見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

68 / 198
第68R 大奮闘! 水面下で藻掻け!!

 

「……とは言ったものの、だ」

 

 《アクルックス》に割り当てられたチーム部屋に集まったダイユウサクとミラクルバード。それに今日はオラシオンと渡海も来ている。

 そんなメンバーを前にオレはミーティングを始めた。

 ダイユウサクの次走の話になったとき、彼女は「天皇賞に出たい」と言ったためオレは却下したんだが……オレがレース後にかけた言葉から、天皇賞に出させてもらえると勘違いしていたらしい。

 猛然と抗議し始めたのがつい先ほどのこと──である。

 

「前回のレース結果を考えたら、天皇賞は無理だぞ?」

「そんなことない!」

 

 オレが諭すが、ダイユウサクは頑なだった。

 

「だって、京都大賞典は2400だったわ。秋の天皇賞は2000よ? アタシが一番勝ってる距離なんだから」

「それも分かってる。だが、マックイーンに全く届かなかった、あの結果を考えたら天皇賞は諦めるしかない」

「なんでよ! アナタも見たでしょう? 第4コーナー辺りでアタシはトップだったのよ? マックイーンよりも前にいたわ」

 

 堰を切ったように主張を始める。

 

「京都2400の最後の直線は400メートル。つまりは、2000メートルの時点でアタシの方が前にいたってこと! なら2000メートルの秋の天皇賞なら、アタシの方が勝てるってことじゃない!!」

 

 その主張には、まぁ、一理あるように思えなくもないが……その理論には致命的な欠陥があるぞ。

 オレはため息をついてから反論した。

 

「その後、お前は大失速した。あれは明らかにスタミナが切れていただろ?」

「う……それは、そうだけど……」

 

 疑いようもなく、そういう走り方だった。

 図星だったようで、ダイユウサクも返す言葉を探し──

 

「あ、あれは2400への対応ができなかっただけよ。2000メートルならスタミナ切れなんて起こさないわ。今まで何度も走って、そんなことなかった。だから……勝てるわ!!」

「マックイーンは2000の時点で、残り400メートルのスタミナを残していた。お前は残さずにその分、全力で走っていた。だからマックイーンの前にいられたということだ」

 

 かなり苦しいダイユウサクの主張に、オレは冷静に返した。

 

「もしもマックイーンが2000の時点で余力を残さないような走りをしたらどうだ? 京都大賞典の時よりも2000メートル到達は早くなるのは当たり前。お前はそれでもアイツに絶対に勝てると言えるのか?」

 

 もちろん、得意な距離適正というものがあるから一概にそうはならない。その距離にあった速さとスタミナ配分をするのが得意だからこそ、得意距離なのだから。

 マックイーンとダイユウサクにしても2000メートルに最適化した走りができる方が速いのは間違いない。

 しかしスタミナで優るステイヤーにとって、極端なスピード勝負になる短距離でなく、中長距離であれば極端に崩れることもない。

 

「ぐぬぬ……」

 

 反論できず、ダイユウサクは悔しげにオレを睨んでいる。

 もちろん、オレだってできることなら秋の天皇賞に出してやりたい。

 去年、一度走ったことがある舞台なので、初挑戦となる他のGⅠに比べればやりやすさはあるだろう。

 しかし、相手が悪い。

 

(春の天皇賞で見せたメジロマックイーンの強さは本物だ。宝塚はライアンに負けたが、それだってライアンは自分の走りを捨ててまで、勝ちにこだわったからだ)

 

 マックイーンとライアンはメジロ家で同い歳。仲も良く、手の内を知り尽くした相手だったんだろう。

 だからこその「ライアンは後ろの方でレースをする」という油断に、「マックイーンよりも前に出る」という奇策を使い、勝ったのだ。

 それがまた通じるかも分からないし、逆に言えば、昨年の有記念でオグリキャップと争い、2位だったライアンでさえそこまでしなければ勝てない相手なのが、メジロマックイーンというウマ娘。

 

「せめて京都大賞典の結果がもう少しマシだったらな……」

 

 オレは思わず呟いていた。

 せめてスタミナを切らさずにゴールまで行ってくれていたら、マックイーンとの差が少しは分かっただろうに。

 スタミナを切らしたあれでは、参考にさえならない。

 

