「ねぇ、トレーナー。なんであんな条件付けたの?」
産休に入るトレーナーから、レッツゴーターキンというウマ娘を引き継いで欲しい、という話があった。
それを引き受けるのに、オレは彼女が出走を予定していた谷川岳ステークスでの勝利を条件にしたのだが──ミラクルバードはそれが不満らしい。
「不満、ってわけじゃないけどさ。どうしてかな、って」
競走科ではなくスタッフ育成コース所属のウマ娘で、〈
「だって、ターキンって今、7連敗中なんだよ? 余計プレッシャーになっちゃうんじゃないかな」
「かもしれないな」
「うわ、他人事……ひょっとして担当する気が無いけど、面と向かって断れないからそんな条件出したとか?」
「そんな無責任なことできるか。それに、もしそのつもりだったら、もっと達成できない条件を出してるぞ。燃えない布やら真珠の実がなる金の木を持ってこい、とかな」
「そんな、かぐや姫じゃあるまいし……」
苦笑するミラクルバード。
実際、やる気が無いなら話を断ってるし、それでも無理に頼んできたのなら調整を産休直前のトレーナーに投げて同じ条件にしているところだぞ。
それをやらず、オレがそこまでの期間、面倒を見ることにしているんだから、もちろん違う。
「理由はいくつかある、が……一番大きな原因は、ダイユウサクのレースと日程が被ったことだ」
「あ、そっか。谷川岳ステークスって4月26日だっけ?」
「そう。それも新潟開催だ」
「あちゃー、完全に被ったんだね」
頭を抱えて机に突っ伏すミラクルバード。
ダイユウサクが出走を予定してるのは八大
そして、その開催地は京都レース場で場所が違う。
そのくせ出走時間はほぼ一緒。
瞬間移動でも使えない限り、どう頑張ってもたどり着けない。
それに、もし間に合うにしても勝つのを見ておきながらウイニングライブを放ったらかしにして別のレース場へ去る、なんて真似はしたくないんだよな。
「だからオレは当日は京都に行く。つまりターキンはオレががいない状況で走る。そしてこれからは、こういうことも起こりうることだ」
ターキンがチームに入れば、メンバーは総勢4人になる。
まだ下の二人──オラシオンとロンマンガン──はジュニアクラスでそもそもメイクデビュー前だが、夏になれば彼女達にも出走のチャンスが訪れることになる。
二人のデビュー時期が未定とはいえ、だからこそ早い時期のデビューも考慮しておかなければならない。
「4人全員が同じ日に別々の場所で走ることはまずないが、それでも日程が重なった場合、オレがなにを優先するかをキチンと示さないといけないからな」
その点、今回はわかりやすい。
どちらも条件戦ではないのは同じだが、その格がまるで違う。
谷川岳ステークスはオープン特別であり、春の天皇賞はGⅠでも格上扱いされるようなレースだ。どっちを優先するかは一目瞭然だろう。
「なるほど……“嫁”が優先、と」
「違うわッ!! レースの格だ、格!!」
ミラクルバードの言葉に、オレは思わず反射的にツッコんでいた。
「あれ? 嫁っていうのは否定しないんだ」
「そこ
「だね。それにトレーナーいなかったら、ダイユウ先輩もメチャクチャ不機嫌になるだろうし」
「アイツはそういうことはしないぞ」
「え……?」
意外そうに目を丸くするミラクルバード。
「アイツの場合、完全にオレを無視してくるからな。それも一日や二日じゃない。週や月単位でだ」
「あ~、そっちの方がらしいかも」
ミラクルバードはそう言ってから苦笑気味に「あはは」と笑う。
「ダイユウ先輩が嫁じゃないなら、ボクがそうなのかな?」
「……で、そういうオレがいない状況でも、キッチリと結果を出せるのを見せて欲しいんだ。今後のためにも、そして……ターキンのためにも、な」
ミラクルバードがなにか言い出したが無視して──オレは話を続けた。
オレがいる状態
そうなると出走予定を、他の担当してるウマ娘と絶対に被らないようにしなければならなくなる。
ジュニアのレースが始まる上に、毎週のようにGⅠが開催される秋シーズンにそれを意識すれば、そのせいであきらめなければならないレースも出てくるだろう。
それではお互いのためにならないわけで、だとすれば〈
「……でもさ、ダイユウ先輩……勝てるの?」
ミラクルバードがチラッとオレの方をジッと見てくる。
その表情はどこか意地悪い顔をしているように思えた。
彼女の言いたいことはよく分かる。
「トウカイテイオーとメジロマックイーン……無敗VS連覇、なんて世間では騒いでいるけどな」
「うん。先輩には悪いけど、あの二人相手に勝ち目なんてないと思うけど?」
かたや、前走の大阪杯で惨敗した相手。
そしてもう一人は──前の対決を“奇跡の勝利”で退けた相手だが……
「
