見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──12月15日 中山レース場

 (わたくし)──ダイイチルビーはレースの真っ最中でした。
 出走しているのは年末のGⅠのラスト前であり、今年の短距離最速を決めるスプリンターズステークス
 そこで(わたくし)は……

「走れ! ルビィィィィッ!!」

 起こったただならぬ事態の気配に、振り返りかけましたが──彼女の声で我に返って前へと向き直り、グッと足に力を込めました。

「キミにとってほしい、このレースを!! だから──」

 悲痛な声が後ろから聞こえました。
 その気持ちに──(わたくし)は応えなければならない。
 それがこのレースで、そして多くのレースを共にしたライバルの願いなのだから。

「せめて、せめてあの方の願いは──」

 加速することなく下がったあの方とは対照的に……いえ、あの方の力がわたしに宿ったかのように、ますます力が漲り──(わたくし)はグン!と一気に加速しました。

『さぁ、坂を上がって、今度は一気にかわした! 先頭はダイイチルビーだ!! ダイイチルビー、やはり強い!!』

 バンブーメモリーさんが引退してしまい、ダイユウサクという方は先週の阪神で開催されたよく分からないレースに出ていました。
 プレクラスニーさんと……そして、(わたくし)によく絡んできた、あの珍妙な言葉を使う方──ダイタクヘリオスさんは有記念に挑戦し……すっかり寂しくなってしまったスプリンターズステークス。
 その唯一の、(わたくし)が認めた相手の中の一人だった彼女が──レース途中で姿を消すなんて。

「だからこそ、勝たなければなりません!」

 それがあの方の願いであり──

「……『華麗なる一族』の名にかけて、絶対に──勝ちますわッ!!」

 一気に加速した(わたくし)は涙の雫を後方へ残し──ゴール板を一着で駆け抜けました。

『ダイイチルビー、ゴールイン!! ダイイチルビー、圧勝です!!』

 そして、その実況を背景(バック)(わたくし)は──

ケイエスミラクルさんッ!!」

 そのまま強引に、振り返りました。
 もちろん走ってきた後続は(わたくし)と目が合ってギョッとしますが──そんなことはどうでもいい!!
 ウイニングランさえも忘れ、走路(ターフ)に横たわる彼女の元へと一目散に駆け寄ります。
 その彼女は、立ち上がることさえできず……


 ……こうしてスプリンターズステークスを制した(わたくし)でしたが、心のどこかにぽっかりと穴が空いたようでした。
 (わたくし)と競った他の皆様がわたしとの勝負を避けるように去る中、残って勝負をしてくださったケイエスミラクルさん……彼女はこのケガが原因でトゥインクルシリーズを、学園を去ることになってしまったのですから。

 そんな彼女との競走が不完全燃焼に終わってしまい──(わたくし)は……完全に目標を見失ってしまいました。



第74R 大到達… 本当に、なんて遠い廻り道……

 

「ミラクルって名前は縁起が悪いのかねぇ……」

「お前が言うと洒落にならん」

 

 オレのトレーナー室で新聞を見ていたミラクルバードがため息混じりにつぶやいたので、思わずツッコんでいた。

 スプリンターズステークスが、ダイイチルビーの優勝で幕を閉じた。

 とはいえ、ケイエスミラクルの故障という結果に、優勝者であるダイイチルビーはどこか不満顔で、知り合いでもある彼女のトレーナーは「元気がない」とひどく心配している様子だった。

 その様子を見て「どこか気晴らしにでも連れて行ってあげなさいよ」と言ったのは年代の近いトレーナー仲間の巽見だったが、はたしてどうしたのやら……

 

(ま、うちはそんな余所様を気にしている余裕なんて無いからな……)

 

 ひょっとしたら巽見ならその結果を知っているかも……と思って声をかけようとしたところで──部屋の電話が鳴った。

 オレの携帯ならともかく、部屋の備え付けのものが鳴ったのだから内線だろう。

 それを取ろうと手を伸ばし──

 

「あ……」

 

