彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第六話 窓で繋がる仲もある。

 

 話は金曜日、飛鳥たちが『友達の定義』を詰めていた時に遡る。

 放課後の教室で、二人のやりとりを目撃したひとりの男子生徒がいた。

 

 彼の名前は笹木慎(ささきまこと)。自他ともに認める正真正銘「普通」の高校生だ。そんな同級生からの「例の二人」への印象は「近寄りがたい生徒」である。

 妙な噂については笹木はそこまで気にしておらず、挨拶や世間話は交わすのだが。どことなく雰囲気が浮世離れしており、周りにあまり興味がなさそうで、妙に話しかけにくい。

 そんな、笹木慎の抱いていた印象を覆すのが、あの放課後の一幕だった。

 年上で、意味ありげで、関わりにくい──それを厄いと言う者もいるが、笹木はひっそりとミステリアスでクールだと思っていた──二人が。

『友達の定義』、そんなことを馬鹿真面目に語っている。

 

 笹木は盛大に困惑した。

 ──なんで? 高校生がやることじゃなくない? おかしいよ。

 

 教室を遠ざかりながら、笹木は思った。

 ──やばい、逆になんかちょっと面白くなってきた。

 

 

 笹木慎は普通の高校生だ。ただ少し、少しだけ。

 好奇心に正直だった。

 

 

     ◇

 

 

 喫茶木蓮(もくれん)。駅前の商店通りにある、鮮やかな緑の扉が印象的な小さな店。そこが俺の新しいバイト先だった。

 店の前に着き次第、とりあえず俺は扉を拝んだ。面接に落ちまくった末に辿り着いた店なので拝みもする。まあ、俺が入るのは裏口からなのだが。

 

 などと考えながら、従業員用のスペースに裏口から入ったら。

 

「あれ、新しく入ったバイトって陽南だったんだ」

 

 休憩室の前から、喫茶店の制服を着て現れたそいつは。この前の放課後の教室で咲耶とのやりとりを目撃された同級生、その人だった。

 笹木慎。明るく染めた短髪に控えめなピアスという、一見軽そうだが表情と物腰が穏やかな、とっつきやすい同級生だ。

 友達と言える程ではないが、それなりに話す仲ではある。だから、よりにもよってこいつにあの一件を見られた、というのがめちゃくちゃ気不味かったりするのだが──それは、一旦保留にして会話をする。

 

「なんだ。笹木もここで働いてたのか」

「うちの親戚の店なんだよ、ここ」

「へえ、世間は狭いな」

 

 よろしく、と言い合う。

 

「陽南が同僚になってくれて丁度よかった。ちゃんと話してみたいって思ってたんだ」

 

 ……予想外に、好意的な言葉が続いた。

 

「そんな急に。なんで?」

「ほら、この前のこと。教室入る前に話、結構聞こえてたんだけど……あ、ごめんね。忘れるって言ったのにきっちり覚えててさ」

「ああ、別に全然、構わないけど」

 

 いや、めちゃくちゃ構うけど! 今、『結構聞こえてた』って言ったよな。一体、どこからどこまで聞いてたんだ……。

 笹木は人の良い笑みを浮かべながら、

 

「あの件で、陽南ってとっつきにくいかと思ったけどさ、意外と……うん、意外と面白い人なんだな〜って思ったんだよ。それが理由」

 

 察する。

 ──その「面白い」は、かなり婉曲化した「アホ」って意味では?

 こいつ、さては大分最初から聞いてただろ。

 

 こんなことなら教室で話すんじゃなかった。

 教室の周りの人の気配とか読めなかったのか、というと、そういうのは相当気合や緊張感がないと読めない。というより、俺は普段意識的にスイッチを落として、そういうことはわからないようにしている。だってもう、いらないし。常在戦場みたいな技術を維持していると、異世界ボケの原因にしかならない。(だから、ぽんぽんと魔法を使う咲耶に苦い顔をしているのだが)

 

 にしても、そうか。アホって思われたのか……。

 無言で打ちひしがれる。別に咲耶にアホって言われても響かないけど。他の人に言われると、めちゃくちゃ、クる。

 

「でさ、文月さんとはどういう関係?」

 

