大湊警備府室蘭分遣隊のべつまくなし忙しなし!   作:旧姓かわかみ

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室蘭分遣隊の事務官が残業後に同僚と夕食を食べに行くまでの話
※本編よりだいぶ時系列が後です。本編ネタバレ(?)注意


番外編5「時は歩くような速さで」

 その日私は、いつもよりちょっとばかり遅めの時間まで基地に残っていた。緯度の数値が大きいこの街は、寒くなれば日の暮れるのも早い。いや、日の暮れるのが早いから寒くなると言うべきか。

 空が赤くなった時分から立て続けに設備の問題が発生して、あちこちに電話をかけて修理の手配をしたり、応急処置の方法を確認したりしていれば、いつの間にやら空は彩度を失っていた。

 さすがに海から吹く風が堪える。しばらく外で仕事をしていたので、工廠棟の裏にある自販機であったか~いコーヒーでも買って暖を取ろうかと思ったが売り切れていた。

 仕方ない。今日はこの一週間でも特に気温が低い。屋外、しかも海上で働く人たちが多いことを思えば、そのコーヒーは普段室内で働く私よりも適切な者の手に渡っていると考えるべきだろう。そそくさと諦めて本棟へ戻ることにした。

 本棟の執務室にはもう誰も残っておらず、明かりだけが広い部屋を煌々と照らしていた。電気代がもったいないが、かといって感知式にしたところで節約できる電気代などたかが知れている。だいたい、新築した時にどうしてLEDにしなかったのか。

 暖房がつけっぱなしになっていたことはありがたかった。断熱性能に関しては関東の建物よりも優秀なのは間違いないとはいえ、温い風が室内を循環していることは今の私にとってはきわめて重要である。

 それでも体の芯まで冷えてしまった私は、執務室奥の給茶機でホットのお茶を入れた。すぐにでもぐいっといきたいところだが、舌が猫なので紙コップを冷えた指先で優しく包んで、その熱をもらいつつ自席へと戻った。自席といっても固定席ではないので「今日の」という但し書きがつく。

 座席のリクライニングに体を預けて一休み。仕事が残っていないわけではないけれど、今日はもうガラガラ店じまいでよかろう。あとは今日のトラブルの委細を翌日の自分に託すべく、デスクトップの付箋アプリに書置きを残すくらいだ。スリープから画面を復帰させるやいなや、メールアプリは中身を見る前に終了させた。新着の通知があったような気がしなくもないが、それも含めて引継ぎということで。

 翌日の自分にさえ理解できるか怪しいほどのラフなメモを残していると、廊下から話し声が聞こえてきたのち執務室の扉が開いた。

「ちょーっとやってらんないよねー! どうしてまたすぐ来んのか……あれっ英子、まだいたんだ」

 入ってきたのは鈴谷と時雨ちゃんの二人だ。隊は違うがそれぞれ副隊長と隊長なので、きっと二階の提督執務室で長時間の部隊会議でもしていたのだろう。鈴谷の口調からするに何か承服しかねることがあったようだ。

「二人ともこんな時間まで打ち合わせ? 大変だね」

「英子だって、こんなに遅いのは珍しいんじゃないの?」

 時雨ちゃんが隣の島の席に座りながら言う。こんな遅いのが珍しいことを知っている、ということはこれくらいの時間まで残っていることが多いのだろう。隊長ってのは忙しいんだな。

「まあそうかも……で、なんかあったの?」

 斜め前に座った鈴谷はまだ険しい表情でいる。せっかくだし話を聞いてみようか。私に何ができるわけではないと思うが。

「いや、また例の議員がね。来るっていうのよ視察に」

「あー……そうりゅうこと」

 例の議員というのは、去年の参議院選挙で当選した野党系の議員のことを指す。その去年は一回だけ視察に来て大人しく帰っていったそうだが、今年は前回とは様子が違ったという話は聞いていた。そこになぜか二回目の視察が発生したということか。

「もーさー、こないだだって『海防隊の現状について君はどう考えているんだ』とかぐちぐち愚痴グチ聞いてくるわけ。知らないっつーの! 鈴谷は部隊のみんなと街の人たちを守れればそれで十分だし、そのことしか考えてないっつーの!」

