彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。) 作:さちはら一紗
行き先はごくありふれた
「折角だから、わたしだって余所行きっぽい服装の飛鳥が見たいじゃない?」とのことで、真っ先に洒落た服屋に連れ込まれた。目を白黒させているうちに「はいこれ着てみて」と試着室に放り込まれる。
俺で「遊ぶ」と言った意味を理解し、了承したからには言われるがままに付き合う。真っ向から素直に頼まれたならば、断る理由はないのだ。
すごい。咲耶がちゃんと会話をしてくれる。最近の咲耶は素直でいい。
ずっとこうならいい、と思ったし、多分ずっとこうだとも思う。お互い、喧嘩をする理由はもうないのだ。
「うん、完璧! 思った通りの仕上がりだわ。やっぱり素材は悪くないのよね。ちょっと顔色と目付きが悪いだけで」
試着室から出ると、咲耶は満足そうに頷く。
「褒めてんのか貶されてんのか微妙だな」
「褒めてるわ。それとこれとは別に『ちゃんと寝ろ』って言ってる」
なんで説教されてるんだろう……。
咲耶は「食事はともかく睡眠は管理できないものね……あ、一緒に寝る?」とか怖いことを言っている。怖いので無視した。あれは独り言、そうに違いない。
……最近、咲耶は妙に大胆というか極端というか、恥じらいなく考えたことをぽろっと口に出すようになった気がする。素直で嬉しいとは思ったが、流石に振れ幅がおかしいだろこれは。おまえ実はそんなこと考えてたの? 怖い……。
「あ、もう元の服に着替えていいわよ。付き合ってくれてありがと。雰囲気を味わって満足したわ」
あっさり咲耶は妥協した。どうやら趣味を押し付ける気はないらしい。俺も「露出高い服を着るな」とは言わないので、その辺はお互い様だ。
ようやく鏡を自分でも確認する。似合っているのかどうかはよくわからないが、抵抗や違和感はない。咲耶の選んだ服はなんとなく、学校や喫茶店の制服に雰囲気が近かった。堅苦しすぎず、きちんとしているというか。
「こういうのが、おまえの好みなのか?」
「……そうだけど?」
……ああ、『一生制服着てればいいのに』ってそういうことか。
「わかった。覚えておく」
驚いたように俺を見る咲耶。
「なんだよ。たまにはおまえの好きな格好くらいするよ」
そういうことにまったく興味がないわけではない。今は鏡を見るのが好きじゃないので、あまりやる気がないだけだ。でも咲耶が喜んでくれるなら、まあ真面目にやってもいい。
咲耶は頬を緩ませる。
「え、えー? そんな贅沢なことあっていいのかしら」
「贅沢って何が」
と試着した服の値札を確認し、硬直する。
「……悪い。予算オーバーだ」
「わたしが買ってくるわね!」
「待て待て!」
「なんで止めるの?」
「止めるだろ! 正当性がない」
「あるわよ?」
「? 言ってみ」
「──好きな人に貢ぐのは、常識でしょう!?」
「違うよ」
違うよ。
「百歩譲っても『貢ぐ』とか言っちゃいけないと俺は思う」
目をかっ開いたまま首を傾げる咲耶。怖い。
「……? 貢いではいけない……?
