彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十三話 わたしはひとり、岐路に立つ。

「人生なんて全部、演劇みたいなものだ」と思うようになったのは多分。

「ある日突然お金持ちの家の養子になる」なんて劇的な経験をしてしまったせいだ。

 

 それ以来、わたしは物語を真似るようにして生きてきた。その最たる例が口調だ。わたしが翻訳小説に出てくる古めかしい女の子みたいな話し方をしてしまうのはそのせいだ。

 愚鈍なわたしには無理がある「お嬢様」なんて役柄も「魔女」なんて似合わない悪役のやり方も、わたしは物語を真似ることでなんとか演じ続けていた。

 

「魔女は窓から入る」という制約(ルール)も、由来は物語だ。

 わたしの記憶の中の強固なイメージ。幼い頃に読んだ絵本の一幕──屋根裏部屋に窓からやってきて、素敵な魔法をかけるおとぎ話の魔女。それに倣ったのだ。

〝制約〟とは何か。たとえば吸血鬼は「招かれなければ家に入れない」という制約を持つ。それは吸血鬼があまりに強すぎる怪物(そんざい)であるが故に課せられた制約だ。

 逆に、魔法においては、制約を課せばその存在を強化できる。

 

 わたしは「魔女は窓から入るもの」だと定義し、魔女(わたし)という存在を強化した。

「敵である魔女(わたし)は彼の部屋に窓からしか入れない」という制約を自分に課した。

 その制約は、その行いは、ジンクスであり願掛けでありおまじないだ。

 

 

 ……本当は悪役なんかじゃなくて、おとぎ話のように窓から現れる魔女になりたかった。

 願いを叶える魔女になりたかった。

 そしてあなたの願いを叶えて、あなたをしあわせにしたかった。

 

 ──わたしは。

 

 あなたのハッピーエンドに、なりたかった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

『明日、時間はおありですか』

 

 水曜日の放課後。寧々坂芽々に呼び出されたのは例の喫茶店だった。飛鳥は別のバイトで笹木君は部活、話を二人に聞かれる心配はない。

 店の中へ入ると、一度見たら忘れない、明るい髪色のシニヨンに、分厚い眼鏡の女の子をすぐに見つけた。窓際のテーブル席で曇りガラスの光を浴びながらスマホをいじっている。

 

「寧々坂さん」

 

 近寄って呼びかけると、顔を上げて「お待ちしていました」と返事が返ってきた。

 

「ところで、名前で呼んでいただけませんか?」

「苗字で呼ばれるのが苦手なの?」

「長ったらしい呼び名が苦手、ですね。親しき仲なら短くて簡潔なあだ名がいいと思いません?」

 

 テーブルに肘をつき、組んだ手の上に小さな顎を乗せて、寧々坂芽々は言う。だけど。

 

「わたしたちは親しい仲かしら?」

「では、今はまだ『咲耶さん』で。いずれ呼ばせてくれると嬉しいです」

「……わかったわ。芽々」

 

 にこにこと食えない笑顔を人懐っこく浮かべる芽々は「とりあえず、注文しちゃいましょうか」と、言う。

 愛嬌のいい子は好きだ。でも……それを素直に受け取れる気分じゃなかった。

 

 注文が届くのは早かった。わたしは浅煎りを、砂糖もミルクも無しで。芽々は小豆入りのコーヒーなるものを頼んでいた。

 芽々は澄ました顔でカップを口に運んで、微妙な顔でぼやいた。

 

「甘ぁ……こんなの、ほとんどおしるこじゃねーですか」

「なんで頼んだのよ」

「好奇心です。ま、でも意外と悪くないですね。飛鳥さんの言ってた通り」

 

 ……そう、話は飛鳥のことだ。わたしもコーヒーを啜る。

 店内を流れる静かな音楽。カチャリとカップを置く音。さらりとした苦味で頭を切り替える。

 

