彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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すみません、しばらく更新が不安定になります。


第六話 キャットファイトには向かない職業。

 

 文化祭準備の都合で、わたしが飛鳥よりも後に教室を出た時のことだった。わたしは隣のクラスの前の廊下で芽々に呼び止められる。

 

「すみません、その……この後、お時間ありますか?」

 

 いつもハイテンションに人を誘う芽々が、遠慮がちにわたしに言う。

 

「何かあったの?」

「えーと、脅されてます」

「!?」

 

 

 

 

「咲耶さんを連れてこい、と鈴堂瑠璃(るりさん)に脅されていまして」

 

 学校を出て。わたしたちの向かう先はファミレスだった。行き道、どこかくたびれた様子で芽々は言う。どうやら弱みを握られているらしい。

 

「正直〜、サァヤとめっちゃ相性悪そうなので会わせたくないんですけど〜」

「どんな子なの?」

 

 彼女と長い付き合いだという芽々は、彼女を表す言葉を「むむむ」と頭を悩ませ探す。

 

「……常温放置のハーゲンダッツバニラみたいな女?」

「わからないわそれ」

 

 芽々は言葉を選び直した。

 

 

「なんていうか、飛鳥さんにちょっぴし似てますね」

「どういう?」

 

「飛鳥さん、たまにすっごく見透かしてる時、あるでしょ」

「ああ……たまにね」

 

 基本ぼんやりしている癖に、時々妙に察しがいいのよね。そういう時、勝てないから困る。

 

 

「るりさんは常時(・・)です」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 鈴堂瑠璃という女には、唯人とは思えない噂が付き纏っていた。曰く、入試以来試験で一位を譲ったことがないだとか。曰く、あらゆる部活に顔が効き、次期生徒会長と目されているとか。曰く、放課後は占い師のバイトで荒稼ぎしているとか。

 昔のわたしが努力の末に手に入れた肩書が品行方正の優等生(偽)なら、彼女は文武両道、才気煥発、完璧超人(真)だ。……いや、最後のはわからない。急にオカルト?

 

「肩書きはただの箔です。るりさんの真髄はそこにありません」

「一種の霊感、といいますか……生まれ持った観察眼と直感と、共感覚。あのひとは人の感情が読めるんです」

 

 

「──鈴堂瑠璃は、〝天才〟ですから」

 

 

 芽々の前評判に戦々恐々としながらファミレスの自動ドアを潜った。呼び出した当の本人は、黒髪のサイドテールを揺らしながら席から大きく手を振っていた。立ち上がるなり、わたしの手をぎゅっと握って笑いかける。

 

「はじめまして、文月ちゃん! ずっとお話ししたいなって思ってたんだ!()のことは気軽に瑠璃さんって呼んでね」

 

 身構えに反して、出迎えたのは快活な笑みに友好的な態度の女の子だった。

 わたしは愛想笑いを返しながら、彼女を品定めする。

 少年めいた溌剌とした印象に対し、大人びた泣き黒子が対照的で目を引く。長い睫毛が影を作る切れ長の目は黒曜石のようにしっとりと、吸い込まれるようだった。大人と子供、少女と少年、陽と陰、それらすべての印象を混ぜ合わせて凍り固めたら、きっと〝鈴堂瑠璃〟は出来上がる。なるほどアイスクリームの喩えは的外れではない。

 

「芽っちも、連れてきてくれてありがとう」

「やだなー。芽々がるりさんに逆らえるわけないじゃないですかぁ……くそがよ」

 

 芽々の毒づきをさらりと回避して、茶目っ気たっぷりに鈴堂瑠璃は言う。

 

「それじゃ。堅苦しい挨拶は無しにして、まずは乾杯でもしよっか。ファミレスのドリンクバーだけどね!」

 

 ……わたし、この子のテンション苦手かも。

 

 

 不穏な芽々の言葉に反し、鈴堂瑠璃の態度はまるでただの「友達の友達を引き合わせる会」であるかのようだった。当たり障りのない世間話をしながらコーヒーを飲む。何が目的なのだろう? と社交用の笑みの裏で訝しく思う。

 アイスクリームをひと口掬い、鈴堂瑠璃は不意に目をじっ……と見つめて。わたしの心を読んだように、にこりと微笑んだ。

 