「未満だからな。課金って言うな。なんか今、変なこと言わなかった? あと咲耶、目が怖い」
焦点が合ってないんだよ。助けてくれ芽々。
「おまえ、今日……ちょっとおかしいな……?」
「そんなこと、ない、わよ?」
言動が地に足付いていなかった。どうやら申告どおり、本当に余裕ぶっているだけだったらしい。
いや、判明の仕方が微妙すぎる。もっとかわいい隙の出し方しろよ。突然バグるな。怖いから。
「……あー、ほら。別に見るだけでも面白いし。折角だから、色々教えてくれよ。来月買いに来るからさ」
と言えば、渋々と頷いた咲耶だったのだが。
店内にて品物を物色したその数分後──少し目を離した隙に、隣からいなくなっていた。
「……あいつ!?」
気付いた時には既にレジの前、「お買い上げありがとうございます」と、店員から大きな紙袋を受け取っている最中だった。
げ、やられた。咲耶も足音を消すくらいはできるんだった。
くるりと振り返る犯行後の咲耶は、開き直ったようにつかつかとヒールの音を立てて、こちらに戻ってくる。
「はい、これ。誕生日プレゼントの代わりだから。三ヶ月遅れたけど!」
紙袋をぐい、と押し付ける。中身はさっきのひと揃いであることは、見なくてもわかる。
「まさか祝われておいてモノだけ突き返す、なんてことはしないわよね?」
確かにそれは、失礼だけども。俺を出し抜いたからか満面の笑みだ。
「勘違いしないで、あなたのためじゃないわ。わたしが贈りたかっただけなんだから!」
嘘つけ……いや、嘘ではないのか? 贈り物ってちょっとエゴだしな。
「わたしのために、好きな格好……してくれるんでしょう?」
じっと期待するような眼差しで、咲耶は取ったばかりの言質を振りかざす。
……それは、ずるだろ。
「あー、もうしょうがねーなー!」
もう一回着替えてきた。
「ふふ、勝った……!」
「いや、なんの勝負だよ」
「受け取らせたら勝ちだから。勝利条件はこっちが決めるもの、でしょう?」
「なるほど負けを認めよう」
「あら殊勝」
「俺は往生際がいい」
「自分で言うな」
「そういや礼は言ったっけ?」
「言った言った。三回ぐらい」
「ありがとう」
「どーいたしましてー」
妙に機嫌の良い咲耶と気の抜けた会話をして、そのままモールを冷やかす。
「あ」
咲耶が何やら店の前で立ち止まる。視線の先を確認して、俺は全力で目を背けた。下着屋だった。
「……どうした?」
どうしてこんなところで立ち止まった?
「この前、お風呂上がりに鉢合わせちゃったでしょ?」
「……そうだね」
記憶を消したあれのことだ。光景こそ覚えていないが、事実として何があったかは記憶している。……咲耶の下着が弾けたこととか。
「あの時、ホックが壊れちゃって」
「……うん」
「わたし、サイズが大きいから近所じゃかわいいのが買えな……」
「あーあーもういい! もうわかったから! はよ行ってこい!」
みなまで言わせずに背中を押すと、咲耶はきょとんとこちらを見ていた。
「……まさか俺を店まで連れて行くつもりだったのか?」
拷問だろそれは。気不味い、いたたまれない、赤っ恥。三拍子揃った精神的拷問だ。効率的とすら言える。
「え? ああ、なるほどね」
咲耶は平然と、そして合点がいったように頷く。思えば、彼女は裸を見られてさえ『構わない』と豪語していた。
「……あなたってもしや」
こいつ、まさか……。
「──
──黙れ痴女!!
……とは、衆目の前で叫べない。クソが!
「あはは、なんだ。わたしのが見苦しかったわけじゃないのね」
いやちょっと覚えてないから何もわからないな。
「うん、わたし一人で行ってくるから。待ってて、すぐ戻るわ」
と、一歩踏み出した後に。首だけでこちらを振り向き、咲耶は口元を意地悪く吊り上げた。
「……何色がいーい?」
「ばっっ、おまっっ、恥を知れ!!!」
けらけら笑いながら背中を向けて、目に毒毒しい店の中に入っていく。
頭痛がした。
……今の何? おかしいだろ。やっていいことと悪いことがある。品性がないのは悪だ。……あ、でもあいつは悪いやつだから品性がなくて合ってるのか。覚えてろよ……。
頭の中で文句と説教を延々と並べ立てながら、逃げるように階下に向かう。あの店の前で待つとか無理だ。いたたまれなくて死ぬ。
階下、休日のモールはそれなりに人がいる。さてどこで咲耶を待とうか、と辺りを見回して。ふとある店に目が止まった。
その店の前で、考える。
……さっきからやられっぱなしは、癪だよな。
今度はこっちが不意打ちを返すくらいは、許されるだろう。
◆
これはわかりきった結論だけど。
今日、わたしはものすごく幸せだった。
眠れないほど楽しみにしたデートの始まりは、結局いつもの調子になってしまったし、飛鳥の私服のセンスがやっぱり変だった。でも、そんなことで今更へこたれるわたしではない。