「あはは……でも同感。前に来た人は装備の課題とかさ、僕たちの直面していることに関して知りたがってたみたいだから、まだ話しやすかったんだけどね」

 鈴谷だけでなく、時雨ちゃんもほとほと困っている様子が伺える。これまでいろんな人からの話を聞いてきた限りでは、どうも政争の材料としてしか見ていない議員と、現場の状況と理想の防衛のあり方のギャップを埋めようと考えている議員の二通りがいるのだろうな、と想像する。

 特に室蘭は提督を含めて平均年齢のそこまで高くない基地だし、そういう人を相手にできるほど老獪な食わせ者は少ない。できたとて明石さんと大淀さんくらいじゃないかなあ。みんないい子過ぎるんだよ。もちろん私だってそういうことは苦手だ。

「しかも対馬ちゃんに出てきてもらうのも、さすがにちょっとかわいそうだもんね?」

「それはそう! っていうか、対外的にはまだ鈴谷が隊長ってことになってんだよ」

「え? あぁ、そっか、そういや対馬ちゃん、まだ名刺作ってないもんね」

 肌寒くなるより前、対馬ちゃんは史上最年少、しかも海防艦としては初の隊長資格を取得して、そのすぐ後に鈴谷から第二部隊の隊長の座を引き継ぐことになった。まだ年も若いし、初めての経験も多いということで、実質二人で分担してやっていると聞いたことがある。対馬ちゃんは夜は外の高校に通ってるって言っていたし、こんなに遅くまで残るのも鈴谷の担当ということなのだろう。

「提督もさ、あの人に気に入られちゃってるみたいなんだよね」

「分かる~! 提督さあ、ああいう手合いに気に入られるの得意そうだもんね」

「それでこう、丸く収まるならいいんだけどさ。はいどうぞ」

「おっ、あざーっす。いやもう鈴谷ぜーったい次の選挙であの人には入れないから! 去年も入れてないけど!」

 会話を続けながら、時雨ちゃんも奥の給茶機で飲み物を入れて鈴谷に手渡した。その鈴谷のぶー垂れ方がちょっと面白くて笑ってしまった。

「でもさ、次の参議院選挙五年後よ? もしかしたら異動して室蘭じゃないとこにいるかもよ」

「えっ、そんな先なの?」

 紙コップの温かいお茶を吐息で冷ましながら鈴谷が驚く。そのお茶を運んでくれた時雨ちゃんは鈴谷の隣の席に落ち着いた。

「そうだよ。参議院選挙って六年ごとだから。自治体議員だと四年ごとだけど、それでも結構先か」

「へぇ、英子詳しいんだね」

「ま、こう見えても一応国家公務員試験受かってますからね。その辺の仕組みくらいはね」

「おぉーう、なんかかっこいーじゃん」

「でも五年後かあ。そもそも艦娘やってるかどうかも分かんないね」

 時雨ちゃんが目線を遠くにやりながら言う。見た目の若さと発言の草臥れ方が全く比例していない。

「それな。鈴谷たち、もう何年やってるっけ?」

「えーっと……もう五年だよ」

「そんなかあ。何年とかってもう分かんなくなるよねえ」

 指折り数える時雨ちゃんに、呆れるように鈴谷が返す。二人とも隊長を務めるだけあって、艦娘としてのキャリアもそこそこ長いんだなあ。そういえば、これまでみんなのそういう話ってあまり聞いたことがない気がする。

「二人って同期なの?」

「そ! 入隊の日も同じなんだよ。あと伊勢さんも同じ年の入隊なんだ」

「へー知らなかった。でも私も社会人になってから何年とかって普段意識しないなあ」

「英子は何年目なの?」

 鈴谷に聞かれた私は、時雨ちゃんと同じように指を折って数えてみた。

「えーっと……んん? ちょっと待って? あれ、私も社会人になって五年じゃない?」

「マジ? じゃあ英子も同期じゃーん!」

 鈴谷が身を乗り出してきた。机の上に置かれた紙コップが倒れたのが見えたが、中身が既に空だったおかげで惨事には至らなかった。

「えっ、この仕事に入ったのは去年だから、どうなんだろ?」

「細かいことはいーのいーの!」

「いいのかなあ。まいっか! やーでももう私の五年と二人の五年じゃ重みが違うよ。もう私の年になるとあっという間よ」

 軽い軽い、と手を翻してみせた。二人はまだ学生をやっていてもおかしくない年齢だったはずだ。その頃は私も一年をずいぶん長く感じたものだが、今や室蘭に着任したことすらつい最近の出来事に思える。