 笹木は好奇心を隠さずに、聞いてくる。率直な態度だから不愉快ではない。

 

「ただの友達、っていうには、ただならないように見えたけど」

 

 前言撤回。当然本質を突くな。

 

「えーと、アイツは、なんていうか……」

 

 困る。アイツのことを、なんて言えと? 元宿敵だった友達、戦友のようなもの、いわば共犯者でもあるような──どれも物騒、有り得ない。

 朝飯を共にする仲で、これからは夕飯も一緒に作る約束をしている──流石にそれを、何も知らない他人に「友達」と説明しないだけの良識はある。正しく通じないだろう。

 俺たちにとっては、それが紛れもなく友達の範疇でも、だ!

 

 ぽんぽんといくつかの答えが湧いては消えていくが、いつまでも言い淀んでいられない。限られた時間で思考し、ええいままよ、と脊髄で答えを選ぶ。

 そう、アイツは。

 

 

「窓から入ってくるタイプの、友達」

 

「…………」

 

 

 笹木、硬直。俺は、沈黙。

 わかっている。明らかに選択をミスった。俺はもう、俺の脊髄を信じない。人間、思考を捨ててろくなことがない。

 

 ──なんでよりにもよって一番共感されなさそうな、それを選んだ?

 

 というか俺、結構口軽いよな。割と失言するというか。余計なことを口走るというか。

 冷や汗を流しながら、どう誤魔化そうかと考えているうちに、笹木の表情が変わる。

 

「陽南」

 

 ずいっと詰め寄った笹木は、神妙な声音で俺に言った。

 

 

「……おれも、幼馴染が窓から入ってくる」

 

「まじでか」

 

 

 目を合わせ、一拍。互いに間合いを測り、笹木が口火を切った。

 

「あれさぁ、おれは危ないと思うんだよね!」 

「そうだよな、他の人に見られたら危ないやつになるよな!」 

「うん? や、怪我しそうって意味だけど、それもわかるよ。ぱっと見泥棒みたいだし」

「それ。でも合理的だからって、やめないんだアイツは!」

「わかる。そういう問題じゃないんだ。合理的で許されちゃいけないこともある」

「常識だよな。窓から入ってくるのは常識を省みてない」

「でも正直、遊びに来てくれるのは嬉しいからあまり怒れないんだよね」

「妥協しそうになるよな。ちゃんとノックされただけで喜んでしまった……」

「だけどこう、別の意味で冷や冷やしない?」

「タイミング悪い時に入ってきたらどうしようってな」

「そう、変な時間に入ってくるんだよね」

「午前三時」

「それはマジでひどいね」

「迂闊に服も脱げん」

「部屋に変なものも置けない」

「……ああ」

「……うん」

 

 語るべき言葉はもういらなかった。

 

「これ、誰にも言えなかったんだよ」

「俺もだ」

 

 お互い無言で拳をぶつける。

 いや、一時はどうにもならないだろと思ったが。どうにかなったな!

 脊髄、責めて悪かった。おまえの選択は正解だった。これからも俺の脳と一緒に頑張ってくれ。

 

 相互理解はすなわち友情の第一歩だ。初手で同僚、兼、同級生と良い関係を築いた労働環境には、もう勝ちが約束されている。前途は明るかった。

 

「あとなんか、入ってこられると窓を盗られたような気がするよな。俺の窓なのに」 

「えっ、それはちょっと何言ってるかよくわかんない。何言ってんの? おかしいよ」

 

 前途、ちょっと暗くなった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ともあれ、バイト初日からいい滑り出しだった。

 業務自体も、飲食店は久々だったが、身体が覚えていたので特に支障もなく覚えていく。

 と、日が暮れ丁度客足が少なくなった頃のことだ。店内に残る客はたった一人。

 それは、鮮やかなオレンジ色の髪をした、背の小さい女の子だ。

 カウンター席に座るその子は、俺に向けて手を上げる。

 

「ヘイ、そこの新入りぃ」

 

 呼ばれてぎょっとした。なんだその変な喋り方は。

 そいつはメロンソーダを啜りながら悠々とカウンター席で膝を組み、俺に管を巻く。

 

「貴方。一体全体、誰に断って、ここでバイトなどやってやがるのです?」

 

 はんっと見下したような態度で、少女は言った。

 

「……は?」

 

 なんだこいつ。迷惑客か? 

