大湊警備府室蘭分遣隊のべつまくなし忙しなし! 作:旧姓かわかみ
番外編1「レモンサワード・カプリチオ」
「提督! 一体どういうことなの!?」
「俺に聞くなよ!」
この狭い提督執務室に大きな声が響き渡る。提督宛の郵便を届けに来ていた私は、一緒に雑談をしていた叢雲ちゃんと同時に、その声の発生源の方へ視線を向けた。
「ひ、飛龍、私はいいから……」
「だってどう考えたっておかしいでしょ!? なんで市内のローソンしらみつぶしに回ったのに1本も置いてないのよ!」
見れば、怒り心頭の様子の飛龍が提督に詰め寄っているのを蒼龍が宥めている。確かに飛龍はちょっと血の気の多いところはあるけれど、こんなに怒っているのを見るのは初めてだ。一体何があったというのか。
「ど、どうしたの……?」
「英子ちゃん、聞いてよ! 蒼龍のレモンサワー、室蘭中探してもどこにも置いてないのよ!」
「???」
「あぁ、あれのことね」
蒼龍のレモンサワー? それだけ聞くとなんかいかがわしいものを一瞬だけ想像してしまった。ほんとに一瞬だけね。叢雲ちゃんは何のことか分かっているらしい。
「蒼龍がね、ローソンとのコラボでレモンサワーのイメージキャラクターに抜擢されたのよ」
「え! そうなの、すごいじゃん!」
「た、たまたまだよ……」
「なのに、なんで蒼龍のいるこの室蘭にはどこ探しても置いてないのよ! 大湊にすらあるっていうのに! 加賀さんなんか真っ先に買って私に自撮り写真なんて送ってきたのよ!?」
ははぁ、なるほどそうりゅうことね。件の蒼龍はややばつが悪そうにしている。
「は!? あの加賀がか!?」
「え、ちょっとその写真見せなさいよ!」
提督と叢雲ちゃんが身を乗り出すと、飛龍がスマホを取り出して二人に画面を見せた。
「うわ、マジだよ、加賀もこんなことするのか……」
「ぷっ、くくく、何よこれ。『やりました』じゃないわよ」
提督は唖然としていて、叢雲ちゃんが笑いをこらえている。その人のことは知らないが、そういうことを普段あまりしないタイプの人なんだろうか。
「その加賀さんってどういう人なの?」
「もうね、外面は頑固一徹沈着冷静海に出れば敵という敵をそれはそれは飛ぶ鳥のごとく撃ち落とす日本いや地球最強の空母の一人であり鎮守府中の黄色い目線を一手に集めるそれはそれはイケメンかと見せかけておいて中身は可愛いもの好きなうえにものっそいお茶目だっていうそのギャップがそれはそれはもうありえんヤバい人なのよ!」
……早口過ぎて何一つ分からなかったが、とにかくヤバい人だということは分かった。
「飛龍、その加賀さんって人のこと好きすぎじゃない……?」
「英子に分かりやすく説明すると、うちの時雨を色んな意味で強化したような人よ」
「あー、なんだかすごく分かった気がする」
分からない、というのが顔に出ていたのか、叢雲ちゃんが説明してくれた。確かに時雨ちゃんもクールに見せかけていて実は……ってところあるもんな。でも叢雲ちゃんも似たところあると思うよ。
「でさあ、加賀さんの茶目っ気が発動するとこんな写真を送ってくるわけ! 私も早くこれ飲みたいよー!」
飛龍はそう言いながら画面を見せてくれた。やたらと顔の整った美人が缶を持って写っている。確かに無表情でこの写真だけ見ると嬉しそうには見えない……けれど、飛龍の話ぶりから察するにそれがこの人の茶目っ気というやつなのだろう。
「ローソンのコラボなんだっけ? 確かに室蘭にローソン、あんまり多くないような」
「あら、そんなこともないと思うわよ。基地の近くにも2店舗あるし」
「ま、コラボしたのがファミリーマートじゃなくてよかったな。この辺ファミマ全然ないもんな」
「店があっても置いてなきゃ意味ないんだってば! ねーえ、二人の知り合いでローソンで働いてる人とかいないの?」
「いないな」「いないわね」
