彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。) 作:さちはら一紗
──これは昔の話だ。
両親は事故で、俺を守って死んだらしい。
『ウチは早逝の家系だからね。うっかりしてると死ぬよおまえ』
早逝と言っても身体が弱い、というわけではない。一族郎党親譲りの無鉄砲で気付けば怪我ばかりしている。おかげで妙に親戚が少ないのが陽南家だった。どんな家系だ。
育て親である祖母は蓮っ葉で、自分じゃでかいバイクを乗り回すくせに『おまえは絶対に乗っちゃいけないよ。ボサッとして落ちるからね、崖から』と口を酸っぱくして言った。
幼い俺は頷きはしたものの『大きくなったら絶対に乗ろう』と思っていた。だって格好いいし。子供は親の言うことを聞かないものだ。
しかし年の功とは言うもので、予言通り俺もうっかり死にかけてばかりいる。免許はもう諦めた。せめてもの親孝行だろう。俺は徒歩で生きていく。
とはいえ、親がいないという生い立ちに鬱屈した覚えはないのだ。それなりに不自由なく育った自覚がある。恥ずかしげもなく自己言及をするなら、愛されて育ったはずだ。
だが「一人だけ生き残った」ということには、思うところがあった。
──守られて生き残ったからには、庇われて生かされたからには。その分の
──俺は、俺の人生をちゃんと使わねばならないのではないか、と。
分別と同時に得たその疑問に、祖母は答えた。
『そうさね、なら。おまえは精々正しく生きなさい』
──正しく生きるとはどういうことか。
『死ぬ時に「良い人生だった」と笑えることさ』
──ならば両親も、死ぬときに笑ったのだろうか。
『笑ったさ! 大事な子を守れた親が、笑わないわけないだろう!』
そう言って、祖母は大きく笑った。
きっとそれは綺麗事で欺瞞だったろう。可愛げのない子供だった俺は、自分で言わせておきながらその気休めを信じちゃいなかった。
けれど気休めに価値がないかといえばそうではなく。おかげで
その祖母も、中学の卒業前に他界した。無鉄砲に崖から飛び降りて。
海で溺れた知らない子供を救うために。
やはり陽南の人間はそういう星の
だがきっと、祖母も笑って死んだのだと思う。だから俺は不謹慎だとしても、葬式で笑い転げることにした。
それがきっと「正しい」ことだから。
◇
聖女の襲撃の後。元同僚は既に去り、夜の墓地には当然のようにひと気がない。
計画的犯行による鮮やかな聖剣奪取は逃亡まで鮮やかだった。
家に帰るまでが遠足だからな。
「咲耶、」
俺は地面に腰をついたまま呼びかける。
「そろそろ離してくれるか」
咲耶は再びしがみついたまま離れようとせず、そのまま数分が経過。俺の胴に顔を埋れさせたまま「いや」と首を振る。
「暑い……」
気持ちはわかるが、流石に汗ばむというかなんというか。咲耶は俺の胸元で「すんっ」と鼻を鳴らした。
「嗅ぐな!!」
頭を鷲掴んで引き剥がす。「いやぁぁ」と情けない悲鳴。
「おまえ、恥の概念を知らないのか!?」
引き剥がされた咲耶は、不満げにむっとして。
「好きな人の匂いは、嗅ぐでしょう? 常識よ。何も恥ずかしくないわ」
「開き直り方がおかしい」
そちらが常識を騙るならばこちらも常識を問おう。
「いいか咲耶。墓場で睦み合うのは、不謹慎だ」
「……それはそうね」
「あとここ俺ん家の墓の前なんだけど。今、盆なんだけど。多分見られてんだけど、親に」
咲耶はサッと青ざめて俺から離れる。うっかり魔法の実在する異世界なんかに行ってしまったので、俺たちは霊的なアレソレに対して割と信心深い。
慌てて墓にしどろもどろの挨拶を始めた咲耶を横目に、本当になんなんだこいつ……と思いながら立ち上がろうとして。
「っ、と」
足元がふらついた。遅れて原因を理解する。
そういや腕、なかったな。
上着の右袖が目に入る。二の腕から先の中身がない。今更愕然とはしないが、まあちょっと凹む。