 オレがとる直前に受話器を取ったのはトレーナー室が相部屋になっている巽見だった。

 伸ばした手を気まずげに引っ込めていると、彼女は「はい」「はい……」と相手に何度か返事をしている。

 

(用件はオレじゃなくて巽見にだったか……)

 

 そう思ったオレがミラクルバードへと振り返ろうとしたとき、巽見は受話器を置いていた。

 うん? 随分と短かったな。

 

「あ~、先輩? 呼び出しだったんだけど……」

「お前が?」

「いいえ、先輩が。またまた理事長室に来い、だって。今度はなにをやらかしたの?」

 

 巽見に言われ、オレは戸惑う。

 

「オレかよ。しかし呼び出しとは……」

 

 しかし理事長を待たせるわけにはいかない。

 オレが席を立ち、出入口へ向かおうとすると──

 

「あ、そうそう……先輩だけじゃなくて《アクルックス》全員……研修生とオラシオンは除いた3人で来て欲しいって言ってたわよ?」

 

 巽見は「先輩達、チーム総出でなにやらかしたのよ」と少し呆れ気味にオレとミラクルバードを見ていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんなわけで、まだ半人前の2人を除いた《アクルックス》の3人──アタシとトレーナー、それにミラクルバード(コン助)──は理事長室に来たわ。

 ちょうどチームの部屋に向かっていたアタシは、トレーナーからの連絡でそこから直でこっちに来たわけだけど──

 

「……で、一体なんの件なの?」

「さぁ? 二人のことが学園にバレたんじゃないの?」

 

 理事長の机の前で3人横並びになって、理事長が話をするのを待っていた。

 事情がさっぱり分からず、言われるがままにここへ来たアタシは隣のコン助に小声で尋ねると、彼女もよく分かっていないようだった。

 テキトーな感じで答えた彼女に、じれったさを感じてしまう。

 

「二人のことってなによ?」

「ダイユウ先輩とトレーナーの不純異性交遊」

「ハァ!? そんなの事実無根──」

「──コホン!」

 

 思わず大きな声になったアタシを咎めて、理事長秘書が咳払いをする。

 彼女にジト目で見られ──アタシは気まずくなりながらも居住まいを正した。

 

「お前らな……理事長の前だぞ?」

 

 コン助とは逆の位置にいたトレーナーが呆れ気味の視線を向けてくる。

 むぅ……また理事長秘書(あの女)の前だからって──

 

「乾井トレーナーをはじめ、チーム《アクルックス》の皆様。お忙しいところ呼び出して申し訳ありませんでした」

 

 その理事長秘書がそう言うと、トレーナーは「そんなこと……」と謙遜する。

 イラッ……

 

「そうですね。忙しいんで早く用件をお願いしてもいいですか?」

「バカ! ダイユウサク、お前、失礼だぞ……」

 

 フン! 知らないわよ。怒るトレーナーにアタシはそっぽを向いてやったわ。

 そもそも理事長から《アクルックス》への通達って今までロクなものがなかったじゃないの。

 だいたいチーム存亡の問題で、そのせいでアタシ達が苦労することになって……

 まぁ、今回はトレーナーだけじゃなくてアタシ達も呼ばれているのが違うけど。

 横目でチラッと見ると、理事長秘書は困り顔で苦笑して、トレーナーは相変わらず少し怒ってるみたい。

 なによ、まったく。この、いい格好しいが──

 

「朗報ッ!! ダイユウサクもよく聞いて欲しい! 今回はキミ達にいい知らせがある!!」

 

 そんなアタシを見てか、理事長が話を始めた。

 そして彼女はアタシをジッと見つめてくる。

 ……なんだろう。体は小さいはずなのに、その何倍もの存在感と圧倒的な威厳を感じてしまう。

 その彼女はトコトコとアタシの前まで歩いてくる。そして──

 

「祝福ッ! おめでとう、ダイユウサク。今までのキミの努力がやっと評価された」

「え?」

 

 アタシが戸惑っていると、理事長はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「キミの有記念への出走が決まったのだ」

 

 理事長、今、なんて──

 

