見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──こちら、名古屋市内で開催されている某企業の忘年会会場となります。
 その瞬間、テレビの前で中継を見ていた面々は……衝撃のあまり絶句した状況となっております。

「……………………」

 その場にいた誰もが黙りこくり、テレビが放つ実況だけが響きわたっていた。
 黙っていただけではない。
 その瞬間から、全員が微動だにすることができず──まるで時間が止まっているかのようだった。

「オイ、今の……」
「あ、ああ……」

 どれくらい長く止まっていただろうか。
 ようやく衝撃から立ち直った若手社員が、かろうじて短く声を掛け合う。
 そして恐る恐る──その中年社員を盗み見る。

「む、むす……娘が……だ、だだだだダイユウサクが…………」

 まだ全然衝撃から立ち直っておらず、呆然としながら小声で譫言(うわごと)のようにブツブツと言っている。

 ──そっとしておこう。

 会話どころか視線を合わせることさえしなくても、若手社員たちの心は一つであった。
 そこへ……

「おや? どうしたんですか? 皆さん、こんなところで──」
「「「しゃ、社長!?」」」

 若手社員達が慌ててピンと背筋を伸ばす。突然、現れた会社の重役に驚きを隠せなかった。
 しかも状況も悪い。ついているテレビはウマ娘競走の中継番組のままだし、完全に……忘年会を抜け出し、そっちのけで競走中継を見ていたのは誰の目にも明らかだ。

「む? 競走……有記念、でしたか? 今日は」
「は、はい! そうであります!!」

 企業の重役など世情に疎くてはつとまらない。その社長も、オグリキャップブームはもちろん知っていたし、昨年のラストランも覚えていた。
 そして若手の一人が直立不動の姿勢で、社長の疑問に大きな声で答える。
 そんな中……一人だけ、相変わらずテレビの前で呆然としている社員がいた。

「……もうゴールしたんですか?」
「はい! つい先ほど!!」

 まるで反射のように返ってくる答え。
 それを聞き……社長は茫然自失になっている中年社員を訝しがるように見た。

「それで……彼は、どうしたんですか?」

 この反応──まるで競輪や競艇という公営ギャンブルで全財産スったような有様じゃないか。
 無論、ウマ娘の競走の賭博は違法である。そんな行為を社員がしているというのなら許すわけにはいかない。
 社長が憤りを感じ始めたところで──

「それが……娘さんが、そのレースに出ていたそうで……」
「──何?」

 眉をひそめる社長。

「しかも、その……娘さんが、勝っちゃったようなんですよね。その、有記念に──」
「な、なんとッ!?」

 社長がテレビを見ると実況は「ダイユウサク」という名を何度も挙げている。
 無論……この社長は、社員の身上把握をしっかりしていた。
 ましてこの中年社員はちょっと特別である。なにしろURAでは超VIPともいえるビッグネームウマ娘の親戚である。
 中央トレセン学園に娘を通わせているというのも知っていた。

「──キミ!!」
「は、はい!?」

 傍らにまで近づいた社長に大きな声で呼ばれ──その中年社員は飛び上がらんばかりに驚きながら我に返る。

「しゃ、社長!?」
「キミは、何でこんなところにいるんだ!! 娘さんがレースで頑張っていたというのに……」
「す、すみません! 私の方が、重圧に耐えられなくて、つい……」

 慌てて頭を下げる中年社員。
 それに社長は──

「過ぎたことはもうどうしようもない。だから──今すぐ、向かいたまえ!!」
「……へ? 今すぐ? どこへ……」
「決まっとるだろ、そこへ……あの場所へだ!!」

 社長はテレビを指さす。

「そこへ行って、有記念優勝ウマ娘と会ってくるんだ」
「し、しかし……」
「黙りなさい! 業務命令だ!!」
「ぎょ、業務命令?」

 さすがに驚くダイユウサクの父。
 だが、社長は動じない。

「そうだ。来年のウチの企業広告で、あのウマ娘を是非使いたい」
「は……?」

 戸惑う中年社員に、社長は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なんといっても“あの”有記念を勝ったのだから当然だ。本来なら広報担当が交渉すべきところだろうが、キミには特別なコネがあるのだろう?」
「そ、それは……」
「ほら、他の企業に先を越されたら笑い話にもならん。さっさと行きたまえ!!」

