見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──その日、オレは夢を見た。
 推薦がもらえるかわからず、出走できるかできないかを毎日悶々としていたために、最近は眠りが浅かったのかもしれない。
 それが解消して、久しぶりに深い眠りにつけたから──あんな夢をみたのだろうか。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 場所は中山レース場。そして時期は年末だった。
 …………ただし、中山レース場ではなく『中山()()場』なんて書いてあったが。

(馬? 競馬場って……なんだ?)

 疑問が浮かぶが、とりあえず見た目は中山レース場にそっくりだったし、そこの空気もまさにそのまま。
 なにより年末に行われるレースも有()記念──ん? やっぱり違和感がある。

(字、間違えてないか? 有記念だろ……汚れでそう見えるのか?)

 とにかく、その建物の入口にいたオレは、一般客の流れにのって、そのまま中に入った。
 そして誰が出走するのかと思い、途中で新聞を買ったんだが……

「え……、ダイユウサク?」

 その新聞には5枠8番のところにダイユウサクの名前があった。

(オイオイ、アイツの担当はオレだぞ? そうだ、有記念じゃねえか!! こんなことをしている場合じゃない……)

 そう思って踵を返そうとした。こんな一般客用じゃなくて、関係者用から入らないといけなかったんだから。
 が──その新聞を見ていて、ふと気になる項目があった。

「なんだ、この数字……」

 見たことのある名前が連なっている出走メンバー。名前やら色々なデータが書いてあるのだが、いつもと違う理解できない内容があり、特に気になったのがその数字だった。
 本命を示す“◎”が集中しているメジロマックイーン。
 そしてまったく印がないダイユウサク。
 それは分かる。見慣れた印だからな。実績の違いを考えればその評価も理解できる。。
 しかし、その数字に関してはメジロマックイーンのその数字は“1.7”と低く、それに比べてダイユウサクは“137.9”と極端に大きい。

(この数字、小さい方がいいのか? ということは何かの経過タイム? いや……いくらなんでもマックイーンよりも約80倍以上も時間がかかるようなことはないぞ)

 妙に気になる数字をオレが気にしていると──

「おや、兄ちゃん、新聞の見方も分からねぇのか? さてはアンタ……シロウトだな?」
「な!? そんなことはない、オレは……」
「無理すんなって、俺が教えてやるよ。最初はみんなビギナーなんだからな」

 なんか、やたらと馴れ馴れしいオッサンが、バシバシとオレの背中を叩いてきた。
 う~ん……この人、なんか見慣れたトゥインクルシリーズの客層と合っていないような気がして違和感がある。
 こんな競輪やら競艇、オートレースにしか興味なさそうなオッサンが、トゥインクルシリーズファンだとはなぁ……客層も広くなったもんだ。

「で、なにを気にしていたんだ?」
「この数字がそれぞれだいぶ差があるというか……マックイーンのほか5人が一桁台なのに、あとは軒並み二桁。ダイユウサクともう1人が三桁台にまでなっていて……」
「ああ。お前さん、この数字を気にするとは、シロウトの割にはしっかりしてんなぁ」

 オッサンは豪快にガハハと笑う。

「オッズだよ、オッズ!」

 んん? なんか聞き捨てならないような単語が聞こえたが……

「オッズ? ……倍率? え? ってことは……」

 これって、それこそ競艇やオートレースみたいな──

「ダメだろこれは!?」
「オイ、兄ちゃん。いきなりどうした?」
「いや、だって……ウマ娘のレースを賭博にするなんて」
「ウマ娘? アンタ、何言ってんだ? それにさっきも、“1人”とか言ってたが、1頭だろ、数えるなら」
(とう)!? オイオイ、そんな動物みたいな数え方をしたら、ウマ娘人権委員からどんなお叱りが来るか──」
「動物みたいもなにも、馬は動物だろ?」
「な……」

 オッサン、大丈夫か?
 それともなにか? 「人間もウマ娘も、植物ではなく動く生き物だから動物です」とかいう理論か?
 それにしたって人もウマ娘も“(とう)”じゃなくて“(にん)”だろ、単位は。
 オレが驚いて見ていると、オッサンは訝しがるようにオレを見てきた。