菊花賞と昨年の春の天皇賞を制しており、ステイヤーとして確固たる実績を持つメジロマックイーンの得意距離で戦うことになるのだ。
2000メートルまでを主戦場にしていたダイユウサクが2500で一矢報いたが、しかしそれから700メートルもさらに長くなれば、話が全然違ってくる。
「それに……」
「ああ、わかってる」
ミラクルバードは悲しげに視線を落として言いよどみ、オレはそれに頷いた。
ダイユウサクの調子は明らかにおかしい。
有馬記念での“
(こんな状態でGⅠ──それも天皇賞で競うだなんて不可能だ)
確かに、一見すれば普通に走っているように見えるくらいには回復している。
おそらくだが、それこそターキンの走る谷川岳ステークスのようなオープン特別クラスなら十分に勝負できるし、勝つ見込みもあるだろう。
だが──トップクラスのレースで、トップクラスのウマ娘達を相手に勝負できるような状態ではない。
「アイツは、隠せてるつもりだけどな……」
「ボクも言ったんだけどね。回避した方がいいんじゃない? って。でも……先輩は『グランプリウマ娘の責任があるから』って」
腱や骨に異常が認められて負傷しているのならともかく、ダイユウサクの脚にそれは認められない。
ケガをしていないのなら、出走しないのはファンにも、他のウマ娘──特に土を付けたメジロマックイーン──に申し訳ない、というのが彼女の主張だった。
そして……格上とはいえ勝ち目のないレースが被ったのなら、そちらではなく勝ち目のある谷川岳ステークスを見に行った方がいいんじゃないの? と、さっきミラクルバードは問うたわけだ。
「……だからこそ、見に行かないと駄目だろ」
もしもレース中になにかあったら──そんなときにオレはレース場にさえいなかったら。
脳裏によぎったのは──ダイユウサクと共に歩んできた中で目にしたウマ娘達。
(あんなことになったら……悔やんでも悔やみきれない)
そのシーンを直接目にしたメルシーアトラ。
同じレースではなかったために中継で見ていたケイエスミラクル。
奇しくもレッツゴーターキンと同い年の彼女たちの痛ましい姿は、オレの脳裏にしっかりと刻まれている。
たとえその場にいて何もできなくとも、真っ先に駆け寄らなければならない。
(そして、あの時の……アイツの同部屋の──)
トレーナーになる前の研修中でも同じことを目にしていた。そのときのチームの雰囲気や師匠の悲しみはしっかりと覚えている。
そう考えると、やはりオレは天皇賞を直接見ないわけにはいかない。
オレの本心から出た言葉に、ミラクルバードは抗議するような視線を向けてきた。
──もし出るレースが逆だったら、先輩の方に行ったんじゃないの?
──それって矛盾しない?
確かに、それを言われると──厳しい。
でも、オレにとってダイユウサクは……
「ボクはやっぱり、勝ちそうなレースを見に行くべきだと思うけどな。せっかく勝ったのに、トレーナーがいないんじゃ寂しいし……」
「大丈夫だ、ターキンが勝ったときのことはキチンと考えてある」
意を決して踏み込んできたミラクルバードにオレは答える。
彼女は驚いた様子でオレを見ていた。
「今回限りの手だが、それも「必ず勝て」という指示の理由の一つだからな。それに──」
そしてオレは──ミラクルバードにニヤリと笑ってみせる。
「──有馬記念の時、勝ち目があるなんて思ってたか?」
「それは……」
思わず苦笑する彼女。言外の「それを出すのはズルいよ」という声が聞こえるようだった。
「──で、シオン。アンタどう思う?」
「なにがでしょうか?」
スタミナ強化で走っていた私に、一緒に走っていたロンマンガンさんが話しかけてきました。
この一年間、〈アクルックス〉に所属してトレーニングしてきましたが、こうして走っている最中に話しかけられたのが初めて。
私以外にはダイユウサクさんしかいませんでしたから……
そんな初めてのことで驚きつつ──私はロンマンガンさんを見つめてしまいます。
「なにが、って決まってるじゃん。パイセン達のレース。どんな予想してんの?」
「先輩方のレースですか……」
ダイユウサクさんは、春の天皇賞。
そして仮所属中のレッツゴーターキンさんは、谷川岳ステークス。
「そうですね……ターキンさんは、勝てるのではないでしょうか?」
「そのココロは?」
「勝ったら乾井トレーナーが見るようになるのではなく、そのレースまで面倒を見てその結果で、というのがポイントだと思います」
「見るのが一ヶ月どころか、もっと短いのに? たったそれだけで変わるかねぇ……」
確かにマンガンさんの言うとおり、レースの日までは20日もありません。
もちろんそれは理解していますけど、それでも私の考えは変わりません。
