彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。) 作:さちはら一紗
【前回までのあらすじ】
夏休みに同棲してイチャついてたら、昔の親友に遭遇したり、昔の女に圧かけられたりしてなんか不穏になった。
俺が鈴堂
予定こと墓参りに向かう。今日から盆入りだ。季節の行事は暦通りこなしたい。そういうことがきっと、現世の暮らしを思い出すということだからだ。……まあ、こんな時間に行くのは作法がなってないのだが、その辺は雑でいいだろう。
墓地は元実家の近くにあった。更地の前を寂寥と共に通り過ぎ、向かう。
軽く掃除を終えた後、墓前に激辛のカップ麺と共に近況を供える。
「そういや今日、鈴堂に会ってさ」
かつての親友である鈴堂はよく家にも遊びに来ていたのだ。
──
ふと、鈴堂の言葉を思い出す。
『おまえもなるんだろ? 教師』
あの時は曖昧に返答したが。正直──今の俺は少しもなりたいと思えなかったのだ。かつての夢だったというそれに対し、なんの興味も湧かない。
二年の月日が経っても、旧友は昔と何も変わっていなかったが。
「……やっぱり、変わってしまったんだな。俺が」
いや、辛気臭い話を墓に供えても仕方があるまい。湧き上がった
そうして、二年と半年分の近況報告を済ませた頃には、日が沈んでいた。薄暗くひと気のない夜の墓場は空気が冷ややかで、いかにも何かが出そうだ。ホラーは苦手とはいえ盆に死者の霊が帰ってくることは普通なので、まあ怖くない。
が、長居する理由もないだろう。
「……帰るか」
立ちっぱなしで固まった身体を伸ばして、微妙に治りきっていない前回の怪我が目に入る。腕の絆創膏が剥がれかかっていた。面倒になって剥がすと、血が滲んだ。
左腕の傷は一ヶ月経ったというのに、やたらと治りが遅かった。魔王のことだ、攻撃に不治の呪詛でも混ぜていたんだろう。
まあさして痛むわけでもなし。それより気がかりなのは異世界製の右腕の方だ。最近調子が少しおかしい。もしや故障だろうか? それは困る。捕えた魔王から手がかりを何も引き出せていないのに、最大戦力を失うわけにはいかない。
……まあ、正直。理屈を抜きにすれば、「壊れてもいいか」と思ってしまうのだが。
ぶっちゃけ聖剣は普通に生きるには邪魔だ。それに、彼女にとっても。
前回の戦闘で、聖剣に触れた咲耶の手が焼けたのをよく覚えている。今は綺麗に治っており、当人もちっとも気にしていない。
……だが、手を繋いだ時に気付いてしまったのだ。見た目は変わらない彼女の手のひらは、今、怖いくらいに薄く柔らかくなっていて、けして元通りになったわけではないということに。
──俺が彼女を傷付けられる、という当たり前の事実に。
罪悪感で死ぬかと思った。
咲耶も聖剣のことを口では「慣れた」と言い、平然とした顔で日常生活を送ってみせるが。
あいつは演技がうまいことを俺は忘れたわけではない。
魔女としての本能が触れることを忌避しているのだろう。咲耶は俺に過度に近付くことはなく、手を繋いだのさえこの一ヶ月で
精神的な距離はともかくとして、物理的な距離は以前よりも開いてしまった。
一緒に暮らすようになったからこそ『これ以上は近付けない間合い』というものが可視化される。並んで座るソファの、ぽっかりと空いた間が。半メートル──
せめて取り外せれば良かったのだが。
……仕方がない、よな。
咲耶に『今から帰る』と連絡しようとし、
──指先が軋み、それを取り落とした。
落下した先、画面が墓石にぶつかりバキリと音を立てて割れる。右腕は油の差していない機械のようにうまく動かない。
「やっぱ壊れてるだろこれ……」
懸念が増えたことに頭を痛めながら、割れた端末を拾い上げ。
直後、思い出す。
──かつて魔女が、
何故今まで気付かなかった。いや、気付かぬように刷り込まれていたのだ。精神操作の機能で。
(動作不良は、壊れてるんじゃない……)
仮説が証明されるのは僅か一秒後。異世界の言語と鈴の音の声が脳に、響く。
『管理者権限承認。転移座標固定完了。霊子変換術式起動。祈りの詠唱を開始します。──しばし其処にてお待ち下さい。
聖剣からの精神干渉。抵抗も虚しく、久々に味わう洗脳の不快さに視界が眩む。景色は墓場のまま、辺りは異界のように静まりかえり、空間の座標がずれるのを肌で感じる。魔術による結界だ。
『──我らが亡き主よ、
聞こえる詠唱は魔女のそれとは文脈が異なる。詠唱──人類側は〝
──そして、墓石の上に。透ける幽霊のような童女が降り立った。
肩口までの短い銀髪の、幼い少女の姿形。その装束は巫女のようであり修道女のようであり従僕のようでもある。齢十つ程に見える、少女の指先と裾の下からあらわになった両脚は、すべて白銀に輝いていた。銀の指先で服の裾を持ち上げその小さな頭を下げる。
「再び相見えることができて光栄です。祈りの
生気のない青の瞳がこちらを空虚に捉える。
「蒼眼式十三号・生体人形兵【聖女】。使命を果たしに参りました」
──人類とは即ち、『人に類いするモノ』である。
心ない人形たちこそがかの世界の〝人類代表〟であり、勇者を造り出した奴らであり。眼前に立つ少女こそがかつてのただ一人の同僚──〝聖女〟の人形だった。ただし、顕れたその姿は幽霊のように半分透けていた。
かつての同僚を前にして問う。
「……なんで来れる」
第一原則として異世界のモノは現世に来られない。触媒となり得た芽々の瞳も、今は正常に戻っている。こちらには異世界の何かを呼び出すモノはないはずだ。
「聖剣です」
銀の少女は感情のない声音で答える。
「ご存知ありませんでしたか? 『聖女』は聖剣の使用権限を有する個体。聖剣を媒介に霊体のみならば転移が可能です。……接続に一六八日かかりましたが」
……あったわ触媒。俺のせいだわ。
異世界から逃げるために聖剣をパクったというのに、聖剣がある限り異世界からは逃げられないとは。ハメ技か?
