彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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幕間2 放課後デートするだけ。

「そういや今日は午前授業か。忘れてた」

 

 デートの翌週のことである。HRが終わった後の教室でようやく飛鳥は気付いた。

 飛鳥は予定を隙間なく埋めると安心する体質だ。しかし同時に割とぼんやりもしているので、こうして急に予定が空くこともある。さて何かやること──というかできることはないだろうか。と考えたところで。

 斜め後ろの方の席から、咲耶が駆け寄って来るのが見えた。

 

「わ、わたしも丁度、予定が空いたのだけど!」

「あー、遊ぶ?」

「……うん!」

 

 その辺で話を聞いていたクラスメイトAは「こいつらやっぱり付き合ってたんだなぁ」と思った。

 

 

 ◇◆

 

 

「えへへ、放課後デート……」

 

 完全にデレが脳にキてる咲耶は目をハートにしてにまにまと頬を押さえていた。

 こいつ最近よく正気飛ぶな、と飛鳥はちょっと引いた。付き合ってないぞ。まだ。

 

 まあしかし。流石にデートを知り合いに見られるのはちょっとな、と思う。

(よく近所のスーパーに一緒に出没しているのを見られているので今更である。今更)

 軽く遠出するか、と電車に乗ってこの前遊びに行った町まで向かう。

 

 

 

 ふらふらとモールを物色しているうちに、咲耶の足が自然と本屋に吸い込まれていった。本読みは特に用がなくても本屋を見ると足が吸い寄せられてしまう生き物なのだ。

 飛鳥は図書館派なので意外と本屋に縁がない。なんとなくついていく。

 降って湧いた放課後のデートというのは、全体的に行き当たりばったりなものなのだ。

 

 でかい本屋の中で話をする。

 

「そういやこの前のデート……予定変更したって言ってたけど。本当はなんだったんだ?」

「映画。何見るかは決めてなかったけど。どんなのが好き?」

「隕石降るやつ」

「知ってた」

「あ、スプラッタとかホラーは苦手だな。飯が食えなくなる」

 

 昔は平気だったのだが。

 

「……勇者がおばけを怖がるの?」

「フッ……おまえわかってないな……異世界(むこう)現世(こっち)もファンタジーだったってことはアレだぜ。霊も祟りも実在ってことだろ」

「たしかにそうね」

 

 魔女だって実質おばけみたいなものだ。ちょっと生身の肉体があるだけの怨霊である。

 

 

「あとな、咲耶……人を怖がらせようと思って作ってる映画は、現実より怖い」

 

 

 なお、その辺は意地を張らずに普通に怖いと言う。なぜなら感情があるからだ。ちゃんと怖いって感じる! すごい! 

 

 咲耶はなるほど、と頷く。

 

「覚えておくわ。わたしは好きだけど」

 

 そういえばDVDがあったな、棚に。

 

「よく見れるよな……俺ら現実がホラーじゃん。嫌にならない?」

「全然? それとこれは別だもの」

 

 咲耶は本屋の分厚いラノベ棚の前で何気なく一冊抜き取り、ピンと来なかったような顔をして棚に戻す。

 

「あんたこそ、わたしが『読めば』と言ったとはいえ、よく異世界モノ読めるわよね」

 

 咲耶の本棚にあるものをいくつか借りたのだ。

 

「全然。新鮮で面白い」

「あんた図太いわ。元々ファンタジーは読まない人だっけ」

「そうだな。ミステリかSFが好きだった」

「わたしそっちは全然だわ。映画ならたまに見るけど」

 

 咲耶は現実から遠いファンタジーが一番好きだ。

 

「そういえば飛鳥が読書する理由って……」

「暇つぶしと、あと読むと国語の点が安定するから」

「よね」

 

 本好きかと言われると微妙なラインである。

 

「だからこだわりとかないと思ってた」

 

 まあ、コンスタントに何かを読んでる時点で世間的には十分趣味に該当するのだろうが。

 

