彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十五話 魔法使いは窓からやってくる。

 これは、少しだけ昔の話だ。

 

 異世界のおぼろげな記憶の中でも、いっとう鮮烈な記憶がある。それは彼女(・・)の姿を初めて目にした時のことだった。

 眼前には赤い海の上に建つ堅牢な魔王城。茜に焼けた空を埋め尽くすのは、夥しい数の竜。

 その天元(ちゅうしん)に。彼女はいた。

 顔はヴェールで隠れて見えなかったが。その立ち姿だけを見て、既に薄れていたはずの意識の片隅で──綺麗だ、とかすかに思った。

 かの世界での竜は、狂った目をした薄気味の悪いバケモノだ。だというのに、それらを従える彼女は〝魔女〟というよりも姫や巫女のように清廉に見えた。

 

 同僚である〝聖女〟は言った。

 

『あり得えません……歴代のどの魔女にも、戦う力などないはずです』

 

 人類(こちら)側の勝利条件は、人喰いの邪竜共を退けること。最強の竜にして魔法使いたる〝魔王〟を倒すことは、『たとえ勇者でも不可能でしょう』と聖女は言う。

 だが魔王とて、たった一騎で世界を滅ぼせない。勇者の使命はあくまで、数多の竜を孵化(きょうか)する〝魔女〟を暗殺することだった。

 

 ──つまるところ、魔王城とは魔女を守るための鳥籠で。魔女とは大切に守られるべき〝最弱の駒〟だ。

 だから。

 

『前線に出るなど、あり得ない』

 

 はずなのに。現に、彼女はここにいる。

 

 空を見上げた。遠く高く互いの顔など見えやしない。けれど彼女が恐れ知らずに真っ直ぐに、こちらを見据えているのは理解した。

 号令。姫巫女のごとき魔女が手をかざす。彼女の命に従って、星が堕ちるように竜が降ってくる。

 

 ──ああ、なるほど。彼女は例外のイレギュラー。歴代最弱のはずの魔女の中で〝最強〟というわけだ。

 その姿は〝絶対的〟で。見惚れるほどだった。

 

 だから。きっと、彼女こそが隕石(ほし)だったのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いや、変身シーンが雑なんですよ」

 

 異世界カチコミ作戦決行当日。天気予報では夜から雨だ。今はまだ空の色が見える晴れ具合だが、まばらな雲は西日に色付きながらもどんよりと重い。

 場所はかつて異世界から帰ってきたときに落ちた川、そこにかかった橋の上。人払いは魔法で済ませて、俺たちは支度──つまり、聖剣と角を出し終えたところなのだが。

 寧々坂芽々はめちゃくちゃ不満そうな顔で文句を付けてきた。

 

「『やるかー』『はいはい』ってだるそうに指チョンして変身シーン終わりとか。ありえんでしょ……!」

 

 芽々の理不尽な抗議に。隣、お馴染み破廉恥ドレスに衣装変えした咲耶と顔を見合わせる。

 

「やだよいい歳してポーズとるとか」

「そんな余裕ないわ。触るとバチってなるし」

「静電気かよ」

 

「じゃあそこは譲っても、ひーくんが制服のままなのは大問題だと思います!」

 

 確かに異世界の魔法事情にとって、装いは大事である。それは魔法使いではない俺とて例外ではない、が。

 

「問題ない。制服は冠婚葬祭こなせる最強装備だ」

「マジで言ってます?」

「芽々こそ、その格好はなんなんだよ。無人島でも行くのか?」

 

 芽々はポンチョ型の黄色いレインコートという重装備で、ついでに横長のトランクという大荷物だった。ちなみに、いつもの伊達眼鏡は魔法のために外してある。

 俺の質問に、芽々はこてんと首を傾げた。

 

 

「だって今から異世界行くんでしょ?」

 

 

 確かに今回の目的は『異世界と繋がる扉を作ること』だと芽々には説明してある。その後状況によってはカチコミだとも。だが。

 

 

「…………ついてくんの?」

 

 

 むふん、と胸を張る芽々の態度が返答だった。

 

