彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十話 今更間接キスとか。

 

 

 結論──原因はあいつだけど、根本的にわたしが弱いのが悪い。

 復活までの小休止中。モールの隅っこ、ひと気の少ないソファで顔を覆う。

 あの後、口直しのコーヒーまで買ってもらう有様だ。だめすぎる……。

 

 わたしはなんというか、幸福に耐性がなかった。悲観主義者の弊害だろうか。……むしろ少し不幸なくらいが落ち着く、なんて。最悪な性根を拗らせている。

 ──その辺の歪みを自覚させられたのがこの前で。それを直したいとも思っているのだ、今は。

 自制、自制、深呼吸。

 

「落ち着いたか?」

「ええ大丈夫。デートを再開しましょう。次こそ、がんばるわ……!!」

「……何を?」

 

 心を強く、保つことを……です……。

 

 そして明るいモールのメインストリートに戻る。大丈夫、わたしたちは普通のデートができるはずだ。

 でも紙袋の中から溢れるブーケに目をやるたびに、にへらと頬が緩んで駄目になってしまいそうになる。こんなにしあわせでいいのだろうか、と不安になる。

 隣を歩く飛鳥を見上げる。ヒールの分で目線が同じ高さになったはずなのに、彼の方が高かった。そうして初めてわたしが肩を縮こめていたことに気付く。

 原因は気後れだ。なんだか、情けなくて胸を張れない。

 だって勝負なんて言ったくせに、わたしが一人で勝手に負けてるんだもの。こんなの全然ちっとも、対等じゃない。

 対等じゃないということは──もしかして。今、しあわせなのはわたしだけだったりしないだろうか?

 

「ねえ、飛鳥。今……」

「なんだよ急に黙って」

「えと。ううん、なんでもないの」

 

 けれど、飛鳥は無駄に察しがいいものだから。なるほど? としばらく考えたのちに。

 

「今、めちゃくちゃ楽しいよ」

 

 なんて、くしゃっと笑って答えてしまう。

 無邪気な笑みだ。心底の言葉だ。

 嬉しい。だけどそうじゃないのだ。

 このパーフェクトコミュニケーション野郎、わたしに都合のいい言葉ばかり言わないで、と理不尽にも思ってしまう。

 わたしが問いたいのは、そうじゃない。

 たとえ飛鳥がいくら察しが良いとしても、完璧な以心伝心は不可能だ。聞きたいことがあるのならば、ちゃんと言葉にしなければならないと、わかっている。でも──。

 わたしは今、しあわせだけど。

 どうしたら。何をしたら。あなたをしあわせにできるのだろう?

 ──なんて。聞けやしなくて、わたしは困る。

 

 

 

 並んで歩いているうちに、ショーウィンドウに自分たちの姿が映った。揃って照らし出されたそのガラスに、わたしは嫌な気付きをする。

 飛鳥は今朝、自分のことを『老けた』と冗談めかして言ったけど、あれは間違いではない。制服でなければ高校生どころか……十八よりももっと年上に見えるかもしれない。

 一方、デートに合わせて少し甘い格好をした今日のわたしは肉体年齢そのまま、十六歳に見えるだろう。普段、露出が高いのはわたしなりの背伸びだった。そうでもしなければ、幼く見えてしまうから。

 ──飛鳥は大きくなってしまったんだ。わたしひとりを、置いて。

 そんな当たり前のことに今更気付いて、からからに喉が渇く。

 わたしは肉体どころか、おそらく精神まで十六で止まっている。わたしの(・・・・)不死は(・・・)そういうもの(・・・・・・)だから(・・・)

 

 わたしの考えなんて知らず「後で写真撮ろうぜ」とこちらに笑いかける彼に、頷くのが精一杯だった。

 ──写真には、わたしたちの差が写ってしまうのだろうか。十センチのヒール、必死の背伸びですら埋められない差が。

 置いていかないで欲しくなって、隣を歩く彼に手を伸ばしかけて、やめた。今はまだ友達だから、多分……手を繋いで歩くことはしないのだ。

 じっと彼の手を見つめる。握手ならできるのに。拳を合わせることもできるのに。繋ぎ方がわからないなんて、ばかみたい。

 自分の手をそっと握りしめて、視線を落とす。髪色もそうだけどわたしは生まれつき少し色素が薄い。すぐに顔が赤くなってしまうのもそのせいだ。

 細くて生白くて不器用なわたしの手は貧弱で、彼の手に比べると、どうにも頼りなかった。

 

 わたしの願いは一貫している。あなたをしあわせにしたい。それを見失うことはない。

 でも……今のわたしに、何ができるのだろう?