「あのときは、謝るななんて言ったくせに……」

「反省は後でする、とも言ったぞ」

 

 オレのつぶやきが聞こえたんだろう。恨みがましい目を向けてきた彼女に、オレは即座に反論した。

 おだてたり誉めたりするだけでは、本人のためにならないしな。

 

「あれは、お前は2000メートルを走り、かたやマックイーンは2400を走ったようなものだぞ? 違う競技を走った2人の実力差なんて計れるわけがないだろ」

「なによ、さっきから……マックイーンマックイーンって、マックイーンの肩ばっかり持って!」

 

 強い口調でそう言うダイユウサクに──オレはあからさまにため息をついて見せた。

 

「あのなぁ、ダイユウサク。マックイーンを気にしすぎなのは、お前の方だぞ? ついでに言えば、オレが天皇賞に出走させたくない理由の一番は、それだ」

「え?」

 

 戸惑った様子のダイユウサク。

 彼女が気がついてないそれを、オレは指摘してやる。

 

「改めて訊くが、この前の京都大賞典の敗因はなんだった?」

「そんなの、スタミナ切れに決まってるわ。アタシが2400メートルの距離に対応できなかったから……」

「半分未満は合ってるが、半分以上は間違いだな」

「……どういうことよ?」

 

 オレの漠然とした答えに、ダイユウサクはあからさまに不機嫌になりながら怒っていた。

 まるで「フーッ!」と毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。

 

「お前は、マックイーンにしてやられたんだよ」

「え……」

「気づいてなかったのか? 序盤に後ろについたマックイーンのプレッシャーに負けてアイツのスタミナ勝負に付き合わされたんだ」

 

 オレはあのレースで、マックイーンにダイユウサクがついていくのを見て評価を迷った。

 だが、結果を見れば──明らかについていかないのが正解だった。

 

「マックイーンに追いつかれ、その後はシクレノンとの三つ巴になって走っていたが、あれがもしも……7番のウマ娘のように、一歩退いていたら、どうだ?」

「なるほど。それなら体力の消耗が抑えられて温存できて……最後に末脚勝負ができたかもしれないね」

 

 オレが挙げた例えばの展開は、ミラクルバードには好評だった。

 

「そんなの、わからないわよ。アタシの末脚がマックイーンに勝てる保証なんてないんだし」

「その通りだ。例えばなんだから結果はわからない。だけど……普段のお前だったら、そこはそういう判断をしていたと思うぞ?」

 

 終盤というにはまだまだ早すぎる地点だし、まして距離に不安がある状況だ。ムキにならずに慎重になるべき場面だったと思う。

 

「さっきのオレの質問──京都大賞典のお前の敗因だがな、正解は“お前はマックイーンをだけ見ていて、ゴールを見ていなかったから”だ」

「そ、そんなことないわよ! アタシはちゃんとゴールを──」

「──見ていなかったからゴールまでの距離を見失って、スタミナ切れを起こした。違うか?」

「う……」

「おまけにマックイーンを気にするあまり、ムキになって追いかけた。お前はレースじゃなくて、マックイーンを見過ぎていたんだ。だから負けた」

「あれ? でもそれって、去年の天皇賞と……」

「ミラクルバードの言うとおりだな。オグリキャップを意識しすぎてヤエノムテキに負けたあの時と、敗因は同じだ」

 

 それはダイユウサクの失態ではあるが、同時にオレのミスでもある。

 彼女に同じ失敗を繰り返させたのは、オレの指導が悪かったせいなんだから。

 

「いいか、ダイユウサク。レースの時は“視る”んじゃない。“観る”んだ」

「…………?」

 

 不思議そうに首を傾げるダイユウサク。

 

「同じ“見る”でも、注視や敵視をすれば視野が狭くなる。1対1の勝負ならともかく、トゥインクルシリーズならそんなことはあり得ない。複数のウマ娘がそれぞれに考え、判断し、走る。だからこそ広く“観る”んだ」

 

 それを走りながらやらなければいけないんだから容易なことではない。

 だが、そうやって周囲にも気を配らなければ勝利をつかむことはできない。

 

