大湊警備府室蘭分遣隊のべつまくなし忙しなし! 作:旧姓かわかみ
「大淀さん、郵便でーす」
「あぁ、松山さん。お疲れ様です」
デスクにいた大淀さんが執務の手を止めてこちらに向き直ってくれた。
大淀さんは基地で補給物資調達チームの班長(バリさん風に言えば「ボス」となる)で、誰に対しても物腰柔らかな優しい方だ。それでも階級でいえばなんと提督よりも高位にあたるお偉いさんでもある。そんな人がどうしてこんな小さな分遣隊で裏方のボスの座に甘んじているのか、ということを考え始めると、なんだか闇が深そうなのであまり考えないようにしている。
そんな大淀さんも明石さんとは付き合いが長いらしくて、彼女にだけは砕けてしゃべっているようだった。
「お疲れ様です。チーム宛のDMっぽいのもありますけど、どうしましょうか?」
「そうですね、それは……いらないので廃棄しちゃってください」
「了解です!」
年齢的には私の一つ上、ほとんど同年代なのに私なんかよりもよっぽど落ち着いていて、判断も素早く的確だ。そんなんだから提督や周りの人からの信頼も篤い。
基地では私と同じ数少ない眼鏡っ子(子っていう年でもないでしょ……)でもある。憧れちゃうなあって言ったら、タシュケントから「英子はちょっと、タイプが違うでしょタイプが」なんて言われたこともある。確かに大淀さんがインテリ眼鏡なら私はハズキルーペくらいの差はあるけどさあ。
明石さんに言わせてみれば、「私生活は結構だらしないんだよ~」とのことだが、そのギャップもまたいいじゃないか。私にはそういうのないんだぞ。
「今の郵便担当は……満潮さんでしたっけ。大丈夫そうですか?」
「え、特に問題ないですよ。よくやってくれています」
「そうですか、あの子、出撃や訓練に対してはすごく熱心なんですが、事務仕事の時間も訓練をしたがるところがあって……」
「ん、確かに最初の頃はそうでしたね」
ちょっと気難しい子だな、という第一印象は彼女が着任した頃から持っていた。実際に顔を合わせてみれば、まあなんだかんだで仕事はしてくれるんだけど、どこか上の空というか、他のことを考えているようで、あまり身が入っていないような状態だったのは確かだ。
「最初の頃って……今は違うんですか?」
「そうですね、いや実は私もどうしようかなと3日くらい悩んだんですけど。まあでも、こういう時って話聞くことくらいしかできないじゃないですか。だから、時雨ちゃんに頼んで3人で飲みに行ったんです」
「時雨さんに、ですか?」
「はい、彼女、時雨ちゃんのことを慕っているようでしたので、取り持ってもらって」
本人も決して事務仕事をやりたくないわけじゃなさそうだというのは、なんとなく感じていた。心がどこかちぐはぐになってしまっていたのだろう。さすがに1対1で、というのは彼女にとって息苦しいだろうと思ったので、時雨ちゃんに仲介役を演じてもらったわけだ。
「で、話を聞いてみたら、やっぱり悩んでたみたいで。時雨ちゃんが言ってたんですけど、室蘭の駆逐艦の子たちってみんなすごく強いんですね?」
「そうですね、ここは小規模基地で補給がカツカツになりがちなので、少数精鋭で部隊が組めるように駆逐艦は練度が高い子を配属させてもらっています」
「やっぱりですね、それで焦ってるみたいなんです。自分はそこまで練度が高くないのに、部隊のお荷物みたいになりやしないかって」
私は実際に戦うわけではないので、アドバイスなんてしようものなら厚顔極まりない。だからとにかく、彼女の話をあれこれ引き出して、ちょっとでも心を開いてもらえればそれで十分だと思った。
「色々喋ってくれましたよ。早く強くなりたい、そして、みんなの役に立ちたいって。助けられるばかりじゃなくて、自分が誰かの助けになれるようになりたい。だから、それができない今がすっごくもどかしいと。時雨ちゃんも訓練には協力するよって言ってたし、何より燻ってたものを吐き出せて、少しすっきりしてくれたのかな」
「そうですか。最近、満潮さんの表情が少し柔らかくなったのは、そのおかげかもしれませんね」
「いやあ、みちこちゃん、やっぱり気が張ってただけで、いい子ですよ」
「ふふっ」
大淀さんが小さく笑ったあと、こう続けた。
「松山さんは、艦娘と仲良くなるのが上手ですね」
「そ、そうですかね?」
「はい。他の基地では、艦娘に近づきたがらない事務官もいるんですよ」
「えぇ~? 海防隊なんだから艦娘いるの最初から知ってるでしょって感じじゃないですか。何しに来てるんですかその人」
「いざ一緒に働いてみると、違和感を覚えてしまうのでしょうか。こう言っては何ですが、年端もいかない女の子を戦いに出しているわけですから」
うーん、考えたことがなかったわけではない。
どうして艦娘をやっているのか、それは人それぞれだろう。それでも、私の出会ってきた艦娘はみんな、自分の人生を精一杯生きているわけで、私たちと何も変わらないのだけれど。どうしても、艦娘というだけで好奇や奇異の目線を向けられがちなのかもしれない。
「ここと大湊しか経験がないので、これが普通だと思ってました」
「大湊も、変わったのは割と最近のことなんです。それこそ松山さんが着任する前は、艦娘と事務官、技官の間には壁があったんです。関係が悪かったわけではないんですけどね」
知らなかった。大湊にいたのはたった2か月の研修扱いだった時期だけとはいえ、事務官と艦娘や隊員の関係はきわめてフラットだと感じていたので、そういうものだと思っていた。
と、その瞬間に座学研修で大湊の提督がしていた話を思い出した。
「それってもしかして、真紀さんの力なんですか……?」
「だけじゃないと思いますけど、その推進力はすごく大きかったんです。満潮さんが大湊に着任したのは坂上提督が移った直後ですから、まだ空気は変わっていなかった頃ですね」
大湊の提督、坂上真紀さんが着任した私たち事務官に真っ先に教えたこと。それは、「現場の隊員にたくさん接してほしい」ということだった。大湊は大きな基地だし、室蘭ほど実際の仕事で事務官と隊員が関わることは少ない。それでも現場、そして前線に立つ隊員をよく知り、その上で支えてほしい、と。
現場が一番重要で大切だということは、前職のサラリーマン時代によく叩き込まれていたことでもあるので、私にとってはすごく腑に落ちる話だった。だとすれば、大淀さんの言うようなことができているのは前職のおかげでもあるかもしれない。
「そうだったんですか……」
「だから満潮さんも、松山さんと打ち解けられたことで認識が変わったのかもしれませんね」
「いや、でも私最初は人見知りしちゃうっていうか、今回も時雨ちゃんがいなかったらこうはできなかったので、だから時雨ちゃんのおかげでもあるんですよ」
「でもそれでもすごいです。もしかしたら提督になれるんじゃないですか」
大淀さんが唐突に、ドキッとするようなことを言い始めた。
「えっ……いや私事務官ですから、隊員じゃないですから、なれませんって」
「海防官じゃなくても提督になれるんですよ、提督って言うのは一種の特殊技能ですから」
「そ、それって、どういう……」
口に人差し指を当てて、にっこりとした表情で、ゆっくりと大淀さんが言う。
「ふふ、内緒です」
っか~~~! 焦らし上手だなあ、この、この、ミステリアス美人め!!
心のなかで精一杯の"罵倒"をぶつけた。やっぱりこの人には、敵う気がしないなあ。