彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第二話 現実はそこまでファンタジーじゃない。

 

 いぇいいぇいと顔の横でふざけきったピースサインをふたつ作って、ふざけたことを言い出す芽々に、俺は「ハァ?」と聞き返す。

 

「おまえ、何言ってんの?」

「あらやだ塩対応。ひーくんったら激しいキャラ変ですね。後輩にゲロ甘な陽南先輩はどこ行ったんですか?」

「あいつは死んだよ」

「ご冗談」

 

 だが、芽々の目はふざけていないし、緑眼の中には星の瞬きがあるままだ。

 ふと隣を見ると、咲耶は片手で顔を覆っていた。

 

「ああ〜……そうきたか〜……」

「どゆこと?」

「つまり、『現世もファンタジー』ってことよ」

「んなわけあるか。常識考えろ、常識」

 

「んー、その反応はどっちも正解って感じですね」

 

 芽々は曖昧な返事をして、ボロのソファから跳ねるように立ち上がる。

 

「?」

「正確には、かつて地球にも魔法使いがいたそうです。今は、滅亡してるも同然ですが」

 

 かつて、か。魔女だのなんだのは世界史の教科書にも出てくる。

 そういうのが、本物だったということか。だとしても今はいないってどういうことだ?

 

「科学文明と魔法って、クソクソ相性悪いんですって」

「そういうもの、なのか?」

 

 まあ、なんとなく理解する。咲耶が度々口にする、『幻想と神秘の濃度が低い』だの『ファンタジー補正が少ない』だの。それと同じか。

 

「だから芽々も末裔とはいえ、魔女になる可能性が当に絶えた血です。いちお、魔術は現代でも残っていますが。カビの生えた伝統芸能みたいなものですね。ちょっとよく当たる占い程度のモノ。夢も希望もへったくれもありません」

「まあファンタジーが現世にもあるとして。存在するのはもう、ただの現実だからな」

「現実には夢がないと決まっているものね」

 

 そこまでは言い過ぎだと思うぞ咲耶。現実にも夢はある。隕石とか。

 

「つまりです。ひーくんを害する力は、芽々にはありませんっ。その点はご安心を」

 

 と言われても。常日頃から胡散臭いので信頼性がなかった。

 

「じゃあおまえはなんなんだよ」

「何をどこまで、いつから知っていたの」

 

 ……そう、芽々は確かに『異世界』と口にした。『魔女』というのは路地裏の時点でバレているからまだしも、だ。

 寧々坂芽々は、確実に知りすぎている。その理由を、聞かねばならない。

 

 眼鏡の奥の眼差しを、細めて。芽々は答える。

 

「──生まれつき、目がおかしかったんですよ。魔女だったご先祖サマの隔世遺伝ってやつですね」

 

 目。咲耶と同じような魔眼、ということだろうか。

 

「にしては、らしい威圧感がないな」

 

 ……それに瞳の輝きからは、ほんの僅かだが異世界の気配がする。

「あ、疑ってますね?」と芽々。

 

「確かに魔眼とか大層なものではなくて。『魔術的乱視』……生まれついて、見えないものが見えてしまうんです。といっても、ただ視界が歪んでるってだけなんですけどね。ちょっと幻覚見がちというか? ドラッグキメたみたいなサイケな視界が常時展開みたいな?」

「わかんねぇよ。なんでドラッグの視界知ってんだよ」

「ネットですけど」と芽々。よかった非合法じゃなかった。

 

「じゃあアレです、アリス症候群みたいな? 大きいものが小さく見えたり、人が変な色に見えたりするやつ」

「それもわかんねぇけど……風邪の日に見る夢みたいな感じか?」

「ですです。だから眼鏡が手放せないんですよね。純粋な視力はめっちゃいいんですけど!」

 

 言われて気付く。

 

「本当だ。おまえの眼鏡、分厚いのに度が入ってないな」

「魔術アイテムです。その包帯みたいなものですね」

「現世すげー」

 

 隣で咲耶がめちゃくちゃ頭を抱えていた。「なにが『すげー』よ『やべー』でしょこのばか……」とかぶつぶつ言っている。

 

 