「あのなぁ、芽々? 向こうには鞄とか持ち込めないぞ」

「転移術式に弾かれるわ。着ている服くらいで精一杯よ」

「だからお二人手ぶらだったんですか!?」

 

 ……まあいいか。芽々が「ついてく」などと言おうが、どうせ(・・・)やることは(・・・・・)変わらない(・・・・・)

 

 

 

 

「それじゃあ、情趣もへったくれもないが始めるか。咲耶」

「ええ、任されたわ」

 

 彼女は魔法を準備する。橋の上、既に描いてある赤い血文字の魔法陣の中心に彼女は立ち、

 

「定義するわ。ここは橋の上。そして橋とは古来、あの世とこの世を繋ぐモノよ。現世(この世)に相対する異世界(あの世)に、ここから扉を繋げるわ」

 

 詠唱の後、赤い光の粒子が瞬いて、そこには大仰な扉が出現する。きゃあきゃあと黄色い歓声をあげる芽々。少し離れた場所で俺は「いや、それってつまりどこでもドアじゃん」と思ったが、台無しになるので黙る。俺は空気が読めるので。

 

 芽々はうきうきと扉に駆け寄り、手をかけて、不思議そうに言った。

 

「……あれ、開きませんよ?」

「ええ、まだ鍵をかけているもの」

 

 彼女は淡々と答え、おもむろに魔法で虚空から水鉄砲を取り出した。プラスチックの透明な玩具の銃、その銃口は芽々に向けられていた。

 

「はい?」

 

 ひと気の消えた逢魔時の橋は静まりかえり、分厚い雲が奇妙な茜に染まって、沈んだばかりの陽の反対に月が登り始めていた。

 

「動かないでね。ただの玩具でも中身はわたしの血だから。いつでも本物に変えられるわ」

「……なんのおふざけですか、これは」

 

 引きつった笑みで芽々は訊く。

 

「悪いな。これも魔法の手順に必要なんだ。ちっとばかし茶番に付き合ってくれ」

 

 芽々は瞳の星を輝かせ、皮肉げにハッと笑う。

 

「頭に銃口突きつけて、それが人に頼みごとをする態度ですか? まあいいですけど。友達なので」

 

 寛容で助かる。今度プリン奢ってやろう。

 

 

「それじゃあ、腹を割って話そうか。お互いの、本当の狙い(・・・・・)ってやつを」

 

 

 俺は魔法陣の縁まで近付き、左右を魔女と扉に挟まれた寧々坂芽々に向き合う。

 さて、真相の追及(・・・・・)を始めよう。

 ──寧々坂芽々が何であるのか、その答えを。

 

「第一に、おまえは初めからおかしかったよな。こちとらそんなことは一言も言ってないのに、俺たちを『異世界の』と呼んだだろう」

「想像ですよひーくん。ファンタジー好きとして当然の思考でしょう?」

 

「でもおまえは、この世界がファンタジーだと知っている。なら、俺たちも現世に由来していると考えるはずだ。なのに、迷いなく『異世界』と言った。不自然じゃないか」

「偶然です。人間は意外と理屈で行動しないんですよ、飛鳥さん」

 

「おまえはふざけたやつだけど理由のないことはしない。今も昔もそうだろう?」

「あはっ記憶が戻ってるようで何よりですね、先輩?」

 

 寧々坂芽々はころころと呼び名を変えて、愛嬌を顔面に張り付かせたまま、冷淡な声音で受け答えをする。その様は、人形か何かのようで不気味だった。

 

「それから──極め付けは先月のことだ。咲耶が俺を襲ったあの事件。その前に、おまえが咲耶に妙なことを吹き込んだ」

 

 『あれは俺ではない』と間違いではないが重大な誤解を導く発言を、寧々坂芽々に吹き込まれさえしなければ、あんな過度な実力行使は起こらなかっただろう。

 

「おまえのせいにするつもりはないが、随分とタイミングがいい話だな? その上喧嘩の場面まで見ていたってのは、ただの偶然と片付けるには噛み合い(・・・・)すぎて(・・・)いる(・・)

 

 寧々坂芽々の言動は、『最初から異世界を知っていた』と考えれば理屈に合う。

 そして。寧々坂芽々の『行動が合理的すぎる』という不合理の正体には──身に(・・)覚え(・・)()ある(・・)

