見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──高松宮杯は1位がオグリキャップ。コスモドリームは3位だった。

 コスモが3位だったことは今まで何度かあったし、決して悪い結果なんかじゃない。
 アタシは勝手にそう思っていた。
 そのレースを友人のオグリキャップが圧倒的な強さで制した、ということで気持ちが舞い上がっていたせいかもしれない。
 だからアタシは気が付かなかった。
 その圧倒的な強さで叩き潰された相手の気持ちに……



第8R 大失敗… すれ違う心

 その日のコスモは、どこかおかしかった。

 

 高松宮杯が開催された愛知から戻ってきたのは、開催の次の日だった。

 学園の授業も終えて、トレーニングも済ませ、アタシが寮で一息ついたとき、彼女はこの部屋に戻ってきたんだけど……

 

「……………………」

 

 彼女は部屋のドアを無言で開けた。

 ドアを開け閉めする気配でアタシはそちらを見て──

 

「あ、おかえり……お疲れさま」

「……………………」

 

 コスモドリームに声をかけた。

 でも、返事は聞こえなかった。

 それでアタシはちょっと様子がおかしいと思って首を(かし)げ──

 

(声が小さくて聞き逃しちゃったかしら)

 

 そう思った。

 そして、大きな声で返事ができないほどに疲れたんだ、と思っていた。

 だって、いつものコスモなら元気一杯だった。たとえレースに負けても「次は勝つ!」と底抜けに明るかったし、前向きだった。

 だからこそ、アタシもそう思ったわけで──

 

「約束通り高松宮杯、見てたよ。3着おめでとう。すごかったじゃない」

 

 そう労ったんだけど──コスモの反応はいつもと違った。

 いつもだったら「ありがと。でも3着じゃ負けは負けだからね。次は1位とるよ」と屈託のない笑顔を浮かべるのだけど──彼女はアタシを睨んできた。

 

「すごい? ……ユウはあのレース、本当に見てたの?

「え? ……もちろん見てたわよ」

 

 明らかに怒っている彼女の反応。

 というか、彼女から怒りを向けられたのは初めてで、正直戸惑った。

 

「一時は殿(しんがり)になっちゃったけど、きっちり追込んでたじゃないの。途中、前走者に阻まれちゃったけど、あれがなければ勝負はわからなかったんじゃ──」

 

「──わかってたよッ!!」

 

 突然の、コスモの大声。

 それに驚いて、アタシは言葉を止めていた。

 うつむき加減ながらも、強い口調──というよりももはや叫ぶように、彼女はさらに続ける。

 

「あんなの……分かり切ってるよ!! コスモじゃ……コスモなんかじゃ、オグリキャップに勝てないってッ!!」

「え……?」

 

 アタシは呆然とコスモを見るしかなかった。

 こんな彼女の姿は初めて見たから。常に明るく前向きで、けっして諦めない。それがコスモドリームというウマ娘だと思っていたから。

 

「完全に力負けだよ。コスモの力じゃ、全然、絶対にかなわない……勝てない。それをまざまざと見せつけられ、思い知らされた……それが、あの高松宮杯(レース)だったのに……ユウはいったい、どこを見ていたの?」

「そ、そんな……コスモだって力のあるウマ娘よ! オークスに勝ったんだから──」

「それはそうだよ。オークスにはオグリが出ていなかったんだからね!!」

 

 自虐的な笑みさえ浮かべ、彼女はアタシをジッと見つめる。

 そんなコスモが──アタシは怖かった。

 

「そんなこと、ないわ。コスモなら──」

「そんなことない? ああ、それはそうだよね!! オグリキャップはクラシック登録を逃したから、オークスにはどう頑張っても出られなかったもんね! でも、もしも登録していたら……なにか天の差配でダービーじゃなくてオークスに出てきていたら──」

 

 もしもの話を語るコスモの様子には、狂気じみたものさえ感じて、アタシは彼女を止めることさえできず、ただ見ていること、聞いていることしかできない。

 

「あのオークスは、誰が勝ってもおかしくなかった。最後の直線で並んだみんな、その誰が抜け出してもおかしくなかった。コスモが勝てたのは──あのとき最後に、不思議ともう一頑張りできたからでしかないんだよ。もう一回やったら、それでも絶対に勝てる自信なんてないよ! 負けるかもしれない。もしもローザンヌが怪我しなかったら……彼女が勝ったかもしれない。でも──」

