見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第11R Let's go! 行くっきゃない! Pretty Girls!

 

「さて、今後の方針だが……お前達二人の意見も聞きたい」

 

 オレは自分のトレーナー室に研修生の渡海(とかい)とミラクルバードを呼び出して、そう切り出した。

 こうしてトレーナー&サポートを集まっている一方で、競走ウマ娘たちもしっかりと決めておいたメニューをこなさせて、その間にこっちのミーティングを行っているのだ。

 ちなみにチームの大事なことを話し合うので、相部屋の巽見がいないタイミングを見計らった。

 

(しかしアイツも……コスモドリーム以降、誰の担当もしないよな)

 

 巽見はチーム〈アルデバラン〉のサブトレーナーだ。メイントレーナーの相生さんの目が届かないところをフォローしているようだが、きっちりと担当したのはダイユウサクの従姉妹でルームメイトのコスモドリームだけ。

 そのコスモドリームもかなり前の高松宮杯以降は走っておらず、巽見はリハビリのサポートをしている、と聞いているが……

 

(有記念の時にダイユウサクのトレーニングを付き合ってくれたコスモドリームを見た限りでは、復帰をあきらめているようだったし……)

 

 コスモドリームでオークス制覇という大きな結果を残しているのだから、次のウマ娘をいつまでも担当しないのはもったいないと言える。

 もちろん担当が無いとはいえ他の〈アルデバラン〉のウマ娘たちの面倒を見てはいるんだろうが。

 

(──とはいえ、だ)

 

 じゃあ、他人のことを言えるのか、というオレの状況だが──

 

「ターキンは条件を達成してくれたので〈アクルックス(うち)〉の正式なメンバーになった」

「うん。もしも負けちゃったら、って心配してたから、ホントによかったよ」

 

 うちに話がくる前のマーチステークスで光明が見えていたからな。うちはその後押しをしただけだ。

 とはいえ、“競走に絶対はない”からな。

 

「これでウチに所属してる競走ウマ娘(メンバー)は4人ということになる」

 

 ダイユウサク、レッツゴーターキンというオープンのシニア級と、オラシオンとロンマンガンというデビュー前のジュニア級。

 クラシック世代や条件戦クラスがいないところを見ると、少し偏ったメンバー構成な感じもするけどな。

 

「でも、そのうちの二人はデビュー前だよね」

「ああ。これはもう、夏以降のデビューに備えるという現状維持しかない。ダイユウサクだけでなく、レッツゴーターキンを見なくちゃならなくなった以上……渡海」

「は、はい!」

「オレが指示は出すが、ジュニアの二人はお前がメインで面倒を見てくれないか?」

「ぼ、僕がですか!?」

 

 慌てて立ち上がり、自分を指さす渡海。

 

「そんな……僕にはまだ、荷が重すぎます!」

 

 そう言って彼は焦った様子で首を横に振った。

 そんな様子にオレは思わず苦笑してしまう。

 

「まぁ、気持ちは分かるぞ。右も左も分からない状態で、いきなり面倒見ろって言われても不安しかないだろうからな。オレも経験がある」

 

 師匠のところで、担当にこそならかったが初めてオレがメインになって面倒をみることになったときは、そりゃあ緊張したさ。

 なにしろ、ウマ娘にとっては一生がかかっていることだからな。成績不振はもちろんのこと、怪我にも注意しないといけないし、メンタルのケアだって必要だ。

 

「オラシオンとは古い付き合いなんだろ? 最初に気心の知れた相手の担当ができるなんて奇跡みたいなもんだ」

 

 ウマ娘だって性格は千差万別だ。素直なヤツもいれば気難しいのもいる。

 オラシオンは素直で真面目だからさらに難易度が低い方だろう。

 

「ロンマンガンは斜に構えているところもあるが、オラシオンへの潜在的な対抗意識みたいなのがあるから、オラシオンがやれば、それには遅れまいとついてくるだろう」

 

 オラシオンについてこられるのなら、それだけで実力は伸びていく。

 本人は「天才に勝てるわけがない」なんて言ってるが、そこはそれウマ娘は基本的に負けん気が強い気性である。彼女もその例に漏れず、時には文句を言いながらもしっかりとオレが出す課題をこなしている。

 

「トカちゃん、トレーナーもこう言ってくれているんだし、せっかくのチャンスだよ。やりなよ」

「と、トカちゃんって……」

 

 戸惑う渡海。

 まあ、予想外のあだ名だろうな、それ。ミラクルバードは結構メチャクチャなあだ名を付けるよな。

 

「オレが最初に面倒見たヤツに比べれば、二人ともだいぶ素直だぞ?」

「ああ。“あのウマ娘”に比べたら、ね……」

 

 そう言って苦笑するミラクルバード。

 う~ん、ミラクルバード考えているのは、たぶんパーシングのことだろうが……それは独立してからの話だぞ?