「それで、話って? ……いえ、その前に聞くべきことがあるわね」

 

 底の小豆をスプーンで掬って食べている芽々に問いを投げる。

 

「あなたって、何者? 一昨日の路地での件、流石にあの反応はおかしいわ。元々わたしに近付いた理由だって不可解だし、飛鳥にも聞いたけど、彼への絡み方も不自然よ」

 

 友人になれたら、という願いはある。けれどわたしは彼と違って楽観なんてしない。

 

「……わたしは、あなたを少しも信頼していないわ」

 

 口が堅い笹木君は保留としても。目の前の、寧々坂芽々という女の子からは怪しい匂いがしてならなかった。けれど芽々は、少し困ったように眉を下げてスプーンを回して言う。

 

「あ〜、その辺の理由は、気にしないでください」

「どういうこと?」

「えっとですね。要は芽々『オカ研』の人間なんです」

 

 オカルト研究部の略称。

 

「だから、近付いたのは概ね好奇心ですね。元々気になってたんですよ謎の失踪事件」

 

 その辺はあまり興味を抱かれないように、ある程度の魔法は使ってあったのだけど。『まあいいか』となりやすい、くらいの暗示なので好奇心が強い子には効かなかったのかもしれない。

 

「路地のアレをあっさりと受け入れたのはオカ研の性質だとでも思ってください。ファンタジーを鼻から吸うのが生きがいなので、幻覚めいた現実にも、冷静に対処できるのです」

「それだけ?」

「大体それだけですよ?」

「……にしてはあなた、胡散くさくない?」

「その辺はま〜、アレです」

 

 にっこりと微笑む芽々。

 

「クセになってるんですよね、意味深な言動するの。楽しくないですかー?」

「……変な子」

 

 どうやらこの分だと変わった喋り方も自覚的にやっているんだろう。……喋り方についてはわたしもとやかく言えない方だけど。

 

「ですが……『何者か』という問いについては。此度の用件では、こう答えるべきなのでしょうね」

 

 一転。

 芽々は真面目なトーンで、わたしの目を見つめ返す。

 

「──中学が、同じだったんですよ」

 

 誰と、なんて言わなくてもわかる。

 話題の中心はひとりだけ。

 

「飛鳥さんの元後輩なんです、芽々。たまに勉強とか教えてもらっていました」

 

 さらりとそう言って、甘ったるいコーヒーを啜る芽々。

 わたしは口の中の苦さから逃げるように、掠れた声で返す。

 

「……アイツはそんなこと、言ってなかったわ」

「ええ」

 

 中身の減ったカップをことり、と置く。

 芽々はレンズの向こうの大きな瞳を、冷ややかに細めて言った。

 

 

「──覚えてなかったんですよ、先輩は。芽々のことを」

 

 

 

     ◇◆

 

 

 

 これまで。

 彼と彼女の日常は、僅かに軋みを上げながらもつつがなく回っていた。

 

 ──日常はゆるやかに過ぎ去った。

 

 どれほど定義の防壁を築いても。どれだけ論理で武装しようとも。

 きっと初めから『普通の友人』でい続けるには、無理があった。

 

 ──天秤は既に反対側へと傾いていた。

 

 

 

 その日の夜は丁度満月で。雲ひとつない晴れの夜空に煌々と輝く月が、夜道を冷たく照らしていた。

 陽南飛鳥は帰路についていた。自転車を走らせながら、脳裏に思い浮かべるのは僅かな違和感。昨日今日と、彼女の様子がおかしかったことだ。たとえば口数が少なかった。たとえば朝に眠たげな様子がなかった。たとえばいつもよりも表情が完璧だった。

 それは気のせいで片付けても構わないほどの些細な引っ掛かり。だが、それを無視するほどに飛鳥は思考を軽んじてはいなかった。

 

