彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第二話 魔王と一緒におにぎりを焼く。

 一応、同居の理由にはもうひとつ真面目なものがあった。

 

「今、あなたのアパートの部屋……魔王の封印に使ってるのよね」

「なんで??」

「部屋に聖剣の匂いが染み付いてて、うってつけだったの」

「蚊取り線香かよ」

 

 つまり咲耶オア魔王で同居選択肢を迫られていたということで、俺に選択の余地などなかったのだ。仕方ないな、うん。仕方ない。

 ……白状しよう。正直ちょっと浮かれていた。前回の戦闘でキスなんかした後遺症で色ボケている、というのも多少あるが。実のところ誰かと一緒に住む、ということに俺は強い憧れを持っていたのだ。何せ物心ついた頃から祖母としか暮らしたことがなく、その先はずっと一人暮らし、間二年の異世界生活は家に住むどころか野営である。「ただいま」と言ってもそこに返事が帰ってこないのが俺の世界の常識だったのだ。

 念願である誰かと一緒に暮らすこと、その『誰か』がよりにもよって好きな女となったわけだ。浮かれないはずもない。無理だ。

 何につけても「おかえりなさい」の威力。あれは、本当にすごい。「ただいま」に返事が返ってくる……すごい……。もう両方自分で言わなくていいんだ……すげー……。

 

 だがしかし──俺はわかっていなかったのだ。隣に魔王が封印されているということの意味を。

 

 

 ◇

 

 

 風呂時に鉢合わせたり洗濯物で揉めたり等、多少の問題こそあれど同居生活にも慣れてきた、ある日の夜のことだ。

 咲耶は俺の部屋で、魔王を焼きながら、おにぎりを焼いていた。

 

「…………おまえ、何してんの?」

 

 畳の上、卓袱台の上の七輪を団扇で仰ぐ咲耶に、こめかみを痛めながら問う。網の上では小さい蜥蜴の姿に封印された魔王がこんがりと焼かれていた。そしてその隣には醤油の塗られた三角のおにぎりもまたこんがりと、である。咲耶は片手に団扇、片手に火箸のスタイルで答える。

 

「何って魔王焼いてる」

「見ればわかる」

「尋問……」

「拷問だろ」

 

 いや、百歩譲って拷問は理解しよう。何せ俺たちの目的は魔王から『魔女の体質の解呪方法を聞き出すこと』だ。奴を捕らえたからにはどんな手でも使って吐かせることになる。竜相手に人道というものはないし、ジュネーヴ条約も異世界にはない。

 

「だからって俺の七輪を勝手にグロい使い方するな!! なんでついでに焼きおにぎり作ってんだよ!!」

 

 咲耶はおにぎりをひっくり返しながら答える。

 

「あなたの作る焼きおにぎりが美味しかったから負けたくないなと思って。練習しようと」

「違う。どうしてそうなる」

「そこにスペースが余ってたから。食べる?」

「食べん」

 

 倫理観があまりにもカス。

 

「……なあ勇者」

 

 聞き覚えのある中性的な声は、七輪の上で丸焼きになっている魔王(トカゲ)のものだった。

 

「何故ボクがこの子を弟子にしたかわかるかい?」

「なんだ」

 

「──莫迦だからだよ」

 

 そんなことある?

 

「いやぁ、ボクに復讐するという目的のため、強くなる手段としてついでに世界を滅ぼすとか言われた時、思わず笑ってしまったよね。腹が(よじ)れてつい弟子にしてしまった……」

 

 目的のためには手段を選ばないのはいいことだ。だが、咲耶には何故か本末転倒のばかげた手段を選ぶ悪癖があった。基本は常識的なのにな。俺は時々あいつがよくわからないよ。

 魔王としては、そういうところが弟子として気に入っていたらしい。

 

「だがね、これは流石のボクもつらい。何がつらいってね、身体が焼けていく感覚よりもおにぎりと同等にされる尊厳がつらいよ」

 

 心中察する。同情した。尊厳は大事だ。葬式で爆笑する不謹慎に定評がある俺でも流石にこれはやらない。

 ぷすぷすと煙を上げながら魔王もとい黒焦げ蜥蜴は魔女を見る。咲耶は焼きたてのおにぎりに鰹節をかけ齧っていた。はふ、となんとも美味しそうな息が聞こえる。

 

