彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十四話 不純異性交遊はまだ許されない。

 

 

 咲耶とはあれから目を合わせてもいない。丸一日、見事に避けられていた。

 翌日の放課後、学校の近くに通ってる川──現世(こっち)に帰って来た時に俺たちが落下した場所だ──そこで、ひと用事を終えた後。

 橋の欄干に肘を預け、真下、俺は川のせせらぎをガン見していた。

 

「ばぁん!」

 

 振り返る。丁度、橋を通りかかった下校中の芽々が手を銃の形にして、俺を撃ち抜いていた。

 

「ハッ……死んだフリもしないとは、さてはひーくん元気ないですね!?」

「いや、元々しないけど」

「そうでした。ひーくん結構塩対応だからな〜」

 

 俺は演技派じゃないからな。咲耶はあれで意外とノリがいいから、こふっと血糊(本物)を吐いてくれるかもしれない。するな。

 

「で、こんなところで何してたんです?」

「入水を検討していた」

「文豪??」

 

 芽々は「えぇ〜?」と呻きながら、片足立ちで身体ごとコトンと首を傾げる。

 

「ちなみに何が……」

「フラれた」

「あーはいはい。またか。もういいです」

「クソ!」

 

 前回の話は芽々にもしていたのだ、裏で。芽々はやれやれと手を上げる。

 

「しょーがないですね。芽々が仲直りのセッティングしてあげますっ」

「ありがたいけど……なんで?」

「人の恋路に首を突っ込むのが趣味って言ったでしょ。……それに、お二人には負い目もありますしね」

 

 負い目? それはむしろこっちの話じゃないだろうか。

 

「てゆか。この前もフラれた時に『それとなく探りを入れといて』って買収(おねがい)してきたくせに、なに水臭いこと言ってるんです?」

 

 前回。俺が喫茶店で文月母から襲撃を食らう直前のことだ。芽々が咲耶を家に呼ぶというから『なんかいい感じに俺のこと聞いておいてくれ』と頼んだのだ。(対価として少々異世界話を求められたが、本当にどうでもいい話しかしていない)

 

「姑息なんですよね〜、ひーくん先輩は。裏で手回しするタイプと言うかぁ……」

「んだよ。外堀埋めるのは大事だろうが」

 

 こっちは無傷で完勝できる戦しかしたくないんだよ……。

 芽々はにんまりと笑って、手を口元に当てる。

 

「やーい姑息!」

「うっ」

「へったれー!」

「ぐっ」

「ひーくんのひは卑怯者のひー!」

「うぐっ」

 

 ぐうの音しか出ない。

 

「まぁまぁ。いつまでも黄昏れてんじゃねーですよっ、()!」

「やめろ。誰が贅沢な名だ」

 

 と、そのまま芽々はスマホを取り出しタプタプとメッセージを打つ。そしてしばらく。

 

「ほい、セッティング完了です。サァヤ今日、用が終わったらウチ来ますってさ」

「早い」

「感謝感激雨あられましたー?」

「ああ、礼をしなくちゃな」

 

「なら、時間までちょっと芽々を手伝ってくださいなっ」

「いいけど、何の?」

 

 芽々はにっこりとこちらを見上げる。

 

 

「ひーくん、家庭科得意系?」

 

 

 ◇

 

 

「いや、これ『家庭科得意』とかそういう次元じゃないだろ」

 

 招かれた芽々の部屋には、服屋にあるようなトルソーが置かれていた。トルソーには布が張り付き、服のような形を取っている。芽々の言う「手伝い」とは、裁縫(これ)だった。

 

「何これ?」

「コスプレ衣装」

 

 芽々はスマホのアルバムを開き、俺に見せる。アニメやゲームに出てきそうな衣装を纏った芽々の写真がいくつも入っていた。そういうイベントがあるらしい。なんというか、寧々坂芽々はものすごい趣味人である。服を自作ってやべえな。

 

「俺、せいぜいボタンを付けれるくらいなんだけど?」

「じゅーぶん! この前、サァヤに頼んだら指を血だらけにしましたから……」

 

 ああ、目に浮かぶようだ。

 

「ちな、武器もあるんですよ!」

 

 と、芽々は戸棚からメルヘンなデザインのマスケット銃を取り出し「じゃきーん」と構える。

 

「へえ、すごいな。本物みたいだ」

「でしょー」

 

 マスケットを構えたまま、芽々は言う。

 