 社長にバンと背中を叩かれ──中年社員は「は、はい!!」と返事をして慌てて忘年会会場を後にした。



第80R 大賞賛! We're Winners

 

『これはビックリ、ダイユウサクーッ!!』

 

 ゴール板の前を駆け抜けたアタシはそのまま走り──足がもつれて、芝生に前のめりに倒れ込んだ。

 少し走ったおかげで勢いは弱まっていたのがまだ幸いだったし、芝生が受け止めてくれたから、そこまで痛みはない。

 とはいっても──こっちは全力疾走の直後で息を整えるのが精一杯なのよ。

 とても立ち上がる余裕なんてない。

 地面に倒れたまま、アタシは自然と目を閉じて呼吸を整えていた。

 

「ダイユウサクッ!!」

 

 焦ったような声が、全力を出しすぎてぼんやりしているアタシの耳に入る。

 えっと、この声は……

 

「大丈夫か? ケガとか、痛いところは──」

 

 本気で心配しているその声に、荒い呼吸を続けているアタシは答えられない。

 だから首を横に振って、大丈夫なことを主張した。

 

「そうか、よかった」

 

 ホッとしたような声。

 その声が耳に入り──アタシの気持ちもなぜか落ち着いてくる。

 そして間もなくして、アタシの呼吸もようやく落ち着く。

 それから閉じていた目を開くと……そこには予想通りの顔があった。

 

「ねえ、トレーナー……一つ訊いて良い?」

「なんだ?」

「今のレースの結果……教えてもらって、いい?」

 

 悪くはなかったはず。

 無我夢中だったけど、間違いなくプレクラスニーのことは追い抜いたし。

 あとは後ろからきたウマ娘がいたかどうか……

 

「2分30秒6……ダイユウサク、お前の優勝だ」

「え? う、そ……」

「嘘なもんか。周り見て見ろ」

 

 トレーナーに言われ、まだ立ち上がれないアタシは手を付いて身体を起こし、そのまま首を巡らせて周囲を見る。

 共にレースを走ったウマ娘たち、スタンドの観客たち、その視線が──自分へと集中しているのに気が付く。

 

「これ……ホントに? なんか失敗して、注目浴びてるワケじゃないわよね?」

「あのなぁ、お前……これ以上、どうやって証明しろって言うんだ?」

 

 思わずといった様子で苦笑するトレーナー。

 

「あとはホラ、それでも信じられないなら……掲示板見てみろ」

 

 そう言って彼は「やれやれ」と掲示板を指す。

 そこに表示された1着を示す場所には──「8」の数字があった。

 

5枠8番。それがアタシの今回のレースの番号……)

 

 ハッキリと見えるその数字は、見間違えるはずもない。

 それにアタシは──

 

「──────ッ!」

 

 思わず両手を口にあてて、息をのむ。

 そして同時に、じわじわとこみ上げてくる歓喜。

 その余りに大きすぎるその感情を持て余し……目からは涙が滲んだ。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 そして大粒の涙がこぼれ落ちる。今のレースにまで至るいろいろな情景が脳裏に浮かんだ。

 そんなアタシに──スッと手が差し伸べられる。

 

「え……」

 

 それに顔を上げ──ゴツゴツとした手を見つめ、腕を見て、肩が見え、優しく微笑むトレーナーの顔が見えた。

 

「で……そろそろ、立ち上がってくれないか? 有記念の勝者がいつまでも座り込んでいるわけには行かないだろ?」

 

 手をさしのべた姿勢のままのトレーナーの笑顔が、少しだけ苦笑の色を浮かべる。

 たしかに観客は、このレースを制したウマ娘──アタシのことを待っている。

 

