大湊警備府室蘭分遣隊のべつまくなし忙しなし! 作:旧姓かわかみ
「失礼します。叢雲ちゃん、お疲れさま」
「もう、私しかいないんだから、別にいいのに」
「いや、なんかつい癖でね。はい、郵便」
「ありがと」
提督執務室にやってきた私は、一人応接用のソファに座って書類に向かっていた叢雲ちゃんに郵便を渡した。
今日は、というか先週から、この室蘭基地は隊員がかなり少なくなっていて、いつもに比べるとがらんとしている。というのも、現在海防隊では大規模作戦が展開されていて、全国の基地から隊員が中央に集められてしまっているのだ。
艦娘でこの室蘭基地に残っているのは叢雲ちゃんの他に、みちこちゃん、青葉さん、バリさんとイムヤくらいで、提督でさえも大湊の坂上提督が中央に行っているからと、その代理を務めるために大湊に行ってしまったらしい。叢雲ちゃんがいれば室蘭は問題ないということらしく、提督からの信頼が篤いのだなと改めて思う。
「どう? 忙しい?」
「全っ然。いつもの忙しいのはなんだったのってくらいよ。英子は大変そうね」
「ま、まあね……」
私はというと、この隊員が一気に不在になっている隙をついて施設の、特にみんなが普段使っている家具備品の一斉点検や清掃をやっているところだ。基地は三六五日稼働しているので、カレンダー上は休日であっても、平日と変わらず多くの隊員が出勤している。なかなかこんなに人のいない基地も珍しく、だからこそ今のうちにしかできないことを一気にやってしまわねばならない。
「大丈夫? 何か手伝うことあるかしら」
「いや、平気だよ。ありがとう」
う~、叢雲ちゃん、やっぱり優しいなあ。
大変とはいっても、これは自分で言い出したことだ。大規模作戦ということは、きっとみんなはいつもの哨戒以上に命の危険にさらされたりもするのだろう。私にできることといえば、みんなががんばっている間にこの基地を綺麗にしておくことくらいしかない。だったら、この仕事は私がやらなくちゃ。
「そうそう、工廠の方の椅子が結構ガタが来てるのが多いんだよね」
「工廠の? あの人たち、使い方が荒いんでないのかしら」
「いや、どうも艤装系の設備と一緒に椅子とかデスクとかも大湊から持ってきてるっぽくて」
「えぇ、そうだったの!?」
「うん、だから新しいの入れてあげた方がいいかもね。とりあえず倉庫に余ってるやつがまだあったから出しておいたんだけど、それもやっぱり古いやつだからさ」
とまあこんな具合で、古くなったり壊れそうな備品をチェックして交換する、という地味で地道な作業を繰り返している。他にも床のワックスがけとか、カーペット洗浄といった大規模な作業もあるけれど、そこはプロの清掃業者さんにお任せだ。
そんな話をしていると、執務室のドアが開いた。
「叢雲、いるー? あれ、英子もいるじゃん」
「イムヤ、おつかれー」
「どうかしたの?」
居残り組で数少ない艦娘の一人、イムヤこと伊168が入ってきた。
そうそう、居残りだからといって練度や経験が劣るということではなく、作戦計画に合った特性というものがあるらしく、それによって作戦に参加するメンバーが決められているらしい。それに、作戦期間中の地方基地では一回の出撃人数も減ってしまうので、むしろ少人数でも立ち回れるだけの実力がなければ残れない、ということでもある。
「これ、司令官から頼まれてた来週以降の対潜訓練計画よ」
「え、もうできたの?」
「ま、これくらい楽勝よ。叢雲も目を通しておいてね」
そんな居残り組の仕事としては哨戒の他に、遂行中の作戦を通じて得た情報の分析と、その結果をもとにした強化・訓練計画の作成、ということもあるそうだ。前線に立ちつつ後方部隊の役目も負うということで、やはり居残り組にこそある程度の経験が求められるのではないかと想像する。
……っていうか、やっぱり叢雲ちゃんも結構大変なんじゃないの?
「わかったわ。ええと、イムヤは午後は満潮と対潜訓練だったかしら?」
「そうそう。さすが提督代理ね」
「もう、やめてよ」
イムヤが小突くように言う。それに対する叢雲ちゃんは気にもかけないような反応だが、ちょっと声が上ずったのを私は聞き逃さなかった。内心「悪くはないわ」とか思ってるんじゃないのかな。
「あーあ、お腹すいちゃった。もうお昼入っちゃおうかな」
「イムヤ、今日お昼どうすんの?」
「え? 食堂行こうかなって思ってるけど」
「あら、今日食堂はやってないわよ」
「え、うそ!?」
「ほんとほんと。今日食堂の一斉清掃やってるから。あれ、もしかして通知行ってない?」
さっき軽く触れた話だが、清掃業者さんに床のワックスがけをエリアごとに順次お願いしている。乾かす時間があるので当該エリアはその日は立ち入り禁止としており、今日はちょうど食堂の日なので営業を休止にしてもらったのだ。
「ちゃんと来てたわよ、イントラにも載っていたし。イムヤ、ちゃんと通知見なさいな」
「あちゃー、うっかりしてた。どうしよっかなあ、適当に酒保で売ってるので済ませちゃおうか……」
食堂がやっていないとなると、基地の中で済ませるには酒保くらいしか選択肢はない。とはいっても、酒保には本当に簡単な軽食くらいしか置いてないし、この大規模作戦の間は人が少ないので仕入れも縮小していたはずだ。
それだったら──
「もうお昼入っちゃうなら、一緒に外行かない?」
「そうね、たまにはそうしようかな。叢雲はどうすんの?」
「私も外行こうかしらね。このところずっと中だったし」
当然ながら私は今日食堂がやっていないことは把握していたので、お昼前にこの提督執務室に来れば叢雲ちゃんと一緒に外に食べに行くだろうなとは思っていた。そこでイムヤも一緒にっていうのはなかなか珍しい。人が少ないと普段はあまり見られない組み合わせが発生したりするので、それはそれで楽しいものだ。
「で、どこに行くの? 私あんまり詳しくなくて」
「やっぱ近いとこで入江のなかよしじゃない?」
「またなの? 今日は天勝とかにしましょうよ」
「お、それもいいね!」
「天勝って?」
「天ぷら屋さんでね、天丼に乗ってる天ぷらのボリュームがもうすごいのなんのって。でもちょっと歩いていくの遠くない?」
「基地の車出すわよ。たまにはこれくらいいいでしょ」
「あっ、提督代理権限ってやつね!」
「だからやめなさいってば!」
「ねえねえみちこちゃんにも声かけようよ」
「満潮? 確かにあの子もお昼どうすんだろ。じゃあ電話しておくね」
「私この書類チェック終わってから行くから。一五分後に正門前でいいわね?」
「「はーい」」