私──メジロアルダンがマックイーンの様子がおかしいのに気が付いたのは、ジャパンカップが終わってからでした。
ジャパンカップには私も出走しましたが──結果は、いいものをまったく残せませんでした。
そして私の脚はもう……
「これは……アルダンさんではありませんか」
「マックイーン……」
ジャパンカップの数日後、ばったり学園で出くわしたマックイーンの周囲には、まるで取り巻きのように下の学年のウマ娘達がいました。
見たこともない、メジロ家のものでもなんでもない、マックイーンにあこがれているウマ娘達のようです。
そんな彼女を見て「おや?」と違和感を感じつつも、私は彼女に軽く会釈をしつつ苦笑気味に返したのです。
「この前のレースはどうも。お互い不本意な成績でしたが……」
するとその言葉に、周囲の下級生が顔色を変えました。
「……お互い?」
話に割って入られて戸惑いましたが、別のウマ娘は「クスクス……」と笑い出すものさえいます。
そんな反応を訝しがっていると──
「マックイーン姉様は不本意な順位なんかではありませんわ!」
顔色を変えたウマ娘が突然反論してきました。
他のウマ娘達も「そうよ! そうよ!」と言い出します。
「順位は4位でも、前の3人は外国からの招待選手……日本のウマ娘の中ではトップでしたわ!!」
「え……?」
私は戸惑います。それでマックイーンは本当に満足しているのか、と。
そう思って彼女の顔を見ましたが──苦笑を浮かべながらも、彼女は「まぁまぁ」とそのウマ娘を宥めるだけでした。
まさか……満更でもない、とでも思っているのでしょうか。
「今のマックイーン様に勝てる国内のウマ娘なんて、おりませんわ!」
「京都大賞典でのレコード勝ちを見れば、それはあきらか……」
「なんなら、もしもジャパンカップと期間が空いていれば、マイルチャンピオンシップだってとっていたのではありませんの? ダイタクヘリオスさんが取れるくらいですもの……」
GⅠウマ娘は皆、
それに敬意をまったく払わないどころか、そのウマ娘の人格を否定するようなことまで……なんと無神経なのでしょう。
「でも、秋の天皇賞──」
内心の激しい怒りを私がどうにか抑えて笑顔を取り繕い、それでも収まらずに一番言われたくないであろうことをポツリと言い掛けると──取り巻きがキッと睨みつけてきました。
「あんなのは、ただの言いがかりではありませんか!」
「6バ身も離した圧勝ですわ! 斜行なんてあってもなくても、結果は同じですわ!」
「むしろマックイーン様のために、道を譲るべきですのに!!」
……このウマ娘たちは、いったい何を言っているのでしょうか?
あの斜行は、マックイーンの勝つ意識が強すぎてしまったために起こったことなのは私も理解しています。
しかし間違いなく危険なものでした。
転倒寸前の方もいましたし、あのレースでケガをしている方もいます。現にカミノクレッセさんはケガでジャパンカップと有馬記念を断念しているではないですか。
彼女のことまで否定しようというのですか?
(マックイーン、貴方からもなにか……)
そう思って彼女を見ましたが──やんわりと止めようとする彼女の姿に、愕然としました。
「なぜ……」
以前の貴方なら、相手への敬意を忘れなかったはず。
降着は悔しいでしょうが、それでも1位になったウマ娘を気遣うのを忘れなかったはずではありませんか。
それが、どうしてこのようなことを許すのですか? 彼女たちをハッキリと止めないのですか!?