 師匠のところでお世話になっている間に見たのがいるから違うウマ娘。アイツは大らかで細かいことは気にしなかったけど、こうと決めたら譲らなかったからな。

 とはいえ、パーシングに苦労させられたのは間違いないし、否定はしないでおこう。

 

「オラシオンは周囲の評価が高いから怖い、か?」

「は、はい……正直に言えば、そうです」

 

 オレの問いに渡海くんは素直に頷いた。

 

「あのシンボリルドルフ会長も気にかけるほどですし、ですから注目度は高い。そんな中でもしも僕が取り返しのつかない失敗を犯したら……」

 

 不安そうにいう彼に──オレは声を出して笑った。

 その反応に戸惑う渡海くん。

 

「深刻になり過ぎだ。じゃあ訊くが……取り返しのつかない失敗って具体的になんだ?」

「そ、それは……骨折とか、走るのに変なクセがついたり、とか……」

「ウマ娘の脚はガラスみたいなもんだ。ケガを100%絶対に防げるヤツなんて存在しないさ。それが分かってるから、よほど間抜けな見落としが原因でもない限りは責めるヤツなんていないさ」

「そう、なんですか? いや、でも……」

「脚の負傷は多い。現にトウカイテイオーだって去年の菊花賞を骨折で棒に振ったが、〈スピカ〉のトレーナーを責めるヤツがいたか?」

「それは……いませんでした」

「だろ? で、あとは変なクセ……だったか? そんなの気にするな」

「──え?」

 

 戸惑う渡海。

 そんな彼にオレは問いかける。

 

「ウマ娘の競走に、スキージャンプみたいな“姿勢の美しさの点数”でもあるのか?」

「そ、それは……いや、無い、ですけど……でも、姿勢やフォームを矯正すれば、さらに速く走れることだって……」

「もちろんより速いフォームの追求は重要だ。だがな、渡海。走り方なんてそのウマ娘にとって一番走りやすいフォームが正解なんだよ。そしてそれはそれぞれウマ娘によって違う」

 

 大正解のフォームがあってそれにどれだけ近づけるか、ということじゃない。

 ウマ娘の競走(レース)は基本的には真っ先にゴール板を駆け抜けた者が勝つんだ。もちろん、途中の斜行等の妨害は考慮されるが。

 どんな走り方だろうが、速いものが正義だ。

 

「オグリキャップのような低い姿勢のスパートができるウマ娘もいれば、そうじゃないのもいる……」

 

 例えばオグリキャップのスパートで見せる低い姿勢での走行は、確かに見た目にも速そうだし実際速い。

 それを、メジロパーマーみたいな上体を起こして走ってるのが得意なウマ娘が真似をしたところで──どこか無理が出るしバランスを欠くことになるだろう。そして結果的には遅くなってしまうと考えられる。

 

「もちろん、そのウマ娘に合ったより速く走れる姿勢(フォーム)を追求するのは大事なことだ。しかしそれだって失敗を恐れていたらできないことからな」

「う……」

 

 うめく渡海に対し、ミラクルバードは車椅子の上で目を閉じながら「うんうん」と頷いている。

 

「難しく考えすぎるな。そういうのも含めてオレが指示を出すし、その責任を負うのはオレだ。無論、二人の様子を見ながら忌憚のない意見を出すのは全然かまわない。むしろ出してくれ」

 

 それが二人のためになるんだからな、とオレは念を押した。

 

「それに、正直な話をすると……レッツゴーターキンを見るとなると、オレに今までの余裕は無くなる」

 

 今までは現役世代はダイユウサクのみだった。

 彼女は確かにオレへ文句を言うことは言う。しかしオレの言うこと対して口はともかく行動は素直に従っていた。課題を出せば素直に取り組むし、集中力も高いので余計なこともしない。