「一人を見るにしても“観察”し、相手が今、どういう状態なのかを客観的に分析し、そして状況を俯瞰的に判断し──隙や弱点を探し、勝機を見つける」

「どういうことよ、それ?」

「この前のレースで言えば、マックイーンはなにを考えていたのか、までお前は考えたか?」

「それは……できてなかった」

 

 シュンとしょげて、耳を伏せるダイユウサク。

 

「ステイヤーで、3000メートル越えでの実績があるマックイーンからしてみれば、2400なんて短い方だ。アイツがもっとも恐れる展開は、スローペースでみんな体力を温存したまま終盤を迎えることだったんじゃないか?」

 

 例えば、去年の有記念みたいな展開だ。

 周囲が牽制し合った結果、抜け出すウマ娘がおらずにスローペースになってしまい、2500メートルのはずだったレースが、実質的にはオグリが得意とするマイル戦になった。

 あれはもう作戦勝ちとも言えるが、こういう展開はスタミナ自慢のステイヤーにとっては嫌な展開だろう。

 

「あとは、先行が牽制しあって大逃げしたのを誰も追いかけず、絶対的なリードを作られて逃げ切られたり、とかな。この展開は、この前の京都大賞典にも可能性があった」

「メジロパーマーのこと?」

「その通り」

 

 もしもパーマーが完全に割り切って思いっきり逃げていたら。それを追いかける者がいなくて独走を許していたら……

 もしくはかなりのハイペースで逃げて完全にペースが乱れれば、マックイーンといえども隙を見せただろう。

 ダイユウサクやシクレノンは、マックイーンと共に追いかけるように仕組まれた可能性も見えてくる。

 

「お前のやる気をかって、京都大賞典に出したが……今はマックイーンへの対抗心が暴走に近いほど先走ってるように見えた。だから天皇賞ではなくマイルチャンピオンシップへの路線に専念すべきだと思ってる」

「ボクも……トレーナーに賛成かな。対決するにしても、一度落ち着いた方がいいと思うよ」

 

 オレとミラクルバードに言われ、ダイユウサクはポツリと「分かったわよ」と小さな声で言った。

 そのモチベーションの低さが気にならないわけではなかったが、それでもオレはダイユウサクのことを考えれば、正しい判断だったと思っている。

 今年はアイツの「GⅠ制覇」という目標を、まずは達成しないといけないわけだし。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 マイルチャンピオンシップは11月の半ばに開催される。

 だから10月後半に開催される秋の天皇賞に出走してからでも間に合うのよね。

 でもアタシ──ダイユウサクの次走は、マイルチャンピオンシップの前哨戦とも言えるスワンステークスになった。

 時期的には天皇賞の前日で……出走時間が迫っているというのに、アタシは諦め悪く小さくため息をついた。

 

「マックイーンを意識しすぎ、か……」

 

 先のミーティングでトレーナーに指摘されたこと。

 それについては多少自覚はある。

 でも、レースを制した彼女は強かったわけだし、やっぱり間違っていなかったとは思う。

 意識しているのを逆手に取られて利用されたのは、やっぱり癪に障るけど。

 ──なんてことを考えながら、ウォーミングアップしていると、知った顔が声をかけてきた。

 

「また会ったっスね、ダイユウサク」

「バンブーメモリー、アナタも出走するのね」

 

 知った顔、それも同世代の彼女を見て、アタシは思わず笑顔になった。

 最近めっきり、レースで同世代と顔を合わせる機会が無くなり、下の世代とばかり競うことになっている。

 それはバンブーメモリーも同じらしくて、彼女も嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「てっきり、明日の天皇賞かと思っていたっス。毎日王冠で見かけなかったっスからね」

「それは……」

 

 同じ日に、アタシは京都大賞典に出ていたからね。

 アタシが苦笑すると、バンブーメモリーは尋ねてきた。

 

「どうだったっスか?」

「……京都大賞典のこと? 結果、知ってるわよね? 5着とはいえ惨敗よ」

「レース結果じゃないっス。それは新聞見れば分かることっス。それに結果については、毎日王冠のアタシも負けたのは変わらないっスからね」

 

