見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──月日は流れ……季節は秋になっていた。

 それでもアタシとコスモの仲違いは続いたまま。
 お互いにトレーニングを遅くまでして、帰ってきては寝る生活。
 それぞれ互いに不干渉──というよりも、自分自身で勝手に決めた枷をとろうともがいてるだけだったんだけど。
 アタシの目標はデビュー。そして勝利。
 コスモの目標は──エリザベス女王杯をとること。



第9R 大惨敗! 屈辱の“Make(負け)debut(デビュー)

「ダイユウサク。アンタ、いい加減、レースに出なさい」

 

 “とうとう”というか、“ついに”というか、トレーナーに言われてしまった。

 どんなに鍛練を積もうとも、一向に伸びないアタシの記録。

 それにシビレを切らしたトレーナーの言葉に、アタシは驚きはなかった。

 心の中で沈痛そうな表情を浮かべ、

 

(それはそうよね……)

 

 と、悟りに近い境地で思ってしまう。

 なにしろ同級生達がデビューして実績を重ね、京王杯や阪神ジュニア(ステークス)といったG1を競ってから早一年が経とうとしているんだから。

 クラシックレースはとっくの昔に始まって、春には皐月賞やダービーを競い、今の話題は迫りつつあるクラッシック三冠のラスト──菊花賞を誰がとるかでもちきりだし。

 トリプルティアラだって残る一つを巡っての争いが激化。桜花賞はアラホウトク、オークスは……

 

 うん。

 そんな中で──アタシはデビュー前なんだもの。呆れるのも無理はないわ。

 

(いや、さすがにヤバいでしょ、コレ)

 

 無論、アタシが出られるメイクデビュー戦なんてとっくに無くなってる。むしろそれに出走できるのは下の世代のウマ娘達だもの。

 

(それどころか中央の、東京での未勝利戦さえ無くなってる……)

 

 まさに、気が付けば──である。

 周囲の、同じチームのメンバーたちが出走して頑張っている中、アタシはひたすらひたむきに練習し続けた。

 …………というかトレーナー、一向に成長しないアタシのこと、実はすっかり忘れていたんじゃ無かろうか。

 とにかく、気が付けば出られるレースが無くなりかけているというこの状況。

 どうしてこうなった、と聞きたいけど、答えはわかってる。

 アタシの体が弱すぎて、とても出られなかったからだ。

 だからここまでひたすらトレーニングしていて「デビューしてこい」と言われても、もちろん不安しかない。

 

(不安がなかったら、とっくにレースに出てるわよ)

 

 たとえレースに出ても、とても結果を残せるとは思えなかったからだ。

 その不安を素直にトレーナーに言ったのだけど──

 

「あのねぇ、あんた自分の年齢考えなさい? 全国探したって未勝利戦がほとんど無くなってきてるような時期なのよ。出られるところに出ないと……とりあえず、さっさとデビューくらいしておきなさいよ!」

 

 そうピシャリと、有無を言わせない様子で返された。

 

(──最近、ますます当たりが強くなってきてる)

 

 その剣幕にアタシが、思わずビクッとおびえると、その姿を見て彼女は悪いと思ったのか、急に笑みを浮かべる。

 

「大丈夫。まずはとりあえずデビューしてレースを経験するのが目的よ。もちろん結果なんて期待してないから」

 

 アタシの心はその言葉──特に後半──に安心するどころか、暗雲がかかるほどだった。

 そんな不安な心持ちで、アタシはデビュー戦を迎える事となったのである。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 デビュー戦といえば、新顔のウマ娘たちが競い合い、勝利を目指す希望に満ちたもの──というイメージ。

 でも、アタシのはそんなものからはかけ離れていた。

 

 見送りに見送り、遅れに遅れたアタシのデビュー戦は、すでに何回か走っているウマ娘たちが出るレースになったわけだ。

 京都レース場で行われた条件戦。未勝利限定でさえなく普通に勝った経験のあるウマ娘たちに混じって走る──それがアタシのデビュー戦。

 

 ──ホントもう、「なんだこれ?」と言いたいわ。

 

 だって、デビュー戦っていえば、キラキラした未来への希望に満ちたメイクデビュー戦、って考えるはずなのに──実際のアタシのデビュー戦は、すでにレースを経験したウマ娘が集うレースよ。