「………………っ」
しかし、私も──なにも言えません。
マックイーンへ言おうと口を開きかけましたが、私には言うことができませんでした。
なぜなら私のジャパンカップの順位は──14位。
(このような、不甲斐ない私の言葉が彼女に届くわけがありません)
私がどんなに真摯に訴えても、取り巻きの方達に「負け犬の遠吠え」と一笑に付されてしまうでしょう。
彼女たちを止めないマックイーンがしっかり受け止めてくれるかも疑問が残ります。
(私がジャパンカップできちんと結果を残していれば……)
秋の天皇賞のことで傷ついたマックイーンを、同じレースで競うことで励まそうと考えた私でしたが──私の脚は度重なる怪我によって、もはや私の思い描くようには動いてくれなくなっていたのです。
「有馬記念も、間違いなくマックイーン様のものですわ」
「国内で勝てるウマ娘などおりませんものね」
「なんならスプリンターズステークスを軽く勝ってから出走するくらいのほうが、ハンデがあって盛り上がるのではないでしょうか?」
その「オホホホホ……」という笑い声も含めて、取り巻き達の言葉は私にとって聞くに耐えませんでした。
(あぁ、マックイーン……)
彼女の心は誘惑に負けてしまったのですね。
秋の天皇賞でのあの降着で傷ついた彼女は、外国勢にかなわなかったというジャパンカップからも目を背け──気持ちのいいことだけを言う小鳥のさえずりだけを聞き、自分を慰めているなんて。
(御婆様が見たら、なんと嘆かれることか……)
次代のメジロ家を担う者、と私も期待していただけに、この光景が残念でなりません。
そしてこんな彼女にしてしまった私が、情けなくて仕方ありません。
(このままでは、いけません)
もしも、このまま有馬記念を勝ってしまったら──彼女は小さくまとまるようなことになってしまいます。
それはメジロ家にとっては大きな損失……
(彼女にとって──いえ、メジロ家にとっては有馬記念で負けて一度、挫折を経験するべきかもしれません)
たとえばプレクラスニー。
彼女に負ければ秋の天皇賞の結果を受け入れざるを得なくなり、それにきちんと向き合うことになるでしょう。
あとは、よもやの敗戦をするのもやむを得ない相手──
(──ではなく、むしろよもやの敗戦すら想像していない、あきらかな格下と見下しているような相手に負けること、でしょうか)
去年の有馬を制したオグリキャップのような古豪相手や、例えば今回は怪我で出場できまないトウカイテイオーのような、逆に新進気鋭相手では「負けるのも仕方がない」と開き直られてしまいます。
彼女と同世代以上の思わぬ伏兵に、言い訳できないほどに、完膚無きまでに倒されれば──秋の天皇賞やジャパンカップの敗戦にも真摯に向かい合ってくれることでしょう。
(でも、そんな相手なんて……)
いるわけがない。
そんな相手が勝てるようなウマ娘ではないのが、メジロマックイーンなのですから。
私を敵視する取り巻きをやんわりと諫めながら「それでは……」と去っていくマックイーンを見ながら「どこかにそんなウマ娘がいないものでしょうか」と思わず呟いてしまいました。
このままでは──メジロ家の未来は暗いものになりかねません。
「「え……?」」
オレの言葉に、二人のウマ娘は心底呆れた顔をした。
端的に言えば、「なに言ってんだ、コイツ?」という顔である。
そうして訝しがるミラクルバードとダイユウサクは、眉をひそめ──
「今、なんて言ったの? トレーナー……」
「……次の、出走の話をしていたのよね?」
──と尋ねてきた。
まったくもってその通りだ。ここはチームの部屋だし、ウソをつくような場所でもない。真面目なミーティングで冗談を言っても仕方ないからな。
だからオレは正直に答える。
「ああ、次の出走は12月の最初の土曜日、と言ったんだぞ」
「……で、何ていうレースよ?」
オレが答えると、ミラクルバードは「ああ」と言いながら、「ポン」と手のひらを拳で叩いた。
「そういえば改修工事していて今年は使えなかったもんね。大阪杯とか朝日チャレンジカップとか……」
大阪杯なのに京都……と誰かさんが文句を言っていたのを思い出す。
一方、その誰かさん──オレが担当しているウマ娘のダイユウサクはジト目で見てきていた。
「……それって、GⅠ?」
「オイオイ、いかにもこんな一回こっきりしか開催しないような名前のレースが重賞なワケないだろ?」
いやいや、まったくバカだなぁ、コイツは。
苦笑しながらオレはキッパリ言ってやる。
「決まってるだろ。オープン特別だ」
「……オォォプン特別ぅ?」