 ──わたしには、あなたと手を繋ぐ勇気すらないのに。

 

 

 

 

 なんて裏ではうじうじ考えていても、表に出すのはそれこそ礼儀知らずだ。

 『楽しい一日にしよう』と誓った。その合意を破るなんてあってはならない。わたしは飛鳥と違って切り替えは上手くないけど、感情の分離くらいはできるので、哀と楽を並列させることはわけない。だから、完璧な笑顔でお店を冷やかしながら、いつも通りに軽口を叩き合っていたのだけど。

 今更、あることに気付いてしまった。

 

「聞きそびれていたけれど……飛鳥ってそもそも、わたしと遊ぶ余裕あるの?」

 

 先月まで餓え死にしかけてなかった? この前も平然とラーメン食べに行ったけど。流石に懐事情が心配になる。

 

「大丈夫だよ。こっちも少し余裕ができたんだ。親戚に『高校くらい出してやるしたまには気にせず遊んでこい』って言われてる」

「……そう、よかったぁ」

「おまえの方こそ、仲直りできたか?」

「昨日実家に帰ったら、義母(かあ)様にしこたま叱られちゃった」

「琴さんは怒ると怖そうだよな」

「『あらあらうふふ』って笑いながらガン詰めしてくるし、足が痺れても正座を解くのを許してくれないわ……」

「こわっ」

「でも今まで叱られることすらなかったから……少し、嬉しかったかも」

 

 お互い少し気まずいやら気恥ずかしいやらで、小声で近況を報告し合う。飛鳥がへら、と曖昧に笑った。

 

「なんかさ、思ったより周りが子供扱いしてくるんだよな」

 

 ……気まずい理由は、多分それだ。まさか今更、子供扱いされるとは思っていなかった。

 

「厚意に甘えろって言われた分は、素直に甘えるんだけども……こそばゆいというか」

「〝普通〟になったみたい?」

「そう、だな」

 

 休日のモールのありふれた人波の中で、誰もすれ違うわたしたちに気を止めたりしない。〝普通〟の中に、埋もれている。

 周りの賑やかな光景に、飛鳥は目を細める。

 

「こっちに戻ってきた時さ。これから一人で生きていかなくちゃいけない、って思ってたんだ」

「そうね。わたしも……何も残らなかったと思ってた」

 

 現世もろくなものじゃない、なんて悲観していた。だけど。

 

「別に、そんなことなかったな」

 

 頷く。

 

「最近、学校で普通に仲の良い奴らもできてさ」

「うん」

「毎日咲耶に会えるし、こうして遊びにも行ける」

「うん」

 

 飛鳥がわたしを見る。目尻を下げて、眉を上げて、歯を見せて。満面に笑った。

 

「大したことなかったな、全部!」

「……うん!」

 

 そうだ。あんなに難しいと思っていた現世のこと全部! 蓋を開けてみれば、あっさりと喉元を通り過ぎていった。

 これまでの努力は、思い返せば方向性が明後日だったけれど。明後日なりに報われているし、欲しかった日常は今ちゃんとここにある。

 もしかしたら──難しく考える必要は、何もないのかもしれない。

 

 少なくとも今は同じ気持ちだし。同じ歩幅で隣を歩くことだってできるのだから。

 それだけで全部、平気な気がした。

 

 ──あなたをしあわせにする方法が意外と簡単だといいな、と思う。

 きっと叶えるのだ、わたしが。この手で。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 さて、デートもまだ前半戦である。……いや、デートに〝戦〟って付くのはやっぱおかしいだろ。なんだと思ってんだよデートをよ。

 

 あれから、雑貨屋で揃いのマグカップを調達したり。

「わたしの家にあなたのマグがないのは不便よね。これとか対になっていて素敵じゃない? ……いやっ、デザインが気に入っただけなんだからね!?」

 

 ゲームセンターで取れる景品の数を競い合ったり。

「数ではわたしの勝ちね! って、あー! 飛鳥がわたしの狙ってたのを取ってる! ……くれるの? あ、ありがと……えっ、これわたしの負けってこと!?」

 

 と、時間も忘れて遊びほうけているうちに、いつの間にか昼飯時をゆうに過ぎていた。飯を食い損ねるなどあるまじき失態だ。人間として減点。

 

「ね、飛鳥。わたし食べたいものがあるのだけど……」

 