「話を戻しますね。何をどこまで、何故知っているのか……原因はこの目です。二月の末、満月の夜、遅めの雪が降った午前二時頃。当然、覚えておいででしょう?」

 

 顔が強張る。その日、その時間は──俺たちが、異世界から現世に帰ってきたタイミングだ。

 

「まさか」

「ええ。その日、芽々は雪を食べようと、丁度外に出ていたのですが──」

 

「ねえ待って。雪食べることある?」

「え、食べないのか。流石お嬢様は違うな」

「普通の高校生は食べないわよ!!」

 

 俺は芽々と顔を見合わせる。

 

「食べるだろ」

「食べますよ」

「腹下せ!!」

 

「咲耶、話が進まないからちょっと黙ってろ」

「わたしのせいじゃないでしょ!?」

 

 続きを促す。芽々は頷いた。

 

「結論、言っちゃいますね。……その日、見た(・・)んですよ。帰ってきた瞬間のお二人を。バグった目のチャンネルが、その日たまたま異世界(そちら)と一致してしまったせいで」

 

「雪を食べるために夜空を見上げていた芽々は唖然としました。だって、空をブチ割って、人が落っこちていくんですもの。この世界がちょっとファンタジーだとしても、そんな光景ありえない(・・・・・)

 

「といっても、芽々のバグ眼球は見えるものが常にランダムですし、大体いつもただの幻覚ですし。本気(マジ)にはしてなかったんですけどね……? ──上を見ていたせいで、割れた(・・・)空の(・・)破片が(・・・)目の中(・・・)()入って(・・・)きた(・・)()です(・・)

 

 割れた空の破片。それは、

 

異世界(むこう)の転移術式の破片か」

 

 確かめるように咲耶を見ると、彼女も「だと思う」と同意。魔法については俺はからっきしだ。

 

「解説は任せた」

「さっき黙ってろって言ったのに」

「そんなことは忘れた」

 

 まあいいけど、と咲耶は言って。

 

「あの日散らばった異世界の残滓は、本来ならばそのまま消えてしまうはずだったわ。偽装の魔法をかけていたから現世(こちら)の人間には見えないはずで。『見えないものは存在しないもの』として、現世(せかい)には扱われるはずだった──だけど。観測してしまった途端、それは『実在』になってしまう」

 

「ええ。芽々が、観てしまったので。『実在』の質感を得た、異世界の魔法の残滓が、眼球にぶっ刺さったというわけですね」

 

 つまり、元々異常だった芽々の眼球は術式の破片を取り込んでしまったせいで、異世界にチューニングされてしまったらしい。

 

「めっちゃ痛かったぁマジ最悪です」

 

 ニコニコとご機嫌な笑顔のまま言う。

 

「それで。以来、芽々にはずーーっと、見えてるんですよ。異世界の(・・・・)アレソレが(・・・・・)。隠しているものすら……サァヤがその頭ん中に仕舞ってる角とか、ひーくんが包帯で隠してる腕の中身とか、常時うっすら透けて見えてます」

 

「……は?」

 

 今までずっと、何も誤魔化せてなかったってことか?

 こいつ、喫茶店でわかってて握手求めたのか。どういう神経してるんだ。

 というか。

 

「……ヤバくね?」

「それ……わたしたち以上に見えてるじゃない」

「はい、めっちゃヤバイですよ?」

 

 くわっと目を見開く。

 

「だから! 困ってたんですよ!! ちょっと齧ってるからこそわかるんですよ、ガチのファンタジーとかクソクソ厄い! なのに先輩は芽々のこと忘れてるし、先輩と同じ天文部だった子からきなくせー話は聞くし、魔女サマは脳味噌ゆるふわで危機感がゼロだし! もう、ぜんっぜん頼れない! 正直に『芽々、全部見えてます。たすけてー』とか言えるわけねーでしょ!」

 

 めちゃくちゃ怒られていた。

 

「だって異世界とかもう関係ないと思ってたし……」

「現世ボケしててごめんなさい……」

 

 まったくもう、と肩を(いか)らせる年下を前に、縮こまる年上二人。

 

