彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第四話 お茶会で恋話。

 

 これはずっと昔の話。わたしがまだ『文月』ではなかった頃の話だ。

 昔から将来の夢は『素敵なお嫁さん』だった。そんな夢を見た原因は、たった一人の肉親──実母(はは)にあった。

 母親は、嵐のような女だった。自由で奔放、言い換えれば身勝手。そして、とびっきりの『恋愛体質』。 

 いつだって恋を優先し、ろくに家に帰ってくることも……家族(わたし)を省みることもない。わたしはそんな母のことを軽蔑していたし、そんな女のことが嫌いだった。

 

 そしてある時、母は勝手に病を患って、勝手に死んだ。わたしを置いて。病室には最後まで、母の恋人だった人間は、誰ひとりとして訪れることはなかった。

 それを見て、わたしは思ったのだ。──なんて無様な最期だろう、と。

 

 恋なんてもののために、身勝手に生きて。死ぬ間際に手を握ってくれる人もいないなんて。

 そう、ただひとりの娘であるわたしすら。蔑ろにされたこれまでを恨んで、手を握ってやることもしなかった。

 

『ねぇ、ママ』

 

 わたしは、一言一句覚えている。死にゆく病床の母親に放った言葉を。

 

『わたしは、無様に恋を追ったりしないわ。あなたと同じ道は辿らない』

 

 もうすぐ死ぬ母親に。自分と同じ顔をした女に。 

 かつてのわたしは、吐き捨てたのだ。

 

『ざまみろ』

 

 

『わたしは、間違えない』

 

 

 ──紛れもない呪いの言葉を。

 

 その言葉(のろい)が、わたし自身に跳ね返ってくるものだとも知らないで。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふんふんふんふふーーん」

 

 背中の方から、芽々の鼻歌が聞こえる。わたしはクッションの上で正座したまま、身動ぎひとつできないでいた。というのも。

 

「サァヤの髪、とってもさらさらですね! いじりがいあります……うふふ!」

 

 ここは放課後に招かれた芽々の家で。わたしは部屋に座らされ、芽々に髪を三つ編みにされている最中だったからだ。

 

 ──芽々が協力を申し出たのがつい先日のこと。 転移術式の破片が入ってしまった彼女の瞳を鍵にして、異世界(むこう)と繋がるための魔法を作る。それが当面の方針で、こうして芽々の家にいるのも諸々の調べごとや打ち合わせのためだった。

 ちなみに飛鳥はバイトがあるので欠席だ。『魔術だの魔法だのはわかんねぇからおまえに任せた』と言われている。

 そこまでは、いいのだけど。

 

「どうして、芽々に髪を弄られているの?」

 

 あれ。わたし何しに来たんだっけ……真面目な話をしに来たんじゃなかったっけ……。

 

「え? かわいい女の子を部屋に連れ込んでやることなんて、くんずほぐれずと決まってるじゃないですか」

「その言い方はやめなさい」

「女の子だってかわいい女の子とイチャつきたい、それが宇宙の真理です。具体的には綺麗な髪を見るとムラッときます。サァヤを部屋に連れ込むなり『芽々、我慢できない。今すぐ編ませて〜!』と襲うのも致し方ないことだったのです」

「だからその言い方やめなさいって」

 

 後ろは見えないけど、声の調子はしれっと平坦。絶対に真顔で言ってる。

 

「サァヤってば押しに激よわ! そんなだから芽々の毒牙にかかっちゃうんですね。うふふっ、大丈夫、かわいがってあげますからね……」

「殺すわよ」

「よし、三つ編みかーんせい!」

「無視なの?」

 

 手鏡を押し付けるように渡される。

 

「めっちゃ似合いますよ! 全人類が褒めちぎること間違いナシ!」

「清々しいまでのお世辞ね。……まあ、悪い気はしないけど」

「ちょっろ」 

「…………帰っていいかしら」

 

 そういえば。現世(こちら)に帰ってきてからというもの、自分で髪をいじることはあまりなくなっていた。あまり凝った髪型をしたところで、どうせ眼帯で台無しだ。

 ……でも。いつもとちょっとちがう髪型にしたら、飛鳥は何か言ってくれたりするのだろうか、なんて。編み込まれた髪を見ながら考える。

 