 同年代は未勝利限定戦もほとんど無いせいで、未勝利のウマ娘たちがギラギラした勝利への渇望に満ちたレースだった。

 

「これが、本番の競走(レース)……」

 

 初めてのゲートに入り、アタシは不安しかない。

 それを示すように、当日の天気は雨こそ降っていないけど曇天だった。

 そして過度の緊張感もあってか、当日のアタシの体調はもう最悪。

 でも、トレーナーはまったく気にした様子もなく──それどころか声もかけられなかった──完全に放置され、アタシは走るしかなかった。

 正直に言えば、アタシがこの場にいるのは“場違い”だったと思う。

 それはそうでしょ。

 だってメイクデビューの時期に勝てないと思ったから誰もスカウトしなくて、その後もチームに所属しても勝てないと思ったからデビューもせずに、今まで来たんだから。

 それが、レース経験のあるウマ娘たちに混じって走るんだから勝てるわけがない。

 冷静ならそれは分かるはずなのに──当時のテンパってたアタシには分かるはずもない。

 

「ああ、もう……」

 

 それでも出走時間は訪れ──ゲートが開く。

 頭がゴチャゴチャになっていたのに、それに反応できたのはもう奇跡だった。

 なにしろアタシはゲートでのスタートの練習さえしてなかった。だって、レースに出られるような段階じゃないって自分で思ってたし。

 戸惑いながらも開いたゲートにあわせて飛び出るのが精一杯。

 

(走らなきゃ走らなきゃ走らなきゃ走らなきゃ──)

 

 その後のことなんてよく覚えていない。

 もう無我夢中だった。

 それはもう全力で走った。

 それがアタシにできる全てであり、レース展開なんてもちろん考えられるわけがない。

 でも──

 

(なによ……これ……)

 

 全力で走るアタシの胸は苦しい。

 肺は酸素を求め、呼吸は乱れる。

 激しく動く筋肉は血の循環を促し、それに応じようと心臓が激しく鼓動する。

 体の全てが悲鳴を上げていた。

 足が痛い。

 体が異常に熱い。

 それでも走る。

 走る。

 走り続ける。

 蹄鉄のついたシューズで地を蹴る。

 前へ前へ──

 手足を必死に動かし、懸命に振る。

 

 それでも──

 

 ゴールが近づけば近づくほどにグングンと離れていく他のウマ娘たちの背中。

 どんなに走ろうともそれに追いつくことはもちろん、追い縋ることさえできない。

 そういうレベルにさえ、アタシは達していなかったんだから。

 本当にアタシが“場違い”だったのは──その実力だった。

 

 それを思い知らされ、結果を突きつけられる。

 アタシは──ぶっちぎりの最下位だった。

 

「…………ッ!」

 

 顔をうつむかせながら、アタシは全力でゴールを駆け抜ける。

 とっくに他のウマ娘たちが駆け抜けたゴールを。

 顔をあげる事なんてできなかった。

 この結果が、あまりに惨めすぎて──

 不甲斐なさに、目から滲み出る涙を見られたくなくて──

 なにより、このレースを見ている人達の目が怖くて──

 

 アタシのデビュー戦の結果はトップから13秒離された圧倒的な殿(しんがり)負け

 それはウマ娘にとって屈辱とも言うべき“タイムオーバー”という結果だった。

 

 ──でも、そのときのアタシはその屈辱だということを、本当の意味で理解できていなかったのだけど。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 タイムオーバーすることが、どれほどの屈辱なのか──それを知ったのは、このレースの結果で、トレーナーの顔色が変わったからだったわ。

 

 このレース結果は、チームの実績やトレーナーの経歴に泥を塗るようなものだったのよね。

 それはそうでしょ、「タイムオーバーするようなウマ娘のいるチーム」「タイムオーバー負けするようなウマ娘を育てたトレーナー」という目で見られるんだから。

 そしてこのデビュー戦以降、彼女は本当にアタシに対してもう態度を繕わなくなった。

 とにかく風当たりが強くて、トレーニングはさらにキツくなったし、もともと体の弱いアタシがついていけるはずもなかった。

 でも、それでもトレーナーは止めない。

 

「タイムオーバーするような落ちこぼれなんだから、人一倍努力しなければダメでしょう!?」

 

