見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第81R 大団円! 終わりのない夢に向かって──

 

 ──有記念の翌日。

 

 オレとミラクルバードはチームの部屋にいた。

 今、集まっている二人でとりあえず反省会である。

 

「……昨日のウイニングライブは成功してよかったね」

「ああ、まったくだ」

 

 ミラクルバードの言葉にオレはうなずいた。

 有記念というデカいレースだったが、なにしろダイユウサクは14番人気だった。

 ハッキリ言えば、望んでいる人が2番目に少ないようなライブということでもある。

 最悪、秋の天皇賞のようなライブも覚悟したのだが……

 

「──2位以下が順当だったもんね」

 

 ミラクルバードの言ったとおり、2着が1番人気のメジロマックイーンで、3着が2番人気のナイスネイチャ。その後の4位も3番人気のプレクラスニーと、ダイユウサクが1着に割り込まなければ人気通りの着順だったというわけだ。

 

「それに、マックイーンが祝福してくれたからな」

 

 正直、これが一番大きいと思う。

 それを見ていたからこそ圧倒的多数だった彼女の優勝を願っていたファンも好意的に受け入れてくれた。

 誰も見向きもしていなかったような超大穴に負けたんだ。プレクラスニーとかに負けたのならともかく、間違いなく悔しかっただろうに。

 それでもレース後に、観客の前でオレ達を祝福してくれたのは、本当に立派だった。

 

(彼女も……今回のレースでなにかが変わったのかもしれないな)

 

 実は──ダイユウサク優勝の裏でマックイーンが、今回のレースを終始前の方にいて引っ張って立てないほどにバテたプレクラスニーに手を差し伸べるという一幕があった。

 緊張感が走ったシーンであったが……プレクラスニーは手を取った。

 

(ま、優勝したウチの陣営に気を使って、もめ事にしたくなかったというのもあるんだろうが……)

 

 とはいえ、プレクラスニーも立ち上がったあとに「次は勝つ」とマックイーンにリベンジ宣言もしている。

 因縁は残っても、遺恨は消えたと思っていいだろう。

 

「──でもダイユウ先輩、よくダンスできたよね。いったいどんな裏技使ったの?」

「あ~、アレか? 裏技でもなんでもなく、力業だ」

「力業?」

 

 悪戯っぽくニヤニヤと笑みを浮かべて訊いてきたミラクルバードだったが、オレの返答に眉をひそめる。

 

「ああ。表彰式前後でコスモドリームに会えたからな。巽見を呼んでもらって、ライブ前にひたすら脚のマッサージをしてもらったんだ」

 

 アイツはそういう知識と技術も持ってるから、本当のサブトレーナーとして有能だよな。相生さんが独立させずに手元に置きたがってる理由もわかるわ。

 

「ライブの曲もステージを走り回るような曲じゃなかったから、どうにかなったという面もあるが」

 

 巽見のマッサージでかなりマシになり、歩くのとステップ、ダンスのバランスを取る……くらいまではできていたが、曲によってはある走る部分は正直、無理だった。

 それを説明すると、ミラクルバードの表情が陰る。

 

「先輩の足だけど、大丈夫なの?」

「オレも看ようとしたんだが──蹴飛ばされた」

「当たり前だよ! どうせ素手で太股撫で回そうとしたんでしょ?」

 

 ミラクルバードが驚き、呆れたように言う。

 

「言い方! あのなぁ……アイツにも言ったけど、心配して調子を確かめようとしただけだぞ」

「その言い訳がきくなら、男性トレーナーはセクハラし放題だよね?」

 

 そう言ってジト目を向けてくる。

 

「……まぁ、巽見がマッサージ前に確認してくれたが、感触では骨の異常はもちろん、肉離れとかの筋の異常も認められない……とは言っていた」

「う~ん……痛みは無い、ってダイユウ先輩も言ってたもんね」

 

 もしも骨や筋肉に異常があれば、マッサージで悪化させるおそれがある。だからこそ巽見も入念に確認してくれた。

 それにミラクルバードが悩むように、アイツの異常は痛みではなく、“力が入らない”ということ。

 