「師匠を焼きながら食べるおにぎりは美味いかい?」

「とっても!」

「破門だよこの莫迦弟子」

 

 俺は食欲が失せた。夏バテかもしれない。

 

「……おまえらもしかして、割と仲良かった?」

 

 魔女と蜥蜴は目を見合わせる。

 

「まあ、それなりに?」

「世界を滅ぼすというビジョンが一致していたからね」

「それはそれとして殺すけどー」

「ハハハいいとも。師匠殺しは免許皆伝の証だからねー」

 

 魔王陣営、ぬるい。言ってることはおかしいのに温度がぬる過ぎる。血の池地獄(三十八度)。アットホームなブラックか? 同じ異世界でも、人類陣営(オレのところ)の方が殺伐としてたらしい。というか。

 

「……おまえ、妙に人臭いな?」

「ふむ。人間臭さを〝感情〟に見出すのなら、ボクはキミよりよっぽど人間らしいだろうね。魔法使い(ボクたち)は感情を薪に魔法を使う。一方の人類(キミたち)は精神を守るため感情を失くす道を選んだのだから、非人間的にもなるだろう」

 

 人間としての駄目出しを竜にされている。解せない。

 身を黒焦げにしながら、魔王はぶつくさと文句を言う。

 

「やれやれ、感情を大事にしないとは人間にあるまじきことだ。情動なき戦場なんて叙事詩にも語れやしない。その上人類といったら自分たちは戦わず機械人形の兵ばかりを出してくる! 本当にふざけているよ!!」

 

 そう、人間の兵は勇者だけだ。残りはすべて機械人形の兵で肝心の人類は都に引き篭もって出てこない、というのがこちらの事情だった。

 だが人が死なないのはいいことだ。おかげで魔女も人殺しにならずに済んだのだから。引き篭りの人類さまさまだ。魔王は一体何に文句をつけているのだろう? 感情のある相手と戦いたかった、ってことか?

 蜥蜴は突然網の上で立ち上がり、腕を人間のように掲げて俺の方を見る。

 

「その点、ボクはキミを買っているわけさ! 今のキミの行動原理は実に感情的だ! 惚れた腫れたを最優先にするその在り方は愚かで好ましいよ! やはり人間はこうでなくては! いいよね人間! 人間最高!! こうでなくっちゃ、ヒュー!!」

「キッショ。死ねよ……」

 

 どうにもテンションがおかしい。拷問の効果だろうか、正気と共に知能が下がっている。語彙から威厳というものが抜け落ちていた。こうなっては竜の王も形無しだ。いっそのことずっと黙っていて欲しい。だってこんなのが人類の敵なんて、人類代表として恥ずかしくなる。

 咲耶が熱した箸で蜥蜴をつついた。

 

「そういうのいいから。早く吐こ?」

 

 業火(すみび)に当てられながらも、蜥蜴は悲鳴ひとつ上げることなく。

 

「悪いが、吐くようなものはおにぎりしかないよ」

「つまみ食いしてんじゃないわよ」

「オマエ負けたの自覚しろよ」

 

 余裕に満ちた中性的な声で、教え諭すように言う。

 

「いいかい、キミたちは確かにボクを捕らえたけどね。勝っちゃいないのさ。なにせこのまま百年だんまりを決め込むだけで勇者は寿命で死ぬ。その後で魔女を異世界に連れ帰ればいいだけだ」

 

 人外の寿命を持つ者にとって時間は味方だ。延長戦に持ち込まれると定命の人間には分が悪い。

 

「つまり、だ──何もしなくてもボクの勝ちは揺るがないのさ」

 

「むかついた」

「うわっ! ボクの隣でニンニクを焼くのやめたまえ! 香ばしくなるだろう!!」

「ニンニク醤油炭焼きおにぎりよ。絶対おいしいわ、うふふ……」

 

 頭おかしいな俺の彼女。いや彼女じゃないんだわ。

 どうやら魔王陣営は、感情は人間味があっても精神構造が人外らしい。

 しかし、魔王のそれがハッタリや負け惜しみなどではないのもまた事実。人間の精神を持たない竜には拷問も効かないのか、解呪の手段もまったく聞き出せる気配がない。

 

「まどろっこしいから一回殺そうぜ」

 

 こいつの余裕の正体はわかりきっている。魔王が持っている命の数だ。残りの命が六個だか五個だかあるから余裕をぶっこいているのだ。立場というものを分からせてやらねばならない。

 包帯を解いて腕から聖剣を出そうとする……のだが。途端、ズキ、と嫌な痛みが腕の付け根から走る。なんだ? 不具合か?

