彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十一話 怖いのは幽霊、饅頭、そしてストーカー。

 

 山の中の、朽ちた鳥居を潜る。そこは今は社を移した神社の跡だ。

 建物はかろうじて健在。だがそこに訪れる者はもういない。

 ましてや、こんな日暮れには。

 

 神の不在の社、その屋根の上に。枝葉の向こうに開けた空を仰ぐ、銀色の少女の姿はあった。纏う巫女のような装束が夜風に揺れている。

 

「いい夜だな。星がよく見える」

 

 呼びかける。そいつは青い目でこちらを見下ろした。

 

「何をしにきたのですか、勇者」

「その呼び方やめてくれ。もう勇者じゃない」

 

 俺は用件を伝える。

 

「話をしにきた」

 

 何の話をしにきたのか、聖女が察せられないわけがない。

 

「対話など不必要です。私は使命を果たすのみ。聖剣を渡すことはできません」

「つれないな。仮にも元同僚だろ? 話くらいは聞いてくれよ。俺はおまえに結構、情があるんだぜ」

「私に情はありません」

 

 人形兵は与えられた使命を果たすためだけに作られている存在だ。感情なんて脆弱性でしかないものは実装されていない。

 だが。

 

「おまえ、実は(・・)感情(・・)あるだろ(・・・・)

 

 

 はっきり言って、人類側の「感情がない」とか「自我がない」とか誇大広告である。ソースは俺。

 結構感情あったし自我あったからね、異世界時代。うっすらだけど。最底でもミジンコくらいはあった。

 でなければ、魔女の正体を知って我を取り戻すなど都合の良い奇跡が起こるものか。

 

 感情がどこに宿るかと言ったら脳だ。所詮心なんて脳の機能に過ぎない。ならば人工知能(アンドロイド)だって感情くらい、生えるだろ。猫型ロボットにだってあるんだぞ。

 

「ありません」

「いいやあるね」

「ありません」

「あるって」

「ありません」

「ちょっとムキになってるだろ」

「…………」

 

 聖女は冷ややかな目で抗議してくる。その、氷より冷たい目を見ていると「やっぱりないのでは?」とも思えてくるが。

 

「なら、あの時(・・)なんで俺を治した?」

 

 左腕を見せる。そこには真新しい傷痕がある。それは前回の魔王戦の時にできたものであり、墓場で遭遇した聖女の回復術によって(・・・・・・・)塞がった傷だ。

 

「……使命だからです」

「嘘だな」

 

 確かに、かつての聖女の使命は勇者の負傷を治癒することだった。だがその使命はとっくに終わっている。俺が人類を裏切り異世界から逃亡したその時に。

 

『聖剣の返還を』

『以上をもって任を解きます』

 

 そして勇者の定義は「聖剣の担い手」であり、聖剣を外された今、俺は本当に勇者ではない。

 ならば聖女が俺を治す理由など、どこにもないのだ。

 聖剣の回収に際しまったく必要がない回復術をかけたのは、こいつの自我でこいつの感情以外に何がある。

 

「それにおまえ、昔から傷治す時にめっちゃ小言言ってたじゃん」

 

『突撃しないでください』

『前見てください』

『ふざけてないでください』

『死なないでください』

『いい加減にしてください』

 

 といった具合に。

 いや怒られすぎだろ俺。そんなにバーサーカーだった?

 

「……思い出して、いるのですか」

「夢のおかげでな」

 

 夢見が悪いのは困りものだが、断片的に大事なことを思い出せたのは僥倖だった。

 それは聖女との旅の記憶だ。

 俺は聖女のことを『同僚』と認識している。確かに勇者の役割は鉄砲玉だったが、聖女もまた鉄砲玉に付き合わされて前線くんだりに放り込まれていたのだ。つまりは同じブラック労働に従事した戦友であり、命を預けた相手には違いない。

 そして今も聖女は使命に従っているだけ。別に予告なくやってきて聖剣を奪うのだって、やりたくてやっているものではないのだ。シンプルに上司(じんるい)がクソなだけ。

 情は互いにある。だから、交渉の余地はあるはずだ。

 

 笹木に借りた木刀を地面に置く。

 

「降りてこいよ、聖女。──積もる話でもしようぜ」

 

 聖女は、じっと心の読めない瞳で俺を見て。ふわりと地面に降り立った。

 

 

 ◇

 

 

 立ち話もなんだ。目の前には神社の元本殿、その階段に腰を下ろし支度をする。

 

「何をしているんです?」

「何って……茶の用意をしているだけだが?」

「わかりません」

 