 彼女はそう言って、人目もはばからずに指導したわ。

 そしてそれをチームメイトは見て見ぬ振り──どころかそれ以上の過酷なノルマを、トレーナーの見ていないところで課したのよね。

 

「アンタのせいで《ポルックス》の連中にバカにされるのよ!!」

「タイムオーバーなんて鈍ガメのすることよ! カメ娘はこの《カストル》に必要ないんだからね!!」

「いくらコネで入学したからって、せめて一人前の、恥をかかないレベルで走ってくれませんかねぇ!?」

 

 チームメイトにまでそう言われたアタシは、もはや昼休みでさえ走るしか無く──

 

「……最近、ダイユウサクさんの姿、見かけませんわね」

「…………」

「オグリちゃん、食べ物を口に入れたまま頷かなくていいよ?」

 

 ──アタシの生活は、完全に変わってしまっていた。

 だいたい、こんな恥ずかしい走りをしたアタシが、あんな立派な走りをしているみんなの前に、どんな顔をして出ていけっていうの?

 だからクラスでも、まるで去年に戻ったかのように、一人黙々と机に向かってた。

 

 アタシみたいな無価値なウマ娘は、とてもじゃないけど入れないわよ。あのキラキラ輝いているみんなの輪の中に……せめてレースに勝つまでは。

 

 

 そして組まれた二戦目は──福島での未勝利戦だった。

 




◆解説◆

【屈辱の“Make(負け)debut(デビュー)
・再びのネタバレタイトル。
・アニメ1期の主題歌である「Make debut!」は、ゲームでも使われて「新馬戦」を意味する言葉。
・ダイユウサクはデビュー戦のころには「メイクデビュー戦」の時期をとっくに過ぎていた。
・「Make」と「負け」をかけたのは、ウマいこと出来たなと自画自賛。

デビュー戦
・ダイユウサクのデビュー戦は1988年10月30日──4歳(当時の計算)の10月末って遅すぎッ!?
・京都競馬場の第4レース、4歳以上400万下の条件戦。1800メートルのダートでした。
・当日の天気は曇天で良馬場。ダイユウサクは11頭中、10番人気。
・……そりゃあ、こんな時期までデビューしてなかった馬が人気になるわけがない。
・しかも条件が未勝利戦でさえないんですよね。この辺りはちょうどいい未勝利戦がなかったからかと思われます。
・その結果はと言えば──後の項目で。
・実は同じ日──東京競馬場では天皇賞(秋)が開催されて、タマモクロスとオグリキャップが競ってました。
・ええ、オグリキャップは同い歳です。これくらい差があるんです。
・『ウマ娘 シンデレラグレイ』で熱い戦いが描かれている名レース。それを読みながら、その裏でダイユウサクがデビューしたのを少しでも思い出していただければ……
・このあたり、やっぱりオグリとも縁があるんだなぁ、と思ってしまいます。

反応できたのはもう奇跡
・これは“奇跡”ではなく、実はダイユウサクの才能によるもの。
・現在は調教師で、競走馬ダイユウサクが現役の時は担当厩務員だった平田修氏も「ゲートセンスは抜群でした」と評していることから、本作ではゲートが得意という設定になってます。
・実際、デビュー戦はともかく2戦目以降その後10戦くらいまで、序盤はハナ(先頭)をきったり争っていた。
・性格が、首につかまってぶら下がっても怒らないほどに、大人しく動じない馬だったそうなのでゲート内でも冷静だったのでしょう。
・本作のダイユウサクはかなり感情的で、そのあたりはモデル馬とかけ離れてしまっていますが……そのあたりは参考にしたアニメのダイサンゲンの影響ですね。

トップから13秒離された圧倒的な殿(しんがり)負け
・第4Rで“タイムオーバー”について解説しましたが──もちろん、圧倒的なタイムオーバーです。
・当時の競走馬のルールではタイムオーバーは一ヶ月の出走停止──ですが、初戦馬はタイムオーバーの適用を除外されるという規定があったので、出走停止処分は受けていません。
・おかげで2戦目は1ヶ月と開けずに出走することになります。

二戦目
・ダイユサクの2戦目は1988年11月12日。
・福島競馬場での第5レースでした。
・詳細は次回にて──
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