 もちもちとしたぬいぐるみを抱えた咲耶が、妙に歯切れ悪く切り出す。

 

「……ハンバーガー。あの、沢山重なってて大きなやつ」

「おまえほんとジャンクなの好きだよね」

「ち、ちがうの。食べたことないの!」

 

 そんな今更お嬢様みたいなこと言われてもな。ちょっと笑える。咲耶は顔を赤くした。

 

「ラーメンは恥ずかしがらないくせになぁ」

「それはあるもの。十二歳まで、ラーメンって誕生日だけの特別な食べ物だったのよね。だから好き」

「…………」

 

 ちょっと笑えん。庶民舌の正体これかよ。

 

「いいよ行こう。俺も丁度、芋が食いたかった」

 

 

 

 暗めの店内にネオンの照明が光る隠れ家的なダイナーにようやく入り、ボックス席にて。

 注文が届いたその後のことだ。

 俺と向かい合って座った咲耶の目の前。テーブルの上、金属のプレート皿には──さっきまでハンバーガーだったものが辺り一面に散らばっていた。

 食べる前に『刺さったピックを抜く』なんて初歩的なミスをやらかしたせいだ。

 パンズの間から雪崩のようにトマトやらアボカドやらがまろび出て、見るも無残な有様である。……本当に、ちょっと前までは美味しそうなバーガーだったんだよ。

 光の消えた目で咲耶は首を横に振る。

 

「……わたし、お嬢様だからジャンクなお料理は上手く食べられないの」

「無理だよ。今更、猫被っても」

「ううっ」

「ごめんな、食べ方教えれば良かったな。まさか、俺が飯の写真を撮ってる隙にこうなるとは思わなかったよ……」

 

 とりあえずスマホのカメラを起動したまま、茫然としている咲耶をパシャリ。

 

「なんで今撮った?」

「そりゃもちろん。あとで見返して笑うためだ」

「は?」

「俺だって人の失敗を目の前で笑わない良識くらいはある。だから、後で写真を見返してこっそり笑う」

「言ってる時点でこっそりじゃないし余計に性格悪いからね!?」

 

 じっとりと上目で俺を睨む。

 

「……あなたって時々。すっごく、意地悪よね?」

「ははは」

「否定しなさいよ!!」

 

 いや、だって咲耶が困ってるとウケるし。

 まあ、からかうのもその辺にして。「とりあえず、ナイフとフォーク貰ってくる」と俺は立ち上がる。

 

「あ、ありがと。優しい……あれ、わたし騙されてない?」

「いやー、俺優しいなー、すっげえ優しー」

「やっぱり騙されてるっ!?」

 

 咲耶はちょっとアホだと思う。心配だから俺以外には騙されないでほしい。

 

 

「美味しいけど……思ってたのと違うわ……」

 

 咲耶は貰ってきたカトラリーで、ハンバーガーを小さく解体して口に運ぶ。 バーガーひとつまともに食べられないくせに、食器の使い方は上手いのだから、咲耶は人生経験が偏っていると思う。記憶喪失気味の俺に言われるんだから相当だ。

 仕方がないので、俺は口をつける前のハンバーガーを回し、向かいの咲耶に突き出す。

 

「ん」

「?」

「ひと口やるよ」

 

 咲耶は目を泳がせる。

 

「それってその、間接キス……じゃない?」

 

 その気後れの理由は、半分は恥じらいなのだろうが。もう半分はそうじゃないことを知っている。屋上で弁当を交換した時にも話したことだ。

 ぼそぼそと小声で咲耶は言う。 

 

魔女(わたし)の体液って、魔法の触媒だし……交換すると、あなたの呪術抵抗を下げちゃうし……いざって時に、わたしに呪われるかもしれないわ……」

 

 うーん。何度聞いても魔女、やばい。

 

「でも唾液くらいは正直、『気分的な問題』だろ?」

「まあ、血ほどの効果はないけど。……血液(そっち)異世界(むこう)のモノには毒だし」

「あれ、現世(こっち)の生き物には効かないんだ?」

「ええ。病院の血液検査でも正常なの。不思議」

 

「ま、もちろん呪いには使えるんですけども」と言うが。異世界の魔女も現世では大したことはないようだ。

 話を戻そう。つまり、咲耶は俺に遠慮をしているということなのだが。

 

「別に今更気にしない。だってもう、俺に喧嘩売る気ないだろ、おまえ」

「ないけど……信用できるの?」

「信じてるよ。多分、おまえが俺のことを信じてくれてるのと同じくらいには」

「……じゃあ、それなら」

 