「そんなわけで、測ろうとしたんです。貴方たちが、信用していい存在なのか。だから情報共有のつもりで、先輩がなーんかおかしいってこと、サァヤに言ったんですけど……その結果、ああなったことについては。芽々が、すみません」

 

 反省会の時に聞いている。咲耶が急に喧嘩を売ってきた、間接的な原因は芽々だったということは。が、『ああなった』と説明していないのに、芽々が結果を知っているということは。

 

「まさか、あの喧嘩も見てたのか?」

「はい、バッチリこの目で」

 

 きらりと輝く両目(異世界魔法の破片入り)。

 

「流石に話は聞こえてないですけど……」

 

 そして走馬灯のように蘇る、先日の諸々の醜態。羞恥の回路が、焼き切れる。

 

「よし死のう」

「落ち着きなさい」

 

 ぺし、と頭を叩かれた。加減されているので全然痛くない。

 

「まー、そんなこんなでっ。ヒミツにするのも限界ですし、芽々は芽々の現状をなんとかしたい。これはもう正体を明かすしかないなー、と腹を括ったわけです。以上、芽々の招待の理由でした! 正体だけにっ」

 

 こいつセンスちょっと寒いな。

 

 

 

「つまるところ、芽々は巻き込まれた被害者です」

 

 俺たちは言葉を詰まらせる。それについては、もう何も言えない。

 何を要求されるのか。戦々恐々とする俺たちに、寧々坂芽々は悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「なので……責任とって、いっそ巻き込んでくれません?」

 

 

 ──つまり、芽々の主張を要約すると。

『協力するので、ついでに話を聞かせて、自分の目を直してください』

 ということらしかった。

 

 

 

「…………それだけ?」

「それだけですよ。どうですか? 芽々は結構、都合が良い協力者になれると思うのですが」

 

 隣で考え込んでいた咲耶が、ふと俺の方を見る。

 

「耳、貸して」

「ん」

 

「(あの子の目を使えば、異世界(むこう)と再接触できるかも)」

 

「まじかよ」

「ただ、話の都合が良すぎるわ」

「そうだな。動機がわからない」

 

『巻き込んでくれません?』と芽々は言った。その要求は『目を直せ』という切実な問題解決よりも、こちらと関わることを優先としている。それがとても、変だと思う。

 

 自分で言うのもなんだが、俺が芽々の立場だったら俺たちには関わりたくない。絶対。

 やだよ。咲耶は吐血しながら魔法使うようなヤツだし、俺は俺で…………やめよう、あまり自分を客観視すると死にたくなる。

 とにかく、厄ネタだと知りながら何故俺たちに協力したがるのかが謎だ。

 

「動機ですか? それはもちろん」

 

 その理由を聞かれた芽々は、にっこりと口角を上げる。

 

 

「──愛、ですよっ?」

 

 

 笑った目が輝いていた。嘘偽りのない、心底からの言葉だと示すように。

 

「そう、すべてはオカルトへの愛ゆえに! 既にファンタジーとかろくに感じないこの現代、初めて出会ったホンモノのソレを前にして、どうして浮かれずいられましょうか! 問答無用で巻き込まれたのはちょっと腹立ちますけど、それでも、お釣りが来るほど運命的な出会いです!!」

 

 早口で興奮したようにまくしたて、こちらに詰め寄る芽々。

 

「お、おう」

「オタクだぁ……」

「オタクじゃなくてサブカルって呼んでください。音がかわいくないので」

「あ、うん。そういう年頃ね 」

「クソサブカルでも可です」

「わたしお淑やかだからクソとか言わない」

「言ってるよ。おまえ結構クソって言ってる。俺のことクソ野郎って言ってる」

「それは全部あんたがクソなせいだから」

「俺はクソでもいいんだけど咲耶がクソって言うのはなんかなー」

「解釈違いってやつですねっ」

「というかクソクソ連呼するのやめなさいよいい加減」

「言い過ぎるとクソ汚ねえですからね」

「もうほんと黙って。いえ黙んないで話が途中だから。早く吐いて」

「ゲロ!?」

「もうやだこの子きたない!」

 

 咲耶が根を上げた。

 

 俺以外の前では猫を被っているはずの咲耶が、芽々の前でも素なことにちょっと驚く。

 いや、秘密もバレてるし、俺もいるからかもしれないが。

 

