彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第四話 清く正しい高校生活への果てしない道程。

 

 

「『友達の定義』を詰めるべきだと思う」

 

 あれから一日が経った金曜日のことだ。俺は放課後の教室で咲耶にそう言った。

 念願叶い、というかかつての負債を今更清算するように、俺と文月咲耶は『友達』の関係性を手に入れたのが一昨日のこと。

 そして昨日今日と、俺たちは一緒に朝飯を食べ、一緒に登校し、一緒に昼休みを過ごし、関係の名前を友人に書き換えている最中だ。そう表現すると常に一緒にいる感じがするが、教室や人前ではほとんど話さないのでそうでもない。ないはずだ。

 ……今思うと浮かれすぎていた気がする。なんだよ『明日も味噌汁作りすぎるけど』って。そんな誘い方があるかよ。恥ずかしいな。普通は友達と毎朝飯を食べないことくらい、俺は知っている。なんで誘ったんだ俺は。うっかり。つい。流れで。全方面恥ずかしい。くそっ、完全に生来の人恋しさが荒ぶった。

 

 ともあれ、放課後の教室である。

 残っているのは俺たちだけだ。なぜ残っているかというと、共に仲良く今日は日直だったからだ。日誌を書いていた咲耶は、教壇の上に立つ俺を見て、「友達の定義?」とおうむ返しする。

 俺はチョークを手に取る。黒板に書く文字列は『今回の教訓』だ。

 

「教訓……」

「そうだ。今回、俺たちはなんやかんやでうまく着地したような気はするが、それでも反省点は多大にある」

「なんかすごく理屈っぽくて面倒くさいこと言い出した」

「得た教訓はシンプルだ。『言わなければわからない』そして『認識のすり合わせは大事』ということ」

「しかも無視して話を進めるし」

「俺たちは子供じゃないので、同じ間違いを繰り返すのはダサい。その点、反省を次に活かしていきたいわけだが」

「今更だけどわたしは十八って子供だと思う」

「それは甘えだな。そう、問題は『甘え』だ。定義を詰めずに『友達』の関係に甘んじるとどうなるか」

「わたしの指摘は聞く気ないのね。いいけど。……まぁ関係は、なぁなぁのぐだぐだになる気がするわね」

「そうなると、何が待っているかわかりますか咲耶さん」

「飛鳥って敬語話すと教師っぽいわよねー。昔みたいに眼鏡かけたら完璧じゃない?」

 

 咲耶は書き終わった日誌を閉じて。

 

「甘えの先に何が待っているのか、ね……」

 

 やる気なさげな目で、しかしちゃんと答える。

 

「──すれ違い、勘違い、破滅、爆死。甘えは破綻の前段階だわ」

「はい正解。それはダサいので避けるべきだと俺は思う。てか後半やけに語彙が物騒だな」

「魔女なので」

「そこはこだわるんだ」

「よく考えてみたのだけど、わたしは割と魔女であることに自負を持っていたわ」

「俺はおまえの『魔女』の定義もわかんねえよ」

「そっちも定義詰める?」

「逆立ちしても興味ない」

 

 咲耶が頬を引きつらせた。

 

「……まぁ、言ってることは正しいから付き合ってあげるけど。要は『定義を確認して、認識を擦り合わせて、余計な摩擦を回避しましょう』って言ってるのよね。でもそんな面倒なこと、普通はするかしら?」

「普通の友達はしません。しないね。しないけど。でも俺たちはします。何故か」

 

 咲耶は少し考えた後、溜息を吐いて降参と手を上げた。

 

「わたしが友達初心者だからです。ついでに、ロールのための枠がないと困る人種だからです。面倒なのはわたしの方でした……」

「はい百点」

 

 流石に物分かりがいい。これが十八の理解力だ。

 

「でも友達の定義なんて古今東西の大問題よ。どうやって定めるの?」

「そんな哲学的なことは考えない。やりたいのは、方向性の確認だ」

 

 俺は黒板に、『目標』と書く。

 

「方向性、すなわち目標の確認だ。──そもそも、俺たちの目標は何か!」

「えっ、えっ? 目標? 急に何?」

「なんのためにわざわざ現世に帰ってきたか、だ」

「美味しいご飯」

「大事だな」

 