「もう、バカ……少しは余韻に浸らせなさいよ」

 

 涙を拭いながら、アタシは差し出された手に自分の手を伸ばした。

 それを優しく、けれどしっかりと掴んでくれる。

 

 

 ──正装姿の乾井トレーナーが差し伸べた手を、ドレス姿のダイユウサクの姿は掴むその姿は、まさにおとぎ話のようで──

 

 

 手をとって立ち上がろうとしたダイユウサクだったが……

 

「──え?」

 

 足に力が入らずに、ガクンと倒れ──トレーナーへ抱きつくように倒れた。

 とっさに受け止めるトレーナー。

 

「ッ! 大丈夫か?」

 

 まるでトレーナーの胸の中にポスッと収まるような姿勢で受け止められる。

 受け止めてくれた胸板を感じながら──我に返った。

 

「なッ──」

 

 気恥ずかしさから、思わず突き飛ばしそうになる──が、

 

「やめろ、落ち着け」

 

 と、いうトレーナーの小声ながらも鋭い警告で、どうにかビクッと止まった。

 衆人環視の中で、トレーナーを突き飛ばすのは問題になるのは明らか。それを判断するだけの最低限の判断力は、アタシにもあった。

 でも──

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 トレーナーの腕の中で、顔が真っ赤になっていくのがわかる。

 だって、みんな見てるのよ?

 それをこんな──でも、足が……

 

「足に、力が入らないんだな?」

「う、うん……」

 

 状況を察してくれたトレーナーが言うように、呼吸も整って心臓の鼓動もだいぶ落ち着いたはずなのに、アタシの足には不自然なほどに力が入らなかった。

 だからいつまで経っても、立つどころかトレーナーから身を離して元の姿勢に戻ることさえできなかった。

 

「わかった。オレに任せろ」

 

 言うやトレーナーは手をアタシの肩へと回す。

 

「──へ?」

 

 だから! オフショルダーなんだから肩は素肌なんだってば!!

 突然、直に触れたトレーナーの手の感触に驚いていると──今度は、足がすくわれるような感覚がくる。

 

「え…………?」

 

 気が付けば、トレーナーの反対の手は、力の入らないアタシの両足をすくうように抱えていた。

 そして、彼が立ち上がるのと同時に──アタシの視界がグンと上昇した。

 

(え? これって──)

 

 アタシが戸惑っている内に、アタシ達を見た観客達からどよめきと歓声が一気に巻き起こる。

 ちょ、ちょっと待ってよ。なに考えてるの? トレーナー。

 

(だってこの姿勢……俗に言う、“お姫様抱っこ”じゃないの!?)

 

 アタシの戸惑いをよそに、トレーナーはさらに精一杯高く抱え上げた。

 まるで揺りかごの上かのように揺られる……って、そんな記憶無いわよ!!

 その一方で、抱え上げられたアタシを見て──歓声が一段とに盛り上がった。

 

「な、ななななな……」

「ほら、手を振れ……ダイユウサク」

 

 アタシの方は見ずに、観客席(スタンド)を見たまま言うトレーナー。

 

「ちょ、ちょっとどういうつもり!? なに考えて──」

「足が限界なんだろ?」

 

 そ、それは……確かにさっきの感じだと、まだまだ全然、立ち上がれる感じさえしない。

 

「オレが足になってやる。だから……お前は、精一杯歓声に応えてやれよ」

 

 そう言ってから、「みんなに見られてるからな」と小声で付け加え、意地悪く笑みを浮かべるトレーナー。

 

「それ、アンタのせいでしょう? ……アタシよりも非力なくせに無理しちゃって

「非力なオレでも、お前一人抱えるくらいの力はあるからな」

 

 

 小声でそう返すのが精一杯だったアタシに、トレーナーはこともなげに答えてきた。

 ああ、もうこうなったら……ヤケよ!! 優勝して気分が高揚してワケわかんなくなってたってあとで言い訳してやるわ!