 話を戻すように、芽々はパンっと手を鳴らす。

 

「とにかく、です。魔女の末裔だからこそ、芽々はひと一倍ファンタジーを愛しているのですよ。関わりたい理由なんて、それで十分でしょう?」

 

 合わせた手を頬に寄せて、芽々は夢見がちに続ける。

 

「特に異世界や魔法の国なんて、素敵の極み。アリスにナルニア、エンデにオズ……垂涎モノですよね。剣と魔法の別世界、心躍る旅と冒険……憧れない人間なんていませんよ!」

 

 何を言っているかわからないが、心ここに在らずな浮かれ顔を見ていると裏とかないように思えてくる。

 隣で咲耶が何故か、表情を取り繕うこともせずに渋い顔していた。

 

「オズの魔法使いってどんな話だっけか」

「竜巻で家が吹っ飛ぶ話です」

「うわ」

 

 竜巻は隕石より生々しい破壊力の分、嫌だな。家が吹っ飛ぶのは嫌だ。

 

「で、タイトルの魔法使いは詐欺師オチ」

「……わたし、その端折り方はどうかと思うの」

 

 本好きの咲耶としては、何か不満な要約だったらしい。

 

「そういえば。あなた、好きなものを罵倒する癖があったわね?」

「はい!」

「……歪んでるわ」

「世界はイコール愛ですから。ラブアンドピースならぬ愛と揶揄(ラブアンドティース)的な」

「?? わたしこの子、苦手かも……」

 

 二人が仲良くなったようで何よりだった。

 

 

 

 

 

「というわけで、あたらめてよろしくお願いしますね」

 

 ひとまず話もまとまり、バイトの時間も迫るので解散ということになった。

 ……まとまったか、これ?

 

「あ、ついでにオカ研入ります? 入っちゃいます?」

 

 いそいそと芽々が取り出した部員のリストは、空欄だらけだった。実働部員がひとりだけ、と言っていたのでさもありなん。

 

「だから入らねえって」

 

 と言いつつリストに目をやる。その中に、知っている名前を見つける。

 

 ──鈴堂(りんどう)瑠璃(るり)

 それは、中学時代の、天文部の後輩の名前だった。

 

「ここ、瑠璃がいるのか?」

「いますよー」

 

「………………下の名前で呼んだ」

 

 ギリギリ聞こえた小声の呟きに、ちらりと横を見る。

 咲耶の目から光が消えていた。こわ。

 

「……っ例の後輩!?」

「なんだよ例のって」

 

 咲耶は「なんでもない」と首をぶんぶん振ったので、芽々が質問に答える。

 

「オカ研は潰れた天文部を吸収してできた形ですからね。るりさんは忙しいので、こっちの部活には来ませんが」

 

 鈴堂瑠璃は、昔の俺が一番仲の良かった後輩だった。そのせいか。こちらでの再会早々、見抜かれたのだ。俺がほとんど何も覚えていなかったこととか……諸々を。

 ──それ以来、後輩だったアイツとは絶縁状態にある。

 

「入るのは無理だな。……俺は、瑠璃に嫌われているから」

「ですか」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 部室を退出した後、軋む階段を降りながら話を整理する。

 なんだかんだと話し込んでいたので、窓からは夕日が差していた。

 

「ひとまず、目先の方針は決まったな」

 

 呪いを解く手段を知るために、『異世界(むこう)に再接触』する。

 それは、転移術式の破片を取り込んだ芽々に協力を願えば、可能だと咲耶は言う。

 そしてついでに、巻き込んでしまった芽々の目を綺麗さっぱり元に戻せば、完了だ。

 全面的に完璧な解決、なのだが。

 

「再接触って、戻るってことか?」

「わからない。そもそも、そこまで強い魔法を作れるかどうか」 

「電話みたいなヤツで全部済めばいいんだけどな。解呪方法教えろ、って」

 

 ……しかし、向こうに連絡を取ると言っても。

 

「具体的にどうするか……一番色々知ってそうな魔王(ヤツ)は既に死んでるし」

魔王(わたし)側、他はみんな知性ないし……」

「となると、人類(オレ)の方に連絡を取るしかないけど」

 

