彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十八話 戦闘中にイチャつくべきではない。

 雨が降る、壊れた橋の下。壊れた玩具の銃を抱え、寧々坂芽々はただ景色を見上げていた。

 橋の上、我を取り戻した魔女を前にして。

 魔王は雨風にも折れてしまいそうな少女の体躯を折り曲げて笑う。

 

「く、ハハハハ……ああ、なるほどようやく分かったよ。つまりボクは、キミたちの恋路のだし(・・)に倒されたのか!!」

 

 芽々に取り憑いていた、とはいえ。現世に顕現していない以上、竜にできたのは芽々と話をすることだけだ。芽々は彼らの関係を決して言わなかったし、竜は人の子の色恋には疎かった。

 

「まいったな。師として弟子の恋路(ゆめ)は応援したいものなんだが……引き裂かねばならないとは。ままならないものだね、人生は」

 

 人でなしが人生を語り、心底悲しそうに溢す。

 

「ああ本当に、悲しい。──おふざけもここまでだ、なんて」

 

 声が低く変調する。

 

『名を明かそう。我が銘は星喰い(aegister)──七つの命を持つ最後の古竜、千年を生きる魔法使い、魔女の主にして従者。背負う業こそ魔王だが、統べる国も民もとうに無くした死に損ないの老いぼれだ』

 

 自虐めいた呪文(ていぎ)を唱える。

 

 

『だが。私は(・・)竜殺しにも(・・・・・・)殺せない(・・・・)

 

 

 姿形が変化する。小さな頭に大きな角が。片腕の欠けた身体に翼が。白皙には黒鱗が。

 さながら人と竜が混ざり合ったかのような、その姿は化物のそれだった。それがよりにもよって、自分と同じ顔をしている。

 

『さぁ、最終決戦を始めようか。何度でも』

 

 この世にあってはならない幻想(そんざい)の放つ威圧感(プレッシャー)に、橋の下から見上げる少女の足が震え出す。

 ──動悸が激しい、息切れがする。瞳の星はか細く消えかけていて、もう異界との繋がりは断たれようとしていた。結界(このば)にいることすら耐えられない。

 

「芽々」

 

 雨音にもかき消えない、通る声が頭上から聞こえた。

 はっと声の方を仰ぐ。二人の目がこちらを見ていた。

 

「先に帰ってろ。俺が落とし前を付けておく」

「ごめんなさいね、気負わせて。後は任せて」

 

 どうしようもなく、絶望的なまでに理解した。

 ──芽々(わたし)にできることは、もう何もない。

 だから芽々はこくりと頷いて、砂利の地面を駆け出した。

 

 

 

「定義しよう。『俺たちが最強だ。二人ならば、恐れるものなどひとつもない』

 ──勝ちに行くぞ!」

 

「ええ!」

 

 

 結界の(ふち)で、足を止める。芽々はくるりと振り返る。

 眼鏡がないせいで視界はグニャグニャに歪みきっている。目の前に広がる赤い海が、自分の幻覚なのか結界の影響なのかもわからない。

 けれど。崩壊した砦のように上書きされた橋の上。

 剣を掲げる、揺るぎない背中を見た。

 その隣に凛と立つ、魔女を見た。

 灰色の雨の中、宙に浮かぶ怪物に立ち向かう二人の姿が。

 歪んだ視界の中で鮮やかにくっきりと、見えたのだ。

 

 

 ──ああ。これこそが。憧れた〝本物〟なのですね。

 

 

 最後に目に焼き付いたその景色を。寧々坂芽々はきっと、一生忘れない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 芽々は結界の外に出ていった。そろそろ異世界との接続も切れたはずだ。もう結界の中を覗き見ることも、巻き込まれることもないだろう。

 あいつ、ずぶ濡れだし風邪引かないといいのだが。なにせ六月の川はめっちゃ冷たい。俺も「早く帰って風呂入りたい」の気持ちが六割だ。

 

 向き直る。

 

「随分とあっさり見逃すんだな、竜」

『本来、竜は人好きなのさ。こちらの世界の人間に手をかける気は無いよ』

 

 ……悪逆非道の魔王が何を言ってるんだ?