 飛鳥はふむ、と理由を考える。

 

「なんていうか。『答え合わせ』が好きなんだよ。最後に正解が分かる話はすっきりする」

 

 明確な答えがある話はいいと思う。すっきりしないオチも多々あるが。

 飛鳥は「なるほどな」と思えたら「面白かった」と認識するたちだった。

 

「ふぅん。今度おすすめ教えてよ」

「いや、俺は読んだ本のこと覚えてないから」

「それは記憶喪失的な意味?」

「いや? 読み終わった後にすぐ忘れる」

「…………」

 

 素の記憶力はいいはずなので本当に頓着しないだけだろう。

 

(気が合わない……)

 

 咲耶はテンションが下がった。

 

「まあ、おまえが好きそうなの見つけたら覚えておくよ」

「好き」

「……なんで!?」

 

 本読みとしての咲耶はちょろい。

 訂正、咲耶は万事ちょろかった。

 

 

 

「そういうわけだから、おまえの趣味教えろよ。ホラー以外で」

 

 そう言われて、咲耶は考える。

 

「…………谷が、長いのが好き?」

「ハ???」

 

 咲耶は一番目にファンタジー、二番目にパニック・ホラー、三番目にジメジメした話が好きだった。根暗だから共感できる。

 

(趣味が合わん……)

 

 飛鳥は引いた。

 

 

 などと話しながら本屋を物色していると、翻訳小説の棚の前で咲耶は「あ」と声を上げた。

 

「そういえば、この前。『なんで演技してたのか』って聞かれたけど……理由、もうひとつあったわ」

 

 咲耶は棚から、本を一冊抜き取る。

 

『小公女』

 

「簡単にいうと、『いびられるパートがものすごく長いシンデレラ』なんだけど」

「やな話だな」

 

 谷が長い。

 

「この本に出てくるのよ、『つもりごっこ』っていう遊びが」

 

 親を亡くして屋根裏部屋に追いやられた少女が公女様(プリンセス)の〝つもり〟で生きる、そういう話だ。

 

 薄っぺらな毛布は柔らかいベッドのつもりで。ちっぽけな蝋燭の火は暖かい暖炉のつもりで。暗い屋根裏は革命を待つ監獄(バスティーユ)のつもりで。

 

 空想のごっこ遊び。

 つまりは現実逃避で、自己暗示で、ロールプレイだ。

 

「……あ、おまえの演技癖、そこから?」

「子供って物語の影響、受けやすいわよねー」

 

 意外と単純な理由だった。

 

「で、オチは? おまえの原点ってことは、窓から魔女でも入ってくんのか」

「惜しいわ。猿が入ってくるの、窓から」

 

 猿。

 

「ホラーか?」

「……あんた今、何思い浮かべてる?」

「コタツのみかんを奪いに窓をぶち割って入ってくるニホンザル」

「おかしいわ」

「サルは怖いぞ。人を襲う」

「そういう話じゃないのよ」

 

 名作も台無しである。

 

「いやだろ。窓から猿が入ってくるのは。魔女よりも嫌だよ……」

 

 飛鳥の脳内で猿と魔女が同列になった。

 

「いいのよ! それでハッピーエンドになるんだから!」

 

 咲耶は指を立てる。

『定義』を語る。

 

「つまりね、『ハッピーエンドは窓から入ってくるもの』なのよ」

 

 飛鳥はそれを微妙な顔で聞いた。

 

 それは、暴論じゃないだろうか? 

 窓からなんかが入って来てハッピーエンドになる話って、そんなにあるか? 