 持参した水筒からキンキンの麦茶を注ぐ。板張りの床に置かれている湯飲みを、聖女は無表情で見つめていた。

 

「話をするのに茶のひとつも出さないのは失礼だろ」

「そういう文化なのですね。覚えました」

 

 うちの聖女は異文化交流に理解がある。盆に合わせて化けて出るくらいだからな。

 

「まあ他に理由があるけどな」

 

 異世界の飯は不味かった。なにせ生態系は崩壊済みだ。竜以外の生き物などろくにおらず、竜を食おうにも魔女の血で汚染された毒だ。

 あの世界の竜、飯にもならないとか本当にいいところがない。強いて言うならば竜は斬っても血が出ないことくらいだ。返り血で汚れずに済む。

 いや、毎回自分の血でドロドロになってその度に聖女に治して貰ってたんだけどさ。

 ──そう、聖女に対してあるのは情だけではない。

 

「散々世話になった礼だ。同僚に、美味いものくらいは教えてやりたかった」

 

 湯飲みの隣に饅頭を置く。お供物だ。

 

 

『──ようこそお越しくださいました、勇者様』

 

「現世にようこそ聖女サマ、ってな」

 

 

 聖女は、置かれたそれをじっと見つめて。呟く。

 

「……おまんじゅう」

「知ってるのか?」

「貴方が話しましたから」

「覚えてないな」

 

「──私はすべて記憶しています。貴方の話したことは」

 

 聖女は器を間に挟んで俺の隣にちょこんと座る。

 肩口で銀色の髪を切り揃えた、齢十ほどの少女の姿はあいかわらず透けている。なお、霊体でも(人形でも)飯は食える。咲耶が言っていたように、飯は魔力に変換できるからだ。

 もちろん物も持てる。現に聖女の腕の中には、俺から回収した聖剣が大事そうに抱えられている。

 このまま木刀で殴りかかって聖剣を強引に奪い返す、というのもひとつの手だがそれはナシだ。俺は蛮族ではないので。文化的にいこう。

 聖女はそうっと銀色の手を伸ばし、おそるおそると饅頭に口をつけた。

 咀嚼、というよりは消滅。饅頭は齧った先から魔力に変換され、光の粒子になって消えていく。表情はやはり完全に無。少しも動かない。

 ……もしや味がわからない、なんてことはないよな?

 様子を伺う。聖女は、微かに吐息を吐いた。

 

「甘い、です」

 

 丸くなった瞳が驚きを物語っていた。

 

「そうだろ」

 

 おまえはきっとこんな味は初めて知ったんだろう。

 食べきるのが惜しいかのように少しずつ齧り始める。こうして見ると、見た目相応の少女にしか見えない。

 笑いが漏れる。

 ──そのざまで「感情がない」とか、どう考えても無理あるな。

 

 

「なあ、聖女。俺がいなくなった後、向こうの世界はどうなった?」

 

 小さな喉をこくりと動かした後。淡々と答えた。

 

「残る竜は私たちで掃討しました。人を脅かすものはもうありません」

「それはよかった」

「貴方が魔王を倒したおかげです」

 

 薄々察していたが。

 異世界人(こいつら)──魔王が生きてること、知らないな?

 

「魔女と手を組んで離反した時は、まさかそうなるとは予想しませんでした」

「どうなると思ったんだ?」

 

「──貴方が魔王に与し、世界を滅ぼすと」

 

「はははっ! そりゃ必死で追うわけだ!!」

 

 腹抱えて笑った。

 俺が世界を滅ぼす、か。それはまた不謹慎な冗談だ。最高に笑える。

 

「というか、魔女はいいのか? 殺さなくて」

 

『魔女は絶対に生かしてはならない』というのが人類の方針だったはずだが。

 

「諦めました」

「諦めたのか」

「無理なので」

 

 まあ勇者以外に魔女は殺せないからな。

 聖女は一応聖剣を使えるとはいえ、なんだかんだと咲耶はめちゃくちゃ強い。

 俺(現役時代)>魔王(慢心)>咲耶(角アリ)>聖女(聖剣装備)くらいの図式。

 ……いや諦めたってなんだよ。そこ融通効くのかよ。おい人類。ガバガバか?

 

「……それにしても不可解です」

 

 聖女はじぃ、っと俺の左腕を。というか、さっき見せた傷痕を見ていた。

 

「アスカは、何故魔女をまだ殺していないのですか?」

 

 あ?

