「──なんてことがあったのよ」
食堂について自身のチーム入りを説明すると、一番喜んでくれたのはメジロアルダンだった。
「まぁ、おめでとうございます!」
やっぱり彼女は体の弱いアタシのことを気にかけてくれていたらしく、胸の前で手を組んで、感激してくれた。
そして──
「よかったわね、ダイユウちゃん……」
そう言って、なぜか娘の成長に感激する母親のように片手で涙を拭っているのは、もちろんスーパークリーク。
なんかもう、母親オーラがすごいんですけど。
アタシの母親よりもよっぽど母親っぽいような……うん、叔母さ──コスモのお母さんよりかは間違いなく母親っぽいわね。
あの人、どんな状況でも真後ろに立つと蹴りが飛んでくるんだもの。
どこの世界のスゴ腕スナイパーよ。
姉御肌で気風のいい人なんだけど、基本的に武闘派だし。うっかり“
……うん、なんだか比べたスーパークリークに申し訳ない気持ちになってきちゃった。
なんてアタシが考えていることを露知らない彼女はしみじみと言う。
「最近、残す量も減ってきているし。良い傾向よね」
そうなのだ。
前はとてもとても食べられなかった量のウマ娘盛りが、相変わらず全部は食べられなくても、それでも食べられる量が増えてきているのよね。
それは喜ばしいことなんだけど……
「……………………」
ああ、もう。オグリキャップは寂しそうな目でこっちを見ないでよ。
確かにあげられる量は減ったけど……アナタが食べる総量からしたら、アタシがあげている分なんてほんのわずかじゃないの。
「オグリちゃん……私の分あげるから、我慢してね。それに……彼女の場合、たくさん食べられるようになったってことは良いことなんだからね」
「そうか……うん。確かに少ししか食べられないのは本当に、本当に残念なことだ」
ベルノライトがちょっと呆れた様子でオグリキャップにフォローしてくれている。
ああ、本当に健気だなぁ……。
実のところ──最近、彼女を見ていて考えていたことがあったんだけど──
(アタシも、コスモのサポートをしたらどうかな……)
小柄な体とか、アタシはベルノに共通するところが多い。
もしもこのまま競走ウマ娘として芽が出ないのなら、オークス制覇って実績を残したコスモを応援する側に回ってもいいんじゃないかって。
だから──さっきのサンキョウセッツの言葉は、少なからずアタシの胸に刺さった。
とはいえ、今はトレーナーさんに誘われてチームにも入ったんだから、アタシ自身が頑張らないとね。
「そういえば何ていうチームに入ったんですか?」
オグリをなだめたベルノライトがアタシに振り返りながら訊いてきた。
「チーム《カストル》だけど……」
「──あら? そうなのですか……そう、ですか…………」
アタシの返事を聞いたメジロアルダンが意外そうな──そしてその目に憂いが生じる。
それにアタシが少なからず不安を感じるのも無理はないと思う。
メジロアルダンというウマ娘は、見識が広く理知的なのだから。
「……なにか、あるの?」
「そう、ですね……」
握った拳を唇に当てて、思案するアルダン。
話すべきか、話さないべきか──迷った様子の彼女は、意を決して口を開いた。
「私が聞いた話では《カストル》というチームは、《ポルックス》というチームと激しく反目し合っていると聞いています。というのも元は一つのチームを人数の関係で分かれた双子チームだったそうなのですが……いつの間にかどっちが実力が上か、どっちが正統派か、なんて争いを始めてしまったそうなのです」
「む……暖簾分けしたあとに代替わりしてトラブルになるラーメン屋のような話だな」
「お、オグリちゃん……」
無表情でオグリキャップが言うが、アルダンは笑顔でそれを流す。
それを見たベルノライトが申し訳なさそうな顔でアルダンにペコペコと頭を下げてる。
アルダンはコホンと咳払いをしてから話を再開した。
「もちろん、批判しているわけではありませんよ。競いあうことは決して悪いことではありませんし、ライバルの存在が良い反応を生むことは間違いありません。ただ……この2つのチームの反目は、少々度が過ぎることもありまして……」
「──と、いうと?」
「そうですね……相手へのあからさまな妨害行為は生徒会が介入するのでもちろん防がれているそうですが……でも、生徒会の目をかいくぐるような小さな嫌がらせは後を絶たないとか。それに過剰な対抗意識から、チーム内で過酷な練習を繰り返して体を壊してしまう、なんていう方もいるそうですわ」
「そんなの、本末転倒じゃないですか!」
アタシの問いに答えたアルダンの言葉に、ベルノライトが顔色を変えた。
憤る彼女だが、それをアルダンにぶつけても全く意味がない。アルダンは苦笑気味に微笑む。
「それを私に言われましても……」