「う、ウソ? そんなのウソよ! だって……アタシ、トレーナーに言われたとおり、阪神のオープンで勝ったけど、得票が伸びななかったもの! 全然足りてないし……」

「有記念に出走するには、ファン投票で選出される以外にも、方法があるんだ」

「え……?」

 

 隣で説明し始めたトレーナーを思わず振り向く。

 

「委員による推薦という枠があるのさ。一昨々年(さきおととし)、スーパークリークが有記念に出走したのを覚えているか?」

「ええ。オグリとかタマモ先輩も出てて……」

 

 一時は苦手意識を持っちゃった相手だけど、それでもクリークは同級生。当然覚えてるわ。

 それにあのときはオグリキャップとスパークリーク、それにディクタストライカの同級生三人が有記念に出走して活躍したから、ハッキリ覚えてる。

 

「あの時のスーパークリークは推薦枠での出走だったんだ」

「そうだったの!? クリークってば、あの年は菊花賞も制していたから投票が集まったんだと思ってた……」

 

 意外な事実にアタシは驚いていた。

 まぁ、当時はチームのことでゴタゴタしてたから、そういう事情を把握するどころじゃなかったし。

 

「マイルチャンピオンシップで勝てなかったときに、オレはそれにかけるしかないと思ったんだ。それで理事長にどうにか推薦してもらえないか、とお願いしにいったんだが……」

「うむ。とはいえ、あの時点でのダイユウサクの成績は、今年まだ一勝しかしていなかったので正直難しかったからな。だから他の委員を説き伏せる材料としてとりあえず一勝というのと、あとは阪神レース場の改装を記念したレースに出走するのを頼んだのだ。イベントレースを盛り上げたことでURAへの貢献を評価に加えようと考えて、な!」

 

 トレーナーから説明を引き継ぎ、腕を組んで「うんうん」とうなずく理事長。

 そしておもむろに取り出した扇子をバッと開く。そこには『天晴ッ!』の文字が書かれていた。

 

「賞賛ッ! キミはそれに見事に応えてくれた。だから私も委員会でがんばった。おかげで委員の推薦枠での出走が認められたのだ!」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 思わず──涙が流れた。

 ここまで頑張ってきて……本当に、よかった。

 本当なら顔を上げて、キチンと御礼を言わないといけないのに、涙が溢れるせいで顔が上げられない。

 そんな俯いたアタシの頭に、ポンと軽く手を乗せるトレーナー。

 

「よかったな、ダイユウサク」

「な、なによ。そんなしたり顔で……だからトレーナーは、阪神レース場新装記念特別(あのレース)に出走させたのね」

「ああ。事前のマイルチャンピオンシップも悪くはなかった。だからマイル戦だったこれなら、いい結果を出せると思ってな」

 

 トレーナーは「あのメンバー相手にあれだけ戦えたんだから勝てないわけがない」と付け加える。

 そっか。ただ“勝てなかった”としか見ていなかったわけじゃないんだ。

 

「もう、トレーナーも意地が悪いよね。推薦狙いって黙ってるんだから」

「それについては悪かったと思っているが……なにしろ得られる確証がなかったからな。推薦の話をしていれば期待してただろ?」

「それは……」「そうだったかも」

 

 トレーナーの問いに、アタシとコン助は思わずうなずく。

 

「思わせぶりに期待させて、それでソワソワするくらいなら黙っていた方がいいと判断した」

「でも……投票が伸びてる様子が無いから、出走を半ば諦めていたんだけど?」

 

 アタシがジト目で睨むと、トレーナーは「そこはまぁ、結果オーライで」と苦笑する。

 正直、トレーナーはアタシ達に内緒で話を進めることが多々あるから、それに関しては思うところがないワケじゃないけど……まぁ、今回は彼の言うとおりかも。

 このうれしさの前には、どんなことも許せる気がするわ。

 

「──でも、出走が目標では困りますからね」

 

 アタシ達《アクルックス》が浮かれているのを危惧したのか、理事長秘書がクギを刺してくる。

 

「もちろんですよ! たづなさ──」

「フン!」

 

