら、アタシは足下の芝を確かめるように踏みしめていた。

 ここは京都レース場。

 今まで何度も走ったことのあるレース場で、金杯も含めた去年の年末からの3連勝もここだし、今年を見ても金杯以外は大阪杯と今回。4戦中3戦が京都だから、慣れている感じはある。

 

(でも、今日のレースは京都大賞典……)

 

 2400メートルの距離は初めて。不安はある。

 おまけにあまり思い出したくないけど──

 

「あ~ら? 京都のダート1800の最遅レコードって、ダイユウサクさんでしたっけ?」

「……サンキョウセッツ……アンタ、なにしに来たのよ?」

 

 そう、13秒のタイムオーバー出したのもここなのよね。

 アタシがギロッと睨んであげたけど、気にした様子もなく「オーッホッホッホ!」とツインテールを揺らしながら高笑いをしてるわ。

 

「もちろん、貴方への応援ですよ。ダイユウサクさん」

「シヨノロマン……」

 

 そう言ったのは、セッツと一緒に来ていた細い目をした三つ編みのウマ娘。

 最近、サンキョウセッツとシヨノロマンが一緒に応援に来てくれるけど……セッツ、大丈夫かしらね。あのウマ娘(ヤ○ノムテキ)に目を付けられるんじゃないかしら。

 いっそ、彼女に性根を叩き直された方がいいのかもしれないけど。

 

「遠いところ、わざわざありがとう。シヨノロマン」

「いいえ、お礼ならセッツに言ってくださいな。行こうと言い出したのは彼女で──」

「なななななにを仰っているのですか、シヨノ!! 私がそんなこと、言うわけないんだってばよですわ~! オホホ~」

 

 焦った様子でシヨノロマンの言葉を遮ったサンキョウセッツ。

 ……動揺しまくって、完全に言葉がおかしなことになってるじゃないの。

 まぁ、最近思ったけど、悪いウマ娘じゃないんだけど素直じゃないのよね。

 

(なんて話をコスモにしたら、『うん、ユウによく似てるよね。素直じゃないところ』なんて言われたけど……)

 

 今日は来ていないコスモのことを思いだしつつ、アタシはチラッとトレーナーの方を見た。

 出場チーム用のスペースで、車椅子に座ったミラクルバードとなにか話してるわね。

 さすがに京都だから、オラシオンと渡海って人は連れてこなかったみたい。

 ふ~ん、二人きりってわけ……

 

「と、ところで! なんだか今回のレース……寂しいんじゃありませんこと?」

 

 誤魔化すように大きな声で言ったサンキョウセッツの声で、アタシは視線を元に戻した。

 その言葉に、シヨノロマンも苦笑を浮かべて同意する。

 

出走人数が、ちょっと……」

 

 そう言って彼女が視線を巡らせる。

 アタシ以外に体操服を着てウォーミングアップをしているウマ娘はたったの6人しかいない。

 京都大賞典と言えばGⅡレース。

 しかもGⅡの中でも格は上の方。そのレースを制した栄誉は大きく扱われる。

 だから本来ならもっと人気のあるレースなんだけど……

 

「今回は、あの方がいらっしゃいますからね……」

 

 シヨノロマンが視線をそのウマ娘で止めた。

 その視線の先には、長く美しい葦毛と、気品溢れる雰囲気を持ち合わせ……それだけでなく強者の風格さえ漂わせ始めている者がいた。

 

「……メジロマックイーン」

 

 アタシは彼女を見て、少し複雑な気持ちになった。

 彼女とはほとんど接点がない。以前、高松宮杯に初めて出たときにメジロアルダンを応援に来ていた彼女をチラッと見かけたことがあるくらい。

 そのときは言葉も交わしていないし、学園内でたまたますれ違うことはあっても、アルダンの縁者ってことで軽く会釈するくらいはあるけど、向こうもアルダンの同級生だから程度で会釈を返してくるくらい。

 そんな希薄な関係のはずなのに──

 

(なぜか負けたくないって……ううん、負けたらいけないって思う)

 

 トレーナーに直訴までしたけど、正直、アタシの中だとこの気持ちの正体が分からないから、戸惑ってさえいるのよ。

 でも……

 

「あの方が出走するということで、回避した方もだいぶいたようで。おかげで出走人数もだいぶ少なくなってしまわれたとか……」

 

 そういえばコスモがオグリキャップと走った高松宮杯も、同じ感じで人数が少なかったわよね。

 

「メジロマックイーンだかメグロノソーリィだか知りませんけど、敵に恐れを抱いて逃げるだなんて、情けないですわね」

 

 えっと……ひょっとしてセッツ、マックイーンのことを知らないの?