ジリジリとニジリ寄ってくるダイユウサクの姿に、オレは不穏な空気を感じ──たが、間に合わなかった。
掴みかかってきた彼女にあっさりと捕らえられてしまう。
胸ぐらを捕まれ、そのまま前後に揺さぶられるオレ。
「なぁに考えてんのよッ!!」
噛みつかんばかりの勢いで迫るダイユウサク。
いや、顔が近い! あまりの剣幕で気がついてないかもしれないが、ホントに近すぎるぞ。
「今年中にGⅠ取らないとアタシが引退しないといけないの、忘れたわけじゃないでしょうね!?」
ああ、その話なら──
オレが言おうとしたが、機先を制してダイユウサクが続ける。
「今年の残すGⅠでアタシが出られるのなんて、スプリンターズステークスしかないんだから、そこに全力を注がないといけないでしょ!?」
「ダイユウ先輩の言うとおりだよ。スプリンターズステークスの開催日は12月15日。その前週の土曜日に走るなんて……無茶だし、今さらオープン特別に出たところで……ところで、そのレースの距離って?」
「阪神の芝1600だ」
オレの答えにダイユウサクとミラクルバードはますます呆れた様子になった。
「マイル戦なら前回走ってるわよ!! スプリンターズステークスと同じ1200を走るならともかく!!」
「そうだよ。オープン特別走るならこっちじゃないの? すずかけステークス……」
レースの開催予定を見ながら、抗議するのはミラクルバードだ。
彼女の言うすずかけステークスはスプリンターズステークスの2週前、12月1日に開催される中山の第8レース。開催地と距離がまったく一緒だから本番前の予行演習にちょうどいい──なんてことを言うとレースをなんだと思っているんだ、と怒られそうだが──のは間違いない。
「まぁ、確かに……ここまでいろいろ走ってきたが、中山で走ったこと無いもんな、お前」
少し呆れ気味にオレはポツリと言った。
ここまで30戦近く走ってきて、ダイユウサクは北海道の二つの他、中山レース場と小倉レース場を走ったことがなかった。
まぁ、小倉に関してはそこで開催のはづき賞に、高松宮杯の直後にエントリーだけはしたが、結局は取り消して走らなかったという経緯がある。
でも中山はエントリーすら無しだからな。
「東京を除けば一番近い中央のレース場なのになぁ……」
「アンタが今まで決めてたんでしょうが! 出るレースを!!」
ますますヒートアップするダイユウサク。
「それを、なんで阪神の1600なのよ!? 勝つ気あるの!? それともひょっとして──」
ダイユウサクはバッと身を退いて、肩を抱きすくめるように身を縮めながら、オレをドン引きした目で見る。
「アンタ、まさか……アタシを引退させてセクシー女優にして、その出演作を──」
「そんなわけあるかッ!!」
外道じゃねぇか、そんなの!!
本気でそんなことを疑うのなら……オレはかなりショックだぞ。そこまで信頼されていないだなんて。
「オレが、お前にそんなひどいこと、するワケないだろ?」
「うぅ……」
怯えたような、そしてまだ少し疑うような目をしていたが、それでも彼女は躊躇いがちにうなずいた。
それを確認して、オレはミラクルバードの方も見る。
「二人とも落ち着け。いろいろ説明が足りていないみたいだから……よく聞いてほしい」
オレが言うと、ダイユウサクは一度立ち上がり、部屋の中にあったパイプ椅子に腰掛ける。そしてその横に、車椅子を漕いだミラクルバードが並んだ。
どちらも困惑気味に、立ったままのオレを見上げるように見つめてきた。
「まずは……ダイユウサク、安心しろ。GⅠをとれなくてもお前が引退する必要はない。あの賭けを無効にするように、パーシングと話を付けてきた」
「え……?」
ダイユウサクは驚いたようにオレを見つめてくる。
それにオレは「大丈夫だ」と言ってうなずいた。
「そ、そんなの……勝手に、アタシとあの女の約束を──」
「ダイユウ先輩、トレーナーの気持ちもちゃんと考えて。先輩がレースに集中できる環境を整えてくれたんだから……ここは文句じゃなくて御礼を言うところだよ」
「う、それは、そうね……ありがと、トレーナー」
反発しかけたダイユウサクだったが、ミラクルバードが上手いこと納めてくれて助かった。
御礼を言いつつ頭を下げるダイユウサクを見つつ、ミラクルバードは何か言いたげにオレを見ている。
アイツは勘が鋭いから、代わりになにか要求されているんじゃないか、と疑ってるな。
だが──いや、だからこそオレはその視線に気付かない振りをした。
「で、あとお前ら二人ともしている勘違いなんだが……スプリンターズステークスには出ないぞ?」