 だが、ターキンは真逆。臆病だから周囲が気になって仕方がないし、集中力が長続きしない。

 トレーニングに関してだけはダイユウサクの手間のかからなさとのギャップが凄い。

 それが彼女の面倒を見るようになってからの、オレの素直な感想だ。

 

「あはは……だよね、トレーナー。見てて苦労してるのわかったもん」

 

 乾いた笑いを浮かべるミラクルバード。

 同じように渡海も苦笑しているのを見ると、二人ともオレの苦労がわかっていたようだ。

 

「あの、トレーナー。この前の件は……申し訳ありませんでした」

「この前の? ……ああ、新潟でのアレか。お前のせいじゃないから気にすんな」

「あれ? なにかあったの?」

 

 渡海が思い出してオレに謝罪してきたが、なんのことかわからないミラクルバードが首を傾げた。

 それに渡海が苦い顔をして答える。

 

「それが、レッツゴーターキンさんが……」

「ターキン、普通に勝ったよね? レース後の検査も異常無いし、特に失敗は無かったと思うけど……」

「……ウイニングライブ、だ」

 

 言いにくそうにしている渡海に代わってオレがミラクルバードに答えてやった。

 

「良かれと思って前任トレーナーのあの人を招待したんだが……なにしろ中7戦で一年ぶりな上、その人とお別れだったり、一緒に苦労した思い出なんかがこみ上げてきたみたいで、な」

「え? ひょっとして、まさか……」

「はい。ターキンさん、泣いちゃって……ほとんどライブになってませんでした」

 

 ミラクルバードが黙り込み、沈痛そうな顔で俯いて下を向き……肩を(ふる)わせている。

 ──いやお前、泣いてないよな? 笑い堪えてるよな?

 

「笑い事じゃないぞ。オレは黒岩理事から御小言をチクチクと言われたんだからな。『号泣ライブは〈アクルックス〉の伝統ですか?』とかな」

 

 オレがぼやくと、ミラクルバードはついに「ぷッ」と吹き出す。

 それから肩の震えを止めて顔をあげると、「別に笑ってないよ……」なんて、しれっと嘘をつく。

 それに黒岩理事も「貸し一つ、ですので」とか言っていたし。あの人に貸しを作るとか怖くて仕方ないわ。

 まぁ、そんなのはチームにとってはどうでもいい。過ぎたことだしどうしようもない。

 それよりも今後のターキンのことだが──

 

「この前の勝利を踏まえ、次は重賞挑戦にしようと思う」

「え? でも、まだ1勝しただけじゃない?」

 

 どこか半信半疑なミラクルバード。

 う~ん、その気持ちも分かるんだが……

 

「連敗前のターキンの成績を考えれば、やはり重賞を狙っていきたい」

 

 GⅢを勝った実績を持つターキン。次に狙うはその上と、ステップアップするのは自然な流れだと思うんだ。

 しかもターキンはこの一年間は連敗しており、実績的には足踏みをしていた状態でもある。先へ進むのを急ぐ必要があるだろう。

 ただし、彼女のGⅢ勝利は一年以上前のこと。ミラクルバードが心配するのも無理もない話だ。

 だから──

 

「次は2週空けて新潟大賞典に出走させようと思う」

「その前の週の重賞はクラシック限定だからそれは分かるけど……同じ日には京阪杯もあるけど、そっちじゃなくて新潟大賞典にしたのはなんで?」

 

 同じGⅢというグレードで、距離も2200と2000とそれほど明確な違いはない。

 ではなぜオレがそちらを選んだのかと言えば──

 

「アイツの気性が、な……」

 

 それは開催地の問題。

 京阪杯の開催は京都レース場で、新潟大賞典はもちろん新潟レース場。

 どちらも中央競走(トゥインクルシリーズ)に所属するレース場だが、京都レース場は東京、中山、阪神と共に4大レース場と呼ばれる一つなのに対し、新潟レース場はその中でも“地方”と呼ばれるレース場。

 そして入場者も京都は14万人を超えたことがあるのに対し、新潟が3万5千人強が最大。

 

「京都と新潟では注目度や観客数が段違いだ。ターキンの気弱な性格は見ている人が多すぎるのは悪影響になりかねない」

「なるほどね。それに勝った前走も新潟だから、かな?」

「その通り」

 

