見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──私はいつも通りのレース展開をしていました。
 この前から変わったトレーナーさんの指示の通りに、過剰に周囲を気にすることなく、マークしたウマ娘にだけ気をつける。
 そうやって走る……そのはずでした。


 今回のレースで、トレーナーさんから指示があったマークする相手は一番人気のウマ娘でした。

『お前の一つ下だが強敵だぞ。差しや追込みを得意としているのは前回のハヤブサオーカンと一緒だが、今回の彼女の実力はさらに上だ』

 資料を見ながら、トレーナーさんは親切に私に説明してくれました。

『今まで16戦走って掲示板を外したのはテイオーが勝ったダービーのみ。そんな安定した結果を残している』

 その凄さは、やっぱり差しや追込みのレース展開をしているので私にも分かるんです。
 逃げや先行と違って集団に飲まれやすいのは、前を塞がれるということがよくあるから。
 自分で「ここ!」と決めて加速しても、前の状況次第では足を抑えたり、回り道をする必要があったり、囲まれてどうしようもなくなったり……
 そんなリスクの多い差しや追込みですから、安定した結果を残すのは本当に難しいと思います。

(今回も前回と同じように、その人を参考にすれば……)

 私は集中し、最後方へと位置したそのウマ娘をマークしていました。
 でも──

「爆逃げぇぇぇッ!!」

 先頭を走るウマ娘が、叫びながら走っているのが聞こえ──

「……え?」

 私は思わず注意を向けてしまいました。
 すぐに「いけない」と思って、マーク対象のウマ娘に意識を戻します。
 相変わらず私と、並んで走っているウマ娘よりもさらに後方で待機。まだ追い上げてくる気配はありません。
 でも──

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 ──さっき叫びながら走ってた先頭のウマ娘が気になって仕方がありません。
 そしてそんな彼女の走りは──私にあることを思い出させました。

フォロー・ザ・サアアアァァァァァァン!!

 それは……昨年出走した、同じレース新潟大賞典でのこと。
 あの日も同じように逃げたウマ娘がいて、そしてそのまま逃げ切られてしまいました。
 逃げていたのに、彼女の末脚も残っていて……終盤の加速は誰よりも速かったんです。
 おかげで2位以下は大混戦。
 後方から一気に差すウマ娘に、2番手のままゴールを狙って粘るウマ娘。
 バタバタと目まぐるしく変わり、そして動く周囲に圧倒された私はすっかり慌ててしまい、びっくりして戸惑っている内に……

『え? えぇ~!?』

 前はすっかり塞がれ後ろで足をためていたウマ娘達は避けるように前に出ていきました。
 私には、その前の壁を突破する力も、速さもなくて……

『ど、どうしよう。どうしよう……』

 半ばパニックになったまま、そのまま加速することさえできずに──気が付けば最下位(ビリ)になってたわけで……

「うぅ……気になる。あのウマ娘(ヒト)、きっと速いし……」

 だってあのウマ娘さん、この前録画で見たダイユウサクさんのレース映像にも出ていたもの。
 確かに逃げきれなかったけど、それでもダイユウサクさんよりも前の順位だったと思う。
 あのときのレースは3200。今回の新潟大賞典はそれよりも1000も短い2200なんだから、ひょっとしたら、また──

『あ~っとシャコーグレイド、ここで仕掛けた。後方で待機していたシャコーグレイドが一気に上がってくる!!』

「えぇッ!?」

 私は先頭のウマ娘に注意を向けてしまっていたので慌てて警戒をそちらに向けようとしつつ、顔を振り向いて位置を──

「あ……」

 振り向いた私の横を、隙をつくようにして上がっていく黒鹿毛のウマ娘。
 その背を追おうとしたんですが──見れば前にいたウマ娘も、私がマークするように言われていたウマ娘に呼応するように、前へと進んでいます。

「だ、ダメ……」

 私は思わずそのあとを追いかけようとします。
 でも──もはやレースは終盤。
 先頭のウマ娘の逃げ足は衰えずに前へ前へと進み──
 中段から、そして後方から追い上げていくウマ娘たち──
 私の周囲はすっかり囲まれていて──