 調子良く笑顔で彼女に振り返ったアイツの足を、思いっきり踏んづけてやったわ。

 

「ぁ、か……お前、なぁ……」

「その人の言う通りよ。浮かれてないで、トレーニングしましょ」

「そうだねぇ、トレーナー」

 

 悶絶するトレーナーを見て、苦笑を浮かべるコン助。

 こうしてアタシ達は、今年最後の目標を──有記念に定めた。

 

 

 ……その推薦枠を得るために、どんな裏話があったのかを知らないままだったけど。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──話は少しだけ遡る。

 

「ダイユウサク、ですか……」

「学園理事長の御意見ですので、我々も尊重したいところですが……」

 

 年末のグランプリ、有記念の出走枠はファン投票によって選ばれる……のが原則だが、例外がある。

 委員による推薦枠というものがあり、ここはそれを決める場だった。

 一昨々年の有記念ではスーパークリークが推薦枠に選ばれ、そして好走していた。

 

(まぁ、進路妨害で失格になってしまったのは惜しかったが……)

 

 その推薦枠を決める会議で、私──中央トレセン学園の理事長である秋川やよいは心の中でそっとため息をついた。

 

(好走は良かったが、失格はちょっとイメージが悪い。推薦枠で選ばれた者が妨害してしまっては、推薦枠の存在を危うくしかねないし……)

 

 そして今回、私は──推薦枠にダイユウサクを、と提案したのだ。

 これは、ダイユウサクの担当である乾井(いぬい)トレーナーから「どうすればダイユウサクは推薦を得られるか」と問われたのがきっかけだった。

 今まで、乾井トレーナーは何度も迷惑をかけているし、その逆境をはね除けてきた者達でもある。

 

(慧眼ッ! やはり、私の目に狂いはなかったのだ!!)

 

 迷惑をかけてしまった手前、私も協力するのにやぶさかではなかった。

 なによりウマ娘のために一生懸命になれる彼を好ましく思っている。

 ……………………いや、今回の件はそういった私的な感情とは一切関係ないぞ?

 

「──あの、理事長? どうしました?」

「え……?」

 

 気が付けば、委員達の視線が私に集中していた。

 いつの間にやら私の発言待ちになっていたらしい。

 

「と、と・に・か・く! 私の目から見ても、ダイユウサクというウマ娘は出走に値すると思っている!!」

「しかし、お言葉ですが理事長、彼女の成績は……」

「7戦して2勝。2着1回、4着1回、5着2回ですからなぁ」

「要約ッ! つまり掲示板を外したのはたった1回ではないか!」

 

 私が反論するが──周囲の反応は芳しくない。

 

「しかし、その2勝はオープン特別とGⅢですよ? GⅢのメンバーもレベルが高かったかと言われれば……」

「そうですなぁ」

「しかし他のウマ娘も、抜きんでて成績を収めているものはいないではないか!」

 

 今年は図抜けて活躍したウマ娘があまりいない。GⅠを勝ったウマ娘が分散しているのもそれを顕している。

 2勝しているウマ娘もいるのだが──その二人は皐月賞とダービーのトウカイテイオーと、安田記念とスプリングステークスのダイイチルビー。

 

(テイオーは負傷中。ルビーは短距離走者(スプリンター)。有記念はどちらも出てこない……)

 

 そしてテイオーもだが、候補となるほどの成績を残したウマ娘の中で負傷して出走できない者が多いのだ。

 テイオーが逃したクラシック三冠の残る一冠、菊花賞をとったレオダーバンも負傷が発覚。菊花賞2着のイブキマイカグラも脚部不安で同じく不参加。

 秋の天皇賞を好走したカミノクレッセも負傷の影響でジャパンカップを回避しており、有も厳しい……

 

「まぁ、今年の有記念は……メジロマックイーンがどう勝つか、と言ったところでしょうなぁ」

 

 私の指摘を受けて、委員の一人が苦笑しながらそう言った。

 彼も分かっているのだ。今回の有記念は層が薄くなってしまうことを。

 