「アンタ……馬を見たこと無いのか?」
「“馬”? なんですか、それ? ウマ娘なら──」

 オレが答えきる前に、オッサンは呆れた様子でため息混じりに言う。

「そこまでのシロウトとは思わなかったぜ。よくもここにこようと思ったな、アンタ……まぁ、乗りかかった船だ。見せてやるから付いてきな」
「は、はぁ……」

 さっきから……気になっていた、その“馬”っていうのが気になったオレはそのオッサンについて行くことにした。
 そして──

「ここがパドックだ。今から開催されるレースに出走する馬の姿を直接見られる場所だ。今、ちょうどこの後の有馬記念に出走するのが出ているところだ」

 ──なんてオッサンの説明は、オレの頭に入ってこなかった。
 それというのも、その“パドック”を歩いている十数頭の見たこともない巨大な動物──なるほど、確かにこれなら“(とう)”で数えるのもうなずける──の姿に圧倒されたからだ。
 高さは人の身長を簡単に超えているし、4足歩行する体の大きさは大型犬はもちろん豚さえも遙かに越え、牛クラスだ。
 しかし、牛と違いシュッとした体格──特にスラッと長く、折れてしまいそうなほどに細い4本の足には、美しさすら感じてしまう。

「で、あれが今日の本命、メジロマックイーンだ。ついてるなぁ、兄ちゃん。今日はアイツに賭ければ間違いねぇんだから、どんなシロウトでも勝てちまう」
「……はい?」

 やっぱり、説明の後ろ半分は頭に入ってこなかった。
 アレが……メジロマックイーン?
 いやいやいやいや、違うだろ、さすがに。
 確かに最初はその“馬”とかいう生き物を「うおッ、デケぇな!」と思ったし、ギョロっとしたデカい目を見て「怖ッ!」とも思ったさ。
 で、それに慣れたら細い体は芸術品のように美しいと感じたし、怖かったデカい目も体格を考えたら自然な大きさで、そのつぶらな瞳を意外と可愛いとも思った。
 しかし、しかしだ。オッサンよ……それはあくまで“動物”に対しての「美しい」であり、「可愛い」だ。
 ウマ娘のメジロマックイーンのそれとは明らかに違うんだから、その名前を付けてしまったら、メジロ家に訴えられるぞ?
 オレが呆気にとられていると──オレの視界にヌッと別の“馬”が割り込んできた。

「うおッ!?」

 思わずのけぞる。
 茶色の毛をしたその“馬”にはその背には「8」の数字がデカデカと書かれた布がかけられており、数字の下には馬の名前が書かれていた。

「……ダイユウサク?」

 え……? コイツがダイユウサク?
 オレがサポートして共にトゥインクルシリーズを駆け抜けてきた──あのウマ娘と同じ名前の……
 ──そのときだった。

「んん?」

 その“馬”の背後に、まるで透けるように──オレの相棒ともいうべきウマ娘の姿が一瞬だけ見えた気がした。
 そして──オレは確信していた。

「コイツ……ダイユウサクだ。間違いない。アイツと同じ……」

 ──姿こそ違えどその魂は同じもの。
 オレにはなぜかそう思えた。
 そして同時に思い出す。まるで言い伝えのように言われている、ウマ娘に関するある逸話を。

(ウマ娘は、異世界にいるというオレ達の世界には存在しない動物の名と魂を受け継ぐ存在……)

 そうか。つまりここは──異世界か!
 いや──そうだ、これは……

(夢だ!!)

 異世界転生とか、異世界召還なんてあるわけナイナイ!
 だからつまりオレは……異世界の夢を見ているんだ。だからウマ娘も、こんな“馬”という姿をしていたんだ。
 そう考えると、ストンと腑に落ちた。
 そうして改めてオッサンに聞いてみたら、やはりこの“馬”のレースは競艇やオートレースのように、公営ギャンブルになっているそうじゃないか。

(夢だし、問題ないな!!)

 だからオレは──

「よし! 決めた、オレはこのダイユウサクに賭ける!」
「オイオイ、兄ちゃん正気か? この馬、137.9倍だぞ? ぶっちぎりのブービー人気で、しかも最下位の馬はあからさまに調子が悪いが引退レースだから出ているような馬だから、実質は──」
「構わん!! コイツに賭けなくて、誰に賭けるっていうんだ!?」
「ハッハッハッハッハー!! 面白えな兄ちゃん、そういうバカな賭け方、嫌いじゃないぜ。確かにマックイーンに賭けたところで単勝じゃあ、大した金額にならねえもんな」

 豪快に笑ったオッサンは、オレを“馬券売場”とやらに案内してくれた。
 その窓口でオレは──

「8番ダイユウサクに、オレの全財産だ!!」
「ハァ!?」

 さすがに窓口の人も、オッサンも驚く。
 滅茶苦茶な賭け方だが──どうせ夢なんだから、外して無一文になったところで何も困らん!!
 それよりもダイユウサクに賭けることに意義がある。
 いや、待てよ? 借金したって夢なんだから全部チャラだよな?
 よ~し、借りれるだけ借りて金をかき集めて、コイツに全部賭けてやる!!

 ──こうして、オレの手元には大量の馬券が残った。
 夢じゃないとできないバカをやるって楽しいな!!


◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ──有馬記念の決着が付いた。

『なんとッ! 熊沢騎手! 熊沢騎手、手が上がりました!』

 悲鳴と怒号、唖然呆然……そして乱れ飛ぶ、紙屑と化した“馬券”。
 その紙吹雪の中、オレは──

「……勝った?」

 ──唖然としていた。
 そしてその隣で呆然としているオッサン。
 このレースを勝ったのは5枠8番──ダイユウサク。
 オレが見つめるその馬券は……137.9倍の当たり“馬券”になっていた。

「ふおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 思わず絶叫するオレ。
 そんなオレにすがりつくオッサン。少々気持ち悪いが、そんなこと些末事だ!!
 オレは早速払い戻しの窓口に行き──その全財産をかけた馬券を渡す。

「──ッ!? お、おめでとうございます!!」

 さすがに顔色を変える窓口の人。
 その人はオレに「小切手にしますか? 現金にしますか?」と尋ねてきた。
 あれ? なんかこの人、緑の服着てて、たづなさんのように見えるな……
 ともあれ、オレは即座に──

「億って単位の金を見たことがないので、現金で!!」

 ──と答えていた。
 その言葉に従って、用意される現金。そのあまりの量はドン引きしかねなほどで、持ちきれない……どころか並の車では乗り切らないほどだった。

(なんか多すぎる気もするが……なにしろ137.9倍だからな!!)

 うん。そんなもんだろう。なにしろとんでもない倍率だったもんな。
 さて、この大量の現金……どうやって運んだものか。
 こんなになるとは思わなかったから、小切手にしておけばよかったかな、といった考えがよぎるが──近くにはやたらとデカい、トラックのような車があった。
 うん、ちょうどいいな、コレは。
 オレは現金を持ってきたたづなさんに、その車を指さして言った──

「これで運んでもらえませんか?」
「えぇ!? 馬運車ですよ、これ……」
「構いません構いません。運べれば何でも。運転手ごと貸してください。なにしろ金はいくらでもあるし──」

 結果、その“馬運車”とやら一杯に現金を詰め込んで──オレは意気揚々と中山競馬場を後にした。
 そう、この金は全部オレのもんだ!

「スゴいぞ。ゴールドウイングアフリカツイン……いったい何台買えることか」

 これだけ金があればいくらでも、借りた金なんて楽に返せるし、その上でどんなバイクだろうと買えるだろう。選びたい放題、買いたい放題だ!!
 なにしろオレは、そう──億万長者だからなああぁぁぁ!!


 ──そして夢は覚めた。


 オレは、自分の愛車(NC750X)に謝った。
 ……ゴメンな。
 そして、これからも末永くよろしく……



第75R 大光明! 夢の限界領域

 

 ──その日の午後

 

「トレーナー、なんかあったの?」

「……なにが?」

 

 オレがグラウンドでダイユウサクのトレーニング──長距離コースの周回──を見ていると、ミラクルバードが尋ねてきた。

 

「だって、なんか今日は一日様子がおかしいもん。妙にガッカリしてるな~って。さっきも自動販売機の前でため息ついてたし」

「ああ、それか……」

 

 思い出してオレはその場で肩を落とし、ため息を付く。

 

「ほらそれ!! いったい何があったの? ダイユウ先輩のこと?」

「ある意味、そうかもな」

「ええッ!?」

「……人の夢と書いて、(はかな)いってのは本当だなぁ」

 

 妙にリアリティを感じた夢だったからこそ、億単位の金がまさに霞と消えたことに消失感を感じていたのだ。

 ああ、あの金があったらなぁ……

 

「……そんなに悲観的になることないんじゃないの? 有記念に出走するだけだって競走ウマ娘にとっては間違いなく夢だよ。それだけでもスゴいことで、儚くなんてないよ?」

 

 元競走ウマ娘のミラクルバードがそう言い、オレはゆっくりと顔を上げる。

 彼女は苦笑を浮かべ、まるで慰めるような目でオレを見ていた。

 ……あれ? なんか勘違いされてないか?