「ここ、センパイが昔バイトしてたファミレスなんだよね」

 

 ──その微笑みに、本能が警笛が鳴らした。世間話の延長線を装って、差し向けられた言葉には粘つく挑発の響きがあった。

 

「知ってるわ。来るのは初めてだけど」

 

 わたしは綺麗に外面を整えて、微笑み返す。

 

()はしょっちゅう行ってたけどね」

 

 一人称が切り変わる。同時に、冷房の強すぎる店内でじっとりと湿度が上がっていくのを錯覚する。

 

「何せ僕はセンパイの親友の妹で、一番の後輩だったわけだから」

 

 ……〝一番の後輩〟って何?? なに!?

 

 隣で芽々が死んだ目をしたのを見て、はたと我に返る。

鈴堂瑠璃相手には何を取り繕っても無意味、だったか。上等だ、向けられるのはわかりやすい敵意の方がやりやすい。わたしは他所行きの仮面を投げ捨てる。売られた喧嘩に札束を叩きつける。

 

「そう。でもわたし、今の飛鳥のバイト先は全部把握してるし?」

「そんなこと、僕も知っているよ。センパイの情報は余すことなく入手している。あらゆる伝手を使ってね」

「へぇ、ふぅん。シカトしてるくせに情報収集……へぇ〜。あなたって昔のわたしみたいね」

「ハハハ、そうだねぇ。ご同類というわけさ。……感情においても(・・・・・・・)、ね」

 

 それは涼しげな声音と裏腹に、どろりと耳に纏わりつくような声だった。舌にへばりついて取れないバニラアイスのような、いやらしい女の味。なるほど『僕』(こちら)が素か。

 わたしはコーヒーを啜り、慣れ親しんだ苦味で動揺を上書きする。

 

「わたしと同じ感情、ね。『あれはセンパイじゃない』と突き放しておいて。あいつが好きだとでも言うのかしら? 流行らないわよ、今時ツンデレなんて」

 

「え、サァヤが言います?」と隣で芽々が言う。うるさい。誰がツンデレだ。勘違いしないで欲しい。わたしはもう、あらゆる好意を全面的に出していく覚悟を決めた後だ!

 瑠璃は片眉を上げて、けれど微笑みを崩さなかった。

 

「そうだね。僕はセンパイを突き放した。……はっきり言って、恐怖している。怖くて近付けない。だってそうだろう? 僕はそっくり中身が別物になっているように見えるんだから」

 

 あの人はかつての『日南君』ではない。

 わたしがかつて長い時間をかけて理解したことを一瞬で看破した、病的な観察眼と直感。確かにそれは霊感としか喩えようがない。

 

 

「──でも愛している(・・・・・)。七年ずっと」

 

 

 甘く濡れた唇が、どろりと囁いた。ひやり、走る寒気の正体から目を背けられない。

 ──一番の後輩。その意味が『昔の女』であることをわたしは理解した。わたしへの敵意の正体は、彼への執着。

 

「だからセンパイのために悪い噂もこの手で収束させたしね。……君の評判は即ちセンパイの評判だから、そちらも纏めて処理しなければならなかったのは、甚だ不愉快だったけど」

 

 まともな学校生活など手に入らないと覚悟して復学したはずだった。片っ端から洗脳して黙らせるのにも無理があり、わたしたちは事態を放置した。なのに気付けば、悪意を向けられた覚えもなく、いつの間にか悪評は上書きされていた。……主に、安い色恋のゴシップに。

 そこに自分の作為があるのだと、彼女は言う。まるで世界を思い通りにできると思い込んでいるかのような、傲慢な目で。献身を武器として(・・・・・)振りかざす。

 ──ああなるほど。鈴堂瑠璃は、極めて性格が悪い。

 

 

 

「さて本題に入ろうか。今をときめく天才占い師が占った未来を、今だけタダでお出ししよう」

 

 目蓋を痙攣させたわたしを前にして。彼女は制服の懐からカードを一組取り出して、おもむろにクロスを広げたテーブルへと広げる。

 

「──センパイから身を引きたまえ、文月咲耶」

 

 縦長のそれは、占いに使うタロットだと思い当たる。

 かつて恋を忌避していたわたしは占いに疎い。けれどその種類や逆位置(さかさま)の不穏さくらいは理解している。

 