 さすがミラクルバード。打てば響くとはこのことだな。オレの考えをきちんと理解してくれている。

 たった1勝ではジンクスなんてものじゃあないが、いいイメージで走れるというのは重要だ。それが特にターキンのような精神的な(もろ)さを抱えているなら特に。

 そして、その日に出走するからには──

 

「だから、今回もまた、前回と同じ苦労をしてもらう」

「え? あ、そうか。あのレースの開催日って確か……」

「ああ。また同じ日に出走だ」

 

 オレが言うと、ミラクルバードと渡海の顔が驚きの表情になった。

 グランプリウマ娘になった今のダイユウサクが走るのは、当然に大きな舞台の大きなレースであり、それは大きなレース場で開催される。

 ターキンとは、やはり別のレース場になってしまうんだから。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 とはいえ──

 

「オイ、ダイユウサク──」

 

 その数日後、オレはターキンと併せをしようとしていたダイユウサクに声をかけた。

 練習用のコースへと足を向けていた彼女は、耳をピクッと動かしたが、そのまま足を止めずに行こうとした。

 一方で、オレの声に足を止めたのはそれに付き合おうとしていたレッツゴーターキン。

 てっきり同じく足を止めると思っていたダイユウサクがスタスタと行ってしまうのに「ガーン!」と驚き、それからオレの顔とダイユウサクの後ろ姿を、ふわふわの髪の毛が揺れんばかりに交互に見て、泣きそうな顔でオロオロしていた。

 まったく……困ったヤツだな。

 オレはズンズン歩いていこうとするダイユウサクに駆け寄ると、その肩に手をかけた。

 相変わらず振り返らないダイユウサクに、オレは声をかけた。

 

「ダイユウサク。お前、脚……」

 

 天皇賞(春)でのあの走り──オレには腑に落ちない点があった。

 確かにあの日、有記念のときのような最高の仕上がりでレースに臨んだわけではなかった。

 しかしレース直前で見た時の姿は、いつもと違っているようにさえ見えた。

 少なくとも、精神ややる気はあの時以上に充実していたように見えて、コスモドリームや〈アルデバラン〉の連中が時折見せるような白いオーラが見えるかのようだった。

 少なくとも、レースの最後の方──アイツが末脚を発揮してスパートをかけようとしたところまでは。

 そしてその時、まとっていたオーラは霧散した。

 

(その原因は……まだ後遺症が残っているからだ)

 

 有記念からもう4ヶ月──あれから1年の3分の1も経過しようとしている。

 確かにレース直後は立つことさえままならず、ウイニングライブも騙し騙しどうにかやり過ごした程だった。

 休養をとって、復帰レースになった4月頭の大阪杯はレース直後に倒れ込んで動けなくなるほどだった。

 今回、それ以上の長い距離だったにも関わらずにそうならなかったのは好転している証拠──と思いたかったが、さすがに2度も凡走を続ければトレーナーとして気にしなければならない。

 

「なによ。検査しても異常、出てないでしょ? 骨も折れてもなれれば、腱の炎症もない。健康そのものよ」

 

 聞き飽きた、とばかりに不機嫌さを隠そうともしないダイユウサク。

 その通りなのだ。彼女の脚には──精密検査を行っても異常は認められない。

 有記念の直後はもちろん、倒れ込んだ大阪杯の後、そして今回の天皇賞の後も検査をしたが……結果は良好だった。負傷や故障は認められない。

 

『強いて言えば……極度の疲労、ですかね。しかしそれがこうも続くとは、正直ありえません。私では原因も分かりませんし根治もできません。あと治せる可能性があるとしたら長期の湯治か……笹針ですかね』

 

 “笹針”という医師の言葉に怯えたダイユウサクの尻尾がピョーンと立って、思わず笑いそうになった。

 直後に脇腹に飛んできたボディブローでオレは黙らせられ、その光景を医師は驚いた様子で見ていたが。

 

 ………………そして今日もまた、オレは同じような状況なワケだ。

 

