彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第八話 初デートの待ち合わせをするだけ。

 そしてようやく週末の日曜が訪れた。約束のデートの日だ。

 普段、休日はカツカツにバイトを詰めているのだが、随分と前からこのために予定を開けていた。当然、咲耶を遊びに誘うためである。なお断られた時のことはまったく考えていなくてあのざまだったのだから、今となっては笑い話だ。我ながら浮かれすぎだろう。

 もし再告白が上手くいかなかったら俺はこの日曜、泣きながら一人で出かけることになっていた。泣かないけど。よかったね。本当に。

 

 そして予定時刻の一時間前。待ち合わせの場所に早く来すぎてしまい、駅前の時計広場にて立ち往生しているというわけだった。

 

 家が隣なのに何故、駅前で待ち合わせているのか。簡単な理由だ。

 ──デートとは、待ち合わせから始まるものだからだ。

 作法は大事だ。形式は守らねばならない。というか、家から始まるとか普段の登校と一緒じゃん。と提案すると、

『あんたって……細かい?』

 と咲耶には呆れられたが、合意の上、駅前で待ち合わせとなった。

 よっしゃデートっぽい。めっちゃテンション上がる。

 

 学校のない休日は朝食を共にしないので、咲耶とはまだ顔も合わせていなかった。

 俺は夜明けと共にいそいそと起き出して、手持ち無沙汰に家を出て、ちょっと山を一周歩いた後、待ち合わせ場所に辿り着いている有様だ。──明らかに浮かれすぎである。

 あらためて表情筋を引き締めた。

 

 さて、日曜の駅前は程々に人がいない。緊張して早く来すぎてしまったが。咲耶も時間にはきっちりしているので、そう待つことはないかもしれない。

 ベンチで鳩の羽のささくれを数えながら、時間をやり過ごすことしばらく。手前左のコーヒーショップから、アイスコーヒーを片手に凛とした美人が出てくるのが見えた。

 どちらかというと実は俺は、綺麗めより溌剌とした子が好みなので、あまりあの系統の美人には目を惹かれないのだが。何故か見てしまうな……と思ったら咲耶だった。

 ……節穴になったかな、俺。視力、下がったんだろうか?

 いや、ひと目で気付けないくらいにいつもと雰囲気が違っていたせいだ。ストレートの髪が、毛先のくるりと巻かれたお嬢様結び(ハーフアップ)になっていて印象が様変わりしている。

 咲耶はベンチにいる俺を見つけるなり、ぱっと表情を変えてこちらへ駆けてくる。

 

「うわっ鈍臭いのにヒールで走るな! あぶねえ!」

「転けないわよ!?」

 

 コーヒー溢さないかヒヤヒヤした。

 最近、あいつが妙に鈍臭い理由がわかってきた。治るから怪我への危機感がすっぽ抜けているのと、成長が止まっているせいで本人の望む動きに時々身体がついていかないのだ。

 

「というか第一声がお説教って、どうなのよ」

「悪い。えーと、おはよう?」

「おはよう。待たせたわね」

「今来たところだ」

「……おかしいわね? 一時間前よ。わたしが起きた時には、あんたもう家にいなかったし」

「窓覗いてんじゃねえよ。おまえこそ、俺より先に待ち合わせ場所に来てたくせに」

 

 ついいつもの調子で言い合いになって、どちらともなく口を緩める。

 

「不毛な言い合いね」

「ああ、どちらが先かなんて無意味だな」

 

 確かにこれは、待ち合わせなどいらなかったかもしれない。

 

 

 

 ひとまず、咲耶が買ったばかりのコーヒー一杯(いっぱい)分、ベンチで小休止となった。隣に座った、いつもと様子の違う咲耶をまじまじと見る。

 雰囲気が違う、と思ったのは彼女の服がいつもの黒ではなかったからだ。少し前までの咲耶は『魔女は黒い服を着るものだから』と、俺に会いに来る時はそればかり身につけていた。それはそれで大人っぽくてよく似合っていたのだが、勝負服(マジで喧嘩を売りにくる)という感じは否めない。スタイルがいいせいか、露出が高いほど咲耶の印象は棘が出るのだ。

 今日の肩出し(オフショルダー)の白いブラウスは、首から胸元かけてはレースで覆われているから、肌色は普段よりもずっと少ない。その分、ほんの少し見える肩先の華奢さが強調されていて、どきっとする。

 足元はカーテンのようなふわふわしたスカート。爪先の見える涼しげなハイヒールに、六月が夏であることを思い知る。全体的に淡くて柔らかい、そういう装いだった。

 アイスコーヒーを傾ける咲耶の横顔。雲間の日差しに、長い睫毛が顔に影を作っている。 魔女の時は毒々しく赤い口紅も、今日はほんのりと淡い桜色だ。ストローから離された唇は、ふるりと甘そうにつやめいていた。

 見られていることに気付いた咲耶は、ぱっちりとした目でこちらを見返し、挑発的に小首を傾げる。

 