「だからといって、出走メンバーの質を下げるわけにはいきませんぞ」

「その通り! ダイユウサク()()のウマ娘の出走を認めれば、有記念のレースとしての格が落ちるというものですな」

 

 その言葉に、私は思わずカッとなり──

 

「不遜ッ!! 今の発言は、絶対に許せないものだ! 取り消してもらおう!!」

 

 ──その場で立ち上がり、机をダンッ!と叩きながら叫んでいた。

 委員の皆が驚いた様子で私を見つめ、秘書のたづなも「理事長……」と呆然としている。

 しかしなんと言われようと、今の発言だけは許すわけにはいかんのだ。

 

「“Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きんでて並ぶものなし)”、学園に所属するウマ娘達は、皆等しくこの校訓の下で研鑽に励み、上を目指している。努力する者を侮辱するような言葉は決して容認できん!!」

 

 私が委員達を睨みながら言うと、剣幕に押されて彼らはたじろいだ。

 ましてダイユウサクは……入学当初はとても学園内のレベルについていけるように見えなかったウマ娘だった。

 しかしそれを努力し、ここまで走り続けてきたのである。彼女の苦労を笑う者を、私は決して許しはしない。

 

「……しかし理事長。ダイユウサクのトレーナーは、“()()”乾井トレーナーだそうじゃないですか」

 

 反論とばかりに、一人の理事がそう言った。

 

「私は忘れもしませんよ。クラシックレースへの登竜門とも言うべき重要な重賞レースである弥生賞に、未出走のウマ娘を出走させた。そして20秒を越えるようなタイムオーバーをさせたトレーナーこそ、(くだん)の乾井ではないですか!」

「う……」

 

 ここで、それを持ち出してくるか……

 

「ダイユウサクも、デビューから2戦続けてタイムオーバー、しかも最初は13秒というありえないようなものです」

「そ、それは前のチームに所属していたときのものだ! 彼……乾井トレーナーが担当してからはそんなことはないし、それだって何年も前のこと! 今のダイユウサクはそんなことはない!」

「無論、タイムオーバーするとは言っておりません。しかし……年齢的にもオグリキャップと同世代の彼女が、今さらマックイーン相手に戦えるでしょうかね?」

 

 ため息混じりにその理事は言う。

 

「出走して醜態を晒すようでは、推薦した我々委員の立場というものがなくなる。推薦枠である以上は、記念出走では困るのですよ」

「そ、そんなことはない! 彼女なら、あの乾井トレーナーの育てた彼女なら──」

「ふむ、理事長はずいぶんと、その乾井クンの肩を持つのですね。聞けば彼のチームも理事長の肝いりだとか……」

「なッ!? それはまるで、私が乾井トレーナーに特別な感情を持って、優遇しているようではないか!!」

 

 私が反論するが──委員達は意味深な笑みを浮かべ、「やれやれ仕方ないですね」といった表情になっている。

 く……、いかん! このままでは却下されてしまう。

 いったいどうしたものか──

 

「──ふむ。私はそうは思いませんが?」

「「え……?」」

 

 私とたづなの声が重なる。

 そして他の委員達も同じように、驚いた様子でその発言をした者を見ていた。

 ここにいる男達の中では若手の部類に入る彼は──眼鏡のブリッジに人差し指を当てて押し上げた。

 

「ダイユウサクへの推薦。私は面白いと思いますよ」

「面白い、ですか。黒岩理事……」

「ええ」

 

 そう言って頷いた──私の推薦案に賛成したのは、意外にも黒岩理事だった。

 今までチーム数の削減や、1チームに1人オープンクラスの所属を義務づけるといった件で私と対立してきた相手である。

 戸惑う委員をよそに、黒岩理事は平然とうなずく。

 彼らがそういう反応をするのも無理はないだろう。ことごとく対立してきた彼が、今日に限っては助け船を出しているのだから。

 

「さて……理事長があのトレーナーにどのような感情を抱いているか、ということには私は一切興味がない」

「う……」

 

 なにもわざわざそんなことを言わなくとも……やっぱり彼は意地悪だ。

 私はむくれると、たづながたしなめるような視線を送ってくる。むぅ……

 

