彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十七話 それでも少女らは夢物語を愛している。

 寧々坂芽々はファンタジーを愛している。

 

 遠いご先祖様は魔女だと寝物語に聞かされて育った。幼い頃の将来の夢は魔法少女だった。普通の高校生として育った今もオカルト好きで、異世界に行けるなら本気で行きたい。

 寧々坂芽々はそんな、浪漫主義者(ロマンチスト)で。そして同時に、そんなロマンに幻滅し続けてきたのだ。

 

 だって、現代じゃ魔女は滅んでるし。自分の目は変な幻覚ばかり見るし。オカ研に部員は増えないし。当然、魔法少女にもなれやしない。

 現実も現実のファンタジーも、しょっぱい上に結構しょぼい。

 

 だからこそ、虚構のファンタジーが好きで。ありもしない異世界の物語が好きだった。

 ──虚構(ウソ)は絶対に裏切らず、夢を見せてくれるから。

 

 

 だからあの二人が空から落ちてきた時も、本当はさして興味を持たなかったのだ。

 

(え、何? どっかで魔術師が抗争でもしてるんです? げきこわ……)

 

 寧々坂芽々はカタギなので、「ひえー」と思って見なかったフリをした。

 

(関わらんどこ……)

 

 そのまま、普通に寝た。目になんか刺さったから明日眼科に行こうと思った。そして「異常ナシ」というか、いつも通りの「異常アリ」とお墨付きをもらい、芽々はすっかりあの夜のことを忘れたのだ。

 なべて世はこともなし。気にしたら負け。人一倍好奇心はあるけれど、好奇心に殺される猫にはなりたくない。そういうもの(・・・・・・)に好かれるとろくなことにはならないのがお約束(セオリー)だ。

 仮にも末裔であるが故に、そう教わって育った。

 

(首を突っ込むのは他人(ひと)の色恋くらいで十分です)

 

 ──だから、徹底して近付かないでいたのに。

 

 五月。突然、目の中に星が現れて。突然、窓に現れた魔法使いに魅入られた。

 

『契約をしようじゃないか』

 

 それが危うい甘言だと知って、飲み込む以外の選択肢がなかった。提案ではなく脅迫──断れば、何をされるかわからないと、本能的に理解した。

 そうして寧々坂芽々の、そこそこ平凡で穏やかな日常はズレたのだ。

 

(……さいっあくです)

 

 

 ──現実の異世界(ファンタジー)には、夢も希望もへったくれもないじゃないですか。

 

 

 

 ◆◇

 

 

 

「だって先輩は頭おかしくなってるし。魔女サマには人間じゃねー角ぶっ刺さってるし。芽々は詐欺のカモにされてるし。どー考えても激ヤバですよ。てか腕ないし。げきこわ。ガン萎え。もう最悪!」

 

 トランクの中身を組み立てながら捲し立てる芽々に「あっうん、そうだな」と飛鳥は頷く。魔女が撃ってくる魔法を斬りながら、だ。

 

 ──魔法使いの誤算は、寧々坂芽々が誘導されながらもそれを〝自覚〟していたことだった。

 幻覚を見やすいという生まれつきの体質。そのせいで異世界と繋がる羽目にもなったのだが、そのおかげで寧々坂芽々には狂気や洗脳、暗示に対する〝耐性〟があった。

 眼鏡無しに道を歩けばその辺に巨大な毒キノコを見たし、空を見上げればサイケデリックなマーブル模様、今日は同級生が宇宙人に見えるなと思ったら、同級生が宇宙人のコスプレをして授業を受けているだけだった。(これは体質と何も関係ない)

 

 ──要するに。

 異世界と現世という光年よりも離れた場所から、魔術を行使するのだけでも不可能に近いというのに。普段から頭のおかしいものを見慣れている人間の頭をおかしくするのは、流石の魔王でも一筋縄ではいかなかった。