「ああ、だから今日は病院に行って精密検査を受けさせてる」

「え? 普通に休みにしたんじゃなかったんだ。でも、トレーナーはついて行かなくてよかったの?」

「ジロジロ見られるのはイヤって断られた。でもアイツが結果を隠そうとしても、診察結果はオレの下へ来るようになってるから大丈夫だ」

 

 一応、付き添いとして、オラシオンに行ってもらっているし、問題はないだろう。

 大事(おおごと)にしたくない、って気持ちもあるんだろうしな。

 

「それに……負傷というよりは過度な疲労、だと思ってる。さっきお前が言ったように、痛みが無いって話だからな」

「最悪なのは、感覚が麻痺してて負傷に気が付いてないってパターンだけど……でもトレーナー、そこまでの過剰な疲労って──」

「ああ、レース中の“アレ”だろ」

 

 思い出すのは最後の直線。

 マックイーンを越える末脚を発揮して、先頭に立ったときのことだ。

 あのときのアイツは……

 

「“領域(ゾーン)”、だと思う?」

「だろうな……詳しいワケじゃあないから、オレも断言はできないが。むしろこっちがお前に確認したいくらいだぞ?」

 

 ウマ娘でもアスリートでもない、オレはそんな体験はない。

 踏み入りかけたミラクルバードの方が、この件に関しては詳しいはずだ。

 

「そう、だと思う」

「だと思うって……曖昧だな」

「うん。昨日のアレはハッキリ言って異常だったんだ。あれは明らかに……ダイユウ先輩の限界を超えてる」

「限界を超えるのが、“領域(ゾーン)”じゃないのか?」

「……普通なら“制御された”限界突破なんだよ」

 

 ふむ……どういうことだ?

 オレが首を傾げると、ミラクルバードはさらに説明する。

 

「マックイーンみたいにコントロールできているウマ娘は、身体を壊さないレベルだから何度も“領域”に踏み込めている、と考えるべきじゃない?」

「その都度、体を壊していたらとてもじゃないが保たないもんな」

「それに対して昨日のダイユウ先輩は……まるで“火事場の馬鹿力”だよ」

「命の危機に異常な力を発揮するっていう話か。あれも意識の過剰集中が原因って考えれば“領域(ゾーン)”と同じだろ」

 

 オレの言葉に首を横に振る。

 

「まさに“必死”でやるそれは制御なんてされてないからね。“火事場”が終わってみたら体を痛めてた、なんてことが当たり前みたいよ。先輩、ケガとかしてないといいけど……」

「そうだな。まぁ、様子がおかしいのは、他の陣営にもバレてるから、しばらく休ませるつもりだから──」

「バレてる? どこに?」

「マックイーンだよ。表彰式のあと、ダイユウサクに見つからないようにして『走路(ターフ)でのパフォーマンスはわざとですわね?』とこっそり言ってきた。アイツが立てなかったのが完全にバレてたわ」

 

 ついでに『勝者がいない状態でのライブなんて、絶対に許しませんわ』とメジロ家の主治医やらなんやらを用意する、と言われたのだが……負傷していなければ絶対に出す、と約束してなんとか収めた。

 ライブ中もさりげなくフォローしてくれていたし。

 

「いずれにしても……これ以上の話はアイツが帰ってきてからだ」

「そうだね」

 

 うなずくミラクルバード。

 そうして──しばらくしてから帰ってきたダイユウサクの検査結果は──骨や筋肉に異常は無し、というものだった。

 

 それには純粋にホッとした反面──ダイユウサクが踏み込んだ、あの“領域(ゾーン)”の反動がどこまで深刻で、いつになったら元に戻るのか、オレは不安を感じていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──その後、

 

 ダイユウサクは休養からの復帰戦を4月の産経大阪杯にしたのだが……オレは、正直に言えば不安を感じていた。

 なぜなら相手が悪かった。アイツの復帰戦とぶつかったのだ。

 そして──

 

