見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 京都レース場──

 本来なら、こっちの方が先に終わってるはずの時刻になるのよね。
 ゲートに収まってスタートを待つ身になりながら、アタシは集中を高めつつそう思っていた。
 でも……谷川岳ステークスの出走予定時刻になっても、ここ京都レース場の第10レース──天皇賞(春)はまだ始まっていない。

「向こうも同じようなことが起こってなければ、だけど……」

 さっき起こったことを思い出す。
 スタートする前にハプニングが起きたのよ。

『メジロマックイーン落鉄のため、出走時刻が遅れます……』

 大一番を見ようと集まった観客に向けて、アナウンスが流れる。
 どうやらメジロパーマーが落ちている蹄鉄を見つけたらしく、それで分かったみたい。
 アタシ達が見守る中で、その当事者──メジロマックイーンは慌てることなく落ち着いた様子で蹄鉄を靴に打ち直した。
 無事に終わったその様子を見て、思わずアタシはホッとしていた。

(なんか、上手くいかなくて蹄鉄無しで走った()もいたらしいし)

 たしか去年の桜花賞だったっけ?
 落鉄に動転したせいで、焦って再装着に失敗……結果的にそのまま走ったみたい。
 左右のバランスが違うから走りにくかったでしょうに。
 今日のマックイーンがそんなことにならなかったみたいで、安心したわ。

(あの時以来の対決だもの……)

 無敗VS連覇なんて騒ぎになって、世間も本人も、相変わらずアタシのことは全く眼中にないみたいだけどね。
 そうしてくれると……こっちもありがたいけど。

(あの()……きっとトレーナーとの約束、守ってるんでしょ。だったらアタシも──)

 時間的にはたぶん終わって結果は出てる。
 けど、こんなレース直前に他のレース場の結果なんて分かるわけがない。
 それでもアタシは彼女が勝っているような気がした。

「トレーナーが指導して、アタシがそれに付き合ったんだから、当然よね」

 顔をグッと上げ──そして、そっと自分の足に触れた。
 今日こそは……頼むわよ、アタシの脚。
 そう心の中で呼び掛けつつ──アタシはチラッと自分の胸元に目を向ける。
 そこには薄紫の一粒の石があった。

(まさか、あんな小さなファンがいたなんて……)

 これをアタシにくれた小さなウマ娘の姿を思い出す。
 あれくらいの年齢なら、もっと派手に活躍しているウマ娘にあこがれるんじゃないの? マックイーンとかテイオーとか。
 なのに、私を応援したいだなんて……

「無様なレースはできない」

 アタシは集中力を高め──そして、ゲートが開いた。



第10R 大明暗! 勝てないウマ娘の陰と陽

 ──春の天皇賞が始まった。

 

 いつも通りのいいスタートを切ったアタシは、最初こそ前の方に位置したけど、ジリジリと位置を下げていく。

 一方で、目玉になってるウマ娘の一人、メジロマックイーンは前の方でレースを展開。

 もう一人の注目株、トウカイテイオーは中段に位置して走っている。

 中盤も過ぎようというとき、アタシは中段に位置していた。

 

(長い距離を前で走り続けられる体力は、アタシにはない……)

 

 だから先行は無理。

 去年の京都大賞典──2400という、初めて2000以上の距離を走って完敗したときに下した判断だった。

 数年前に走っていた条件戦のレベルならそれも可能かもしれない。

 

(実際、先行でも勝てていたけど……)

 

 でも、レースのレベルが上がったのと、ピークを過ぎたアタシの体力は衰えを見せ始め、アタシの先行は通用しなくなっていった。

 今回も中段待機──と思ったら、すぐ近くにトウカイテイオーが走ってた。

 

(前走の大阪杯では、手も足も出ずに負けた相手……)

 

 ここまで無敗。怪我さえなければクラシック三冠を達成したかもしれないと言われているウマ娘。

 その走る表情は──自分の勝利をまったく疑っていない自信が見て取れた。

 

(さすがに、速いけど……)

 

 その強さを肌で感じたその時──彼女はペースを上げた。

 それに対しアタシは……それに付き合わずにペースを守る。

 

「……こんなところで張り合う意味なんてない」

 

 アタシは冷静にそう判断していた。

 確かに強いウマ娘が前にいることには脅威を感じる。

 後ろにいるということは、これから彼女たちよりも速く走らなければそれよりも前には行けないんだから。

 至極当たり前のことだけど、それができるような相手じゃないから“強いウマ娘”なのよ。

 そんな相手を敵にして走ってるけど──でも、ここで位置を上げて走れば、最後まで体力が保たないのは明らか。

 

(ここは、我慢……)

 

 自信あふれる笑みさえ浮かべて上がっていくトウカイテイオーを見送る。

 とはいえ──

 

(まだゴールまで距離は残ってるのに……ここからいくの?)

