大湊警備府室蘭分遣隊のべつまくなし忙しなし!   作:旧姓かわかみ

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第2回「山の街、海の街」

 けたたましく鳴る目覚まし時計の音で目が覚めた。

 今日は仕事は休みだ。だからもう少し寝ていてもいいんだけど、生活のリズムが崩れるのがなんとなく嫌で、休日でもよほどのことがない限りは出勤日と同じくらいの時間に起きるようにしている。少しぼんやりして布団から体を起こしても、目覚まし時計はなお熱心に仕事を続けていた。どうやら持ち主に似ず朝には強いらしい。さすがにそろそろ近所迷惑になるだろうし、お寝坊さんを起こすこととしよう。

 一途に鳴り続ける時計を止め、窓のカーテンを思いっきり全開にした。目を覚まさせるには陽の光を当てるのが一番だ。

「夕立!今日は出勤日でしょ? 早く起きないと遅刻するよ」

「っぽい~~あと三時間~~」

 昨日はまた望月たちと遅くまで遊んでいたらしい。この子は戦闘の時は本当に頼りになるのに、普段はどこか抜けていて……そこがみんなから愛される所以なんだけど。

「夕立、今月は何回遅刻したんだい?」

「う~、二回っぽい?」

「三回だろう。提督も困っていたよ。さあ、準備するよ!」

 どうにかこの低血圧娘を起こして、着替えを済ませた。

 ここは室蘭基地の旧駐にある隊員寮。僕たち艦娘は二人で一室を割り当てられ、共同生活を送っている。最初は艦型ごとに、という方針があったのだけど、艦娘が増えていくにつれて徹底することが難しくなり瓦解していった。

 数ヶ月前に突然、部屋の割り当てを籤で決めて全員が一斉に引っ越す「部屋替え」なるイベントが発生し、僕はそこでたまたま姉妹艦の夕立と同室になった、という経緯がある。時期は明言されていないが、提督は定期的に部屋替えをしようと考えているらしい。

「おはよう時雨~まだ眠いっぽい~っていうか眠い」

「早く着替えないと朝ごはん食べる時間がなくなっちゃうよ」

「ぽいぽい~」

 部屋替えというシステム、ただの祭りごとに見えて実は理にかなっているのかもしれない。僕たちはひとたび戦闘となれば、同じ部隊の隊員と協力して、戦いの最前線に立つことになる。チームで戦うということは、チームワークが生きるか死ぬかに直結しているということだ。誰々が苦手だと言ったところで、戦いの中ではその人に背中を預ける時だってある。他人と生活を共にすることはストレスになることもあるけれど、その人となりをより深く知ることができるわけで、そういうところから信頼感というものを獲得していくことができる。それを半ば強制的に多くの隊員と経験できることは、決して小さいことではないだろう。

「夕立、ここ寝癖がすごいことになってるよ」

「え? わあ、ほんとだ!」

「ほら、これで……うん、直ったよ」

「ありがと!」

 それに、こうやって生活を共にするというのは、なんだか家族みたいで悪くない。妹艦とはいえ夕立とは本当の姉妹ではないけれど、こうして同じ時間を共有していると、なんだか昔からそれが当然だったかのように錯覚する。いつの間にか、僕にとって夕立が大切な存在になっているみたい。だから、そんな夕立と少しでも長く一緒にいられるよう、頑張ろうって思えるんだ。

「それじゃ時雨、行ってくるね!」

「うん、行ってらっしゃい。気を付けてね」

 慌ただしく出ていく夕立を見送って、急に静かになった部屋の中を見回す。

「さて……とりあえず朝ごはん食べて、洗濯機を回そうかな」

 僕たちはいつも非番の方が家のことをやることにしている。一昨日夕立が非番だったので溜まっている洗濯物は二日分だ。制服は家で洗濯するわけではないし、そんな大した量ではない。

 

 洗濯機は寮の共用部にある。今日は土曜だから非番の人が多いはずだけれど、みんなまだ起きていないのか出かけてしまったのか、寮内はまるで寂れた旅館のように静まり返っていた。洗濯機のスイッチを入れ、今度は隣の共用キッチンへ向かう。

 食堂は旧製の方にあり、寮からは離れているので、休みの日の食事は自分で準備することが多い。トーストとサラダの簡易的な朝食を用意してキッチンのダイニングテーブルで食べていると、イムヤが眠そうな顔をして通りがかった。きっと彼女も昨夜、夕立や望月と遅くまで遊んでいたのだろう。三人は毎日のように一緒にゲームをしているらしい。

 朝食の後片づけをして、部屋に戻って掃除機をかけながら今日一日どうやって過ごそうかを考える。

 大湊にいたときは忙しくて、休日に何をしようか、なんて考えている暇もなかった。

 以前の深海棲艦は日本の南部海域で活発に出没していたけれど、近年になって急激に北部海域にその勢力を伸ばしてきたのだ。大湊警備府の出撃回数も増えて、横須賀や佐世保から補充人員を回してもらっても、設備の能力が追いついていない状態だった。そこで当時の大湊の提督が上層部に進言し、大湊の隷下部隊としてこの室蘭基地が誕生した。