 あいつは結構、無神経なところがあるし。いちいち余計な一言が多いし。察しがいいのか鈍感なのか、時々よくわからないし。でももしかして、もしかしたら『よく似合ってるよ』とか優しく笑って言ってくれたり……しないな。絶対しない。

 あいつは、そう。わたしの三つ編みを見て、せいぜい『おっ今日はしめ縄か? 縁起がいいな』とか言うのが関の山だ。むかつく。想像だけで百年の恋も冷める。元々冷めてるけど。

 なんてくだらないことを考えていたら、芽々が悩ましげにこちらを見ていた。

 

「うーん、せっかくですから着せ替えもしたいですね」

「わたし、人形じゃないんだけど。そもそも服のサイズが合わないでしょ」

「サァヤはおっぱいでけぇ以外は細いからイケます!」

「胸って言いなさいよ!」

 

 

 ちなみに、芽々の部屋は全体的にメルヘンな雰囲気だった。色合いこそ茶色や緑を基調としているものの。恥ずかしげもなく並べられたぬいぐるみや猫足の家具など、細部に少女趣味が宿っていた。珍しいと言えば、高価そうなミシンや洋裁店のようなトルソーが隅に置かれていることだろうか。

 立ち上がった芽々が、大きな木製のクローゼットを開く。

 

「こーゆーのはどうですか?」

 

 クローゼットの中にはレースとフリルがたっぷりとあしらわれた、デコレーションケーキみたいな甘ったるい服が並んでいた。

 

「ヒッ……! そんな恥ずかしい服、着れるわけないじゃない!」

「え、マジ言ってるんですか?」

「なにが」

「サァヤこの前、ヤバ恥ずかしいドレス着てたじゃないですか」

「そこまでじゃないでしょ!」

「今日びソシャゲのキャラでもそんな脱がんてー。芽々、ドン引きでした」

「……そんなに!?」

「その点、こっちは露出ゼロですよ。恥ずかしがる理由とかナイナイ。ちなみに、芽々の手作りなんです」

「えっ。それは、すごいわね」

 

 ハッしまった! 人の作ったものを罵倒するのは魔女でも許されない悪逆だ!! 恥ずかしい服だから、という拒絶理由は封じられてしまった。だが。

 

「ほら、このドレスとかアリスみたいでかわいくないですかー?」

 

 ニコニコとクローゼットから服を引っ張り出す芽々に、わたしは頭を押さえながら、話を逸らすことにした。

 

「……あなた。その手の話が好きよね」

「大好きですね!」

 

 少女趣味で空想趣味でサブカル趣味でオカルト趣味な芽々は、夢見るように目を輝かせる。

 

「砂糖菓子みたいな話が好きなんです。現実には、何の役にも立たないような」

 

 ……どうやら話を逸らすことには成功したが、わたしにはあまり望ましくない方向に逸れてしまったようだ。

 芽々は服を放り出し、隣の本棚へ。一冊、本を抜き取る。その手にあるのはかの〝不思議の国〟の物語だ。

 

「正しさとか教訓とか『くそくらえ!』って感じに描かれた物語は、素敵だと思いません?」

「少なくとも、それは有名な話に言うようなことじゃないと思うけど」

「アリスって教訓的でないことが評価されたお話らしいですよ」

「……それは知らなかったわ」

 

 益体も無い相槌を打ちながら、わたしは頭を回す。

 協力したいと言った芽々の事情は聞いている。でも、本当にそれだけなのだろうか? 