 

「オレが気落ちしてるのは、別に次のレースに絶望してるからじゃないぞ?」

「え? そうだったの?」

「ああ。むしろ勝つと思ってるけどな」

「……はい?」

 

 きょとんとした顔でミラクルバードはオレを見る。

 

「ん? そんなに変なことは言っていないだろ?」

「で、でも、さすがに……ほら、マックイーンがいるわけだし」

「ふ~ん……」

 

 なるほどねぇ、とオレが答えると、ミラクルバードは眉をひそめた。

 

「ふ~んって……だって、ダイユウ先輩は京都大賞典でボロ負けしたんだよ?」

二月(ふたつき)半近くも前の話だろ?」

 

 オレがこともなげに言うと、ミラクルバードは唖然とする。

 

「そ、それはたしかにそうだけど……」

「それもダイユウサクは2000メートル以上は初出走だった」

 

 そう言いながら、オレは遠くを走るダイユウサクを見る。

 

「オマケにマックイーンはレコード勝ちするほど絶好調だった。あえて言うが()()()()()()()()()()()

「そんなことを言うなら、今度の有記念のとき、マックイーンはまた絶好調かもしれないじゃないか」

 

 そんなミラクルバードの反論に、オレは首を横に振る。

 

「いいや、それはない」

「なんで言い切れるの?」

「確かに天皇賞(秋)(アキテン)まではそうだったかもしれない。だが、あの時のミスが根深くアイツの心に刺さってる」

「う……」

 

 ミラクルバードも気が付いているのか、オレが言うと途端に口ごもった。

 それこそ、現役最強といっていいマックイーンの、唯一の弱点だとオレは考えている。

 

「そうでなければジャパンカップも勝っていただろうし、その勢いのまま今もそんな状態……絶好調が続していたら、早々に白旗をあげてるさ」

「付け入る隙が、あるってこと?」

「──ある」

 

 オレは遠くのダイユウサクを見たまま、断言した。

 

「でもマックイーン以外だって……誰よりも彼女に勝ちたがってる、逆襲をねらうプレクラスニーもいるよ?」

「アイツはマックイーンしか見えていない──」

 

 確かにあのウマ娘の気持ちは痛いほどに分かる。

 しかし視野の狭いレースをすることが、どんなにそいつ自身を弱くしてしまうことか。京都大賞典でのダイユウサクと同じ失敗をする可能性が高い。

 

「その上、2000メートルの秋の天皇賞は勝ったが、プレクラスニーの主戦場はもっと短い距離のはずだ。スタミナに不安を残す」

 

 だからこそスタミナ強化に(いそ)しんだのだろうが、そのせいでマイルチャンピオンシップやジャパンカップには出走しておらず、実戦から約二ヶ月離れている。秋の重賞戦線を戦い続けた他のウマ娘達よりも実戦勘が鈍っている可能性は高いだろう。

 そのことも、プレクラスニーが京都大賞典でのダイユウサクと同じ失敗をしそうな要因の一つだった。

 

「じゃあ、ダイユウ先輩が前走で負けたダイタクヘリオスは?」

 

 ミラクルバードが挙げたその名前を聞いて、オレは苦笑しながら振り向いた。

 

「それこそマイル戦以下の距離を得意にしてるウマ娘だろ、アイツは。今年の高松宮杯を勝っているが、それ(2000メートル)が最長で他は短距離やマイルばかり。なんでスプリンターズステークスじゃなくてこっちに来たんだ、と思ったぞ」

 

 なにしろマイルチャンピオンシップまでは、ダイイチルビーと張り合うように出走していたんだからな。

 歴史や格を見れば有の方が上なのは間違いないんだが、マイルのGⅠを勝てるほどの速さを持っていようとも、2500の有記念では要求されるものが違ってくる。

 

「……不安になるのはわかるけど、もう少しアイツを信じてやれよ」

 

 他の有力候補を挙げようとしているのか、「う~ん……」と頭を悩ませるミラクルバードにオレは苦笑した。

 それで考えることは止めたミラクルバードだったが、懐疑的な姿勢は崩さない。

 

「さっきも言ったけど、有なんだから出られるだけでもスゴいと思うよ。だけど、そのスゴいウマ娘達が集まっているってことだもの。ダイユウ先輩では……」

 

 不安そうに耳をしょげさせるミラクルバード。

 そんな彼女にオレは笑顔で答えた。

 

「前に言っただろ? レースに勝つウマ娘の絶対条件」

「え? それって確か……出走しているウマ娘、って答えだったよね?」

「その通り。で、アイツはその条件を満たしてるんだ。勝ちを夢見たっていいだろ、別に」

 

 そう言ってオレは再度、ダイユウサクを見る。

 彼女の目は輝いているように見えた。

 それを見て確実に言えるのは──出走だけで満足しているわけではない、ということ。

 

「アイツが見ているのは、去年のオグリキャップの姿だぞ、きっと」

「え? それって──」

 

 アイツの近くにいたのに、最も遠い存在だったウマ娘。

 その彼女(オグリキャップ)が最後に掴んだ、多くの人が掴めるはずがないと思っていた“奇跡の白星”。

 

「アイツがそれを望んでいるのなら、オレが──いや、オレ達が諦めていたら、ダメなんじゃないか? サポートする立場なんだから」

「そう、だよね。うん……」

 