 僕の他に大淀と鈴谷が大湊から、明石、叢雲、夕張、ゴトランドが他の鎮守府から移ってきたんだけど、最初は体制も整っていないから、大湊の時とは別の意味で大変だったな。だけど、旧製の基地設備が完成する頃にはだいぶ余裕ができてきて、今は艦隊としての力は充分に育ってきたと思う。おかげで大湊も楽になったというし、僕もこうして休日の過ごし方を悩むという贅沢な時間の使い方ができるわけだ。

 部屋の掃除が終わったところで、洗濯物を取りに行った。今日は室蘭にしては珍しく雲一つない快晴。洗濯物もすぐに乾いてくれるだろう。昼間は少し暑くなるかもしれない。

「……そうだ!」

 久しぶりに、カメラを持って市内を回ることにしよう。今年の雪が融けてからはまだ撮影をしに行っていなかったな。洗濯機がきれいにしてくれた衣類をベランダに干しながら、今日のプランを頭の中で組み立てる。

 これだけ晴れていれば、きっと山に登れば良い写真が撮れるだろう。その足で海の方に行って……あぁそうだ、映画のレンタルDVDも返さなくちゃ。よし、だいたいの流れは決まった。洗濯物を干し終わる頃には日も上がって、少しばかり暑さを感じ始めてきた。

 

 十一時より少し前。自室を出て、共用部のロビーに下りてきた。海側の大きな窓から、フェリーターミナルの向こうに白鳥大橋が見える。橋からは離れているこの隊員寮からでも、青い空と真っ白い橋のコントラストがよく映えている。

 駐車場で車のキーを回すと、ご機嫌な音を立ててエンジンが動き始めた。カーナビが日付と時間を告げる。最近はもう市内であればナビを使うこともなくなった。だからごめんよ、今日も君の出番はほとんどないんだ。助手席にショルダーバッグを置き、窓を少し開けて、左右を確認。アクセルを踏んでゆるゆると車は動き出した。

 寮はフェリーターミナルの向かい、トラック用駐車場の南側にある。寮を出て左が基地、右が市街に抜ける道路だ。

 まずは市街地方面に出ることにしよう。隊員御用達の「入江のなかよし」を左手に過ぎると間もなく国道三六号線と交差し、続いて旧室蘭駅が見えてきたところで港大通に突き当たる。多くの商店が軒を連ねている、室蘭のメインストリートの一つだ。

 ここを左折し、現室蘭駅が視界の左に見えてきたあたり、郵便局のある交差点を右折すると中央町商店街に差し掛かる。ロードサイドの大型スーパーやショッピングモールに押されて今はシャッターが下りている店も多いけれど、昔から残るアーケードが往時の賑わいを偲ばせる。中でもプリンスホテルの隣に「すずや」っていう喫茶店があって僕もよく通うんだけど、同じ名前だからって鈴谷がたまにバイトしてるらしい。うち、副業とか大丈夫だっけな……?

 この商店街を突っ切った先にはカレーラーメンで有名な「味の大王」があって、そのあたりから道は山を登り始める。まず最初に向かうのは、この山のてっぺん――

「え!? あれは……」

 驚きが口をついて出てきてしまった。前方右側の歩道を歩いているウェーブのかかったショートヘアの女性は、自分もよく知った同僚ではないのか。五月の室蘭は涼しいとはいえ、これだけ好天の下を歩くのはさすがに暑いはずだ。山道を上っているのだから猶更だろう。ひとまず車を寄せ、窓を開けてその同僚に声をかけることにした。

「英子! こんなところで何をしているんだい?」

「え? ……あれ、時雨ちゃんじゃん! どこいくの?」

「それはこっちの台詞だよ……もしかして、測量山に登るつもりだったの?」

「いや~、そうなんだよ。よくわかったねえ」

 反対側の歩道で、おどけたように英子が言う。格好はパーカーにデニムと軽装ではあるけれど、よく見れば少し汗をかいてるじゃないか。

「そりゃそうさ、だってこの先はそれぐらいしか行くところないからね」

「じゃあ時雨ちゃんも?」

「そうだよ……ってことだから、乗ってくかい?」

「え! いいの!? さすが時雨ちゃんイケメン!」

 オオゲサなことを言うと英子は車の後ろを回って助手席に乗り込んできたので、僕はバッグを後部座席に移した。

 この人は松山英子といって、室蘭基地の設備管理を担当している。もとは民間の企業で働いていたらしく、その経歴を買われてうちの基地の拡大工事のときに配属されてきた。まだ隊員が数人しかいなかった時代からの同僚なので、人が増え仕事で会う機会が減った今でも一緒に食事に行くこともある。

「だいたいどうして歩いて登ろうとしたんだい?」

「いや、今日天気いいからさあ。ちょっと散歩しようかと思ってね」

「ちょっと散歩で行くようなとこじゃなくない? どこから歩いてきたの?」

「え? 家だよ。うち舟見町だからさ、そんなに大変な距離じゃないのさ」

「あ、それ叢雲の真似でしょ」

 僕たち艦娘は職務上、基地の隊員寮の入寮が義務付けられているけれど、事務官はそのあたりは自由だそうだ。だから、隊員寮に入っている人もいれば、英子みたいに基地の外で暮らしている人もいる。寮に住めば出勤も楽なのに……って前に言ったこともあるけど、こだわりだか思い入れがあるだとかで、その舟見町に住んでいるらしい。