 カードを一枚、表に捲る。

 

「君、男をたぶらかす存在(モノ)だろう」

 

『恋人』の逆位置──さかさまになった恋人たちの絵が、責めるように差し向けられる。

 

「愛し方が一方的で重たい女だろう。わかるよ。見ればわかる」

 

『悪魔』正位置──捻じ曲がった角がやけに赤く、目に焼き付く。

 

「駄目にして依存させてすべてを手に入れてしまいたい性質(たち)だろう」

 

『節制』の逆位置──我儘を糾弾する声だけが耳に入る。

 

 

「──身を引いた方が、きっと愛だぜ?」

 

 

 最後の一枚は、『太陽』の逆位置──落ちる陽の意味など聞きたくもなかった。

 

 

 まるで正体を見透かすような図星を刺されて。テーブルの下、わたしはスカートを握って。笑った。

 

 

「あんたが、わたしの(・・・・)何を知っているのよ?」

 

 

 タロットの意味を思い出そうとするのはやめだ。わたしは魔女でも占いは信じない。そんなものに運命を預けたりしない。

 どうせこれはハッタリだ。多少の霊感があろうとわたしが魔女であることなど、芽々のように異世界に接続していなければわかるものか。

 これは魔女ではなく『文月咲耶』への追及。わたしの出自がろくでもないことは知っている人は知っている。少し漁れば出てくることだ。二年の失踪を抜きにしても、わたしは探られることに慣れている。

 名門旧家の養子など好奇の視線で見られる以外にない。そういうものをねじ伏せるために、

『完璧』の演技をし続けたのだから。

 

 けれど、わたしの強気に。

 鈴堂瑠璃は冷ややかな、すべてを見透かすような視線を差し向ける。

 

 

「君こそ……本当のセンパイを(・・・・・)知らないくせに」

 

 

 ──その言葉は、深く心の隙間に突き刺さる。

 心臓がずきりと痛みを主張する。

 

(……なによ。わたしだって飛鳥のことくらい知ってるもの)

 

 あいつは。

 隕石が好きで、スプラッタ映画が苦手で、朝は味噌汁派で、コーヒーには砂糖を四つ、納豆には絶対に辛子を入れて、朝がとびきり早くて、夏が好きで、わたしのことが好きで、一ヶ月半、もう一緒に暮らしている。今更、知らないことなんて。

 

 ……生い立ちすら、今朝初めて聞いたのに?

 

 ひやりと、心臓を撫でるような懸念が囁く。

 ──本当に、わたしは、あいつのことを知っているの?

 

 本当に?

 

 ぞくりと寒気がする。鈴堂瑠璃から向けられる視線の温度は敵意ではあったが、悪意ではなかった。彼女には言葉とは裏腹に、文月咲耶を貶める意図は少しもない。ただ、彼のために言っているのだと、気付いて。

 

 怯えた。

 

 ──一瞬前まで、なんでも知っているつもりになっていた、自分自身の傲慢に。

 

 

 

 追い討ちを仕掛けるように淡々と瑠璃は続ける。

 

「ここ最近、特にセンパイの様子がおかしい」

「いや、ひーくんはいつもおかしくない?」

 

「感情の色が異様に不安定で……」

「それ浮かれてるだけでは? ひーくんアホですよ」

 

「……芽っち、ちょっと黙ってくれる?」

「やだ」

 

 ニコニコと、瑠璃の向かいで芽々は言う。

 

「るりさんがサァヤをガン詰めするのはフェアじゃないでしょ。芽々、流石にもう我慢できません。てゆかるりさんなんでひーくんに会ってないのに様子知ってんの? キモ」

 

 笑顔の罵倒にピシリと瑠璃は固まり、食ってかかった。

 

「君は誰の味方なんだよぉ!! 僕の親友だろ!?」

「親友だったんです? マジ? 知らんかった〜」

 

 ……なんだか、わたしを置きざりにして急に雲行きがおかしくなってきた。

 

「るりさんさぁ。感情読めるって言うけど自分に向けられる感情は全然読めてませんよね」

 

 ばっさりと切り捨てる。先程から不満げに一部始終を見ていた芽々は、ちっとも笑っていない目で。

 後方射撃(フレンドリファイア)に瑠璃は撃ち抜かれてぽかんとしていた。先程までの恐ろしいほどの冷淡さは影も形もない。

「ちなみに」と芽々はメロンソーダのストローをくるくる回す。

 