 

 いろんな仮定を列挙したコスモは、絶望的な顔で最後の一つを挙げた。

 

「──もしオグリキャップが出ていたら、他の誰もが間違いなく勝てなかった」

 

「コスモ…………」

 

 彼女の断言に、アタシはさすがに戸惑う。

 でも、それが理解できないほどアタシはバカじゃない。ウマ娘として──この学園に所属して競走に携わる者として、コスモの感覚は理解できるものだった。

 それぐらいに──オグリキャップは圧倒的なのよ。

 でも、それを理解できたとしても、肯定はしたくなかった。その肯定はアタシの目の前にいる親友が勝ち取った栄冠を否定することになる。

 そしてその実力差を見せつけられたコスモが、完全に自分を見失っているのは明らかだった。

 

「ユウは、オグリと仲良いもんね! だからあのレースだってアタシじゃなくてオグリを見ていたんでしょ!? コスモと約束したのに! コスモのことを見るって……」

「そんなことないわよ。ちゃんと展開を見た上で言ってるでしょう? それがアナタにだって分かるはずじゃないの」

「分からないよ! 見ていたならユウこそ分かるはずだよ! コスモがあんな圧倒的な負け方したのに、よくも“おめでとう”だなんて言えるよね!?」

「それは……でも、3着だってスゴいって本気で思ったから──」

 

 だからアタシは彼女に安易な慰めの言葉をかけようとしてしまった。

 それが──大失敗だった。

 

「──デビューもしてないユウに何がわかるって言うんだよッ!! 本気のオグリと走ったこともないのに言うなッ!!」

 

 浅慮から出てしまったアタシの言葉はコスモの心を傷つけ──追いつめられた彼女に言わせてはいけない言葉を言わせてしまった。

 

「「ぁ…………」」

 

 お互いの口から呻くように、同じ声が出る。

 アタシはその突きつけられた言葉の重さと鋭さで絶句し──

 コスモは口をついて出た、絶対に言わないと誓ったはずのその言葉に驚いて──

 

 でも、追いつめられた彼女が吐いたその一言の切れ味は鋭く、アタシの心を確実に斬り裂いていた。

 

「「…………………………」」

 

 その後、アタシもコスモも無言だった。

 アタシ自身、もちろんショックだった。ぐうの音も出ない正論だったから。

 でも、それ以上に──彼女が今までそれを言わないように気を使っていたのは分かっていたから、それを言わせるほどにまで追い込んでしまった自分の迂闊さに気がついたから。

 コスモもコスモで、敗戦のショックで傷ついていたとは言え、越えてはならない一線を越えてしまったという自覚があったからだと思う。

 

 だからこそ、お互いに簡単に謝ることができなかった。

 

 かろうじてアタシが──

 

「…………そうね。デビューもしてないアタシが他の()のこととか、レースのことを語るなんておこがましかったわよね……ゴメン」

 

 そう言うのが精一杯。

 コスモはそれに答えず無言だったし、アタシもそれ以上──本当に悪かったはずの、彼女を追いつめたことを謝ることができなかった。

 

 ──結果、アタシとコスモはその後は言葉を交わすことなく、二人は別れて──それぞれのベッドに無言で横になった。

 

 

 その行き違いが──お互いに素直に謝ることができなかったことが、後々まで響くなんて、このときは思いもしなかった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──コスモとの初めての喧嘩は、アタシが想像していた以上に、遙かに長引いた。

 

 コスモが言ったことは、アタシにとっては心が痛かったけど、本当に正論だった。

 なにより、同い年がクラシックレースに出ていて、しかもオークスやダービーさえ終わっているような時期なのに、まだ一度たりともレースに出たことがないのは明らかに遅すぎるんだから。

 そんなアタシが、コスモの苦悩を察することができないで、彼女を傷つけたのもまた事実だったし。

 

(仲直りするには……同じ立場に。少なくともデビューして、勝利を経験しないと。彼女と対等で話すことさえできない──)

 

 当時のアタシはそう思いこんでしまい、チームでのトレーニングに没頭した。

 コスモもコスモで、苦悩があったみたい。

 あとから聞いた話だと、彼女はアタシと仲直りするには、「それこそオグリキャップに負けないくらい強くなって、ユウの言ったことを証明しないと」っていう不器用な考えに陥っていたらしくてね。