 そんなわけで、芽々は現状を認識できていたのだが。

 

「なんですかっ脳味噌だの身体だのいじくり回すって! おかしいでしょ!?」

 

 すっげえまともなことを言うなこいつ、と飛鳥はちょっと感動した。

 

「あー! これずっと言いたかったんですよ!!!」

 

 やけくそ気味に叫んだ。なにせ魔法で口止めされてるから『たすけて〜』も言えない。口止めの魔法の範囲は厳密で、色々試してみたが暗号すら送れない始末である。なんのための正気ですか、と頭を抱えた。腹立ったからもずのはやにえの写真送った。

 

 ならば大人しく助けを待つ? 無理だ。先輩たちはなんかイチャつくのに忙しい。意味がわからない。なんで? こうなったらもう、全力で茶々を入れるしかない。自分の命運がこの人たちにかかっていることを考えると苛立ちでラブホ行けとしか言えない。

 

 そうして、寧々坂芽々は悟った。

 ──あっこれ、自分でなんとかしなきゃいけないやつだ、と。

 

 

 

 だから、準備していたのだ。この手で一矢を報いる方法を。

 

「これでも魔女の末裔ですからね。魔術とか、使えないだけで勉強だけはしてきたんです」

 

 ずぶ濡れのレインコートを脱ぎ捨てる。その下はついこの間自作した、たっぷりのフリルとレースの衣装だった。〝魔法少女〟の衣装。

 

 ──魔法の行使において、装いは重要である。

 装いは、己が何者であるかを定義するものだ。自他の精神へ影響を及ぼし、魔法の出来すら左右する。では何故、寧々坂芽々は魔法少女を纏うのか。

 

 ──契約の対価に『なんでも願いを叶えてやろう』と魔法使いは言った。

 その言葉自体が願いを強要する暗示だったため、否とも言えない芽々は咄嗟に答えたのだ。

『魔法少女にしてください』と。

 幼い頃からの、ささやかな夢を。

 

『ふむ。不可解な願いだが……要は魔法の才が欲しいってことだろう? 少しだけ引き上げてやるとしよう』

 

 そして芽々は、ほんの少しの力を手に入れた。相手もまさか自分が与えた力に手を噛まれるとは、思ってもないだろう。

 

 

「だいたいさー、最強とか世界一とか自称するヤツは舐めプなんですよ」

「俺の悪口かそれ?」

「舐めプじゃなかったら芽々ほっぽってデートとか行かんでしょ!」

「じゃあ何のために生きてんだよ!!!」

「急に哲学!!?」

 

 喚きながら。作り物の銃の最後のパーツをガチャンを押し込んだ。

 

「まったく、ひーくん先輩は仕方のない人ですねっ」

 

 弾もなければ中の仕組みは何もない、完全にハリボテの代物だ。けれどそれこそが彼女にとっての魔法の杖だ。

 ──濡れた衣装を翻し、銃の形に仕立てた杖を掲げて。

 

「しょーがないので、ちょっぴし手伝ってあげます」

 

 寧々坂芽々は悪戯っぽく瞳を輝かせて笑うのだ。

 

 

「──超絶カワイイ魔法少女な後輩が!!」

 

 

 

 (つえ)を構える。使う魔術は最もシンプルな魔弾だ。

 異世界の話は彼と彼女から聞いていた。(てき)の情報も、向こうの魔法の流儀(ルール)も。そして五月の夜の彼らの痴話喧嘩の内容も、見た。

 

「『定義します』」

 

 やるのは真似事。契約に基づいて、瞳の星を代償に、人生で一発きり。

 今、この瞬間。寧々坂芽々には魔法が使える。

 

「魔法少女は空想の存在です。夢で、虚構(ウソ)で、砂糖菓子。竜もまた空想の存在、この世界には存在してはならないものです。同じ(・・)空想(・・)ならば(・・・)空想を(・・・)撃ち抜ける(・・・・・)

 

 ファンタジーが好きだ。メルヘンが好きだ。描かれるのは全部嘘で、なんの役にも立たない、砂糖菓子みたいな話がいい。

 教訓なんてくそくらえ。楽しいコトだけが正義だ。そう思っている。

 なのに。ある日クソッタレな教訓が、空から降ってきた。 

 

 本物の異世界は──現実は、そんなに甘くない?