 行く自転車は分かれ道に差し掛かる。

 そしていっとうに暗く、ひと気のない道の真ん中に、彼女が立っているのを見つけた時。総毛立ったのは、この先に何が起こるのかを予感したせいだった。

 

「……こんなところで何してんだよ」

 

 問う。まるでいつかと同じように。

 自転車の照明に照らされた彼女が、顔を上げる。

 夜の闇の中、月明かりと照灯の光を受けて。

 

「決まってるでしょ」

 

 ぞっとするほど美しい笑みを、魔女は浮かべていた。

 紅の引かれた唇がいつもより赤かった。制服に似合わない、普段の彼女ならば絶対につけない濃い口紅は、鮮やかな血のようだった。

 

「わたし、ね。あなたを待っていたのよ。あなたに会いたくてあなたの顔が見たくて……」

 

 嫌な予感がずっと肌を焼いていた。聖剣(みぎうで)の接続部を起点にして脳髄へ流し込まれるような危機感が、警笛を鳴らし続ける。

 

「……なんてね。別に、ただ。あなたに聞きたいことがあるだけよ」

 

 彼女は仮面を剥がすように、先程まで浮かべていた〝魔女〟の笑みを落とす。

 残るのはこの数日ですっかりと見慣れた綺麗な無表情。文月咲耶の素顔。けれども唇だけが、ずっと赤いまま。

 

「そうか」

 

 自転車を降りて黒い地面に立ち、彼女に向かい合う。距離は遠く保ったまま。

 

「話は、なんだ」

 

 我ながらひどく冷淡な声が出たな、と。なんの感慨もなく、そう思った。

 

 

 

 

 彼女は知っている。

 彼は誤魔化しやふざけたことは言っても、本当の虚言や真っ赤な嘘は言わないことを。

 ──思えば兆候、手掛かりはあったのだ。

 

『昔のことはあまり、覚えていない』

『……そんなこともあったな』

『忘れた』

 

 昔の話を振ると妙に歯切れの悪い返事をすることが、多々とあった。

 

『記憶力はいいんだよ』

 

 話が、矛盾していた。

 

 寧々坂芽々の話を思い出す。

 

『たまに勉強とか教えてもらっていました』

 

 寧々坂芽々は成績上位者だ。一方、今の彼は下から数えた方が早い。けれどその矛盾に、咲耶は疑問を抱かなかった。彼女は知っている。昔の彼は器用な人だった。それは勉学についても例外ではなかった。好きな人のことを知りたがる陰湿な気質の咲耶が、昔の彼の成績を把握しているのは当たり前だ。

 当時の陽南飛鳥ならば確かに、年下の芽々に教えるくらいはできてもおかしくない。

 

 ──そう。本来、わたしなんかの助けを必要としないはずだったのよ。

 

 二年のブランクがあるのは同じだ。同じなら、どうして。勉強が苦手で仕方ない咲耶が取り戻せた遅れを彼は取り返せていなかったのか。

 答えは、想像が付く。

 

『あの人、芽々のことを覚えてないんですよ』

 

 もしも空白(ブランク)が二年以上だったとしたら。

 

「……あなた、本当は現世のこと。ほとんど忘れていたんでしょう」

 

 彼女は知っている。彼は滅多に嘘を吐かない。でも、隠し事はするのだということを。

 

「だったら、どうした?」

 

 飛鳥はなんでもないことのように答える。 

 

「わざわざ話すようなことでもないだろ」

「そうね、笑えないもの」

 

 咲耶は頷く。予想通りの返答だった。飛鳥は薄く笑って、軽く言う。

 

「それに、忘れていたって言っても。支障がないくらいに最近は思い出してもいるし……ほんと、気にするようなことじゃねえよ。だけど、まあ。気付かせたってことはおまえに心配かけたんだろうな。悪かったよ。でも、黙っていたことを悪かったとは思わない」

「ええ。それについて謝る必要はないわ。わたしたちは嘘も隠し事も咎めない。そういう関係、でしょう?」

「そうだな、俺もそう認識していたし。そう、定義したつもりだ」

 