意気揚々と飛鳥をいい感じのお店に連れ込んで、選んだ服はごくありふれたシャツにスラックス、それからリネン地の夏用チェスターコート。寒色を基調にした、シンプルな装いだ。
靴だけは元々妙にしっかりしたものを履いていたので、合わせるのは楽だった。
多分今でも、足元が
買った服に着替えてもらった後の飛鳥は、少しそわそわとしていた。
「なんだか落ち着かないな。こう……背伸びをしている気がする」
「大学生が着る服みたい?」
「それだ」
「似合っているわ。見れて嬉しい」
わたしに褒められて居心地が悪いのか、照れくさそうに眉を下げる。かわいい。
──大学生みたい、なんて。わたしたちは本来の年ならばなっているはずの
それに『よく似合っているわ』なんて余裕ぶって褒めてみたけれど、実は三秒しか直視できないので瞬きばかりしている。はぁ、と溜息を吐きすぎて酸欠になってしまいそうだった。
正直、とっても……格好いいと思う。
それが客観的評価として正しいのかどうかは、わからない。恋愛感情に支配された人間の主観は信頼できない。わたしには盲目の自覚がある。もしかしたらわたし以外の目には、飛鳥は冴えないやつとして映っているのかもしれない。
……でも。彼が格好いいことを知っているのが世界でわたし一人だけ、というのも悪くないんじゃないかしら。
なんて。わたしはちょっと、気持ち悪いくらいに浮かれていた。
だからまさか、あんなふうにとどめを刺されるとは、思っていなかったのだ。
◆
ランジェリーショップで買い物を終えて、合流のため指定された場所へ。
ショッピングモール一階の広間には、まだ六月の半ばだというのに七夕の笹が飾られていた。まばらに結びつけられた願い事の短冊が、冷房の風に吹かれて揺れる。あいつは短冊に『世界平和』とか書きそうね、と辟易しながら飛鳥の姿を探す。
『今どこ?』とメッセージを打ち、既読が付いたその瞬間。
「後ろ」と、返事の声に驚く。
「……さては気配、消したわね?」
「さっきの仕返しな」
にやりと笑う。
「咲耶、手を出してくれ」
飛鳥の声は少し硬く、後ろ手に何かを隠していることに気付く。
「?」
言われるがまま、両手を差し出す。そして。
ぽん、と軽々しく乗せられたのは、淡い色の小さな
重なる薄いピンクの花弁たちがリボンで綺麗にラッピングされて、わたしの手のひらの上で満開になっている。
「どういうこと?」
「祝われたら祝い返すのが礼儀だろ。こっちも、誕生日プレゼントってことで。……いや、値段は釣り合ってないんだけど」
飛鳥は視線を逸らしながら言い訳を並べ立てる。
「趣味に合うかはわからないが、一応、咲耶のイヤリングと似てるやつを選んでみたんだ。消えものだから重たくもないはず……重くないよな? ──つまりその、軽く受け取ってくれると、嬉しい」
語調が段々しどろもどろになっていく。慣れないことをしているのだろう。
「ずるいわ……」
ようやくのことでわたしが絞り出したのは、そんな言葉だった。
「……わたしは、誕生日を言い訳に使ったのに。飛鳥はわたしを喜ばせようとした。ずるい」
ああ、ちがう。言うべきは、そうじゃなくて。
「…………ありがと。嬉しい。大事にする」
わたしの答えに、ほっとしたような顔も一瞬。平静の調子に戻って飛鳥は言う。
「喜んでくれたならよかった」
何を言っているのだろう。好きな人がくれたものを、喜ばないわけがないでしょう?
枯れないように、加工しようと思った。水にわたしの血を混ぜて呪えば長く持つだろう。
「大事にする、絶対」
「はは大袈裟。一週間くらいかな、飾れるのは」
一生飾る。一生。
「ところで、これは何の花? 薔薇に似てるけど……」
「いや確か、ピオニー? つってた」
「ああ、
「〝立てば芍薬〟のアレか。へえ、こんな花だったのか」
立てば芍薬、座れば牡丹──美人の喩えの慣用句だ。
飛鳥は「なるほど」と、わたしと花を見比べて頷く。
「似合うよ」
さらっと。本当に、ただ思っただけのことを言ったのだろう。
わたしはすっと呼吸を止める。ふわりと意識が遠のく。
「──こふっ」
気付けば舌を噛みちぎっていた。
「あ、おい咲耶!?」
……今のは、効いた。朝から頑張っていたのだけど、ちょっと耐えられなかった。
完全にオーバーキルだ。不意打ちのサプライズからの、ダメ押し、追い討ち、死体蹴り。わたしのステータスは攻撃一辺倒なので、防御がからっきしである。花束の時点でわたしのMP(メンタルポイント)はゼロだったのだ。
「うふ、ふふふ……ごめん……しあわせすぎて死にそうっていうか一回死んだわ……」
よろめくわたしを前に、飛鳥は心底の恐怖を表情に浮かべて呻く。
「こ、壊れた……俺、何もしてないのに……!」
いえ、あなたのせいです。