「っていうか、まだ車を買ってなかったのかい?」

「そうなんだよね、落ち着いたらって思ったんだけど……」

「雨の日とかどうしてるの?」

「ちょっと市立病院まで歩けばバス乗れんのよ。だから意外と必要にかられなくてね」

「じゃあ、今日がその必要にかられた日だね」

「ん~~でも時雨ちゃんに乗せてもらっちゃったし?」

「いやいや! それじゃいつまで経っても買わないよ!」

 

 そんな話をしている間に、鉄塔の足元が見えてきた。この測量山の山頂にはテレビ・ラジオの送信施設があって、数本の電波塔が立っている。その名前の由来は僕もよくわかってないから、ここは地元の人に説明してもらおう。

「え~、地元の人ってのは叢雲ちゃんとか提督のことであって、私は別に地元の人じゃないよう」

 そう言いながらも、なんだか英子は嬉しそうだ。確か本人は東京育ちだけど、親御さんが室蘭生まれだから子どものころはよく遊びに来ていたって言ってたっけ。

「昔、札幌までの道路を作るときにこの山に登って、どこに道路を通すかを測量して決めたことがきっかけでこういう名前になったらしいよ」

「そうなんだ、この塔を使って何か、例えば天体の測量をしたとかそういうことが由来なのかと思ってたよ」

「ううん、電波塔が建つ前からここは測量山だったというわけだよ(※)」

 車道の行き止まりは小さな広場のようになっており、車も何台か止められるようになっている。天気がいいから人も多いかと思っていたら、僕たちの他には二台しか止まっていなかった。空いているスペースに車を寄せ、エンジンを止める。

 ここからでも基地や室蘭駅の方は十分見渡せるんだけど、頂上には室蘭全体を一望できる展望台があり、そこまでは歩いて上るしかない。

「だいたい、徒歩でここまで来て、さらにこの階段を登るだけの体力あったと思うかい?」

「いや、それはやってみないと分からないよ! まあもう乗せてもらっちゃったから? 試せないけどね?」

「じゃあ今度試してみてよ。僕は先に車で来て、上で待ってるからさ」

「えー、そんときは時雨ちゃんも一緒に歩こうよう」

「僕はもう車がないと生きていけない体になっちゃったのさ」

「またまた! いつも鍛えてるでしょ」

 軽口を交わしながらテレビ塔の合間にある階段を登りきった。視界の上半分が大きく開け、目の前には山の名が刻まれたモニュメントが定置している。海から吹き上げる風が気持ちいい。

 細く長い展望台はテレビ塔のひとつに伸びていて、その緑の階段を下りるカップルが目に入った。僕たちも彼らと入れ替わるようにそのテレビ塔を囲む見晴台に立つ。室蘭港の内浦や市街地を見渡せ、文字通り室蘭を一望できるのがこの場所だ。視界いっぱいに、この小さな街の全景がすっぽり収まっている。

「あ! あれ、うちの隊員じゃない? どこの部隊かな」

 英子が紅白の電波塔と、港の倉庫街の間を指さす。その先には、海上を進む五つの人影があった。

「今日出撃なのは……うちの部隊だね。うん、やっぱりそうだ。ほら見てよ、夕立なんかけっこう目立つでしょ」

「ほんとだ! 時雨ちゃんって隊長なんだよね。隊長不在でもああやって出撃するんだねえ」

「そりゃそうさ、何かあった時のために日頃から隊長代理を立てて出撃するのも大事な訓練だからね」

「えーっと、それから……青葉さんと、もがみん、蒼龍に……長門さん?」

 英子は身を乗り出して海上を走る部隊を見つめている。ここの囲いは僕たちの腰ほどの高さしかないから、あまり乗り出すと落っこちちゃいそうだ。

「そうそう、その五人だよ」

「へー、みんなが海の上走ってるとこをこうやって街の中で見るの、初めてかもしんない。結構スピード早いんだねえ」

 もしかして、普段も誰かからこうやって見られてたりするのかな。自分が見られてるわけじゃないのに、なんだか急に恥ずかしくなってきた。

「ね、今日はあの五人だと誰が隊長の代わりをやってるの?」

「今日は長門にお願いしているよ。ああ見えて実は部隊長経験が少ないから、その訓練も兼ねてね」

「へー意外! なんかそういうの、慣れてそうな感じするのに」

 今日は近海の哨戒とあわせて洋上補給訓練を指示している。室蘭には補給艦がいないので、本格的な補給は陸上でしかできない。とはいえ、簡易的な作業であっても洋上で行う以上はきちんと訓練をしておかないと、有事の際に補給ができず帰投が難しくなる、なんてことにもなりかねない。