 ならば、そんな現実(もの)はいらない。

 

 ──だって憧れた本物が、そんな虚しいものであっていいはずがない。

 ──そんな虚しいものに、つまらなくも楽しい日常を、脅かされていいはずがない。

 

「よくも芽々の夢をぶち壊しにしてくれましたね、魔法使い」

 

 それが寧々坂芽々の行動原理。空想を愛する魔女の末裔、現代に生きる普通の少女の願いであり、

 

「芽々を舐めたこと、後悔させてあげます!」

 

 

 ささやかに張る、意地だった。

 

 

 

   ◇◆

 

 

 

 弾丸が放たれる。地から天に向かって。

 白く光り輝くそれは流れ星のように尾を引いて。黒い、少女の形をした竜の胸の中へと飛び込んでいく。

 光に貫かれ、少女の形をした竜は。服の上に血すら滲ませずその手に魔法陣を展開したまま、慈しむように嘆息した。

 

「……素晴らしい。たった一度の魔術を、こうも正確無比に放つとは」

 

 敵に悟られまいと用意したことも、只人の少女がそれを為したことも。皮肉ではなく、(かれ)は良しとした。だが。

 

「残念だ。キミはあまりに未熟すぎる。そして少々、本物の幻想を舐めているようだ」

 

 考えてみればわかることだ。魔女の撃つ魔法すら、その師たる竜には易々と止められたのだ。──どうして付け焼き刃が通るだろう?

 

 そもそもの話、銃という武器や魔弾という術自体が竜に対し効果的でない。

 何せかの異世界の竜は〝失血〟の概念を持たない。傷つけるには、その肉を削るしかないのだ。それが異世界にも銃は存在したにも関わらず、勇者は聖剣のみを与えられた理由だった。

 

「傷つきたくなくば、そこで大人しくしているといい」

 

 作り物の銃も壊れた。

 寧々坂芽々にできることはもう、ひとつもない。

 

「『キミの抵抗は無意味だ』」

 

 

 ──いや。

 

 

「意味ならあるさ。俺が(・・)作る(・・)

 

 

 竜が背後の声に振り返った、時既に。剣は振り下ろされていた。

 (かれ)が見たのは閃く刃の残像、鋭く射る青の双眸。いつの間にと思う暇すらもなく。仮初の肉体が斬撃に切り裂かれ、千切れたその細腕が宙を飛ぶ。指先に展開された、魔女を操る魔法陣ごと。

 聖剣はあらゆる魔術を斬る。腕と共に切り飛ばされた魔法陣は、砕けて消えた。

 血の出ない少女の肉体で竜はよろめく。続く勇者(かれ)の追撃を、しかし未だ虚な目をした魔女の魔法が阻む。

 クハッ、と血を吐くように笑みが溢れた。──魔女を操る術式は壊された。だが。

 

「『それで正気に、返るとでも? 過去からは逃れられないというのに』」

 

 彼女は未だ勇者を敵と見定めたまま。勇者(かれ)の目の前で、銃を喚び出した。

 召喚したのは寧々坂芽々に突きつけたのと同じもの。用意していた予備(スペア)だ。

 一撃で砕けて消える玩具に過ぎず、竜を殺すには足りないそれも、人を殺すには充分だ。

 だが、勇者(かれ)は。

 

「ハッ、舐めてんのはテメェだろうが」

 

 笑い飛ばし、魔女に対峙する。彼がその両眼に映すのは敵ではない(・・・・・)

 