『言わなければわからない』それが、重々に認識しなければならない教訓だとかつて言った。けれど、その言葉には二つの意味がある。

『言わなければ分かり合えない。だから、必要なことは共有しなければならない』という表の意味。

『言わなければわからない。だから知られたくないことは、お互いが言わない限りわからないままでいよう』という裏の意味。その両方の意味を、言外のままに、どちらもが把握していた。

 

 どちらもが、すべてを話せるような生き方をしてこなかったから。

 どちらもが、すべてを詳らかに明かすことを望まなかったから。

 かつては敵だった彼と彼女が「良き理解者」でいるためには。互いの瑕疵に手を触れないように、互いに踏み込みすぎない一線がどうしたって必要だった。

 

 ──だからわたしは、あなたの隠し事を咎められない。

 ──わたしもまた、あなたに嘘を吐き続けていたのだから。

 

「それに、おまえのことはちゃんと覚えている」

 

 そう、だから咲耶は気付けなかったのだ。自分のことを忘れていなかったから、彼の記憶の不確かを疑うことがなかった。

 

「だから、何も問題はない」

 

 淡白すぎる声色。彼はきっと、本気で言っているのだと思った。

 拳を握りしめる。

 

「問題ない、ですって……?」

 

 拳の中で、握り締めた口紅のケースがみしりと音を立てた。

 

「……ふざけるな」

 

 感情も表情も取り繕わず、咲耶は激昂する。

 

 

「問題、ないわけがないでしょう!」

 

 

 

     ◆◆

 

 

 

 水曜日の放課後。喫茶店の、壁に囲まれた奥の席で。寧々坂芽々はこう語る。

 

「後輩、とは言っても。芽々はそんなに親しくありませんでした。ですので、忘れられることもあるでしょう」

 

「でも芽々、人に忘れられること、滅多にないんですよ。見た目も言動も記憶に残る方だと自覚しています」

 

「忘れていたにしても。『まったく初対面のような反応をする』なんてのは、ありえない」

 

「二年前、あなた方に何があったかは知りません……というか、あだ名で呼べない関係なうちは聞きませんが。でもひとつだけ。咲耶さんの耳に入れておいた方がいいだろうと、芽々は判断しました」

 

「昔のセンパイはどんな人だったか、です。ええ、咲耶さんの言う通り。昔の陽南先輩は誰にでも優しくて、人当たりが良くて、友達が多い人でした。常識的で、普通で。間違っても、初対面だと思い込んでいる相手に対して『自我を論じる』なんておかしなことを、やったりはしなかった」

 

 ひとつのカップはとっくに空で、もうひとつの中身はとっくに冷えている。

 文月咲耶は、マネキンのように硬直して、ドールのような愛嬌を滲ませたまま寧々坂芽々は喋り続ける。

 

「芽々が飛鳥さんに近付いた理由は、実は他にもあるんです」

 

「好奇心だけが理由なら、芽々は普通に声をかけるだけでよかった。咲耶さんにやったように。それを、わざわざ『初対面では絶対にしない挨拶』をしてまで、飛鳥さんに絡んだのは、確かめるためでした」

 

 何を、確かめるというのか。

 

「昔の飛鳥さんと仲の良かった子が……変なこと言ってたんですよ」

 

 

「『アレは(・・・)陽南センパイ(・・・・・・)じゃない(・・・・)』って」

 

 

 

「──咲耶さんも、気付いているんじゃないですか?」

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

「答えろ飛鳥! あなたが失くしたのは、本当に記憶だけか⁉︎」

 

 わたしは問い詰める。春の終わりの空気はぬるく、山際の風は冷たく、夜の静寂は耳に痛い。飛鳥はその場に立ち止まったまま、彼我の距離は手を伸ばしても届かない。

 街灯の下で表情ははっきりと見えた。見るだけでこちらが顔を掻き毟りたくなるような、薄ら笑いを彼は浮かべたまま、答える。

 