 部隊は白鳥大橋をくぐり、大黒島の方へ向かっていった。今日はその遥か向こうに聳える山々までくっきりと見える。

「っていうか、時雨ちゃんめっちゃ隊長っぽいね。チームリーダー感がすごい……」

「そうかな? 英子だって一人で設備回りのことやってるし、実質部隊長みたいなものじゃないか」

「でもほら、私って普段の仕事はチームじゃないからさ。部下の面倒を見るみたいな仕事ってあんまりないんだよね」

「ふぅん、だけど、結構みんな頼りにしてるとは思うよ? 『何か困ったら松山さんのとこ行こう』って言ってるのをよく聞くし」

「えー、そうかなあ」

 さて、せっかくの天気なのだからこの風景を写真に収めておこう。まずは全景を広角で狙うのがいいかな……

「おおー、時雨ちゃん、本格的だねえ」

 何枚か撮ったところで英子がのぞき込んできた。そういえば、こっちに来てからあまり人に見せていなかったな。二眼も持っているけれど、外に出かけるときは一眼のレンズカメラを持ち歩くことが多い。

「ん? あぁ、これくらいしか趣味がないからね……」

「いや~~、私も趣味という趣味がないもんだからさあ、そういうの見ると、良いなあって思うとこもあるよね」

「そうかい? こっちは沼だからね、僕はまだ浅瀬だけど、青葉なんかは相当深いんだから。言ってくれればいつでも引き込んであげるよ」

「ひえ~いつもの口調で怖いこと言わないでよう」

「試しに触ってみるかい?」

「え!? それ高いやつでしょ? 大丈夫なの?」

 英子が恐縮している。でも興味がないわけじゃなさそうだ。

「ほら、ストラップかければ落とすこともないからさ」

「お、おお……こういうの触るの初めてだなあ……うわ、めっちゃさくさくズームする! すごいねこれ!」

 そう言いながら、あちこちにカメラを向けている。ちょっと引っ張ってあげれば、沼に引き込めるかもしれない。タシュケントではないけれど、同志はいるに越したことはないからね。

「じゃあ時雨ちゃんそこ立ってよ。撮ってあげるからさあ」

「えぇ!? 僕をかい?」

「うん。あ、もしかして艦娘だと機密とかで写真撮れないとかってある? でも艤装つけてるわけじゃないし平気よね?」

「そ、そういうのはないから大丈夫だけどさ」

 自分の写真……なんて、久しく撮っていない。たまに夕立や村雨にスマホで撮られることはあるけれど、自分の端末に入っている写真なんてほとんどないはずだ。……まあ、たまにはそういうのも良いか。

「はい、じゃあ撮るよー。さん、にー、いち……うわあ連写しちゃった」

「シャッター押してる間は撮り続けるようになってるのさ。じゃ、英子もそこ立ってごらんよ」

 攻守交替。にっこりと笑い両手でピースを作る英子を写真に収めた。自分の写真もそうだけど、知人の写真というのもあまり撮っていなかったな。

「あ、じゃあさあ二人でも撮ろうよ」

「二人で、かい?確かにセルフタイマーはあるけど……」

「いや、この場合はスマホでこう……自撮りってやつだよね。私もあんまやらないんだけどさ」

 そう言って英子はポケットからスマホを取り出して、カメラを起動させた。

「こんな感じかな……時雨ちゃんもうちょっと寄れる?」

「結構きつくない? っていうか景色が全然入らないじゃないか」

「こういうのはとりあえず二人が入ってればいいんだよ!」

「そ、そういうものなの?」

「はい撮るよ!撮った!」

 彼女の発言に呆れて僕が笑ったところを、英子は見逃さずにスマホのシャッターを押した。チャンスをきちんと捉えるあたりは、カメラの才能もあるんじゃないかな。

「今送るね。あ、そうだ叢雲ちゃんにも送っちゃお」

「確か、叢雲は今日出勤してるんじゃなかったかな」

「そうなんだ? 叢雲ちゃん、勤務中じゃなくても全然スマホ見ないからなあ」

 そう言いながら、英子は叢雲に何かメッセージを打っているらしい。僕はカメラのレンズを望遠に付け替えて、また何枚か風景の写真を撮った。室蘭は晴れの日が多くない、というのは提督や叢雲が言っていた。英子も同じようなことを思っているらしい。だから、今日みたいな日が休みと被っていたのは僥倖だった。

「さて、そろそろ次のところに移動しようか」

「どこいくの?」

「地球岬だよ」

「お、いいね! 今日行ったら気持ちいいだろうなあ。ね、迷惑じゃなかったらついてってもいい?」

「もちろんだよ。でもやっぱり車は買ったほうがいいんじゃないの?」

 

 来たときと同じ電波塔の合間を下り、車に戻ってエンジンをかける。そんなに長く上にいたわけじゃないのに、車の中はもう暑くなっていた。窓を全開にして、英子がシートベルトを締めたのを確認し、ゆるゆると車を発進させる。

「ねえ、車ってどこで買った?」

「東町の方にある中古車センターだよ。そんなに車にこだわりがあるわけじゃないからね」

「そっかあ、確かに中古でいいよなー。大湊とかでもそうしてたの?」

「うん、大湊でも同じように中古を買って、こっちに移ってくるときに売ってきたんだ」

「そうだよね、わざわざ持ってくるのも大変だもんね、フェリーだって運賃高いし」

 上ってきたのと同じ道を下りてゆく。中央町のアーケード街まで戻ってきたら右に進み、新聞社のところでまた右折。室蘭市役所の先、青少年科学館のある交差点を左折し、その先の市民病院のところで右に曲がると、また道は山を登っていく。立派な二車線の道路が大きく左へカーブするところで、僕たちは右側の小さな路地へと入った。対向車が来るとすれ違うのがやっとな道で、標高を一気に稼いでいく。