 そうっとナイフを置き、髪をするりと耳にかけ、咲耶はソファから身を乗り出す。

 

「せっかくだ。思いっきりいけ」

 

 目を瞑って、えいと俺の掴むハンバーガーに被りついた。ソースに濡れた唇を手で隠し、咀嚼。白い喉が上下し終わるのを待って、聞く。

 

「今度こそ『思ってた通り』だったか?」

 

 咲耶はこくこくと嬉しそうに頷いた。

 

「パイン入りなのね? 甘いのにソースが辛い!」

「美味いだろ」

「ええ、『味がする』って感じ!」

「それ、俺の真似?」

「そう!」

 

 苦笑する。変な真似はしなくていいんだけどな。

 バーガーを自分の方に戻すと、咲耶の噛み跡が小さく残っていた。思い切りいけ、って言ったのに全然食えてないじゃないか。……口ちっちぇな。

 ちらりと彼女の方を見やる。そこにある小さな唇は、さっきまで同じソースに濡れていたのだ。そんなことを考えながら食べたせいか、久々の味もよくわからなかった。

 体液交換の危険性ついては、気にしないと言ったけど。間接キス自体を気にしない、とは言っていないのだ。

 なお、さっきの会話で誤魔化された咲耶は間接だのなんだのはすっかりと忘れ、ニコニコとバーガーを切り刻んでいる。ちょっと腹が立った。

 

 ……簡単に騙されやがって。危機感がない、危機感が。

 

 

 ◇

 

 

 

 遅めの昼食をだらだらと。デザートまで注文して店に居座る。

 ただ、問題は。

 

「時間、遅くなってしまったな」

 

 ボックス席の窓からは夕日が射し始めていた。

 

「一日で二計画は、無理があったわね……」

「結局、ぐだぐだになってしまったな」

「ほんと。……こうして、延々と話しているだけでも楽しいけど。困っちゃうわ」

「何に?」

 

 咲耶は頬杖をついて。窓辺、夕日のオレンジで頬を染めながら、ふわりと困り顔で笑う。

 

「わたしたち、ちゃんとしたデートができるようになるかしら……なんて」

 

 俺は息を、止めた。

 

「えっ、なんで顔覆ってるの!?」

「……いや、今のは卑怯だ」

「何が!?」

「だってそれ、『いつかはちゃんとしたデートがしたい』ってことだろ」

 

 恋人らしいデートが、っていう……。

 う、わーー。駄目だ、考えると恥ずかしくなってきた。咲耶の顔が見れない。

 

「やっ、やめてよね! あんたが恥ずかしがると、こっちまで恥ずかしくなるでしょう!?」

 

 あわあわと慌て出す咲耶。

 かわいい。好きだ。

 ……じゃねえ!

 ナチュラルに惚気るな俺の脳味噌!

 

 ──もしかして、『恋人未満』の関係は、ものすごく大変なのではないだろうか?

 今日のことを初めから思い出す。初っ端から、今まで見た中で一番の咲耶だな、と思った時点で俺は負けていた。

 その上、ずっと好意があけすけなのだ。素直すぎると心臓に悪いと言ったのに、咲耶はきっと忘れている。

 あいつ、妙なことは覚えている癖に肝心なところで記憶力がない。もうちょっとツンケンしろ。我ながら理不尽なこと言ってるけど。

 このままだと、多分──めちゃくちゃ好きになってしまう。

 

 ……耐えられるだろうか? 一年だな、持って。それ以上はちょっと、この関係に我慢できる自信がなかった。

 まあ、一年もあれば。俺も人間をやるのが上手くなるだろう。

 そうすれば先に進むことも、きっとできるはずだ。

 

 

 ◇

 

 

 

 店を出る。伝票の争奪戦は俺の勝ちだった。

「わたしが払おうと思ってたのに……!」と悔しがる咲耶に、ようやく奢ることができたので満足だ。

 

「次、俺の番だよな」

「ええ。エスコートしてくれる?」

「その言い方は……いや、いいけどさ」

 

 しかし時間も時間だ。事前に考えていた予定は変更せざるを得ない。どうするか、としばらく悩んで。思い出す。そういや港町だったな、ここ。

 

「海でも行くか?」

 

 思いつきでしかない雑な提案に。咲耶は、ぱっと笑顔を輝かせた。

 

「うん!」

 

 かわいい。くそっ。

 

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