 頷く。

 

「ご飯のためには?」

「お金が必要」

「大事だな」

 

 頷く。

 

「かいつまむと、概ね現世に戻ってきた目的は『二年前に中断された続きの人生』をやることなわけだ」

 

 現世では世界より、就職とか進学とか通帳の残高とか明日の飯の方が、圧倒的に大事だ。

 

「すなわち目標とは『将来を見据えて、現代社会で清く正しく生きていくこと』だ!」

 

 黒板を叩いた。

 

「ここまでは問題ない、よな?」

 

 この辺の合意を、異世界ボケしていると推定していた時の咲耶からは取れていなかったが、実は理性で魔女ロールをしていただけと判明した今の彼女相手ならば。

 

「ええ、うん、完全に同意しましょう」

 

 よし。

 

「『ねぇこれなんの話してるの?』って文句つけたいのに、何言ってるのかわかっちゃう自分がイヤなこと以外、何も問題ないわ」

 

 なんでそんな不本意そうな顔するんだよ。

 

「さて、目標の確認をしたところで関係性の定義に戻ろう。俺たちは同じような背景を持って、同じものを見て、同じものを目指しているわけだが。──いかがだろうか?」

 

 あえて返答を待つ。

 咲耶はすっと目を細めた。

 

「…………なるほど、あなたの言ってること。完璧に理解したわ」

 

 咲耶は立ち上がり、俺のいる教壇の方へ。

 

「つまり、同じビジョンを持つ『良き理解者』として」

「そう、そこらへんを『協力』していこうって話だ」

 

 視線を合わせて頷き合う。

 完全な相互理解がここに成った。

 

「社会復帰のための共同戦線、以上が『友達の定義』。つまり関係性の名は『元敵あらため戦友』ということでよろしいか!」

「よろしいわ!」

 

 お互い最高のタイミングで、パァンッと手を合わせる。

 

「完璧ね」

「まったくだ」

 

 と、その時。ガラッと、教室の扉が開いた。

 ほうけた顔をした同級生の男子が一人、気まずそうに教室に入って来る。

 

「えと、忘れ物取りに来たんだけど……なんか、ごめんね。その、大事な話? っていうか盛り上がってた? みたいなところ、邪魔して。うん、おれは何も見てないから気にしないで……」

 

 と、そそくさと荷物を取って出ていく。

 同級生のその背中を黙って見送った後。俺は咲耶に聞いた。

 

「……もしかして俺、今結構恥ずかしいこと言ってた?」

「言ってたわぁ。わたしも悪ふざけで乗ったけど。男の子みたいなノリやるの、憧れてたのよね〜!」

 

 何故か咲耶はほくほくと満足げな笑顔をしていた。

 待て。俺は悪ふざけをした自覚がない。

 

「……あともしや、俺、話すときに見得を切る癖ついてる?」

「ああ、歌舞伎の『見得』ね。ついてるわね〜。一挙一動いちいち大袈裟!」

 

 血の気が完全に引いた。顔を覆う。

 

「 ……俺も大概、異世界ボケしてたね」

「ようやく認めたわね。えらーい!」

 

「……とりあえず。社会復帰、その第一歩として……まず友達を増やしたいよな。普通の」

 

 そろそろつらいので話はこれで終わりでいいか? と咲耶を伺う。満面の笑みだった。

 

「すごい! 話が完全に四月(ふりだし)に戻ってる上、完璧に前途多難だわ!」

 

 めちゃくちゃ煽られた。ちくしょう!

 

 

 咲耶の問題は解決したと思いきや、どうやら今度は俺の方にも問題があるらしかった。

 ……これからどうしようか。

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 このところ、わたしはとびきりに機嫌がよかった。理由は全部、飛鳥のおかげだ。

 

 ──なんでもない普通の友達として会いに行けるって、なんて素晴らしいのだろう!