「あー、この道懐かしいなあ! 子どものころ、よくおじいちゃんの車で通ってたんだよね」

「へえ、そうなんだ」

「いやしかし相変わらず観光名所に行く道なのに狭いわ。私ペーパードライバーもいいとこだからさ、こんな道運転できそうにないよ」

「これくらいの道なら、慣れてしまえばそんなに難しくないと思うよ。だからさっさと車を買うことだね」

「おうなんだなんださっきから、もしかして時雨ちゃん、車屋の回しモンか?」

「あはは、車屋ってずいぶん雑な言い方じゃないかい?」

 英子のふざけたような言い方がおかしくてつい笑ってしまった。

 そもそも、人と一緒に休日を過ごすということがずいぶんと久しぶりな気がする。夕立とは部隊運用の都合であまり休みを被らせないようにしているし、最近は家で本を読んだり、映画を見たりして過ごしていたことが多かった。今日のことは望外だったけれど、こうやって人と笑いながら過ごす休日も悪くないな。一人だったらただただ通り抜けていっただけで、何の記憶にも残らなかっただろう道路にも思い出が重ねられ、そうしてこの街にまた一つ愛着を覚えてゆく。街を好きになることで、海防という仕事へのモチベーションも高くなる……そのことを教えてくれた高速戦艦の先輩の顔が思い浮かんだ。

 標高をある程度稼いだところで左から二車線の道路が合流してきた。これで広くなるかと思いきや、二つあった車線はなぜかこちらの道路に吸い込まれてしまい、離合の難しい道幅が引き続く。だんだん舗装もひび割れてきて、雰囲気はいよいよ怪しくなってきたところで、突如道は二車線の端正な路面に変貌する。数えるほどしか通ったことがない身からすれば、このあまりにも唐突な変わり身には驚きを隠せない。

 チャラツナイと書かれた展望所をわき目に進むとまもなく地球岬へアクセスする丁字路が見えてくる。そこを右折し、車は目的地に到着した。

 

 地球岬の駐車場は観光地らしくそこそこ混んでいる。測量山の展望台にはあまり人がいなかったけれど、こちらは盛況のようだ。

「あー、昔からそうだったなあ。いつも今日みたいに測量山と地球岬ハシゴするんだけどね? だいたい地球岬の方が人が多いのよね」

「測量山もいい眺めなのに、どうしてなんだろうね?」

「まあでも、確かにこっちの方が有名っちゃ有名だよねえ……あ、あそこ空いてるかも」

 駐車場の奥の方にどうにか空きを見つけて滑り込んだ。これだけいい天気だと、みんな海を見に来るのだろうか。だとすると、普段も結構な人に出撃しているところを見られているのかもしれない。展望台に人がいるかどうかなんて、海の上からでは分からないから気にしたこともなかった。

「うーわ車庫入れうっま! 教習でやったはずなのにもう覚えてないわ。もう時雨ちゃん私の運転手になってくんない?」

「残念ながら僕は艦娘だからそうもいかないのさ」

「それでいて車屋の回しモンでもあるもんねぇ」

「そうだね、じゃあ車買ったらその時は車庫入れも教えてあげるよ」

 二人で車を下りて、展望台へと向かう。土産物屋も人がたくさん入っているみたいだ。今日の売上はきっと上々だろう。

 小高い丘を越えると、その先では一面に海と空が広がっている。普段嫌というほど見ているはずだけれど、陸の上から見ると案外新鮮に感じるものだ。水平線を見ると無意識に体がバランスを取ろうとしてしまうのが、なんだかおかしい。

「くわー! こりゃ良い日に来れたもんだよ。こんなに気持ちいい天気、なかなかないもの」

 英子が体を伸ばして風を受けている。確かに、波の状況、隊列や索敵などを気にする必要がない状態で見るこの光景は気持ちがいい。頭上では吸い込まれそうなほど深いマリンブルーの空が、高度を下げていくにつれてだんだん白くなってゆき、水平線にぶつかると今度はマリンブルーの海となる。このグラデーションとコントラストを楽しんでいる余裕は、海の上ではなかなか持てない。今日は対岸の渡島半島もくっきり見える。

「地球岬ってさ、『地球が丸く見えるから地球岬』だって言われることもあるのよね」

「ふぅん、確かに聞いたことあるかも」

「でもさ、地球ってのは当て字で、本当はカタカナで『チキウ岬』っていうのが正式名称なんだよね」

「え、そうなんだ?」

「だから、丸く見えるとかっていうのは関係ないわけ。ま~~この景色を見たらそう言いたくなる気持ちも、分からんでもないんだけどね」

 展望台からは、断崖の突端に建てられた真っ白い灯台が見える。日を受けて輝くその白チョークは、今日は一段と美しい。自然の美と人口の美が互いに干渉することなく、しかし互いに補完し合っているようなこの依存関係は、純粋に機能的側面を追い求められた結果であり、美的価値はその副産物でしかないということもまた奥ゆかしい。

 この美しさのほんの一欠片でも良いから記録しておきたいと思い、幾度かシャッターを切った。英子はここでも二人で写真を撮りたがって、今度は灯台をちゃんと画角に入れた状態の自撮りを撮ることに成功した。