 

『世界にはそれぞれその世界のルールがある。半分異世界(こっち)のモノになっているおまえたちはともかく、純正の地球(そちら)の人間に手をかけるなんてしたら、地球(せかい)から弾かれかねない』

 

 どちらにせよ。世界の平和を守る必要はないっていうのは軽くていい。

 世界の命運なんざ背負うのは二度とごめんだ。

 

『存在の強度が高い世界ほど、寿命が長く滅びにくく魔術による改変がし難い。……この世界に生きるキミたちは滅びの危機なんて考えたこともないんだろう。まったく羨ましい限りだ。憎たらしくて──』

 

 半人半竜の姿で。魔王は指を天に掲げる。

 雨が、ピタリと止んだ。

 

 

『──星でも降らせてやりたくなる!』

 

 

 それは願いであり呪文であり宣言だった。

 暗雲を、燦然と輝く巨大な星が食い破り、落ちてくる(・・・・・)

 雨粒の代わりに降り迫る熱量の塊。それは圧倒的な破壊の呪詛が込められた禍々しい流星だった。

 

 

 

「……あっ、ヤベ」

 

 空を見上げて呟く。

 

 

「──俺、隕石には勝てん」

 

 

 最近、隕石への愛を語りすぎたな。

 愛を語るのは即ち自己暗示の呪いである。つまり、しこたまに暗示が効いて戦う前から心が隕石に敗北していた。

 ……なるほど、好き嫌いは弱点になるから勇者に自我とか感情とか要らないわけだ。納得した。

 

「……あんた」

 

 隣で咲耶が、ものすごい目でこちらを睨んでいた。

 

 

「ばっっかじゃないの!!?」

 

 

 俺もそう思う。

 

 

 

   

  ◇

 

 

 

 魔術による隕石。熱を帯びて輝くそれは灰色の空に尾を引いて、橋を砕く。

 直撃を避け、威力こそ剣と魔法で相殺したが。俺たちは呆気なく衝撃及び崩落に巻き込まれた。

 落ちた先の川縁。瓦礫を退けて互いの無事を確認する。被害は土埃と泥に塗れた程度だ。

 既にどこかの骨がミシミシと逝った気がするが、気のせいだろう。俺は毎日牛乳を飲んでいるのでこの程度で骨が折れたりしない(自己暗示)

 焼き焦げたドレスを引き摺って、咲耶が瓦礫の中から出て来る。あいつは鈍臭いので、既に一回死んだかもしれない。

 戦闘については互いが互いに不干渉だ。やり方に口を出さず庇いもしない。自分の身は自分で守れが鉄則だ。それは元敵同士という経歴の名残でもあり──その程度はできて当然、負傷は単なる必要経費、その責を問うことは互いに無し、という不文律だ。

 

 して、追い討ちのように再び魔術(いんせき)が降るのだが。

 

「よく考えたら一撃で俺を殺せない時点であれは隕石じゃないな?」

「知らないわよ! 好きに定義しなさいよ!」

「よし勝てる」

「ばか!」

 

 隕石は浪漫なので絶対の最強であってほしいし、一撃で俺も世界も消滅させて欲しい。それができない時点でアレは単なる空から降る岩である。落石。

 暗示により集中を高める。魔女が後方より合わせて魔術の脆弱性を暴き、衝突の直前、こちらが斬撃を飛ばし魔術を壊す。再びの塊は真っ二つに瓦解した。

「やるじゃん」

「おまえもな」

 連携は苦手だ、と思っていたが。いがみ合うのをやめたおかげか、異世界(かつて)よりもスムーズだった。

 

 

『もう少々盛大に降ると思ったのだが。あまり楽しくない絵面だな。安直な繰り返しは芸がない』

 

 どんな魔術も冴えない威力しか出ない地球仕様に幻滅したように、魔王が呟く。

 隕石(偽)衝突の隙に結界が強化も為されたのだろう、辺り一面の風景は様変わりしていた。

 壊れた橋の残骸は形を新たに形成し、黒く高い尖塔を作り上げていた。阻む赤の水面はいつの間にやら足のつかない深い海へと改変されている。

 眼前の光景はまるでいつかの魔王城を前にしているかの様。つまり──(ヤツ)に有利な陣地である。

 