「そいや、あっちの世界って竜ばっかなんでしたっけ?」

「ああ、うん」

「飛んでるやつ相手に剣で戦うとかまじつらそうですよねー」

「言われてみればおかしいよなぁ」

 

 魔王陣営は城も古めかしくファンタジーの代名詞のような竜がうじゃうじゃといたが。人類の陣営は都も機械的で、魔法──人類は〝魔〟という敵への蔑称を名乗らないのだが、わかりにくいので俺はこの場では〝魔法〟と翻訳する──はあったが、文明レベル自体は現世より上だ。つまり、あの世界に銃は存在していたのだ。何故か俺は使わせて貰えなかっただけで。

 芽々は窓の方にじゃきんと銃口を向ける。夜の黒い窓には芽々と俺の姿が鏡のように写っていた。

 

「やっぱ飛行ユニットには狙撃武器じゃないですか? ばーんって!」

 

 ちなみに、窓から見える向かいの一軒家は笹木の家だ。

 

「浪漫だよな。俺も指にマシンガン仕込んでもらえばよかった」

「あは、渋いですね!」

 

 

 雑談もそこそこ、対価の労働に勤しむ。器用にミシンをカタカタ言わせる芽々の対面で、簡単な作業を振ってもらう。

 

「ところで、これなんの衣装だ?」

「魔法少女、です!」

「ああ、なんか変身するやつ」

「芽々の憧れなんです」

 

 ボタンを縫い付けながら考える。芽々の答えがどうにもしっくりこなかった。

 

 

「てっきりおまえは、魔女になりたいのかと思ってたよ」

 

 

 芽々は眉を潜めた。

 

「どしてそう思ったんです?」

「『憧れ』って『なりたい』もののことだろ。おまえ、魔女に憧れている(・・・・・・・・)と言ったらしいじゃないか」

「……それ、サァヤにした話なんですけど?」

「情報共有はするだろ普通に」

 

 それに、芽々は最初に俺たちのこと『異世界の魔女サマ方』と呼んだ。咲耶の方を立てている上、敬称付きだ。

 

「確かに芽々の憧憬は『魔女』ですけど、なりたい憧れは『魔法少女』なんですよね」

「ふうん。なんで?」

 

 芽々は人差し指を顎に当てて、ニコリと微笑む。

 

「知ってますか、先輩(・・)

 

 

「──魔法少女には、夢も、希望も、あるんですよっ」

 

 

 意味深に何らかの文脈(ネタ)を引用して、「なんちゃって」と嘯く。

 

「ま、あれです。実は芽々は悪役(ヒール)より正義(ヒロイン)の方が好きなタイプってことです」

「……意外だよなー」

「芽々をなんだと思ってるんです?」

「捻くれ者」

「否定はしませんけどっ」

 

 芽々曰く「捻くれも一周回ると素直になるんですよぅ……」らしい。よくわからん。

 

 

 

 無駄話をしている内に、そろそろ咲耶が来る約束の時間が近付いてくる。作業もひと段落、ミシンやら何やらを片付けながら芽々は卓袱台の俺に聞く。

 

「で、結局サァヤと何で喧嘩したんです?」

 

 相談した手前、明かさないのは不義理だ。渋々と自白する。

 喧嘩っていうか、過失なのだが。

 

 

「……押し倒して、キスしようとして、頭突きされて、逃げられた」

 

 

 戸棚をパタンと閉じて振り返った芽々は、ニチャッとろくでもない笑みを浮かべていた。

 

「え、まじ? 昨日あの後、そんなことになってたんですか? くふふウケるんですけど」

「ウケるなよ」

 

 待て、『あの後』と言ったか今。まるで『その前』のことを知っているかのような……まさか。

 

「なあ芽々、おまえ昨日……俺のいない学校で咲耶に何か吹き込んだ?」

「おっぱいは万病に効くっつった」

「寧々坂ァ!!!!」

 

 立ち上がる。

 

「おまえ、おまえか! おまえのせいか!!」

「なんで!? 真理でしょ!?」

「うるせぇ俺は硬派なんだよ!!」

「自分で言うのは軟派じゃん!!」

「確かにな!?」

 

「ていうか何芽々に逆ギレしてるんですか? 自分のやったことには責任を持てなんですけど〜!?」

「ムカついた。絶対に正座させてやる。死ぬほど足痺れさせてやる」

「ぎゃーっ芽々は後輩ですよ!? パワハラ! てか姑息!!」

「うるせぇもう同輩だろうが!! 平等だ! そこに直れ!!」

「いやー! けだものー! たすけてぇーー!!」

 