「腕がないな」

「あと家もない」

「綺麗な経歴もなくなったし」

「通帳の残高もないな」

 

『それだけだ』というような軽々しい返答。呆気に取られそうになったのを堪える。

 

「……ふざけるなと言ったでしょう」

「俺はいつでも本気だよ」

「わからないわ」

 

 目眩と吐き気を錯覚した。表情が見えたってなんの意味もなかった。

 

「あなたの考えていることなんて、ちっともわからない」

 

 どれほど目を凝らしても、目の前に横たわる不理解の溝がどうしようもなく深い。

 彼は仕方なく、と言ったように笑みを消す。ひどく冷たい顔で、温度のない声で答える。

 

「ぎりぎり笑えるのはここまでだろ。それ以上を聞いてどうする、って言ってるんだよ」

 

『言いたくない』の意だ。それを受け入れることが休戦協定の中身で、守るべき境界線だと理解している。

 けれど、わたしはもう。踏み込むべき時を見誤らない。

 

「どうするかなんて、決まっているわ」

 

 

 

 ──あの続きに、芽々は言った。

 

『咲耶さん。「哲学的ゾンビ」って知ってます?』

 

 わたしは『聞いたことはある』と返した。思考実験だ。人間とまったく同じ見た目と中身で、けれど『意識』だけがない人間がいたら、という仮定の話だっただろうか。

 

『「人間のフリをしているだけの生き物」……これはクソクソ雑で本質とはまったくズレた、赤点レベルの要約ですが。今の話の文脈ではそんな感じです』

『……まあ、それがなんだって話ですけど。ふと思い出したので、言っただけです』

 

 そうだ、わたしは分かっている。気付いている。

 頭を異世界に置いてきてしまっただとか。現世で生きるのが難しいとか。もはやそういう問題ではないのだ。

 ──おかしいのは、アイツだ。

 アイツが、普通の人間のやり方を、忘れすぎているのだ。魔女のままでいるわたしにすらわかる『普通』を、致命的に分かっていない。

 ──それが、何よりもおかしい。

 

 だって。わたしにできて、アイツにできないことなんて。

 かつてのわたしが惹かれたあの人に。憧れ、羨んだ『陽南飛鳥』にそんなもの。

 

 ──あるわけがないのだから!

 

 

 

 夜道。月明かり。涼風。真っ黒な足元(アスファルト)

 わたしは彼を問い詰める。

 遠い昔のようなたったの一週間前。彼がわたしを屋上で、答え合わせをしたように。

 ──まずはひとつ目。

 

「その義手(みぎうで)、外せないって言ってたわよね」

「そうだな。完全に接続しているよ」

「……外せないなんて、まるで『呪われた装備』ね?」

「『呪い』とか、『聖剣』に使う言葉じゃねえな」

 

 ──そして二つ目。

 

「その目、聖剣を使うほどに青くなったって、言ってたわよね」

「ああ」

「おかしいわ。わたしの目が赤いのはただの魔眼だけど……」

「ただの魔眼って言い方がもうおかしいけどな」

 

 今、それは関係がない。

 

「でも。あなたの目は変な色をしているのに、たかだか視力がちょっといいだけじゃない」

「大事だろうが。ドンパチやったら眼鏡割れるだろ。もうバッキバキに」

「今更、あなたが何を言っても笑わないわよ、わたしは」

 

 誤魔化そうなんて、その手には乗らない。今、主導権を握って(はなしをして)いるのは、わたしだ。

 

「そもそも。剣を使うと目の色が変わるなんて、因果関係がおかしいわ」

「……おまえ、今更それを言うか」

「そうね。違和感は、異世界はなんでもありだと思って流していたわ」

 

 あまりにもあっさりと。

 