 正直ずっと、この子が何を考えてるのかわからない。飛鳥と同じくらいか、もしくはそれ以上に──いや、あいつは何も考えていなかったか。

 わたしはもう知っている。あいつが、真面目な顔して意外と何も考えてないということを。あれはただの馬鹿です。

 ──だから、あいつに『任せる』と言われたわたしが。この子の真意を見定めなければならない、と思った。

 

 

「教訓のない話が好き、ね」

 

 わたしは立ち上がって芽々の隣に。本棚に並んだ続編の一冊に、鏡の国の物語の背表紙に触れる。本棚は人を表すものだと芽々が言うのなら、その流儀に乗ろう。

 

「なら、そんな物語から教訓めいた意味を見出したりするのは。あなたとしては、いただけない?」

 

 話を深掘りする。この子が何を感じて何を考えるような子なのか、知るために。

 

「アリスの教訓って、『赤の女王仮説』のことですか?」

 

 わたしは頷いた。続編には有名な一節がある。

 

「〝その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない〟」

「エモい一節(フレーズ)ですよね。生存競争の仮説に引用したくなるのもわかります。実際は、ほんの一瞬出てくるだけの脇役の台詞ですけど」

 

 予想通り、芽々はにんまりと笑って。

 

「まじナンセンスですね! ただの言葉遊びにいちいち深い意味を見出すなんて、説教くさくていけません! 芽々、現代文の授業とか超きらい!」

 

 嬉しそうに罵倒する。

 

「それでは折角の砂糖菓子も『ハッカ飴』です」

「お説教ってミント味なの?」

「歯磨き粉味です。大人は歯磨きしろってお説教するでしょ」

 

 理屈はわからないこともないけれど。

 

「……真逆だわ」

「何がです?」

 

「わたし、教訓とか実用性とか、見出すのは結構好きなのよ。……気が合わないわね?」

 

 わたしの探るような挑発に。

 

「そですか? 芽々はサァヤのこと好きですよ」

 

 芽々は、いつもの食えない調子で返すだけだった。

 ……やっぱりこの子、苦手だ。

 

 

 

「くだらない話もここまでにして、そろそろ本題に入りましょうか」

「そうですね」

 

 散々遊んだ芽々は満足したのか、素直にローテーブルの対面に座り直した。わたしは飲みかけのアイスティーに口をつける。

 

「では、早速ですが……」

 

 

 

恋話(コイバナ)から、始めましょっか!」

 

 紅茶咽せた。

 

 

 

「げほっ……本題に入るんじゃなかったの!?」

「本題て『本気の話題』の略ですよ? 恋は真剣勝負つまり本気、コイバナこそ本気話題(ホンダイ)……知らないんですか?」

「違うわよ!!」

 

「まあまあ。いいじゃないですかぁ。ほらどうなんです?」

 

 ずい、と身を乗り出す芽々の目力に怯む。

 

「ち、違うから! あいつとはそういうのじゃ、ないから!」

「まだ誰とか言ってねーですよ? 語るに落ちたな」

 

 ……しまった!

 

「芽々、昔の先輩より今の飛鳥さんの方が好きなんですよねー」

 

 さらりと言う。あだ名はつけたものの、使い分けはするみたいだ。

 そういえばこの前も芽々は飛鳥に「好き」と言っていた。あまりにも自然体すぎて、違和感を覚えなかったけれど。

 

「あなた、まさか……」

「やだなーそんな怖い顔で見ないでくださいよ。芽々はヒトのもの取る趣味ないですから」

「別にわたしのものじゃ、」

「ないんですか?」

 

 ……ない、のだろうか。よくわからない。

 今でもはっきりと思い出せる。あの夜、わたしを正気に引き戻した時の言葉を。

『やるよ、人生。俺なんかのでいいなら』

 あの言葉は状況から見て、わたしを正気に戻す平手打ちのようなもの。レスバは度肝を抜けば勝ちで、わたしは正直レスバに弱いので、特に口説き文句っぽいのはよく効く。勝ち方を選ばない飛鳥が、冷静に考えればヤバい台詞を恥ずかしげもなく言うのは理屈に合っているし、言い放った当の本人が平然としていたから、そういう意味(・・・・・・)でないと思っていたのだけれど。

 ……飛鳥はもしかして、本気だったりしたのだろうか?