 やっと納得し、ぎこちないながらもミラクルバードも笑みを浮かべた。

 ああ、そうだ。ミラクルバードも《アクルックス》の重要なメンバーだ。その目や勘が無ければ、今まで勝ってこられなかっただろう。

 コイツもやる気にならなければ──奇跡なんて起こせない。

 

「でも、なんてトレーナーはそこまでダイユウ先輩を信じられるの? 担当だからっていうのはわかるけど、それでも……」

「──ああ、夢に見たからな。アイツが勝つのを」

 

 厳密に言えば──アイツが勝ったんじゃなくて、アイツっぽい雰囲気をもった()()()()()()()()()、だがな。

 それを詳しく話すと余計に混乱するだけだからやめておこう。

 

「え……? ダイユウ先輩が、有記念を勝つのを?」

「そうだ。今朝のことだが、久しぶりに見た夢でアイツが勝ってたんだ」

「そ、それは……」

 

 オレが笑顔で答えると、ミラクルバードはどう反応していいのか困ったような苦笑を浮かべていた。

 

「勝ちの吉兆で、縁起がいいとは思わないか?」

「そりゃあ思うけど、でも出来過ぎじゃない? それ……」

 

 ミラクルバードは相変わらず苦笑を浮かべている。

 オレが、勝つ夢を見たということさえも疑っているのかもしれないな。

 

「……あれ? でもさっき、トレーナーは“人の見る夢が儚い”とかなんとか言って、ガッカリしてなかったっけ?」

 

 反論ポイントを見つけて、急にジト目になる。

 まぁ、もちろんそれには説明が付くわけだが──

 

「それがな……夢の中だから競艇や競輪みたいにレース券が売られていて、金を賭けられたんだよ」

「なッ!? 不謹慎だよ、トレーナー!!」

 

 さすがに抗議するミラクルバード。

 ああ、気持ちはわかるぞ。夢の中ではオレも最初はそう思ったし。

 

「いや怒るなよ。そういう夢だったんだから仕方ないだろ? で、オレはアイツに賭けたんだが、それはとんでもない倍率(オッズ)でなぁ」

「……どれくらい?」

「137.9倍」

 

 オレが答えたが、ミラクルバードはピンときていない様子で、首を傾げている。

 

「100円が1万3790円になる計算だ。それにオレは──全財産どころか金を借りれるだけ借りて全部賭けたんだ」

「えぇ!? いくら何でもそれは……」

「ちょっとした冒険だろ? ……と言いたいところだが、なんとなく夢だって気が付いたから外して構わないと思って、な」

「で、勝ったんだよね?」

「ああ、大当たりでとんでもない大金を手にした。だが……」

「そこで夢が覚めた、とか?」

「……その通り」

 

 そのときのことを再び思い出して、オレはがっくりと肩を落として大きくため気を付いた。

 それで──ミラクルバードは思いっきり笑っていた。

 

「あははははは!! まったく……トレーナーってば不謹慎だよ、本当に。いくら夢でも……」

「うるせえなぁ。実際に賭けたわけじゃねえし、しかも配当金を手にしたわけじゃないんだから、大目に見ろ」

 

 オレがイジケながら言うと、ミラクルバードは大笑いしながら涙を拭い──って、笑い過ぎだろ。

 オレがジト目を向けると「ゴメンゴメン」と笑顔のままで軽く謝る。

 そしてその笑みを勝ち気な笑みへど変えて──

 

「じゃあ、それは正夢にするしかないよね」

「そうだな。金を賭けることはできないが、アイツの勝利にオマエの夢もかけてくれないか?」

 

 ミラクルバードの言葉に、オレもニヤリと笑みを浮かべて返す。

 するとミラクルバードは大爆笑で流した涙を拭いながら、笑顔で大きくうなずいた。

 

 ──よし、これで《アクルックス》は完璧だ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ダイユウサクというボクの先輩が、有記念に挑戦する。

 失礼ながら──この先輩では正直、勝てないと思っていたんだけど、トレーナーも先輩も諦めるどころか、勝とうと思っていたのを知って、ボクは驚かされた。

 

(なら……ボクもそれに乗ろうじゃないか!)