 

 ……あっぶね。今ちょっとキレそうになった。

 なるほど、聖女はそもそも異世界時代のガチで敵対していた俺たちのことしか知らない。聖女は未だ、俺たちが「現世に帰るために仕方なく手を組んだだけ」だと思っているのだ。

 感じる視線と魔王の生存を知らないことから察するに、傷のことも「魔女がやった」と思ってるのだろう。聖女の認識の中では俺たちはまだ犬猿の仲というわけだ。まさかとっくに友人を通り越しているなどとは思うまい。

 感情らしきものがあるとはいえ……こいつ、本当に人間の機微がわからないんだな。

 

「何故、一度殺し合った相手と和解することが可能なのですか?」

 

 ……あれ? おかしいのは俺らか?

 

 確かにこっちに帰ってきたばかりの頃はそれなりに揉めた。だがそもそも魔女に恨み辛みがあるわけではない。

 確かにお互いは正体を知らない間は殺し合ったが。俺が殺したのは竜だけで、彼女が殺したのは人形だけ。

 戦というのは味方を手にかけられることで、相手が許せない敵になり憎悪が膨らむものだ。俺たちに限っていえば味方が味方ではなかったのだから、禍根がそもそもない。

 そういう機微も聖女にはわからないのだろう。

 ──否、知ることもなかったのだ。与えられた使命のためだけに動く人形は。

 

 ──それはかつての勇者(じぶん)と何が違うのだろう。

 

 そう、気付いて。目の前の少女のことを哀れに思った。

 あの時俺は咲耶を助けると決めて人類を裏切った。聖女を置いて魔女の手を取った。

 その選択に一切の後悔はない。

 だが、「本当に正しい選択」があったとすれば。

 ──俺は、聖女(このこ)にも手を差し伸べるべきだったのではないだろうか?

 

 などと。それは流石に欲張りすぎか。手が足りない。物理的に。

 

 人形は『使命』を果たすために作られているという。

 刷り込まれた使命(それ)が、どういった性質のモノであるかは想像がつく。呪いであり洗脳。要は勇者に世界を救えと刷り込むのと同じそれ。

 たとえ人形(アンドロイド)だとしても、今の俺には、聖女がただの女の子にしか見えなくなってしまっていた。

 ……甘くなったものだな、俺も。

 

「なあ、」

 

 呼びかける。

 

「おまえが使命最優先で作られているのは知ってるよ。だけどここは現世だ。『使命』の強制力も強くはない。おまえも……少しくらい好きにしたって、いいんじゃないか」

「好きに……?」

「やりたいことやれば、ってことだよ」

 

 先の話が本当ならば。異世界を脅かすモノはもうなく。ならば彼女が、『聖女』という使命に終始する必要もない。

 

「私の、やりたいこと」

 

 少女は、空っぽになった包み紙を見つめる。

 

「人間じゃないおまえに言ってもわからないか……」

 

 見つめる指先は銀。冷たい、機械の手だ。

 

「そういえば、貴方に言ったことはありませんでした」

「何を?」

 

「私は半分人間です」

「…………マジで!?」

 

「フラスコで培養され、身体の約半分は機械化し人形兵としての型番を拝していますが。定義上は一応『人間』です。名前だってありますよ?」

 

 アンドロイドじゃなくてサイボーグだったのか……。

 いや、人工知能じゃねえじゃん。生身の脳じゃん。感情ないわけないだろそれ!

 

「…………待て、おまえ、年はいくつだ?」

「十四ですが。それが何か?」

 

 聖女は、見た目より少しだけ上の年を答えた。

 顔を覆った。つまり二年前は、十二だ。

 ──恐ろしいことに気付いてしまう。

 まったく育ってない外見に機械の手足。聖女は勇者には劣るとはいえ、聖剣を使うことができる。ならば俺が召喚される前。

 

 彼女は(・・・)何を(・・)させられて(・・・・・)いたのか(・・・・)

 

 難しい想像ではない。

 

「どうなってんだクソ異世界!!!! マジでいい加減にしろよ……!!」

「何を怒っているのですか?」

 

「ああ、クソッ、なんで今知ってしまったんだ」

 

 髪を掻き毟る。

 

 

「──罪悪感が湧く」

 

「……え?」

 

 

 たとえ俺が甘くなったとして。勝つために手段を選ぶ気は未だ、さらさらない。

 そして聖女は。こふ、と口から血を吐いた。

 

 

 咳き込み、口から赤いモノを吐く聖女は、信じられないという目でこちらを見る。

 

「何を、したんですか」

「怪しい奴に貰ったものを食べてはいけない。現世の常識だ」

 

 淡々と答える。

 