 アタシが少し憮然として答えると、バンブーメモリーは「違う」と手を横に振りながら、苦笑した。

 

「噂のメジロマックイーンと勝負してきたわけじゃないっスか。どうだったのか、って思って……」

「ああ、そっちのことね」

 

 それで納得した。競走ウマ娘──特に上位のオープンクラスにいるウマ娘達は、強いウマ娘が出てくれば興味津々になる。

 まぁ……アタシの場合、下のランクが長すぎて、そういう感覚があまりないけどね。目の前のレースで精一杯というか……

 

「う~ん、慣れない距離でアタシが自滅したって感じだったけど……完全にレースの主導権を握らていたわね。そういう意味でも、やっぱり強いんだと思う」

 

 そのまとった空気に圧されて、完全に飲まれていたってことだもの。

 

「完敗したから、天皇賞は諦めたってワケ」

「それでスワンステークスってわけっスか。ということは……スプリンターズステークスを視野に入れてるってわけっスね」

「……え?」

 

 アタシが戸惑うと、バンブーメモリーも「え?」と戸惑った顔になった。

 

「一応、マイルチャンピオンシップに出るつもりなんだけど……」

「そんなのは分かってるっスよ。それが終わったあとのレースのことっス」

「マイルチャンピオンシップの、そのあと?」

 

 バンブーメモリーに言われて、思わずポカーンとしてしまった。

 言われてみれば今まで、秋の天皇賞をどうするのか、マイルチャンピオンシップを勝つためには……ってことばかり考えてて、その後のことが思考から完全に抜け落ちていたわ。

 

「と言っても、その後のGⅠは阪神と日経のジュニア2つを除いたら、出走が非現実的な翌週のジャパンカップと、スプリンターズステークスか有記念しかないっスけどね」

「有……記念…………」

 

 そのレース名を聞いて頭に思い浮かんだのは──昨年の、オグリキャップのラストランだった。

 オグリキャップの人気は高かった。

 だから勝ってほしいと願い人はたくさんいた。

 でも、勝つと信じている人はそこまで多くはなかったと思う。秋の天皇賞とジャパンカップという、その前のレースが良くなかったから。

 その願いを背負って、それを叶えたオグリキャップの姿にアタシは感動し──GⅠを勝ちたいと思ったんだ。

 

「そっか。アタシがGⅠ勝ちたかったのって、それがきっかけだったんだっけ……」

 

 今、天皇賞やらマイルチャンピオンシップやら、どうにかして勝とうと悩んでいるのは、トレーナーの“前のウマ娘(オンナ)”とした約束のせいだけど──原点はそこだったんだ。

 

「ま、メジロマックイーンは何事もなければ、間違いなく有記念に出てくるっスね。きっと……」

「……え?」

 

 考えにふけっていたアタシだったけど、バンブーメモリーが何気なく言ったその言葉で我に返った。

 

「いや、そりゃそうだと思うっスよ? 明日の天皇賞も早くも一番人気間違いなしの大人気っスからね。この分なら票も集まって有記念には間違いなく出られるっス。距離も彼女なら2500なんて短いくらいっスよ」

 

 バンブーメモリーは少しうらやましそうな顔でそう言い、「間にジャパンカップを入れるかどうか、っスけど」と付け加えた。

 正直……ジャパンカップはどうでもよかった。そもそもマイルチャンピオンシップと開催が一周しか違わないから無理だし、トレーナーも最初から無理と頭にない感じ。

 アタシにとって大事だったのは──

 

(メジロマックイーンが、有記念に……出るんだ)

 

 そっちの方だけ。

 アタシがGⅠにあこがれたきっかけのレースに、どうしても勝ちたいと心が叫ぶ──これに関しては、アタシも不思議で仕方がないけど──相手が出る。

 もしもメジロマックイーンともう一度戦うのだとしたら……マイルチャンピオンシップを考えると、ジャパンカップの選択肢はない。

 そしてステイヤーのメジロマックイーンがスプリンターズステークスに出てくる可能性はない。

 だとしたら──

 

(有記念しか、無い……)

 

 それ以外に選択肢はなかった。

 でも、有記念の出走は、ファン投票で決まる。

 

 