 展望台の内陸側からは室蘭の市街地と港湾、そしてその向こうの鷲別岳も見える。こうやって見ると、室蘭はすごく小さいんだな、と感じる。山の斜面に張り付くように家々が立ち並んでいて、その多くは海を望める場所にある。室蘭は山の街でもあり、同時に海を身近に感じることのできる街でもあるんだな。

「海側の景色も好きなんだけどさ、このさあ、断崖絶壁、イイよね……」

 英子が突然抽象的なことを言い出した。市街地に向かって左側は、切り立った岩山が聳えていて、その足元はここから窺いきれないほど遥か下方にある。万が一ここから落ちたりなんてしたらまず命はないだろう。岩肌に纏わりつくように木々が根付き、その緑と岩肌のグレーが野趣的な風景を演出している。

「なんていうかさ、人々はこの場所に安全な展望台を作ったわけだけど、そのすぐ隣にはこうも人類を威嚇するかのような強烈なスペクタクルが横たわっているわけだよ。時雨ちゃん、この事実に興奮しないかい?」

「どうしたんだい? やけに詩的じゃないか」

「いやー、我々なんてちっぽけな存在だなあと思うわけですよ、こういう景色を見るとね。地球岬の真骨頂は海の景色ではなく、こっちの山の景色なんじゃないかな」

「うん、それは分かる気がするよ」

 晴れの土曜日なので人が多く、展望台の海側は混雑しているけれど、内陸側は落ち着いて風景を堪能できる。カメラを取り出して、英子の言う「強烈なスペクタクル」を写真に収めた。

「それじゃ、そろそろお昼食べに行こうか」

「どこで食べるか決めてたの?」

「ううん、特に決めてないんだ」

 

 駐車場に戻ると、車内はさっきよりも熱を貯め込んでいた。乗り込むと共に窓を全開にして発進する。日の光が暑さを感じさせるだけで、空気はさわやかで気持ちがいい。

「東町のレンタルビデオ屋さんに借りてたDVDを返すついでに、近くのスーパーに寄ろうかと思ってるんだ。とりあえずそっちの方に向かうね」

「じゃ私もそこで買い物済ませちゃおうかな。そしたらお昼はその近くのファミレスとかにする?」

「そうだね。うん、そうしようか」

 駐車場を出て丁字路を右折し、海が見えてきたところで左に曲がると、道は山を急激な坂で下りていく。住宅街を通り抜け、母恋駅にぶつかったところで右折して、旧国道をしばらく進むと、基地の御前水口が見えてくる。この出入り口は製鋼所と共用で、中にそれぞれの専用ゲートがある、という形だ。

 御前水口の目の前にはバイパスの入り口があり、そこから片側二車線の快適な車道に入る。トンネルを抜け、サッカーボールのカラーリングが施されたガスタンクを左手に見ると、その先にある輪西のインターチェンジでバイパスの下をぐるっと回り込んで一般道へ戻ってきた。信号待ちをしている目の前を、五両編成の特急列車が東室蘭駅の方へ向かって走っていく。

 その列車のあとを追いかけてゆくと、家具、家電や衣料品などのチェーン量販店が密集する一角があり、目的のお店もそこにある。レンタルビデオ屋さんの駐車場に車を停めてDVDを返却し、その足で隣のスーパーで買い物を済ませると、もうお昼ごはんとは呼べない時間になってしまった。車をファミレスの駐車場に移動させてお店に入る。

「いらっしゃいませ、何名様ですか? ……二名様ですね、お席ご案内します」

「すっかりお昼の時間を過ぎてしまったね」

「待たずにお店入れたから、かえって良かったんじゃない?」

 四人掛けのテーブル席に案内され、向かい合って座る。二人とも同じ定番メニューのランチを注文することにした。

「そういえば、一昨日初めてみんなが演習してるところを見たよ」

「えぇ!? そうだったの? 仕事はどうしたんだい?」

「叢雲ちゃんからやるって聞いててさ。打ち合わせとか入ってなかったから、できるだけ仕事片づけておいたんだよね。っても、三〇分くらいしかいられなかったんだけどさ」

 一昨日と言えば、確かに叢雲の部隊とやったときだ。二対二という小規模の実戦形式なので、ドック脇から見ることはできる。僕の部隊が沖合側の配置だったので、英子が見ていたことは気付かなかった。

「みんなすごいねえ、海の上で戦っているところって初めて見たからさあ、びっくりしちゃった」

「誰のを見てたの?」

「えっとね、さめちゃん・ゴトさんと、もがみん・もちこの組み合わせかな」

 叢雲部隊の村雨・ゴトランドと、うちの部隊の最上・望月のことだ。英子はすぐ人にあだ名をつけようとする。

「あー、巡洋艦の水上機運用と駆逐艦の連携訓練を兼ねたやつだね」

「そうなんだ、もがみんなんか器用だよね、飛行機飛ばしながら戦うわけでしょ」

「逆に艦載機がある方が動きやすいみたいだよ。駆逐艦には積めないから、艦載機の勝手を掴むのは難しいんだよね。だから定期的にこういう連携訓練のメニューを組んでいるんだ」