室蘭出身の提督と叢雲ちゃんが一瞬でばっさりと切り捨てた。うちの親戚にもこの辺に住んでる人はいるけれど、ローソン勤務の知り合いはいないなあ。
「飛龍、もういいってばぁ……」
「むぅ……こうなったら登別の方にも行ってみるしかないか……」
「もしかして飛龍、ほんとに市内のローソン全部まわったの?」
「え、回ったよ? 白鳥大橋の向こうの方、久しぶりに行ったよ」
何を当然、という顔をして飛龍は言う。聞いた私が愚かだったようだ。その行動力は一体どこから出てくるのだろう。
「そういうのって、ローソンのホームページに載ってたりするんでないかしら? どの店で取り扱ってるかって」
「あっ、確かに! なんで気付かなかったんだろう。叢雲あったまいー!」
飛龍はそういうと早速スマホを操作し始めた。困り顔の蒼龍に対して提督が声をかける。
「そういうのって、蒼龍本人のところには送られてきたりしないのか?」
「先に缶だけは送られてきたの。キャンペーンが始まって落ち着いたら1ケース送りますって」
「それだけで冷蔵庫が溢れそうだな」
「でも加賀さんはもう飲んでるんだよ! 送ってくるのなんか待ってられないよね!」
視線をスマホの画面に向けたまま飛龍が言う。蒼龍からもらうことは既に前提になっているようだ。
「えっ、やっぱり市内に取り扱い店舗なくない? どうなってるのよこのコンビニは!」
「市外で一番近いのはどこなの?」
そう聞いた私に飛龍が画面を見せてくれると、叢雲ちゃんものぞき込んできた。
「えっと……ここか、ここだね」
「伊達か……白老? だったら伊達の方がまだ近いね」
「っていうか、登別にすらないのね」
「もー、なんで!? 仕方ない、伊達まで買いに行くか……」
「この話まとめたの、広報の石塚さんだろ? あの人にお願いして取り寄せてもらったりできないのか?」
観念したような声を上げる飛龍に、提督がやや呆れながら言う。
「えっ……?そんなことお願いできるの?でも私、石塚さんとほとんどしゃべったことないのよ。蒼龍紹介してよ~」
「い、いいけどぉ。そこまでする?」
「どうでもいいけどあんた達、そろそろ仕事に戻りなさいよ」
時計に目をやった叢雲ちゃんが思い出したように言う。そういえばすっかり長居してしまった。とはいえ午前中にやらないといけない仕事はもう終えてしまったし、お腹もすいてきた頃合いだ。
「っていうかもうお昼じゃん。ごはんだよごはん。お昼はいりまーす」
「英子ちゃん、食堂で食べる?」
「うん。二人も?」
「そそ。行こ行こ! んじゃ提督、失礼しましたー。叢雲もまたあとでね」
「はいはい、お疲れさま」
蒼龍、飛龍の二人と提督執務室を出て食堂に向かった。結局、飛龍は石塚さんに基地の売店に入れてもらうようお願いすることにして、それとは別でその日の夜に伊達まで買いに行くことにしたらしい。すごい熱意だ。晴れて売店に入った暁には私も買って飲んでみよう。
そんなやり取りから1週間くらい経った後、基地の売店をのぞいたら件のレモンサワーが早速入荷していた。石塚さん、ほんっと仕事早い人だな……というか一体どういうルートに載せたんだろうか。大淀さんの力も働いていそうな気がする。
蒼龍の他にも二人の艦娘のパッケージも置いてあった。ええっと、ヨナちゃんと、速吸さんって言ってたっけ。せっかくなので蒼龍の缶を一本買って帰ることにした。早速家で開けてみればレモンの味がとてもよく効いていて、でも酸っぱすぎない爽やかな風味だ。
飛龍に送ろうと思って、この前見せてもらった加賀さんを真似て同じポーズで写真を撮ってみたけど、ちょっと口元が緩んでしまった。あの写真では鉄壁のように固い表情を作っていたはずだ。加賀さんという人、きっと只者ではないのだろうな。そんなことを思いながら蒼龍のレモンサワーをぐいっと飲み干した。