彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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幕間1 ラーメン食べるだけ。

 夜の屋上で小っ恥ずかしい告白をした後のことである。

 

 流れでラーメンを食べに行くことになったので、ついさっき存在を思い出した店──中学時代の飛鳥が部活仲間と通い詰めた店に、彼らは向かったのだが。

 

 

 そこは空きテナントと化していた。

 

「俺の人生こんなのばっかかよ!」

「二年の月日って残酷ね……」

 

 だが切り替えが早いのが売りの男である。

 飛鳥の脳味噌はだいたい「まあいいか」でできている。

 感傷はツケにして後で払えばいい。

 

 

 というわけで最近できたらしい別のラーメン屋に行く。

 一応市内の端っこに大学のキャンパスがあるので、繁華街にはラーメン屋が割とあるのだ。

 

 小さな店なので、席はカウンターしか空いていなかった。

 壁に激辛ラーメンのチラシが貼ってあったを見て、これでいいやと即決する。

 

「咲耶は何にする?」

「こってりとんこつ。一番お嬢様っぽくないやつ!」

「なんだその理屈」

「折角だから解放感を堪能しようと思って」

 

 逆に一番お嬢様っぽいラーメンって何味?

 あっさり塩ですわ?

 

「ああそうそう。昨日琴さんが俺に会いに来てさぁ、」

「……!?」

 

 

 

 継母に醜態がバレていたことにずどーんと沈んだり、彼氏(彼氏ではない)が知らない間に親と顔合わせ(顔合わせではない)を済ませていたことにはわわわと赤面したりする咲耶を「なんだこいつ」と眺めているうちに注文が届く。

 ヘイ二丁お待ちっ。

 

「いただきます」

 

 飛鳥は今時珍しく、外でもきっちり手を合わせるタイプだった。

 ハッとして咲耶も真似するように手を合わせた。仮にもお嬢様なので行儀面で負けたくはないのである。

 

「いただきます……?」

 

 だが、咲耶は気付いてしまった。

 育ちはおそらく飛鳥の方がいい。育ちが良くなきゃ出汁の取り方なぞ知らないだろう。

 そしてどちらにせよ咲耶の目の前にあるのは豚骨である。

 激辛と豚骨、どっちが品のある食べ物なのだろうか?

 

(そもそも……ラーメンの行儀の良い食べ方って何なのかしら?)

 

 咲耶はバグってフリーズした。

 

 

 気を取り直して割り箸をそれぞれ割り──咲耶は無様に割ったし、飛鳥は口で雑に割った──いざ食さんとしたところで。

 

 ゴンッと互いの肘をぶつけた。

 箸を持つ手がそれぞれ逆な上に、カウンターは狭かった。

 

「…………っ」

「〜〜っ!」

 

 二人して悶絶する。

 せめて逆に座るべきだった。

 

「わ、わたしも左に持ち変えるわ……」

「ああ、うん……?」

「だってわたしも両利きだし」

「……おまえ不器用なのに!?」

「失礼な。元々左利きだったのよ。でもお嬢様が左利きはよろしくなさそうじゃない? だから直したの」

「なるほど」

「でもね、不器用な人間がそんなことをするとどうなると思う?」

「……どうなったんだ?」

 

「両手の熟練度が微妙になる」

「熟練度」

 

「右利きにも左利きにもなれない悲しきモンスターよ」

「おまえ時々語彙がおかしいな?」

 

 結局、飛鳥も箸から麺が滑ったので、諦めて右手に持ち変えたのだが。

 両利きへの道程は結構険しい。

 まあ、どちらにしろ食えればいいのである。

 

 

 

 隣で咲耶がちゅるっとひと口麺を啜った後、「はぁ……」と悩ましげな溜息を吐いた。

 

「何年振りかしら……!」

「二年じゃなくて?」

「お嬢様はラーメンなんて食べない」

「なるほどな」

 

 人生縛りプレイである。

 何せ文月咲耶はファミレスにも入らなかったレベルだ。

 

「でも後悔したのよねぇ。異世界(むこう)で『あっ、死んだ』ってなった時……『こんなことなら好きなだけ食べておくんだった!』って!!」

 

 かつて魔王に左目ブチ抜かれた時にラーメンのこと考えていた女である。

 内臓ふっ飛ばした時も焼肉のこと考えていた女なので、一貫性はある。

 仕方ない。人間、死際にはなんかすごい脳内物質が出るので思考がラリるのだ。知らないけど。

 

 飛鳥は隣で微妙な顔をしていた。

「こいつ食い意地おかしいな?」と思った。

 だが戦闘前に「家帰って飯食って風呂入って寝たい」の一心になる人間なので、咲耶をとやかく言う筋合いはない。

 

「てかこっち帰ってきた時に行きゃよかったじゃん」

「……ラーメン屋にひとりで入れない」

「めんどくさ」

 

 変なところで奥ゆかしかった。

 実はコンビニでコーラ買うのにも葛藤するレベルである。

 

「ま、俺でよければいつでも付き合うけど」

 

 咲耶は横をじっと見つめ、

 

「え……わたしに付き合って毎日ラーメン食べる気? 死ぬわよ?」

「食わねえよ!」

 

 本気で心配する顔をしていた。

 

「……毎日?」

「許されるならば毎日食べたいわ」

「…………」

「しないけど。はしたないから」

「……??」

 