 

 

おまえ(・・・)洗脳(・・)された(・・・)だろう(・・・)

 

 

 芽々は、目を細めた。

 

「やですね。めっちゃ正気ですよ芽々は」

「洗脳と言っても『思考の誘導』程度の軽いものだろうな」

 

 術者の望む方向に、無意識に動いてしまうだけの。勇者時代の俺が特に思い入れのない世界を「とりあえず真面目に救っておくか」と考えるようになる程度の。軽度の洗脳だと勘を巡らせる。

 芽々の返答は無反応。

 

「では誰がおまえを洗脳したか。簡単だな、動機があるのはアイツら(・・・・)だけだ」

 

 ──思うと先月のあの喧嘩は、咲耶をけしかけて狂気に陥らせることで、『俺が魔女を倒さざるを得ないような状況』を作り上げるのが、狙いだったのかもしれない。

 

 アイツらは俺が魔女を連れて逃げたことと、聖剣をパクったことにブチ切れて、向こうで散々追いかけてきたのだから。

 だが、異世界のモノが地球(こっち)に来るってのは原則不可能だ。地球から異世界に人間を召喚するのだって随分と例外的なことなのだ。

 第一原則として、奴らは現世までは追いかけて来られない。だから、俺たちから自発的に戻らせようとしたのだろう。転移術式の破片で異世界と繋がってしまった寧々坂芽々を使って──聖剣を取り返すために。

 

 妥当性から導き出した推論はあくまで想像。証拠はない、が。証拠がなければ実力行使で引き摺り出せばいいだけだ。

 

「悪いなつまり。『これから異世界に行く』っていうのは、嘘だ」

 

 だって必要がない。向こうから(・・・・・)来て(・・)くれる(・・・)()だから(・・・)

  そして、彼女がもう一度呪文を唱える。

 

「再定義する。『其は異界を繋ぐ扉にあらず。繋がり、異界の真実を写す鏡である』」

 

 ──異世界の言語で、本当の呪文を。

 

 寧々坂芽々の前にそびえ立つ大きな扉が輝き、姿形を変える。彼女が真に組んでいたのは、寧々坂芽々に繋がってる何かを、引き摺り出すための術式(かがみ)だ。

 

 わざわざ素知らぬ顔で、相手の思惑に乗った目的は二つ。巻き込まれた寧々坂芽々という人質の解放。そして相手を確実に、この場に引き摺り出すためだ。

 

 そう、やることは変わらないのだ。場を整えて、罠を仕掛けて、宣戦布告。主導権を手放さない。

 相対するは、魔法の鏡に映る寧々坂芽々の〝虚像〟。

 

 

「それじゃあ、交渉といこうじゃないか。異世界人」

 

 

 

 

 

 鏡と咲耶に挟まれた、本物の寧々坂芽々は、人形のように無表情にこちらを見つめ──否。眉を下げて、僅かに微笑んだ。悲しそうに。

 

「……待って。違うかも」

 

 咲耶が芽々のこめかみに銃口を突きつけたまま、震える声で言う。

 

「ねえ。人類側(あちら)が好む洗脳って、自我を殺す方よね。芽々って、勇者(あなた)と同じにしては自我がちょっと強すぎない?」

 

 答えの撤回、その根拠を。

 

「異世界のことを誤魔化したり気を逸らしたり、他のものに注意を向けたり、そういう誘導とか暗示とかが得意なのはどちらかというと……魔女(わたし)の方」

 

 ──彼女が、何を言おうとしているのかに気付く。

 

「それに。先月のあの事態は……途中まで、魔女(わたし)に有利にことが進んでいたわ」

 

 敵を想定する選択肢は、初めから二つしかないのだ。人類側(こちら)か、それとも──、

 

「馬鹿な。アイツ(・・・)は死んだだろ!? 一片残らず灰にした、おまえだって見たはずだ!」

 

 

 ──くす、くすと。鏡に映った〝虚像〟の唇が歪む。鏡の中、寧々坂芽々の自我の裏に巣食っていた〝何か〟が、異界の言語で嗤う。

 