 中学生だろうか。そいつは分厚い眼鏡をかけていて、髪は両サイドで三つ編みのお団子にしていた。童顔で目が大きく、どことなく人形のような印象を受ける。多分、海の向こうの血が入っているのだろう。瞳はうっすらと緑がかっているし、髪もオレンジ色に見えるが言い換えれば「赤みがかった金髪」だ。まつげまで同じだから、地毛らしい。

 端的に言って見た目は随分と可愛いのではないだろうか。少なくともひと目見たら忘れないくらいには。大分可愛いなそれ。

 だが見た目が良くても、中身が駄目だと全部駄目だと思うのだ。

 とりあえず仮称はみかん女にしようと決め、俺は問いに答える。

 

「別に、『誰に断って』って聞かれても。普通に面接受けて雇われただけですが」

 

 みかん女は鼻を鳴らした。

 

「嘘ですね」

「なんで」

「この店はバイト募集を長らくしていません。募集していないはずなのに、知らない間に雇われていた貴方は不審です」

 

 みかんは理路整然と、落ち着きのある語りで根拠を言う。

 

「あ、敬語はいらないです。年上に慣れない敬語使われるとむずっとします」

 

 ……ただの厄介な客かと思ったが。そうでもないらしい。

 

「わかった、白状する。実は──」

 

 

 この店に雇われた経緯は正直、運だ。丁度マスターがバイト募集の張り紙を出してるところに遭遇したのだ。面接連敗だった俺は、そのまま速攻で勝負をしかけたのだが、マスターのお爺さんが、俺を見て言ったのだ。

 

『あれ、きみ。昔、ウチに通ってませんでした?』

 

 ……正直な話、俺は覚えていなかったのだが。適当に話を合わせているうちに、そのままあっさりと採用された。

 完全に幸運の為せる経緯だった。捨てる神あれば、というやつだ。ありがたい話である。だから俺は喫茶店の扉を拝むし、なんならマスターの爺さんも拝む。

 多分、そろそろ人生何もかも上手くいく気がする。バランス的にそろそろ運が回って来ないとおかしい。なんか次のジャンケンとか絶対に勝てる気がする。

 

 

「──というわけだ。だから、君が募集の張り紙を見ていなかっただけで、俺は正当に採用されている」

「いや今の話、ちっとも正当じゃないでしょ。ノリじゃねーですか」

 

 ばれたか。

 

マスター(おじいちゃん)、そういうテキトーなところありますからね〜」と、溜息混じり、おでこを押さえるみかん。うーん、と唸って腕を組んで。俺を見上げて偉そうに言う。

「結局信用がおけないことには変わりないので。芽々(めめ)が、貴方に試験を課すことにします」

 

 めめ。みかんは、名前が一人称の子なのだろうか。

 

「いや、試験て。何者なんだよ」

 

 オレンジ髪の少女は冷ややかに俺を見て、真緑のメロンソーダを啜り、

 

「別に、ただのミステリアスでサブカルチャーな普通の女の子ですよ」

 

 即座に矛盾する、胡乱な自称をした。

 

「あと、この店の……身内、ですかね〜。裏の支配者的な?」

 

 ……こいつも中二病か?

 みかんはグラスを一旦置いて、隣の椅子にかけていた自分の上着を羽織る。そして上着のポケットから、名刺のような何かをスッと差し出す。それはうちの高校の生徒証だった。

 

寧々坂(ねねざか)芽々です。こんな見た目ですけど、れっきとした高校生なので。よしなに」

 

 よく見たら、彼女はうちの制服を着ていた。さっき羽織ったぶかぶかの上着(ブレザー)と、棒切れのような脚が覗く短すぎるスカートの色に見覚えがある。

 ブラウスが指定じゃないものだったせいで、今まで気付かなかった。校則がゆるいから皆好き勝手に着崩すのだ。制服を指定通り着ているのなんて、咲耶くらいじゃないだろうか。

 差し出された生徒証を読む。

 

「なんだ、同学年じゃん。隣のクラスか。ビビって損した」

「流石に同輩とわかってなきゃ、あんな難癖付けませんよ。ただの失礼じゃないですか」

「……いや、同輩でも初対面相手にやることじゃないだろ」

 

 同輩、と自分で言ってふと思う。そういや、本当だったら後輩だったやつらが同学年なんだよな。笹木に対してはあまり意識しなかったけど。目の前の少女は、だいぶ「後輩らしい」気がした。童顔と慇懃無礼のせいだろうか?