 何を食べても健康には影響しない体質なので、節制は最早咲耶の美意識のみで成り立っていた。

 好物は耐えに耐えるからこそ美味しくなる、本来の咲耶はそういう嗜好だった。

 今は欲に弱い魔女なので耐え切れずに深夜にカップ麺を食べたりするのだが。背徳であった。

 

 

「にしても。あなたのスープ、すっごい色よねぇ……」

「咲耶、辛いもの駄目だっけ」

「平気だけどそこまで好きじゃない。痛いけど耐えられる、みたいな?」

「なるほど。家で作る時は抑えめにしておこう」

 

 実のところ、飛鳥もそこまで熱烈に辛いものが好き、というわけではないのだが。

 極端な甘味や辛味ははっきりと味を感じられるので好ましいだけだ。

 

 異世界の人類陣営の食事はいわゆるディストピア飯というやつで、ろくに味がしなかった。土でも食った方がマシである。おかげで今でもカロリーメイトを見ると食欲が失せるし、錠剤はいちいち噛まないと飲み込めない。

 まあ、そのうち自我も溶けたし味覚も死んだので特に問題はなかったのだが。

 

 問題は現世に帰ってきてからも中々味覚が戻らなかったということだ。

 味のしない飯よりは霞の方が旨い。適当に飯を抜く生活になるのも道理である。

 教わった料理まで忘れると墓の下の祖母に申し訳が立たないので、意地で出汁は取り続けてきたが。

 

 

(でも、不思議と咲耶と飯食う時はちゃんと味がしたんだよな)

 

 そのせいでずるずると三食共にするようになってしまったのだから、我ながら現金なものである。

 

 

 飛鳥はぴたり、と箸を止めた。

 

「どしたの、固まって」

 

「いや……。激辛って、辛いんだなって……」

 

 涼しい顔で汗ダラッダラだった。

 

「ばかなの?」

「くあ……」

 

 味覚、めちゃくちゃ戻ってた。

 最近は人間なので。

 

 

 

 

 

 

 まあ、なんだかんだと完食するのだが。

 

 飛鳥は食べるのが相当早い方で、咲耶は随分と遅い方だ。

 そのため一緒に食事を取ると、後半の方は手持ち無沙汰になる。

 そんなわけだから、飛鳥がじっと咲耶のことを見るのも暇ゆえに仕方のないことだった。嘘。咲耶が飯食ってるのを見るのが妙に好き。無限にキャベツとか食んで欲しい。

 この男は自分の彼女(彼女ではない)のことをウサギか何かだと思っている節がある。

 

 その、咲耶はというと。

 行儀よく麺を啜ろうと真剣な表情で、今日は髪を二つに編んでいることも忘れて、癖で耳に髪をかけようとしては空振りしていた。

 その様子を微笑ましく眺めながら、飛鳥は思う。

 

「……三つ編み解いたら縮れ麺みたいになるんじゃね?」

「人の髪の毛をラーメンに例えるな」

「縮れ麺も似合うと思う」

 

 飛鳥は巻き髪のことをそう呼ぶことに決めたらしい。

 咲耶はイラッとした。女の敵である。

 

「お望みなら今度見せてあげるわよ……くるくるに巻いてやるわ……」

「それデートの時?」

「……そうだけど?」

「楽しみだな」

「ん、ぅ」

「巻いてると美味そう。おまえの髪、こんがりきつね色だし」

「そろそろ麺から離れろ?」

 

 咲耶は思った。

 

(……いや、こいつに恋するの無理じゃない?)

 

 無理な気がしてきた。

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 味は大分わかるようになったけど、やっぱり昔のラーメン屋の方が旨かった。

 そう思ってしまうのは思い出の補正というものだろうか。

 

 店を出るとふっと昔の記憶が蘇る。

 

『ねえセンパイ! 今からゲームをしようよ。勝ったら煮卵奢ってね! ちなみに僕が勝つけどっ』

『させるかよ瑠璃! 妹だろうと手加減はしないぜ。陽南の金で卵を食うのは、オレだ!!』

『勝手に決めんな。おまえら兄妹はいつもいつも……まあやるけど』

 

 一番の後輩には嫌われて、一番の親友とは疎遠になって、天文部も、通い詰めたラーメン屋も潰れている。

 湿っぽい気分になってしまうのは梅雨前のせいにし切れない。

 なんだかな、と思ってレシートを握り潰した。

 

 

 少し前を歩いた咲耶の背中が、ぐんっと伸びをする。

 

「あー、美味しかった!」

「また行こうぜ」

 

 迷わずに返す。

 あまり旨くなかったなんて錯覚したのは不相応な激辛なんて頼んだせいに決まってる。

 

 三つ編みを揺らして、咲耶がくるりと振り返る。

 目を細めて微笑まれたことに、少し罪悪感を覚えた。

 ……内心を勘づかれていないといい、と思った。

 

 彼女は、穏やかに言う。

 

 

「……ありがと。今日は、連れ出してくれて。それから……わたしのこと、好きだと言ってくれて」

「別におまえのためじゃないさ」

「そんなわけないわ」

「いや、俺が将来的にかわいい彼女が欲しかっただけだし。五割以上どころか十割下心だし。もうぜんっぜん、咲耶のためなんかじゃない」

 

 軽口に咲耶は苦笑いした。

 

「仕方ないから、そういうことにしてあげる。将来的には彼氏にも」

「やったぜ」

 

 棒読みで返して、そのままいつものように並んで帰る。

 もう二人で夜道を歩くのも慣れたものだった。

 

 

 

 

(……まあ、いいか)

 

 潰れた店は戻らないけど。

 

 

 これでいい。

 今がいい。

 

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