「毒を盛った」

 

 魔女の呪いという名の毒を。

 その効果は何か。

 

「死にはしない。ただ、楔を(・・)打った(・・・)だけ(・・)だ」

 

 聖女と交渉するにはタイムリミットがあった。盆の文脈を利用した以上、四日目(つぎのひ)には聖女は異世界(むこう)に帰還する。問答無用に勝ち逃げというわけだ。

 ならばまず、帰れない(・・・・)ように(・・・)すればいい(・・・・・)。 

 

『定義するわ。聖女にとってはここが異世界(あのよ)。この世界こそが、常世ならざる黄泉の国』

 

『──引用する文脈は黄泉竈食ひ(よもつへぐい)。ひとたびこの世界のものを口にすれば、元の世界(・・・・)()戻れない(・・・・)

 

 それが朝に受け取った小瓶の中身。毒薬に込められた呪いの正体だ。

 

 

 聖女の吐きこぼしたものは一見血のようでその実、赤い光の粒子だった。

 魔女の呪いが聖女の霊体に楔を打ち込む。この世界に存在を固定する。

 その姿に掻き消えそうな儚さと透明感は最早ない。聖女の霊は常人の目には見えないまま、殆ど実体に近くなる。

 これで物理攻撃が(・・・・・)通る(・・)

 

「悪いな。ただ返せと言っても聞けないだろう」

 

 聖女にとって使命は絶対だ。そういうふうに造られている。

 たとえ情と交渉の余地があるとしても、それは揺るがすことは不可能だ。勇者(オレ)がかつてそうであったように。

 だが、これで互いに弱みは握り合った。

 聖女が帰るには魔女の呪いを解かなければならない。聖剣でさえ、既にかけられた呪いを断ち切ることは難しい。聖女の実力で魔女を倒すこともだ。

 

 ──力関係は対等であって初めて、交渉のテーブルに着くことができる。

 

「それじゃあ話の続きをしようか、聖女サマ」

 

 少女は、聖剣を機械の両腕で強く抱いて。

 俯き、鈴の声をか細く漏らす。

 

「いえ。その必要はありません。──私のやりたいこと……ひとつだけ、ありました」

 

 風に切り揃えた銀髪が靡く。法衣の裾が霊気に浮き上がる。

 青く、光る瞳がこちらを見据える。凛と揺るぎない声で告げる。

 

 

 

「──貴方を殺すことです」

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 無感動に告げられた殺害予告。聖女は剣を抜き放つ。

 人形は冗談を言わない。それを示すように、間髪と入れず剣は振るわれる。

 少女の身の丈に合わないそれは狙いを過ち、飛鳥の横を擦り抜けた。

 飛び散る木片、バキリと古い社がダメージを引き受けた音を聞き、飛鳥は頬を引きつらせる。

 

「待て待て、なんで!? 毒盛ったから怒ってる!?」

「怒ってません」

「ガチギレじゃん!!」

「怒ってません」

「ごめんって!!」

「怒ってません」

「じゃあ襲うなよ!!」

 

 ──こうなる想定をしていないわけではない。

 初めから聖女が剣呑で、毒を盛る余地すらないパターンも考えていた。

 だが、先まであまりに無警戒だったのだ。ここまで来て急に掌を返した理由がわからない。

 

「アスカ、貴方は。まだ思い出していないのですね。勇者に(・・・)なる前の(・・・・)ことを(・・・)

「……前、って何だ?」

 

 意味を理解しようとする。鈍い頭痛がして、顔を顰めた。

 

 ──正しく生きなさい。

 

 何故今、思い出すのが祖母の言葉なのだろう。

 

 聖女は、ほんの一瞬。躊躇うように瞳を揺らし、口を開く。

 

「『勇者の名代、聖女の()に於いて命じます。──応えなさい、聖剣(lapisgram)』」

 

 声に応じ、剣は形を変える。少女にとって一番相応しい形へと。

 その手に収まったのは蒼く光る、細い剣(レイピア)竜を殺す(・・・・)には(・・)頼りない(・・・・)()

 

 トン、と少女の爪先が地面を蹴る。

 飛び込んでくる、細い切っ先に込められたのは鋭い殺意でありそれ以外の何物でもない。

 

(ああクソ! 交渉の余地なしか!)