「はい。ターキンさんのやる気次第ではありますが、結果は出ると思います」
「ふ~ん、それがホントならマジックじゃん」
少し呆れたような顔になるロンマンガンさんは「奈瀬トレじゃあるまいし……」なんて呟いています。
それから気を取り直して訊いてきました。
「で、ダイユウ先輩は?」
「それは……申し訳ありませんが、厳しいんじゃないかと……」
私も思わず言葉を濁しながら答えました。
先輩には申し訳ないと思っているのですが、それでも色々と悪条件が整いすぎています。
距離はダイユウサクさんが経験したことのないほどの長距離で、しかもGⅠという大舞台に相応しい強敵ばかり。
中でも強敵の二人……トウカイテイオーさんには前走で破れているので良い印象がないでしょうし、メジロマックイーンさんは今度こそステイヤーであるあの人の舞台で戦うことになるんですから。
(それに……)
ミラクルバードさんから、少しだけ伺ったのですが……ダイユウサクさんの調子、特に脚がよくないと聞いています。
それを考慮すると……
「あ~、シオンの言いたいことわかるよ? 確かにパイセン、長距離の実績ほとんどないし。でも有馬でマックイーンに勝ってるよね?」
「あのときは、ダイユウサクさんの調子がこれ以上にないほどに仕上がっていましたから」
皆が大人気のメジロマックイーンさんを見ている中で、誰も注目していないあの時のあの人を間近で見ていましたから。あのときの姿は、マックイーンさんや他の方達と見比べても輝いているようにさえ見えました。
後になって、当時を思い出して乾井トレーナーが「もう一回、あの状態に仕上げろと言われてもできないぞ」と言うほどに充実していたダイユウサクさん。
今の様子を見ると……燃え尽きたわけではないのでしょうが、イマイチ覇気に欠けるような気がしてしまいます。
「じゃあシオンは、ターキン先輩が勝ってダイユウ先輩が負けるってことでオッケー?」
「ええ。そうなりますね……」
「なるほどねぇ……なら、あっしの予想とは真逆だわ」
マンガンさんはペースを落とすことなく走りながら、ニヤリと自信ありげな笑みを浮かべます。
ということは、マンガンさんはレッツゴーターキンさんが負けて、ダイユウサクさんが勝つと思っているということでしょう。
「やっぱりターキン先輩は、こんな短期間じゃあトレーナーでも立て直せないと思う。むしろ勝ちを意識しすぎて自滅しそう」
なるほど、理由まで真逆ですね。
私がそう思っていると──
「ってわけで、賭けようか?」
「──はい?」
彼女の言葉で思わず声をあげてしまいます。
「ターキン先輩が勝ってダイユウ先輩が負けたらシオンの勝ち、逆ならあっしの勝ち、ってな具合で」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな、先輩方のレースを賭けにするだなんて……そもそも賭博なんて許されることではありません。風紀委員の方々が──」
「大丈夫、大丈夫。金賭けなければオッケーオッケー」
「そういう問題では……」
「じゃあ、経済的利益が発生しなければ良いでしょ」
マンガンさんがニヤリと笑みを浮かべます。
「あくまであっしとシオンの間だけの、余興なんだから。誰が損するわけでもないし……」
「でも……」
「それに、ちょっと悔しかったんだよね」
「──え?」
そう言ったマンガンさんの目は、冗談めかした口調とは裏腹に、どこか真剣味を帯びていました。
「ダイユウ先輩が負けるって予想されるのが、ね。確かにシオンの方があの人のこと近くで見てきてるからより正確に見えてるんだろうし、普通に考えたって勝てないかもしれないけどさ……あっしの
その言葉に私は、チームメイトである先輩を信じていないと言われているような後ろめたさのようなものを感じてしまいました。
やはり、ダイユウサクさんを信じているということで、「勝つ」と言うべきでしたか……
「ってわけで、金銭的利益の発生しない賭ってことで……うん、負けた方が告白するってことで」
「──はい?」
「あっしが勝ったら、シオンは……うん、渡海さんに告白しよう」
「なッ? え……ど、どうしてそういう話になるんですか!?」
いったい、どうして私が渡海さんに告白しないといけないんですか!?
そんなこと……
「ま~ま~、余興みたいなもんだし、そんなに
む?
…………罰ゲーム?
少しカチンときました。“告白”という行為は秘めた想いを一大決心して相手に伝え、さらにはその審判を受けるということ。神前で罪を述べてその許しを請うようなものです。
そんな神聖であるべき行為を、“罰ゲーム”などと……
心得違いを正さなければなりません。
告白に対する認識……それになにより私の渡海さんに対する認識を!