 だから夏場も休むことなくレースに出た。小倉記念にも出走して結果を残してる。

 

 ──だから、このころはお互いに朝から晩までチームの方へ顔を出し、部屋に戻っては直ぐに寝る、というのを繰り返していた。

 おかげでほとんど顔を合わさず、言葉も交わすことは……無かった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 アタシを誘ってくれた女性トレーナーの下で練習に励むアタシだったけど──でも、御世辞にも状況が好転しているとはアタシには思えなかった。

 相変わらず貧相なアタシの体。

 トレーナーが組む練習メニューに、そんな体が耐えきれず、消化しきれないことも多々あったから。

 

足が……痛い

 

 アタシがよく襲われたのはその痛み。

 最近、とくにヒドくなってるけど、なんだろ、これ。

 不安に思ったけど──チームメンバーには相談できなかった。

 相談できるくらいに親しい相手がいなかった、っていうのが大きかったんだけど……それ以上に、自分の不安要素をチームにさらして、そのせいでチームから三行半を突きつけられるのが怖かったのよ。

 だからアタシは、昼休みにオグリのテーブルに来ているベルノライトに相談した。

 スポーツ用品店が実家の彼女は知識が豊富だし、オグリキャップのサポートをしてる実績もある。なによりもスタッフ育成科でそういったことを学んでいる可能性が高いと思ったからね。

 で──

 

「成長痛じゃないですか?」

 

 彼女からはそんな答えが返ってきた。

 

「成長痛?」

「はい。私たちウマ娘の間では“ソエ”とも呼ばれますけど──」

「それがアタシに?」

「はい。たしか前にクリークさんがダイユウちゃんの食べる量が増えたって言ってましたよね?」

「たしかにそうね。ダービーが終わったあたりだったような気がしたけど……」

「私も思っていたんですけど、確かに、あの少し前からダイユウちゃんが成長してきているんじゃないかなって──」

 

 …………あの、ベルノちゃん?

 なんで成長を喜ぶどころか、恨みがましい目でアタシを見るのかな?

 それもアタシの背丈じゃなくて、明らかに胸の方も見て──

 

「──痛いのは、足なんだけど?」

「当たり前ですよ。成長痛なんですから。胸にくるわけ無いじゃないですか」

 

 露骨に不機嫌そうに言うベルノ。

 ……うん、やっぱり気のせいじゃなかったのね。

 

「とにかく──体ができあがる前兆かもしれません。そうなったらもっとトレーニング量を増やして良いと思いますけど……でも、もう少し我慢ですね」

「我慢? 体ができあがったんじゃないの?」

「痛みがあるんですから、まだ成長途中で完成していないってことです。ここで無理したら変な影響が出ちゃうかもしれませんからね」

「そっか……」

 と、納得したアタシだったけど──実のところこの痛み、本当にひどいときには練習どころじゃないレベルだったのよね。

 

 それをアタシが言うと最初は「大丈夫よ」と言っていたトレーナー。

 でも──それが長く続けばその言葉もなくなり、いつしか険しい表情を浮かべるようになっていたわ。

 つい先日は、ついに「チッ」と舌打ちするような音が聞こえ、アタシは思わず耳を疑った。

 

「──ッ!?」

 

 無意識のうちに頭の上の耳がピクッと動いてそちらを向く。

 その頃には無言で別の方を見ていたので、空耳なのかどうなのか、わからないけど。

 でも──空気は変わり始めていた。

 

 指導者がそこまで態度を豹変させれば、チームメイトの態度が変わるのも当然だった。

 最初はトレーナー同様に温かい目で見守ってくれた彼女たちも、アタシが成長痛(ソエ)や体力不足で練習に付いていけないのが分かると、態度を硬化させ始めた。

 それは今にして思えばトレーナーの態度が変わるよりも早かったかもしれない。

 でも──

 

(それも、無理もないのよね)

 

 と、アタシでも理解はできる。

 この学園に来たウマ娘たちは皆、トウィンクルシリーズに自分の夢をかけて出走し、活躍して身を立てようと考えるウマ娘ばかりなんだから。

 

(必死になるのは当たり前だし、不安要素は取り除きたいって思うわよね)

 