 

 久しぶりの高揚感だった。

 それはまるで──ボクの脚がまだ動いたころ、あのクラシックレースに挑もうとしていたころ以来のもの。

 だからこそ、その感覚が当時に戻ったかのようで──レースを真剣に検討し、そして把握する。

 

「……実際のところ、どうすればマックイーンに勝てると思う? ミラクルバード」

 

 さっきまで楽観的に見えたトレーナーの顔が、真剣なものへと変わっていた。

 そっか。あれはボクが諦めていたから、やる気にさせるためにそうしていたんだ。

 まったくボクとしたことが……トレーナーに変な気を使わせちゃうなんて、チームスタッフとして自覚が足りないよね。

 だからボクも真剣に考え──答える。

 そして、ボクにとっては鬼門とも言えるその話をすることにした。

 

「逆に、マックイーンの強さの秘密ってなんだと思う? トレーナー」

「それは……抜群の末脚がある上に、一流のステイヤーとしてのスタミナを持ち──」

「うん、身体能力がすごいのもそうなんだけど……トレーナーは領域(ゾーン)っていうのを聞いたことある?」

 

 トレーナーの言うことも正解なんだけど、それはボクが話したい本質じゃない。

 だから遮るように言ったんだけど、トレーナーは気を悪くした様子もなく答えてくれた。

 

「一応は、な。トレーナーの仲間内でも伝説みたいに語られている話さ。そこへ至れば感覚は研ぎ澄まされ、普段とは比較にならない圧倒的なパフォーマンスを発揮できるようになる──超集中状態」

 

 へぇ、トレーナーの中でもそういう話があるんだ。

 ボク達ウマ娘みたいに、実感のできる話じゃないのに。

 

「まぁ、時代を創るウマ娘が必ず入ると云われている、なんて尾ひれが付いた……正直、眉唾な話だけどな」

「眉唾じゃ、無いよ」

「……ん?」

 

 ボクが断言すると──トレーナーは呆気にとられて、ボクの方を振り向き、ジッと見つめてくる。

 

「眉唾じゃない。その感覚の領域は、間違いなく──あるんだ」

「ミラクルバード、なんでそんなにハッキリ……って、お前、まさか!?」

 

 さすがにここまで言えば、トレーナーも気が付いたみたいね。

 

「うん。ボクもその領域に足を踏み入れたことがあるんだ」

「そうか。確かにお前は……無敗でクラシックレースに挑み、三冠を掴めるとさえ言われたウマ娘だもんな」

 

 トレーナーはどこか半信半疑そうだったけど、逆に妙に納得しているようにも見えた。

 でもね、トレーナー。この話、そんないい話じゃないんだよ。

 

「皐月賞に出走したボクは、レース中にその“領域(ゾーン)”に入って……強烈な違和感に襲われたんだ」

「……まさか、それって…………」

 

 トレーナーの顔が青ざめる。

 それにボクは、できるだけ平静を装ってうなずいた。

 

「戸惑いに耐えられなかったボクは、無意識にレース中に外へとよれた。そして──」

「その結果が、アレだったのか……」

 

 ミラクルバード事件……なんてボクの名前が付いちゃってる皐月賞での事故。

 未知の感覚に振り回されたボクが、レース中によれて他のウマと激突しちゃって……相手に大迷惑をかけてしまった。

 そしてボク自身は──衝突の衝撃で派手に吹っ飛んで、そのまま後頭部から落ちて数日間生死をさ迷うことになったんだ。

 どうにか一命を取り留めて意識は戻ったけど……未だにボクの足は動かない。

 

「ボクは耐えられなくてこんな有様になったけど、踏み入れたウマ娘のほとんどは適応してる。そして使いこなしているウマ娘もいるんだ。それこそ、それがトレーナーの言う“時代を創るウマ娘”なんだろうね」

 

 ボクはそうなれなかったけど、と自虐的に苦笑する。

 

「ここで、そんな話をするってことは……」

「うん。マックイーンはまず間違いなく“領域(ゾーン)”に踏み入って、それを使いこなしてると思う」

 

 他にも心当たりはいた。

 それこそさっき話題に出たオグリキャップ先輩がそうだし、彼女と激闘を繰り広げたタマモクロス先輩や、ダイユウ先輩の同級生達も何人か……

 

「じゃあ、マックイーンに勝つには……その“領域(ゾーン)”とやらに到達できないと、無理ってことか?」

「絶対、とは言い切れないよ。それがどういうものか、入口で弾かれたボクにはわからないけど、例えば調子が悪ければ入れないようなものなら……さっきトレーナーが言ったように不調のマックイーンなら使えないかもしれない」

 

 ジャパンカップの4位がそのせい──と考えられなくもないからね。

 

「ただ、それだとダイユウ先輩が勝つには、“不発に期待するしかない”なんて他力本願な話になっちゃうけど」

「対抗するには──ダイユウサクもそこに至るしかないってか? しかしだな……」

 

 困惑した表情で、トレーナーは熱心にトレーニングに励んでいるダイユウサク先輩を見ている。

 戸惑うのは当然。重賞でさえ勝ちきれないようなダイユウサク先輩が“時代を創るウマ娘”にはとても見えないもんね。

 でも……

 