 ふざけながら悲鳴を上げる芽々を確保しようと追い詰めた、その時。バァン!!! と勢いよく、芽々の部屋の窓が開いた。

 振り返る。窓からぬるりと入ってきたのは、笹木だった。……そういや、こいつら窓から入ってくるタイプの幼馴染だったな。

 部活から帰ってきたばかりらしい笹木は何故か、その手に木刀を持っている。合気道の部活で使うやつ、なのだが。何か異様な気迫というものを、その身に纏っていた。

 

「さ、笹木?」

「……芽々の悲鳴が、聞こえたんだけどさ」

 

 笹木は首を回してこちらを見る。普段は人畜無害な顔が、今やまるで般若の面である。

 

 

「──陽南。何、してんの?」

 

 

「違う! 誤解だ!!」

 

 

 

 ◇

 

 

「……なるほどね。そういうことだったのか」

 

 芽々と二人して笹木の前で正座する。

 笹木は染めた短髪にピアスという一見チャラい要素に反して、レッサーパンダのように平和的なのだが。そういうやつほど、怒ると普段との落差で怖い。

 俺たちの釈明を聞いて木刀を置いた笹木は、ずばりと判決を下す。

 

「芽々が悪いよ」

「だよな!?」

「なんでぇ!?」

「いや大人気ない陽南もどうかと思うけどさ。もう仕方ないよ、陽南だし」

「俺、なんだと思われてる?」

「それより、芽々がおしとやかな(ふみ)さんに変なこと教える方が悪いよ。あと紛らわしい悲鳴も!」

 

 どうやら咲耶は笹木にまであだ名を付けられていたらしい。仲良くなったようで何よりだ。……いや、おしとやか?

 

「芽々はただ、さっさと二人を進展させてやろうと思っただけなのに……」

 

 余計な下世話だ。

 

「おまえさぁ、なんでそんなに首突っ込むわけ?」

 

 人の色恋が『趣味』とは聞いたが趣味の理由がわからない。芽々は「んー」と考えて、答える。

 

「まず芽々、恋愛とかあんまよくわかんない系なんですよね」

 

 なんか咲耶みたいなこと言い出したな。

 

「でも、わからないものってウケるでしょ? なんで皆あんなに右往左往するんだろ〜、って! わからないから興味津々、間近で観察したいし、つい茶々を入れたくなっちゃうんです」

 

 いや、咲耶とは逆だ。寧々坂芽々は『恋愛モノはわからないけど好き』ということか。

 

「……ちょっとやりすぎちゃいましたかね。ごめんなさい? 自重しますね」

 

 よくわかってなさそうな謝罪だった。

 

「芽々、リビドーはわかるんですけど、ロマンスがさっぱりなんですよねー。さっさと抱けば良くない?」

「うん、芽々。ちょっと黙ろうか……」

 

 笹木のストップが入った。眉間にシワが寄っている。

 品性のない幼馴染を持つと大変だな、笹木……。

 

 

 説教の途中で、ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。

 

「あ、サァヤ来た」

 

 これさいわいと芽々が立ち上がって迎えに行こうとする。その前に、俺の方を振り返り。

 

「大丈夫、どーせキス拒否ったのもくだらない理由ですって! 歯に青のりついてたとか。がんばれよっ飛!」

「ちゃんと呼べ名前」

 

 もうあだ名じゃなくて蔑称の響きなんだよ。

 

 そのまま、トントンと階段を降りていく音を聞く。なお、芽々の家族は共働きで不在らしい。

 

「お節介がズレてるけど、いいやつなんだよな……。なぁ笹木」

 

 正座を解いて笹木の方を仰ぎ見ると、何やら随分と渋い顔で、芽々の去っていった廊下の方を見ていた。

 そのただならない様子に、さっきのことを思い出す。

 俺たち常識人側が窓から入ってくるのは緊急時のみだ。悲鳴即突撃、あれほど深刻な顔をした笹木を見たことがない。

 

「笹木、まさかおまえ……」

 

 笹木は溜息を吐く。

 

「そうだよ。十年、おれの片想い」

 

「うわ」

「幼馴染ってさぁ、迂闊に関係変えられないんだよね……」

「その上、『恋愛がわからない』とか言われちゃあな」

 