 唖然としていると、それに気が付いたセッツが首を傾げた。

 

「なんですの?」

「あのさ、セッツ。アナタまさか、メジロマックイーンのこと、知らない……とかないわよね?」

「知りませんわよ?」

 

 うわ~、自信満々に言い切ったわよ、このウマ娘。

 

「それがどうしましたの?」

「いや、だって……ニュースとか見ないの?」

「もちろん見ますわよ」

「それなら見かけるはずでしょう!?」

「確かにテレビで見かけたことがある顔かもしれませんけど……でも、私の出るレースでは見たことありませんわよ?」

 

 そりゃあそうでしょうよ!

 ……アンタ、オークス以来、重賞走ってないんだから。

 

「で、アンタが最後に出たのはどのレース?」

「UHB杯ですわ」

「は? UHB杯? いつの間にスキージャンプに転向したの?」

「ち・が・い・ま・す・わ!! 7月末に開催された、札幌開催の、トゥインクルシリーズのレース、ですわ!!」

「へ、へぇ……」

 

 UHB杯っていうから、スキージャンプ(そっち)の方が真っ先に浮かんだわよ。

 

(札幌開催ね……ちょっと羨ましくもないかな)

 

 一大観光地の北海道で、しかもその中心地である札幌での開催か。

 帰り道に観光でも、なんて考えなくもないし。

 時計台とか、ラベンダー畑とか──

 

「オ~ホホホホッ! 貴方は行ったことありませんのでしょうけど、札幌は夏の7月末と言ってもそれほど暑くなく、湿度も低くて快適でしたわ~。まぁ、あ・な・たのような庶民にはわからないでしょうけど!」

 

 ……前言撤回。

 全っ然、羨ましくないわ。

 札幌なんてやっと芝が整備されたくらいで、重賞もほとんどないじゃないの!

 そもそもレースの出走で行ってるんだから、庶民とか金持ちとか関係ないでしょ!?

 

「……重賞に縁がないから、札幌に出走してるんじゃないのよ。マックイーンのことも知らなかったし。きっとマックイーンも札幌レース場なんて行ったことないわよ」

「その方について興味もありませんのでなんとも思いませんわね。レースで顔を合わせないウマ娘のことなんて、どうでもいいですわ~!」

「セッツ……」

 

 急に怒りと苛立ちが、スンと落ち着いた。

 高笑いをするサンキョウセッツを、少しあきれた顔で見てしまう。

 すると、同じような感情を込めて苦笑するシヨノロマンと目が合った。

 

「オ~ホッホッホッホ!!」

 

 セッツの高笑いが響く中、アタシはシヨノロマンに同情の目を向けた。

 苦労してるのね、アナタも……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 なにか妙な高笑いが聞こえ、ウォーミング中だったわたくしはそちらへと視線を向けました。

 そこには3人のウマ娘がいました。

 その内の一人は体操服姿。長い栗毛を後ろに流し、おでこが見えるヘアースタイル。

 残りの二人は普段着で──高笑いしている方は頭の両脇で髪をまとめたツーサイドアップと言われる髪型。もう一人は長い髪を三つ編みで一つにまとめていて、その髪よりも線のように細い目が印象に残る方でしたわ。

 

「あれはたしか……」

 

 シヨノロマンさん、と言いましたか。

 アルダン姉様のレースを応援しに行った際に、お見かけしています。高松宮杯で競っていた記憶がありますし。

 たしか……アルダン姉様同様に、オグリキャップさんと同じ世代の方で、トリプルティアラ路線で、制しはなかったものの活躍なされたと聞き及んでいます。

 

「高松宮杯……?」

 

 なにか、妙にひっかかりました。

 あのとき確か──

 

「マックイーン!!」

 

 名前を呼ばれ、わたくしは考え込むのをやめて、意識を声のした方へ向けました。

 そこには──

 

「ライアンではありませんか」

 