 今のアタシには──その票を集められるほどの人気は、無かった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ゲートが開き、スワンステークスが始まった。

 いつも通り、ダイユウサクは出遅れることなくスタートしている。

 信頼はしているが、やはり万が一ということはある。

 オレがそれにホッとしながら見ていると──

 

「んん?」

 

 思わず、眉をひそめた。

 先頭に立って走っているのは6番のゼッケンのウマ娘。

 その後を走る2番手集団の中にダイユウサクの姿があったのだが……そこにはダイタクヘリオスの姿もあった。

 

「なぁ、ミラクルバード。ダイタクヘリオスって……」

「うん、彼女が得意なのは、逃げだよね?」

「ってことは……」

 

 ダイユウサクは、逃げのダイタクヘリオスと併走してしまっているということになる。

 

「先輩のペース、速い……のかな?」

「アイツの場合、短距離も経験が多いから、その感覚にミスはないと信じたいが……」

 

 ダイタクヘリオスは短距離からマイルを主戦場にしているウマ娘。1400メートルで感覚を狂わせることもないはず。

 確かにダイユウサクは2400メートルを走ってスタミナ切らしたけど、1400ならスタミナは持つという理屈は分かるが、もちろんそうとは限らない。

 

「距離が短ければ、その分ペースが速くなるんだからね」

「その通り。それを分かってないはずないんだけどな……」

 

 短距離なので展開は早い。第3コーナーから第4コーナーへと集団は移っていく。

 その間に、ダイタクヘリオスは集団を抜け出して先頭を追い抜いた。ダイユウサクはそれに付き合っていない。

 

(ダイタクヘリオスは、もちろん警戒すべき1人だ……)

 

 1800メートルの毎日王冠で2位だった彼女は、その実力を持っている。

 当然、1400のこのレースに出てきた以上、マイルチャンピオンシップに出てくるのは十分に予想できる。

 

(幸いなことに毎日王冠1着だったプレクラスニーは、天皇賞にいってくれたがな)

 

 とはいえ、秋の天皇賞からマイルチャンピオンシップまでは期間があるので、マイラーの彼女とはそこで当たることになるだろうが。

 そんな彼女を含め、マイルチャンピオンシップでも争うことになるのが予想され、オレが今回もっとも警戒しているウマ娘がいる。

 それが──

 

ダイイチルビー……」

 

 シニアクラスのダイイチルビーは、現役最強クラスのスプリンターといっても過言じゃない。

 現に、今日も一番人気だ。

 マイルチャンピオンシップを見据えて、ダイタクヘリオスを含めた2人とダイユウサクを比較するのに、このレースは絶好の機会だった。

 そしてダイイチルビーはダイユウサクと並走する位置にいる。

 

(スワンステークスは1400。彼女たちスプリンターの速さに、ついていけるのか?)

 

 先行し、2位集団で走っていたダイユウサク。

 それがもっとも懸念する材料だった。

 とにかく1400は短い。早くも最後の直線に入る。

 ダイユウサクは3番手──レースは一気に動き始めていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「く……」

 

 さすが短距離。速度も速ければ展開も早い。

 あっという間に最後の直線に入って──アタシは走る。

 一時は先頭に立ったダイタクヘリオスが、ずるずると下がっていく。

 そしてアタシはそのウマ娘と併走し、競っていた。

 

「勝てると思っているのかしら?」

 

 赤みがかった黒髪──黒鹿毛をなびかせつつ、チラッと横目を向けてきたそのウマ娘。

 まるで睥睨するように向けてきたその目は、輝くような赤い瞳。

 そして全身からまるで気高き赤いオーラを出すように走る。そんな赤が似合うウマ娘。

 

「第一、貴方は……もうお年でしょう?」

 

 ムカッ!

 なによ、それ!! そりゃあ、同年代なんてバンブーくらいしかいないし、なんだか彼女は速さについていけなくて、後ろから上がってくる気配はないけど──そんなのアタシには関係ないでしょ!?