「……ねえ、知っているでしょう。『見る』という行為は、半分は目で、半分は脳でするものだって」

「……それがなんだ」

「ええ、これはただの連想よ。ただ、脳と眼球が繋がっていることを、なんとはなしに思い出しただけ」

 

 ──最後に、三つ目。

 

「異世界の言語について」

 

 返答は、沈黙。わたしは追及を続ける。

 

「いちから学んだわたしと、起きたら使えるようになっていたあなたの違い。言語の翻訳が魔術に拠るものだとしたら、魔女(わたし)が存在すら知らないのはおかしい。それが人類の技術だとしても──地球の他言語まで、分かってしまうのはあまりにもおかしいわ」

 

「ここは異世界じゃない。だから異世界(むこう)の魔術も技術も、十全に使えない。言語翻訳(チート)なんてモノが、現世で機能するはずがない」

「けれど。わたしの眼球が抉りとれないように、あなたの義手が外せないように。『機能が肉体に紐づいている』としたら、それは消えないのだと、知っている」

 

 彼はもう、相槌を打たなかった。

 

 ──あの日の帰路の会話を、よく思い出す。

 わたしの問いかけに、彼は『魔女の発想だな』と答えた。否定を(・・・)しなかった(・・・・・)

 こみ上げる怒りに、目の前が真っ赤に染まる。

 

 

「おまえ、本当に(・・・)脳味噌(・・・)弄られて(・・・・)いたん(・・・)だろう(・・・)‼︎」

 

 

 飛鳥は、否。陽南飛鳥だったはずの何かは、答える。

 

だから(・・・)どうした(・・・・)

 

 

 ──最悪な、肯定を。

 

 

 ばきり、と拳の中に握り締めていた口紅が割れた。破片が手のひらに食い込むのも構わずに、わたしは痛みを握り続けた。

 ようやく、気付いた。

 今更。

 今更。

 今更。

 手遅れに。

 

 

 あいつが、本当に、異世界(むこう)で失ったものは。

 

 

 ──自分自身だ。

 

 

 

 

     ◆◇

 

 

 

 

 異世界召喚、という概念(モノ)がある。

 

 二年前、彼と彼女が巻き込まれたものは概ね正道の物語のような筋道を辿っていた。

 

 ──その異世界は、滅びに瀕していて。

 ──悪の魔王が君臨し、世界の破滅を推し進めていて。

 ──脅かされた人類は、救われることを願っている。

 

 その果てに、双方が切り札として別世界の少年少女を喚び出した。

 そしてヒトは願ったのだ。

 

『どうか異世界(このセカイ)をお救いください、勇者様』と。

 

 けれども、その願いは不合理だ。何故ならば、別世界の人間には知らぬ異世界を救う「理由」がない。そして召喚できたのは、正真正銘に〝普通の人間〟でしかなかった。

 何かを救うにはそれなりの理由が必要だ。それは例えば、愛であったり、信仰であったり、名誉だったり、報酬であったり──守るべきものや得るべきものが、その世界にあってしかるべきで。命の危険も知らずのうのうと生きてきた少年ごときに、世界の命運を背負わせるのは不合理だ。

 それでも別世界の人間を呼び出すしかないのなら。それでも、彼を勇者に祭り上げるしかないのなら。どうすれば合理的なのか。

 

 答えは決まっている、と異世界(かれら)は言った。

 

 ──脳味噌を書き換えて。記憶を封じて中身を空にしてしまえばいい。

 そして器を『世界を救え』と使命で満たせば。「機能」は十全に発揮される。どんな人間を材料にしようとも、正しく〝勇者〟は出来上がる。

 合理的で効率的で──それだけの、結論。

 

 その真相に、彼女の推測はようやく辿り着いて。魔女は完璧に、理解した。

 

 

 

 

 ──今、目の前にいる(アレ)は。陽南飛鳥の〝成れの果て〟だ。

 と。

 

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