「あ……すみません」
「いえ、スタッフ養成科の貴方が憤る気持ちはよく分かりますわ。でも……キチンとトレーナーもついていらっしゃいますし、過度なトレーニングも反目が原因かどうかも定かではありません。あくまで噂……というだけですから」
申し訳なさそうに、アルダンはアタシの方を見た。
確かに今から入ろうとしているチームを悪く言われるのはあまり良い気持ちはしない。
だけど、それは彼女がアタシのことを心配しているからだということはよく分かってる。
でも──
「アルダンが心配してくれているのはお礼を言うわ。わざわざこの話をしてくれたのは、隠すことがアタシに不利益になるから、と思ったからでしょ?」
彼女は頷くことはなかったが、ニッコリと微笑んだ。
「でもね……アタシには選択肢がないのよ。他に声をかけてくれたトレーナーもいないし。このチャンスを逃したくないの」
「ええ。わかりますわ……ですから私も“やめておきなさい”とは言いません」
「ありがとう、アルダン。アタシはこのチームで頑張る」
アタシが力強く頷くと、彼女は大きくうなずき──
「私も、その努力を精一杯応援いたします。そして、レース場で一緒に走りましょうね」
そう言って彼女はアタシの決意を祝福してくれた。
それからふと、思い出したように言う。
「……そういえば、《ポルックス》に所属しているウマ娘の中に、オークスに出走していらした方がいましたね」
「誰ですか!?」
アタシ以上の食いつきでベルノが尋ねる。
「ええ、あのレースで皮肉なことにある意味で有名になった方ですけど……サンキョウセッツさんですね」
アルダンのその答えで、どうしてサンキョウセッツがアタシのチーム入りを知っていたのかとか、なんであんな場所で絡んできたのか、という疑問が解決した。
(まったく、先が思いやられるわ……)
アタシは大きくため息をつき──思わずこめかみを指で押さえていた。
チームに所属したことで、アタシに大きな変化があったのは、コスモへの応援だったわ。
今までは彼女の走るレースを見に行ったんだけど──さすがにトレーナーがついてチームに所属したら、それも無理。
東京ならともかく、トレセン学園から遠く離れたレース場に応援に行くのは厳しくなっちゃったのは本当に残念だった。
そして──彼女が次に出るレース、高松宮杯の開催は中京レース場だった。
「本当は行きたいんだけど……」
「いいよ。今は自分を優先するべきなんだから」
彼女が出発する前日、アタシは寮でコスモに謝ったけど、彼女は笑顔で「気にしないで」と言ったわ。
今まで全部、間近で見ていた分、寂しい──というよりはなにか不安さえ感じるくらい。
「ユウ……いつまでも、コスモのレースに付いてくるわけじゃあないよね? そんなことできるわけがないんだから」
そんな気持ちが顔に出てしまったのか、コスモは少し怒った様子でそう言った。
「ユウがデビューすればコスモだってできる限り応援しに行きたいよ。今までたくさん応援してくれたんだから」
それが嘘偽りのない彼女の気持ちだってことは、十分に分かる。
「でも、二人が違う場所で走ることがあるのは当たり前だよ。かといって片方の応援のためにもう片方がレースに出ないなんてことはありえないし、常にそうなるようにレースを選ぶわけにもいかないんだから。レースに向けての特訓だってあるし」
「そんなこと、分かってるわよ……」
アタシが不満そうに言うと、コスモは「わかってるならいいけど……」と納得する。
「だから今回は、テレビで応援してよ」
「ええ、もちろんよ。かじり付いてでも応援するわ」
「……そこは、練習の合間、程度にね。そうじゃないと学園に残る意味ないし」
アタシの返しにコスモは呆れたように苦笑する。
「コスモこそ、体調に気をつけなさいよ。変なもの食べて体調崩したりしないように」
「うん。チームのみんなもサポートしてくれるからね。今回は──相手が相手だからね」
コスモは遠い目をして虚空を睨む。
彼女の視線の先には──きっとオグリキャップの姿が映っていることだろう。
「あ! そうだ!! ユウはちゃんとコスモのこと応援してよ? いくら親しいからってオグリのことも……なんて考えてないよね?」
「え? あ……もちろん、そんなこと無いわよ?」
「あ~、考えてた考えてた。コスモの方が付き合い長いんだし、同じ血を分けた従姉妹じゃないか!! ちゃんと応援してよ~」
「わかったわかった。今回はコスモのことだけ応援するから──」
じゃれるコスモを手で制し、アタシはじっと見つめる。
「だから──勝ってきなさいよ」
「ああ。もちろんさ!!」
コスモは満面の笑みで答え──旅立っていった。
でも──
アタシはテレビでそのレースを見ていた。
この高松宮杯はクラシックレースと違い、同年代だけではなく上の年代の先輩方も走るレース。