「でも鈴谷も二十歳越えたあたりからそれ感じるようになったかも」

「僕は今も昔も変わらないけどなあ」

 しぐしぐまだ若いから、と茶化して言う鈴谷に対し、時雨ちゃんが一つしか変わらないでしょ、と抗議する。

「まーーーでも話戻すけどさあ。そういうことでめんどい仕事がまた来週あるわけ。もうほんっとめんどいんだけど」

 折れた話の腰が唐突に立て直された。さらに重ねてもう一度あぁめんどい、と鈴谷は吐息と一緒に弱音を漏らす。ここまで弱気になっているところを見るのも珍しい。

 鈴谷はさらに続ける。

「もー今日は上がり! みんなの報告書は明日対馬ちゃんと一緒に見ればいいっしょ……」

「鈴谷上がり? 私も上がるから寮まで乗ってく?」

 鞄から車のキーを出してくるくると回して見せた。私は家が少し離れたところなので車で通勤している。隊員寮は歩いて五分もかからないところにあるけど、方向も一緒なので、こうやって同じタイミングで上がる子を乗せていくこともある。

「いいの? ってかお腹すいたからどっか食べに行きたいんだけど」

「あ、じゃあ食べ行こうよ。時雨ちゃんは?」

「そうだね、僕もご一緒していい?」

「したら片付けて出よっか。何食べる? アルコール入れる?」

「えー、じゃ一杯だけ! あ、コップ捨てとくね。英子も?」

「ん、ありがと」

 てきぱきと片づけ始めた鈴谷に給茶機の紙コップを渡しながらどこに行こうか思案する。中央町の辺りには居酒屋はそれなりにあるが、ごはんを食べながらちょっと一杯、というような選択肢は限られている。かといって中島まで行くのはちょい骨だ。それならばここは「街中華」系のお店がいいだろう。

「したら、チャーメンでいい?」

「北京亭かい?」

「んだんだ。ふたりとも準備できた?」

「おっけー!」

 

 戸締りと一階の消灯確認を済ませて外へ出た。もちろん暖房もちゃんと切ってきたが、もし忘れたとしてもしっかり者の叢雲ちゃんが最後に巡回して切ってくれるに違いない。

 さっきと変わらず海の方から冷たい風が吹いてくる。鈴谷が縮こまって体を震わせたあと、ぽつりとつぶやいた。

「もう冬だねー」

「そうだね。でも大湊よりも暖かいよね、雪も少ないし」

「そうなの? っていうか私雪道運転したことないんだけど、この冬大丈夫かな」

 室蘭に越してきて実に一年もの間、車を使わずに生活していたので今年が初めての車と迎える冬になる。もう車なくして生きていける体ではなくなってしまった。昨年のように公共交通機関と徒歩だけで移動することは不可能だ。年齢以上の衰えを感じなくもないが、利便性には敵わない。

「雪道講習でもやる? ペーパー講習やったときみたいに」

「なに? 英子、時雨に運転教わったの?」

「そうなんだよ、時雨ちゃんって車屋の回しモンだからさ」

「ぷっ、何それ聞いたことないんだけど」

 鈴谷が吹き出して笑った。もう言われ慣れたのか、時雨ちゃんは何事もなかったかのように続ける。

「秋月からもお願いされててね。今度見てあげることになったんだ」

「あ、秋月ちゃんもやっと買ったんだ」

「やっとって、英子にだけは言われたくないんじゃないのかな」

「まあそれはそれってことで。はい、じゃ乗った乗った」

 二人を後部座席に乗せて運転席に収まる。フロントガラスの向こう、本棟の脇に真っ白に輝く白鳥大橋の姿が見切れているのが見えた。

「ねえ今度さ、伊勢さんも誘って同期飲みしよ! 同期飲み!」

「あっ、いいねえ! 私伊勢さんと飲んだことあんまないんだよね」

「伊勢は沖縄出身だけあって、泡盛をすごい飲むんだよ」

「そうなの? っていうか、この辺で泡盛出す店なんてあったっけ?」

「中島の方に沖縄料理のお店があるんだよ! 鈴谷も一回だけいっしょに行ったことあるんだ」

「へーえ、じゃあその飲み会やるときもそのお店にしようか」

 守衛の隊員さんにお先に失礼しますと声をかけ、門を開けてもらう。同期達を乗せた賑やかな車はゆっくりと基地を出て、色とりどりにライトアップされた測量山の電波塔に向かって走り出した。

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