「ひぅッ!!」

 脳裏に浮かんだのは、悪いイメージでした。
 去年の同じレース……新潟大賞典と、ほとんど同じようなことになっていました。
 私はパニックになりかけながら、それでもどうにかしようと思ったんですけど、焦れば焦るほど、心は落ち着くことはなく──

「あぅあぅ……」

 そんな中で自分のタイミングでスパートをかけることなんてできるわけがありません。
 それどころか、そのタイミングを完全に逸してしまって──

「そ、そんな…………」

 私は最後方にいました。
 私よりも後方で待機していたウマ娘達は、駆け上がっていって、私はそれについていくことさえできませんでした。
 かといって、前でレースをしていたウマ娘達に追いつくこともままならず──

 ──私は去年の焼き直しのように、最後尾でゴール板を駆け抜けました。

 ああ、どうしよう……ゴール直後に、頭を抱えたい気持ちで一杯です。
 だって、トレーナーさんの指示も守れなかったし、先頭のウマ娘を気にしたせいで、完全に全部失敗して……しかも最下位だなんて。

(いったいどうしたら……とにかく、トレーナーさんに顔向けできませぇぇぇぇん)

 泣きたい気持ちを抱えたまま、私は走路から去るしかありませんでした。



第14R Let's go! 繋げていこう、一緒に

「……お嬢様、これから愛に生きるんだって」

「それをどうしてアタシに言うの?」

 

 アタシ──ダイユウサクが学園内を歩いていたら、バッタリとダイタクヘリオスに出くわした。

 ついこの前の安田記念という同じレースに出走したばかりの間柄だし、アタシは8着で、向こうは6着。

 確かに着順では向こうの方が上だったけど、それでどっちが勝ったとか言うような次元の話ではないし、気まずさとか「次は勝つ」とかそういう雰囲気もない。

 ただダイタクヘリオスは明らかに「どよ~ん」と暗く沈んでいて、悩んでいるのは間違いない様子だった。

 

(触らぬ神に祟り無し、ね……)

 

 察したアタシは事も無げに──見なかったことにしてスルーしようとしたんだけど……すれ違いざまにガシッと腕を掴まれてた。

 さすがに驚いて、「な、なに!?」って振り(ほど)こうとしたんだけど、ウマ娘の力はやっぱり強く、それだけじゃあ簡単に離れなかった。

 さらには──

 

「ぴえ~~~~~ん!!」

 

 ──なんか、泣き始めた。

 これには呆れたというよりも驚いたのが上回ったんだけど、さすがに大きな声を出して泣かれたら注目が集まる。

 そんな彼女をアタシが自分から無理矢理引き剥がしていたら……どんな噂が流れるか、わかったもんじゃない。

 やむなく彼女が落ち着くのを待っていたら、泣きやんだ彼女が冒頭のセリフを言ったってワケ。

 まぁ、実際……そんな話をアタシにされても困るわ。

 アタシがため息混じりに返すと──

 

「お嬢様がいなくなったら、あたしは何を目標に走ればいいんだよ~!!」

「知らないわよ! それ、アタシに関係ないんだから!!」

 

 そもそもアタシだって、他人のことを気にしている余裕なんてない。

 次のレースこそ、絶対に勝たないと……

 

「うわあぁぁ~! つれないよ~、何度も一緒のレースで走った仲じゃん! タユウ~」

「なッ!? なに、その呼び方──」

「タマっちから聞いた」

「あ、そう……」

 

 あのねぇ、ヘリオス。アタシもだけど、タマモクロス先輩はアンタよりもずっと年上よ? 敬意を抱けとは言わないけど、やっぱりそれなりの言葉遣いってあると思うんだけど……

 内心、そう思いつつ、「やっぱりこの()は苦手だわ」と心の中で付け加える。

 

「で、お嬢様ってダイイチルビーのことよね?」

「うん……」

 

 思い浮かぶのは、やっぱり安田記念での変わり果てた姿。

 そんなに何度も競ったわけじゃないし、学年も違うからよく知ってる間柄じゃあないけど。それでも以前は、強気で毅然としてて、凛々しささえ感じていたのに……

 

「なんで、ああなっちゃったんだろ……」

 

 ヘリオスの話では、変化があったのは今年になってかららしい。

 スプリンターズステークスを制して、目標を見失っちゃったのかしらね。

 アタシがそれを言うと、ダイタクヘリオスは首を横に振った。

 

「そんなことないよ。二大マイルを制したり、それに高松宮杯の三代制覇が夢だって前に言ってたの聞いたことあるし」

 

 ……いや、待った。

 あのさ……それ去年、両方阻んだのヘリオス(アンタ)よね?