 ないだろ。

 

 と、しばらく考えて。

 ひとつだけ思い当たった。

 

「……まあ、ラフメイカーだって窓からやってくるしな」

 

 そういうことで納得をした。が。

 咲耶は訝しげに眉をひそめた。

 

「……何それ? 映画?」

「知らない!?」

「知らない」

 

 その場で検索した。

 

「なんだ、生まれる前の曲じゃないの」

「生まれる前の本は読むくせに……」

 

 釈然としなかった。

 

「というかわたし、そもそもあまり曲を知らないのよね」

「おまえってもしかして、カラオケ……」

「行ったことないわ、ええ」

「…………」

「なによ。言っときますけど、音楽の成績はよかったんだからね、わたし」

 

 エセでもお嬢様だからぎりぎりピアノは弾けるのだ。

 猫ふんじゃったとか。

 

「あー、今度行くか?」

「ほんと? 楽しみ! ……あれ、今日じゃないの?」

「今日はその、アレだ。気分じゃない」

 

 飛鳥は選択科目に音楽を取ったことがない。その時点で察して欲しい。

 割と苦手である。壊滅的ならまだしも、可も不可もないのでネタにもならない。

 だからそんな、「え〜、すごく楽しみ。飛鳥って歌上手そうよね。カラオケって点数が出るんでしょう? 初めてだけど負けないわ!」とか期待に満ちた目で見られると、詰む。詰んだなこれ。終わった。

 

 だが誘わないという選択肢はないのだ。自分が誘わねばおそらく咲耶は他の誰かと初カラオケに行く。それはなんか嫌。どうせなら初めては自分がよかった。

 

 こっそり一人で行って練習しておこう、と思った。

 あと芽々とか笹木とかも誘おう。人数が増えればあまり上手くなくても雰囲気で誤魔化せるものである。多分。

 

「……映画でも行くか、この前のリベンジってことで」

「やった」

 

 

 

 

 

 ごく当たり前のように並んで歩きながら。

 咲耶は先の会話を思い出す。

 

(……あなたのハッピーエンドになりたい、なんて)

 

 そんな大袈裟なことを考えていたのが、遠い昔のような気がした。

 

(ばかみたいよね、大真面目にそんなこと思っていたなんて)

 

 ずっと秘密、絶対に秘密だ。

 だって、恥ずかしい。

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

「ねえ、デートと言ったら見るのはアレじゃないかしら」

 

 映画館に着いたところで、咲耶はポスターを指差す。

 ベタベタの恋愛ものだ。

 

「おまえ、恋愛モノは苦手じゃなかったっけ?」

 

 咲耶はか細い声で、けれど真っ直ぐに目を見て言う。

 

「その……ちゃんとしたデートを、できるようになりたいって、言ったから。苦手を克服したいっていうか……あなたと、〝らしい〟ことをやってみたいなって……だめ?」

 

 努力の方向性は明後日だが、明後日なりにいじらしい。「デートって言っても二回目だしもののついでだし緊張も何もないだろ」と油断をぶちかましていた飛鳥の柔らかいところに刺さった。額を押さえる。

 

「いいよ、見よう」

「いいの? 興味なかったら無理しないでも……」

 

「俺だってなあ! おまえの望みを聞くくらいの〝らしさ〟はやりたいんだよ!」

 

 券売機をやけくそに押した。

 

 

 

 

 なお、意気揚々と恋愛映画に乗り込んだものの、苦手と公言するだけあって咲耶は映画に対し共感性羞恥で泡吹いたり歯を食いしばったりで忙しかったし、飛鳥は飛鳥で映画に濡れ場がめちゃくちゃあったので死んだ。なんかずっとキスしてる。大画面で知らん人のキス見せつけられている。怖い。なんの拷問? 

 

 二時間の映画がようやく終わった時には、二人とも座席でぐったりしていた。

 恋愛? なにそれ……ちょっとよくわからなかったですね……。

 

「……話は面白かったわ」

「……話は面白かったな」

「でも」

「うん」

 

 顔を見合わせた。

 

「ビデオ屋寄って帰るか……」

「ビデオ屋ってまだ言う人いるんだ。でも賛成」

 

「爆発炎上するやつ借りようぜ」

「チープで笑えるのがいいわ」

 

 

 やはり自分たちに普通のデートはまだ無理らしい。

 

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