 

 正直、驚きだった。

 それに3000メートル超のレースはアタシにとっては初めてで、完全に未知の領域。

 そんな中で、さらに前にいるマックイーンを捉えようと果敢に攻めている。

 それを見ながら──アタシはトレーナーの言葉を思い出していた。

 

『いいか、ダイユウサク。テイオーには騙されるなよ?』

『──? どういうこと?』

 

 眉をひそめるアタシに対し、トレーナーは神妙な顔で答えてくれた。

 

『トウカイテイオーは長距離の経験がない。そして……今まで無敗な上に、最近の調子も上向きだ。それはこの前のレースでお前も分かってるだろ?』

 

 悔しかったけど……アタシはそれに頷いた。

 

『でも、それと“騙されるな”というのがつながらないんだけど?』

『ああ、確かにテイオーの調子はいい。だからこそそれで“いける”と誤解してオーバーペースになる恐れがある。3000オーバーのレースを経験したことがないんだからな』

 

 調子の良さが自分を見失わせる。多少の無理が利くと錯覚し──致命的なミスを招くかもしれない。

 まして未知の距離のレース。しかも長距離となればなるほど慎重に自分のスタミナとの相談しなければならない、とトレーナーは注意してきた。

 それは十分に分かってる──アタシも経験したことだから。

 去年の京都大賞典で、2000メートルと2400メートルの違いをマックイーンにまざまざと見せつけられたんだから。

 

『もちろんテイオーも3200に合わせた走りを特訓してきているはず。一見オーバーペースでも対応できるのかもしれない。それくらいの実力があってもおかしくはないウマ娘だからな』

 

 各世代に一人はいるような“バケモノ”級のウマ娘。トウカイテイオーは間違いなくそれにあたる。今までの彼女の成績がそれを物語っているんだから。

 でも──そんな“バケモノ”にアタシみたいな“落ちこぼれ”が同じような走りは絶対にできない。

 

(アタシにできるのは──この末脚にかけて、チャンスを待って耐えるだけ)

 

 ()()()()の末脚を再現できれば──あのマックイーンという“バケモノ”を倒した伝家の宝刀を抜くことができれば、テイオー諸共に倒せるはず。

 気力は充実しているし、周囲の様子も見えてる。

 

(アタシの調子は悪くない。だから……)

 

 もう一度、マックイーンに勝つ。

 もちろんトウカイテイオーにも、だ。

 そうして“盾”を〈アクルックス〉に──

 

(そして、トレーナー(あの人)の手に……)

 

 グランプリと並ぶ最高の栄誉を、分かち合いたい。

 もちろんチームのメンバーの顔も浮かぶ。

 それに……同室の従姉妹(コスモ)や、アタシを応援してくれる友人達(セッツとシヨノ)

 さらに浮かんだのは──胸元で弾む薄紫の宝石をアタシにくれた小さな応援者の顔。

 

(……絶対に、負けられないッ!!)

 

 アタシはさらに集中し──あのときの感覚へと踏み入る手応えを感じていた。

 あの有記念のときに、爆発的な末脚を発揮したときの、あの感覚だ。

 そうしてレースは第4コーナーが終わり、最後の直線に差し掛かっていた。

 前を見れば、メジロマックイーンへとトウカイテイオーが迫る。

 でも、その脚が────伸びなかった。

 

(やっぱり……)

 

 完全に伸びを失ったテイオーを見て、アタシはあの3コーナーでの仕掛けが「早すぎた」のだと確信した。

 ステイヤーであるマックイーンに対し、トウカイテイオーの適正距離は短かく3200の距離は長すぎたんだわ。

 しかもトレーナーが危惧したとおり、調子の良さのせいでそれに気がつかずに飛ばしすぎていたみたいね。

 マックイーン以外のウマ娘にも迫られていて、その勢いは完全に死んでいた。

 

「──ここが、好機ッ!!」

 

 逆にここを逃せば、テイオーはともかく、マックイーンにも届かない。

 アタシはグッと脚を踏み込み──

 

(──え?)