「今の魔女は……いや。咲耶は(・・・)俺の味方だ(・・・・・)

 

 ──この空間では、発する言葉が呪文となる。相手を貶める罵倒は呪詛となり、賛辞は強化の魔法となる。

 なればこそ。

 

 

「あえて言おうか! 『アイツは強い(・・・・・・)』と!!」

 

 

 かつて敵だった勇者(飛鳥)はそれを、誰よりも知っている。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ──とぷんと、意識が落ちて、落ちた先の夢の中。

 気が付けば、わたしは鏡張りの回廊にいた。

 

 ここはどこだろうと考えて。鏡に映る自分の姿を見る。

 似合わない、と思った。見る者を威嚇するような毒々しいドレスも、止まった時を無理矢理動かすように塗り重ねたお化粧も。なにより、赤い角と左眼が、本当に似合っていなかった。

 頭から生える捻じ曲がった竜の角は身体に呪いを溜め込みすぎたせいで。嵌ったまま外せない魔眼は、魔王と師弟の契約をした時に与えられたもの。

 

 ──ああ、そうだ、思い出した。

 ここはまるで神に祈るためにあるが如き、海上の要塞で。けれど清廉とは程遠い、魔女(わたし)監獄(バスティーユ)

 

『そうよ。だから……早く世界を、滅ぼさなくちゃ』

 

 背後から聞こえたその声に振り返る。

 

『そうじゃなきゃ……死んだ咲耶(わたし)が救われないもの』

 

 鏡張りの回廊で振り返っても、見えるのは鏡に映る自分だけ。そこにいるのは、声を発したのは制服姿の、人間だった頃の文月(わたし)だった。

 

『わたし、なんにも悪くないわ。だって仕方ないじゃない、誰も助けてくれないんだもの。世界で一番可哀想なわたしは、世界で一番悪いやつになっても構わない! そうでしょう!?』

 

 その顔には、取り繕っても隠せない卑屈さを滲ませて、文月(わたし)魔女(わたし)に縋る。

 ──ああなんて、浅ましくて幼い理由だろう。

 

「そうね」

 

 でも(わか)る。同じわたしだから。

 

『なら!』

「だけど!」

 

 

「わたしはあいつに、救われて(・・・・)しまった(・・・・)!!」

 

 

 ──忘れるものか。あの異世界での再会を。

 

(……どうして)

 

 ──あなたがそこにいるの。

 

 奈落のさらに底。最悪の、向こう側。どれだけ死んでも絶望しなかったわたしの、唯一の真っ暗闇。何を犠牲にしても守りたかったはずの思い出が、わたしの初恋が、目の前で砕け散ったあの時を。

 

(助けてなんて、言ってない)

 

 ──そんなことしなくたって、あなたは初めから、わたしだけの憧れ(ヒーロー)だったのに!

 

 まっさらになってしまった現世であなたの腐り落ちた笑みを見て。わたしひとりだけが……あなたに、救われてしまったのだと。気付いてしまったあの日のことを。

 

 

「それを死ぬほど後悔した五月のあの夜を、その果てに交わした約束を! ──忘れるわけがないでしょう!!」

 

 

 誓いを、重ねたのだ。共にいると。もう間違えないと。

 

「……だから、ごめんなさい。わたし(あなた)の願いは聞けないわ」

 

 過去のわたしは静かに目を伏せて。苦く微笑む。

『ずるいわ、わたし(あなた)。……羨ましい』

 ガラスの回廊は闇に呑まれ、幻影は、弾けて消えた。

 

 

 

 暗く、夜に染まった城の中。

 背後から、朧な声が聞こえる。低いようで高い、少年とも少女とも付かぬ声。かつて憎んだ悪の魔法使いであり、魔女(わたし)を造り上げた師の声だ。

 

『何故逆らう。あれがキミの本心だ。あれがキミの根幹だ。だというのに──何故、私と共に行くことを拒む』

 