「私は理事長がそこまで私情を挟むような人ではない、と信じております」

 

 そう言いながらチラッと視線を向けてくる。

 ……信じていないではないか。

 

「ですので、その前提で話させていただきますが……確かにあのダイユウサクというウマ娘は、デビュー当時はヒドいものでした」

 

 レース結果も酷ければ、体調不良でウイニングライブをすっぽかし、どうにか勝ったかと思えばセンターで大号泣ライブ。コンテンツ担当としては頭が痛かった、と彼は言った。

 さらには入学時、明らかに他のウマ娘よりも体格が劣っており、そもそものデビューが他の同期達がラシックレースを競うのさえほぼ終わっていたような時期。

 そんな内容で黒岩理事は、ダイユウサクのデビュー当時のことを他の委員に説明した。

 それを聞き、最初に反対した委員は「それ見たことか」と言わんばかりにうなずいている。

 

「そんな彼女が……諦めずに苦難に立ち向かい、成長し、多くのレースで結果を残し……そしてようやく有記念に出走するという話になるまでなったんです。それはドラマ性があるものだとは思いませんか?」

「はい?」

 

 私を含めてピンとこない面々に対し、黒岩理事は付け加えた。

 

「ドン底のスタートから這い上がった彼女が、有記念というウマ娘の誰もがあこがれる舞台へ挑戦する……これを見て、トゥインクルシリーズにあこがれる幼いウマ娘達はどう思うでしょうか? 若手のウマ娘達はどう思うでしょうか?」

「と、言いますと?」

 

 問い返した委員を見て、彼は言う。

 

「“努力は報われる”……そう信じられるのではないでしょうか? その体現者が有記念に挑戦するのですから、ウマ娘達に希望を与えることになる。そしてそれが──委員の“推薦”で出走したとなれば……」

「……我々、委員は“努力している者を応援している”というメッセージになる」

「その通りです」

 

 別の委員の言葉に、我が意を得たりと黒岩理事は頷いた。

 

「し、しかしだね、黒岩君。そうは言っても、やはり彼女はメジロマックイーンを相手に“恥ずかしくない競走(レース)”ができるのかね? それにトレーナーへの不審は拭えないし、そもそも彼女の制した重賞だって年始のGⅢ、金杯……ほとんど去年みたいなものじゃないか?」

「──今年は今年です」

 

 苦し紛れの反論に、黒岩理事はピシャリと言い放つ。

 

「いくら年始のレースだとはいえ、正当に評価しなければ、東西の金杯は無意味で無価値なレースになってしまうのではないでしょうか? 今年のレース結果を昨年開催の有記念で加味することはどうあってもできません」

 

 反論した委員を彼がジロリと睥睨しながら言うと、その委員も思わず黙り込んだ。

 

「金杯を制した評価が、年末まで有効であるのをハッキリと示す……そう言う意味でもダイユウサクへの推薦に私は賛成します」

 

 ふむ……………………黒岩理事、実はいいヤツなのでは?

 

「……理事長。理事長!」

「ッ! コホン! うむ、私も黒岩理事の考えに賛成するぞ!」

「むしろ私が理事長の意見に賛成したのですが……」

「う、うむ! そういうわけだ!! ダイユウサクへの推薦──他の皆はどう思う? 賛成してくれないだろうか……」

 

 私があらためて尋ねて決をとるまでもなく──すでにその推薦枠は決定したような流れになっていた。

 黒岩理事が賛成してくれたおかげで、ダイユウサクへの推薦枠は私の感情によるところではなく、理路整然とした理由が補足されたおかげだった。

 それが正式に決まって私はホッと息を吐く。

 

(安堵……ッ 乾井トレーナーには苦労をかけっぱなしだったから、やっと報いることができたな。さぞ喜んでくれるだろう……)

 

 彼の嬉しそうな笑顔を思い浮かべ──

 

「理事長」

「ぬぁッ!? な、なななななんでもない!! 私は公私混同など……」

「それに関しては興味がないと先ほど申し上げましたが?」

 