 

 アタシは──そ大きく手を挙げ、それを振る。

 

 

 ──レース場は、大歓声に包まれた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……なぁ、ダイユウサク」

 

 オレは両手でダイユウサクを精一杯に抱え上げながら、話しかけた。

 

「なに?」

 

 観客席に手を振りながら、視線をよこさずに問い返すダイユウサク。

 

「この最高の結果に、人はシンデレラストーリーなんて言うかもしれないが──」

「そうかもね」

「でもな、オレは……お前がシンデレラとは思わない」

「──え?」

 

 思わずオレを見るダイユウサク。

 それにオレは──

 

「お前に相応しいのは、灰かぶり娘(シンデレラ)じゃなくて──『みにくいあひるの子(The Ugiy Duckling)』だと思ってる」

「……なにそれ、アタシが“みにくい”とでも言いたいわけ?」

 

 笑顔のまま額に青筋を立て、剣呑な空気をまとうダイユウサク。

 それにオレは慌てながら──苦笑する。

 

「そうじゃねえよ。最初は周囲とはかけ離れた姿で周囲にイジメられ、それでも必死に生き抜き、努力し、そして──気が付けば周囲も羨むような美しい姿(白鳥)になった」

 

 デビュー間もなくのころに、誰がこのウマ娘がオープンクラスにまでなれると思っただろうか。

 そして──

 

「なった後も、必死に水面下で水をかき続け──そして今日、見事に優雅に羽ばたいた。一晩で見染められたようなわけじゃない。今までのお前の努力が、こうして実を結んだんだからな」

 

 オレが言うと、ダイユウサクは呆気にとられたような顔をする。

 そして、俯いて少し顔を赤くしてから……

 

「……うん」

 

 小さくうなずきながら、そう答えた。

 いつになく素直だった彼女は──ハッと何かに気が付くと、気を取り直すように慌てて手を振り、歓声に応えていた。

 

 ──ありがとう、オレの“The Amazing Ugiy Duckling”。

 たしかに()()()アイドルウマ娘とは言えないかもしれない。

 でも──それに負けないくらい、今のお前は強烈に輝いた(スター)になってオレの夢を叶えてくれた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 優勝したウマ娘──ダイユウサクを、その担当トレーナーが抱え上げて歓喜の姿を見せているのを……わたくしは離れた場所で見ていました。

 まさに、唖然として。

 

「……マックイーン」

 

 そこへやってきたのは、わたくしと同じメジロ家のウマ娘、メジロライアン。

 

「ライアン……どうなされたんですか」

「うん。あたし達……完敗だったね、彼女に」

「あたし()?」

 

 その言葉が引っかかり、わたくしはライアンに冷たい目を向けました。

 だって、その通りでしょう?

 低い順位だった彼女に言われたくはないし、一緒にされたくもありません。

 でも──

 

「うん。一緒だよ。あたしも、マックイーンも……彼女に負けたんだ」

「そ、そんなことッ! あれは──」

 

 今回のレース、ゴール前でプレクラスニーさんを捉えていたのはわたくしも同じです!

 それに彼女の得体の知れない“あの”力──あれさえなければ、勝っていたのはわたくしのはず……ええ、2着だったのですから間違いなく、その通りになっていたはずですわ!

 あのような──

 

「あたしも後ろから見てたから、わかるよ。あの妙な力……でも、反則じゃないでしょ?」

 

 物理的な妨害なわけじゃなかった、それにマックイーンの速度が落ちたわけでもなかった、とライアンは言いました。

 

「た、確かにそれは……その通りですが、でも……」

「悔しいのはわかるよ。でも……負けを認めようよ。今回は、一番にゴール板を駆け抜けたワケじゃないし、彼女は海外のウマ娘じゃない。それどころか──」

 

 そのとき、ワッと観客席の声が一段と大きくなる。

 見れば──貴賓席から一生懸命手を振っているウマ娘達がいて……その中に、冷静に手を振っている葦毛の“怪物”の姿を認め、観客席が沸いたのです。

 