 

「えー。芽々、そんな変なことやりました?」

 

 俺の指摘にきょとん、と首を傾げるご同輩。

 

「不審がっていたのは本当ですけど。『新入り』呼ばわりは半分威嚇で、残り半分は小粋なジョークだったのですが? ほら、フィクションでよくある、酒場でチンピラが絡むお約束。あれのパロディを芽々は演出しようと思って」

「一体何を言っているんだ?」

 

「そっか、通じないんですね……」と残念そうな表情を返された。

 いや、なんとなくそんなシーンがあるのはわかるけど。それを演出って、何?

 

 みかん女、あらため寧々坂芽々に向き直る。

 

「なぁ寧々坂、」

「ネネザカって言いにくいので、『芽々』でいいですよ」

「試験って何だ?」

「芽々が貴方を気に入るかどうかの試験ですけど?」

「それ、合格しなかったらどうなるんだ」

「そうですね。芽々の気に入らない人間が店にいる、ということなので……」

 

 店の身内なら機嫌を損ねてどうなるのか。

 ──もしかして、クビ。戦々恐々とする。

 彼女は、眼鏡をくい、と持ち上げる。

 

「シフトを教えてもらって、その時間は芽々があまり店に来ないようにします」

「……それだけ?」

「それだけですが? なんですか。芽々が貴方の労働の権利を妨げるとでも?」

「うん」

「まさか。そんな横暴するわけないじゃないですか」

 

 理不尽な難癖をつけてきたくせに、言ってることがすごいまともだった。

 なるほど。こういうタイプか。寧々坂芽々──彼女は一見わけのわからないことを言っているように見えて、しっかりと理屈が通っていた。眼鏡の奥の両目からは、理知的な印象を受ける。喋り方はちょっと変だし、第一印象はげんなりしたが。

 

「俺、多分おまえのこと好きな気がする」

「そですか。惚れちゃだめですよ、飛鳥さん」

 

 顔色ひとつ変えず、芽々は平然と返した。

 

「あれ、なんで俺の名前知ってるんだ?」

 

 まだ言ってないのに。

 

「はぁ。そんなの、知ってて当たり前じゃないですか」

 

 まあそうか。同学年なら、そうだな。

 

 

 

「それで、試験って何をするんだ?」

 

「そうですね」と芽々はカウンターテーブルに立てられたメニューを開く。

 

「飛鳥さん、好きなコーヒーは?」

「俺はコーヒーわからん」

「そんな堂々と喫茶店の店員が言います⁇」

「小豆入れると美味いよね」

「ゲロ甘じゃねーですか」

 

『なんで雇われた?』という目で見てくる。早速失点したらしい。

 

「まぁ、いいですけど。じゃあ代わりに何か好きなメニュー、言ってくださいよ」

 

 芽々は細っこい脚を組んだまま、気怠げにグラスの中身を啜る。ふと、芽々の手元のグラスに目が惹かれた。透明なガラスと氷の合間に、透き通った緑の液体が通る。淡い照明の光が反射して、綺麗だと思った。

 

「メロンソーダかな。アイスが乗っていると、なお良い」

 

 俺の答えを聞いて、芽々はストローを唇から離す。グラスの中身は空になって、氷がカラコロと鳴った。

 

「なるほど。良い選択です。では、とりあえずメロンクリームソーダを追加注文で。それで試験を行いましょう」

「出来を試験するって意味か?」

 

 バイト初日だぞ。クリームソーダくらい作れるけど。

 

「いえ、違います」

 

 芽々は首を横に振る。

 

「試験の内容は……後でお教えしましょう」

 

 そう言って、年下の後輩っぽい同輩は、にっこりと胡散臭く微笑んだ。

 

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