 

「殺すの、おすすめしないわ。聖剣だと多分、封印の魔法ごと斬れるから」

「やめとくか。封印解けて野ばなしになっても困るしな。現世に迷惑がかかる」

「確かに一回死ねば自由の身となるのはそうだけどね、そう言われるのは心外だな。言ったろう? この世界を滅ぼす気はない、と」

 

 そもそも異世界の存在が地球で無法はできない。自浄作用のようなものがあるらしい。本来この世界に存在するはずのない者が暴れると弾き出されてしまうのだとか。それで異世界に強制送還されるというわけでもなく、下手をすると世界の修正力に殺される──云々と、理屈を述べた後で。「本当はもっと感情的な理由だがね」と竜は言う。

 

「ボクがこちらの言葉を自在に操る理由を考えてみたまえ。言葉とはそのものが魔法であるがゆえに、ボクら魔法使いは術による言語の理解を嫌う」

 

 俺は脳味噌に翻訳機能植え付けられたが。咲耶は自力で──というか、こいつに教わって異世界語を覚えたはずだ。

 

「……あら? そういえば師匠(せんせい)って、初めから日本語ペラペラだったわよね?」

 

 言われてみればおかしかった。

 

「そりゃあ。千年、この国の人間を呼び出していたんだぜ? 他の竜が血に狂う前はまともな契約を結び、賓客と扱っていたんだ。話を聞けば……遠いこの世界や国に憧れもするだろう?」

 

 咲耶と顔を見合わせる。

 

「……つまり、オマエ」

日本(こっち)来たかっただけ??」

 

「いやぁ、マンガとかアニメとか楽しみにしていたんだよね」

 

 理屈が観光気分の外人じゃねえか。

 

師匠(せんせい)の莫迦! ゆるふわ! こっちは真面目な話してんのよ!」

「焼け!! 炭追加だ!! コイツを許すな!! ボケ老人に殺されかけたとか末代までの恥だ!」

 

 こんなのに千年勝てなかった異世界人類、どうなってんだよマジで!!

 

「いや、敵前でイチャつくバカップルに殺されたボクの方が生き恥だよ。こんなの神話にも語れないぜ……」

 

「カップルじゃねえよ!」

「バカじゃないわよ!!」

 

 

「…………熱い」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一悶着があった後。飛鳥は頭を痛めた様子で「俺、先に寝るわ……」と言ってマンションの方へ帰っていった。

 わたしは七輪の前で安堵の溜息を吐いた。

 

「あぁ〜、驚いた……急にこっちに飛鳥が入ってくるんだもの」

「だからといって、カモフラージュのためにここまでする必要あるのかい? わざわざ(・・・・)馴れ合う(・・・・)演技まで(・・・・)させて(・・・)

「あるわよ」

 

 蜥蜴に答える。

 

「だってあいつ、グロいの苦手って言ってたもの」

 

 そしてわたしはぱちりと指を鳴らす。七輪は消えた。衣装はいつものドレスに変わる。部屋の景色は(・・・)塗り変わる(・・・・・)

 結界の魔法だ。元は飛鳥の部屋だったそこは、今や城の牢獄を模した空間だった。そこに、鎖で繋がれた少女がいる。少女の姿をした魔王が。

 

 ──本物の拷問部屋はこちらだ。

 六畳一間を魔法の結界で改造した。〝鍵〟を持つわたししか入れない、秘密の空間。

 

 先までの生温い光景はすべて、急に用があって自室(こちら)に戻ってきた飛鳥を誤魔化すためのカモフラージュに過ぎない。R指定待ったなしの拷問をしていることを、悟られないための苦肉の策だった。

 だってグロいの見せたくないし、こういうことをしているシーンは好きな人に見られたくない。だったら「こいつ馬鹿か?」と思われた方がマシだ。だからおにぎりを焼きました。