『これは天皇賞が楽しみだ! トウカイテイオー、余裕で──ゴールイン!!』

 

 オレに対してレース前に「アタシはメジロマックイーンに勝ったのよ。トウカイテイオーにも勝てる!」と自信を見せていたダイユウサク。

 しかしレースに勝ったのは、ダービー後の骨折からの復帰戦だったトウカイテイオー。

 異次元の強さを見せつけられ──結果は6着。

 

「ダイユウサクッ!!」

 

 レース後に、ターフに力尽きたかのように寝転がるアイツの姿を見て、オレは焦って飛び出した。

 慌てて駆け寄って抱き起こしたが……顔にパンチすること無いだろ、まったく……

 見ろ、「なんてウマ娘思いのトレーナーでしょうか」と驚いていたイクノディスタスがドン引きしてるぞ。

 それにアイツが「あのウマ娘が驚いてるのは、アンタの頑丈さによ」なんて言い出すから喧嘩になったが。

 

 そして、その後も……春の天皇賞はメジロマックイーンとの再戦となった。

 もっとも世間はダイユウサクとの有記念での因縁なんて誰も気にせず、連覇を狙うマックイーンと、無敗を続けるトウカイテイオーとの対決にしか関心がなかったが。

 で、結果もまぁ……9着と、惨敗だ。

 そこまでなれば、オレも察しが付く。あの時の、“領域(ゾーン)”に踏み込んで得た規格外の力を発揮した後遺症……いや、代償を今払っているのだ、と。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──春の天皇賞のあとのトレーニング。

 そこでオレはダイユウサクに声をかけた。

 

「ダイユウサク。お前、脚……」

「なによ。検査しても異常、出てないでしょ? 骨も折れてもなれれば、腱の炎症もない。健康そのものよ」

 

 聞き飽きた、とばかりに不機嫌さを隠そうともしない。

 だが、今日は引き下がるわけにはいかない。

 

「本当に、そうか?」

「アタシを疑うつもり──って、なにしてんの…よッ!!」

 

 スッと近づいて、太股を掴んだオレに──容赦のない蹴りが飛んできた。

 それを喰らって吹っ飛ぶ。

 しかし──それで確信した。

 

「……やっぱりお前、足に力が入ってないだろ」

「あ、アンタ……まさかそれを確かめるために?」

「当然だろ。そうでもなければお前の足になんか誰が好き好んで撫で回す──」

 

 吹っ飛ばされて壁に寄りかかったままのオレの言葉を、遮るようにダイユウサクは叫ぶ。

 

「たづなさ~ん! コイツ、セクハラ犯で~すッ!!」

「ちょ、おまッ!? たづなさん呼ぶのは卑怯だろ!!」

 

 慌てて身を起こすが──く、やっぱりさすがに痛いな。

 でも、本当ならもっと衝撃が大きかったはず。

 すっ飛んできたたづなさんに、どうにか説明し──そしてお小言を言われる。

 その後ろで「べ~」と舌を出しているダイユウサク。

 

 ……ホントに腹立つなぁ。

 

 たづなさんの説教から解放された頃には、昼休みになっており、いつの間にやらダイユウサクはミラクルバードやオラシオンと共に食堂へと去っている。

 残ってても、また言い合いになるだけだ。戻ってきたら、キチンと話をしないと。

 

「オレも飯にするか……」

 

 思わずつぶやく。だが、食堂に行く気は起きなかった。

 今さっき、ダイユウサクとやり合ったばかりだし、それにあそこの量はヒトであるオレにとってはちょっと多すぎる。

 というよりも、なにかにつけて料理にニンジン入ってくるあたりは、完全にウマ娘向けの味付けだし。

 今日は別のを食べたい──なんて思って、ふと弁当の配達を思い立つ。

 

(最近、配達サービスも充実してきたよな)

 

 リーズナブルなものから、一転して高級感さえ感じるような、高価なものまで──種類だって和洋中といろいろ取り揃えてある。

 そんなわけで今日は弁当のデリバリーをすることにして──オレはスマホを見ながら宅配弁当を何にするか、迷っていた。

 おお、こんなに美味そうなものも、配達してくれるのか。

 いい世の中になったな~。

 