 

 飛鳥は借り物の木刀を拾う。迎え撃った。

 刀には向けられた殺意に応えるように殺意を乗せた。どこを狙うかなど考えなかった。考えるまでもなく身体は動き、身体が動いた後で思い出す。

 

 

『私は人間です』

 

殺しては(・・・・)いけない(・・・・)

 

 

 その躊躇は『人間(ひと)』として正しく、けれど無慈悲に結果を分ける。

 手元が僅かに狂う。純粋な殺意を躊躇うまま防ぐには、その武器は脆かった。

 飛び込む聖剣の刺突を受け止めた、木刀が割れる。

 刺突は額を掠めて、背後、社の壊れた柱に刺ささった。

 いつのか(・・・・)わからない(・・・・・)古傷(・・)が開く。

 酷い、頭痛がして、視界が眩んだ。

 

 目と目が交差する。

 聖女の瞳からは何も読み取れない。

 

「何故だ」

「それが私の願いだからです」

 

 少女が柱から剣を抜く。

 刃が再び向けられる。

 その前に。

 

 甘ったるい毒のような囁きが聞こえた。

 

 

「奇遇ね。──わたしの願いも、あなたを殺すことなの」

 

 

 聖女が振り向いた、その瞬間。

 赤い光の斬撃が閃き、銀の腕が宙を飛んだ。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「腕ってよく飛ぶわよね〜! やっぱり武器持ってるし? ええ、斬り飛ばしたくなるのが人情というものです!!」

 

 血色の直剣。何の飾り気もなく、だというのにいやに禍々しい剣を携えて。

 アンバランスな普段使いの黒いワンピースのまま、彼女は地に降り立った。

 頭上には転移の魔法陣。彼女が今この瞬間、ここに現れたという証だ。

 

人形(あんたたち)は魔女の血への耐性があるし、流石に殺すような毒は作れなかったのだけど! 剣も悪くはないわね」

 

「……魔女」

 

 剣閃が通ったのは腕のうち、機械化されていない生身の部分だった。二の腕から血を滴らせた聖女は、切り飛ばされた腕を拾ってそのまま肩に付け直す。

 チート級の回復術だ。魔女はそれを妬ましげに見つめる。

 

「どうして貴女がここに」

「当然、ストーカーしてたからだけど?」

 

 前回の反省だ。飛鳥の位置情報はもはや常に咲耶の手の内にある。

 勿論合意の上だ。これで公認ストーカーですようふふとか考えてない。実質いつでも一緒じゃない? とか浮かれてない。

 ──そして、このような状況になれば合図が来るようにもなっていたのだ。

 

 咲耶は三つ編みにまとめた髪を払う。

 

「あなたにも事情があるのでしょう。でも『何故』なんてわたしは聞かないわ」

 

 何故ならばそんなことは差し置いて、かれらには揺るがない罪(・・・・・・)がある。

 剣を突きつける。

 

「ねえ、聖女。ずっと聞きたかったことがあるの」

 

 ──あの墓場の夜からずっと考えていたのだ。飛鳥が『忘れた』と言ったあの時から。

 

あいつの(・・・・)腕は(・・)誰がやった(・・・・・)? 同僚のおまえなら、忘れることを知らない人形のおまえなら、知っているだろう」

 

 真実を。

 聖女は、眉ひとつ動かさなかった。

 

「彼の敵はすべて貴方の血を飲んだ仔です。彼の傷はすべて貴方が付けたと言っていい」

「いいえわたしじゃないわ。ありえない」

 

 論理に異議はなく、しかしはっきりと否定する。

 

「あいつはね、わたしのせいならばむしろ笑って軽口に貶める。『いやぁ、めっちゃ痛かったな! 最悪だ!』とか言って。わたしが気に病まないようにって、そうするの。ばかでしょ。愛されてるのよ。……自覚があるの」

 

 でもそんなことはしなかった。今まで一度たりとも口にしなかった。

 それどころか『おまえのせいじゃない』と言う。

 気休めだろうか? いいえ、そんな無意味な嘘をつくはずがない。

 ならば本当。

 『忘れた』と言ったが、魔女の(・・・)せいでない(・・・・・)こと(・・)だけは覚えているということだ。

 

 ならば真実は何か?

 ならば、誰がやった?

 

「──おまえらだろう。やったのは」

 

 

 聖女は、答えなかった。

 

「おまえらのせいで……」

 

 ぎり、と歯を噛み締める。

 

 

「わたし、お姫様抱っこしてもらえないじゃない! 一生!!」

 

 

 ──夢だったのに!!!

 

 

 あたりはシンと静まり返る。

 夜の森の鳥の声さえ消えた。

 声音に冗談の色はなく、見開かれた瞳に光はない。

 

 

「だから殺すわ」

 

 

 聖女は、ちょっと何言ってるかわからなかった。

 

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