 いえ、まさか。人生なんてそうやすやすと他人に渡すわけないじゃない。わたし、冷静だからわかるわ。

 

 黙り込んでしまったわたしを見て、芽々が「なるほど?」と首を傾げた。

 

「もしかしてサァヤ、コイバナが苦手です?」

「そうね。無縁だったものだから」

「それは失礼。コイバナなんて言ったのは半分おふざけです。飛鳥さんのこと、そーゆー意味で好きじゃないし。てゆか芽々、誰のことも好きにならないし……他人(ヒト)の色恋はウケるから好きですけどね! 単に、共通の友達の話をしたかっただけですよ。遊びに行くことをデートと称するようなものですね」

 

 比較的真面目なトーンで撤回する芽々。この子は無神経なようで、聡いし気が回る。癖が強いけれど、悪い子ではないのだ。きっと。

 

「気を遣わせてしまったわね」

「いーえー」

「でも部屋に連れ込んで襲うのは礼儀に反してないかしら」

「のこのこ入ってくる方が悪くね?」

「なんでよ」

 

 

 

「それで、サァヤってば昔の陽南先輩の話とか、聞きたくないですかー?」

 

 それは正直すごく聞きたい、けど。

 

「……やっぱり昔とは違って見える?」

「もう、ぜーんぜん! 先輩ってば、芽々が何言ってもニコニコ親切、年上の余裕を崩さないって感じでしたもの」

 

 ああ、やっぱり──

 

「でも芽々は今のひーくんの方が、意味不明で好き!」

 

 芽々は屈託のない笑顔で言った。

 その言葉に、わたしは正直、どうかと思った。気分を害されたと言ってもいい。

 ──今の方が好き、なんて。何も知らないから言えるのだ。

 でも、そんな負の感情以上に、心底から『よかった』とも思ってしまった。飛鳥の友達にそう思ってくれる子がいてよかったと。

 苦笑が漏れる。

 

「意味不明……そうね、ふふっ。あいつ、断食しようとして死にかけるしノリで出家しようとするし」

「何それ、こわっ。こわ!」

「まだあるわよ」

「ヤバ。じゃあ芽々も色々チクっちゃお!」

 

 話に花を咲かせる。甘ったるい話はできないけれど。

 飛鳥(ともだち)のことを好きなだけ話せるし、聞けるというのは、結構楽し…………楽しかったのだけど、芽々から聞いた一部始終に、痛むこめかみを押さえる。

 

「あいつ……わたしがいないと駄目だわ」

「ほんまな。ちゃんと手綱握ってろください」

 

 しっかりしよう、と思った。

 わたしが……わたしがなんとかしなきゃ……。

 

 

 

「で、咲耶さん。ここから本当に本題なんですけど」

 

 芽々がすっと真顔になる。真剣なトーン、証拠にわたしをあだ名で呼ばなかった。

 

「ぶっちゃけ、芽々のこと信用してないでしょ」

 

「そうでもないわ」

「いや、わかりますって。めっちゃぴりぴりしてましたもん」

 

 もしかして、最近のわたしは演技が下手になっているのだろうか?

 

「だから芽々はサァヤのあんなところやこんなところを揉みほぐそうとしたわけですし?」

「緊張を解きほぐす、ね。確かに肩の力は抜けたわ」

「ならぶっちゃけな話もできそうですね」

 

 芽々は眼鏡を外す。レンズに阻まれることなく、くっきりと見えるようになった瞳の輝きが、こちらを真っ直ぐに射る。

 

「サァヤは『この世界にファンタジーが存在する』と知っているのと、まったく知らないの、どっちがしあわせだと思います?」

「……知らない方、かしら」

 

 余計なことは知らないでいられる方が幸福だ。

 

「ええ、芽々もそう思います。知っちゃったせいで、芽々は本気で夢見ちゃいましたから。──ある日突然、本当の魔女に出会えるんじゃないかって。でも、現実は現実なので。『魔術師』はいても、本物の『魔女』はいないのです」

 

 地球(こちら)では、魔術は理屈で魔法は理外、魔法を使うのが魔女/魔法使いらしい。異世界(むこう)の定義はどうなのかというと、あまり違いはない。わたしたちは適当に日本語に翻訳して話しているだけだ。

 