 ──などと思いながら注文して、それから自分のトレーナー部屋へと向かった。

 一応、学園側にも許可はとって、宅配業者がスムーズに出入りできるように連絡を入れておいた。

 そこで食べる予定のトレーナー室へと持ってくるようにあらかじめお願いをして、そこで机に向かって作業をしていたら……ドアがノックされた。

 

「こんにちは、お待たせしました!」

 

 ──と女性の声が聞こえる。

 お? もう来たのか。

 結構早いな。正直、もっと時間がかかるもんだと思っていたんだが……

 オレは部屋のドアを開け──そこには側面に『Umer(ウーマー) Eats(イーツ)』と書かれた、黒と緑の箱を持ち、目深に帽子をかぶった人影が立っていた。

 

「……ん?」

 

 その箱と同じように塗り分けられた帽子からは、耳がピンと二つ立っている。

 

(ウマ娘、か……)

 

 そういえば最近、出前や小口での宅配事業が増えて、それに従事するウマ娘が増えているらしい。

 自動車と同じくらいの速度で走れ、しかも小回りは原付や自転車以上に利く、その上に直接運ぶから丁寧、とかなり好評らしい。

 たしか、この会社も配達員はウマ娘に限定しているとか──

 

「御注文の品ですが──」

 

 そう言って配達員のウマ娘が、俯いて箱から弁当を出そうとしていた。

 おお、いかん。

 

「──こちらになります」

 

 そう言って手渡された弁当。

 そして、その上に──

 

「……え?」

 

 ──トレーナーバッジが置いてあった。

 

(こ、これは……)

 

 オレは慌てて顔を上げ、配達員の顔を見る。

 そして──驚いた。

 

「お、お前……どうして……」

「……やっと気が付いた。遅すぎ」

 

 言うや、彼女は帽子を取る

 そして頭を軽く振り、広がったその髪の色も、してやったりと笑みを浮かべるその顔も……間違えるはずがなかった。

 

「──パーシィ!?」

「お久しぶりね」

 

 思わず当時の呼び方が出てしまうほど、オレは驚いていた。

 まさかここで会うなんて。

 いや、でも待てよ。この前会ったときは確か……

 

「……仕事、変えたのよ。」

 

 そう言って苦笑した彼女は、そのときとは打って変わって薄くナチュラルな化粧の顔になっていた。

 正直……そっちの方が似合ってるぞ。

 

「ま、おかげで収入はガクって落ちたけどね」

「仕事って配達か? でも、なんで……?」

「アンタと、あのウマ娘のせいよ」

「オレと、ダイユウサクの?」

 

 オレの問いにパーシングはうなずく。

 

「アンタ達を見て──私も人生変えてみようかなって。あの仕事……もともと好きじゃなかったし、ね」

 

 苦笑を浮かべて肩をすくめた。

 パーシングは神妙に、そして深々と頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

「パーシング?」

 

 頭を下げたまま、彼女は話し始めた。

 

「私……見栄っ張りで、そのくせ気が弱い私はデビュー戦のあと……学園のみんなの視線に耐えられなかったわ。なんで、あんなことをしたのか……そう問いただす視線に耐えかねて、私はあなたを……悪者にしてしまった」

 

 あのときのことか。

 オレは……あまり思い出したくない記憶を蘇らせる。

 

「あなたの期待から逃げてあのレースに出ることになって、その事実からさえも逃げてあなたのせいにして……謝って済むような話じゃないのはわかってるわ。でも、謝らないといけないことだし……もう逃げたくないって、ちゃんと事実に向かい合わないとって思って」

 

 オレの期待が……重かったんだろうな。

 あの時のオレは、正トレーナーになれて舞い上がっていた。

 そして……焦っていたのかもしれない。あの“国民的アイドルウマ娘”を勝手に重ねて──パーシングのことを見ていなかった。

 