「あの人達と同じ世代の……マックイーンが歯牙にもかけなかったような相手じゃないか」

 

 “海外の強豪”に負けても仕方ない。

 周囲からそう言われ、いつの間にかそう納得していたジャパンカップ。

 でも今回負けた相手は──かつて自分自身が調べたように、デビュー2戦もタイムオーバーし、年上のメジロアルダンが活躍する中で条件戦を走っていたような“泡沫ウマ娘”だったはず。

 

「窮鼠……猫を噛む、ですわ……」

「あのタイム、実力もないウマ娘がまぐれで出せるワケないよ」

 

 一昨年に、イナリワンさんが“皇帝”の記録を破って作ったレコードを、さらに1秒も上回るような記録。

 それが、このレース結果がフロックではないことをなによりも語っていました。

 

「う……うぅ……」

「うん、そうだよ。マックイーン。悔しがっていいんだ。下手に我慢して、他のなにかのせいにする必要なんて、ないんだよ!!」

 

 あの日──秋の天皇賞で、会心の走りトップをきってゴール板を駆け抜けたにも関わらず、最下位に降着になったあのとき──から歪んでいた心が……スッと元に戻るかのようでした。

 歓喜のはずが失意へ──悔しく感じなければいけないはずなのに、それとは裏腹に完璧な走りだったという思い。

 そのズレが──今回の完敗という結果を受け入れることで、ようやく無くなったのです。

 

「く……ッ」

 

 でも──メジロ家のウマ娘として、また今回のレースで2着だったウマ娘として、醜態をさらすわけにはいきません

 緩みかかった涙腺を締め、わたくしはグッと顔を上げます。

 

「ええ、ライアン。本当に、本当に悔しいですわ! でも……あの方に負けたことは事実。次は絶対に……負けません」

「──ッ! うん、それでこそマックイーンだ!!」

 

 笑顔を向けてくれたライアン。

 わたくしは彼女に微笑み返し──勝ったウマ娘、ダイユウサクさんの方へと歩みを進めます。

 そう、彼女の勝利を、偉大なる記録を称えるために──

 

 

 そうして彼女に賞賛の言葉を贈ったとき、貴賓席から見下ろす影の一人がニッコリと微笑んだような気がしました。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──レース後の表彰式は、どうにか無事に終えられそうだ。

 

 ゴールした直後は立つこともままならなかったダイユウサクだったが、しばらくしたら、どうにか立てるくらいにはなっている。この調子ならたぶん大丈夫だろう。

 アイツの側に立ち、歩くのを支えて誤魔化す必要はあるだろうが。

 

(せっかくの晴れの舞台だからな……)

 

 出席できないなんていうのは言語道断だし、どうにか立たせたままで受けさせてやりたかった。

 常に付き添って密かに支える……なんてことをすれば、オレの身体の側面は密かに繰り出されていたアイツの拳のスタンプで埋め尽くされることになるだろうけどな。

 ……まぁ、その辺りは足の踏ん張りが効かないから威力が抑えられているだろ。アイツの今までの苦労を考えたら、それくらいの犠牲はオレが我慢すればいいだけだからな。

 

(とはいえ、このままだとマズいな)

 

 表彰式のあとに控えているのはウイニングライブである。

 それこそ辞退なんて絶対に許されないわけで……

 

「ユウ!!」

「コスモ! それに……お母さん!?」

 

 オレたちのところへ見慣れたショートカットのウマ娘、コスモドリームがやってくる。

 そしてそれとは別で──ダイユウサクに似た、それよりも年上のウマ娘が男の子を連れてやってきた。

 彼女はダイユウサクを抱きしめ、「おめでとう、ユウ……」と彼女を讃美してから離れ──オレへと向き直った。

 

「……ありがとうございました、乾井さん」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。娘さんの才能と実力があったからこそ、こんな凄い結果が出せたんですから」