 振り返る。わたしを見下ろす大きな蛇の影に、答えを返す。

 

 

「いや、滅ぼすならあいつと行くし。世界を滅ぼす終末旅行って実質ハネムーンよね。それで結婚する」

 

 

『…………なんて?』

 

 

 ……はっ、しまった。あんな世界二人でめちゃくちゃにしてついでに結婚したいという欲が漏れてしまった。ついでに結婚したい。

 

 影は沈黙していた。長い、とても長い沈黙だった。

 ちがうちがう、今のなし。内面世界(あたまのなか)だからつい本音が。

 

 わたしはこほん、と咳払いする。

 

「ええそうね。わたしは今でも世界を滅ぼしたいと願っているわ。でも仕方ないじゃない。飛鳥がダメって言うんだもの。戻れなくなると言うんだもの。──愛する人の願いも叶えられないようじゃ、魔女の名折れでしょう?」

 

 

 影は、やはり不可解そうだった。

 

『世界を滅ぼす願いの再生、魔術は確かに成ったはずだ……どうして抵抗できる?』

 

 ええ確かに。狂気と薄壁一枚を隔てる魔女の性質上、わたしは少し欲に弱い。過去に、世界を滅ぼす願いの起点に精神を引き戻されたなら、溺れてもおかしくない。──否、本来ならば確実に溺れているはずだった。

 でも。

 三つの要因が、わたしの正気を瀬戸際で生かしていた。

 

「おまえ、わたしの本名、知らないじゃない」

 

 名を奪い精神の隙間(あな)を作る、契約の副産物。かけられたのはそれを利用した魔術だ。

 ──けれどわたしの本当の名は文月咲耶ではない。術は不完全なまま、行使された。

 

「それに、外で二人が頑張ってくれているし」

 

 術は初めから不完全だった上。術式の片方を破壊してくれたおかげで、外の様子は見えているし聞こえているのだ。

 ──あの子の無茶も……あいつの信頼も。

 

「だいいち、わたしはたったひとつの思い出に縋り付いて正気でいた女よ? でも、もう素敵な思い出なら──抱えきれないほどあるんだから」

 

 今のわたしは知っている。どうせ叶わないと諦めて、願うこともしなかった未来の形を。

 消えた過去の幻影(わたし)が最後に、羨ましいと言った意味を噛み締める。わたしの隣にずっと彼がいた、この一ヶ月と半分が……どれほど幸福だったことか。

 くだらない話をして、喧嘩をして、デートをして、ただそれだけをかつてのわたしは、夢見ることすらできなかった。そのすべてがここにある。 今、この手にあるくだらない日常、そのすべてを愛している。

 それだけで。どれほど痛々しい過去の記憶も置き去りにできるのだ。

 

 

 

「つまりね。わたし、今。

 

 しあわせすぎて無敵なの(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 わたしは満面に笑ってみせて。

 竜は、『滅茶苦茶だ』と呻いた。

 

「そう、わたしはめちゃくちゃな恋愛脳で。恋に狂うのに忙しくて、今更他のことに狂うほど暇じゃないのよ」

 

 魔法。この手に現実(かこ)を撃ち抜くための銃を呼び出す。

 

「さぁ、いい加減にこの呪いを終わらせましょう」

 

 ──あなたのやったことに意味ならあるわ、芽々。あなたの乗せた文脈(いみ)魔女(わたし)が貰うのだから。

 

 宣言する(となえる)

 

 

 

「『わたしは、とっくに救われている』」

 

 だから。

 

「『今更、過去の絶望ごときがしゃしゃり出てくるな!!』」

 

 

 

 

 

 ◆◇

 

 

 

 

 そして彼女は、飛鳥(かれ)の目の前で。

 自らの頭を撃ち抜いた。

 

 ──夢を、見ているというのなら。

 一度(・・)死ねば(・・・)目が覚める(・・・・・)