 つまり芽々曰く、おとぎ話のような魔女というのは。現代では滅んでいるのだという。

 

「だから、空から魔女が降ってくることはない。……ないと思ってたのに」

 

「──貴女たちが落ちてきた」

 

「その時の芽々の感動がわかりますか? 芽々はずっと、魔女に憧れ続けて生きてきた。貴女は存在するだけで、芽々の夢を叶えているのです。だから知りたい、近付きたい、憧れて(・・・)いる(・・)。それが芽々の、嘘偽りのない本音です。芽々が貴女がたに協力したい理由です」

 

 わかっていたことだ。この子は多分、勘違いしている。 わたしたちのいたあの世界が、空想のように素敵なモノだったと。

 何も(・・)知らない(・・・・)から(・・)

 

「どうしてそれをこの前、言わなかったの?」

「多分ひーくんには言っても伝わらなさそうなので。あの人ファンタジーに疎いででしょ。でもサァヤなら、わかってくれると思ったんです」

 

 確かに──わたしは、わかってしまう(・・・・・・・)

 

 それは幼い頃のわたしが、芽々と同じような夢を見ていたから。ある日突然、魔法使いが願いを叶えてくれるような人生を、夢に見ていたから。そして、芽々があまりにも熱っぽく『憧れ』と口にしたからだった。

 わたしはどうにも、その感情を理由に持ち出されると弱かった。それはわたしが……かつて、陽南君に惹かれた理由が憧れ(そう)だったせい。

 

 理性は疑うべきだと言っているのに。心がすとんと、納得してしまう。

 ──この子は本気で言っている、と。

 

「どうか芽々の気持ちを、受け取ってください。……といっても、気持ちにはなんの値札もつかないのでー」

 

 芽々は立ち上がって、机の引き出しから綺麗な箱を取り出した。

 

「はいどうぞ。お気持ち、という名の賄賂です」

「何、これ」

「芽々の眼鏡と同じ仕様のコンタクトです。これでサァヤのオッドアイも隠せるかと」

「…………そういうのって、どこで手に入れるの?」

「フツーに、ちょっとオカルトに詳しい眼鏡屋さんに行けば買えますけど?」

 

 さらっと言った。

 

「それ……やっぱりこの世界、結構ファンタジーじゃない? 大丈夫? わたし、滅んでるはずの魔女なんだけど。バレたら終わりじゃない??」

「大丈夫ですってー。どーせサァヤたちは見つかりませんから!」

「見つかるとヤバいって意味よね、それ!?」

 

 まあまあ、と芽々はわたしを宥めて言う。

 

「ともかく。これでデートの用意はばっちり、でしょ?」

 

 そういえば、芽々は教室での話を聞いていたのだ。わたしは返事に詰まって、かろうじてお礼を返す。

 

『賄賂』と言うなら、突き返すのが正しいのだろう。けれど受け取ってしまった。正直に言って、喉から手が出るほど欲しかった。

 

 ……本当は、ずっと気にしていたのだ。隠さないといけない目ことを。飛鳥に野暮ったい眼帯を見られることを。 

 だから素直に……喜んでしまって。喜んでしまったから、自覚してしまった。

 

 深夜に会いに行くだけなのに、わざわざ化粧を直していたのも。

 あいつの右を歩けない代わりに、眼帯の方を見られずに済むと考えたことも。

 一緒に夕飯を食べるだけなのに、いつも私服に悩んでいるのも。

 髪型を変えた時のあいつの言葉に期待をしたのも、全部。

 ──いつだって彼には、一番綺麗なわたしを見て欲しかったからだ、と。

 

 論理的に考えれば、気付いてしまう。言い訳も逃げ道も思い付かない。結論に辿り着いてしまえば、目を背けられない。

 どう考えたってそれは……そういうこと(・・・・・・)だ。

 

 ……でも、わたしが本当に見て欲しかったのは──。

 

 苦虫を噛む。終わらされた恋が、まだ、終わっていなかったことを理解する。

 

 

 ああ、やっぱり。

 ──わたしはまだ、陽南君(かれ)のことが、好きなんだ。

 

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