『遊び心を忘れた生き物は獣だ。どうせ見上げるならば世を破壊できない隕石よりも。ささやかに流れる星々の方が楽しいだろう』

 

 暗雲の空高く。静止した雨粒のひとつひとつが瞬き──否、雨粒ではない。

 そのすべてが光り輝く隕石(ほし)に改変されていた。

 

 

『──貫け、流星雨』

 

 

 星の(あめ)が、降り注ぐ。

 

 

「っ、上書きする!」

 

 だが、魔女でも相殺できたのは半分まで。元が推定降雨量一ミリの弱い雨といえ、防ぎ斬るにもキリがない。一歩踏み出せば容赦なく肉体に風穴が開くだろう。それを防ぐための装備も今や失くした後。掠めた雨の矢はただのシャツの布地を容赦無く破く。そして踏み出そうにも眼前は深い海。翼ある敵に(やいば)は届かず、斬撃を飛ばせる程度では高度が足りない。

 

 ──(あめ)外堀(うみ)に阻まれて、敵はあまりに遠かった。

 距離が、詰められない。

 

『もう終わりかい?』

 

 まったく認めがたいが、魔王(ヤツ)は強かった。現世で弱体化しているはずなのに……いや、違う。

 これは──俺が(・・)弱く(・・)なってる(・・・・)のか(・・)

 

 身体が鈍っている、ということはないはずだ。戦闘は見据えてあった。勘が鈍らないよう鍛錬も咲耶との手合わせもこなしてあった。なんなら事態を把握してより二週間も放置していたのは、鍛え直すためだ。

 だが──そもそもの出力が下がっていた。俺は精神以外は純正に人間だったとはいえ、異世界(むこう)にいる間は異世界の法則に最適化していたのだ。即ち、飲まず食わずで稼働でき、手足が千切れようが致命にはならず、敵が空を飛んでいようが殺せるような。勇者(やくわり)を果たすに十分な人間として。

 

 しかし現世に帰って早四ヶ月。今や少し飯を食ってないだけで倒れ、風邪を引きかけ、怪我の治りすら遅い始末。どれほど鍛え直そうとも身体のリミッターを外そうとも──全盛(かつて)には届かない。

 

 ──いつの間にか〝普通の人間〟に戻っていた。

  

  その事実を嘲笑うかのように、避けきれない矢が頬を掠めた。

  血を拭う。

 

「──ああクソッ! 大見得切ってこれかよ! ダッセェな!!」

 

『戻るに越したことはない』と確かに言った。だが、()じゃ(・・)ない(・・)

 

 隣、事態の不利を理解した魔女が口を開く。

 

「ひとつ手があるわ」

「飲もう」

「即答?」

「信頼だ」

 

 溜息が聞こえる。

 

「わかった」

 

 がり、と唇を噛み切って。血の滲んだ唇が言葉を発する。

 

 

「どうなっても……責任は、取るから」

 

 

 どういう意味だ、と言おうとした。言えなかった。

 彼女の手が、裂けた頬を包み込む。ひりつく痛みに気を取られた、その一瞬の間に。

 

 

 ──口が、柔らかな感触で塞がれる。

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 その、(やわ)い感触の正体を理解するのを脳が拒んだ。口が塞がれている。見開いたままの視界には彼女の閉じた目蓋があり、睫毛が雨に濡れ重く垂れ下がっている。両手には未だ頬を掴まれ、逃げ場がなく、そして思考はようやく結論を出した。口は、口によって塞がれていた。

 彼女の濡れた唇は冷たく、けれどすぐ、熱が中へとねじ込まれる。熱い口内は甘く、ほんの僅かに鉄の味がした。彼女の血だ。

 

 

「……っ、はぁ」

 

 彼女は唇を離し。息を、継ぐ。

 

 彼女が赤い舌で唇を舐めたのを見て。得体の知れない痺れと甘さが口内をまだ焼いているのを認識して。

 ようやく、この行為(・・・・)()なんと(・・・)言うのか(・・・・)を理解し、絶句する。 

 

 

「な……、──なんで今キスした!?」

 

 想定外への動揺、不意打ちへの怒り、疑問が滅茶苦茶になって完全に思考が渋滞のち停止。

 ──あり得ない、不健全すぎて死ぬ、人類にキスは早すぎる! というか──舌は、駄目だろ!!