 

「赤いからって、3倍速いとでもいいたいの?」

「そういう古い話題(ネタ)を使うから、お年寄りと思われるのです」

「お年寄りお年寄りって、アンタと2歳しか変わらないわよ!! この……ッ」

 

 競っているのはダイイチルビー。

 現役のスプリンターでもトップクラスの彼女。それにどうにかついていく……けど……

 

「くぅ……」

 

 ついて、いけ…ない……

 アタシだって短距離は何度も走ったけど、トレーナーが言うようにもっとも得意なのはこの距離じゃないのよ。

 だからって、負けるわけには──

 

 ──そう思ったとき、横を通り抜けていく影があった。

 

「なッ!?」

 

 その影は、アタシを軽々と追い抜き──ダイイチルビーへと猛然と迫った。

 

「な、んですって!?」

 

 ゴール間近で、彼女はダイイチルビーに追いつき……そして抜いた。

 そのままゴール板を駆け抜け──

 

「差しきってゴール!! 1着は、ケイエスミラクル!! 勝ち時計は1分20秒6。なんとなんと、日本レコードでの勝利ぃぃぃ!!」

 

 スワンステークスを制したのは、ケイエスミラクルって()だった。

 悔しさを抱えながら、アタシは走る速度を落とし──やがて止まる。

 チラッと見れば……ダイイチルビーは唖然とした様子で、1着でゴールしたウマ娘を見ていた。

 

「ダイユウサク……大丈夫か?」

 

 アタシが観客席付近まで行くと、トレーナーが声をかけてくる。

 掲示板に目を向ける。そこに表示された今回のアタシの順位は──4位。

 思わずため息が出そうになったけど──

 

「順位は4位だが、トップとの差は0.3秒……あと僅かだった。だから気にするな。居並ぶスプリンター相手に短距離でここまで戦えただけでも十分に収穫だ」

「なんでよ……だって、また……勝てなかったのに……」

 

 どうしてトレーナーは、そこまで楽観的なのよ。

 こんなんじゃ、GⅠ制覇なんて──

 

「本番はマイル戦だ。悲観するようなことはないだろ。短距離戦でダイイチルビーとこの差なら、十分に勝ちは見込める」

「じゃあ、あの1着……あの()、いったい誰よ?」

 

 アタシは思わず尋ねていた。

 マークしていたダイタクヘリオスには勝ったし、バンブーメモリーには影も踏ませなかった。

 あとはダイイチルビーだけ。そう思っていたのに、それなのに……完全にノーマークだった。

 

「ケイエスミラクルか。確かに前走のオープン特別は勝ってるみたいだが、その前のGⅢセントウルが良くなかったからな。まさか重賞で通じる力があったとは……」

 

 トレーナーも悔しそうに彼女を見ている。

 

「……見ない顔だけど、彼女、歳いくつ?」

「え~っと、たしか今年のクラシック世代だから……お前よりも3つ下か?」

 

 う……

 そこまで下にしてやられたかと思うと、本当に悔しい。

 それに、ダイイチルビーに煽られたのが思い出されて……

 

「やっぱりあの歳だと若さ溢れるって感じだ──」

「ぬああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ど、どうしたダイユウサク!? 急に暴れ出すな!!」

 

 見事な反応で身を翻したトレーナーに対し、再度掴みかかるアタシ。

 慌てて逃げ出した彼を追いかけて──その姿を何事か、と他のウマ娘や観衆が見ていた。

 




◆解説◆
【水面下で藻掻け!!】
・今回も元ネタなし。
スワン(白鳥)ということで、「水面を優雅に浮かぶ白鳥も実は水面下では必死に足をもがいてる」という話から。
・ちなみに白鳥のイメージが強いこのネタですが、元々は「鴨の水かき」という言葉で鴨の話。
・ところが『巨人の星』の花形の
  「青い水面に美しく優雅に浮かぶ白鳥は
   しかしその水中にかくれた足で絶え間なく水をかいている
   だからこそ
   つねに美しく優雅に浮かんでいられる」
というセリフが広まったせいで、現在ではすっかり白鳥のイメージが付いてしまいました。
・なお、白鳥をはじめ水鳥は普通に水に浮くので、実際にはもがく必要はありません。