「「──はい?」」
さっきの、次走を発表したのと同じような反応をする二人。
オレはそれに説明を加えた。
「スプリンターズステークスに出ても、短距離が得意でもないダイユウサクが、数少ない短距離GⅠレースを虎視眈々と狙うスプリンター達に勝てそうにないからな」
「……と、いうことは?」
惚けたように、ダイユウサクがオレに尋ねてくる。
しかしそこで……オレは次走のその先を話すのを躊躇った。
ここでもしも言ってしまうと──もしも出走がかなわなかったときの落胆を大きくしてしまう。
「落ち着け。今のお前は……今年の勝ちが1勝しかないウマ娘だ。だからとりあえず次走の──阪神レース場新装記念特別に勝つんだ」
「それってまさか──」
それでもダイユウサクの顔は、
しかし──
「浮かれるな、ダイユウサク。現時点ではその可能性があるっていう小さな光でしかない」
そうは言っても、アイツの目はそれを隠せないほどに輝いていた。
「記念レース、それも長いこと改装工事していた阪神レース場のこけら落としのレースだからな。これに勝てば注目を集められる。そうすれば……可能性は開ける」
「うん! 分かったわ!!」
ダイユウサクの目が、変わっていた。
今までの明らかに余裕が無く、そして勝たなければならないと追いつめられていたものから変化していた。
それはまるで──トレーナーにしてくれとオレが言うきっかけになった、あの併せの時の楽しそうな目を彷彿とさせるものだった。
「今のお前なら──オープン特別なら間違いなく勝てる!!」
オレの言葉に、ダイユウサクは力強くうなずいた。
──12月7日
新装された阪神レース場で、その記念レースが開催されようとしていた。
その名もズバリ、阪神レース場新装記念。
改装後の阪神レース場のこけら落とし……といういかにも、な名前だが、実はその前週にはGⅠの阪神ジュニアステークスが開催されていたので、ちょっと時機を逸した感がある。
おまけに今日は土曜日。
明日の日曜日には有馬記念の前哨戦、鳴尾記念が開催されるので、土曜日のうちにやってしまおう、というわけだ。
もはや冬と言っていい12月の空は晴れ渡り、バ場の状態も良。
日没まで1時間もないような午後3時40分に──そのレースの火蓋は切って落とされた。
今回のレース──阪神レース場新装特別という、微妙に長い名前のレースに出走した私は後方に位置して展開を伺っていました。
「うぅ……」
伺う──なんて言えば格好は付きますけど、ホントのところは集団に入っていくのが怖かったから。
だって、周囲を囲まれたら大変じゃないですか?
どこからなにが飛んでくるか、まったく分かったもんじゃないんですから。
それをトレーナーに言ったら、呆れた顔で「心配しすぎ」と苦笑されました。
(なんて呆れられるほど、私は臆病なわけでして……)
そのとき、困り果てたトレーナーさんが、無意識に頭を掻くために挙げた手にさえ、私はビクッ!と驚いてしまいましたし。
幼いころから変わらない、生まれついての臆病者。それが私なんです。
カラスの鳴き声にビックリして大騒ぎをして笑われたり──
(でも、カラスの声とか不吉じゃないですか? 怖くありません!?)
やたらと不気味ですし。
それでもこうしてレースで走れるくらいには、少しは治ったわけですけどね。
でも最近は不振続き。
3月のレースで勝ってからは調子を落として──このレースは半年以上ぶりです。
(今日のレースはやや速め……)
そんな久しぶりのレースで、このペースはちょっときつい。
先頭を走ってるウマ娘は決して遅い訳じゃないのに、それでも集団が途切れなく続いている感じ。
ああ、やだなぁ。こういうみんなが集まって走ってる感じは。
囲まれかねないし、そうなると落ち着かなくなるし……
案の定、4コーナーを曲がって直線に入るころには──大きな集団になって私の周囲は完全に囲まれていました。
「ああ、どうしよう……」
こうなると本当に困る。
前はふさがってるし、横ももちろんダメ。
後ろに下がってる暇なんてないし……なんて、心の中でワタワタしてしまいます。
そんな中、私がちらっと見た横を走るウマ娘のさらに外側を──颯爽と一人のウマ娘が走り抜けていくのが見えました。
「あれは──」
長い栗毛をなびかせて、ただまっすぐ前を見つめて駆け抜けていく。
その姿には他のウマ娘への怯えもなく、確固たる意志で道を切り開き、進んでいく。
『ステイジヒーロー追い込んできた! 外の方はどうだ? ダイユウサクか? ダイユウサクだ!!』
(ダイユウ、サク……?)