 居たのはメジロライアン。わたくし同様にメジロ家に属するウマ娘であり、同い歳でもある親しい友人の一人です。

 彼女が応援に来てくれて嬉しいと思う反面──

 

「こんなところまで来て、ケガは大丈夫なのですか?」

 

 わたくしは心配をしました。

 宝塚記念で競った彼女でしたが……その後、足の負傷が判明して現在は治療中のはずです。

 

「大丈夫、大丈夫。それに復帰に向けて少しでも動かさないとね。リハビリで筋肉を鍛えないと……」

 

 相変わらずなその言葉に、わたくしは思わず笑みを浮かべてしまいます。

 文字通り、たくましい。

 そんな彼女と、また同じレースで競いたい。わたくしは本心からそう思います。

 

「それに、応援するのはマックイーンのことだけじゃないよ」

 

 そう言ってライアンが見つめた先には──少し癖のある髪を一つに纏めた髪型のウマ娘がいます。

 もちろん、わたくしもその方のことは存じていました。

 

「パーマーさん……」

 

 メジロパーマー。

 わたくしやライアンと同じ年齢で、宝塚記念は共に出走した間柄でもあります。

 

「7人しかいないのに、メジロ家から2人も出るなんてね」

「仕方がありませんわ。まさかこれほど少なくなるなんて、思ってもいなかったでしょうし」

 

 とはいえ……どんな相手であろうとも、どんな人数であろうとも、わたくしのすることは変わりませんわ。

 全力を尽くして走り、そして勝つ。

 

「そうそう、アルダンさんの同級生もいるみたいだよ」

「ああ、それでシヨノロマンさんが来ていたのですか……」

 

 彼女が応援に来たのはチームメンバーのためかと思っていたのですが、近くにいた方はそうではなかったのですね。

 

「ほら、マックイーンが高松宮杯で妙に気にしていたじゃない? そのうちの一人のダイユウサクさん……」

「ダイユウ、サク……?」

 

 ライアンに言われて考え込み──

 ええ、確かに思い出しましたわ。

 

「中段の順位を争っていた方でしたわね、たしか」

「そうそう」

 

 わたくしの言葉にうなずくライアン。

 そう、わたくしはあの光景がどうしても気になり、そしてそのときに感じた悪寒のようなものの正体を暴こうと、二人のことを調べたのですが──

 

(あの悪寒の正体だったコスモドリームさん。オークスウマ娘であるあの方と競ったウマ娘と、ここで競走(はし)ることになるなんて……)

 

 あのとき調べた彼女の経歴は──デビュー戦で13秒、次走で7秒ものタイムオーバーをしたウマ娘。

 しかもあのときは格上挑戦での重賞出走だったと記憶しています。

 

(あのときの方が、まだ走ってらっしゃるんですか……)

 

 年代的にはオグリキャップさんと同じということ。

 そこに少しだけ興味をそそられましたが……とはいえ、わたくし以外はたった6人しかいないレースです。

 

「どんな方なのか、実際に競走(はし)ってみれば分かることですわ」

 

 そして、繰り返すようですが……どんな相手であろうとも、わたくしは全力を尽くすのみです。

 それが一族の者であろうとも、一族の者の知人であろうとも。

 




◆解説◆
【大果敢!  いざ勝負!敵はマックイーン!!】
・今回も元ネタ無しです。

京都大賞典
・元ネタレースの現在の正式名称は『農林水産省賞典 京都大賞典』。正賞は農林水産大臣賞。
・京都競馬場で開催されるGⅡレース。芝の2400で開催されています。
・元々は1966年に『ハリウッドターフクラブ賞』の名称で、京都競馬場で芝の3200メートルで創設され、距離は翌年に2400メートルになって現在に至ります。
・なお、『ハリウッドターフクラブ』とはアメリカの競馬場で、1965年に同競馬場に於いて『日本中央競馬会賞競走』が創設された返礼でした。
・これは日本中央競馬会と外国の競馬施行団体がレース交換を行う初の事例となります。
・1971年から外国産馬が出走可能になり、1974年に、名称を『京都大賞典』に改名──って、えぇッ!?
・このレース名って、アメリカの競馬場とのレース交換した名称じゃなかったの? 変えちゃって大丈夫!?
・ともあれ、1984年のグレード制導入時に正式名称が現在の『農林水産省賞典 京都大賞典』に変更になりました。
・開催日は10月の前半~遅くても20日ころ。第7回以降は常に10月の前半で開催されていますね。
・年齢的には新馬よりも上なら参加できるので、菊花賞に出走する馬も出走可能。
・そのため、天皇賞(秋)やエリザベス女王杯、ジャパンカップ、有馬記念だけでなく菊花賞を含めて、その後のGⅠを占う重要なレース。
・……とはいえ、クラシックの年齢で京都大賞典を制したのは1998年のセイウンスカイまで遡ってしまい、その後は古馬しか勝っていません。
・ちなみに、セイウンスカイはそのまま菊花賞にも出走して優勝しています。