 チームの中に練習に付いてこられないウマ娘がいれば、それは間違いなく足を引っ張っているのだし、自分に悪影響を及ぼしている。

 今後がかかっている以上、アタシの成長を見守る義理も義務もない他のウマ娘たちにとってアタシは邪魔者以外の何者でもないのだ。

 

(だから、頑張らないと。誰にも文句を言わせないような、一人前の競走ウマ娘に、一刻も早くならないと──)

 

 それを理解していたからこそ、アタシはこの一年、誰の迷惑にもならないようにと一人でトレーニングして、迷惑がかからなくなってからチームに所属しようと頑張ってきたんだから。

 

(でも、チームに所属してしまった……)

 

 そしてなによりも、アタシの所属するチームには明確に競う相手がいた。

 チーム《ポルックス》。

 同じチームから暖簾分けしてしてできたのがアタシが所属する《カストル》で、敵対しているみたいなんだけど……そこに所属しているのがよりにもよって、アタシを目の敵にしているサンキョウセッツなのよね。

 彼女はアタシが練習についていけないのを見かけると嬉々として──

 

「──あら、落ちこぼれさん。こんなところでサボっている余裕なんてあるのかしら? ただでさえデビュー前で、他の方よりも出遅れているのに」

「こぉんなウマ娘をメンバーにするだなんて、《カストル》はよほど余裕がございますのねぇ。ああ、うらやましいですわぁ」

 

 ──なんて煽るものだから、チームメイトはサンキョウセッツを睨みつけ……それ以上に憎々しい思いを込めてアタシを見る。

 だからアタシにはトレーナーにも、チームメイトにも申し訳ないという気持ちを抱えながら練習する以外に道はなかった。

 

 ──たとえ足が痛んでいようと、無理をしてでも。




◆解説◆

【すれ違う心】
・今回、元ネタなしです。
・シリアス回なんで、一応。

あのレース、本当に見てたの?
・実は私、コレを書くにあたって、史実のレースを動画で本当に見ました。
・コスモドリームのことを調べた際には「高松宮杯は3位と健闘した」的な説明しかなかったんですけど──実際に見てみたら、2位と結構な差が付いた完敗なんですよね。
・それで今回の話が思いつたわけですけど……いや、実際のレース見てみるって結構重要だと思いました。
・本作のダイユウサクは前話の通り、もちろんレースを見ております。テレビでだけど。

オークスにはオグリが出ていなかった
・そりゃあそうだ。オークスって牝馬戦だもの。
・──という現実でのツッコミが入りそうですが、ウマ娘の世界だと全員が女性なので牝馬特別ってありえないんですよね。
・だからウマ娘なら「あのウマで八代競走完全制覇じゃ!!」と言いたいところですが、日程的に無理です。

足が……痛い
・史実のダイユウサクが3歳(以下当時の数え年表記)から4歳を棒に振ったのは、この足の痛みのせい。
・おかげでろくに調教ができなかったからデビューが遅れに遅れたと言われています。
・これには5歳まで苦しめられることになりました。
・その原因は──

ソエ
・管骨骨膜炎のこと。↑にあったダイユサクの足の痛みの原因。
・馬の前脚で発生し、管骨(第3中手骨)の前面に炎症を起こす。
・発症は若駒に多く、原因として体が成長しきっていないところで競走馬として強いトレーニングを行っているため、と言われています。
・ひどくなると関節が腫れたり、さらには骨折につながることもあるそうな。
・そんなわけで、成長痛とは違うのですが、作中では「成長痛」と言われています……
・これは、成長時期での膝の痛みということで、ヒトに起こる「成長痛」との共通点から、「ウマ娘の“成長痛”」ということで通称としてそう呼ばれている──という本作独自の設定。
・ヒトのとは違う原因だけど、通称として一緒くたにされて「成長痛」と言われているんだと思っていただければ。

胸を見て
・ベルノライトは身長146センチメートルと小柄。
・スリーサイズは資料がないのでわからないのですが、漫画で見る限りではサイレンススズカみたいにネタにされるほど無いわけではなく、平均かそれ以上あるような……
・というのも、これは私の勘違いでベルノ=小柄=胸が無い、と思い込んでいたせいで生まれたネタでした。
・そんなわけでこれは──ダイユウサクが瘦せぽっちだったのがスタイルもよくなってきたのに加え、背丈(全体の体のサイズ)も成長したので、その結果サイズが上がり──勝っていたはずの相手に並ばれて(若しくは負けて)ショックという流れです。
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