 高松宮杯はアタシも初めて走った重賞だから思い出深くて、去年もチェックしてたから覚えてるけど。

 二大マイルGⅠの残る一つ、マイルチャンピオンシップはアタシも走ったから結果は良く知ってる。

 だとしたら……ダイイチルビーはダイタクヘリオス(このウマ娘)に心折られて諦めたってこと?

 

(まぁ、去年の年末はなんでか有記念に来たから、スプリンターズステークスに出てなかったけど)

 

 悪く言えば鬼の居ぬ間に洗濯、ってことになる。でも、あのダイイチルビーがそこまでヘリオスを意識していたかどうか……

 

(それに、去年の安田では勝っていたんだから)

 

 絶望するほどの実力差もなければ、ヘリオス(この娘)からとてもかなわないような雰囲気を感じさせられるわけでもない。

 

「……ん? なに?」

 

 アタシがジッと見つめているのに気付いて不思議そうに首を傾げたその姿は、正直言って強者感は皆無だった。

 

「別に……でも、他に原因なんて……」

 

 例えば、別の強者に心折られたとか?

 ……と言ってもねぇ。

 

(そもそも去年の年末って、彼女はスプリンターズステークスで勝ってるわけで。心折られるわけがないのよね)

 

 理由があるとすれば、その後の別のレース?

 でもスプリンターズステークスの後なんて、それこそ有記念しかないわよ。

 中長距離の有に出てた、短距離走者(スプリンター)のダイイチルビーのライバルなんて──

 

「う~ん……」

 

 プレクラスニー……かしら?

 本来はマイラーの彼女。マックイーンとの因縁がなければ、マイルチャンピオンシップからスプリンターズステークスという路線に来たかもしれなかった。

 そして有ではツインターボを独走させることなく、最後にアタシに抜かれるまで先頭を譲らなかったその姿は、確かにスゴい底力を感じたわ。

 

(それにヘリオスはついていけなかったしね)

 

 他にライバルって言ったら……有には出てなかったけど、ケイエスミラクル?

 スプリンターズステークスはダイイチルビーと一緒に走って……彼女、レース中にケガしたのよね。

 そういえば、その後の話は聞かないけど……

 

「ねぇ、ヘリオス。そういえばケイエスミラクルって、まだ治療中?」

「……え? ケイならアメリカに帰ったけど?」

「えッ?」

「なんか復帰がムリめで、もう治らないーって言われたんだって。で、学園もやめちゃって、実家のあるアメリカの……どこだっけ? フライドチキンで有名な──」

「ケンタッキー?」

「そうそれ! そこに帰ったって」

 

 それで名前を聞かなくなってたんだ。

 これがショックだったのかしらね。それでダイイチルビーは──

 

「愛に、生きる……ね」

 

 あの安田記念の後にトレーナーをとっちめて──じゃなくて、彼から聞いたんだけど、彼女が懸想していたのは担当トレーナーだったみたい。

 しかもそんな彼が旧知の間柄であるアタシのトレーナーを盾にして隠れていたそうな。

 まったく、人騒がせな話よね。

 ダイイチルビーの“愛”の相手は間違いなくその人でしょうけど……去年GⅠ二冠をとった彼女の、それに縛られない姿には──

 

「羨ましいわね……」

 

 ……アタシもそんな生き方ができたら。

 そう思って、ふと安田記念のレース後のことを思いだして──

 

「え? なに? タユウ──」

「きゃッ!?」

 

 突然、ヘリオスが顔をのぞき込んできたのに、アタシは驚愕した。

 な、なにこの()……

 

「なんかブツブツ言ってたけど、聞こえなかったんだけど?」

「なッ……だ、大丈夫よ。なんでもないわッ!!」

「え~、教えてくれたっていいじゃん。何系の話?」

 

 どうしてそんなに食いついてくるのよ!