 落ち着いてよく見てみれば、先ほど協力してくれた黒岩理事だった。

 私は「コホン」と咳払いをしてから──

 

「感謝ッ! 先ほどはありがとう。助かった」

「いえ……別に理事長に恩を売ったわけではありませんから。ただ……貴方ではなく別の者への昔の借りを、一つ返しただけです」

 

 そう言って黒岩理事は、意外なことに楽しそうに苦笑を浮かべた。

 

「借り?」

「ええ。それを彼が覚えているか、また返したことさえ気が付くかどうか、わかりませんがね」

 

 彼は眼鏡をクイっと押し上げながら口の端をニヤリと歪め、意味深な笑みを浮かべたのであった。

 

 




◆解説◆
【本当に、なんて遠い廻り道……】
・元ネタは前回に引き続き、『ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン』の台詞。
・前話のジャイロ・ツェペリの言葉に対となる、主役のジョニィ・ジョースターの台詞──
  「『LESSON5』はこのために… 本当に本当に なんて遠い廻り道………」
──からとなります。
・しかし……私的な感想になりますが、旧作を「もっとキチンと書きたいからリメイクしよう」と思ってから始めて──やっとここまできたか、と思ってしまいます。
・ここまで本当に長かったなぁ……寄り道廻り道しまくったからなぁ……

スプリンターズステークス
・元になったレースは、1991年12月15日に開催の第25回スプリングステークス。
・スプリンターズステークスは1967年に、当時は4歳(旧表記)以上の馬が出走できる中央競馬で唯一のスプリント重賞としてはじまりました。
・1984年のグレード制導入で最初はGⅢに制定されたものの、1987年にGⅡ、1990年にはGⅠと、あれよあれよという間に出世しました。
・開催は中山で、距離はもちろん短距離の1200メートルで開催。
・ただし、1988年の第22回のみ、東京開催で1400での開催になっています。
・2002年と2014年も代替開催になったのですが、普段GⅠが開催されない新潟での開催になっており、距離も1200で変更はありませんでした。
・なお最初は7月開催で始まったのですが、翌年が5月、その翌年が9月と安定しませんでした。
・その第3回(1969年)から10年ちかくの間は9月~10月開催で安定しましたが、1981年から今度は2月から3月の開催に変更。
・1990年のGⅠ昇格で、12月に変更。有馬記念の前週になりました。なお、GⅠになって最初に制したのはバンブーメモリーです。
・2000年から、以前に解説したように同じ秋競馬でも最初の方へと移籍。9月末から10月のはじめに開催されるようになりました。
・GⅠに上がった1990年のバンブーメモリーから1995年のヒシアケボノまで、ウマ娘実装済みの馬が並ぶのですが、1991年のダイイチルビーだけ未実装なんです。
・有馬記念も1988年から1995年の優勝馬が、1991年だけ実装してないんですよねぇ。
・ウマ娘の制作陣は1991年に恨みでも……ハッ! まさかあの年の天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念を連続で外したとか。

ケイエスミラクル
・68話で一度解説しましたが、その後半。
・ケイエスミラクルはアメリカ生まれ。年上のはずのダイイチルビーを呼び捨てどころか愛称呼びなのはそのせいです。
・というように、父馬ももちろんアメリカ。そんなスタッツブラックホークはアメリカで一般競走を3勝しただけの下級競走馬という優良では無い血統もさることながら──
 ①生まれながらにして日本脳炎を疾患しており、それを見事に克服。
 ②デビュー直前に見舞われた重大な足元の故障も克服。
なんてデビューすることでさえ奇跡のような困難に2度も遭い、それを乗り越えたことから冠名「ケイエス」+「ミラクル(奇跡)」から名付けられたものです。
・というように、体があまり丈夫な馬ではありませんでした。
・1991年にデビューしたケイエスミラクルはスワンステークス制覇を含めてその年を苛烈に駆け抜け、マイルチャンピオンシップ3着で休養に入る予定だったのですが……その3位という好結果に馬主がスプリンターズステークスへの出走を希望したため、出走することに。
・しかし……ケイエスミラクルの体は、それに耐えきることができませんでした。
・第4コーナーを超え、最後の直線で限界を迎え──故障が発生して競走中止。
・診断の結果、左第一趾骨粉砕骨折と判明。予後不良と判断されました。
・当初の予定通り、マイルチャンピオンシップで休養に入っていれば……と思わざるをえません。翌年の安田記念やマイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークスを狙えたかもしれません。