「もういい。いや……オレの方こそ、悪かった。ちゃんとお前と……向き合ってなかったんだからな。ちゃんとお前のことを見ていれば……」

「今ごろ……言わないでよ」

 

 オレが頭を下げると、彼女はなにかつぶやいていた。

 そして──頭を上げたパーシングは微笑んでいた。

 

「……今の仕事、確かに実入りは減ったけど、楽しいのよ」

「楽しい? 楽な仕事じゃないだろ?」

 

 訝しがるオレに、彼女は笑顔で答える。

 

「ええ。仕事が終わったらいつもクタクタ。でもね、前の仕事は走ることなんてなかったから……走るのが楽しいのよ。やっぱり私、走るのが好きだって思い知らされたわ」

 

 走ることは、ウマ娘の本能なのかもしれない。

 だからその欲求が果たされることで、喜びを感じたんだろう。

 

「だから頑張ろうって思えるのよ、今の仕事。そして私は──もう好きなことを、我慢しないわ」

 

 パーシングが、一歩踏み出す。

 う!? 思わず後ずさりしかけて──

 

「ちょ、ちょっとアンタ、何やってんのよ!!」

 

 大きな声が横から響いた。

 思わず見ると──そこにはダイユウサクが噛みつかんばかりの勢いでパーシングをにらんでいた。

 その傍らには、車椅子のミラクルバードと、それを押すオラシオン、それに実習生の渡海くんの姿もあった。

 ダイユウサクは走り出し──あっという間にオレ達の下へたどり着く

 そしてパーシングに猛然と抗議し始めた。

 

「どういうこと? アタシは、キッチリ約束守ったでしょう? ちゃんと年内にGⅠを勝つって──」

「ええ。おめでとう……とても凄いレースで、私も感動したわ」

「ありがとう……ってそんなの、どうでもいいわ!! なんでアンタが、ここに来てるのよ!!」

「それは……私、トレーナーに私の…届けた…お弁当を、食べてもらおうと思って──」

「はあ!?」

 

 ギン、と頭を振って睨みつけるダイユウサク。

 その視線の先には──パーシングから受け取ったお弁当があった。

 

「……アンタ、なに受け取ってんのよ?」

「は? いや、だってこれは……オレが頼んだわけだし」

 

 オレの返答に、ダイユウサクの目がますます厳しくなる。

 

「頼んだ!? このウマ娘(おんな)に!? なんでよ!?」

「なんでもなにも、オレはただデリバリーを頼んだだけで……」

「そうね。デ・リ・バ・リー、をね」

 

 意味深にウインクするパーシング。

 おい、そんないかがわしく言う必要が、どこにあるんだ?

 

「ひょ、ひょっとしてトレーナー……」

「な、何考えてるんですか、乾井トレーナー。こんなところに呼ぶなんて……」

「え? ……ミラクルバード先輩に渡海さん、こんなところって?」

 

 “デリバリー”という単語に妙な想像をしたミラクルバードと渡海。

 オイお前ら、オレをどういう人間だと思って見てやがるんだよ。

 で、オラシオンは……そのまま純粋なままでいてくれ。

 

「ちょっと、どういうことよ!!」

 

 オレはダイユウサクに胸ぐらを捕まれ──そのまま揺さぶられた。

 そんな大騒ぎの中……気が付けば、パーシングはいなくなっていた。

 あとには配達伝票と「これからもどうぞご贔屓に」というメッセージと……数ヶ月ぶりにオレの胸に戻ったトレーナーバッジが残されていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その後、安田記念に出走し──8着。やはり結果を出せないダイユウサク。

 それでオレは我慢ができなくなった。

 後遺症が残っているのは間違いない。そのせいで“領域(ゾーン)”に踏み入るどころか、実力の100パーセントの力すら出せなくなっているんだ。

 

「休め、ダイユウサク……」

 

 休養を指示したオレの言葉にアイツは──首を横に振った。

 

「足に異常が出ていないのに、休むわけにはいかないわ。だってアタシは……去年の有記念をとったウマ娘なのよ?」

 