あまり聞いたことのない名前だった。
もちろん、秋のGⅠ戦線の中で開催されているこのレースだから、オープン特別にはGⅠ戦線で派手に活躍しているウマ娘は出てこないんだけど……
『一番外からツルマルミマタオー! 100メートル通過、しかしダイユウサク先頭!! ダイユウサク先頭!! ──ダイユウサクそのままゴール!!』
私が集団に飲まれてなにもできないまま──レースは終わっていました。
レースを制したのは、集団の中で私がなにもできないでいる間に、目を奪われたウマ娘──ダイユウサクさんでした。
「はぁ……今日も、ダメでした…………」
いい結果を残せないままゴールするしかなかった私。立ち止まり、思わず俯いてしまいます。
呼吸がわずかに整い──顔を上げると、そこには観客席の声援に応えている、勝ったウマ娘の姿が見えました。
そしてトレーナーが近づいてくる気配。
「……大丈夫? ターキン」
「あ、はい……平気です。トレーナーさん」
落ち込んでいた私の姿を見て、トレーナーさんはどこか故障したんじゃないか、と思ったのでしょうか。心配そうに声をかけてくださいました。
私が答えると「それならいいけど……」と少しホッとした様子でしたし。
それから私が見ていた方──勝ったウマ娘を見ました。
「……年始以来勝ってないウマ娘に負けるなんて、ちょっと悔しいね」
「そうだったんですか? あの
二人でそのウマ娘を見ながら、アタシが問うとトレーナーはうなずきました。
「もうだいぶ前の話になるけど、今年の西の金杯を制したのは彼女。そこから勝っていなかったって話だから──」
「金杯を……」
もしもそこを勝てたら──私も彼女みたいに強くなれるんでしょうか。
そう思っていた私は、そのウマ娘が自分が強いとまったく思ってないなんて、思いもしませんでした。
だって、あの勝ち方──圧倒的な末脚と集中力、そして勝利への執念を見せつけられたら、とてもそうは思えませんから。
そうして私──レッツゴーターキンは、ダイユウサクというウマ娘に対して、興味を持ったのでした。
「──勝った」
アタシは観客の声に応じて、阪神レース場の改装で新しくなった
トレーナーから言われていたのは──
『いいか。今回のレースはあくまで通過点だ。調整の照準はここが最高点には持ってこない。それより2週間後が最高になるように調整するからな』
そう聞いていたけど、今のアタシの体はこれまでの……ううん、今年の秋にはそこまで至れなかった、去年の3連勝中と同じくらいに調子良く動く。
(トレーナー、調整ミスしてないでしょうね……)
少しだけ不安は感じるけど──でもすぐにその不安を頭から打ち消す。
彼を信じなくてどうするの?