「ふ~~ん」

「ど、どうしたのさ」

 何やら英子がにんまりした顔でこちらを見ている。両肘をテーブルに付き、左右の頬を手首に乗せながら。

「いや、さっきも言ったけどさ、やっぱり隊長だなあって思ったんだよ。部下というか、チームのこと? すごい考えてそういう訓練してるんだなあって」

「そりゃあそうさ。ただただよく分からない訓練なんか付き合わされたって、みんな嫌だろうしね。それにメニュー自体は提督も一緒に考えてくれるからさ」

「……なるほどねえ……」

 今度は腕を組んで何かを考え始めた。

「お待たせしました~、レギュラーバーグのセットになります」

 話をしている間に注文していたランチが運ばれてきた。一つのお皿にハンバーグ、サラダ、ライスが盛り付けられている。レギュラーとはいえ僕には少し多いかもしれない。食べていると、テーブルの上に置かれた英子のスマホが音を立てて揺れた。

「あ、叢雲ちゃんからだ……え? 何この写真!」

「どうしたんだい?」

「見てよこれ。叢雲ちゃんたちも休みだったのかな?」

 英子が見せてくれた画面には、車の中で撮られたらしき写真が映し出されていた。運転席に叢雲、後部座席に瑞鳳が座っていて、助手席の夕張が撮影したもののようだった。三人とも私服で、遊びに行っていたようにも見える。

「これは……ドックチームと叢雲だよね。あれ? でも昨日夕張と話したときは出勤だって言ってたんだけどな」

「そっか、ドック組なのか。どうしたのか聞いてみよっと」

 そう言うと英子は返信を打ち始めた。

「あ、返事かえってきた。ふーん、三人で青少年科学館に行ったんだって。ニアミスしてたっぽいね」

「へえ、そうなんだ? どうしてまたそんなところに?」

「うーんとね、子供向けのイベントを企画してるとこなんだって。ていうか見てよこの返信、絶対叢雲ちゃんじゃなくてバリさんが打ってるよね」

 画面にはやたらと砕けた口調の返信とスタンプが映っていた。確かに叢雲はこんな文面は打たないだろうな。

「ほんとだ。叢雲がスタンプなんて使ってるとこ見たことないよ」

「やっぱり? へー、でもそういうイベントやるなら見に行きたいなあ」

 そういえば、提督がそろそろ市民との交流企画を始めたい、というようなことを言っていたっけな。多分それの一環なんだろう。佐世保でも大湊でも同じような取り組みはやっていたし、広報活動をしていく余裕ができてきたのも確かだ。

 恥ずかしながら、佐世保や大湊にいたときにはそういった広報活動に対してあまり関わろうとしていなかった。出撃や訓練で手いっぱいだったということもあるけれど、当時の自分の心境としてあまり乗り気になれなかったという方が大きいだろう。それが不思議と今は、そういう活動に対して興味があるというか、むしろ何か関われたらいいな、ということを思っている自分がいる。心境の変化なのか、自身の成長というのか……まあ、部隊長をやっている以上は当面先のことになりそうだけれど。

「でも、艦娘ってそういうこともやるんだね、大変だねえ」

「出撃以外の時間で、事務官さんの手伝いをしているのの延長みたいなものじゃないかな」

「それが大変だと思うのよ。いや、だって、全然性質の違うものじゃない?」

「まあ、僕も体を動かしているほうが性に合ってるなとは思うけれど」

 

 ランチを食べ終わった後もしばらく話し込んでしまった。会計を済ませてお店を出ると、やはり車内は真夏のような温度になっていた。でも、さっきに比べると少し風が出てきたようだ。窓を開けて走り出せばすぐにすっきりするだろう。

「どこまで送っていけばいいかな?」

「んとね、じゃあ栄町のセイコーマートでお願いしていい? とりあえず中央町の方戻ってもらえればいいから」

「まだ何か買うのかい?」

「うん、ちょっと甘いものでも買って帰ろうかなって」

 車を発進させ、線路沿いを戻ってバイパスに入る。土曜の夕方の室蘭方面は、さっきと比べると交通量は増えているようだ。来た時に利用した御前水のインターチェンジを過ぎ、道はまた線路と並行する。母恋の駅の先、線路を乗り越えるところでは製鋼所と基地の建屋を遠くに望むことができる。製鋼所の設立した大きな病院を左手に見ると、旧国道が合流して切り通しを通過した。その先は中央町に下りてゆく長い坂道で、視界の正面には昼に上った測量山の電波塔が見える。室蘭の市街地を俯瞰するこの景色を見ると、帰ってきたなという感じがする。

 隊員寮に戻る道はこの坂の途中を右折する小さな横道だけど、それが札幌に端を発する国道三六号線の末端区間だというのがなんだか不思議だ。直進すると坂を下りた先には大きなスーパーと歩道橋がある交差点がある。ここを左折すると、先ほど通った地球岬へのルートに繋がる。