 その責任がある。ダイユウサクはそう言って──さらに宝塚記念へと出走した。

 前走と同じ8着。

 

 翌月の7月……あのコスモドリームと走った初めての重賞と同じ舞台である高松宮杯も出走したが14着。

 それでオレは──アイツとの会話で、その一言を出した。

 

 “引退”という単語を──

 

 だが、ダイユウサクは──

 

「ねぇ、トレーナー……最後に、最後に一つだけ……お願いがあるの。どうしても……出たいレースがあるから。それに向けて足をしっかり休ませるわ」

 

 宝塚記念に出走したことで、グランプリウマ娘としての責は果たしたから。

 そう言ってダイユウサクは──休養に入った。

 それから10月に1度だけ、まるで足の具合を試すように短距離の重賞に出走し──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『──さぁ、いよいよ始まります、夢の大レース。今回の注目は……』

 

 GⅠを越える大舞台……そう呼ばれたレースの開催に、多くのウマ娘競走(レース)ファンが熱狂する中、ある二人のウマ娘がその舞台に立とうとしていた。

 走路(ターフ)へと続く通路を歩いていた二人は、そこでバッタリと出くわす。

 

 

『“あの”有記念で、大本命のメジロマックイーンをねじ伏せて世間を驚かせたウマ娘……』

 

 

 長い鹿毛の赤みがかった茶髪を後ろへと流した髪型は、おでこが強調される印象の彼女。

 顔見知り──というには知りすぎている相手を前に、彼女は勝ち気で不適な笑みを浮かべた。

 

 

『その後は精彩を欠き、『世紀の一発屋』などと呼ばれていましたが……スワンステークス以来の長期休養を経て、まさかの復活です!』

 

 

「まさか、まだ走れるなんてね……驚いたよ」

「それはこっちの台詞よ。てっきり諦めていたと思ったのに──」

 

 

『そして……まさかの復活は、そのウマ娘以上! 彼女の期の“樫の女王”が、翌年の高松宮杯を最後に姿を見せていなかった彼女が、まさかまさかの大復活!』

『はい。エリザベス女王杯前に骨折して、治療後に感覚の狂いでだいぶ苦しんだそうです』

 

 

「アタシの方はゆっくり休んだおかげで、“あの時”の後遺症もやっと無くなったけど……そっちはどうなの?」

「おかげさまで……こっちは、それ以上の時間かけて調整していたからね。かなり遅くなっちゃったけど、骨折前以上に走れるようになったんだから」

 

 

『一時期は、諦めかけていたようですが、従姉の活躍で一念発起してここまで来られた、と言っていましたよ』

 

 

 視線をぶつけ合わせていた二人だったが……そんな解説者のアナウンスが聞こえ、なんともいたたまれない空気になる。

 そして、どちらからともなく笑い始めた。

 

「まったく、締まらないよね。ユウが絡むと……」

「そんなことないわよ。コスモだって、似たようなものじゃない」

 

 笑いながら言い合う二人。

 そして──

 

「本当は、引退するつもりだったんでしょ? あのとき……」

「うん。でも……“あの競走(レース)”を見て、気が変わった」

 

 目を閉じて思い出す彼女。それをもう一人はじっと見つめている。

 

「思い知ったんだ。自分の夢を叶えるために走っているんじゃないって……」

 

 あのレースで、自分の(因子)で集まった思いを力に変える姿を目の当たりにした。

 そして走る姿は、まさに一人で走っているものではなかった。

 

「自分の夢、支えてくれるトレーナーの夢、チームのみんなの夢。それだけじゃない、応援してくれるみんなの夢……“夢を実現するために走る”、それがウマ娘だって──」

「コスモ……」

 

 

『予選を見事に突破し、この大舞台へと降り立ちました……オークスウマ娘、コスモドリーム!!』

 

 

 対している彼女とは鹿毛という色こそ同じなものの、長さは対照的にショートカットに切りそろえ、動きやすそうな勝負服とも相まって活発なイメージのウマ娘。

 その勝負服は──レオタード姿に小さな銀色のプロテクターのようなものをつけた個性的なもの。

 