 

 ──なんて、オレと母親がやりとりを始めたから気恥ずかしくなったのか、ダイユウサクは遮るように母親へ話しかけた。

 

コウも連れてきたんだ?」

「ええ。置いてくるわけにはいかないもの」

「じゃあ、お父さんは?」

 

 言われてみれば──ダイユウサクの父親の姿はない。

 オレも一度だけ、ダイユウサクには内緒で中京レース場で会ったことがあったから顔は覚えているんだが……

 ダイユウサクのその質問に、彼女の母親は憤然とした様子で答えた。

 

「それが、会社の外せない用事があるからって……来てないのよ」

「──え?」

 

 オレは思わず声を出してしまった。

 せっかく優勝したのに……彼女の父親の気持ちは以前に聞いたことがあったし、だからこそ、この場にいないのが気の毒に思えて仕方がない。

 

「慌てて向かってるってさっき電話があったけど……まったく、薄情な父親よね。ホントに……」

「で、でもほら……だってアタシ、人気低かったし。誰もアタシが勝つなんて予想してなかったんだから、仕方ないわ」

「そんなことないわよ!! 私はアナタが勝つって信じて──」

 

 まぁ、当たり前か。親なんだから娘の勝利を信じるのは自然のことだろう……とオレがダイユウサクの母親の言葉に納得していたら──

 

「ねぇねぇ、コスモねーちゃん……」

「うん? どうしたの? コウ」

 

 コスモドリームが、ダイユウサクのまだ幼い弟に話しかけられていた。

 ああ、そうか。コスモドリームとこの子も従姉弟(いとこ)になるから、親しくて当たり前なのか。

 

「今からママとディ○ニーランド行くんだ! いいだろ!?」

 

 ん? 今から……?

 

「…………え? 今からは、ちょっと、無理じゃないかな……」

 

 さすがにコスモドリームもそれを察してやんわりとなだめようとする。

 だって、今からウイニングライブがあるもんな。ダイユウサクの……

 

「なんで!? だって、姉ちゃんのレース見たら、その後で行くってママが言ってたもん!!」

 

 ビクッと肩をふるわせるママ──ダイユウサクの母親。

 その横で──なにかを察してジト目になるダイユウサク。

 

「電気ピカピカのパレード見るって言ってたよ! そうだよね? ママ?」

「……ウイニングライブって、日没後からなんだけど? 信じていたのよね? アタシが勝つ、って」

 

 純真無垢な幼子(おさなご)の目と、疑う娘のジト目に挟まれ──ダイユウサクの母親は顔にダラダラと汗をかいていた。

 

「あ、当たり前じゃないの。私はお父さんとは違う──勝つって信じてたわよ?」

「その割には、お母さんもコウも、思いっきり普段着じゃない?」

 

 ダイユウサクはオレの方をチラッと見る。

 確かにオレの服装は──授賞式を意識したような正装だった。

 そして追いつめられたダイユウサクの母はオレを責めるような目で見てくる。

 いや、そんな目で見られても……オレもコレ着てるの、偶然だし。

 そんな親子を見ながらコスモドリームは苦笑し──

 

「コウ。今からここで、もっといいものが見られるんだよ? ユウ姉ちゃんのスゴくカッコいいところ」

 

 慌ててフォローしている。

 ……結構、空気読めないこのウマ娘がここまでするとか、ホントに珍しいぞ。

 

「え~、ユウねーちゃんがカッコいいとかありえな~い! コスモねーちゃんの勝負服の方が全然カッコいいもん!!」

 

 ……うん、密かに傷ついてるな、ダイユウサク。

 そういえば以前、黒岩理事が言ってたもんな。コスモドリームの勝負服って子供に人気だ、って。

 

「あの衣装、また見せてよ! コスモねーちゃん!!」

「あ、あはは……こ、今度、またね」

 

 弟に見向きもされない姉の晴れ姿……

 さすがに可哀想になってきたわ。ガンバレよ、ダイユウサク──

 

「──ぐッ!?」

 

 鋭いわき腹の痛みに、オレは横を見ると……いつの間にかダイユウサクがそこにいた。

 あのなぁ……的確に特に痛いところを殴るのは、やめなさい。

 ──親御さんの前ですよ?