 ……笹木、俺より大変かもしれない。

 

「なんか……がんばれよ」

「あはは。陽南には言われたくないかな」

 

 

 最近、年下の同輩たちが辛辣だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「え、飛鳥がいるの!? 聞いてない!!」と引き摺られるようにして連れてきた咲耶を部屋に放り込み、芽々は「あとは若いお二人でごゆっくり〜」と退出する。おまえの方が若い。

 笹木は「飲み物持ってくるね」と階下に降りて行った。芽々の家だと言うのに立ち振る舞いが慣れたものだ。なるほど、これが幼馴染。

 そして部屋に残された俺たちは、微妙に距離を取って立ち尽くしている。

 

「えーと」

「待って」

 

 咲耶はすーはー、と深呼吸をして「逃げちゃダメよね、そうよ逃げちゃダメ……」と「ぶつぶつと呪文のように唱えたあと、俺に向き直ってお辞儀をする。

 

「避けてごめんなさい……その、心の準備とか頭の整理とか、必要で。なんならまだ踏ん切りがついてないけど、言うわ」

 

 顔を上げた咲耶はきり、と真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

「だってここまでお膳立てされて逃げるとか女がすたるもの……!」

 

 御膳立てっていうか騙し討ちだけど。こいつ、覚悟決めると強いんだよな。

 

 

 

 

「結論から言うわね。昨日の風邪──原因はやっぱり、間接キスだわ。おそらく、あれは呪いに抵抗した結果の知恵熱みたいなものね。元々風邪気味っていうのもあったんでしょうけど……」

 

 なるほど、風邪にしては何かおかしいと思ったが。軽く呪われていたのか。

 

「それから……あの時、あなたがわたしにキスしようとしたのも……きっとそのせい……」

「は? 俺の過失じゃなくて?」

 

 理路整然と話していた咲耶が、しどろもどろになっていく。

 

「多分、洗脳してました……洗脳っていうか、軽い思考の誘導……? わたしがずっと『キスしたい』って考えてたせいで、思念(それ)があなたに流れ込んでいた、かも……」

 

「…………嘘だろ」

 

 最悪だ。自我の保証どころか選択の責任すらないのかよ。

 ──だが待て、今さらっとすごい惚気(こと)を言わなかったか? 

 いや、そんな場合ではないな。もう少ししっかりしろ俺の理性。

 

「だが待て、血を媒介とするならともかく。唾液の交換(かんせつキス)ごときで呪われるはずがない。その程度で呪われるなら、普段大皿で一緒の飯を食ってる時点で詰んでいる。……おかしくないか?」

「それは、えと。わたしが、これは『キス』だって強く意識したせい、だと思う……」

 

 あんなに涼しい顔してたのに裏でおまえも意識してたのかよ……。

 

「それだけで?」

 

 頷く。

 

「したことないから知らなかったのだけど、『恋愛感情の付随するキス』も、魔女の呪いのトリガーだったんだわ、うぅ……」

 

 それ、遠回しに『好き』って言われてないか? 今のは実質告白じゃないか? 状況が状況だから喜べないのが悲しいな。

 羞恥が臨界点に近付きつつあるのか、咲耶は目を回し始めている。

 

「……だけどそれもおかしくないか」

 

 現状を整理しよう。まずは俺の方の脆弱性の話だ。

 確かに色ボケるのは問題だ。愛なんぞ語ればアウト、言葉は自己洗脳の呪いになる。

 だが俺が制限されているのは直接的な発言くらいだ。婉曲表現ならば回避可能、心の中で考えるには問題がなく、デートや手を繋ぐなどの行為にも一切の支障はない。

 名付けも即ち呪いになるので、関係を明確に恋人にするのもまずいが「付き合ってない」と言い張れば、自己暗示でセーフになる。

 まだ付き合えないだのなんだのと大げさに言ったが、意外とたいしたことではないのだ。抜け道はいくらでも作れる。……そうしてチキンレースをした結果が、昨日の惨状と言ってしまえばそうなのだが。

 ──要するに『間接キスだろうが直接キスだろうが大した問題はない』というのがお互いの共通認識だった。それが、今更ひっくり返った意味がわからない。

 

「仮におまえのソレ(・・)が魔法になるものだとして。普通、逆じゃないか? 俺は詳しくないけどさ、ファンタジー的にソレと言ったら〝呪いを解く魔法〟だろ」

 