 ダイユウサクの容赦のない蹴りを喰らって吹っ飛んだオレ。

 理由はさっきのダイユウサクの言葉に、「本当にそうか?」とアイツの足にあえて触れたのだが──本気で嫌がったらしく、蹴りが飛んできたというわけだ。

 その蹴りを喰らって確信する。アイツの本気の蹴りは、もっと衝撃が強かったはずだ。

 冷静にそう判断したオレ──の吹っ飛んで倒れこんだ姿を見たターキンが、「だ、大丈夫ですかぁ!? ど、どうしたら……」と言ってオロオロと慌てふためいている。

 それを(しり)目に、オレはダイユウサクに指摘してやる

 

「……やっぱりお前、足に力が入ってないだろ」

「あ、アンタ……まさかそれを確かめるために?」

「当然だろ。そうでもなければお前の足になんか誰が好き好んで撫で回す──」

「たづなさ~ん! コイツ、セクハラ犯で~すッ!!」

 

 な……んだとッ!?

 コイツいきなりなんてことを言い出すんだ!!

 

「ちょ、おまッ!? たづなさん呼ぶのは卑怯だろ!!」

 

 案の定というか──緑色の影がどこからともなく、颯爽と姿を表していた。

 そしてダイユウサクから事情を聞き、オレに鋭い目を向けてきた。

 

(そんな姿も、素敵だけどな)

 

 学園の宝ともいうべきウマ娘たちに惜しみない愛情を注ぎ、守ろうとするその姿は相も変わらず美しい。

 目下の問題は──その守ろうという意志による敵意がオレに向けられていることだ。

 

「いったい、どういうことでしょうか? 乾井トレーナー……」

 

 むぅ……彼女(たづなさん)の優しさにつけ込んで、愛してやまない彼女とオレを対立させようとは、なんて狡猾なヤツなんだ。ダイユウサクめ!

 

「違うんです、たづなさん。これは……」

 

 オレはどうにか立ち上がりながら言い訳反論しようとするが……くッ、思いの外、さっきのダイユウサクの本気の蹴りによる体へのダメージが大きい。

 やはり弱っていてもグランプリウマ娘の脚か……

 

(でも、本当ならもっと衝撃が大きかったはずだ)

 

 想像よりも弱かったからな。

 そんなことを考えつつ、ふらつきながら立ち上がったオレに、たづなさんは困惑しながらも「いくらトレーナーだからって、彼女達の体に、みだりに触れるようなことはいけませんからね!」と注意してくる。

 戸惑っているのは、きっとオレがそんなことをしないと思っているのと、ダメージを負ったオレを心配してくれているからだろう。

 そう思って見たたづなさんに隠れるように──ダイユウサクが背後にいて、「べ~」と舌を出していた。

 イラァ……

 

「ちゃんと聞いていますか? 乾井トレーナー!?」

「は、はい! もちろん!!」

 

 反射的にたづなさんにいい返事を返したオレに、ダイユウサクはジト目を向けてきた。

 心優しい彼女の言葉に応えることに、なにか文句でもあるのか?

 オレが睨むと、アイツはフイとつまらなさそうに視線を逸らした。

 まったく……

 

 ──そうして、アイツの足に関することは有耶無耶にされてしまった。

 それに気がついたのは、たづなさんのお小言にしばらく聞き惚れ……そこから、我に返った後のことだった。

 しまった。逃げられた……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ねぇ、シオン。〈アクルックス(うち)〉のトレーナーって、アレ、人間?」

 

 私と一緒にジョギングしていたロンマンガンさんが、遠巻きにその光景を見てそう話しかけてきました。

 

「あの……突然、なにを?」

「いや。だって、ほら……あの方、ちょいちょいダイユウパイセン怒らせて、全力で殴られたり蹴られたりしてんじゃん。普通、生き残れないっしょ。でもピンピンしてるし」

「ええ、まあ……」

 

 彼女の言葉に私は思わず苦笑してしまいます。

 確かに、ダイユウサクさんを怒らせているのは間違いないんですが……それでもあにウマ娘(ひと)がストレートに感情ぶつけている相手は、寮のルームメイトであるコスモドリームさんとトレーナーさんくらいなんですよね。

 ある意味、信頼の証と言いますか……

 

「それとも何、全力に見えて手加減してたりするの? パイセンの愛情表現? そうじゃなくてトレーナーの特殊な嗜好がいきすぎて、叩かれ慣れて耐久力がやたら上がっちゃってるとか?」

「さ、さぁ? そこまでは……」

 