 

 …………その脚の感覚に、驚愕する。

 痛みはない。

 折れたりくじいたりなんかした様子はない。

 ただ──思った通りに目一杯の力を込めて、地面を蹴ることができないのだ。

 

 

 あの時の感覚に、踏み入りかけていたという感触は──完全に霧散した。

 

 

 地を蹴る力は変わらず、アタシの速度は上がらない。

 それに気がついたアタシは、愕然とする。

 普通に走ることはできている。でも──マックイーンやテイオー、その他この天皇賞の上位を争うウマ娘達と戦うには……それでは弱すぎた。

 

「まだ、ダメなの……?」

 

 スパートするべきポイントで加速できなかったアタシは、漲る闘志を持て余したまま──それを走りに生かすことができずに……

 

 ──アタシは、下を向いてゴール板の前を駆け抜けることしかできなかった。

 

 着順は、14人中9着。

 真ん中よりも下の順位は、天皇賞(春)という大舞台を考えれば、去年の同時期なら善戦と言えたかもしれない。

 でも、グランプリウマ娘としては……話にならない不本意な成績だった。

 

「……みんなの期待に、応えられなかった」

 

 足を止めたアタシは──顔向けできずにうつむいて、地の芝を見ることしかできない。

 その芝が──アタシの身長しか離れていないはずのそれが、(にじ)み、ぼやけ、ハッキリと見えなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、新潟レース場──

 

「え? ちょ、これ、マジで……どうすんの?」

「なにがでしょうか?」

 

 レッツゴーターキン先輩の勝利で終わった谷川岳ステークス。

 観客席の最前列。チームメンバー等が主に陣取るその位置で観戦していた私達でしたが、その歓喜も冷めやらぬうちに、ロンマンガンさんが急にワタワタし始めたのです。

 

「だ、だって、レースに勝ったけど、トレーナーいないじゃん! 誰かチームから行ったりするの? それに手続きとか……あ、そうだ! ウイニングライブの準備とか──」

 

 ……完全に舞い上がってテンパってますね。

 ちょっとだけ冷めた目で彼女を見ていたのですが……なんというか、慌てる人が一人いると、逆にこっちが落ち着くといいますか。

 

「焦らなくても大丈夫です。私も、渡海さんも、ダイユウサクさんの時を経験していますから」

 

 ──とは言ったものの、よく考えると私達がチームに入ってからダイユウサクさんが勝ったレースは2つだけでしたけど。

 一つは……今回とはあまりに規模が違いますし、なにより大騒ぎになり過ぎて参考にできませんが、もう一つは今回同様にオープン特別でしたからね。

 

(それになにより……トレーナーさんはターキンさんに勝利を義務づけていたんですから、当然に勝ったときの手は打っています)

 

 そう思って、私は背後をチラッと見ました。

 そこには、感極まった様子の女性が立っています。

 あのウマ娘の晴れ姿──東京や阪神、京都といった大きなレース場に比べれば劣るものの、新潟レース場に起こった歓声に驚きながら、その観客席を見つめる勝利者を見て、彼女は目の端の涙を拭っていました。

 

「ターキン、おめでとう……」

 

 そうつぶやく彼女──ターキンさんを担当していたトレーナーさんに近寄った私は、彼女に声をかけたのです。

 

「すみません、トレーナー……御助力願えないでしょうか?」

「……ごめんなさい、みっともなく涙なんて流して……それで、どうかしたの? 私に手伝えることがあれば」

 

 私の声にその人は、ハンカチを取り出して涙を完全に拭って整え、それから私に振り返りました。

 それに対して私は──

 

「ターキンさんを、迎えてあげてもらえませんか?」

「私が? で、でも……いえ、私にその資格は……」

 

 そう言って表情を曇らせ、躊躇していました。

 ターキンさんがそうであったように──いえ、それ以上に彼女の7連敗をこの人は気に病んでいたのだと思います。自分で走ることができないのですから。

 そしてこの人もそれをどうにかしようとあがいた一人であることに間違いありません。

 

「今日は〈アクルックス(うち)〉のトレーナーがあいにく不在です。祝福する人がいないのでは、あまりにターキンさんが可哀想だと思います。お願い、できませんか?」

「──ッ、…………私で、よければ……是非」

 

 驚いた後、その人はうつむいて涙を隠しながら、それを拭ったようでした。

 それから顔を上げ、笑顔で了承してくださいました。

 そして──

 

「ターキンッ!!」

 

 その大きな声に、レッツゴーターキンさんは歓声の中からをそれを聞きつけたようで、彼女の方を一回で振り向き、見つけた様子でした。

 その人が見に来ていることに、驚いた様子でしたが──バッと走り出して彼女へと駆け寄ります。

 そのまま抱きつこうとしたターキンさんですが、何かに気がついて──おそらくそのトレーナーが妊娠中なのを思い出したのでしょう──目の前で急ブレーキをかけて勢いを完全に殺し……そんなターキンさんを、トレーナーさんの方から抱きしめたのです。

 