 

『正解だ。ボクの(・・・)魔女(・・)

 

 

 

 

   ◆◆

 

 

 

 それは雪の降る二月の夜のことだった。

 空から落ちてくる人間の幻覚と、目の中に何かが刺さったような錯覚を体験した寧々坂芽々は、その不可思議に困惑した。

 

「一体、なんだったんですか……?」

 

 その正体をまだ知る由はない。瞳は既に異世界と繋がり始めていたが──まだ、はっきりと見える(・・・)ほどではなかったのだ。

 

 だがその後。五月のある夜に至って。寧々坂芽々の瞳は完全に異界と接続する。

 二度目の不可思議が、寧々坂芽々の前に現れる。それは、自室の窓に映る〝蛇〟の影だった。

 

『なぁキミ。そう、そこのキミだ。見えているのだろう? 聞こえているのだろう?』

 

 ──見えてはいけないものが見えるというのは危険なことだ。

 

『目を背けてはならない。耳を塞いではならない。ボクはキミを見つけ、キミはボクを見た。それだけで(えにし)は結ばれた』

 

 ──深淵(あな)を覗く時、深淵(あな)に棲まう者もまた、こちらを覗いているのだから。

 

『さぁ、契約をしようじゃあないか』

 

 蛇は囁く。

 

『君の願いを、なんでも叶えてやろう』

 

 人を惑わす甘言を。

 

『代わりにキミの名を、キミの存在を、少しばかりこのボクに分けておくれ』

 

「……何者、ですか」

 

 しゅるしゅると、奇妙な笑い声を立てて。影は答える。

 

 

 

『とある世界で一番の、魔法使いさ』

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 くすくす、ころころ、かんらから、ゲラゲラと。魔術で作り出した鏡の中。寧々坂芽々と瓜二つの虚像は、同じ声で嗤う。

 

「死んだはずだって? ああ、確かに死んださ。見事な奇襲に、念入りな(とど)め! まさかこの身で切る煮る焼くのフルコースを味わうことになるとは、まったく長生きはしてみるものだ!!」

 

 しゅるりと二股に分かれた舌で、唇を舐める。

 

「だがね、キミ」

 

 緑の瞳は赤く染まり、爬虫類の瞳孔が開いた。

 

「──この魔王(ボク)が、たかが(・・・)一度(・・)殺した(・・・)くらいで(・・・・)、死ぬと思ったのか?」

 

 鏡の中、実像の少女(寧々坂芽々)に似ても似つかぬ邪悪な笑みを浮かべる。

 

「そう、ボクこそが星喰いの竜にして世界で(・・・)一番(・・)悪い(・・)魔法使い(・・・・)。つまるところの〝魔王〟というわけさ!」

 

 名乗りを上げる。

 

(とき)逢魔(おうま)──『逢いに来たぜ。愛しの魔女(弟子)に、裏切りの勇者殿?』」

 

 

 そして、ふらりと本物の芽々は倒れる。魔王との接続を急に断たれ前後不覚に陥ったのだろう。咄嗟に受け止めた咲耶の腕の中、芽々は苦しげに目を瞬き、

 

「ハッ……魔王が時!?」

「言ってる場合!?」

 

 いやこいつ余裕じゃん、と飛鳥は思った。

 

 

 

 

 考える。寧々坂芽々に取り憑いていたのは、想定していた相手ではなく、殺したはずの魔王だった──なるほど、少々面食らいはしたが。

 だからなんだ(・・・・・・)。どうせやることは変わらない。むしろ。

 

「都合がいいな」

「ええ、僥倖だわ」

 

 魔女は抱きとめた少女を降ろし、向き直る。

 

「お久しぶりね、クソ師匠(せんせい)魔女(わたし)を造った魔王(あなた)なら、この身体の治し方も知っているでしょう?」

「どうだったかな? 最近物忘れが酷くてね。年だから」

「知ってる。こいつ絶対知ってる」

 

「御託はいい。(おり)の中で洗いざらい吐いてもらおうか」

 

 魔王はふむ、と小さな顎を撫で、自らを閉じ込める鏡面を吟味する。

 