 飛鳥は部屋に仕込まれた結界に気付いてないだろう。ただでさえこの部屋は封印のために魔法の気配が強まっている。

 魔王との一戦より以来、わたしの魔女としての力は強まっていた。奴を捕まえたことで力を多少取り込んだのか、レベルアップしたような実感がある。一方で彼の方はまだ本調子ではない。欺くくらいはどうとでもなった、のだけど。

 深々と溜息を吐いた。

 

「わたしは、魔王を殺すためだけに世界を滅ぼすと決めた女よ。まさか何事もなかったように馴れ合っているわけがないでしょ。……なんであっさり騙されるのよ飛鳥ってば。あいつどれだけわたしのことをばかだと思ってるの? ありえないでしょ!!」

「騙したのはキミだろう……」

「そうだけど!!」

 

 だからといって、なんか、こう……複雑なの、乙女心が!!

 

「騙し方におにぎりを選ぶ時点でキミはバカのフリをするバカだよ。真性だ」

 

 うるさいな。

 

「それより。おまえ、なんでまだ芽々の顔のままなのよ」

「敗者なりのささやかな嫌がらせさ。友と同じ顔をいたぶるのは嫌だろう?」

「……同一視なんてするわけないでしょ。莫迦げてる」

 

 吐き捨てた。

 わたしは過去に囚われているつもりはないけど恨みも忘れてはいない。はらわたが煮えるような怒りは、何度竜を肉片にしても晴れることはないだろう。でも、あいつの目がある限りわたしは平気だというふりをする。

 わかっているのだ。けして口には出さないけどあいつが、わたしが異世界でされたことを知ったその日から……罪悪感の滲む目でこちらを見ていることは。

 別に、今がよければそれでいいとわたしは思う。魔女なので特にトラウマとか残ってないし。

 けれど真面目すぎるあいつはそうじゃない。どうしようもなく変えられない過去を、知ってしまえば気にしないことなんてできない。

 ……だから絶対に教えたくなかったのに。よくも、ばらしてくれた。それが何よりも許せない。

 

「だけどわたしは倫理的だから。まずは同害報復(・・・・)で済ましてあげる」

 

 結界の中、わたしは自らの血で使い魔を作りだす。──小さな竜を模した、使い魔の群れを。

 

「目には目を、歯に歯を、竜には竜を──わたしが喰われたのと同じ分だけ、おまえも喰われろ。出血演出もオプションでつけてあげる。失血の感覚をたんと味わうといいわ」

 

 魔王はげんなりと零す。

 

「これ、本当にキツいから嫌なんだけどなぁ……」

「死ね。百遍死ね」

 

 使い魔が魔王に(たか)る。ばきごきと音を立てて派手に血飛沫が飛び散る。やっぱり血糊は大事だな、と思った。血糊をケチっては見栄えがしない。映画で学んだことだ。

 ──けれどそんな光景を見たところで別段、気は晴れない。

 復讐は意外と退屈だ。悲鳴も上げなければ情報を吐くわけでもなし。ただ血と肉片が飛び散るだけ。汚い。

 仕方がないからそのまま明日の献立を考える。冷蔵庫には何が残っていただろうか……と考えて、気付く。スプラッタ映画もかくやという惨状を自らで作り出しておきながら、そんなことを考えるのは正気じゃない(・・・・・・)

 頭の横に手を触れた。

 

「……やっぱり角なしじゃダメかしら?」

 

 角が生えている時のわたしは精神の耐久値が竜に近くなる。そうすればどんなに呪いを行使しても理性的でいられるのだけど。変身には聖剣の力を借りなければならない。……飛鳥にどう嘘を吐こうかと考えて。

 

「嘘だらけね、わたし。嫌な女」

 

 自嘲する。だからせめて、これから共に暮らす時間くらいは正直であろうと思った。文月咲耶としての顔くらいは、素直であろうと思った。

 

 びちゃり、微笑みに血糊が跳ね返る。

 

 

 ──こんな魔女(わたし)のことなど知らなくていい。わたしの汚い部分なんて絶対に見せない。

 あいつは綺麗なものだけを見て、楽しいことだけ考えて、そして日常を謳歌すればいい。それがわたしのしあわせだから。

 

 あいつは、わたしのことを馬鹿だと思ってるくらいで丁度いいのだ。

 

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