 

 

 ……それから日が暮れてから行われたウイニングライブは大盛況で終わった。

 その姿を見て、弟の幸作くんも目をキラキラ輝かせていたようなので、姉の名誉を挽回できたことだろう。

 おまけに父親が合流して「会社の経費で落ちるから!」と家族で宿泊して、翌日には浮いたお金でディズ○ーランドにも行ったらしい。

 

 

 …………そっちの電気ピカピカパレードに、幸作くんの思い出を上書きされてなければいいが。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──有記念のウイニングライブを、観客席で見つめる一人のウマ娘がいた。

 そのウマ娘は思わず涙を流して、その光景を見ていた。

 あのとき、「アタシのことを何も知らない」と言われ──悔しさから調べていた。

 そして知った。

 彼女が決して恵まれた才能を持って生まれてきたわけではないと。

 にも関わらず重いものを背負わされ、それでも潰されぬように努力してきたのだ。

 それを知り──彼女はダイユウサクのファンになっていた。

 そして図らずも自分に宣言した「G1をとる」という宣言を、目の前で叶えてみせてくれた彼女から「信じる」勇気をもらった彼女は、それまでと違った人生を歩み始めるのであった。

 

 その手には──返すはずのトレーナーバッジが握りしめられていた。

 

 




◆解説◆
【We're Winners】
・元ネタは『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』のテレビ版、EDテーマ「Winners」の歌詞から。
・2話前で主題歌からとったので、今回はエンディングテーマから……と思って「Winners」にしようと思ったんですが、1単語だけだとどうにも淡白すぎてしまい、歌詞からとってこのようになりました。
・まぁ、新世紀GPXサイバーフォーミュラは1991年の放送──つまりはこの有馬記念の年でしたからね。時代的にマッチしていてオッケーでしょう。
・なお、1991年はサンライズアニメの当たり年で他にも「太陽の勇者ファイバード」や「絶対無敵ライジンオー」なんかが放送されてます。
・で、このタイトル……実は正直な話、使う予定なかったです。
・でも、この前のそうですが、最終話も長くなりすぎて2話に分けたため、急遽タイトルが必要となり、採用しました。

5枠8番
・実は、その前の年の有馬記念を制したのも「8番」の競走馬だったんです。
・ダイユウサクの時はマックイーンの短枠指定の関係で5枠になりましたが、「4枠8番」だったのがオグリキャップでした。
・アニメ版の1期の13話で描かれるウィンタードリームトロフィーで、オグリキャップが4枠8番なのは、スペシャルウィークの13番がジャパンカップと同じだったように、あの有馬記念の4枠8番なんですよね。
・さて、90年91年と有馬記念を連覇した“8番”でしたが92年は? と言えば──ウマ娘にもなってるダイタクヘリオスだったんです、実は。
・結果は2枠3番のメジロパーマーの勝利で、さすがに3連覇にはなってません。前週のスプリンターズステークスで走ってるのに勝てるわけが……

コウ
・本作のダイユウサクには弟がおり、名前を“幸作”といいます。
・競走馬ダイユウサクの名前が、元々は馬主のお孫さん「コウサク」だったのと、ご家族の名前に「幸」の字が使われていたので、それを元にしてこの名前を付けました。
・年齢的には小学校低学年~未就学くらいを想定しました。
・本作でウマ娘のダイユウサクがトレセン学園高等部所属なので、結構年齢が離れた姉弟ですね。
・音的には全く違うので、家族間では間違えないし問題無いんでしょうけど、文章にするとダイユウサクを呼ぶ愛称「ユウ」と紛らわしくて仕方ない……スミマセン。
・うん、登録で間違えても仕方ないなぁ!(笑)

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