 まったく──

 

「あれ? ヘリオスと……ダイユウサク、さん?」

「お? パーマーじゃん。ウェーイ!」

 

 そんなアタシとダイタクヘリオスの所へ近寄ってきたのはメジロパーマー。安田記念の前に走った天皇賞(春)で一緒になったけど、彼女はアタシよりも一つ前の7着だった。

 いやいや、ヘリオスさんや。パーマーって仮にもメジロ家の御令嬢よ? その挨拶は──

 

「ヘリオス、ウェーイ!」

 

 ……はい?

 え? マジでそんな挨拶を、メジロ家の御令嬢がするの?

 アタシが驚いて目を丸くしている中、二人はハイタッチして合流する。

 いや……気が良いからって、そこまで丁寧に付き合ってあげる必要はないと思うんだけど。

 

「今日はどしたの?」

「うん。今度のレースを占ってもらおうと思ってこっちに来たんだけど……」

「じゃあ、今すぐ一緒に行こ。Here we go!!」

 

 いつの間にか笑顔に変わっていたダイタクヘリオスが、パーマーの袖を引っ張って進もうとしていた。

 それに驚きながら引っ張られ──パーマーはかろうじてこちらを振り返る。

 

「あの! ダイユウサクさん、えっと……」

「パーマー、なにしてんの! 行くよ!!」

 

 そう言って軽く会釈して去っていくパーマーと、夢中になって引っ張っていくヘリオス。

 ……なんだ、ルビーがいなくなっても、アンタと一緒に走るウマ娘はいるじゃないの。

 




◆解説◆

【Let's go! 繋げていこう、一緒に】
・またもウマ娘の曲、『ユメヲカケル』の歌詞から。
・正直、タイトルのルール性を尊重してたら、そろそろターキン回のタイトルのネタが尽きてしまうんですが。

一番人気のウマ娘
・92年の新潟大賞典の1番人気はシャコーグレイド。
・シャコーグレイドは1988年生まれの黒鹿毛の牡馬。トウカイテイオーの同期で、91年の皐月賞ではテイオーに続く2着になっています。
・ところがその後はダービー8着、菊花賞5着と低迷。
・とにかく“勝ち”に恵まれない馬で、45戦して3勝。
・90年に3歳(当時表記)11月の新馬戦でのデビューと翌月での2連勝した後は1994年の10月の東京スポーツ杯(オープン特別)まで勝ちがありませんでした。
・しかも何の因果かその日はトウカイテイオーの引退セレモニーで、同期のそれに花を添えようと頑張った……のかもしれません。
・そんな3勝でも生涯得賞金は3億円を超えており、コンスタントに入賞して賞金を稼いでいた模様。
・そんなシャコーグレイド……アニメ2期では、モデルにした“シダーブレイド”という名前のウマ娘が登場しています。
・サイド気味のポニーという髪型で、黄色い勝負服にピンクのシルクハット型帽子を頭に乗せています。
・1話での初登場で、リオナタール(レオダーバン)の次に現れたシダーブレイドは、モデルのシャコーグレイドの父はミスターシービーなためシービーを見て「運命的なものを感じる」と言っています。
・そして、このシャコーグレイド……メリーナイスやマヤノオラシオンと同じく、銀幕デビューしている馬でもあるのです。
・『超高速!参勤交代』という映画で主演の佐々木蔵之介さんを乗せた馬として出演。
・そんなわけで本作オリジナルウマ娘であるシャコーグレイドは、引退後に女優に転身して時代劇に出演した、という裏設定があります。

先頭を走るウマ娘
・先頭を走って逃げたのはメジロパーマー。
・92年の新潟大賞典では7番人気だったパーマーがそのまま逃げ切って勝っています。
・なお、アニメ2期では天皇賞前にパーマーとヘリオスが出会っていますので、コンビ結成後であり、通じませんでしたが“爆逃げ”した後のレースです。
・この成功を糧に、宝塚記念での“爆逃げ”挑戦していきます。

フォロー・ザ・サアアアァァァァァァン!!
・レッツゴーターキンが前年(91年モデル)に走った新潟大賞典を制したのは、第一章で登場したトウショウバルカンでした。
・第64話で登場したあのウマ娘が、まさかまさかの再登場。
・プレクラスニーのレースのために登場させただけだったのに、ここで絡んでくるとは思いもしませんでした。


※次回の更新は3月25日の予定です。  

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