「可能性、ゼロじゃないと思うけど?」

「はあ? まさかアイツが、“領域(ゾーン)”に踏み入れるとでも?」

「うん。ボクは一度、その片鱗を見ている」

「いつだ!?」

 

 食いついてくるトレーナー。

 それに対し、ボクは説明した。

 

「……高松宮杯。コスモドリーム先輩と競ったとき、明らかに様子が違ってた」

「あのときか……」

 

 ボクはあの日、直接見たワケじゃないから確信はできない。

 でも、あの時のダイユウサク先輩──だけじゃなく、あの人と競ったコスモドリーム先輩もまた、“領域(ゾーン)”に入っていたと思ってる。

 

(むしろコスモドリーム先輩の方こそ、それ以外のレースでも“領域(ゾーン)”に足を踏み入れていた可能性は高いと思うけど)

 

 あの人が見せたオークスでの走りが特にそう。

 最後の直線で見せた爆発的な加速の末脚は、それこそ“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”で──

 

 

「──うん、その意見にはコスモも賛成するよ」

 

 

「……え?」

 

 背後からの突然の声に、ボクはびっくりして慌てて振り返った。

 そこには髪の短いウマ娘が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。




◆解説◆
【夢の限界領域】
・これは、たびたびネタになっている『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』シリーズのOVA2作目、『新世紀GPXサイバーフォーミュラZERO』の第1話「悪夢の限界領域」から。
・“悪”を抜いたら、真逆のやたら希望溢れるタイトルになってしまいました。
・この“夢”ですが、もちろんトレーナーが見た“寝ているときに見る夢”であり、ダイユウサクの勝利の光明である“希望としての夢”でもあり……同時にミラクルバードにとっては“忘れることのできない悪夢”を指しています。

137.9
・1991年の年末に、数多くの人に悲鳴をあげさせ、ほんの少しの人に幸せをもたらした魔法の数字。
・具体的には有馬記念において初の万馬券をたたき出したオッズ。そして現在(2020年開催)まで未だに破られていない最高倍率。
・これは15頭中14番人気。これよりも下の人気は普通なら出走回避するほど調子が悪かったけど引退レースだったから出走したオースミシャダイのみで、そのオッズは192.6倍でした。
・一方、一番人気のメジロマックイーンのオッズは単勝1.7倍で、その人気は二番人気だったナイスネイチャでさえ単勝8.7倍になってしまっていたほどに圧倒的。ほとんどの人が「まず間違いなくマックィーンが勝つだろう」と信じていたのがわかります。

見たこともない巨大な動物
・乾井トレーナーをはじめ、『ウマ娘の世界』の住人にとっては「見たことのない」生き物である馬──サラブレッドのことです。
・つまり、この夢の中の世界は……

異世界
・そう、“こちら側”の世界です。
・1991年の12月22日の中山競馬場での出来事を“夢”としてトレーナーは見ていたのでした。
・ですので中山()()場であり、馬券売場があったのです。
・そしてその日のダイユウサクの人気は14番人気。
・旧作だと無理矢理ウマ娘の競走に賭けていたのですが、こっちの方を夢として覗かせた方が楽なことに気が付きました。

馬運車
・競走馬の輸送に使う、大きなトラック。
・ウマ娘の世界にはない馬運車も、こちら側の世界にはあるものです。
・もちろん茨城県でも美浦周辺や稲敷市あたりでは見かけますが、これと事故ったらガチで洒落にならないので、見かけたらものすごく注意して運転してます……自動車保険入ってるけど。
・急ブレーキをかけて中の競走馬に故障を発生させるくらいなら、人を轢いた方が損害が少ないから急ブレーキはかけない、という都市伝説が……あったりなかったり。
・そしてこの夢、実は元ネタがありまして……
・有馬記念が開催される前の週の土曜日に、内藤調教師が見た夢がモデルです。
・5枠に入ったダイユウサクが有馬記念を制する夢──というのなら、まだまぁ、普通の夢(?)だと思うのですが、調教師は買ったらいけないはずの馬券を内藤教師を大量に手にしていたのです。もちろん当たり馬券。
・その馬券を換金する際には──小切手か現金か、と聞かれ「億という単位の現金をを見たことがないので現金で」と換金し……大量の現金を馬運車に積んで意気揚々と帰ってきた、という夢でした。
・この話にはさらにオチがありまして、夢から覚めた内藤調教師は他の人にこの夢の話をして、ダイユウサクが5枠になったら馬券を買うように勧めていたそうです。自分は買えないから。