「なるほど。『真実を映し出す術式、本物と分離させる術式、寧々坂芽々の瞳から欠片を移し異世界と接続、その上で厳重に鍵を掛け、檻としての強度を保っている』……地球(こちら)でよくここまでの術式を組んだものだ。九十八点、中々いい出来だね」

 

「──だが、あと二点足りない」

 

 手をかざす、それだけで。術式が上書き(・・・・・・)される(・・・)。鏡面が(ひび)割れた。

 

「……ッ!」

「師匠越えにはまだ早かったようだね?」

 

 ずるり、と。中の少女(魔王)は、割れた鏡面から抜け出して。橋の上に降り立った。

 純正の異世界の者は現世に渡れないという第一原則を破り捨てて。

 

(……そういうことかよ)

 

 ──寧々坂芽々を通して異世界に繋がる門を作らせようとした、その目的は自分たちを向こうに呼び戻すことではない。

 ──魔王(かれ)自身が、現世に来ることだったのだ。

 

 

 

 

「どれ、折角ヒトの形を得たんだ。少し遊ぶとしよう」

 

 細い指を鳴らすと、灼金(やきがね)色の纏め髪はばらりと解け蛇のようにのたうち、纏う服は陰鬱なゴシックドレスに様変わる。其処にいるのはもう、寧々坂芽々とは似ても似つかない少女の姿形だ。

 

 速攻、勇者(かれ)は地を蹴る。判断に躊躇はなかった。狙うは()っ首。斬りかかる。

 しかし。魔王は聖剣の刃を、少女のか弱い指先のみで受け止める。ジュッと刃に触れた指が焼き焦げるのも厭わない。

 

「『魔女殺しにして竜殺しの聖剣』……地球(ここ)でも威力は健在か。まったく、こっちは魂だけ飛ばすのがせいぜいだというのに。ずるいとは思わないかね、勇者君」

 

 あっさり受肉しておいて何を言うこのバケモノめ、と吐き捨てる。友人と同じ顔を斬る羽目になるとは、本当に人生ツイていない。

 

 後退。問う。

 

「テメェの狙いはなんだ」

「当然、あの星を滅ぼすことだ。そのために、最高傑作たる魔女(でし)を連れ戻しに来たのさ」

 

「ふざけんな!」

「お断りよ!」

 

 彼が低く剣を薙ぐ。その背後、魔女は構えた銃から血の弾丸を撃つ。けれど魔王は軽やかに刃を避け、弾丸の術式を上書き(のっとり)、彼女に打ち返す。

 

 不死身の特性上、魔女は回避が不得手である。跳ね返った弾は赤い左眼を撃ち抜いて、脳髄に入った。

 

「ッ……」

 

 悲鳴も上げずに硬直。一回死んだ。いつものことだ。

 即座に損傷を再生──、その途中で。

 ぐるりと世界が回った。

 

 

「……あ、れ?」

 

 

 ──脳の中に撃ち込まれた弾丸(術式)が起動する。

 魔女は、目を押さえ、膝から崩れ落ちた。

 

「──言っただろう。師匠越え(・・・・)には(・・)まだ(・・)早い(・・)、と」

 

 膝をついた魔女の前に、ゴシックドレスと金の髪を揺らしてトン、と降り立つ魔王。

 聖剣に焦げたその指先に触れられる前に、魔女は咄嗟に魔眼を発動する。

 左眼、〝鍵〟の権能(いみ)を持つ魔眼。その効力は『行動の停止』。しかし再生したばかりの魔眼(ソレ)は制御を失い、その場の全員に硬直(かぎ)をかけた。──丁度、背後から魔王を切り捨てようとした勇者も同様に、だ。

 

 

 

 

 ──とうに陽は沈み、夕は夜へと塗り変わっていた。流れる暗雲もまた停止し、東の空の隙間には黄金の月が覗く。

 硬直した世界で、魔王は口だけを滑らかに動かす。

 

「覚えているだろうか。キミが弟子となった時、契約としてボクに名を捧げたことを」

 