「何か言うことは?」

 

 小さな花のイヤリングが僅かに揺れるのを目で追う。

 

「あー……すっげえ綺麗だ」

 

 やっとのことで感想を絞り出した。

 

「ふふ、ありがと。今日はあなたの好きそうな格好をしたかったの。喜んでくれたら何よりだわ」

 

 余裕の微笑みだった。……どうやら、余裕がないのは俺だけらしい。

 余計な見栄を張って怪我をする前に白状する。

 

「こういうの初めてだから、お手柔らかに頼む」

 

 咲耶は不思議そうにこちらを見た。

 

「? そんなの、わたしも初めてだわ」

 

 咲耶のマネキンのように整ったすまし顔に僅かに違和感を感じる。

 

「……もしかして咲耶も、緊張してる?」

「緊張してないように見えていたら、わたしの演技力もまだ捨てたものじゃないわね」

 

 咲耶は笑って、白い肩を竦める。

 

 

「わたし今、すごくがんばって舌噛むの耐えてるもの」

 

「なんだそれ」

 

 

 ……なるほど、理解した。要はデートというのは〝ハレの日〟だ。そして咲耶は──昔の文化祭でもそうだったのだが──ハレの行事に対して妙な腹の括り方をするやつだった。

 つまり緊張が一周回るとかえって隙がなくなる、本番に強いタイプというわけだ。一方、俺が泰然自若(たいぜんじじゃく)を気取るには、まだ年功が足りないらしい。

 

「ま、緊張するほどのことでもないわ。今日はあくまで『友達以上』としての健全なデートだし。それに……」

 

 咲耶はベンチから立ち上がり、こちらを不敵に見つめ、

 

 

「──このデートは勝負なのだから!」

 

「……ん?」

 

 

 つられて俺も立ち上がったが、意味がわからない。

 

「今日はお互いそれぞれ、連れて行く場所を決めるって話になったでしょ?」

「そうだね」

 

 どうせなら前半と後半に分けてお互いがプランを用意した方が面白いし公正だという話になったのだ。

 

「そう、このデートは前半戦(・・・)()後半戦(・・・)()分かれた(・・・・)勝負(・・)だということ」

 

 違うよ。

 

 

「つまり──今度こそ、勝つのはわたし!」

 

 

 むんと胸を張る咲耶。

 …………アホなのか?

 おい咲耶。なんだその血の気は。辞書引け。デートの意味を確認しろ。どうしてそうなる。絶句して言葉も出ない。

 立ったまま硬直する俺に構わず、咲耶は軽やかにステップを踏む。間近で胸が揺れる。目で追う。……はっ。

 いや違う、揺れるものを目で追う癖があるだけで、この間の三つ編みとか今日のイヤリングとかを目で追ってしまうのと同列で、やましい気持ちは……なきにしもあらず……。

 視線に気付かず、彼女は無防備に近付く。

 

「ふふ。わたしがどうして高いヒールを履いているのか、まだ気付いていないようね」

「……靴がどうした?」

 

 咲耶はきらきらと輝く笑顔で答えを言う。

 

「あなたに身長、並んだわ!」

 

 俺たちの身長差はだいたい10センチだ。確かにその差が、高くなった踵の分でほとんど埋まっていた。

 ……いや。

 

「だからなんで身長で張り合うんだよ。小学生か?」

「飛鳥が上から目線だとムカつくの。態度的にも物理的にも」

「は? そんなことばっかやってるからじゃね? おまえがアホなのが悪いよ」

「何よ。あんただって昨日、遠足前の寝れない小学生みたいだったくせに。何時に寝たのか知ってるんだからね! 窓見てたから!」

「いやそれ、おまえも寝てないじゃん」

「あっ!?」

 

 墓穴掘りやがって。てか窓覗くな。ストーカーか?

 

 

 

「いや……でも。なんて言うか……」

 

 身長が並んだ咲耶をまじまじと見て、口元を押さえる。

 

「何? 言いなさいよ」

 

 訝しげにこちらをすぐ近くで覗き込む咲耶に。自然と、目が細まる。

 

「──目線が同じだと嬉しいな。咲耶の顔がよく見える」

 

 昔は彼女の方が背が高かったものだから。懐かしくなってしまった。

 

「はぅぁ」

 

 妙な声を上げて、咲耶は二、三歩よろりと後退る。化粧がいつもより丁寧なので赤面はしないが、耳が真っ赤だった。 

 

「ま、負け……負けないから!!」

 

 なんだこいつ。今のどこに判定があったんだよ。勝敗に拘泥(こうでい)する哀れな生き物め……。

 だがこっちもとっくに浮かれきっているので、「アホだな〜」と思いつつ、咲耶の頭をぐしゃぐしゃにしたくなる。

 思い出すこの気持ち──そう、実家(無い)の縁側に居ついた三毛猫に抱く感情とよく似ている。咲耶は事実上、猫みたいなものだ。構われたそうにこっちをじっと見ているくせに、威嚇気味なあたりとか。窓から入ってくるし。