気付けば咲耶がこちらを見ていた。何か言いたげに口を開いて、躊躇うような間を挟んだあと。
「いい加減、責任の所在を明らかにしたいと思うのよ」
「責任? なんの?」
「その、腕の」
そういや経緯を聞かれたこともなければ言ったこともない。
「回復魔法ってたしか、千切れたくらいは治せるのでしょう?」
そうだな、と同意する。同僚であった聖女は優れた回復術の使い手だった。俺が人間の身で竜と渡り合って死なずにいたのは、彼女の功績が大きい。
『絶え間なくヒールかけてたら実質不死身ってほんとチートよね。わたしの再生より早いっておかしいでしょ……』とかつて魔女は散々ぼやいたものだ。おかげで俺は無傷で勝つのが不得手なままなのだが。
実のところ俺は、咲耶の死に癖のことをとやかく言えない。彼女が自爆しか知らない魔女なら、俺は特攻しか知らない勇者だ。どっこいどっこいで最悪である。
──だが、その優れた回復術も無いものを生やすまでは不可能だ。
「治らなかったってことは……竜に、食われたんでしょう」
咲耶は、暗い表情で確信的に問う。その様子にようやく「責任の所在」という言葉の意味を理解する。
「おまえ……まさか
咲耶は図星という顔を取り繕わなかった。
なるほど。あの世界の竜は魔王以外皆、魔女の血を飲んでいる。つまり使い魔だ。指揮権は魔王に奪われていたが、定義的には竜は皆、魔女のしもべである。真面目すぎるきらいのある彼女のことだ、配下のやったことは自分の責任だとでも思っているのだろう。
俺は深々と溜息を吐く。
「その上で今まで一切触れずにいたのか!? バカだな〜!!?」
「……ハァ!? なんでバカ呼ばわりされなきゃいけないの!?」
「いや、事情も知らないのに思い詰めるのはバカだろ! 聞けよ直接!」
「聞けるわけないじゃない!」
咲耶は自分の三つ編みを不安げに弄ぶ。
……当たり前だ。気安く話をできるようになったのはここ二、三ヶ月の話だ。隠し事はしないと約束した今でも、お互い言いたくないことには踏み込まない暗黙の了解がある。馬鹿は俺の方だった。
「あー、うん。心配かけてごめんな。実はさ──」
「忘れた」
「嘘でしょ」
「いや、ごめんマジ。マジで覚えてない」
「…………」
「言ったじゃん、元々
認識としてはある日目が覚めたら右腕が聖剣だったという感じだ。いつから、というのは流石に認識しているのだが。腕無くしたからって勝手に変なものくっつけるのやめてほしいよな。普通に怖い。
咲耶は額を押さえる。
「だから何も言わなかったのね……」
「ぶっちゃけ言うのも忘れてたよな」
なにせ二年も前の話である。その辺の割り切りはとっくに済ませたつもりだ。
だから、まさか彼女がそんなことを考えていたとは、つゆほども思わなかった。
「大丈夫、おまえは関係ないよ」
「それって、どういう……」
話を遮る。
「それよりだ。いつまでも墓にいるのはやめようぜ」
地面に放り出された荷物を拾う。これからの話は帰ってからだ。
「ねえ。……肩とか、貸すけど」
遠慮がちに声が聞こえる。咲耶の表情はまだ硬い。さっきふらついたことを心配しているのだろう。重心を取り損なっただけなのだが。
鞄を背負い直す。地面を蹴り、足元を確かめる。身体の調子自体は回復魔法を食らったせいか、むしろいい。
「いやぁ身体が軽いな! 物理的に」
「……不謹慎なのよあんたは!」
「あー、もう! 心配したわたしがばかでした!!」と、咲耶はやけのように言って、ようやく肩の力を抜く。
まあしかし。心配というものも無碍にするには安くはない。折角だ。肩を貸してくれるというのなら少しだけ。
咲耶の肩を抱きよせ、そのまま頭をわしわしと撫で回す。
「わっ急に撫でるな! もうっ」
「いいだろ。ずっとこうしたかったんだよ俺も」
手を離す。
咲耶は髪をぼさぼさにしたまま、ようやく、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。