ええ、同じ学び舎で励む友として迷える子羊をそのままにしておくわけにはいきませんからね!
私は即座に決意し──
「では、私が勝った場合はマンガンさんは誰に告白するんですか?」
「え? あっし? えっと……ま、シオンと違ってちょうどいい相手もいないんで──」
「じゃあ、乾井トレーナーでいいですね」
「は? え!? なんッ!? そ、それは……」
「他にいないんですから仕方ないですよね。それに──どちらも当たらなければ流れてしまう、お遊びではないですか」
「た、たしかにそう言ったけど……」
焦るマンガンさん。
でも私はそれに有無を言わせず──
「かまいませんよね?」
「は、はい……」
そう確認すると、マンガンさんは頷きました。
おや? どうして怯えたように耳を後ろに下げているのでしょうか?
◆解説◆
【賭けてみよう──Starting Gate!】
・今回はアニメのウマ娘1期のEDテーマ『グロウアップ・シャイン!』のフルサイズで最後の歌詞「賭けてみよう…Let's Go Starting Gate!」から。
・もちろん、ロンマンガンとオラシオンが賭けをしたからこのタイトル。
・まぁ、風紀委員にバレればもちろん大目玉です。
【燃えない布やら真珠の実がなる金の木を持ってこい】
・直後にミラクルバードが言うように『竹取物語』に出てくる、かぐや姫が求婚者に対して持ってくるように言った宝物の一部。
・燃えない布は「火鼠の
・それぞれ右大臣阿倍御主人、車持皇子への課題。
・他に3人の求婚者に対しても課題を出しており、石作皇子には「仏の御石の鉢」、大納言大伴御行には「龍の首の珠」、中納言石上麻呂には「燕の産んだ子安貝」を持ってくるように要求。
・結果、全員失敗。かなりロクでもない目に遭っている者もおり、なんか可哀想。
【出走時間はほぼ一緒】
・京都第10レース天皇賞(春)の出走予定時刻は15時40分。対して新潟第11レースだった谷川岳ステークスは15時45分。
・スタートからゴール、その後の色々を考えると、瞬間移動したって間に合わないレベル。
・というかテレビ中継さえ間に合わないでしょ、これ。
・オマケに話題のレースの方が先とか絶対中継されないじゃん。谷川岳ステークス、かわいそう。
【20日もありません】
・ダイユウサクが出た大阪杯は4月5日で、天皇賞までは21日。
・このシーン、大阪杯の数日後ということなので、20日未満ということになります。
・あんまり時間空けると、ターキンが指導される時間があまりに短くなり間すぎるので、大阪杯直後ということになりました。
【
・ロンマンガンの趣味は「麻雀」「サッカー観戦」……とプロフィールには書いておいて、実際のところは「賭け麻雀」「toto(サッカーくじ)」、というように賭け事が大好きです。
・学園内のちょっとしたこと(テストの順位当てや食堂早食い勝負)を賭け事にして周囲を巻き込み楽しんでいます。
・競輪、競艇、オートレースやパチンコについては「オッサン達が目を血走らせてやってるイメージがあるから、逆に引くわ」と好きではない様子。
・しかし麻雀やカードゲームは別腹。カジノで思う存分に遊びたいという夢があります。
・特に麻雀は目の色が変わるレベル。その腕も一流雀士であり、普通に打つのはもちろんイカサマもお手の物。
・イカサマは一時期ハマったから覚えたようですが「ズルして勝っても心が動かない」と卒業。トランプ等のカードもできるけど、一番得意なのはやっぱり麻雀のイカサマ。
・ただし相手がイカサマをした時には目の色が変わり、それが麻雀ならばイカサマ合戦へと引きずり込みます。
・誰が呼んだかあだ名は「走る雀ゴロ」。そのせいもあって風紀委員長のバンブーメモリーやその部下のオマワリサンからは目を付けられています。
・なお、〈アクルックス〉内では……ダイユウサク相手に麻雀勝負をしたら、なぜか揃ってしまう大三元を連発されて大敗北&大損。それ以降「ダイユウ先輩相手には、絶対に二度とやらない」と心に誓っています。
・同い年のオラシオンには麻雀は断られますが、賭けの方は持ち掛けやすいらしく、ちょくちょく巻き込んでいるのですが……賢い上に堅実なオラシオンに対し、賭けを楽しむ彼女は逆に賭けるのです。
・ちなみに彼女の一人称「あっし」。博徒というアウトロー感とGⅠ勝利の実績がないという下っ端感からそうなってます。
・決してギャル定番の一人称「あーし」を間違ったり勘違いしているわけじゃありません。