あの人が言うんだから、アタシには──これ以上がある。絶対に。
(あの人の言うとおりに勝った。これで人気投票も上がるはず……)
そう信じて──人事を尽くしたアタシは、天命を待つより他になかった。
◆解説◆
【遠回りこそが最短の道】
・元ネタは『ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン』の台詞。
・ジャイロ・ツェペリから主役のジョニィ・ジョースターへLESSON5として残した最後の助言「1番の近道は遠回りだった」に続いて言った台詞──「遠回りこそが俺の最短の道だった」から。
【カミノクレッセ】
・同名の競走馬がモデルのウマ娘。
・マックイーンが秋の天皇賞でやらかした斜行の一番の精神的被害者がプレクラスニーなら、物理的被害者がカミノクレッセ。
・4歳(旧表記)2月にデビューし、前肢を構成する骨のトウ骨に不安があったため、負担の少ないダート戦を中心に走っていました。
・4戦目で初勝利したものの骨膜炎で秋まで休養。休養明けは条件瀬で活躍、準オープンにまで昇格。
・翌2月にオープン昇格するも降級制度によって一度準オープンになるも、6月に再昇級してオープンに。
・重賞初挑戦になった6月の札幌記念をメジロパーマーと競ったものの惜しくも0.2秒差の3位。次の重賞挑戦になった10月のブリーダーズゴールドカップを制して重賞初制覇し、その勢いのままにGⅠ天皇賞(秋)に挑戦。
・──その結果、4番入線の3着。
・そしてマックイーンの斜行の影響で脚に外傷を負ってしまい、ジャパンカップと有馬記念を回避することになりました。
・元々足が弱かった影響もあったのか、この後、慢性的に脚部不安を抱えるようになり脚に注射を何本も打って出走するような有り様に。
・それでも翌年の春は天皇賞(春)、安田記念、宝塚記念とGⅠを連戦し、すべて2着というシルバーコレクターぶりを発揮。
・よく考えると3200の天皇賞(春)と半分の距離しかない安田記念(1600)、その中間くらいの距離の宝塚記念(2200)ですべて2位というのはスゴいことで、適性幅の広さを感じさせます。
・その後は脚部不安で秋を全休。翌年に復帰するもやはり脚の不安で思うように結果が残せずに引退。
・脚の不安が無ければ……あの秋の天皇賞での外傷が無ければ、と思ってしまうほどの結果を残しました。
【去っていくマックイーン】
・ここのマックイーンの描写は非常に“らしくない”ことは書いてる人も十分承知しております。
・あの斜行で精神的に追い詰められた上にジャパンカップ4着でさらに追い詰められて、限界を迎えてしまった──という、ゲームのメインストーリー版やアニメ版とは違う、if版のマックイーンになっています。
・ゲームやアニメはチームメンバーに支えられて(アニメ版ではその辺りがマルっとすっ飛ばされているので推測ですが)乗り越えたのと違い、本作では取り巻きの甘い声に負けてしまっています。
・ですのでこのシーンのころのマックイーンは、ゲームやアニメのマックイーンというよりも、原案版の冷たい印象のマックイーンをイメージにしています。
・ここから、あのマックイーンに戻ることができるのでしょうか……
【阪神レース場新装記念】
・元になったレースは1991年12月7日に開催された阪神競馬場新装記念。
・なんと偶然にもこの話のアップした日も12月7日で合致してました!
・ウマ娘の世界では「競馬場」を「レース場」としているのでこのような名前に改称しました。
・ちなみに改装工事の竣工は11月30日。その翌日の12月1日からレースを開催しており、その日にGⅠの阪神3歳牝馬ステークスが開催されています。……慌ただしい。
・これを記念して毎年開催されるように……なるわけがなく、この一回きりの開催になったオープン特別のレースです。
・場所はもちろん阪神。芝の1600で開催され、当日の天候は晴れ。馬場も良でした。
・これを当然のように勝ちますが……実際には最重量のハンデを背負わされていたりしています。それでもこの年も連戦している重賞ではなく普通のオープン特別なら、横綱相撲で勝てるほどダイユウサクの実力は上がっていたのでした。
・もちろんこのレースに出走するというのは厩務員だった平田氏や熊沢騎手は完全に想定外で、てっきりスプリンターズステークスに挑戦するものだと思っていました。作中でダイユウサクとミラクルバードが驚いているのはそのオマージュです。
・そんな内藤調教師の奇手が、ダイユウサクの有馬記念への道を切り開くことになるのです。
【中山はエントリーすら無し】
・そうなんですよね。九州の小倉や北海道の函館・札幌は重賞も少ないのでまだわかりますが……