 思い浮かべるのはオーソドックスな童話だ。

 

「なんでそれが〝呪い〟になるんだよ」

 

 咲耶はぴしりと固まって、背を縮こめた後。「隠しごとはなし、よね。言いたくないけど、流石にこれは、無関係じゃないし……」と目を潤ませた赤い顔で、俺を見上げる。

 

「その、わたしは極めて純潔の処女(・・・・・・・・)なんだけど」

 

急に何をを言い出してるんだこいつ……。

 

「でも魔女──つまり悪性の魔性を意味する存在には〝性的不道徳〟っていう文脈があったのよ。……今日、異世界(むこう)の記憶に潜って確かめたわ」 

 

 確かに、向こうの同僚なんかは魔女のことを『竜を誑かした毒婦』みたいに散々な蔑称で呼んでいた気がする。

 ──汚い言葉をあえて使うと、異世界において『魔女』と『阿婆擦れ』は同義語なのだ。

 

「つまり、当代魔女(わたし)の肉体にも、いつの間にか〝そういう文脈〟が付与されていたっていう、ことで……」

 

 ……まずい。話の雲行きが怪しくなってきた。

 

「なんかっ、処女とか関係無しに、いつの間にか魔女(わたし)は不埒って定義されててっ、だから、そ、そのっ」

 

 

「──そういうこと(・・・・・・)をしたら、あなたの脳味噌めちゃくちゃに壊しちゃうわ」

 

 

「……って、昨日……寸前で気付き……ました……」

 

 死んだ目と消え入る声。

 なるほど、要するに。俺には『言葉の制限』が、一方で咲耶には『行動の制限』がかかっていたということか。貞操観念がどことなくおかしいのも、その影響が入っていたのかもしれない。

 

 いや。

 

「……何やってんのクソ異世界?」

 

 一から十まで最低じゃねえか今の話。最低すぎて凪ぐわ。

 

 と、廊下からドシャっと物音がした。ドアを開けると、廊下では菓子盆をひっくり返した芽々があからさまにうろたえている。こいつ盗み聞きしてたな。後で絞める。

 

「は? え?」 

 

 芽々は口をパクパクさせて、一言叫んだ。

 

 

「──エロゲじゃん!?」

 

 

 黙れ寧々坂……。

 

「え、ヤったら精神崩壊エンド……? CERO(セロ)Z(ゼット)じゃねーですか!?」

 

 こいつ殴っていいかな……。

 あんまりにデリカシーのない発言に、とうとう咲耶が決壊した。

 

 

「ふえーん」

 

 

 ガチの泣き方だった。溜め込んだ涙がぼろっぼろと溢れる。

 

「魔女になんかなるんじゃなかったぁ〜……」

「あーあー、泣くなって。いや、合意無しでえげつない人体改造されたら泣くか。やっぱ泣いていいぞ」

「合意したらいいわけないでしょばかぁ〜……」

 

 なんでどさくさに紛れて俺が怒られてるんだ? おかしい。

 とりあえずハンカチでぐすべそする咲耶の顔を拭く。

 ……しかしこいつ、前まで声も上げない変な泣き方しかしなかったのに。いつの間にこんな、ちゃんとした泣き方ができるようになったんだろう?

 

 遅れて、茶淹れてきた笹木が開けっ放しのドアの前でぎょっとする。

 

「うわっ陽南が泣かせた!?」

「芽々だよ」

「……オーケー、土下座させるね」

「あ、ちがっ違うんです事故なんですっ、盗み聞きしてたわけじゃなくてっ、声が漏れ、あー! おでこ減る! おでこ減っちゃうから!! ゆるしてぇ……」

 

 ちらりと様子を伺う。咲耶は長い睫毛をしとどに濡らしながら「ひくっ」としゃっくりをひとつ上げて。

 くす、と吹き出した。

 

「ふ、ふふ、あは」

 

 指で涙を拭う。

 

 

「……もう、なんか、笑えてきちゃった。みーんなばかなんだもの」

 

 

 ようやく顔を上げることを許された芽々が、地べたに伏しながら俺を見上げる。

 

「……大丈夫そうですね?」

「どうやら無様な土下座がウケたぞ」

 

 咲耶、変なところで立ち直りがいいよな。

 

「え、何? どうなってるのこれ? おれ何もわかんないんだけど」

 

 笹木が芽々の首根っこを掴みながらひとり困惑していた。

 