 手を伸ばしかけたが、かつてなく綺麗にセットされた髪に触れるのはためらわれた。くそっ。

 

 などと葛藤している間、咲耶は恨めしそうに俺の頭上を見ていた。

 

「にしても、あんた伸びたわよね……あの二年が成長期だったの?」

「いや、成長は止まってたんだけどさ。ドンパチやるには身長が足りなさすぎてキツかったから、伸ばしてもらったんだよね」

「伸ばしてもら……え?」

 

 外なので異世界ワードは禁止である。咲耶が身振り手振りで聞く。

 

「グイッと? ザクッと? それともプチッと?」

「……どうだっけ? 覚えてねえや」

 

 咲耶は天を仰いだ。本日は若干曇りである。

 

「………マッドなのよアイツら!!!」

 

 いや、おまえを不老不死にしてしまう方がマッドだと思うよ。俺は自分から身長くれって言ったし。人体改造も合意ならセーフだ。

 

 ……ああ、そうか。今日の咲耶が妙に懐かしい雰囲気なのは。目線が昔に近くなって、髪型が昔とよく似ているからか。

 見た目は「文月」の頃に近いのに、振る舞いが俺のよく知る咲耶で、そのギャップが時の流れを感じさせる。だが、咲耶の見た目は十六のままなのだ。そのことが少し侘しい。

 

「なんか俺ひとり老けてしまったな……」

「老けって……」

「いやいい、わかってるんだ。俺制服似合わないよなぁって毎朝思ってるよ」

「えっ、似合うのに!?」

「えっ?」

 

『一生制服着てろ』っていつか煽ったのに?

 

「そういや、あんた誕生日……は、三月だったわね」

「おまえと一日違いな」

「知ってる。あんたの方が早いの、むかつくわ」

 

 そこでも張り合うのかよ。

 

「すっかり祝いそびれていたわね」

「いや……こっちに戻ってきたばかりで、お互い忙しかったし」

 

 まだ、友達ですらなかった時の話だ。今更誕生日ごときではしゃぐ年でもない。

 

 

「…………おめでとう」

 

 

 咲耶はめでたさの欠片もないしかめ面で言う。

 

「はは、ありがと。もう終わったけどな」

「ばか。あなたがちゃんと(・・・・)十八に(・・・)なった(・・・)こと(・・)を、正しく祝えるのはこの世でわたしだけでしょ」

 

 その言葉が『向こうで死なずに』という意味だと気付く。

 

「ほんとだ。俺めちゃくちゃえらいな」

 

 よく考えたら割とすごい、気がする。異世界(むこう)じゃ暦が壊れていたのでいつ十七になったのかもわからない。

 

「咲耶も……」

「いいのよ、わたしは」

 

 祝おうとしたところで、遮られた。続く言葉は言わないが、わかる。『わたしは年を取らないし死なないんだから』だ。

 

「……来年は、ちゃんと祝えるといいな」

「気が早くない?」

「早いに越したことないだろ」

「そうね」

 

 俺は拳を突き出した。

 

「誕生日はともかく。お互い無事でえらいってことで」

「〝無事〟の判定が大きいの、どうかと思うけどね」

 

 咲耶は苦笑しながら、小さな拳を突き合わせる。コン、といい音が鳴った。

 ……やってから気付いたが。

 

「デートって空気じゃなくなったな?」

「ふふ、いつも通りって感じ」

「あーあ折角、待ち合わせからいい感じにやろうとしたのに……ま、いいか」

「ええ。緊張するよりよっぽどいいわ」

 

 八割の曇り空の下、咲耶は晴れやかに笑って。突き出した手を開き、差し出した。

 

「それじゃあ、今日はよろしくね」

「ああ、楽しい一日にしよう」

 

 握り返した手は柔らかかったのだが、やっていることは硬い握手でしかない。

 

 ほらもう。初デートだっていうのに、戦友の空気感になってしまった。やっぱり情趣がないんだよ俺たちは。

 

 ……まあでも。既に楽しいから、いいや。

 

 

   ◇

 

 

 待ち合わせの後。電車で一時間かけて街に出る。都会というほど華やかではないが、買い物には困らない程に賑やかな港町だ。

 駅から降りた後、咲耶が言う。

 

「……ねえ、ずっと気になってたんだけど。あんたのそのTシャツ、何? なんで無人駅って書いてんの?」

「無人駅は夏の季語だ」

「忘れてたわ。あなたのセンスがアレってこと……」

「季語なのに!?」

「脳味噌平安時代か?」

 

 辞世の句とか憧れるよな。

 咲耶は無言で考え込む。俺はその隙に辞世の句を考えるが、文学的センスがゼロなことを思い出してやめた。

 

「ねえ、今日の先攻はわたしよね? 予定を変更して、ちょっとあなたで遊んでもいいかしら」

「? 別にいいけど……」

 

 にんまりと微笑んだ。

 

「よし。それじゃあ、買い物に行きましょうか!」

 

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