 

「──芽々はひーくんの味方ですよ。この場では、ね」

 

 

「えっ」

「え?」

 

「言ったでしょ。芽々は、昔の陽南先輩は苦手だけど今の飛鳥さんは好きって」

 

 そしてにこやかに。追撃をかました。

 

「当の本人がいないところで相手のためとかちゃんちゃらおかしいですねっ。ウケる。ツンデレっていうか二人ともヤンデレストーカーじゃん。芽々ドン引きなんですけど。争いは同レベルでしか起こらないんですね〜?」

 

 わたしたちは二人とも絶句する。

 

「ヤンデレストーカーって……失礼だな! センパイが今どこで何をしてるかなんて知らないよ僕は!」

「わたしだってまだ位置情報とか把握してないわ!」

「……把握したいと思ってるんですか?」

「うっ」

「ぐっ」

 

 芽々の言葉を否定できずに二人してテーブルに沈没した。

 ……正直したいです。あいつがどこにいるのかを手に取るように知りたい。きちんとこの世界に存在していることを一分一秒違わず確認したい。今日もちゃんと生きてる〜! って感動に浸りたい! 多分、そういうところが気持ち悪いんだと思います……。

 

 しらけた顔の芽々がスマホをタプタプと打った。

 

「『ひーくんへ。今日もサァヤがあほです』と。……既読つきませんねー」

 

 ──あれ? でも。もしかして、頼めばいけるんじゃないかしら。「ああ、友達の位置情報を知ってるくらい今時普通だよな」とか甘いことを言ってくれるような気がしないでもないというか。いけるわ。盗撮許可(常識的な内容に限り)もくれたし。

 

 

「ふ、ふふふ……そうよ。同レベルでもあんたに負けないわ!」

 

 わたしは瑠璃より僅かに早く、復活する。

 たとえおまえが昔の女でも、こっちはストーカー(公認)なのだから!!

 あと、胸の大きさとか。とか!!

 よろめきながら起き上がる瑠璃(どうるい)に、びしりと指を突きつける。

 今更、わたしたちの関係を外野に何言われたって、構うものですか。

 

「ええ、そうよ。あなたの言う通り、わたしは正直悪い女よ。あいつのためなら手段を選ばないわ。その結果、間違えることも傷付けることもあるでしょう。いいえ、あったわ。……きっとこれからもある。だとしても」

 

 間違えたその時は、止めてくれる。

 

「あいつは、わたしなんかに、絶対に負けない(・・・・・・・)のよ」

 

 

 鈴堂瑠璃は目を閉じて。

 

「それが、君の答えか」

 

 ──黒々と、深く、人を見透かす眼を開いた。

 

「……信仰、盲目、偶像視。よくないね。君の感情は、歪だ」

 

 常人には見えない何かを見て、他人に詳らかにされてはならない感情の深部に、易々とナイフを入れる。

 

 

 

「──君たちのやっているそれは、本当に恋愛なのかい(・・・・・・・・・)?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 気が付けばわたしは伝票を奪って、全員分の会計を支払い、外へ出ていた。

 はっと我に帰っても頭の熱は冷めない。

 やらかしたと思う。思うけれど、何に怒ってしまったのかも思い出したくなくて、わたしは反省をしないことにした。

 

 ──人を信じることの何がいけないというのだろう?

 

 確かに、わたしはあいつの「本当」を知らない。だとしても少しずつゆっくりと知っていけばいいだけの話だ。時間ならばあるのだから。

 そう、理屈ではわかっているのに。何故か彼女の言葉の破片が胸に突き刺さったまま、胸騒ぎがして仕方がない。

 彼に送ったメッセージに既読がつかないことに一抹の不安を覚えながら、わたしは足早に家に帰る。

 

(……そうよ。こんなのは杞憂だわ)

 

 空が落ちてくるのを心配するかのような、愚かな危惧だ。そうでしょう? と確かめるように空を見上げる。

 けれど月は雲間に隠れて見えず、天はわたしに味方しない。

 

 

 

 

 電話がなる。

 

「飛鳥?」

 

 返事が、ない。

 

 

 

 ──その日の夜、わたしたちの夏休みは終わりを告げた。

 

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