帰り道。夏の夜は少し濃い。彼女の隣で平静を装ったまま、重く湿った空気を肺の奥まで吸い込む。
──割り切りは、済ませたつもりだった。
身体には熱が残っている。先程まで彼女が抱きしめていた熱が。
念願はようやく叶った。けれど、両腕で抱きしめることは叶わないのだと今更気付く。
あまり笑えないな、と思った。
心臓はずっと煩い。
◇
翌日午前。場所は咲耶の部屋。
咲耶のセンスは服以外は大人しく、部屋の内装に尖ったところはない。小綺麗で空間が余り気味、しいて特徴を言うならベッドが大きめなことくらいだ。
だが今。その部屋には明らかな異物──即ち、ホワイトボードがあった。
「作戦会議を始めるわ」
咲耶はホワイトボードの前で腕を組む。
「いや、なんであるんだよ白板」
「あんたがもう学校で変な話をしたがらないように買っといた。通販で」
「天才じゃん」
いいよなホワイトボード。なんか捜査本部みたいで。
しかして咲耶が白板にちまっとした綺麗な字で「作戦会議」と書くのだが。俺の隣にはちょこんと正座した芽々が、冷たい麦茶を啜っている。
「……なんで芽々がいるんだ?」
「手伝いに来たんですけどぉ!?」
咲耶が言うには、電話で一部始終を話したら「また厄ネタ異世界!? 海中止!? クソ現実!!」と叫んだ後、そのままやって来たという。
「ありがたがってください」
「芽々最高。寧々坂大明神」
「ありがとう。大好きよ」
ふふん、と芽々は眼鏡を押し上げた。
咲耶って女にはすぐ好きって言うよな。いいけどさ。
「芽々的にはホワイトボードよりも、サァヤの格好の方が気になるのですが……」
咲耶の格好を見る。髪型はここ最近お決まりの、長い一本の三つ編みだ。以前褒めて以来、咲耶は三つ編みにすることが多くなったような気がする。いや、自意識過剰だな。単に夏だからだろう。
しかしいつもと違うのは服装だ。露出度が高いのは夏仕様で諦めるとしても。
何故か、上に白衣を羽織っていた。
「なんでだよ。格好いいけどさ」
清廉潔白なおかつ知的な雰囲気を漂わせ、きりりと咲耶は答える。
「衣装は精神、ひいては魔法の出来に影響を及ぼすわ。この格好は魔法のために必要だからよ」
「でも白衣て、オカルト感減りません? 魔法の出来良くなります?」
真顔で腕を組んだまま、咲耶は。
「わたし実はオカルトそんなに好きじゃない」
根本をひっくり返した。
「魔女なのにです!?」
「別になりたくてなったわけじゃないし。むしろちょっと苦手なのよね、占いとか占いとか占いとか」
「あー、昨日のトラウマですか」
何かあったのだろうか。……もしや瑠璃か?
「わたしは正直、魔女よりもマッ……」
「咲耶、それ以上はいけない」
止めにかかる。マッドサイエンティストになりたかったとか俺の古傷を抉るようなことを、言ってはいけない!
だが間に合わなかった。
「マッドサイエンティストの方が──推せない?」
……うん?
咲耶は真剣な顔で、思案げに呟く。
「ていうか単に、白衣と眼鏡が似合う人が、好き?」
こちらをじっと見つめてくる芽々。
「ちょっと失礼します」
芽々は咲耶の白衣をスルスルと脱がせた後、自分の大きめの伊達眼鏡を外した。そして、その眼鏡をスッと俺にかける。
「コラ」
そのまま奪った白衣をふぁさ……と肩にかけてくる。
「遊ぶな」
芽々と咲耶は顔を見合わせ、パァンと手を打ち鳴らした。
「Tシャツがエビじゃなければ舌噛んでたわ」
「ひーくん一生変な服着てろです」
「なんなんだよ」
装備返却。無駄話もそこそこに。真面目に、今後の方針を協議する。
「聖女はもう
「いいえ。霊体だけの転移とはいえ、簡単に世界間の行き来はできないわ。痕跡も確認したし、まだ
まだ取り返せる、か。挽回はここからだな。
「くっ、わたしがストーカーであれば襲撃に間に合ったのに……!! こんなことなら飛鳥の位置情報盗んでおくんだった……!」
こいつ何言ってんの?