 

 そんな浮かれ心地のまま、わたしは週末を迎えていた。

 週末、飛鳥に会う予定はなかった。土日は大抵、飛鳥は労働に勤しんでいるし、わたしも程々に忙しい。せいぜい窓から部屋の様子を確認するくらいだ。

 わたしは意外と気を遣うので労働終わりに突撃とかはしない。わたしはひとりの時間の大切さを知っている。時には部屋の隅で膝を抱えてじめっとMPを回復することも大事だ。休息を邪魔してはいけないと思うし、飛鳥だっていくらわたしが友達でも四六時中顔を合わせたくはないだろうな、と思う。

 ……でもあいつ、この前の昼休みに『寂しい』って言ってたな。わたしは根が引っ込み思案なので、正直人恋しさとは無縁なのだけど。彼は多分そうじゃない。少なくとも昔の『陽南君』は、そうだったと思う。

 ……ちょっとくらい、会いに行った方がいいのかな。いえ別に、わたしが会いたいとかじゃなくて。あいつが寂しがってないかってだけだから……って誰に言い訳してるのか。

 

 ソファの上でうんうんと唸りながら、わたしは口実を探す。訪ねる言い訳があればいいのだけど。ちらりとキッチンの方を見て気付く。この週末の成果である料理(カレー)が、大鍋の中にある。

 口実、あった。

 よし行っちゃおう。

 

 すくっと立ち上がる。

 ああでも疲れてるかもしれないし、その前に一報入れるくらいはして……と、とても常識に乗っ取った手順を踏もうとして。

 わたしは、飛鳥の連絡先を知らなかったことに気付いた。

 お隣さんだから。

 今まで、連絡する前に会いに行っていたから。今の今まで、連絡先を交換するのを忘れていた。

 頭を抱える。そういえば帰還したばかりの時、一方的に電話番号を教えたきりだった。

 

 ……何が『友達の定義』だ! 先にもっとやることがあったでしょう!

 友達なのに連絡先も知らないなんて、どうかしてる!

 

 

 そんなこんなでキレつつ開き直り、完全に勢いづいた午後七時前(なんて常識的な時間!)

 わたしは隣のアパート、二階のベランダに飛び降りる。

 日が暮れたにも関わらず電気はついていなかった。けれど窓には鍵がかかってなかったし、開けっぱなしになっていた。不思議に思いながら、網戸とカーテン越しに声をかける。

 

「飛鳥〜。カレー、作りすぎちゃったんだけど〜……」

 

 返事がない。

 もしかして寝てるのかしら。

 わたしはいつものように網戸を開けて六畳間の中へ入り、そして。

 

 飛鳥が倒れているのを、発見した。

 

 

 

 

「きゃーっ⁉︎ し、死んでる…………‼︎」

 

 うつ伏せになった飛鳥の指がぴくりと動く。よく見たらちゃんと生きてた。

 ちゃんと? これ、ちゃんと生きてるって言う?

 

「何があったの⁉︎  寝てただけ? 寝相が死体みたいだっただけ⁉︎」

 

 あわあわと狼狽えながら、ぺちぺちと手の甲を叩いてみたり、ゆさゆさと背中を揺すってみたりしていると、飛鳥の屍……じゃなかった。

 屍っぽい人体から、お腹の音がした。

 

「…………え?」

 

 冷静になる。

 まずは状況確認が事件捜査の基本だ。部屋をぐるりと見回す。綺麗すぎる流し台に料理の形跡はない。壁には今時珍しい日めくりのカレンダー。日付を見て一般的に給料日前だと思い当たる。

 わたしは概ねを理解した。

 飛鳥の前にしゃがみ込む。

 

「ねぇ、飛鳥……この週末、ちゃんとご飯、食べてた?」

 

 かろうじて意識を取り戻したらしく、顔を上げる。かすれた返答。

 

「食べた」

「何を」

 

「…………おまえんちのカレー、の匂いをおかずに霞を」

 

 それは、何も、食べてない。

 

「もしや現世は初めて?」

 

 霞というのは満更嘘ではない。わたしたちの召喚された異世界は滅びかけでろくな食べ物とかなかったし、勇者ともなれば魔力(かすみ)を啜っても生きていられたのだから。

 いや、やっぱり異世界ボケしてんのはあんたの方よこれ。どの口でわたしに異世界ボケとか言ったの? どつき回すわよボケ。

 