「ここからどうしたらいいかな?」

「じゃあ、とりあえずまっすぐ行ってもらって、それで……この次を左かな」

「ここは一番左の道でいいかい?」

「うん、あとはまっすぐだよ」

カーブの中間地点にある四差路とも五差路とも言えるような複雑な交差点を大きく左に曲がり、しばらくすると目的地のセイコーマートが見えた。

「時雨ちゃん、ほんとありがとね。いい休日になったよ」

「ううん、こちらこそだよ。英子は明日も休みかい?」

「そうだね、次に会うのは明後日かな?」

「明後日は僕が休みなんだ。また火曜日だね」

「うん、じゃーねー、ありがとね!」

 

 英子を駐車場で下ろし、来た道を戻る。……なんだか急に静かになってしまったようだ。なんとなくラジオでもつけようかとも思ったけれど、どうせ寮まではすぐだからこのままでもいいかな。

 中央町のアーケード街を抜け、プリンスホテルの前で右折。港大通を横断し、巨大な船のような形をした陸上競技場にぶつかるともう目の前がフェリーターミナルだ。

 寮の駐車場に車を戻し、二階の玄関をくぐるとロビーで白露と大淀がテレビを見ながらしゃべっていた。ロビー脇の談話室からも話し声が漏れ聞こえていて、朝の静けさが嘘のようだ。白露たちと今日あった出来事なんかを話していたら、相変わらず眠そうなイムヤもやってきて、ずいぶんと話し込んでしまった。いつの間にか日も暮れかけている。切り上げて部屋に戻り、洗濯物を取り込んだ。

 普段だったらそろそろ夕飯の準備をする頃だけど、お昼を食べたのがかなり遅かったので、全然おなかが空いていない。逆に遅い時間に何か食べたくなってしまうパターンかもしれない。

 思いあぐねて、さっきスーパーで買ってきた林檎を早速食べることにした。夕立も食べるかなと思って丸々一個の皮を共用キッチンの包丁で剥き、タッパーに入れる。帰りしなにロビーを通りがかると、喋っているのがいつのまにか蒼龍と満潮、広報班長の石塚さんに変わっていた。珍しい組み合わせだなあ。

 そうだ、今日の写真、英子に送らないと。送ってもらった二人で撮った写真も保存しておこう。部屋に戻って林檎を食べつつ私物のノートパソコンに撮った写真を取り込んでいると、夕立がニコニコしながら帰ってきた。

「ただいまっぽ~い!」

「おかえり、夕立。なんか嬉しそうだね、どうしたの?」

「ふっふ~ん、明日松輪と遊びに行くことになったっぽい!」

 夕立が胸を張って言う。

「へえ、松輪と!? 意外な組み合わせだね」

「さっき食堂で松輪と会ったの。初めてだから楽しみ~」

 松輪はつい先月赴任してきたばかりだ。やや臆病なところもあるけれど、真面目だし戦闘についても光るものがある。ただ、僕は部隊が違うこともあってあまり話したことは多くない。……夕立のすぐに誰とでも仲良くなれる性格が、ちょっと羨ましいな。

「じゃあ、明日は寝坊しないようにしないとね」

「ぽい! 時雨は今日なにしてたの?」

「実は、ばったり英子に会ってね、測量山とか地球岬とか、観光名所的なところをまわってきたんだ。……あ、食べる?」

 夕立に林檎をあげつつ、パソコンに取り込んだ写真を見せた。

「食べる~。あっ、二人で写真撮ってるっぽい!いいなあ」

「明日松輪とたくさん撮っておいでよ」

「うん!」

 それから今日の出撃の話を聞いたり、測量山の上から夕立たちを見たことなんかを話して過ごした。今日遭遇したのはやや手強い相手だったようで、蒼龍が中破してしまったらしい。少し落ち着いてきたと思っていたのだけど、また最近は深海棲艦の動きが活発になってきているようだ。明日詳しく話を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 

 二人で共用の浴室に行くと、その帰りに夕立が望月に話しかけられていた。今日も三人で遊ぶのだろうか。僕は談話室にいた鈴谷と夕張に声をかけられ、しばらく話をしてから部屋に戻った。夕立は出かけていたようなので、やはり望月たちと遊んでいるのだろう。共用部では見かけなかったから、部屋に行ってるのかな。翌日の準備をして消灯までのわずかな時間は本を読んで過ごした。

 消灯時間の直前に夕立が帰ってきた。消灯と言っても居室の電気が落とされるわけではないので、その後も夕立とSNSで見かけた動画の話とか、テレビでやってたニュースの話とか、たわいもない話題でおしゃべりを続けた。そういえばイムヤは昨日徹夜でゲームしていたらしい。どうも僕が今朝食堂で見かけたあとに寝たみたいで、そりゃ眠そうにしていたわけだ。

 

 ……なんだか今日は、ずいぶん人と喋った気がする。もちろん出勤すれば業務のことも、それ以外のことも、いろんな人とたくさん話をしている。一方で休みの日だと、意識していたわけではないけれど、あまり人と会わずに過ごしてしまうことが多かった。明後日の休みも今のところは特に予定はないので、夕立のように誰かを誘って遊びに行く、というのも悪くないかもしれない。そんなことを考えながら布団に入った。

「時雨、おやすみっぽい」

「うん、おやすみ、夕立」




※ 史実上は、当初は「見当山」と名付けられ、後に測量山に改名された、というのが正しい。改名されたのがいつなのか、ということについて史料が見当たらなかったため、塔が立つ前から測量山だったかどうかは定かではない。
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