ゴールドウイング
・ホンダのお高いバイクその1。排気量は1833cc。
・下手な乗用車を超える値段を誇る、いろいろおかしい(誉め言葉)バイク。
・えっとですね、このバイク……後進できるらしいです。(おかしいポイント+1)
・バイクにまっっっっっったく興味のない方はわからないと思いますが、バイクは原付だろうが大型自動二輪だろうが、普通はバックギアというものが存在しませんし、後進しません。
・必要ない……というかしないんですよ、普通。足ついて後ろに下がる範囲で十分なんで。ギア入れて後進なんてしたらバランスとるのも難しいでしょうし、基本は足をついて使うようです。
・こんな機能が付いているのは、重量が400㎏もあって、動かすのも容易じゃないからですけど。
・それにエアバッグとかオーディオあるらしいです。(おかしいポイント+1)
・いや、もう車じゃないの、これ? それにオーディオとか密室じゃないのに……と思ってしまいます。
・排気量1833ccと書きましたが、6気筒水平対向エンジンを搭載。は? スバルの自動車ですか?(おかしいポイント+1)
・さらには値段が、ヤヴァいです。
・新車で約300万円します。普通に乗用車が新車で買えます。軽自動車……ホンダのNシリーズは新車150~130万前後なのでだいたい2台買えます。
・そして上位モデルは340万円越え。(おかしいポイント+1)

アフリカツイン
・ホンダのお高いバイクその2。現行型はCRF1100L。
・大きなバイクで、もともとはパリ・ダカールラリーでホンダが培った競技用の車体や諸技術を市販車にフィードバックするためのモデルとして開発・製造・販売されました。
・そしてシート高も値段も高い……Adventure SportsのDCT(バイクのオートマみたいなもの)だと本体価格は約191万円。
・といっても……確かにあこがれますけど、基本的に自分のバイクが一番気に入って乗ってるので、書いてる人としてはそこまで「欲しい!!」とは思わなかったりします。やっぱり大きいから街乗りの取り回しとか悪そうだし。
・なお──ホンダにはこれよりも高い値段として、フルカウルのスーパースポーツ型のバイクに250万円近くするCBR1100RR-Rがあるのですが、乾井トレーナーはアドベンチャー派なのでそちらを欲しいとは思わなかった模様。
・ゴールドウイングみたいに“極端に高い”わけではないので、こっちは純粋に欲しかったんだと思います。

領域(ゾーン)
・シンデレラグレイでも語られた、「感覚が研ぎ澄まされ、普段とは比較にならない圧倒的なパフォーマンスを発揮できるようになる、超集中状態」のこと。
・“時代を創るウマ娘”が至る──という説明から、本作ではゲーム版の固有スキルと解釈しています。
・それを持っているウマ娘が、ゲーム版のウマ娘として実装している……という感じで。

未知の感覚に振り回された
・これ──本話のタイトルの元ネタ、『新世紀GPXサイバーフォーミュラZERO』の第1話をオマージュしたものです。
・「ゼロの領域」の感覚を初めて経験した主人公・風見ハヤトがその感覚に驚いて大事故を起こしてしまいました。
・ハヤトは下半身不随になってないですけど、引退しようと長期の休養に入ってしまいました。
・ゲームでは当たり前のようにウマ娘達が踏み入れている感覚ですけど、それに適応できなかったり、初の発動に戸惑って事故を起こす者も稀にいる──ということで。
・いや、だって普通戸惑うでしょ? 突然レース中に芝orダートの走路走ってて、気がついたら……
  「一面の雪景色になった」(オグリキャップ)
  「庭園でティーセットが置いてあった」(メジロマックイーン)
  「突然足元に薙刀が置いてあった」(グラスワンダー)
  「星々の間を浮いていた」(カレンチャン)
  「どこかよくわからない玉座の間にいた」(シンボリルドルフ)
  「西部劇みたいなところにいて拳銃持ってた」(タイキシャトル)
  「高速道路みたいな舗装路を走っていた」(マルゼンスキー)
  「ガ○ダムみたいに宇宙戦艦からカタパルト出撃することになっていた」(ミホノブルボン)
  「プリ○ュアみたいに変身して、ザケ○ナーみたいなのに頭突きしてた」(カワカミプリンセス)
  「地面が見えないほど遥か上空で雲の上にいた」(トウカイテイオー)
  「教会で花持ってた」(ライスシャワー)
  「まだ勝ってないのに、ライブのステージへの出入口にいた」(スマートファルコン)
  「岩が頭上から落ちてくるジャングルにいた」(ヒシアマゾン)
  「白いマットのジャングルにいた」(エルコンドルパサー)
……羅列して見たけど、そりゃあ驚くわ。むしろ順応している方がおかしい。
・もちろん、バクシンオーとかスーパークリーク、マヤノトップガンみたいに大丈夫そうなのもあるけど、そういう系統じゃなかったんでしょうね、ミラクルバードのは。


※次回の更新は12月16日の予定です。  

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