・まぁ、元ネタが関西馬ですからね。そうなるのも仕方がないかもしれません。
・そんなわけでビックリするほどこれまで中山に縁がなかったダイユウサク(と熊沢騎手)。
・それが後にあんな悲劇を生むことになるなんて……
【鳴尾記念】
・もともと阪神競馬場があった地名が鳴尾であり、その地名が入ったレース。
・同じような由来をもつレースに、目黒記念、根岸ステークス、関谷記念があります。
・1951年から始まったレースですが、その頃は春と秋の2回開催されていたそうですが3年後の1954年から年1回に変更。(
・そのため春に開催されていたのですが、1987年から突然12月開催に。……秋の開催無くしたのに。
・そのときの優勝馬がタマモクロスで、それまで準オープンでさえなかったにも関わらず重賞初制覇。そしてそこから覚醒し、重賞六連勝を達成しています。
・その後は1997年から3年間6月開催になった後、12月に戻り……2012年から再度6月開催になって、現在に至っています。
・距離の変遷もひどく、最初は2400でしたが1982年から2500メートルに伸び、1997年以降は2000メートル(2006年~2011年は1800)で開催されています。
・本作の元になっている1991年のころは12月開催の2400メートルということで有馬記念の前哨戦ともいうべきレースになっていました。
・1991年の鳴尾記念を制したのはナイスネイチャで、その後に有馬記念に出走しているのは、その順位も含めて皆さんよくご存じかと。
【レッツゴーターキン】
・本作オリジナルウマ娘で、元ネタは同名の競走馬。
・その名前の語感の良さから、書いている人は好きだった馬でした。
・1987年生まれの鹿毛の牡馬。マックイーンと同じ世代ですね。
・3歳(旧表記)12月にデビューするも、新馬戦で14頭中13着と惨敗。
・翌4月の4戦目で初勝利し、6月に2勝目。しかしその後は勝ちきれないレースが続く。
・明けて1991年。2月の小倉大賞典、3月の中京記念のGⅢレースで連勝。これで本格化か? と思いきや、次から2桁着やビリを含んだ7連敗。
・阪神競馬場新装記念もここに含まれ、作中には「レース直後で本人には分からないだろう」ということで書きませんでしたが、12着でした。
・なお、本作では金杯に興味を持っていますが、それは次走が92年の金杯(西)だからです。出走してこちらも12着でした。
・その後、翌年の4月の谷川岳ステークスで勝利。次走は13着でしたが、その次の6月のテレビ愛知賞の2着から連続で入賞、10月の福島民報杯での優勝を引っ提げて11月1日の天皇賞(秋)に出走しました。
・春の天皇賞を制したメジロマックイーンは怪我で不在とはいえ、休養明けのトウカイテイオーのほか、イクノディクタス、ナイスネイチャといったウマ娘になっている名馬はもちろん、ヤマニングローバル、ホワイトストーン、カリブソングといった実力馬が集結。
・そして始まったレースは、メジロパーマーとダイタクヘリオスが逃げるも、宝塚記念の制覇で警戒されていたのか、後続を引き離せずに不発。
・しかしそのハイペースの中、内で有力馬が死力を尽くして競う中、大外から差した伏兵レッツゴーターキンが秋の天皇賞を制したのでした。
・大外から一気に上がり、並み居る強豪を切り捨てたその末脚はすごいものがありました。
・ちなみにその後はジャパンカップ、有馬記念に出走して8着と4着。
・翌年の3月に出走した阪神大賞典で5着でしたが、そのレース中に負傷しており、そのまま引退しました。
・……いや~、今回の『阪神レース場新装記念』を書く際に、どう書こうか迷いながら「まさかこの時期のオープン特別に有名馬なんていないだろうな」と思っていたんですけど──ダイユウサク以外にもう一頭見つけたんですよね、知ってる名前を。
・まさかレッツゴーターキンが出走していたなんて、ホントにびっくりしました。
・本作での臆病な性格は、元ネタ競走馬がモデルになっています。カラスの鳴き声で大騒ぎしたり、騎乗者がムチを持ち替えただけで驚いたり、というエピソードから。
・なお──本作オリジナルとは言いましたが、レッツゴーターキンがモデルのウマ娘は実はアニメの2期に登場していたりします。
・2期6話の有馬記念のシーンで、ナイスネイチャがアップになるところ(11分03秒あたりから)で、ネイチャの後ろで走っているモブウマ娘が、順位的にレッツゴーターキン(がモデル)のウマ娘です。
・続く7話で天皇賞(秋)のシーンがあるけど、パーマーとヘリオスが惨敗した姿のみで勝ったターキンが全く映らないのは残念。