「……目的、は聞くまでもないな」
「はい。果たすべき使命はただひとつ。──聖剣の返還を」
その言葉を聞き終える前に。俺は逃げ出した。
会話の間に『動くな』という
だが、聖女に対抗することはできない。勇者は人類に危害を加えないよう、聖剣を通して強い
取るべき手段は結界外への逃亡しかなかった。異世界の住人は現世の
そして
割れた画面をなんとか操作して電話をかける。ワンコールで繋がった。
『──飛鳥?』
だが事情を説明する間もなく。
聖女は杖を取り出し、その先に光が収束し始める。
「……げっ」
その杖は
──ビームはズルだろ! 俺だって欲しかった!!
避けられない。迫りくる光の束に飲み込まれ後ろへと吹き飛ぶ。意識が一瞬途切れた。とはいえ所詮は魔術であり、聖剣は起動しないが右腕である程度相殺できる。
それでも吹き飛ばされるとダメージは受ける、はずなのだが。
まったく痛くないどころが……見れば、元々の怪我まで治癒していた。
放たれたのは攻撃ではなかった。
「回復術……?」
何故、
聖女は答えない。少女の両腕には、いつの間にか、見覚えのある剣が抱えられていた。
遅れて気付く。
聖女はこちらに背を向ける。半透明の身体が更に透け始める。
「使命は果たしました。貴方の裏切りは不問と致し、以上をもって任を解きます。
──さようなら、勇者」
その言葉を最後に、墓場から少女の姿は消失した。
唖然とする。
「……まじかよ」
握り締めた通話中の端末から咲耶の声がする。
『ねえ飛鳥、ねえ、何も聞こえないんだけど!? 何があったの!?』
「聖剣取られた」
『……ハァ!!?』
冷や汗がものすごい勢いで流れ始める。
……いや、どうするんだこれ。
◇
聖女は一切余計なことはせず、やるべきことだけやって消えた。早業だった。無駄がなかった。
流石は元同僚。異世界人類、合理的だ。いちいち無駄なことを喋りすぎる魔王も見習った方がいい。
しかしサッと来てサッと奪ってサッと帰るとは……。奇襲はやるのはいいが受けると本当に困ることがわかる。大仰に宣戦布告をする魔王側は親切だったんだな……。
などと、動揺する頭で考えるが。
──ひとつ確かなのは。俺が、負けたということだ。
事態を把握するなり、咲耶は魔法でこちらへと飛んでくる。
「……っ」
墓場の側の曲がり角。咲耶はこちらを目視し、無言でつかつかと詰め寄る。
「ごめんしくじった」と言おうとして。どん、と胸を叩く衝撃が来る。飛び込んできたのだ。
あまりの勢いに、急に軽くなった身体では受け止めきれず、後ろに倒れ込む。アスファルトに腰をつく。
──ああこれは怒られるな。何油断ぶっかまして負けてやがる、って。
けれど彼女は無言で、俺の身体にしがみついたまま。
「……咲耶?」
息遣いが、服の上から伝わる。
「わたし……」
両腕は力一杯、こちらを抱きしめていた。
「──ずっと、こうしたかったの!」
その声は予想外に甘く、半泣きの火照った表情に目を見開く。
あまりに場違いな反応に、苦笑いしか出なかった。
「……なんだよそれ。はは……」
ああ、うん。ろくに抱きしめることもできなかったもんな。今までずっと。
抱き締め返した。馬鹿みたいだった。
何をやっているんだ、と思った。
怪我の功名を喜べるほど頭が沸いてはいないが、無下にできるほど賢くもなかった。
彼女の目を見る。ひどく冷めていた。ふざけてなどいなかった。「謝る必要なんてない」とその目が言っていた。それよりも言うべきことがある、と。
腕が離れる。腕を離す。
「状況は悪いな」
「舐められたものね」
「でも」
「ええ」
「たいしたことじゃないな」
「たいしたことじゃないわ」
──そう、これは少し早く、休暇が終わっただけのこと。やるべきことができたというだけの話だ。
ただ。
「悪い。海、行けそうにないな」
明日の約束が果たせなくなったこと、それだけが心残りだった。