 

『そして──グランプリウマ娘、ダイユウサク!!』

 

 

 それに対して、赤を基調に黒と黄色がアクセントをつけるオフショルダードレス型という、オーソドックスな勝負服の彼女。

 そのダイユウサクに、コスモドリームはニヤリと笑みを見せつける。

 

「だからね、どうしても夢を叶えたくなったんだ。もう一度、競走(レース)で走らせたいっていう涼子さんの夢と、孫二人があの時(高松宮杯)以上の大舞台で競うのを見たいっていう祖父(じい)ちゃんと祖母(ばあ)ちゃんの夢。それに──」

 

 コスモドリームは、握った拳をダイユウサクの前へ突き出す。

 

「グランプリウマ娘になったユウともう一度……今度は頂上で競走(はし)りたいっていうコスモの夢を」

 

 その拳を見つめ──コスモドリームの“夢を実現するために走る”という言葉を噛みしめるダイユウサク。

 そう……だからこそ、ここまで走ってこられた。

 トレーナーに言われた“誰にも負けないウマ娘”。それが叶ったとは思わないけど──それでもそうなりたいという一心で、ここまで来たのだ。

 

「……負けないよ、ユウ」

「ええ。かかってらっしゃい、コスモ。今回は……アタシの方が、挑戦を受ける立場だからね」

 

 突き出されたコスモドリームの拳に自分の拳を軽く突き合わせ──同じようにニヤリと笑った。

 そして二人は暗い通路から、光差し込む出入口へと向き直る。

 

 

 ──夢を実現するために走る

 

 

 そのために二人は並んで、走路(ターフ)へと歩き出す。

 夢の大レースの開幕は──もう間もなく……

 

 

 

第一章 ~The Amazing Ugly Duckling~  ──完──  

 

 




◆解説◆
【終わりのない夢に向かって──】
・元ネタはこれまた『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』シリーズから。
・一度ネタにしているゲームの『~新たなる挑戦者~』のEDテ-マ、「終わりのない夢に向かって」から。
・実はこのゲーム……ゲーム性とかグラフィックはさておき、シナリオとか展開は大好きだったりします。
・オリジナルサイバーマシン……というかサイバーシステムのネメシスも好きでしたし。
・実は最終話のタイトルは当初、「The Amazing Ugly Duckling」にしようと思っていたんですが、ダイユウサクのスキル名に採用したので、ボツになりました。
・なお、リンクつけると色がついて強調されるから下の解説には載せなかったのですが……本章の最後の最後に使った──「夢を実現するために走る」という言葉もまた、『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』からのオマージュです。
・テレビ版でアスラーダからスーパーアスラーダにサイバーシステムを乗せ換えるときに使うパスワード「ユメヲジツゲンサセルタメニイキル」を使わせていただきました。

次は勝つ
・残念ながら、プレクラスニーの次走は──ありません。
・史実のプレクラスニーはこの有馬記念の後、リベンジの機会を狙っていたのですが──トレーニング中に脚部不安を発生させて、そのまま引退となってしまっています。
・ちなみに……北海道日本ハムファイターズの新監督で“ビッグボス”こと新庄剛志監督が現役時代にヒーローインタビューで言っていた「次()勝つ」のオマージュ。
・ただ……ヒーローインタビューでこれ言うと、次は負けるというジンクスがありました。(笑)

ステージを走り回るような曲
・ゲーム版で有記念のウイニングライブ曲は『NEXT FRONTIER』。
・そのライブでのダンスはステップ等はあるものの、『Make debut!』『ウマぴょい伝説』のように走る場面や、『本能スピード』のような激しいステップもありません。
・ですので、どうにか誤魔化せたやり遂げられました。
・どころでこの曲、天皇賞とかも含めての勝利曲で、舞台演出が天皇賞意識しているものだから、有&宝塚だけの曲も欲しいところですね。