「よく頑張ったね、ターキン。すごいね……」

「うぅ……ありがとう。トレーナーぁぁぁぁ……」

「ゴメンね。私がもっとちゃんとしていれば……あなたは強いウマ娘なのに、こうやってちゃんと勝てるのに、私の指導が悪くて、あなたを苦しめてしまって……」

「そんなこと、そんなことないですぅ……私の方こそ、トレーナーが一生懸命考えて、やってくれた指導に応えられなくてぇ……」

 

 抱き合う二人の姿に、観客席からは温かな拍手が起こっていました。

 私もその二人を見ていたのですが──

 

「……やるじゃん、乾井トレ」

 

 隣からそんな声が聞こえてきました。

 

「あの人の指示でしょ? シオン」

「……はい。乾井トレーナーはターキンさんに勝利を義務づけていました。ですので、勝った後のことをもちろん考えていらっしゃいました」

 

 それで、乾井トレーナーはあのトレーナーさんに、「ターキンの姿を見てあげてほしい」とこの場に招待していたんです。

 もちろん、もしも万が一負けてしまった場合には、ケアできるのは彼女の(ほか)にいませんでしたし。

 

『競走に絶対は無し……一応、万が一、な』

 

 ケア要員として呼んだ、と私には誤魔化しのためのおどけたような態度で説明していましたが。最後には「勝った場合には、真っ先にあの人に祝福させるように」と──

 

『あの人の努力は報われるべきで、オレ達がかっさらっていいもんじゃない。それに……ターキンがもっとも望んでいるのも、あの人に祝ってもらうことだろ』

 

 そう言って、乾井トレーナーは京都へと出発しましたから。

 

「……というわけですので渡海さん、もう出てきて大丈夫ですよ」

「え?」

 

 私が言うと、ロンマンガンさんは驚き──渡海さんがひょっこり姿を現します。

 

「あれ? なんか誰か足りないと思ってたけど……渡海兄さん、なにやってたの?」

「勝った直後から距離を置いて隠れていたんだよ。僕がいたら、あの人が遠慮する可能性もあったからね」

「渡海さんは研修中とはいえ、トレーナーに準する立場にいましたからね。それで遠慮される可能性がありましたので、やむを得ず、です」

「そりゃまた随分と用意周到なことで……」

 

 マンガンさんは少し呆れた様子で渡海さんを見て、ため息をつきました。

 そうしている間に──ターキンさんと抱き合っていたトレーナーさんは、私達の様子に気がついて、抱擁を解き、ターキンさんとともにこちらへ歩いてきました。

 

「ありがとうございました。ターキンに勝ちをもたらしてくれただけでなく、私にまでこんな……」

「私達はなにもしていませんよ。それに感謝の言葉なら乾井トレーナーに……」

「それはもちろん。でも、ターキンが選んだのがこんな素晴らしいチームでよかったと思います。これで安心して私も──」

「うん……がんばって……」

 

 視線を自分のお腹に向けたトレーナーさんに、ターキンさんがグッと両手で拳を握って応援しました。

 それに笑顔で「ええ、もちろんよ」と応え──

 

「本当に、本当にありがとう。そしてターキンをこれからよろしくお願いします」

 

 そう……乾井トレーナーとの約束である谷川岳ステークスの制覇を果たしたレッツゴーターキンさんは、これで晴れて〈アクルックス〉のメンバーになったんです。

 私達のチームメイトに──

 




◆解説◆

【勝てないウマ娘の陰と陽】
・久しぶりにオリジナルのタイトル。
・頭が『大○○』だと付けやすいんですよね。オリジナルを。
・ちなみにそろそろお気づきかと思いますが、その話のメインになるキャラによってタイトルのパターンが決まってます。
・今回のようなダイユウサクがメインの話は『大○○』シリーズで、オラシオンの場合は『馬の祈り』シリーズになっています。
・もちろんレッツゴーターキンの場合もある規則性があるのですが……

落鉄
・今回のレースは1992年に開催された第105回天皇賞。
・アニメ2期でもマックイーン対テイオーで描かれたレースですが、そこであったように、マックイーンの落鉄がありました。
・その関係で出走遅れがあり──予定では時間が遅かったはずの史実も谷川岳ステークスの方が先に出走してます。
・今回のシーンはアニメ2期を基にしているのでパーマーが落ちた蹄鉄を見つけていますし、ダイユウサクがホッとしているのは、なぜか見守っていたモブの中でダイサンゲンが大きくため息をついてホッとしているのを元ネタにしています。
・なお、“蹄鉄の打ち直しがうまくいかなかった”というのは第一章でも触れた91年桜花賞でのイソノルーブルのこと。


※次回の更新は3月13日の予定です。  

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