出走人数
・1991年のレースがモデルになっている今回、当時の出走数は7。
・翌年は倍の14になってます。
・ただし、前年の1990年は6と、実はさらに少なかったりします。
・このときは、前年も制しているスーパークリークが1.1倍の人気で、3番人気でさえ11倍を超える倍率になっているのを見ると、クリークを恐れてのことと思われます。
・人気のままにクリークが制していますが、3着には下から二番目(ブービー)人気のサンドピアリスが入っています。ピアリス、油断なりませんね。

メグロノソーリィ
saury(ソーリィ)とは秋刀魚(サンマ)のこと。
・そのため、落語の有名な噺の一つ、『目黒のさんま』のことを言いたかったのだと思われます。
・サンマ=saury(ソーリィ)がスラっと出てくるあたり、セッツも頭が悪いわけではないと思うのですが。
・落語の題がスラっと出てくるあたり、落語好きなんでしょうか? そういうところがお嬢様っぽくないのに、それに気が付いていないという……

UHB杯
・札幌で開催されるレースで、1991年の開催は1800の芝でした。
・それまで6月の開催でしたが、これ以降は1997年まで8月で開催され、1998年から2011年まで9月、それ以降は8月開催に戻っています。
・なお、開催地の札幌競馬場ですが、芝コースが設置されたのは1990年から。
・その前はダートコースでの開催で、91年のサンキョウセッツが出走したのが初の芝での開催。それ以降(1999年と2000年を除き)は芝になりました。
・距離も92年以降は2600と長くなったのですが、それ以降の変遷期を経て、2005年以降は1200で開催されています。
・なお、サンキョウセッツが出走したころは900万以下の条件戦でしたが、2012年以降はオープン特別に昇格しており、現在はオープン特別での開催になっています。
・ちなみにスキージャンプの方のUHB杯は正式名称が『UHB杯ジャンプ大会』。協賛が同じUHB(北海道文化放送)。
・開催地は札幌市中央区にある大倉山シャンツェ。
・1989年から開催されていて──あれ? この大会を知っているダイユウサクってスキージャンプ詳しいな。
・この年は2月開催で、例年1月か2月に開催されていたのですが、2018年の31回大会以降は10月や11月の開催になっています。
・話をジャンプから戻し──
・なお、頑張っていたサンキョウセッツですが、1991年のUHB杯を最後に引退しています。
・最後は14頭中12着。3勝とはいえ牝馬でありながら43戦も走った丈夫な馬でしたね。

やっと芝が整備された
・JRAの競馬場における芝コースは冬季に枯れて休眠する性質を持つ暖地型芝──野芝を使用していました。
・昔の有馬記念とかの映像を見ると、「ダートか、これ?」と思いますもんね。現在では冬期オーバーシード法が確立されたおかげでそんなことないですけど。
・で、札幌では……他の競馬場でさえそうなのに、比較にならないほど冬が寒くて積雪量も多いので、芝を馬場に使用することができませんでした。
・おかげで芝コースの設置は道内でも比較的温暖な函館競馬場が北限で、それでも他の競馬場よりもの育成に時間を要していました。
・でも、海外に目を向ければ……あれ? もっと寒いところの競馬場に芝生えてね?
・というわけで、1977年から研究を開始して──寒さに強い複数の洋芝を組み合わせることで、札幌競馬場でも芝コースの設置が可能になりました。
・1989年に外回りダートコースを改修して芝コースを新設──1990年から運用を開始したのです。
・その後、函館競馬場も1994年には芝コースを洋芝に変更するコース改修が行われています。
・というわけで、史実の91年がモデルになってるこのシーンでは芝コース開始から1年程度、といったところです。


※次回の更新は11月19日の予定です。  

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