「やっぱり時代はストーカーじゃない?」
「世紀末か?」
明後日の苦悩に走る咲耶は横に置いておく。白衣を着ても知性は上がらないことが証明された。
要は聖剣の再奪取がしたいのだ。いずれ捨てるとはいえ、あれはまだ必要だ。
魔女の呪いを解く方法──まだ魔王に吐かせられていないが──解呪方法に
戦力的にも勿論、本当に全部が終わるまでは、手放すわけにはいかないのだ。
「てゆか。そんなあっさり外れるものだったんですね
「無理矢理ぶっ壊そうとしたわたしって一体……」
「おまえ魔女っていうか時々蛮族だよ」
つまるところの方針は『異世界に帰られる前に聖女をとっ捕まえる』なのだが。
「魔法案件なのよね、これ」
「だろうと思って芽々、助っ人に来ました」
なるほど、魔法については俺よりも芽々の方が、使えないとはいえ詳しい。
はた、と気付いた。
「……俺、やることは?」
「ない」
「ない!?」
「だって今、正真正銘に普通の人間じゃない。念願叶って。おめでとー」
「全然めでたくねえ!」
実は俺は荒事にしか能がなく、その能も取られているのが現状だった。聖剣がなければただの人間。念願叶うにも適切なタイミングというものがあり、その辺を読まない異世界はクソ。
落ち込んできたな。
「まあまあ気にしないの。大丈夫よ。その時になったら頼るから、ねっ」
フォローまでさせた。ダサすぎて死にたい。
◆
戦力外通告の後、電話がかかってきた飛鳥は部屋から離脱する。
途端、芽々が急に真面目な顔でわたしに耳打ちした。
「……大丈夫なんですかあれ? あの人、
目敏いな、と思う。確かに今日は隈が濃い。芽々はぶつぶつと呟く。
「飛鳥さん、結構メンタル弱いですよね。なんかあったら窓から飛び降りようとするし川に入水しようとするし切腹
「ええと。それは『弱い』じゃなくて『変』だと思うのよわたし」
困るよね、人間初心者の奇行と情緒バグ。
「寝てないのは『聖女と生身でやり合うシミュレーションを脳内でやりながら筋トレしてたら夜が明けた』って言ってたわ」
「…………バカなんですか!!?」
「そうよ」
あいつ、脳筋だからね。「筋肉はすぐ裏切るから嫌いだ」って認めようとしないけど。
……芽々の言う通り、様子がおかしいのは確かだ。
昨晩、長く抱きしめていた時に鼓動を聞いていた。やけに早かった心音が、浮かれた理由でないことくらい察している。
強さに拘るあいつは無力感に弱い。そうでなくても、人間は突然腕を奪われて平然としていられるものじゃない。たとえ取り繕ってもお見通しだ。
でも。
「大丈夫よ。この程度で揺らいでいたらわたしたち、とっくに死んでるわ。
なにせあいつはちょっと前まで実家が更地になったことにすら大爆笑していたやつだ。
あの頃に比べれば落ち込むくらい、随分人間らしくなったと言っていいだろう。それについては、わたしは本気で祝う気でいる。
だからこそ。
「最短で解決してみせるわ。それで夏休みの続きをしましょう。わたし、諦めてないから」
芽々は、ぱちぱちと目を瞬いて。
「咲耶さんは、開き直るといい女ですね」
「なにそれ」
「ではここでひとつ、残念なお知らせがあります」
「な、何?」
姿勢を正し、芽々は神妙に挙手した。
「芽々、明後日から旅行なのでいません」
「…………そうね?」
家族旅行でハワイと聞いた。大事よね、楽しんできて欲しい。
「すみませんなんかっ、あんま手伝えないっぽくてっ……! 肝心な時に『※一方その頃芽々はハワイにいる』しててっ!!」
低予算映画に唐突に差し込まれるトロピカルなイメージ映像が脳をよぎる。急に何?
芽々は顔をくしゃっくしゃにした。慌てて答える。
「いいのいいの、今回は巻き込むつもりなかったし! 気持ちだけで十分よ?」
「うぅ……」
え、なんでこの子こんなに思い詰めてるの? 深刻な事態みたいに捉えてるの!?
いえ、これは……もしかして前回の魔王戦のこと、ものすごーく引き摺ってる??
別に人様のトラウマになるようなことは何も見せてなかったと思うのだけど──いや、目の前で自分の頭吹っ飛ばしたりしてたなわたし。あと
ハッとする。
「……まさか、トラウマになってる!?」
「心配なんですよお二人がっ!!」
◆
調子を取り戻して「ひーくんにハワイのお土産何がいいか聞いてきますね!」と一旦部屋を出ていった芽々を見送り。わたしはひとり、息を吐いた。
ホワイトボードに向き合って考える。ペンを取り、頭の中を整理する。
「敵の目的は何か」
聖剣の奪取。聖女におそらくそれ以外の目的はない。まだ現世に残っているのは、帰還のための魔術的条件が揃ってないからだ。
「異世界転移は原則不可能……ならばどうやって
「──わたしの目的は何か」
手を、止める。こればかりは書くわけにはいかなかった。
「……隠し事するなって後で怒られるわね」
だけど、許せない一線はあるのだ。
たとえ飛鳥に怒られることになるとしても。