産経大阪杯
・1992年4月5日に開催された第36回産経大阪杯が元ネタ。
・トウカイテイオーの、骨折からの復帰戦ということで、アニメの2期4話の冒頭で描かれたレースです。
・で──そこでは“サイバイマンに自爆されて息絶えたヤムチャのポーズ”で寝転がるダイサンゲン(ダイユウサク)の姿が……
・そんなわけで──イクノディクタスの後ろに転がってるのを、トレーナーが慌てて起こしに行った、ということになってます。本作では。
・なお、転倒しているのも“後遺症”で足に限界が来てしまって立てなくなっているからです。

春の天皇賞
・これもまた1992年春の第105回天皇賞が元ネタ。
・ここでもダイユウサクは結果を出せません。
・なお、これまたアニメ版2期5話でテイオーVSマックイーンが描かれたもの。
・このシーン……なぜか終始、ダイサンゲンがオーラを出し続けていたのは未だに謎です。
・実際、ダイユウサクが何かしたわけでもないですし。
・でも、実際……セリフはないけど声はある上、ダイサンゲンは妙に何度も画面の端に出てくるんですよね。マックイーンが蹄鉄つけなおしているのを他のウマ娘達はじっと見ているだけなのにダイサンゲンだけなぜかホッと大きく息を吐いてる動きはあるし。

Umer(ウーマー) Eats(イーツ)
・元ネタはもちろん「Uber Eats」。昨今のコロナ渦で話題になった配達サービス。
・「ウマ娘」の“ウマ”と「美味(うま)い」が掛かってるネーミングですね。
・実際、配達業ほどウマ娘に向いている仕事はないと思うんですが。

後遺症
・本作では有記念以降の、ダイユウサクの成績不振を、“あそこで実力以上の力を発揮してしまい、足に目に見えない深刻なダメージを負った”という設定になっています。
・そのため通常の全力さえ出せないような状況になってしましました。

短距離の重賞
・1992年10月31日に開催された第35回スワンステークスがモデル。
・このレースこそ、史実のダイユウサクの引退レースになりました。
・結果は16頭中15着。
・これがダイユウサク全38戦のラストランとなりました。
・最終成績は11勝、2着5回、3着2回で生涯獲得賞金は3億7573万円。
・重賞勝利は、1991年の金杯(西)と同年の第36回有馬記念の2回という、目立った競走馬ではありませんが、その生涯はどん底から最高の栄誉まで這い上がった最高のサクセスストーリーでした。
・その後……種牡馬となったダイユウサクですが、目立った産駒はありませんでした。
・でもその中の一頭に──グラン()()()()()という競走馬がいます。
・そう、第二章をオラシオンが引き継ぐのはその意味を込めて、ということでもありました。
・作中でも他のウマ娘の加入に猛反対しそうなダイユウサクが、妙にすんなりオラシオンを認めて受け入れているのはそういうウマソウル的な面(実際には実在馬のダイユウサクと、架空馬で設定の血統もまるで違うオラシオンとは縁もゆかりもありませんが)もあります。

夢の大レース
・完全に史実外の夢のレース。アニメ1期での「ウインタードリームトロフィー」であり、ゲーム版で言うところの「URAファイナルズ」。
・どちらかの名前を採用しようと思った(予選という言葉も出したしURAファイナルズが有力でした)のですが……結局、レース名を出しませんでした。
・そんなわけで、他にどんなウマ娘が出ているか、も謎です。
・一案では──オグリキャップ世代の各ウマ娘で争う案もあったんですけど、誰を一位にするのかと枠番が問題になる(ダイユウサクが5枠8番以外考えられないけど、オグリの4枠8番も外せない上、コスモドリームのオークスの3枠9番まで盛り込むのは不可能)ので、やっぱりやめました。


※これにて第一章は完結となります。
・第二章は予定通り……すでに登場している非実在系ウマ娘、オラシオンが主人公となる予定です。
・その開始日は未だ未定ですが──それまでの間に“間章”として短編を2つ挟む予定です。
・一つはダイユウサクが主役(?)の話で、もう一つは《アクルックス》の新メンバーの話になる予定です。
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