 おそらく、倒れた原因は昨日今日の話ではない。思えば朝の味噌汁の具はさもしかったし、昼の弁当は小さかったし、夜に至ってはいつも何を食べているのか知らない。

 目に見えるような変化がなかったから気付かなかった。考えていることもそうだけど、飛鳥はあまり表に出ないのだ。

 深々と溜息を吐いた。

 

「も〜〜……困ってるなら素直に助けてって言えばいいのに」

 

「…………なんで?」

 

「は?」

 

 ぶちっと何かがキレる音がした。

 異世界ボケなら仕方ないか、わたしも時々ご飯食べるの忘れそうになるものね、と考えていた。でも今の『なんで?』は、ない。ありえない。

 

「『協力する』って言ったでしょう! なんのために友達の定義擦り合わせたのよ‼︎」

「そんな面倒くさい話は全部忘れた」

「自分で言っておいて⁉︎」

 

 だめだ。こいつ今、頭が回ってないんだろう。ろくに話が成り立たない。

 

「…………今から、うちに来なさい。わたしカレーを作りすぎたの。拒否権はないわ!」

 

 返事は待たない。引きずって窓に行く。

 

「待って。俺は窓からは入らない。おまえではないので」

「あっそう! 元気そうでよかったわ!」

 

 なんなのこいつ‼︎

 

 

 

 

 実のところ『初めて家に友達を呼んで手料理を振る舞う』ことにわたしは、人並みに期待をしていたのだ。だからこそわたしは葛藤して、あいつを呼びに行ったというのに。もう雰囲気も何もあったものではなかった。最悪ですね、本当に。

 意味わかんないでしょ。どうしてたかが二日、目を離しただけで野垂れ死にしかけてるの。なんなの。生きるの下手なの?

 アレを連れて(もうあいつなんか「アレ」で充分)家に戻った後。『これでも食べてなさい!』と隠し味用のチョコレートをアレに押し付けて、台所に戻る。

 カレーを作りすぎたとは言ったけど、どちらかというとそれはスープが多いという意味で、かき混ぜてみるとどうにも具が少なかった。

 

 よし、具を足そう。なんかトマトとかナスとか野菜を入れまくろう。わたしはまな板にトマトを並べる。

 なんと、野菜食べないと人間は死ぬのだ。人類は雑魚なので。

 ……本当に、なんて弱くて愚かな生き物なのだろう。ご飯を食べないと死んじゃうなんて。それもちゃんとバランスよく食べないと破滅しちゃうなんて繊細にも程がある。逆にちょっと愛おしい。

 そう、許可なくぶっ倒れるアレは愚かで愛しい人類の一部……と思うとまぁ、そんなに怒るほどのことでもない。わたしは異世界滅亡は企んでも、地球人類は愛せるタイプの魔女だ。大丈夫、慈悲深い。

 

 それに、経緯はこんなになってしまったけれど。手料理を振る舞うということは予定通りに運んだわけだし?

 そう、今からわたしの作ったご飯があいつの血肉になるわけだ。

 そう考えると。なんだかとても、とても…………うん。

 悪くは、ないかな。なんて……。

 

 ──包丁に、自分のにやけ顔が写っていた。

 

「何考えてるんだわたし!」

 

 包丁を、ダンッと振り下ろす。

 トマトが弾けた。

 ついでに。

 わたしの指もザックリと逝った。

 

「〜〜っ‼︎」

 

 すんでのところで悲鳴を堪える。ありえない。あまりのどんくささに自己嫌悪した。

 

 骨に届きそうな深い切り口から、どくどくと血が溢れて、まな板のトマトの上に流れ出す。

 びちゃりとまな板に染み出すトマトの汁と混ざり合って、青臭い匂いと赤い血の匂いが鼻腔を刺した。嫌な臭いだ。

 

「…………」

 

 わたしは傷を押さえもせず、その様子をぼんやりと眺めていた。

 

 ──傷は、もう塞がり始めている。

 

 数秒後。照明に手をかざしたわたしの白い指には、傷痕すら残っていなかった。

 まるで何事もなかったみたいに。

 ……まな板の惨状は、それを否定しているのだけど。

 

 わたしはすっと目を細め、血のついたトマトをゴミ箱に放る。

 ぐちゃり、と嫌な音が、底で鳴った。

 

 

 

 あーあ。もったいない。

 

 

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