「いや、ただの痴話喧嘩」

「あと芽々がうっかりセクハラしただけですね」

「そうね、それだけの話だわ。……すんっ、大したことじゃないの」

「そうなの? そうなんだ?」

 

 悪いな笹木。

 

「まいいや、仲直りできたみたいなら」

 

 いいやつだな笹木。おまえが芽々の頭を廊下に擦り付けてくれたおかげだよ全部。

 

 

 

 

「てか芽々、文さんのこと遊びに誘って連れてきたんだろう?」

「そういう口実で釣りましたね」

「騙されたわ……」

「すまん」

 

「騙すのはよくないよ」と笹木の正論。ごもっともだ。ちょっと騙し討ちが癖になってるよな俺たち……。

 笹木は少し、空気を探るように見回して。

 

「じゃあ……皆でゲームでもする?」

 

 提案に、俺は咲耶の方を盗み見る。反応は……悪くなさそうだ。

 

「よし! 芽々をボコボコにするか」

「こいつめっちゃ強いよ」

「ですよ」

「大丈夫だ。二人がかりなら勝てる」

「大人気ないな?」

「ふふ、任せて。飛鳥の雑魚プレイを完璧にフォローしてみせるわ」

「雑魚なのに啖呵切ったんです!?」

「いや勝つし。見てろよ俺は実戦で成長するタイプだ」

「はぁ〜? 芽々のこと舐めやがって返り討ちにしてやりますよしゃーおらっ」

 

 

 めちゃくちゃゲームした。

 

 

 

 ◇

 

 

 散々っぱら遊んだ後、夜の帰り道。笹木たちのおかげで関係を修復したはいいものの、二人きりに戻るとまた空気が妙になる。なんかこんなのばっかりだな、と思いながらそれなりの距離を開けて並んで歩いている最中。

 ひと気も信号機もない横断歩道の前で、ぴたりと咲耶は止まった。

 

「どうした?」

 

 おそるおそる、というふうに。咲耶はこちらを仰ぎ見る。

 

「さっきの……はしたない女って思わなかった? 嫌わない?」

「安心しろ、元々思ってる」

「どういう意味よそれ……」

「嫌うわけないだろ」

 

 へにゃ、と咲耶は崩れるように笑って。

 こちらも、ようやく緊張が解ける。

 

「まだちゃんと謝ってなかったな、昨日のこと」

 

「ううん、謝らないで」と首を横に振る。

 

「……嫌だったわけじゃないから」

「……そうか」

 

 半ば不可抗力だったとはいえ、最近少し浮かれすぎていたし調子に乗っていたのは、よくなかったな。初心に戻ろう。大事なのは清く正しく健全に、だ。

 

「まあなんだ、悪いとは思ってるんだ。埋め合わせはさせてくれ」

 

「じゃあ……」と咲耶は、少し恥ずかしそうにはにかんで言う。

 

 

「いつかわたしが風邪を引けるようになったら、たっぷり甘やかしてね?」

 

 

 ふ、と笑みが溢れる。

 

「任せろ。俺は粥を炊くのが上手い」

「ばか」

「冗談だよ」

 

 本当は雑炊の方が得意だ。

 

 

   ◇

 

 

 さて、そろそろ切り替えよう。

 駅前からも遠ざかり、夜道は暗く、見慣れたいつかの岐路に差し掛かる。

 

ここから(・・・・)どうするか(・・・・・)の話だが」

 

 咲耶の望みを叶えるためにも、色ボケている場合ではない。本題だ。

 

「こっちは順調よ。そっちは?」

「ああ、なんとかなりそうだ」

 

 すったもんだは別にして、やるべきこと(・・・・・・)は裏できっちりと進めているのだ。

 

「仕掛けは上々、あとは場を整えて、決行するだけ、か。日付はどうする?」

「満月がいいわ。来週」

「時間は」

「丑三つ時と逢魔時で迷ったのだけど、目的を考えると後者が最適ね。これはあの子も同意見」

「日没か、ちょっと面倒だな。相性が悪い」

「月が丁度昇るくらいね。雨が降らないといいのだけど」

 

 手を繋ぐのは棚に上げて、拳を合わせる。

 今はまだ、こっちの『いつも通り』でいい。

 

「あと少し、だな」

「ええ、がんばりましょう」

 

 

 待ってろよクソ異世界。

 ここからが、反撃だ。

 

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