 え~っと……マンガンさんの言うことはよく分からず答えを濁すことしかできませんでした。

 ……“特殊な嗜好”とはいったいなんのことでしょうか? 後で渡海さんに聞いてみましょう。

 

「たづなさんに説教されて嬉しそうな顔してるし。ヤバ……チーム選択ミスったかも。ダイユウパイセンも最近やたらとイライラしてるし、参るわ~」

 

 ……ちなみに、ダイユウサクさんがイライラしてたのは、この前の私が勝った賭けの“罰ゲーム”を周囲も確認せずに行ってしまったあなたの自業自得ですよ、マンガンさん。

 よりにもよってあのウマ娘(ひと)に見られてバレています。

 そういうわけですから、マンガンさんも他人事ではないと思いますが……

 




◆解説◆

【Let's go! 行くっきゃない! Pretty Girls!】
・アニメ1期のEDテーマ、『グロウアップ・シャイン!』の2コーラス目で出てくる歌詞。「行くっきゃない!Let's go Pretty Girls!」を順番変更してます。
・今回は準備回なので、レッツゴーターキン回のタイトルをもってきたのですが、本人ほとんど目立ってませんね。
・むしろダイユウサクの方が目立ってるわけで……
・なお、中盤付近の話は、第一章の最後の話で語られたシーンです。

“姿勢の美しさの点数”
・全ッ然関係ない話で申し訳ないのですが、スキージャンプやノルディック複合のジャンプという競技で、書いている人がとにかく納得できないのはこの「飛型点」なんですよね。
・確かに危険な競技ですから、“無理をして着地をギリギリまで遅らせて距離を稼ごうとしてアクシデントが起こるのを防ぐ”という点でテレマークを入れて着地すると有利というのは理解できます。
・しかし、例えば陸上競技の“競走”であれば最も速いことが評価されるという、スポーツの根源的なことを考えると、この競技は“飛距離”を競うのが本質だと思うわけで。
・だとすればどんな姿勢だろうと一番遠くまで飛んだ人が勝つ、というべきだと思うんですよね。
・極端な話、ウェア等の服の形は別にして、空中で手をパタパタと羽ばたかせるような動きをして、それで一番遠くまで飛んだ人と、綺麗に飛んだけどそこまで距離が伸びなかった人を比較したら、綺麗に飛んだ人が勝つというのは変に思えて仕方ありません。
・……まぁ、日本が世界有数のスキージャンプ強国になったとき、北欧がルールを好き勝手に変えたのを見ているからそう思えるのかもしれませんけど。

前の週の重賞
・1992年5月10日開催の重賞レースは、東京でのNHK杯(GⅡ)と、京都での京都4歳特別。
・どちらも4歳(現在の3歳)限定のレースでダービーの前哨戦的な扱い。
・キャラ被りがたたったのか、京都4歳特別は2000年の改編で消えた──のですが、代わりに菊花賞の前哨戦で10月開催だった京都新聞杯が5月に引っ越してきました……え?

京阪杯
・1956年に『京都特別』という名前で始まったレース。1980年のグレード制でGⅢに。
・その名前で分かるように京都開催で、距離は芝の2200。
・秋開催だったのですが、第29回の1984年から5月開催に。
・と思ったら、1997年からまた秋開催に戻り、11月で開催されています。
・距離も1965年までは2200で固定されていたのが、翌年から1800になり、以降は1972年から1995年までは2000メートルでの開催に。
・1998年から2005年までは1800で、それ以降は1200の短距離レースに変更されて現在に至ってます。

観客数
・現実の京都競馬場の最大入場者数は14万3606人で1995年11月12日(エリザベス女王杯の開催日)のもの。
・なお新潟競馬場の最大入場者数は3万5135人。1991年4月28日。そのひ新潟競馬場では──未勝利戦と条件戦しかやってません。(笑)
・なんでこの日に記録したかと言えば、同日は京都でメジロマックイーンが制した天皇賞(春)が開催されており、その影響です。
・ちなみに……東京競馬場の最大入場者数を記録したのもメジロマックイーンの同期が出走した1990年の日本ダービーで、19万6517人。
・そして中山競馬場での最大入場者数を記録した日は、やはりあのオグリキャップのラストランでした。


※次回の更新は3月16日の予定です。  

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