 ──寧々坂芽々が持ちかけられた契約と同様だ。

『名を捧げる』というのは存在を分け与えるということ。対価として力を与えるが、代わりに相手の精神に穴を空ける。魔法使いの弾丸が撃ち抜いたのは、魔女のその『穴』だ。

 

 魔法使いは、詠唱する。

 

「『名付けは存在の定義であり呪いだ』。キミが地球で魔術を十全に使うには満月を待つ必要がある。だが『この地球において満月は狂気の象徴でもある』

 ──つまり、キミの力は月が満ちるほどに高まるが『満ちるほどに狂い(・・)やすく(・・・)なる(・・)』」

 

 蜥蜴の瞳を輝かせ、少女の形をした竜は、二又に割れた舌で囁く。

 

 

「さて、思い出させてあげよう文月咲耶。『──キミが、かつて世界を滅ぼしたいと願ったことを』」

 

 

 唱えるは過去への再生。精神の退行。狂気の最盛へと誘う、揺れ戻し。

 

 

「あ、……あぁ、」

 

(──(まず)い)

 

 眼前、角のある頭を抱えた彼女を見て。飛鳥はいくつかの筋繊維を代償に、硬直を振り切って動く。

 

「咲耶!!」

 

 名を呼ぶ。それが彼女を正気(こちら)へ引き戻すと信じて。

 だが。既に彼女の眼に、現在(いま)は映っていなかった。

 惑う瞳を見開いて、叫びがつんざく。

 

「嫌っ……! 来ないで……」

 

 

 

喰べないで(・・・・)ッ!!!」

 

 

 

「────は?」

 

 

(一体、何を言っている?)

 

 脳裏を過ぎる疑問は一瞬。察しがいいことだけが取り柄だ。

 

(……まさか)

 

 解けきらない硬直の魔法の中。鉛のように重い腕で、剣を悪竜に突きつける。

 

「なぁ魔王。アイツに、何をした?」

 

 振り向きざま、悪竜は「知らなかったのか?」と少女の顔を白けさせる。

 言うまでもない(・・・・・・・)、と。

 

 

 

 

 冷たい汗が背筋を流れる。

 

 ──ひとつ。〝魔女の役割は竜に強化の魔法をかけることである〟

 

 心臓が嫌に鳴って、頭に血が昇る。

 

 ──ふたつ。〝魔女の魔法には捧げる血肉が必要である〟

 

 迫り上がる吐き気を、唸るように捻じ伏せる。

 

 ──みっつ。〝魔女はいくら血を流し肉を削ろうと再生する、不死身である〟

 

「……まさか、テメェら」

 

 

 

喰わせたのか(・・・・・・)……!!!」

 

 

 

 悪食の竜は嗤う。

 

「ご名答」

 

 

 

 ◆◇

 

 

 

 ──かつて〝竜〟とは最も恐ろしく、最も強靭な怪物の名であった。

 その爪はどんな剣よりも鋭く、その瞳はどんな宝石よりも力を秘め、その翼は嵐を引き起こし、その頭蓋は千年の叡智を湛える、かの異世界で最強だった種族だ。

 ──それがどうして、世界を滅ぼすために〝魔女〟を召喚する? 

 弱い人間の少女なぞ。必要がない。使い道がない。その筈だ。

 

 ──だが、彼らは気付いてしまった。

 別世界の少女に竜の因子を植えつければ、人ならざる〝魔女〟となることに。魔女の血肉が、どんな美酒も敵わない〝至上の甘露〟となることに。そして何度でも死ねる魔女は、怨念という最上級の魔法(のろい)を生み出す〝永久機関〟となることに。

 

 歴代の魔女に戦う力などない。

 必要が(・・・)なかった(・・・・)のだ(・・)

 

 ──魔女とはすなわち、竜に捧げられる〝生贄〟の名なのだから。

 

 

 

 

 

 

(……何が勇者だ)

 

 すべてを、手遅れになる前に救えずして。

 

(何が……やるべきことはすべてやった、だ)

 

 彼女の落ちた無間地獄を知りもしないで。

 その元凶を、人を喰い星を喰う怪物(バケモノ)を、鏖殺(みなごろ)すこともできないで。

 

 

(──俺は何も、救えてなどいないじゃないか!!)

 

 

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