推薦
・有馬記念の出走枠は、人気投票と成績の他に、日本中央競馬会から推薦馬という枠がありました。
・しかし、1995年まではその制度があったのですが以降は廃止されており、現在はその枠はありません。
・制度が無くなって久しいので、過去にどんな馬が推薦されたのか調べたんですが、ちょっとわかりませんでした。
・1988年のスーパークリークに関しては、シンデレラグレイで推薦出走が言及されていたのでわかったのですが……
・廃止の理由が“形骸化”だそうなので、やはりあまりいい結果を残せなかったことが多かったのでしょうかね。

GⅠを勝ったウマ娘が分散
・1991年のGⅠレースの結果ですが……
 ○桜花賞     :シスタートウショウ (4番人気  5.3倍)
 ○皐月賞     :トウカイテイオー  (1番人気  2.1倍)
 ○天皇賞(春)  :メジロマックイーン (1番人気  1.7倍)
 ○安田記念    :ダイイチルビー   (2番人気  5.7倍)
 ○優駿牝馬(オークス)    :イソノルーブル   (4番人気  12.1倍)
 ○東京優駿(ダービー)    :トウカイテイオー  (1番人気  1.6倍)
 ○宝塚記念    :メジロライアン   (2番人気  4.1倍)
 ○天皇賞(秋)  :プレクラスニー   (3番人気  8.7倍)
 ○菊花賞     :レオダーバン    (3番人気  5.6倍)
 ○エリザベス女王杯:リンデンリリー   (1番人気  2.4倍)
 ○マイルチャンピオンシップ :ダイタクヘリオス  (4番人気  11.8倍)
 ○ジャパンカップ :ゴールデンフェザント(7番人気  18.2倍)
 ○阪神3歳牝馬S :ニシノフラワー   (1番人気  1.9倍)
 ○朝日杯3歳S  :ミホノブルボン   (1番人気  1.5倍)
 ○スプリンターズS:ダイイチルビー   (2番人気  3.0倍)
 ○有馬記念    :          (14番人気 137.9倍)
となります。古馬クラスの複数冠はダイイチルビーのみ。
・なおオークスを制したイソノルーブルは、その前の桜花賞でスタート10分前に落鉄が判明して打ち直した事件がありました。アニメ2期の天皇賞(春)でマックイーンの落鉄の時に言われていたのがこのことです。
・それ以外に気になったので加えたのですが、意外と波乱がないんですよね。4番人気くらいでほぼ納まってます。
・ジャパンカップの7番人気がありますが、これは招待レースで外国馬が勝っているので仕方ないでしょう。
・だから単勝オッズも1桁が多く、異常に高いのが無い。
・…………年末の()()を除けば、ね。

ダイユウサク()()のウマ娘の出走を認めれば、有記念のレースとしての格が落ちる
・実際に、ダイユウサクへの推薦は委員でも反対されたという経緯があります。
・そのときに主張として出てきたのがこの言葉。
・仮にも重賞戦線を走りぬいてきた競走馬への言葉としては、あまりにひどいものです。
・え~、でも出走表に名を連ねているのを見ても……オースミシャダイとかオサイチジョージは91年はほとんど活躍してないし、プリンスシンだって秋はマイルチャンピオンシップのみ(4位)で春のGⅡ含めた3連勝だって、他は条件戦じゃないですかー。
・そんな出走メンバーなのに、なんでダイユウサク(マイルチャンピオンシップ5位)だけ狙い撃ちでディスられたんだろう……
・やっぱりアレか。デビュー2戦連続タイムオーバー負けがまだ響いてるのか!?


※次回の更新は12月13日の予定です。  

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