 

 頭の中に埋め込まれた術式を脳漿ごと吹き飛ばし、再生。

 身体の主導権を取り戻す。

 自我の連続性を自らに問う。

 

 ──大丈夫、死んでも忘れない。わたしが誰で、わたしが誰を愛しているのか。

 ならば、何度(・・)死んでも(・・・・)変わらない(・・・・・)

 

 

 

 顔を上げる。

 

「待たせたわね」

 

 彼女は華やかに微笑んで。

 

「遅かったな」

 

 彼は不敵に笑い飛ばした。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 夜雨の降る、壊れかけた橋の上。わたしは彼に答える。

 

「『遅かった』って、ひどいわ。これでも急いだのよ?」

「そうか。ヒヤヒヤしたよ、もう戻って来ないかと思った」

 

 心配というには、口調は飄々としていて疑わしいけど。多分本気で言っているのだろうと思って、少し笑う。

 

「……戻ってこない、か」

 

 

 ──昔の夢を見て、思い知ったことがある。

 いつか、『誰も殺さなかったのならば悪くない』と彼は言った。

 けれど未遂だって立派な罪だ。そのことに目を背けないのがせめてもの矜恃で。そのことに、微塵も後悔も反省もしていないのが何よりの罪。

 世界を滅ぼすと決意した、その瞬間から。わたしはどうしようもなく魔女(あく)だった。

魔女(わたし)という存在は爪先から頭の天辺まで間違いに染まっていて。そうなることを、わたしは自ら選んだのだ。

 わたしはわたしの正気を証明することが叶わない。だから。

 

 間違えずに済む、保証が欲しかった。

 

「ねえ、飛鳥。もしもわたしが、戻って来れなくなったら」

 

 ──いつかわたしが、致命的に踏み外してしまったら。

 

 

「あなたが、殺してくれる?」

 

 

 わたしは彼の、目を見つめる。

 お互いに口にはしなかった。けれど〝不老不死をどうにかする方法〟なんて、最初からひとつ確実にあるのだ。

 竜殺しにして魔女殺しの剣。世界でただ一人、彼だけはわたしを殺せる。

 

 ──わたしは、自分が誰であるかも忘れて、大切だったものを踏み躙るくらいなら。死んだ方がましだ。

 

 

 わたしの問いに。飛鳥は笑わず、目を逸らさず。

 

「心配するな。その前に止めてやる」

 

 いつかのように『倒しに行く』とは言ってくれなかった。

 

「一番悪い未来を想像するのはおまえの悪癖だな。今言うべきはそうじゃない。だろ?」

「そう、ね。そうだわ」

 

 深く息を吸う。眼前には、かつてわたしを奈落に落とした魔王(てき)の姿。

 ──わたしたちはもう、敵じゃない。

 言うべきことを、言う。

 

 

「助けて。あなたの、手を貸して」

 

 正解、とあなたは笑った。

 

「俺は君の味方だ。君のために剣を振るおう」

 

 

 日の落ちた、灰色の雨の景色の中。その目は、その横顔は揺るぎなく。いつだってあなたはわたしの欲しい言葉をくれる。

 ずるい、と思った。釣り合わない、といつもの卑屈が首をもたげそうになって。わたしはそれを振り払う。

 

 ──それでも、側にいることを許してくれた。

 ──それでも、側にいたいのだと願った。

 

 ならば。走り続けなければならない、とわたしの教訓が囁く。

 ひとつところ(あなたのとなり)に留まりたいと願うのならば、相応しくならねばならない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 ──わたしの全霊は、あなたに並び立つために捧げよう。

 

 愛が責任ならば。きっと恋の定義は、憧れを追うこと。『あなたにはとびっきり素敵なわたしを見せたい』と願うことだ。

 

 その願いを以って。わたしは、わたしの恋を証明しよう。

 

 

 

 ──あなたの隣で。

 

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