スワンステークス
・元になるレースは京都競馬場で開催される芝の競走。
・1958年に1800メートルで創設され、1972年から1983年までは1600(1980年だけ小倉開催で2000メートル)で、その後は1400メートルの開催になっています。
・グレード制導入後はGⅡになっており、1983年までは春開催だったのですが、それ以降は10月の後半開催で安定しています。
・時期的にマイルチャンピオンシップの前哨戦。
・今回のモデルになっているのは1991年10月26日(土)に開催された第34回のもの。
・当日の天気は曇り、馬場状態は良。
・ちなみに翌日の27日には秋の天皇賞が開催されました。

ダイイチルビー
・本作のオリジナルウマ娘の一人。(※2022年夏に公式ウマ娘化していますが、その前に書かれたものなので、オリジナルウマ娘になっています)
・「華麗なる一族」出身の高貴なお嬢様で、かなりの強気キャラ。
・元ネタ競走馬は同名の1987年生まれの黒鹿毛の牝馬。マックイーン、ライアン達の同期です。
・「華麗なる一族」と呼ばれる1957年にイギリスから輸入されたサラブレッド、マイリーから発する牝系に属し、母のハギノトップレディがその出身。
・一方で父親はあの“天馬”ことトウショウボーイ。
・デビューしたのは90年の2月。4歳(旧表記)でデビュー戦に勝利して2連勝、そのご2着を2回こなしてからオークスに出走していますが結果は5着。
・秋はローズステークスの一度きりの出走でやっぱり5着とパッとしない。
・それもそのはず……勝てていない3戦目以降はすべて2000メートル越えのレースでした。
・91年からは主戦騎手が武豊から河内洋に変更され、走るレースもマイル・短距離路線へ変更して覚醒。
・91年はまさに絶好調で、9戦走っていますが、初戦のオープン特別を2着のあとはGⅠの2勝、GⅡとGⅢを一勝ずつの計4勝、重賞を2着3回、3着1回で、4位以下は無し。
・ただ、そこで力を使い切ったかのように92年は最高が5着。安田記念の15着で引退しています。……発情して競走意欲が無くなったせいらしいですが。
・なお、ラストランの安田記念はダイユウサクも出走しています。
・しかしそれ以上に、ダイタクヘリオスが出走しているのが多い。92年の3レースはすべて出ているし、91年だって初戦のオープン特別と、次走の牝馬戦、あとは翌週の有馬記念にダイタクヘリオスが出走したスプリンターズステークス以外は全部、一緒に走ってます。
・そんな彼女ですが、公式ではウマ娘未実装ですけど、その存在がアニメ版では言及されていたりします。
・2期4話「TM対決」でダイタクヘリオスが初登場したシーンで「お嬢様」と呼んでいるのが、それまで数多くのレースで競ったダイイチルビーと思われます。
・実際、92年の天皇賞前の時期ですのでダイイチルビーも引退直前。ヘリオスの「最近、つれない」というセリフもそのせいだと思います。
・そう考えると、ウマ娘のダイイチルビーもパリピ語の使い手である可能性が高いのですが……
・活躍期は短いですけど、GⅠを2勝してるし、「華麗なる一族」と呼ばれる家系とかウマ娘化してもおかしくないような気もします。層が分厚い中距離ではなく比較的少ないスプリンターですから。
・まぁ、マックイーン世代はウマ娘が多いので、可能性低いと思いますけど。
・活躍時期のせいで《アクルックス》には入れず、本作では主人公にできませんけど、別シリーズで主人公にしたくなりますね。

ケイエスミラクル
・本作オリジナルウマ娘。(※2022年夏に公式ウマ娘化していますが、その前に書かれたものなので、オリジナルウマ娘になっています)
・元の競走馬は同名の1988年生まれの鹿毛の牡馬。こちらはトウカイテイオーの同期。
・1991年にデビューして、まるで燃えるように駆け抜けた競走馬。
・春に条件戦を5回出走し、オープン昇格後のセントウルステークスこそ14頭中13位でしたが、オープン特別のオパールステークス、GⅡのスワンステークスを連勝。
・一気にGⅠまで駆け上がり、マイルチャンピオンシップでも好走。
・本来であれば負担を考慮してここで休ませる予定だったのですが、マイルチャンピオンシップの結果が良かったためにスプリンターズステークスに出走し……


※次回の更新は11月25日の予定です。  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。