 こんな行為(もの)が許されていいわけがない!!!

 

 

「咲耶、ふざけっ……!!」

「静かにして。まだ動かないで」

 

 上気した頬。潤んだ瞳。震える声。頬を離さぬ指先。

 

「『定義する』」

 

 真っ直ぐにこちらを見据え、彼女は唱える。

 

「一滴、あなたはわたしの血を飲んだ。一滴分、あなたはわたしに(かしず)き従わねばならない」

 

 ──祝福の、(まじな)いを。

 

「今これより、あなた(・・・)()竜よ(・・)。あれが星喰いの竜ならば、おまえは竜すら喰らうわたしの剣だ。ならば、『同じ竜に喰らいつけぬ道理がない』」

 

 ──口付けこそは、もっとも強い魔法(のろい)だ。

 

「竜殺しの竜たる剣に。願いの果て世(かのセカイ)すべての悪竜の母にして娘である、緋海の魔女(このわたし)が命じましょう」

 

 魔女の血はそれを飲んだ者に、力を与える。脳を焼くほどの、力を。

 

 

「『──喰らいつけ』」

 

 

 その(めい)に、脳の中で火花が弾けた。四肢が煮えるのを錯覚する。力が漲る、なんてものじゃない。全細胞が別物に作り変わるような強化の感覚と──獰猛な高揚感。全盛期の縁に手がかかる。しかして代償に、思考が、理性が、どろりと溶けかかる。溶けたのは、自制心(ブレーキ)だと直感する。

 

 

「……加減できないぞ」

「合わせるわ」

 

 

 信頼に、言葉を尽くす必要はない。

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 空中より、彼らの様子を見下ろしていた魔王は。魔術を行使しながら『なるほど』と小さな顎を撫でて──

 

『……なんだ今の!? ボクは教えてないぞそんな呪い方!!』

 

 耐えきれずに叫んだ。

 

 魔女の口付けの意味を当然、魔王は知っている。だが特定の感情が付随しなければ意味のない代物であり、異種族たる竜の城では使い道もなく、教える必要はないと判断した。

 何よりも──破廉恥な物事を弟子に仕込むのは、師として最低。

 

 悪逆非道、人畜有害、世界を良心の呵責なく滅ぼさんとし、魔女を生贄とする魔王だが。師匠心(おやごころ)だけは有ったのだ。

 

 そんなささやかな気遣いは目の前で無に帰した。完全に動揺したため、勢い余って魔術の威力が倍になった。動揺するとうっかり力むし、うっかり流れ星を増やしてしまう。うっかり。

 飛んでくる魔術(ほし)を斬りながらも食ってかかる被害者、もとい勇者。

 

「うるせぇ! こっちだってこんな、こんな……!!」

 

 

 

「──初めてだったんだよクソが!!!!」

 

 

 

『いや、知らないよ!!!』

 

 

 

 この時、勇者と魔王の感情は奇妙に一致した。

 ──何が悲しくて敵前で口吸いをされなければ、しかも初物を奪われなければならない?

 ──何が悲しくて弟子(むすめ)の非常に破廉恥で秘すべき(プライベートな)行為を見せつけられなければならない?

 おのれ魔女。いくらなんでもやっていいことと悪いことがある。 

 

 一方、彼らの怨念を一身に受ける魔女だけがけろりとしていた。

「そういうのいいから。さっさと()ろ?」とか言う始末だ。

 なにせ彼女は覚悟などとうに決めていた。恋と愛のためならば手段を選ばぬ乙女はもはや、無敵である。

 ──無敵とはつまり、何を(・・)しでかすか(・・・・・)分からず(・・・・)恐ろしい(・・・・)、ということである。

 

 

 魔王は萎えた。

 

 

 

『………………帰っていいかい?』

 

「帰れ!! ひとりで!!!」

 

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