 聖剣パクったことを、めちゃくちゃ怒ってそうな元同僚のことを思い出す。

 あいつ元気してるかな……。

 と、懐かしさに浸ってる場合ではない。

 

「交渉が決裂したら実力行使で向こうにカチコミの線が有力?」

「妥当ね。わたしたち、どうせ腕力しか取り柄がないし」

「めんどくせぇ……」

 

 丸二年、勉強してなかったのでその手の政治力がゼロだ。

 

「あるいは、地球(こっち)のオカルトに期待するか? 現代でも一応、魔術(そういうの)があるって言ってたし」

 

 はた、と咲耶が踊り場で立ち止まる。

 

「……それ、絶対やばいと思うの」

 

 ものすごく、深刻な表情だった。

 

「冷静に考えて……既に廃れてるとはいえ、現世がアレなのはヤバいわ! だってわたしたちホンモノだし。ていうか既に、芽々にたれこまれたりしたら人生終わりじゃない!?」

「野に放たれた外来種だから、見つかったら駆除されかねんってことか」

 

 異世界帰還者、実質のアライグマ。

 

「なんかこう、結社的なのに捕まって、檻の中で一生を終えたりするんだわ!」

「すごい妄想。中二病か?」

「わたし、もう何が常識なのかわからない……」

 

 突然現世がファンタジーだと聞かされたせいで咲耶がバグっていた。

 嬉々として魔女ロールをやっていた割に、根が常識人なのかなんなのか。

 自分以外に非常識をぶつけられると、途端に弱いようだった。

 

「いや、芽々には口止めしてるんだろ。魔法で」

「あっ本当だ。……問題、なかったわね?」

 

 こいつ、さては忘れてたな。

 

「咲耶、あのな。おまえはアホで、俺は考えなし。──終わりだな?」

「なんでいい笑顔でそんなこと言うの!?」

「そういやなんか最近、視線を感じるんだよなー」

「ぎゃー!」

 

 お淑やかのカケラもない悲鳴。ウケる。

 

「ま、大丈夫だって」

「あんたの楽観は破滅的なのよ!」

「じゃあ、そうだな。どうしようもなくなったら、その時は……」

 

 

「──駆け落ちでもするか?」

 

 

「っっ……!!?」

 

 言葉にならない声を上げる咲耶の顔は赤い。窓から差し込む夕陽のせい、ということにしておいた。

 

「さては、あんた楽しんでるでしょ!? わたしのことからかって!!」

「ばれたか。咲耶が困ると面白い」

 

 まあでも。いいだろ。そのくらいは、言って許される関係のはずだ。

 

 言い逃げのように、階段を先に一段降りたところで。

 

「……ねえ、飛鳥? 言っておきますけどね」

 

 呼び止められた。丁寧語は珍しい。自然とこちらも少し畏まって、振り返る。

 

「なんだよ」

 

 一段上、夕日の逆光の中、咲耶は静かな無表情で。

 

「わたし、あなたのことは死ぬほど愛してるけど」

 

 さらっと言うなぁと、苦笑して。

 

 

 

「──あなたに恋は、していないのよ」

 

 

 

 続く言葉に、耳を疑った。

 

「…………えっ」

 

 咲耶は、深々と溜息を吐く。

 

「『定義』の話が、途中だったわね。返事は、ごめんなさい。あの定義にわたしは合意できない。『友達以上』は嬉しいわ。遊びに誘ってくれたことも」

 

 

「……でも、わたしは。あなたの『恋人』にはなれない」

 

 

 こちらを真っ直ぐに見て、告げる瞳は冷ややかで。嘘や誤魔化し、あるいは照れ隠しのような何かは、少しもない。淡々とした平静と本気の声音。

 

「それじゃ、わたし。まだ学校に用が残ってるから……また、明日ね。バイト、がんばって」

 

 こちらを置いて、階段を降りていく咲耶を。引き止めるのも忘れて、俺は茫然と見送って。

 残されて一人、先の台詞をよく咀嚼する。

 

 まさか。

 

 

「…………フラれ、た?」

 

 

 いや、この期に及んで!?

 

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