今注目のオグリキャップが出走するということもあって注目度の高いレースだったんだけど……彼女の強さを驚異に感じたウマ娘達の棄権が相次ぎ──なんと出走メンバーは8人しかいなかった。
前走のオークスが22人で走ったコスモにとっては、かなり違和感を感じたことでしょうね。
そして始まるレース。
序盤は逃げのウマ娘が引っ張る中──コスモはなんと最後尾にまで落ちてしまう。
特別出遅れたような気配はなかったんだけど……やっぱりテレビで見るレースは視覚が限られるのでわかりにくい。
でも、中盤から終盤にかけて、コスモは順位を上げていく──が、そこに他のウマ娘達が立ちはだかった。
「──え?」
アタシは思わず目を疑った。
コスモの前には複数のウマ娘が併走していて隙間が無く、壁ができあがっていた。
完全に道を塞がれたコスモ。
それを後目に、オグリキャップはそれをかわしてぐんぐんと加速していく。
そして──
最後の直線でコスモがその壁を抜けたころには、その遙か先で先頭を逃げていたウマ娘が走っており──さらにその先をオグリキャップが走っていた。
そしてそのままゴールへ。
優勝──しかもレコード勝ち。
圧倒的な強さでオグリキャップは高松宮杯を制した。
友人の勝利に喜びたい気持ちだったけど、やっぱりコスモが負けたのはショックであり、残念だった。
──そして現地で見ていなかったアタシは、この時のコスモの気持ちを本当の意味で理解していなくて……彼女を傷つけることになってしまうのだった。
◆解説◆
【敗北の高松宮杯】
・今回のタイトルはモデルなし。
・でも、タイトルでレース結果ネタバレという、ジャンプ系アニメのあるあるです。
・次回予告があったら──そうなっていたのですが、ぶっちゃけシンデレラグレイを雑誌で追いかけている人にはバレバレですよね。
・史実調べればおおむねわかるし。
【コスモのお母さん】
・競走馬コスモドリームの母馬はスイートドリーム。それがイメージになっています。
・実はこの馬、「甘い夢」なんて希望あふれる可愛らしい名前を付けられたのに……後ろに立った馬を蹴り上げようとするという、まるでどこかのゴル〇13のような悪癖があった非常に気性の荒い馬だったそうな。
・おかげで種付けする種牡馬はそりゃあもう大変。
・なんとかモガミを種付けしたけど──不受胎。
・もう一度種付けするけど、うっかり蹴飛ばして怪我でもさせたら大変だ──と万が一蹴り飛ばされても損害が少ないという理由で、所有牧場の自家用種牡馬だったブゼンダイオーが選ばれ、そして生まれたのは競走馬コスモドリームです。
・そんな経緯から、「コスモのお母さんはおっかない」という設定が生まれました。
【《カストル》】
【《ポルックス》】
・主人公ダイユウサクが所属することになったチーム《カストル》と、そのライバルチーム《ポルックス》
・その名前の由来は、今回も一等星の名前から──って、実は恒星「カストル」って一等星じゃなくて二等星でした!(正確には1.6等星)
・──ただし「ポルックス」は一等星。
・つまり21の一等星の中に「カストル」は入っておりません。
・どちらもふたご座に輝く星であり、ふたご座の元になった神話にでてくる双子の英雄から名付けられ、セットで双子星とも呼ばれるのに……
・そういう経緯で、この二つのチームは双子──元は同じチームだったという設定になっています。
・もともとは一等星「ポルックス」から名前をとったチーム《ポルックス》がありました。
・しかし人数が増えてきて、トレーナーも増えてきたので暖簾分けし《カストル》が生まれます。
・最初はいいライバル関係だったのですが、徐々にいきすぎた対抗意識がエスカレートして──目の敵にするようになってしまいました。
・ちなみに──神話ではカストル(カストール)の方が兄なんですけどね。
【現地で見ていなかったアタシ】
・本作におけるこのときのコスモドリームの敗因が、じつはコレ。
・というのも、彼女の固有スキルを憶えておいででしょうか?
・【
・──そう、ダイユサクが現地にいないので、発動条件を満たさなかったんです。
・せっかく前のレースで開眼した固有スキルでしたが、その不発が大きく響きました。
・発動していればもっと早く前の壁を抜けていたし、そこからオグリを追いかけ、そこから互角以上の戦いができていた(オグリがうっかり「な、なにぃッ!?」とか言ったらコスモが勝ってた)はずなのですが……結果は御覧の通り。
・ただし、コスモ自身はスキルの不発はもちろん、固有スキルの発動条件も知りません。
・それでも出発前に、ダイユウサクに自分を見てほしいとか応援してほしいと言ったのは、無意識にその条件を求めていたからかもしれません。